制する者
◇
赤い空気が、揺れた。
膜の向こう側から、
ずしりと重たい何かが“現れた”という感触だけが先に来る。
姿が、遅れてついてくる。
筋骨隆々。
無駄にでかい。
鎧は雑で、
武器も大味。
だが――
肌が、理解している。
強い。
理屈じゃない。
数値でも、肩書きでもない。
ただ、立っているだけで、
場の空気を奪う類の強さだ。
男は、周囲を見回した。
「おうおうおうおう!」
やたらと上機嫌な声。
「久しぶりだなぁ!
この感じ!」
肩を回し、
首を鳴らす。
「で?」
視線が走る。
「勇者はどいつだ?」
言葉は軽い。
だが、探しているものは明確だった。
――一番、強い奴。
その視線が、
迷いなく俺を捉えた。
理由は分かる。
前に出ているからでも、
天使だからでもない。
背中だ。
背に負った大太刀。
その重量と、
そこから引ける“距離”。
踏み込めば、届く。
一歩引けば、まだ遠い。
そういう線を、
最初から見ている。
俺は、背中の重さを意識していた。
抜かない。
だが、応じる準備はある。
来るなら、斬れる距離だ。
ただ、それだけの感覚。
その瞬間――
「待て」
横から、低い声。
マリダリフだった。
俺の前に、
すっと出る。
「そっちは俺じゃねぇ」
男が眉を上げる。
「……あ?」
視線が、
マリダリフに移る。
数秒、じっと見て――
「魔族じゃねぇな」
断定ではない。
違和感をそのまま口にしたような声音。
マリダリフは肩を竦めた。
「人間だ」
男は、
腹を抱えて笑った。
「ははっ」
「人間ははじめてだ」
一拍。
マリダリフが、
短く返す。
「俺もはじめてだ」
その言葉を聞くや否や、
男は喉を鳴らすように首を鳴らした。
「いいねぇ!」
楽しそうに笑う。
「強けりゃ、なんでもいい!」
次の瞬間――
踏み込んだ。
床が割れる。
距離が潰れる。
速い。
真正面からの突進。
マリダリフは、動かない。
代わりに――
“消えた”。
正確には、腕だ。
視界の端で、
何かが滑った。
気配はない。
風も切らない。
だが、確実に“来ている”。
男の動きが、
一瞬だけ止まる。
腹部。
鎧の隙間。
そこに、
短剣が“現れていた”。
近接武器。
だが、距離は離れている。
理解が追いつく前に、
二撃目。
三撃目。
角度を変え、
深さを変え、
致命を外す。
すべて、狙撃だった。
男の膝が落ちる。
「が……っ!」
倒れない。
だが、動けない。
マリダリフは、
短剣を収めた。
「殺してねぇぞ?」
それだけ。
俺は、
背中の大太刀から意識を外す。
「わかってるよ」
男は、
仰向けに倒れたまま、笑っていた。
「……はは」
「面白ぇな、人間」
空気が、再び揺れる。
膜が、光を帯びる。
次が来る。
俺は、目を細めた。
――長くなる。
だが。
ここからが、本番だ。
◇




