テイザールの魔族 Ⅲ
■
◆
先程のオルティスは珍しく、胡散臭くなかった。
勿論、あの腹黒勇者様のことである。
〝胡散臭くなかった〟のあとには当然〝そう思いたい〟と続くわけではあるが。
兎に角、此度に限っては言われるがままに従ってみるのも悪くはないか、と興が乗った。
ドナポスさんの秘密。
ひいてはエドラルザ王国騎士団の秘密。
それをもったいぶった挙句に散々、仄めかせておきながら〝やはりご本人から詳細を伺った方が齟齬が生じにくいかと〟などと爽やかな笑顔で言い始めた時には、いつもどお~りにUターンしかけたりもしたが……
あの瞳──
真剣だったな。
本来、俺は人様の秘密をあえて聞き出すような趣味は持ち合わせてはいない。
え?言い訳乙?
いや、本当にないんだってそんな趣味。
だって〝騎士団の秘密〟とか絶対に面倒事じゃないか。平穏無事が大好きな定臣くんとしては是非とも関わり合いになりたくない事案だよ絶対。
とかなんとか考えを巡らせつつも、足はとことことドナポスさんがいると聞かされた場所へと向かっていく。
秘密を聞かされるのを嫌った俺に〝秘密が今日から秘密ではなくなったんです〟などと言い返されれば、さすがの俺も気になり始めた。
まぁいいか。
そんな目的なんてなくても単純にドナポスさんと話すの好きだし。
ちょっと姐さんが奉られるまでの経緯もドナポスさん目線で聞いてみたいし。
はいはい、言い訳ですよっと。
角を曲がった先、割と近場な雰囲気で示されたはずのドナポスさんの居場所、略して〝ドナポジ〟はまだまだ随分と山を登る必要がありそうだった。
あんにゃろう。全力疾走前提で伝えやがったな。
遠いよドナポジ。まだまだだぜドナポジ。
はい、折角思いついたので言ってみたかっただけですすみません。
ともあれ、まだ少し時間がかかりそうである。
こんな時はのんびりと思考を飛ばしながら歩くにかぎる。
俺は夕暮れのお供にオルティスが明かした〝裏企み〟の一つを選ぶことにした。
剣の人、シーザル・エミドウェイ。
彼との出会いは突然だった。
正確には、彼が仲間になっていたことに突然気がついた。
あれはそう、確か例の〝骸の揺り籠〟の一件が決着して暫く経ってからのことだ。
◇
「な~んかよ」
師匠会議の場で気だるそうに話題を切り出したのはマリダリフだった。
曰く〝最近のポレフの剣筋にイライラする〟とのこと。
「ふむ── 確かに変わった」
〝だがあれは〟そんな風に続けたルブルブは話題に上った〝最近のポレフの剣筋〟にむしろ親近感を覚えると感想を述べた。
それから二人は視線でこちらに感想を求めてきた。
ふむり、と顎に手を当て思案する。
確かに、あの一件以来、ポレフの剣筋は変わった。
はじめは強敵との戦闘を経て急成長を遂げたのだとばかり思っていたわけだが──
これは単純な成長とはなにかが違う。
そんな違和感が剣を交える度に募っていった。
俺としては、もう少し様子を見て、この違和感に確信を得てから二人に相談するつもりでいたわけだが──
確信もなにも、この二人が似たように違和感を覚えたと言うのだから、これはもう間違いないのだろう。
ふむり。
自分の中では答えはもう出ている。
しかしながら、それを言葉にして相手に伝えるというのは難しい。
それでもやっぱり、なんとか言葉で表現しなければ相手に伝えるのはやはり難しい。
なんともままならないものである。
自分の中でこの違和感に最適な言葉を当てがうのならば───
「色が混じった」
今までポレフは俺、ルブルブ、マリダリフの三人を師に仰ぎ、従順に直向きに鍛錬を積んでいた。
三者三葉にポレフに合った教え方を模索しながらも、真剣に伝えた技術は、ポレフというフィルターを通して、少しの癖を残して反映されていく。
そんなわけで、俺達はお互いに〝これはマリダリフが教えたのか〟〝これはルブルブだな〟といった具合に師匠としての楽しみ方を見出していた。
そこに突如として別の色が混じってきた。
感じていた違和感は正にそんな感じだったのだ。
どうだろうか?
