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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
59/120

〝今〟の最悪


――止まった。

止まったけど。

止まったところで、俺の頭の中の状況は止まらない。


俺は目を細めて、目の前の面子を順に見た。


まずはポレフ。

いつも通りのポレフだ。

いつも通りの顔で、いつも通りに状況が飲み込めてない顔をしている。

……いや、いつも通りって言うのもどうなんだ。可哀想に。


次にマリダリフ。

いつも通りのマリダリフだ。

いつも通りの顔で、いつも通りに〝めんどくせぇ〟って顔をしている。

……いや、こいつは飲み込めてるな。

むしろ飲み込めた上でめんどくせぇ顔だなこれ。


次にルブラン。

いつも通りのルブランだ。

いつも通りの顔で、いつも通りに〝ぇ、ぃゃ、しかし〟って言いそうな顔をしている。

……いや、言ってる。

顔がもう言ってる。


次にロイエ。

いつも通りのロイエだ。

いつも通りの顔で、いつも通りに〝あら?〟って顔をしている。

……いや、その〝あら?〟は、今はやめて。

今は〝あら?〟とか言ってる場合じゃないの。


そして――

エレシ。

エレシは、いつも通りに美しい笑顔だった。


シア。

シアは、いつも通りに無表情だった。


この二人が無反応なのが、逆に怖い。

いや、エレシは多分、理解してる上で無反応だ。

シアは多分、理解した上で興味がない。


……おい。シア。

興味持てよ。ねぇ。

うちの戦力の要に興味持ってよ。

ほら、今、世界の根幹に関わる話してるよ? ねぇ。


そんな俺の祈りなど当然届かず、

シアは淡々と口を開いた。


「ボスって誰」


その一言で、空気が一瞬だけ止まった。


「……誰のこと?」


俺がそう問い返すと、

ほうちゃんは一瞬、口を開きかけて――やめた。

代わりに、ほんの少しだけ視線を動かす。

エレシの方へ。


……あぁ。

そういう呼び方か。


「……お前、勝手にそう呼んでるだけだろ」

「せや」


ほうちゃんは、即答だった。


忠誠じゃない。

尊敬でもない。

ただ、エレシの振り切りっぷりを魔族的な感性で察して、

精神的に距離を詰められただけ。

……そんな感じだろう。


俺は深呼吸をして、出来るだけ冷静に言った。


「マリダリフは普通に人間だ」

「せやな」

「味方だ」

「せやな」

「半分魔族が一人いる」

「……いや」

「いや?」

「そっちや」


ほうちゃんが顎で示した先。

示されたのは――エレシだった。


エレシは相変わらずの微笑みで、俺に視線を向ける。


「はい♪」


はい♪じゃない。

はい♪って言うな。

はい♪で済む話じゃない。


俺は胃の辺りを押さえた。


「……え、なに?」

「なにって」

「エレシって、魔族なの?」

「半分な」


ほうちゃんは、笑わなかった。


さらっと言うな。

さらっと言うなよ。

お前、さらっと言う癖あるよね。

お前の情報、だいたいさらっと来るんだよ。

心の準備ってものがあるだろ。


「え、じゃあ……」

「ワイが言うたやろ。血に逆らえへんって」


ほうちゃんは、少しだけ表情を曇らせる。


「血はな。……だいぶん面倒くさい」


空気が、ほんの一瞬だけ冷えた。


その沈黙を、エレシが軽く崩す。


「厄介ですよねぇ♪」

「お前、軽いな!」

「軽くはないですよ♪」


エレシは微笑んだまま、続けた。


「私の場合は……〝嫌い〟の方向に全振りしただけです♪」


なるほど。

そういう処理の仕方か。


理由までは、聞かない。

今ここで聞く話でもない。


「つまり、だ」


俺は話を戻すことにした。


「魔界に入って、魔王に会うには条件がある」

「せや」

「正攻法で、血の主導権を無効化する必要がある」

「せや」

「そのための儀式が」

「四天王戦や」

「人間は関係ない」

「せや」

「半分魔族は関係ある」

「せや」

「つまり、ポレフは関係ある」

「せや」

「エレシも関係ある」

「せや」

「マリダリフは関係ない」

「せや」

「ルブランも関係ない」

「せや」

「俺も関係ない」

「……それはどうやろな」


「なに?」

「いや、なんでもない」

「なんでもない顔じゃない」

「今の間はなんだよ!?」

「間って言うなや」


だいぶん面倒くさい。


俺は、目の前を見る。

崖の縁だ。

向こう側は、近づくまで見えない。

そういう類の、便利魔法がかかっているのだろう。


「……お約束だな」

「なにが」

「ここから落ちるんだろ?」

「せや」







「よし。じゃあ行くか」


俺がそう言うと、ルブランが一歩前に出た。


「定臣様……その、よろしいのですか?」

「ん?」

「〝飛び降りる〟のは、さすがに……」

「大丈夫大丈夫」

「どうせ落ちるなら、落ち方が大事だ」

「落ちる前提なんですね!?」

「前提だよ」


俺は視線を横にやった。

マリダリフが、腕を組んで立っている。

表情はいつも通り。

でも――口元が、わずかに緩んでいる。


「おい」

「ん?」

「お前、楽しんでるだろ」

「は?」

「楽しんでるだろ」

「楽しんでねぇよ」


言葉は否定。

顔は肯定。


「……お前なぁ」

「うるせぇ」

「うるさいのはこっちだ」

