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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
火の国
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絆・前編




 

 師、轟劉生の家で小夜子と共に暮らし始めた俺は、稽古の合間や飯の最中、はたまた就寝前の短い時間に、近隣の村に食料の買出しに出た時など、様々な人々からこの世界のことを学んでいった。

 

 この世界は既に天下統一が成されており、それを成しえた神王〝羅刹〟という人物が王として君臨している。その王はかつてない善政を敷いており、民からの信頼も厚く、聞いた限りでは非の打ち所が無かった。

 

 ───小夜子は何故、その〝羅刹〟を殺したがっているのか。


 その疑問にぶつかった俺はこの世界の歴史を紐解くこととなった。




 ◇



 

 かつてこの世界にも戦乱と呼ばれた時代があった。

 後に〝四国時代〟と呼ばれるその時代、世界には四つの大国が君臨し、覇権を争いながらも均衡を保っていた。

 

 世界王〝羅刹〟が治めていた〝火の国〟

 最古の歴史を持つ〝白蓮びゃくれん

 商業の〝黒曜こくよう

 そして死の狂国として悪名高かかった〝尊迩栄そんじえい

 

 驚いたことに小夜子は商業国家〝黒曜〟の姫だったらしい。


 四国時代末期、火の国は急激に勢力を広げていた。

 それを脅威に感じた隣国〝白蓮〟は自国の勢力拡大を図るため、同じく隣国に脅かされていた〝黒曜〟に同盟を求めた。

 こうして長年いがみ合ってきた両国は、奇しくも利害の一致という形で同盟を果たすこととなる。

 国と国の約束には形が必要だった。都合の良いことに両国には年頃の王子と姫がいた。

 両国は二人の婚姻を同盟の調印とすることに決定した。  


 〝黒曜〟は焦っていた。

 

 隣国の〝尊迩栄〟は好戦的な女王が統べる狂国であり、いつ攻め入ってくるとも知れない。冷徹無比なその支配にあえば民が絶望することは目に見えている。そのことは様々な国を滅亡させてきた〝尊迩栄〟の歴史が証明していた。


 〝黒曜〟に急かされる形で婚礼の日取りは早々に決定された。

 そしていよいよ同盟が成されようとしたその前日───


 その事件は起きた。 

 

 〝尊迩栄〟の不意打ちにより、僅か一夜にして〝黒曜〟はこの世から姿を消すこととなる。

 辛くも母と二人で逃げ延びた小夜子が後になって知らされたのは、国が滅んだという事実と、滅ぼした国が〝火の国〟の属国になったと宣言されたことだったという。

 

 完全に意表を衝かれる形で当てを失った〝白蓮〟は、一夜にして世界最大の大国となった〝火の国〟に無条件降伏を余儀なくされた。これによって火の国の天下統一は成されたのである。




 轟劉生を知らない者はいない。

 これは本人による誇張などでは無かった。

 

 当時、轟劉生は〝尊迩栄〟の将軍職に就いており、武力面での要だった。

 世界最強の呼び声は当時から高く、中でも〝尊迩栄〟が世界にその名を知らしめた〝漢遼迩かんりょうじの落日事件〟での活躍ぶりは後世に語り継がれていた。

 

 〝漢遼迩〟は当時、天下統一に最も近い国だった。

 その武力面での要であった〝緒方刀座おがたとうざ〟を決闘により打ち破ったのが轟劉生、その人である。


 自軍最強の男が打ち破られたことにより〝漢遼迩〟は動揺した。

 そこから始まったのは女王による手段を選ばぬ一方的な殺戮だった。

 女王の殺戮が終わりを迎えた時、〝漢遼迩〟という国はこの世から姿を消していた。

 



 轟劉生の名高さはその強さと残虐さ故なのか。

 それは少し違っていた。


 そこには〝尊迩栄〟の戦略が関係していた。

 劉生は将軍職でありながら、あくまで女王個人の懐刀とし、出陣するのは国を賭けた決闘、もしくは女王に直接危害が及びそうになった時のみとしていた。


『虐殺行為はすべて女王の所業であり、轟劉生には関係なし』


 この噂は〝尊迩栄〟が敵国を滅ぼす度に、周辺諸国では不自然な程に流れていたという。

 

