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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
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見届ける者




 見た瞬間に、わかった。

 軽い。

 軽い、というのは身体の話じゃない。

 空気だ。


 場が荒れているほど、逆に際立つ“整い”がある。

 刃を持つ者の整い。


 そして俺は、それを見た瞬間に理解した。

 ――ああ、ここだ。

 俺がこの世界に降りてきた理由は。


 この瞬間に、ポレフを前に進ませるためだったんだと。

 腹の奥で、確信が落ちた。

 言葉にする必要のない種類の確信だった。


 この世界に降りてきた理由。

 探していた答え。

 全部。


 この瞬間に、繋がった。


 俺は――

 ポレフを、ここで前に進ませるために来た。

 剣を振るうためじゃない。

 勝つためでもない。

 ここで先に行かせるためだ。


 そう思った瞬間、

 不思議と迷いは消えていた。


 ルクセンが、こちらを見た。

 目が合う。

 それだけで、十分だった。


「……全部、折るつもりかい」


 軽い声だった。

 冗談にも聞こえる。


 俺は、肩を竦める。

「通すためには、それしかない」


 ルクセンは、少しだけ口角を上げた。

「物騒だねぇ」


 否定でも肯定でもない。

 ただ、受け取っただけの反応。


 次の瞬間。

 空気が、張り詰めた。


 ――来る。


 最初の剣が抜かれた。


 ――速い。

 抜いた瞬間、すでに“刺さっている”速さ。


 俺は反射で半歩ずらした。

 ずらしたのに、風圧が頬を削る。


 刃が、見えない。

 いや。

 見えないんじゃない。


 見えた瞬間、終わる。


 ルクセンが淡々と名を告げた。

「シュンレイ」


 最速の剣。


 言われた瞬間、理解する。

 このまま受け続けたら、いずれ目が追いつかなくなる。


 なら――追いつく前に、終わらせる。


 俺は一度、後ろへ逃げる。

 逃げたように見せて、踏む。


 踏んだ瞬間、世界が近づく。

 刃の軌道が一瞬だけ“線”になる。


 そこへ置く。

 叩き込む。


 乾いた音が鳴った。

 シュンレイが、折れた。


 折れた剣の断面を、ルクセンは指先でなぞる。

 ゆっくりと。

 確かめるように。


 騒がない。

 騒がないが――折れ方を拾っている。


 折った側の癖を、持ち帰るつもりで。


 背筋が、冷えた。

 この人は、折られたことを“データ”にする。


 だから強い。

 だから――次はもっと厄介になる。


 抜かれる前から、重い。

 重いのは刃じゃない。

 力だ。


 体躯からは発揮できないはずの圧が、刃から出ている。


 ルクセンが名を落とす。

「バレイ」


 豪剣。


 踏み込みが来る。

 速い。

 豪剣なのに、速い。


 受けたら腕が死ぬ。

 俺は受けない。


 受けずに、滑らせる。

 流す。


 ――流れない。

 押し潰される。


 足が沈む。

 床が鳴る。


 焦りが、喉まで上がった。

 こんなの、受け切れるわけがない。


 そこで、呼吸を変える。


 剛に対して、剛で返すと負ける。

 だから、舞う。


 舞うように、受ける。

 受けるんじゃない。

 “置く”。


 刃の重さの逃げ道を作る。

 その逃げ道へ押し出す。


 何度も。

 何度も。


 腕が痺れて、感覚が薄れていく。

 それでも、逃がす。

 滑らせる。


 最後に一瞬だけ、豪剣の根元が浮いた。


 そこへ叩き込む。

 バレイが、折れた。


 ルクセンは、やはり騒がない。

 ただ、指先が断面の“癖”を拾う時間が、僅かに長い。


 悔しさでも怒りでもない。

 ――収集だ。


 三本目。


 抜かれた瞬間、嫌な“やりにくさ”が来た。

 速さと重さの、ちょうど真ん中。


 どちらにも寄らない。

 寄らないのに、どちらにも対応できる。


 ルクセンが名を告げる。

「リョウラン」


 バランス型。


 ここからが面倒だ。

 相手の癖が見えない。


 こちらの癖だけが削られていく。

 打ち合うたびに、“使える手”が減っていく。


 俺は歯を食いしばる。

 焦るな。


 焦ったら、思う壺だ。

 剣は正直だ。


 心が乱れた瞬間、刃に出る。

 ルクセンは、その乱れを見逃さない。


 だから俺は、乱さない。


 乱さないために、逆に攻める。

 圧を掛ける。


 圧を掛けて、相手のバランスを崩す。

 ――崩れない。


 崩れないなら、崩れるまで掛け続ける。


 息が焼ける。

 肩が重い。

 足が遅れる。


 その遅れを、刃が拾う。

 ぎりぎりで避ける。


 ぎりぎりの連続。


 でも、見えた。

 一瞬だけ、踏み込みが浅くなる。


 ほんの一瞬、刃が“戻る”。


 そこだ。

 叩き込む。