そんな風に俺が視線を二人に返したのと、二人が、はっ、とした様子でこちらを指差してきたのは同時のことだった。
どうやら、しっくりきて頂けたようだ。
そんなわけで──
俺達はすぐに会議を終え、ポレフの部屋へと向かうことにした。
◇
「これは説教だな!絶対説教だな!!」
部屋に着くなり、何故か自信満々でビビりながら愛すべき馬鹿弟子ポレフがそう言い放つ。
すぐさまに降り注いだマリダリフのげんこつを寸でで交わすとポレフはにやりと笑った。
初めて見た時は〝なにこのDV〟とあんぐりと口を開いて驚かされたりもしたこのやりとりだが、これがこの二人の鍛錬の一環なのだと理解した今となってはすっかりと日常の一部に溶け込んでしまった。
「なにこのDV」
回避した先に待ち受けていた〝まさむね〟に見事に突き刺さったポレフを見て思わずそう口にするほかなかった。
そんなわけで、何故かポレフの部屋にいたシアも交えて、先程の疑問をポレフへと投げかけてみる。
「ちょ ちょっと待って いま まさむね! 俺 まさむねってるから!」
まさむねってるらしい。
やれやれとシアさんに視線を向けてみれば相変わらずの〝どや顔〟で指鉄砲に息を吹きかけている。
そうですか。一仕事終えましたか。
今更ながら、ポレフの鉄壁設定をあっさりと突破してみせる、謎子ちゃんの謎必殺技に軽く疑問を抱きつつ、ポレフの回復を待つことにした。
◇
つまりは──
「師匠一丁追加ね」
「出前みたいなノリで追加するんじゃありません」
口にした直後にマリダリフにつっこみを頂く。
事の真相があまりに急転直下だっただけに、そう言う他に思い当たらなかったのだから仕方が無い。
真相はこうだった。
あの時──
件の〝骸の揺り籠〟戦で抜刀したポレフのメインウェポン。
〝飛剣ビグザス〟と対を成す形で名工〝ルクセン・パロエ〟から授けられた〝あの剣〟がある日の夜、ポレフに語りかけてきたという。
勿論、鈍感なポレフである。暫くは気のせいと完全にシカトを続けていたらしい。
そんなある日のこと。
遂に痺れをきらせた〝剣〟は突如、人型へと変化し、ポレフの前へとその姿を現した。
そして語った。
そりゃもう語った。
剣技についてしこたま語った。
聞いてもいないのに語りまくった。
さすがのポレフもこれには降参したらしく、〝剣〟の人の言うがままに真夜中にこっそりと剣を振ってみたらしい。
ポレフにはわかった。
強者の剣は既に見知っている。
だからこそわかったらしい。この〝剣〟の人の教えが如何に素晴らしいものであるのかが。
それからはポレフの方から頭を下げ、正式に〝剣〟にも弟子入りしたという。
まぁ──
師匠が多いに越したことはないし?