 〝尊迩栄〟が〝火の国〟の属国となったことで劉生は女王の下を離れた。

 女王との確執が誠しやかに囁かれる中、劉生は頑なに口を閉ざしたという。

 とはいえ諸悪の根源である女王から離反したことにより、轟劉生の名は一気に昇華された。 

 本人が望む望まぬをよそに、そのことは劉生に幸いした。

 

 そして極めつけとなったのは〝羅刹〟のあまりの人気の高さから発刊が始まったという『神王通信』なる読み物の中で〝羅刹〟本人の口から『最も強く、人格者であったのは轟劉生だった』と語られたことだった。

 それにより今では劉生のコーナーまで設けられ、毎号ごとに伝説や裏話が語られている。

 当然ながら本人はそれを公認していない。




 でも師匠…… 取材の人が来ると明らかに嬉しそうなんだよなぁ

 言うと斬られるから言わないけどなー。




 ◆



 

「ん~…… でも小夜子、よく師匠に弟子入りする気になったね? 直接の仇の国の大将だったわけでしょ?」


 風呂に入っている小夜子のために俺は薪をくべていた。


「轟劉生は違うもん、国の名前が変わってるんだし仇は羅刹だよ! 通信にも轟劉生は黒曜を滅ぼした尊迩栄を見限ったって書いてあったもん!」


 そもそもそれ羅刹の本じゃん。


 弟子入りから半年が過ぎ去っていた。

 はじめは、時々錯乱する小夜子の姿に驚かされたりもしたが、今ではそれもすっかりと無くなっていた。

 

「その師匠をフルネームで轟劉生って呼ぶの、いい加減やめような小夜子?」


「やだもん! 私の師匠は定臣でしょ! あの人は関係ないんだから!」


「いあいあ師匠の師匠は大師匠だから! 敬意払えよ! それに家に住ませてもらってお世話になってるだろ!」


「ぶ~!」


 それにしても……

 あのウルトラ無口がよくここまで話してくれるようになったもんだよなぁ


 感慨深さに思わず空を見上げる。そこには綺麗な星々が輝いていて、俺は思わずそれに目を奪われた。


「なぁ小夜子、いい国だよな」


 この半年間、小夜子の口から羅刹の悪口は聞かされても、火の国の悪口を聞かされることは無かった。むしろ他愛もない会話から耳にするのは、黒曜と比べてここがいいといった内容ばかりだった。

 

 小夜子はたぶん、この国が好きなんだろうな……

 事情が事情なだけに、それを認めるわけにはいかないんだろうな……

 

 俺はこの子のために何をしてやれるのだろうか。最近は二人になるとそんなことばかり考えていた。


「なぁ小夜子」


「俺だ」


 師匠の声だった。


「入れ替わってるし!?」


「先程な……」


「えっと湯加減いかがでしょう? 小夜子はぬる目じゃないとダメだから加減してるんですが」


「ふむ…… このままでかまわん」


「わかりました」


 ぱちぱちと薪の爆ぜる音がする。俺はしばらく師匠との無言の時間を楽しむことにした。

 



 しばらく橙色に揺らめく炎を眺めていると、生温い風が前髪を撫でた。それをきっかけに俺は何度目かの決意を固めた。


「師匠」


「む?」


「尊迩栄がどうして火の国の属国になったのか…… そろそろ教えてもらえないでしょうか?」


 この話になるといつも師匠は機嫌が悪くなり、話をはぐらかしていた。俺にはどうしても尊迩栄が黒曜を滅亡させたことが羅刹の指示だとは思えなかった。


「……」


「小夜子は…… たぶん火の国が好きなんですよ」


「……」


「これは俺の独り言です」


「……」


「黒曜を滅亡させたのは、尊迩栄の女王の独断だったんじゃないでしょうか…… 羅刹はそれをかばっている気がしています」


 火の国は後の裁判で女王に死刑を宣告し、既に刑は執行されたと発表していた。しかし俺は、羅刹が噂通りの人物ならば、その発表は偽りのものだろうと思っていた。


「すまない定臣、その話はそこまでだ」


 その声を残して風呂場から人の気配が消えた。


「ふぅ…… 今日もだめかぁ」


 再び空を見上げ、大きく伸びをする。そして


「な~に、時間はあるんだし! のんびりやるさっ」


 そう星空に宣言した。




 ◇


 


