最新話:約束を果たすのが〝漢〟というものです
お久しぶりです。気がつくと月日が流れている太郎ぽん太でございます。
お待ち頂いた皆様、新たにブクマして頂いた皆様、ありがとうございます。
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◇
この日、定臣は一つの大きな決断をする。
人にはそれぞれ、重きを置き、どうしても貫き通したい信念というものがある。
彼にとっての〝信念〟とは一度、口にした〝約束〟は必ず守るというものであった。
つまりは──
「中の人などいない!!!」
どこか投げやりな定臣の声が響く。
装飾の町〝ミッサメイヤ〟、その中でも指折りの老舗である〝時の羽衣〟が取り扱う商品は装飾品だけに留まらない。そんな店舗の一角に〝華勇者〟ご一行の〝華〟達は集っていた。
「それにしてもまさか定臣様の口から〝デートしたいので超本気の下準備にお付き合いお願いしたい〟などと聞くことになるとは思っておりませんでした♪」
ご機嫌にそう言ったエレシは、すぐさまに獲物を狙う鷹の様な眼光へと早変わりする。
「次 お願いします」
「ひ、ひゃい」
見送られた店の責任者らしき男は、大わらわで店中から集められたスタッフへと指示を飛ばしていく。
「今のでもダメなんだ?」
「ダメですね」
「ですか」
「言葉を選ばずに申し上げるならお話になりません」
「ですかー……」
「こ、こちらを見られても困ります」
そう答えたルブランはバツが悪そうに目を逸らす。事この場に措いては〝美しすぎるマイスター〟エレシの独壇場に異を唱える者は存在していなかった。
「任せるのが正解」
「信者よ!僕はエレシ信者!」
追い打ち気味にそう続けたのはシアとロイエの両名だった。
「信者て」
「それでは教祖が同時進行でメイクにとりかかります♪」
「ノリノリですね教祖様」
「はい♪」
そう言うとエレシは手袋を脱ごうとし、それから自分の手に手袋が無いことに気付き、少し照れる。
その仕草がマイスター〝エレシ・レイヴァルヴァン〟が仕事モードへと移行する際のものであると知る面々は気付かぬフリをしつつ微笑んだ。
◇
この癖はなかなか抜けませんね。
それにしても──
自分の指示に従い目を瞑った目下の天使をじっくりと観察する。
形容し難い程の圧倒的で絶対的な美しさ。
誇張でもなく、媚びへつらっているわけでもない素直で率直な感想は、出会ってから今日まで一切、変わることが無かった。
その美しさに自ら手を加える機会が到来しようとは──
「マイスターにとって至上の喜び♪」
物心ついた時には周囲から〝可愛い〟とよく褒められていた。
どうせならそんな〝長所〟を伸ばしてみよう。
そんな風に思い至るのはごく自然なことだった。
その手段として最初は髪に、それからメイクに──
そうすると周囲からは益々、褒められることが多くなっていった。
そんな自分の〝長所〟がもう一つの〝長所〟である〝靴作り〟と結びついた。
気がつけば、自分の〝美貌〟はマイスター〝エレシ・レイヴァルヴァン〟の看板と成っていた。
だからこそ、より一層に磨きをかけた。
だからこそ、なによりも自信を持つことが出来た。
だからこそ──
この天使美を更に昇華する!
あれ?天使美って言葉なんてあったでしょうか?
そんな風に気合いを入れて〝魔法〟を行使した直後に、間の抜けた疑問符を頭に浮かべるくらいの脱力感が、下地に使った水魔法に程よい潤いを保たせるのに最適なことは研究済みだ。
〝あ、なんか気持ちいいこれ〟などとご機嫌な定臣様に笑顔を向けることを忘れずに、ゆるやかに次の工程へと移行しようとして──
そこで一瞬、手が止まってしまった。
え、なにこれ、どこを触ればいいのこれ。
方針としては最初からナチュラル寄りに仕上げるつもりではいた。
それならば透明感を強調することを忘れてはいけないと、ベースを定めようにも、どう見ても完成形過ぎて手の施しようが無い。
それならば、と色々と〝魔法〟で簡略化した手順を更に飛ばしてアイメイクに取り掛かろうにも──
はい、綺麗ーーーー!!!
はい、なにもしなくても綺麗ーーーー!!!
悲しくなってきた。
だったらもうこれ髪色に合わせたルージュひくくらいしか出来ないのでは?
いやいやいや、さすがにそれはプライドが許しません。
せめてチークだけでも〝魔法〟に頼らず自分比を更に定臣様よりにアレンジして──
っと
っとっと?
?????
って消えたんですが?
メイクするなり消えたんですが?
え?え?