と、そんな風に気軽に割り切れないのがこの人である。
「そういうことは決める前に相談しなさい」
ピシリと言い放たれた言葉には優しさと僅かな憤りが含まれていた。
良い先生のお手本のようなルブルブは今日もしっかりと指導に抑揚を効かせご健在だ。
これは暫くお説教タイムかな。
そんな風に内心で覚悟を決める。
さて──
こんな時はマリダリフと適当に会話を楽しんで時間を潰すにかぎる。
俺は無心で流そうとしたけれどやっぱり無理だった疑問をマリダリフに投げかけることにした。
「なぁ」
「ん?」
「ラナクロアの剣って人に変化したりするんだな」
「しねぇよ!?」
「あ やっぱり?」
「正直 こいつなに言ってんだよってずっと思ってたよ!?」
どうやら俺は正常だったようだ。
またどうせ〝魔法ですねー〟の一言で終わらされるんだろうと中りをつけていただけにびっくりである。
ともあれ、どうにもこうにも、その〝剣の人〟とやらに会わせてもらわないことには話が進まない。
そんなわけで、ポレフがすっかりと小さくなり、ルブルブの声色が穏やかになったタイミングを見計らって、緩やかに助け船を出すことにした。
何事も落としどころは大事なのだ。
「で? なんで俺がうまく〆たのにさ?」
「やだ!」
「駄々をこねるんじゃありませんよポレフ君」
冗談抜きで本気で嫌がるポレフ。
挙句の果てには、誰にだって見られたくないものの1つくらいはある、などと、そんな風に主張を始めやがったのである。
「なんでよ?」
「無理!シアいるし!絶対無理!」
ちらりと見やった先ではシアが珍しく本気で驚いていた。
「なんでシアがいるといけないんだよ」
「定臣とルブランも駄目だ!」
「なんでよ?」
「無理!絶対無理!」
埒が明かない。
やれやれ、と視線を振ると横目に映ったシアさんが、また必殺技を繰り出しそうとアイドリングを始めていた。
再び〝まさむね〟ったポレフの回復を待つのも面倒である。
仕様がないのでここはこちらが折れるとしよう。
俺達はポレフとマリダリフを部屋へ残し、廊下で待機することにした。
◇
「そういえばシア もしかしてお邪魔だった?」
「?」
「ポレフとデート中だったのかな~と」
「ない」
「即答だった」
これはまだまだ脈が無いな。
奮闘するポレフに一向に靡かないシア。
この〝日常〟を眺めるのもなかなかに乙なものである。
「って思考がお爺ちゃんみたいじゃない?俺」
「うん」
「即答だった」
「しかし解せぬ」
「あらら 珍しくシアさんおこかな?」
「自分が部屋に呼んでおいて 出ていけとか」
「だったのね なんかごめんね?」
「別にデートじゃないし」
おっと?これはこれは
「ない」
「あ うん そだねー」
「ない」
「わかったわかった」
「笑ってる」
「そういえば なんだって俺達だけ外なんだろうね?〝いい〟って言うまで絶対にドアを開けるなとか」
「笑いながら唐突に話を逸らす定臣であった」
「機でも織ってくれてるのかな?」
「でも笑うのはやめない定臣であった」
「あ でもマイスターの弟だし 案外ポレフって器用に織ってくれそうだな」
「ポレフが機織りしてる謎の前提がもう謎過ぎるのだけれど──」
〝そろそろだよ〟
そんな風にシアが続けた直後に〝それ〟は聞こえてきた。
『てめぇ!!勝負しやがれこの野郎!!』
部屋の中から突如、響いたマリダリフの怒声。その声色から部屋の中が只事では無い状況に陥っていることは容易に伺えた。
「入るぞ!」
言うが早くドアを開ける。
すぐ様に目に飛び込んできたのは、二人の男が見事なクロスカウンターで殴り合っている姿だった。
「えーと……」
部屋の脇にはポレフの姿。その表情はなにやら〝悦〟に浸っている。
「おっさんが殴り合っているわ ポレフはなにやら幸せそうだわ どうなってんのこれ」