 明らかな矛盾点。それに誰も異を唱えてはいなかった。人は現状に満足していると無駄な詮索はしなくなる。それはどこの世界でも同じことなのだろう。


 尊迩栄が火の国の属国になった理由───。


 公には羅刹が単身で尊迩栄に乗り込み、女王をさらい従わせたことになっている。しかしあの師匠が易々と主をさらわせるだろうか。


 さらには黒曜を滅亡させたのはあくまで自分の指示としておきながら、後になって裁判にかけ、女王を死刑にした理由───。


 黒曜の生き残りに配慮してのことなのか? それならば、最初から女王の独断であったと発表した方が都合が良かったのではないのか。


 そして女王が処刑されたにもかかわらず、尚も羅刹を支持する元尊迩栄の民達───。


 女王に愛想が尽きていた? それならば、さらわれた女王のために火の国に降ったそれ自体に矛盾が生じている。


 一番納得いかないのが、あの師匠が攫われた主を追うどころか放置し、国の名前が変わるや否や見捨てるようにして国を離れたことだった。


 すべてが公表されている通りなら、羅刹は女王を利用するだけ利用し、自らの罪を擦り付ける形で処刑したことになる───。


 今の暮らしが豊かになったからといって、そんなことをする王がここまで民衆に愛されるだろうか? 少なくとも俺にはそうは思えない。


 ん~頭痛くなってきたな……

 とりあえずこれは確定だけど…… 師匠は絶対に女王をかばってる。確執うんぬんで離れたわけじゃない。

 

 まぁ俺がどうこう考えても、結局は師匠が本当のことを話してくれない限り、なんとも言えないしなぁ……

 修行も面白くなってきたしことだし、師匠の気が変わるまで、まったりと修行に励みますかねっと




 ◆




 肉体の限界は精神の限界より先に訪れる。そのことは最後の大会を怪我で見送った時に理解させられた。


 しかし今の俺には幾らでも無理が利いた。

 それに加えて、共に切磋琢磨する小夜子という存在もいる。


 フリとはいえ、師匠は刀に一切の妥協は許さない。俺達は来る日も来る日も、朝から晩まで徹底的に鍛錬に励んだ。


 三年が過ぎた頃、俺達は師匠に『二人には天賦の才有り』と言わしめるまでに実力を伸ばしていた。




 ◇




 ───カコンッ


「ふぅ」


 その日は俺が薪割り当番だった。そんな俺の傍らには、いつものようにに小夜子の姿があった。


 ───カコンッ


「よいしょっと」


「小夜子は休んでていいよ」


「やだよーだ! 少しでも鍛錬して早く定臣に追いつくんだから!」


「そんなに差ないって」


「まだ私、一本もとったことないでしょ!」


「それはリーチの差だと思う……」


「もう身長もほとんど変わらないでしょ!」


 言われて気付かされた。ここ三年、小夜子はそれこそ葦のごとく、にょきにょきと身長を伸ばし、遂には俺と背丈が変わらないまでになっていた。


「───あ……」


 そこで気が付いた。


「? ……どうしたの面白い顔して」


 完 全 に 忘 れ て た ! !


 身長が伸びる=成長している=老化している。


 つまりは……


 俺って小夜子を不老不死にしてねーじゃん!!