気のせい──ではない。
何度やっても消える消える。
つまり美を損ねるものを受け付けません。と
なるほど。
なるほどなるほど。
これは負けていられませんね。
───と、そんな風にやる気に満ち溢れていた時期が私にもありました。
思わず心の中でそんな風に嘆きたくなる程には、持てるすべてを投じて頑張って。
頑張ったんです私。
だというのに──
ここまでの成果に思わずため息が出る。
瞳の輪郭を僅かに影響を与えた程度のメイク。それ以外のすべてが一瞬にして消え去り続けたのである。
どうやら、この天使様は本物中の本物、それも会心の出来栄え以外を受け入れてくれるつもりがないらしいです。
つまりこれだけやって認められたのはこの僅かな成果だと。
しかしですね。
仕事をする上でお客様との約束、つまり〝納期〟はつきものです。
仕事というのは如何にその〝納期〟までの制限時間内でうまく配分し、クオリティを上げられるところまで上げるかに尽きるのです。
言い換えるならば一切の妥協を許さずに、しかしながら究極に高い次元では自身の中で折り合いをつけてお客様に勘付かれない範囲での妥協を強いられるものなのです。
そして今回の場合の〝納期〟とは定臣様とマリダリフ様との待ち合わせの時間まで──
正直に忌憚なく申し上げるならば、マリダリフ様は定臣様がいくら遅刻してもずっと、それこそずーーーーーーーーーーーーっとお待ち頂けるような気がしなくもないですが、それはそれです。
そもそも定臣様は基本的に時間にルーズな方ではないですし。
と、なると、なんとしても───
「あっ」
「う?」
思わず出した声に律儀に反応して頂いた定臣様を置き去りにして、たった今、舞い降りた閃きを実行に移すべく、迅速に用意を始めることにしました。
◆
しかし世の女性は皆さん実に苦労していらっしゃる。
自分の身勝手なお願いに応じてくれた、エレシ達に感謝しつつも腕を組んで、じっと事の成り行きを観察し続けてきた感想がこれだった。
メイクとかこれもう美術とかそんな次元な気がするよ。
それを毎日、毎朝でしょ?もちろん、個人差はあるんだろうけども。
敬意。マジ敬意。
生まれてこの方、すっぴん一筋できた身としてはそれ以外に感想が浮かばなかった。
それにしても───
先程まであれだけ下準備に〝あれやこれや〟としてか~ら~の~ダメ押し的に眼前に広げられた大掛かりな仕掛けには唖然とするばかりである。
用意された少し大きめのダンボールサイズの木箱に、次々と投入されていく化粧品の数々。更に〝水魔法〟を主に重ねがけされまくった様々な色が混じった綺麗だか汚いんだかよくわからない魔法球もそこに投入されて───
メイクの仕上げってこんな感じなんだ?
へぇ~
すごいな。
勿論、地球と違って色々、魔法で簡略化されたり複雑になっていたりするんだろうけど。
ほんとすごい。
さっきからすごいしか感想が浮かんでこないんだけど。
「それでは定臣様♪失礼します♪」
「あ、お願いしまっぷ」
そう言ったエレシは次の瞬間、俺の後頭部に手を添えて木箱の中に思いっきり顔を押し込んだ。
思わず〝っぷ〟ってなったわ!
え、なにこれ?
メイクの仕上げって本当にこんななの?
なんかドロドロしたり、ふわふわしたり、シュワシュワしたりするんだけど?
ヒリヒリするんだけど!?
え、あ、ちょおおおお
って思ったら今度は気持ちイイかよ!
って眩し!目閉じてるのに眩しっ!
「やっぱりこれが正解ですね♪」
一瞬、飛んだ意識を呼び戻したのは、エレシの喜んでるのに、どこか悔しそうなそんな声だった。
「名付けて〝なにをしても正解以外残らないので全部使ってみたら結果的に大正解になるのではないでしょうか〟メイクです♪」
「ラノベのタイトルかよ!」
そんなつっこみを口にしつつも、俺は自分が何をされたのかをようやく理解することが出来たのだった。
メイクってやっぱりあんなんじゃないよね!?
◇
そんなこんなを経て、いよいよマリダリフとのデートだった。
でした。
はい、終わり。
即座にヤジが飛んだ。
あからさまに不服そうに、こちらを見上げるロイエとシアの〝じと目〟が刺さる。
どうやらこの程度の感想では逃がして貰えないらしい。
仕方がないので本日の〝デート〟についてもう少し思い出してみることにした。
いや、別に普通に街中歩いて、買い物してプレゼント貰って、食事して、その日を終えただけだから特筆すべき点なんてないよ。
感想……って言ってもふつ~~~~に友達と遊んでる感じだしなぁこっちは。
こっちはね。
ん~~~~
まぁ、出会い頭に思いっきり赤面された挙句『〝天使〟じゃなくて〝神〟だったか』とか絶叫されたのは鬱陶しいなりに、皆にお願いして助けて貰った甲斐があったなって感じで少し嬉しかったかな。
あ、あとマリダリフの奴、気合い入ってて全部奢ってくれるつもりだったんだけど、いつにも増してお店側が、なにもかも全部無料にしてくれたお陰で肩透かしくらってて、ちょっと可哀そうだった。
それと〝コレ〟だな。
じゃららっと袋から取り出した〝ソレ〟を見るなり女性陣から〝うわっ〟だの〝げっ〟だのと感想が漏れる。
装飾の街〝ミッサメイヤ〟なんだから装飾をプレゼントしたいと言って、マリダリフが選んでくれた〝ソレ〟は女性陣には概ね不評のようだった。
ペンダントのモチーフとして、でかでかとあしらわれていたのは髑髏であり、その双眸には蒼と紅の宝石が埋め込まれている。
厨二心を大いにくすぐってくれるデザインは、生憎と俺の心には刺さりはしなかったが、修学旅行のお土産に、何故か一定の需要を得ている〝木刀〟に近い趣きを感じたので、ありがたく頂いて帰ってきたわけだが。
「死ねばいいのに」
シアさんの感想は相変わらず辛辣だった。
今日もご一読ありがとうございました。暫しの時間同じ世界を共有出来たことを嬉しく思います。
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