とりあえずありのままの状況を言葉にしてみる。
「実はこちら 名を〝シーザル・エミドウェイ〟と申しまして マリダリフの兄貴とは所謂 ライバル関係だったのです」
「ポレフ?」
「ですので姿を見せれば恐らく〝こうなる〟であろうと私 口留めされておりました」
「いやいや だからポレフ?」
なにやら幸せそうにどこか力無く、ひたすら状況説明を続けるポレフに得体の知れない恐怖を感じた。どうしたの。うちの子。
ともあれ、この状況を放置するわけにもいかない。
全力で殴り合うおっさん二人に視線を戻す。
「いい加減にしなさい!」
ルブルブ最強。
おっさん二人は既に桃髪の大戦斧さんに完璧に制圧されていた。
◇
「で? ポレフのこの状態はなんなんですか? マリダリフさん」
「あー なんだ」
「んー?」
「剣がシーザルに変化する時によ」
「うん」
「全魔力をごっそりイカれるらしいんだわ」
「よくわかんないんだけど魔力が無くなるとこうなるの?」
「あー まぁ…… あれだ」
「どれよ」
どうにも言い渋る。
逸らした視線に先回りするも更に視線を逸らされた。
そんな均衡をあっさりと破ってのけたのは、ここにきてようやく出番がやってきたこの男、〝シーザル・エミドウェイ〟のこの一言だった。
「賢者タイムにござる」
◆
後日、あっさりとPTの一員として受け入れられた剣の人〝シーザル・エミドウェイ〟を交え、開催された〝師匠会議〟の場ではポレフの育成方針について二、三の確認事項が交わされた。
なんといっても新たに加わった師匠様はなかなかに特殊な体質なのである。
と、いうか剣だし。
シーザルを使ったポレフの剣術はポレフのものなのか、はたまたシーザルがポレフを誘導しているのか──
そのあたりに専もっぱら話題の焦点があたった。
そしてその点に関して、シーザルはすぐ様に俺達に約束をしてくれた。
〝己の身体は既にこの世に非ず。死して尚、剣としてこの世に魂を宿らせる身なれば、己が主とし、認めた者に抗うことなかれ〟
更に付け加えられた〝この道の師は既に得たり。後は魂、消えるその瞬間までただひたすらに精進す〟の意味はよく理解出来なかったが──
兎にも角にも、この新たな師匠殿とも仲良くやっていけそうである。
眼前で繰り広げられるマリダリフとの壮絶な殴り合いを傍観しながら、俺は心の中でそんな感想を述べた。
『どこをどう見たら仲良くやっていけそうなん だ!』
でござる!
どうやらまた思考を口走っていたらしい。
◇
「っていうか〝シーザル〟って死んでるの!?」
〝目的地〟を眼前に捉え、不意に思考を戻すと同時に、今の今までうっかりと聞き流していた、衝撃的事実に気がついた。
いや、待て落ち着け俺。どうせ魔法だ。死んだら魔法で剣とかになれちゃったりするんだラナクロアだし。うん、そう。きっとそう。だってそうじゃないとアレ、お化けじゃん?………いやいやいや、お化けとかいないから!いたら怖いじゃないのお化けとか!!無い無い無い無い!……いや、でもマリダリフも人が剣になる魔法とか無いって言ってたし……いやいやいやいや!考えるな俺!無いわ!とにかく無い!無いことにしよう!あぁそうだ別のことを考えよう。えーとなにしてたんだっけ。
「あぁそうだ〝ドナポジ〟」
そう口にした俺を、水平線の淵へと半分姿を消した橙が迎えた。
夕陽は夜の帳とばりが下りる直前、橙が一層際立ち、影を濃くする。
完成された一枚の絵画から抜け出してきたかのような光景に、俺の目は一瞬で釘付けにされた。
影の正体は探し人である〝ドナポス・ニーゼルフ〟その人だった。
崖の先端へと吸い込まれるように伸びた影の先で、如何にも彼然とどっかりと胡坐
をかく姿は、どうやら、まだこちらに気付く様子はない。