「小夜子ごめん! まじで忘れてた」


「え?」


「俺って天使だから不老不死なんだよね」


「───あぁ、なんか出会った頃にそんなこと言ってたね」


「信じてないな!」


「うん」


「そんなはっきりと言わなくても」


 おいおいと泣き真似をして見せる俺をよそに、小夜子はサクサクと片手で薪を割っていく。


 にしてもすげー腕力だよなぁ、男の俺と大差ねーんだもん。


「ふっふっふ~力だけなら定臣と大差ないもんねーだ」


 じっと見ているとニヤリと笑いかけられた。


「だな~、それで小夜子。信じなくてもいいんだけど、俺って小夜子のことも不老不死にできるんだよね」


「へぇ~」


「ほんとは出会ってすぐにやらないとだったんだけどさ、正直忘れてた……ごめん」


「定臣まぬけだもんね~」


「グサっときたよ! 今のグサっときた!」


「あはははは」


 ころころと笑う小夜子は出会った頃とは別人のようだった。


 本当によく笑うようになったよなぁ……


「ん、それで行使しちゃっていいかな?」


「いいよ~、定臣の気が済むならそれで」


 全然信じた様子もなく小夜子が適当に返事をする。俺は少し悲しくなりつつも小夜子に向って手をかざした。


「了解はとったからな!」


 眩い光が小夜子を包み込む。光は激しさを増したかと思うと、一瞬にして消え失せた。


「え!?」


「ん、できた」


 驚いたような顔で自分の体を見回した小夜子だったが、しばらくしてお得意のじと目を俺に向けると


「特に変化なし」


 そう呟いたのだった。




 ◇


 


 小夜子を不老不死にしてから数日後のこと、その日は近くの村まで食料の買出しに来ていた。

 食料の買出しは月に一度で、買出しといっても代金のすべては『神王通信』の出演料から算出され、後ほど国に請求される仕組みになっているので、実質は食料を店に貰いに行くだけの行為である。

 

 ちなみに俺と小夜子も『あの轟劉生が弟子を!?』などとスクープされて以来、半強制的に紙面を彩らされている。


 村までは師匠の家から一時間程度の距離だった。弟子入り当初は極端に人見知りの激しい小夜子を置いて一人で来ていたものの、『定臣と一緒がいい』などと可愛い駄々をこね始めたので、いつからか二人で通うようになっていた。


 『神王通信』の効果は絶大で、俺達が買出しに来る日は見物客が多く、村の人口は三倍に膨れ上がっていたらしい。

 村人の間では月に一度の〝轟祭〟などと謳われていたのだが、俺達がこのことを知ったのは随分と後になってからのことだった。




「ふぅ…… いつ来てもすごい賑わいだなぁこの村」


「だね~」


 村に入ると我先にと店の主達が俺達の元に駆け寄り、自分の店をアピールする。商売の神様よりも神王通信様々といったところなのだろうか。俺達が利用した店は必ず神王通信で紹介されるため、CM効果絶大とあって店主達は毎度、必死の形相で詰め寄っていた。

 

 そんな店主達を愛想笑いでやり過ごし、お目当ての物を購入していく。

 轟流剣術、独特の舞うような足運びはやはり誰が見ても美しいらしく、修行の一環としてそれを駆使しつつ、買い物を済ませていく俺達を村の人達は歓声を上げながら拍手で見守っていた。




「今日はいなかったね~」


 買い物を終わらせた頃、小夜子がそんなことを呟いた。


「そりゃ先月が先月だったからね」

 

 師匠に果し合いを挑む輩は後を絶たない。しかし挑んだ者は必ず絶命する。この暗黒の方程式は二人の弟子…… つまり俺達が公表されて以来、曲がりに曲がって…… まぁなんとも迷惑なことなっていた。


 要はあれだ。血の気の多い連中は、自分の腕を試したくて師匠に挑んでいたわけで…… でも命は大事なわけで…… わかるだろ? 死なずに腕試しができるならそれに越したことは無い。そんなわけでお鉢が俺達に回ってきたわけだ。

 

 で、山から降りてこない俺達に確実に会えるのが月に一度の買出しの日ってことで、買い物の後はかなりの確立で果し合いを申し込まれていた。そしてそのすべては孫弟子である小夜子がるんるんと率先して受け持っていたのだが…… いやはや、先月は間が悪かった。


 先月、俺と小夜子は珍しく口喧嘩をした。そしてそこに、なんとも言葉使いの悪い大男が挑んできたのである。なんというか……

 

 手とか足とかありえない方向に曲がってて不憫でした!