 リョウランが、折れた。


 音が、ひとつ落ちた。

 剣が折れる音じゃない。


 場が、呼吸を取り戻す音だ。


 誰も動かない。

 動けない。


 次が来ると分かっているからこそ、

 この一瞬が、やけに重かった。


 ポレフが、唾を飲み込む音が聞こえた。

 あいつはまだ口を開けたままだ。


 驚いている。

 ただ、何に驚いているのかは――

 まだ分からない顔だ。


 マリダリフは無言。

 戦いを邪魔しない距離を保っている。


 シアは、瞬きもしない。


 エレシは静かだ。

 静かだが、瞳が俺から離れない。


 ルクセンは、四本目へ指をかけた。


 四本目。


 抜かれた瞬間、思った。

 ――剣なのに、槍だ。


 点。

 点しかない。


 線が無い。

 線が無いのに、“刺さる未来”だけがある。


 ルクセンが名を告げる。

「サイエイ」


 突きの剣。


 突きに優れすぎている。

 優れすぎているから、逆に怖い。


 逃げ道が無い。

 避けたら追う。

 追うのが速い。


 見た瞬間に、もう間に合わない。


 ――焦った。


 サイエイが刺さる。

 肩。


 浅い。

 浅いのに、熱が走る。


 血が遅れて滲む。

 ――被弾。


 歯を食いしばる。

 痛みより、悔しさが先に来る。


 今のは、俺の負けだ。


 だから戻す。

 呼吸を。

 足を。

 心を。


 刺さる未来を“点”として受け取るから負ける。

 点じゃない。


 点の前にある“重心”を見ろ。


 重心が動く。

 動く前に、置く。


 置いて、誘う。

 誘って、外す。


 外した瞬間だけ、線が生まれる。

 その線を掴む。


 掴んで、折る。


 数合。

 十合。


 腕が痺れる。

 肩の血が温い。

 息が荒い。


 それでも、線は生まれる。


 生まれた瞬間に叩き込む。

 サイエイが、折れた。


 ルクセンの指が断面をなぞる。

 ゆっくりと。


 ――そして、僅かに止まった。


 止まって、何も言わない。

 言わないのに、分かる。


 この人は、折れたことを痛がっている。

 痛いのに、顔に出さない。


 剣に人生をのせているからこそ、出せない。

 そういう矜持だ。


 俺は、ゆっくり息を吐いた。

 まだ、終わらない。


 五本目。


 抜かれる前から、嫌な“濃さ”が来た。

 刃が空気を切っただけで、肌が拒絶する。


 剣というより――触れたくないもの。


 ルクセンが告げる。

「ナギト」


 呪剣。


 掠っただけで死ぬ。

 そういう類。


 一歩、踏み込む。

 掠るな。

 触れるな。


 それだけで、思考の余白が削れる。


 刃が走る。

 速い。


 だが、サイエイの点ほど理不尽じゃない。

 見える。


 見えるなら――折れる。


 ……そう判断した瞬間。


 刃が、袖を掠めた。

 布の端。

 皮膚には触れていない。


 それなのに、背骨に寒気が走る。

 呪いの気配。


 「効く」と思わせるだけで、戦いが崩れる。


 だが。


 身体は、何も変わらない。

 呼吸も、視界も、足運びも。


 ――効いていない。


 ルクセンの狐目が、ほんの少し揺れた。

 呪いが通らないと、気づいたのだ。


 それでも、刃は止まらない。

 呪いが効かないなら、剣で落とす。


 そこに迷いが無い。


 そこで初めて、正面から見る。

 剣士として。


 名を交わすべき距離だ。


 息を吐き、背骨に芯を通す。


 その動きを見て、ルクセンが口を開いた。

「名を」


 一拍置き、刃先を下げないまま続ける。

「名を名乗りな、剣士」


 俺は答える。

「サダオミ・カワシノ」


 それだけでもいい。

 だが、ここは違う。


 負けないためじゃない。

 勝つためでもない。


 “負けない”ことを、場の理に刻むために。


 もう一段、深く落とす。

「轟流免許皆伝」


 言った瞬間、空気が変わる。

 虚勢じゃない。

 これは宣言だ。


 ――絶対に負けない、という意思表示。


 ルクセンの口元が、僅かに上がる。

 笑ったわけじゃない。

 認めた。


 剣を持つ者同士の儀礼として。


 そして、返ってくる。

「ルクセン・パロエ」


 淡々と。


 ――そこで、言葉が僅かに滑った。

 口が先に出た、という顔。


 一瞬、息が止まる。

「……マイスター、ルクセン・パロエ」


 その単語が、場に落ちる。


 剣士じゃない。

 “マイスター”。


 目を細める。

 違和感が、確信に変わる。


 この人は剣士として戦ってきた。

 だが今、別の役を持っている。


 言い訳はしない。

 刃を構え直し、静かに告げる。

「来な」


 ナギトが走る。


 本能を踏み潰して、踏み込む。

 避ける。

 流す。


 ――受けない。

 受けた瞬間に終わる相手だ。


 狙うのは、刃の根元。

 だが、隠される。


 呪いを盾にしているんじゃない。

 純粋に上手い。


 足がぶれない。