よくよく見ると、その手には酒瓶が握られていた。
こんな場所で一人で酒盛りとは、なかなかに乙なものである。
一瞬、頭に浮かんだそんな感想は、すぐに霧散していった。
それは彼の向こう側に墓碑が在ることを確認したためだった。
足を踏み入れた途端にそこが〝聖域〟であると理解出来る。
そんな場所は確かに存在する。
肌に伝わる神聖な気配はここが正に〝そう〟なのだと伝えてきた。
澄んだ空気に緩やかに肌を撫でられる。
その頃には、この〝聖域〟へと足を踏み入れる覚悟が決まっていた。
「これは── どなたのお墓ですか?」
胡坐をかきながらも、しっかりと伸ばされた背中からは、そこに眠る主へと払われた敬意が伺い知れた。
「サダオミ殿ですか」
「はい」
「──そうか オルティス殿がこちらへと寄越してくれたのですな」
「ですです」
〝相変わらず良く気の利く〟
そう言うとこちらへと向き直り、緩やかに目を伏せ、優しい笑顔になる。
それから彼は豪快に頭を下げた。
「誠に!!!」
「うぇ!?」
急な出来事に変な声を出したのはもちろん俺だった。
「誠にありがとうございました!!!!」
一方、些事等お構いなしにドナポスさんは目的を果たしていく。
唐突にして豪快なお礼。もちろん、なんのこっちゃ理解出来るわけもない。
しかしながら、明らかに茶化せる雰囲気でもない。
うん、困ったよね。
深々と下げられた頭は満面の笑顔を携え、持ち上げられた。
それから大きく頷くとドナポスさんは口を開く。
「うむ!少しお話よろしいかな?」
◇
ここに眠るのは──
そんな風に始まったドナポスさんの話は──
どうしようもない程に切なく、尊く──
そして美しい話だった。
全身に走る鳥肌。僅かに震える手。
口にすれば陳腐な言葉に成り下がってしまうだろうけれども──
どうやら俺は──
完全に、完膚なきまでに感動してしまったようだった。
勿論、当事者にしかわからない感情の流れが〝そこ〟には在ったのだろうとは思う。
事実を──
いや、史実に隠された真の史実を聞かされ、身勝手ながらも〝そこ〟にあったであろう〝それ〟を想像することくらいは全く無関係なこの俺にも許されるだろうか。
そんなことが頭を過る。
独自の解釈は時に真実を曇らせる。しかしながら大衆に支持された解釈が必ずしも納得がいくものとも限らない。
ある日、そんな風に自分の中での葛藤をぽろりと口にした時に小夜子に言われたことを唐突に思い出す。
『定臣はいっつも単純なのにたまに無駄に考えるよね』
おい待て。割とディスられてなかったか俺。
『自分が感じたままに素直になるのが一番なんじゃないかな? え?それで後悔したらどうするのかって? 猪突猛道の定臣らしくないよ~』
らしくない。
確かに無駄に無い頭を使って思考の動きを鈍らせるとか〝らしくない〟よね小夜子さん。
あと猪突猛進の〝進〟が〝道〟になってるよ小夜子さん。
うん、わかった。
勝手に想像して夢想して独自の解釈ありありで感動したままに、さっきの話を整理してみよう。
間違ってたら恥ずかしいので勿論、頭の中で。
うん、保険は大事だよね。
と、いうことで──
◇
これは〝忠義〟の話。
一人の団長が率いる騎士団が真に遣える国を、王を騙した。騙しおおせた。
そんな一風変わった〝忠義〟の話だ。
テイザールとエドラルザ王国との確執を決定付けた〝あの〟事件の真相。
歴代最強〝鬼剣のヤオ・ハーゼル〟その人は度重なる葛藤の末に一つの答えを導き出した。
『いや、今回の指令はさすがに無理。や~めた』
ざっくりとはこんな感じである。
恐らく〝そこ〟に至るまでにも多くの葛藤に頭を悩ませては自分の中で落とし込む。そんな下地が数々在ったのだろうとは容易に想像出来る。当時から〝死〟を振りかざし、民を統治することを国是としていたエドラルザ王国において、その実行犯とも言える騎士団が理不尽を突き付けられぬわけがないからだ。