 そんなわけで今日は果し合いも無しか、と二人で家路につきかけたんだが……

 そんな時、村長から声をかけられ自宅へと招かれた。

 

 いつもなら丁寧にお断りして家路を急ぐところだが、その時の村長はどこか焦っているように見えた。気になった俺達は後で師匠に帰りが遅いと怒鳴られる覚悟を決め、その招待を受けることにした。




 ◇




 村長宅に入った俺は思わず小夜子と顔を見合わせた。そこには大怪我を負い瀕死の状態の男が寝かされており、室内には血液が醸し出すなんともいえない匂いが漂っていた。


「村長これどうしたの!?」


 慌てて尋ねた俺に村長は悲痛な表情で事情を説明し始めた。


「実はですな……」


 村長の話によると、男はこの村からニ時間程歩いた先にある別の村の住人で、村が山賊の襲撃を受け、命からがらこの村に逃げ延びたのだという。


 火の国の天下統一によって山賊被害は激減していた。しかしながら国の警備が行き届いていない土地は必ずどこかに出てくる。

 

 羅刹の命により迅速な対応はされるだろう。しかしそれでも間に合わないことは多々ある。国からの討伐隊を待っていれば、隣の村の住人達は皆殺しにされるだろう。しかし今すぐにこの村から駆けつければ間に合うかもしれない。


 そこまで説明すると村長は、賊の討伐を俺達に依頼したいと深々と頭を下げた。


「俺でよければ喜んで!」


 考える前に即答していた。


「私もいく」


 案の定そう言ってきた小夜子の両肩に手を添える。


「悪いけど小夜子は師匠に連絡してくれない? 敵の規模がわからないし怪我人の治療も必要だろうから」


「……わかった」


 小夜子はただの我が儘な娘ではない。人命がかかっている今の状況をよく理解していた。

 それから軽く打ち合わせを済ませると小夜子と別れ、村を出発した。


 山賊にはこの世界に来て早々に襲われた。あの時は成す術も無く殺されかけたが、今の自分ならば対処できる自信がある。俺は力強く拳を握ると足を速めた。


 

 山賊行為を行う輩には二種類の人種がいる。一つは生活が苦しく、仕方が無く山賊に堕ちた類で、もう一つは己の欲を満たすためにより楽な方法を選んだ類の人種だ。

 

 火の国は民の生活を第一に考えており、生活が苦しい者には国が援助を施している。 

 恐らく村を襲撃している山賊は後者なのだろう。


 普通に生活していていきなり略奪されて殺されるってふざけてるよなぁ

 

 頭の中でそう呟いた俺は、さらにスピードを上げていった。




 ◇




 村には三十分程で辿りついた。


 パチパチとなにかが爆ぜる音が耳に届く。それは家が燃えている音だった。

 女性の叫び声が聞こえる。視線を送るよりも早く、それは断末魔と成り果てた。

 鼻につく死臭。ここは本当に村なのだろうか?


 思わず呆然とする。


 そんな俺の意識を引き戻したのは、少年の助けを乞う、か細い声だった。遠目に見えたその少年の背後には、今にも斬りつけようとする山賊とおもしき男が見えていた。


 危ないなぁ───

  そんな小さな子、斬りつけると死んじゃうじゃん。


 そう思った瞬間───

  男は輪切りになり事切れた。


 あれ? 今斬ったの俺?……


「なんだてめぇ!」


 背後から声が聞こえた気がした。

  ───振り向くと山賊が三人ほど死んでいた。


 あれ? また死んでる?


