不可逆点
■
魔王城は、すでに目前だった。
星勇者一行は、
ここまで一度も、まともな妨害を受けていない。
それが、何より異様だった。
剣も。
魔法も。
敵意すらも。
まるで――
こちらが辿り着くことを、
最初から織り込まれていたかのように。
ミレイナは不機嫌そうに腕を組み、
ドナポスは落ち着かず、何度も周囲を見回している。
セナキは、理由の分からない笑顔を崩さない。
クレハは無言で、
オルティスの半歩後ろに立っていた。
オルティスだけが、
いつも通りの笑顔を浮かべている。
――ただし、その奥に張りつめたものを隠しながら。
◇
謁見の間の扉は、音もなく開いた。
広い。
だが、空虚ではない。
奥に在る玉座。
そこに座す存在は、
威圧も、殺気も放っていなかった。
ただ、在る。
それだけで、
この場の主であることが分かる存在だった。
視線が、オルティスに向けられる。
長い沈黙のあと、
低く、しかし穏やかな声が響いた。
「ここまで来たな」
それは確認だった。
歓迎でも、拒絶でもない。
オルティスは一歩、前に出る。
笑顔は崩さない。
だが、喉がわずかに鳴った。
「話をしに来ました」
言葉を置き、
逃げ場を残さない距離で、続ける。
「戦いに来たわけじゃありません」
玉座の存在は、
すぐには答えなかった。
沈黙が、場に沈む。
やがて、問いが落ちる。
「戦うか」
その一言で、
空気が張りつめた。
続く言葉が置かれる。
「それとも――」
だが、最後までは語られなかった。
言葉を遮るように、
場の空気が、僅かに歪んだ。
最初に異変を感じたのは、
オルティス自身だった。
胸の奥。
血の奥。
脈打つたびに、
別の意思が混じる。
――許さない。
誰の声でもない。
だが、確かにそこにある衝動。
理屈ではない。
思想でもない。
もっと原始的な、
血の拒絶。
オルティスは、息を詰めた。
足が、僅かに揺れる。
ミレイナが眉をひそめ、
ドナポスが息を飲む。
クレハの視線が、
鋭くなった。
玉座の存在が、
静かに立ち上がる。
「……そうか」
驚きではない。
怒りでもない。
理解だった。
次の瞬間、
オルティスの内側で、
何かが暴れ出す。
殺せ。
壊せ。
滅ぼせ。
向けられた先すら曖昧な衝動が、
理性を塗り潰そうとする。
それでも、
オルティスは前を見る。
退かない。
逃げない。
拳を握りしめ、
歯を食いしばる。
「……違う」
声は小さい。
だが、確かだった。
血が叫ぶ。
世界が歪む。
それでも、
笑顔を捨てなかった。
選んだのだ。
誰かに与えられた答えじゃない。
自分で。
「それは、俺の望みじゃない」
言い切った瞬間、
暴走していた衝動が、
一瞬だけ、止まる。
消えはしない。
だが、押し切れもしない。
拮抗。
玉座の存在は、
その様子を黙って見つめていた。
◇
やがて、
低く、確かな声が響く。
「ならば」
その一語だけで、
場に重みが走る。
続く言葉は、
試すように置かれた。
「その選択の先を、見せてもらおう」
それが、
許可なのか。
試練なのか。
誰にも分からない。
ただ一つ、
はっきりしていたことがある。
この瞬間を境に、
オルティスは、
もう元の立場には戻れない。
融和を選んだことも。
血の衝動に抗ったことも。
すべてが、不可逆だった。
星勇者一行は、
まだ気づいていない。
この選択が、
世界を救うものになるのか。
それとも――
別の地獄を呼ぶのかを。