忠義とは──
騎士道とは──
主の命に忠実にただ従い続けること。
勿論それも一つの正解なのだろうとは思う。
むしろ組織においてはその方が都合が良いのだろうとも思う。
だが少なくともヤオにとって、騎士団にとってはそうでは無かったらしい。
主が道を踏み外すのならば正せば良い。
事はそう単純にはいかなかったようだった。
彼の、彼らの〝騎士道〟においては主の面子を潰すという選択肢は存在しなかった。
つまりヤオ達の出した答えはこうだった。
『とりあえず王様の言うこと聞いた感じは出しつつ 無関係な人達にも危害を加えない感じで~
あ でもこれ〝うまいこと〟やらね~と即バレするな あっそうだ!』
それからヤオは根回しを始めた。
『ハンス(鑑識さん)お前、この間のツケまだ払ってねぇ~よな? いや、ちょっと頼まれ事してくんね~かなと』
『で、だ ヨハン(親友)信用出来るお前さんに一つ頼み事があってだな もし、今回の任務で俺の身に〝なにか〟起きたらその時は── え?〝死亡フラグ〟やめろって? ははっ傭兵の流儀に倣ってみるのもたまには悪くね~かなってよ』
『よっ牧師さん これ今月の分だ え?多すぎるって? 気にすんな気にすんな』
『で、副団長 お前、当日たまたま体調不良で居残りな それから各隊から上中下で二人ずつ あれだ なんかうまいこと理由つけて残れ』
それから──
『悪いなお前ら 俺と一緒に── 死んでくれ』
各方面への根回しを終え、ヤオは騎士団を率い海を渡っていった。
当日、ヤオによって生成された騎士団員達の〝偽物〟の死体がエドラルザ沿岸を埋め尽くすこととなる。
◇
ヤオの人となりを自分なりに再現してみたら割と良い話が台無しになった。
自分の想像力の無さに一瞬、頭が痛くなったりもしたが──
〝敵対状態にあるテイザールにうまいこと溶け込み、友好関係を結んでおく。あとはタイミングをみて王様の面子を潰さずになんかうまいこと、どうにかしてくれ。
まぁ、なんだ。その時の団長すまんな〟
騎士団に代々伝わるこの言伝を聞かされた上で想像したヤオの人と成りは、だいたいこんな感じで間違いないのではなかろうか。違ってたらすみません。
さておき、普通に考えてみよう。
あり得るか?
誰一人としてヤオの企みを漏らした人間がいない。それも歴代だ。
そして彼は彼にとって未知であった、むしろ敵対していた〝テイザール〟との融和をも見事に果たし、それどころか、こうして崇められるまでの存在へと零から昇りつめてみせた。
話を終え、がははといつもの笑顔になったドナポスさんを見る。
ヤオさんとやらは知らないけど、この人なら同じことを、しれっとやってのけそうだ。
そんな風にすぐに納得してしまった。
それにしても──
こんなにも残酷で──
こんなにも優しい魔法もあるんだな。
生かすために数多の死体を生成する。
光と闇が合わさったこの魔法は少なくとも俺の中では最強に見えてしまった。
ネタとかではなく最強に見えてしまった。
大事なことなので二回言いました。
ん?
〝あとはタイミングをみて王様の面子を潰さずになんかうまいこと、どうにかしてくれ〟
タイミング?
唐突に嫌な予感がする。
今日から秘密ではなくなった騎士団の秘密。
今日ここに来た俺。
ご指名でここに呼ばれた俺。
満面の笑顔でこちらを見続けるドナポスさん。
「あ、あの~ つかぬ事をお伺いしますが~ なんかうまいこと、どうにかなりそうなタイミングっていうのは~」
ゆっくりと自分を指差しつつそんなことを口にする。
眼前の笑顔さんは更に笑顔の大輪を咲かせた。
「うむ!!」
なんとも良い返事だな!ちきしょう!!!
