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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
60/120

制する者

 赤い空気が、揺れた。


 膜の向こう側から、

 ずしりと重たい何かが“現れた”という感触だけが先に来る。


 姿が、遅れてついてくる。


 筋骨隆々。

 無駄にでかい。


 鎧は雑で、

 武器も大味。


 だが――

 肌が、理解している。


 強い。


 理屈じゃない。

 数値でも、肩書きでもない。


 ただ、立っているだけで、

 場の空気を奪う類の強さだ。


 男は、周囲を見回した。


「おうおうおうおう!」


 やたらと上機嫌な声。


「久しぶりだなぁ!

 この感じ!」


 肩を回し、

 首を鳴らす。


「で?」


 視線が走る。


「勇者はどいつだ?」


 言葉は軽い。

 だが、探しているものは明確だった。


 ――一番、強い奴。


 その視線が、

 迷いなく俺を捉えた。


 理由は分かる。


 前に出ているからでも、

 天使だからでもない。


 背中だ。


 背に負った大太刀。

 その重量と、

 そこから引ける“距離”。


 踏み込めば、届く。

 一歩引けば、まだ遠い。


 そういう線を、

 最初から見ている。


 俺は、背中の重さを意識していた。


 抜かない。

 だが、応じる準備はある。


 来るなら、斬れる距離だ。

 ただ、それだけの感覚。


 その瞬間――


「待て」


 横から、低い声。


 マリダリフだった。


 俺の前に、

 すっと出る。


「そっちは俺じゃねぇ」


 男が眉を上げる。


「……あ?」


 視線が、

 マリダリフに移る。


 数秒、じっと見て――


「魔族じゃねぇな」


 断定ではない。

 違和感をそのまま口にしたような声音。


 マリダリフは肩を竦めた。


「人間だ」


 男は、

 腹を抱えて笑った。


「ははっ」


「人間ははじめてだ」


 一拍。


 マリダリフが、

 短く返す。


「俺もはじめてだ」


 その言葉を聞くや否や、

 男は喉を鳴らすように首を鳴らした。


「いいねぇ!」


 楽しそうに笑う。


「強けりゃ、なんでもいい!」


 次の瞬間――

 踏み込んだ。


 床が割れる。

 距離が潰れる。


 速い。


 真正面からの突進。


 マリダリフは、動かない。


 代わりに――

 “消えた”。


 正確には、腕だ。


 視界の端で、

 何かが滑った。


 気配はない。

 風も切らない。


 だが、確実に“来ている”。


 男の動きが、

 一瞬だけ止まる。


 腹部。

 鎧の隙間。


 そこに、

 短剣が“現れていた”。


 近接武器。

 だが、距離は離れている。


 理解が追いつく前に、

 二撃目。

 三撃目。


 角度を変え、

 深さを変え、

 致命を外す。


 すべて、狙撃だった。


 男の膝が落ちる。


「が……っ!」


 倒れない。

 だが、動けない。


 マリダリフは、

 短剣を収めた。


「殺してねぇぞ?」


 それだけ。


 俺は、

 背中の大太刀から意識を外す。


「わかってるよ」


 男は、

 仰向けに倒れたまま、笑っていた。


「……はは」


「面白ぇな、人間」


 空気が、再び揺れる。


 膜が、光を帯びる。


 次が来る。


 俺は、目を細めた。


 ――長くなる。


 だが。


 ここからが、本番だ。


 ◇

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