 手首がぶれない。


 呪いを捨てても成立する剣。

 だから厄介だ。


 数合。

 十合。


 削られるのは体力じゃない。

 集中だ。


 「掠るな」という警告が、余白を奪う。


 ――長引けば負ける。


 腹に落とす。

 ここしかない。


 息を吐ききり、肩を落とす。

 視線を刃から外す。


 狙うのは、次の一歩。

 次に生まれる重心。


 そこへ――置く。


 大きくしゃがみこむ。


 次の瞬間。

 声はその場に。

 身体は、背後に。


 斬撃は十閃。

 頭部、肩、肘、膝、腹、背。


 最後の三閃を、ナギトへ叩き込む。


 呪いがどうこうじゃない。

 剣は、剣として折る。


 乾いた音。

 ナギトが、折れた。


 断面に、指先が触れる。

 ――離れない。


 痛いのだ。

 剣が折れたことが。


 俺は、確信する。

 ――最後が、一番やばい。


 六本目。


 抜かれた瞬間、空気が兵器になる。

 刃が伸びる。


 伸びるのに、しなる。

 しなるのに、重い。


 速い。

 強い。

 ……全部、ある。


 名が落ちる。

「エラド」


 最終剣。


 これまでのすべてを持ち、尚且つ伸びる。

 武器というより、兵器。


 背中が冷える。

 これは、剣の勝負じゃない。


 空間の支配だ。


 一閃。

 避けたのに、刃が追う。


 伸びる。

 届く。


 跳ぶ。

 跳んだ先にも、刃。


 しなる。

 回り込む。


 ――受けられない。


 床を蹴る。

 逃げても、届く。


 切り返す。

 戻ってくる。


 戻って、また伸びる。


 息が詰まる。

 視界が狭い。


 これ、死ぬ。


 歯を食いしばる。

 死にたくない。


 だからこそ――負けない。


 負けないと言った。

 名乗った。


 なら、負けない。


 一度、捨てる。

 剣の勝負を。


 兵器として上回る。


 狙うのは刃じゃない。

 “制御”だ。


 伸びる刃には、必ず戻りがある。

 戻りの瞬間だけ、制御が露出する。


 そこを狙う。


 狙うために、追い詰められる。

 耐える。


 誰も、邪魔しない。


 ――今は、俺の戦いだ。


 刃が伸びる。

 肩をかすめ、血が散る。


 足を滑らせる。

 わざと、崩す。


 追う。

 伸びる。

 戻る。


 そこだ。


 再び、しゃがみこむ。


 同じ奥義でも、重さが違う。

 兵器には、兵器で返す。


 声を置く。

「――制御を、折る」


 身体が横へ。

 刃が、戻りへ。


 十閃。

 足りない。


 二十。

 三十。


 視界が白い。

 腕の感覚が消える。


 それでも、叩き込む。


 俺の轟流は、手数だ。

 殺さずに制するための手数。


 狐目が、僅かに見開かれる。

 初めての、想定外。


 最後を置く。

 ――折れろ。


 乾いた音。

 エラドが、折れた。


 断面に、指先。

 ――止まる。


 顔を上げる。

 薄い表情。


 だが、瞳の奥が痛そうだ。


 剣に人生をのせている。

 だから、痛みは心に来る。


 遅れて、口が開く。

「……見届けたよ」


 小さい声。

 でも、分かる。


 これは勝負じゃない。

 儀式だ。


 生涯を。

 運命を。

 その先を。


 息を吐く。

 役目は、果たした。


 門番が、ようやく息を吐いた。

 事務処理の声で告げる。


「……戦闘、成立」

 続けて、淡々と。

「よって、判定を更新する」


 結論。

「勇者ポレフ一行の……通過を認める」

――誰も、すぐには動かなかった。


 場が、動き出す。


 剣を収める。

 マリダリフが肩の力を抜く。


 エレシはポレフの側へ。

 シアは無表情のまま、見ている。


 ポレフは、口を開けたままだ。


 ――置いていかれた顔。

 そう思った。


 だが、違った。


 視線は床。

 折れた剣の残骸。


 名品。

 名匠の剣。


 それが、次々に折れた現実。


 マイスターの弟として。

 そこで初めて、震えた。


 遅れて、声が出る。

「……え」


 もう一度。

「……え、全部……折った……?」


 誰も笑わない。

 笑える空気じゃない。


 ただ、思う。


 前に進ませる理由は、ここにあった。


 剣の世界。

 剣を人生として抱える世界。


 剣が折れる世界。


 人生が折れる音を、聞かせた。


 だから、前に行ける。


 越えた。

 越えさせた。


 それでいい。


 ――その直後だった。


「僕なにもしてないんだけど!!!!」


 甲高い声が、場に落ちた。


 一瞬だけ、

 本当に一瞬だけ、空気が緩む。


 誰も返事をしない。

 誰も、フォローしない。


 ただ――

 ロイエル・サーバトミンが、そこにいた。


 前に進ませる理由は、

 やっぱり、ここにあった。

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