「ば、化け物だ!」


 また声? ってまた死んでるよ。


「か、囲め!一斉に斬りかかれ!」


 あ、刀に血がついてる、やっぱり斬ったの俺だ。


「い、いけ!」


 まぁしょうがないよね、こいつらが村に攻め入ったのが悪いんだしって……俺、妙に冷静だなぁ


「ぎゃああああ」


 ───血が褪めていく。


「う、うわああああ」


 怖がるくらいなら最初からやるなよなぁ


「ひ、ひぃぃぃぃ」


 ───遠くから自分を見てるような感覚。


「た、助けてくれ!」


 そう言ってた人をさっき斬り捨ててたよなぁ


「ぎゃああああ」


 その男の断末魔と同時に自分の中で何かがひび割れる音が聞こえた。

 

 そしてその音を最後に俺の中の

 

 ───時が止まった。




 ◇




 辺りは耳鳴りが聞こえるほど静かだった。

 気が付くと俺は、死体の山の中に腰を降ろし、刀身を眺めていた。


「───あ、あれ?」


「怪我人の処置は終えた」


 不意に声がかかる。


「あれ? 師匠?」


「───貴様がやらねば村人は間違いなく皆殺しだった」


「あ…… これ俺がやったのかぁ」




 ◇




 血に染まった愛弟子をじっと見据える。


 刀はどこまでいっても人を殺すための道具だ。それを使う剣術に明確な一線を引くとすれば、それは人を殺した事があるかどうかということだろう。

 

 俺は見極めようとした。

  ───今回、定臣は初めて人を殺した。

 

 その一線をどんな感情をもってして越えるか。喜びをもって越えた者は狂心の道を歩むだろう。怒りをもって越えた者は修羅の道を歩むだろう。哀しみをもって越えた者は更なる哀しみを生むだろう。楽しみをもって越えた者は殺戮の道を歩むだろう。


 しかし定臣は…… 定臣からは何の感情も読みとれなかった。


「定臣…… 貴様が斬ったのは何だ?」


 ───本能的に危険だと感じた。


「え?」


 ───だからこそ俺は


「もう1度言う、貴様が斬ったのは何だ?」


 ───この愛弟子に


「俺が斬ったのは…… 山賊です」


 ───後悔させなければいけないと思った。


「決して忘れるな、貴様が斬ったのは人間だ」  


「人間……」


「死んだ人間はもう戻らん、だからこそ殺した人間は、摘んだその命の重みを背負って生きて行かねばならん」   




 ◆ 




 俺は間違っていたんだろうか? 

 

 人を殺した人間が殺された。

  それだけのことじゃないのか?


 殺さないと守れない命があった。その命を守るために殺した。

  あぁ守るために殺すって矛盾してるなぁ


 師匠の言葉が心に響かない。正論だとは思った。しかし自分のやったことが間違っているとは思えなかった。


 〝あなたも人殺しでしょうに〟


 自分の中でどす黒い感情が蠢いているのがわかった。驚くほど冷めた目をしている自覚がある。俺はその目のまま師匠を見やる。その時、師匠の背後に小夜子の姿が見えた。


 ───あれ? 小夜子が泣いてる……


 目が合った小夜子は泣きながら俺に抱きついてきた。


「ごめん…… ごめんなさい! 定臣だけにこんな辛いことさせて! 私がいけばよかった!」


 ───あぁそうか…… 俺が小夜子を泣かせちゃったんだな……


 小夜子をそっと抱きしめる。不思議とどす黒い感情が消え失せていく。それを自覚した時、視界が歪んで見えた。


 ───あれ? 俺泣いてる?


「ご、ごめんな小夜子」


 うまく喋れない。


 俺は何をやってんだよ! 小夜子の仇討ちを諦めさせるんだろ! その俺が人を殺して何とも思わなくてどうすんだよ!


 心の中でそう叫んだ時、ガタガタと震えはじめた。押し寄せて来た感情は恐怖。そして後悔。その場で泣き崩れた俺を小夜子はずっと抱きしめてくれていた。

 



 ◇




「……ふむ」


 二人の様子を無言で見ていた劉生はその手に握る刀を鞘に納めた。


 ───小夜子がいなければ自分は間違いなく川篠定臣をこの場で斬り捨てていただろう。

 ───小夜子が定臣を人としての瀬戸際で踏み留まらせた。


「先に家に戻る。……小夜子、すまんが定臣が落ち着くまでついてやってくれ」


「……わかった」

 

 ───ますますこの娘に、仇討ちなどとくだらんことをさせるわけにはいかんな。


 そう心の中で呟きながら劉生は去っていくのだった。


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