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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
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動かぬ者




 膜が、揺れた。


 先の熱が、まだ空気に残っている。


 誰も動かない。

 だが、場は終わっていない。


 次の“何か”が来る――

 その予感だけが、先にあった。


 それに応えるように、

 仰向けに倒れていた男の身体が淡く発光し、

 膜の向こうへ引き戻された。


 現れたのは、軽い気配だった。


 踏み込みは浅い。

 だが、止まらない。


 跳ねるための身体。


 男が、姿を現す。


 細身。

 軽装。

 刃も、軽い。


 男は、まず――

 全体を見た。


 定臣。

 マリダリフ。

 エレシ。

 ポレフ。

 そして、斧を携えた女。


 視線が、巡る。


 前に出ている者。

 間合いを管理している者。

 気配だけで圧をかけている者。


 役割。

 配置。

 連携。


「……なるほどな」


 納得が、先に来る。


「……あいつが落ちたのも、無理はねぇ」


 一人目。

 魔界代表。


 誰が、どうやったかではない。

 この布陣なら、点は取れない。


 男は、そう判断した。


 ――そして。


 そこで、

 ふと、目が止まった。


 斧を携え、静かに立つ女。


 ルブラン。


「……ああ」


 声が、落ちる。


 理屈ではない。

 評価でもない。


 ただ、視線が離れなくなった。


「綺麗だ」


 軽く言ったつもりだった。

 冗談でも、挑発でもない。


 ただ――

 口に出さずには、いられなかった。


 ルブランは、反応しない。

 視線も向けない。


 斧を、持ち直すだけ。


「……剣を抜け」


 それだけ。


 男は、苦笑した。


 軽口に見えてしまった。

 ――その事実が、胸に刺さる。


「安心しろ」


 声を整える。


「なれ、なんて言わねぇ」


 一拍。


「ただ……

 勝ったら、隣に立たせてほしい」


 沈黙。


 ルブランは、

 一切、揺れない。


「……来い」


 男が、踏み込む。


 速い。

 鋭い。


 点を取りに来ている。

 動きは正確だ。


 だが――

 斧が、振るわれる。


 重い。

 単純な怪力ではない。


 地面ごと、

 空間ごと、

 引き剥がす力。


 剣が弾かれる。


「――っ!」


 距離を取る。

 躱す。

 流す。


 だが、残る。


 ……軽かった。

 自分の言葉。

 自分の立ち振る舞い。


 俺は……何をしてる。


 怒りが、遅れて湧く。


 ルブランではない。

 定臣でもない。


 ――自分自身に。


「……クソが……!」


 剣が、荒れる。


 速度は上がる。

 精度が、落ちる。


 斧は、逃がさない。


 一撃。

 二撃。


 地が砕ける。

 膝が、沈む。


 男は、笑った。


 悔しさでも、未練でもない。


「……やっぱ、届かねぇな」


 次の瞬間。


 斧が、落ちる。


 完全な一撃。


 剣が弾かれ、

 男は、地に伏した。


 勝敗が定まった、その瞬間。


 男の身体は淡く発光し、

 膜の向こうへ引き戻された。


 ルブランは、勝った。


 誇らない。

 振り返らない。


 ただ、斧を戻す。


 それで、終わりだ。


 空気が、ざわつく。


「……次だ」


 門番が、告げる。


「三人目。出でよ」


 ――だが。


 何も起きない。


 膜の向こうは、

 静かなままだ。


 門番が、わずかに首を傾げる。


 異常を異常と認めたくない顔。


 その静けさの中で、

 ホウガンが――遅れて息を吐いた。


 今さら、気づいたような顔をした。


 ――あ?


 脳裏に、古い景色が割り込む。


 土。

 泥。

 笑い声。

 拳。

 喧嘩。


 あの二人だ。


 一人目。

 二人目。

 あいつら。


 ……幼馴染だ。


 ずっと一緒に殴り合って、

 ずっと一緒に笑って、

 ずっと一緒に強くなった。


 なのに。


 今、魔界代表として選ばれて、

 ここに立っていた。


 自分と拮抗していたはずの二人が。

 自分じゃなく、あいつらが。


 胸の奥が、ぎり、と鳴った。


 悔しい。


 悔しいのに――

 気づくのが遅すぎた自分が、

 さらに悔しい。


 ホウガンは拳を握り、

 歯を食いしばる。


 門番が、その横顔を見て、

 不思議そうに眉を動かした。


「……貴様。聞いているのか?」


 ホウガンの意識が、引き戻される。


 その瞬間――

 ホウガンの身体から、

 便利魔法の光が滲んだ。


 選出の光。


 肌が理解する。


 これは召集だ。

 “次”の役だ。


 ホウガンは、

 ふっと口元を吊り上げた。


 悔しさは消えない。

 だが、そこに――

 どこか誇らしさが混じる。


 選ばれた。


 なら、行く。


 ホウガンは、短く頷いた。


「……承った」


 光が強くなる。


 膜の向こうへ引かれる感触。


 そして――

 ホウガンの姿が、消えた。


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