歴史を超えてヤオが上げたトスを俺がアタック!
そうですか!下地は整ってるんですか!
いや、わかってるよ!断れるかよこの笑顔!守りたいこの笑顔!
だから頭の中でだけ言うよ!言わせてよ!
『ないわあああああああああああああああああああああああああ』
◆
〝全面的に協力します〟
頭の中でいくら〝ないわあああああああああああああ〟等と叫ぼうと、結局のところ、支持したい真実を告げられてしまった上にこの笑顔を見せられれば、俺の口から出る答えといえばこれしかなかった。
あとは野となれ山となれ。
ど~~~~せどこぞの腹黒勇者様がどうにかこうにかして、いつの間にやらなんとかかんとか、うまい具合にまとめてくれるだろう。
というかそのつもりで最初からここに寄越したんだろうし。
にゃろう。
またしても謀られたか。
そもそも敵対する魔族と仲良くなる練習がてらにやって来たテイザールのはずが、いざ到着してみれば綿密な根回しの末に既に懐柔済みだったとか。
いや、それ以前に下調べの段階で遥か昔にヤオが懐柔していたことが判明していたのか?
まぁそれはいいとして──
これ、全然練習になってないじゃん。
ん~~~~~~~~
あ、でも〝ほうちゃん〟とは仲良くなった。
今回はそれで良しにしよう。
本当にそれでいいのか!?俺!?
「ふむ 先程から、うんうんとどうなされた定臣殿」
「あ、いえ すみません」
「ふむ これは戻ったら星勇者殿にお説教ですかな?」
「あ、それはしようと思います 隠し事多すぎ問題です」
「がははは これはあれですなぁ」
「?」
こういう前振りの後は絶対に良い事が起こらない。
咄嗟に身構えた俺の耳にすぐ様に呪詛がお届けされた。
「うちの勇者殿 またルンルン♪と上機嫌でスキップしますなぁ」
にゃろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうああああがああああああああ
それから暫くの談笑を経て、俺達は皆が待つ村へと戻ることにした。
その頃にはすっかりと日が暮れていて、辺りには暗闇が広がっていた。
そんな中、遠目に映る村の焚火はどこか幻想的で、つい先程揺さぶられたばかりの心に見事に刺さったようで、どうやら俺は必要以上に感動してしまっていたらしい。
さて、ここで連想ゲームのお時間がやってまいりました。
断りを入れたとはいえ、長時間、宴の席から離れた俺。
戻ってきた時にはドナポスさんを引き連れている。
つまり、長時間二人きりだった。
そんな俺の表情は下手に感動したせいで妙に意味深な感じに。
そこから導き出される答えは──
「いや、ルブルブめっちゃスネてない?」
「つーん」
「つーんって言う人 初めてみたよ」
「つーん」
「あららぁ…… これどうするよマリダリフ」
戻るなり隣に陣取っていたマリダリフへと助けを求める。
視線の先には口を尖らせ、目を見開き変な顔でこちらを見ているマリダリフがいた。
「定臣ぃいいいい」
「なによ その顔」
「デートの約束をしたのは俺だろおおおおお」
魂の絶叫だった。
「って待て待て 急になんの話だマリダリフよ」
「デート」
「なんで言い訳チックなことを言わされてるのかはわからんが さっきのはそういうのではない」
「俺は?」
「知らん」
「約束!!!」
「ないわ!!」
「嘘だろ!?」
「そんな約束した覚えが──」
ふと、記憶が蘇る。
言われてみれば確かに〝ほうちゃん〟と喧嘩になりかけたマリダリフを止めるためにそんなことを口走ったような気がする。なにこれヤバい。
「──あった? ような無かった? ような?」
なんとかうやむやには出来ないものだろうか。
会話の続きを探るも既にマリダリフはにやけ顔だ。ええいその顔をやめんか!