「崖にビビってる奴が偉そうに言うな」


……くっ。

言い返せない。


俺は視線を逸らして、ほうちゃんを見た。


「で、どうやって落ちるの?」

「普通に落ちる」

「普通に?」

「普通に」


最悪の説明である。


ほうちゃんが指差した先には、

崖の縁に――妙に整った石畳があった。


円形に刻まれた石畳。

中心には、小さな窪み。

……祭壇みたいだ。


「これ、なに?」

「境界の儀式場や」

「儀式場って」

「儀式場や」

「雑すぎる説明やめろ」

「雑ちゃうわ。これ以上言うたら長いねん」


ほうちゃんはそう言って、石畳の中心に立った。


「ここに立って、名前を名乗る」

「名前?」

「せや」

「誰に?」

「魔界に」

「魔界に?」

「魔界にや」


……うん。

やっぱり説明が雑だ。


だが、ここで突っ込んでも無駄だ。

攻略本は――こういうところ、だいたい雑に書かれている。

一周目は見ない。

二周目以降は、いい具合の情報制限。


で――

今、俺はどうしている?


攻略本を見ている。

しかも、攻略本の方が現地で踊っている。

最悪だ。


「ラナクロア~魔界の歩き方~」

『誰が攻略本や!』


即座に返ってくるツッコミ。

……いや、やっぱり攻略本だと思う。


俺は小さく頷いて、石畳の中心に立った。


空気が、さらに冷える。

風が止む。

波の音が、遠ざかる。

世界が、ここだけ切り離される。


皮膚の上に、見えない圧が乗った。


――あぁ。

これが、境界だ。


俺は息を吸って、名を名乗る。


「サダオミ・カワシノ」


声が、下に落ちる。

落ちた声は、闇に吸い込まれた。


次の瞬間――

石畳の中心が、淡く光った。

光は円を描いて広がっていく。


足元から、世界が抜ける感覚。


「はい落ちるー!」

「言うなああああああああああああ!」


ロイエの声に反射で叫んだ瞬間、

俺の身体は、文字通り落ちた。


落ちた。

落ちたのだが――今回は違う。


ただ落ちるのではない。

〝落ちていく先が、最初から決まっている〟落ち方だ。


吸い込まれる。

引きずられる。

連れていかれる。


視界が暗転する。

耳鳴りがする。

胸の奥が、ぎゅっと縮む。


それでも、恐怖より先に、

妙な安心感があった。


――あぁ。

これは、儀式だ。


儀式ってことは、多分、死なない。

多分。

……多分。


――落ちた先は、暗闇ではなかった。


赤い空。

黒い地面。

遠くに見える、歪んだ城壁。


空気が熱い。

でも、息はできる。

むしろ、吸いやすい。

……嫌な意味で。


甘い匂い。

鉄の匂い。

焦げた匂い。


全部混ざっていて、

どれも主張が強い。


ここが、魔界。


顔を上げると、目の前に――門があった。


巨大な岩が二つ立ち、

その間に、揺らめく膜が張られている。


膜の前に立っていたのは――

人の形をした、何か。


黒い鎧。

角のような飾り。

背中の黒い羽。

赤い目。


魔族だ。


魔族は、俺を一瞥しただけで言った。


「……天使か」


続いて、低い声が響く。


「名を名乗れ」

「サダオミ・カワシノ」

「目的は」

「魔王に会いに来た」


「……ほう」


一拍。


「勇者を立てよ」


俺が言葉に詰まるより早く、

ポレフが一歩前に出た。


「俺が勇者だ」


「支持者を四名、立てよ」


まず、エレシがポレフの隣に並ぶ。


「支持者です♪」


次いで、定臣が戸惑うより先に、

マリダリフが一歩前に出た。


「支持者だ」


俺も、遅れて前に出る。


「……支持者、だな」


最後に、

俺を見届けてから、

ルブランが静かに一歩踏み出した。


「支持者として、名を連ねます」


魔族は、門番としての主観で、順に確認していく。


「ルブラン・メルクロワ」

「……天使」

「サダオミ・カワシノ」

「……天使」

「マリダリフ」

「……人」

「エレシ」

「……半血」


魔族の視線が、わずかに鋭くなる。


「――血の声に抗う意思は」

「ある」


短く。

それだけで、十分だった。


魔族は、膜に手を翳す。


「呼び出す。魔王の支持者四名」


来る。


俺は、無意識に剣の柄に手を置いていた。

ネタ枠っぽい気配。

だが――肌が、理解している。


これは、強い。


ほうちゃんが、小さく呟いた。


「あっれ……」


その声は、震えていた。


「確か……こんな奴……やったっけ……?」


攻略本が――情報を失っている。

いや、攻略本じゃない。

ほうちゃんの記憶が、揺れている。


俺は、内心で舌打ちした。


――そういうことか。


最強四名を〝便利魔法〟で選出。

時がくれば召集。


つまり――

あらかじめ決まった〝四天王〟がいるわけじゃない。


今この瞬間、

この状況で、

〝最も適した四名〟が呼ばれる。


そして今、呼ばれた一人目は――


俺達にとって、

〝今〟の最悪だ。


現れた男が、こちらを見て笑った。


「おうおうおうおう!」


……うん。

長くなるな、これ。

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― 新着の感想 ―
お久し振りィッ!!! ちょっと忘れてるから、一から読み直してきますねぇ……。
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