軽く頭痛を覚え始めたその時、無慈悲にもトドメの一撃をくらわされた。
「間違いなく〝そう〟約束してはりましたなぁ」
ほうちゃんお前もか。
がっしりと手を握り交わすマリダリフと〝ほうちゃん〟の姿に〝お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだよ〟などと心の中で感想を漏らしつつも、とうとう俺は観念した。
「あ、あっちに戻ってからな」
「っしゃ!」
そんなこんなでその日の宴は、緩やかに終わりへと向かっていった。
余談ではあるが、宴の席でマリダリフとすっかりと意気投合した〝ほうちゃん〟こと〝ホウガン・シュナイド〟はびっくりする程、あっさりと今後の同行を許可していたことが翌日になって発覚したのだった。
口にするとなにかと面倒なので、いちいち言わないがマリダリフのこういう細やかな配慮には本当にいつも助けられていると思う。言わないけど。
◇
結局のところ、オルティスはなにがしたかったのか。
みんなが寝静まった後、星空に誘われて剣を走らせながら、そんなことを考える。
「メインは騎士団の秘密関連── だよなぁ」
呟きながらもう一閃。
魔族との融和。
一閃。
〝ござる〟── 〝シーザル・エミドウェイ〟の捜索、勧誘。
一閃。
恐らく、魔族である〝ほうちゃん〟の存在もあいつのことだから把握していたはず。
一閃。
自分の手元に〝ござる〟を。こちら側に〝ほうちゃん〟を──
そんな画を描いていた──
一閃。
どうだろう。本当にそこまで計画していたのだろうか。
一閃。
もしそうなら── 本当にそこまで深く物事を計画通りに同時進行出来るのだとしたら──
一閃。
まだ他にも目論見があった── のか?
縦一閃。
横三段。
そんな風に勝手に大きく見え始めるのも星勇者様の良いところで──
縦一閃。
横三段。
つなぎ。
つなぎ。
つなぎ。
つなぎ。
怖いところっと。
「ふぅ」
天空へ駆け上っていく剣風を見送り、納刀する。
「まぁでも 〝ござる〟が既にこっちにいたの知らなくてちょっとスネてたしな」
スネるといえば──
〝つーんの君〟こと〝ルブラン・メルクロワ〟さんは明日には機嫌が直っているだろうか。
そんなことを思い出しつつ、鍛錬を終える。
「ん~~~ 寝るか」
◇
どこの世界でも朝は小鳥が囀るもので、それはここ〝ラナクロア〟においても変わりはなかった。
そんなわけで今日も緩やかな眠りは心地よい音色に誘われ、徐々に浅くなっていく。
「ん~~~~」
見知らぬ天井に出迎えられるのも、さすがに慣れてきた。
さて、起きますか──
「ん!?」
「ちゅ、ちゅんちゅん」
そこには正座で赤面しながら何故か小鳥の真似をするルブルブがいた。
あ~、なるほど。
うんうん、わかる。
わかるよ。わかる。
大体わかってきたよもう。
たま~に奇行に走るよねこの娘。
でもそれも不器用なりに〝なにか〟を伝えようとした結果なんだよねいつも。
ははん、さてはあれか?昨日スネてたあれを後悔しての行動かな?
なるほどなるほど、だからこうやって朝から小鳥の真似事を──
ものすごい笑顔を作る。
それから俺は言い放った。
「よし!わからん!続けたまえ!」
「え、いや、これは、しかし」
なにやら面白いことになった。
それから暫く、ぇぅ、ぁぅ、言うルブルブをいじった後、他の皆と合流する。
道中、〝定臣様はとりあえず頭を撫でておけばなにをしても許されると思っている〟等と、再びスネたルブルブにあらぬ疑いをかけられたりもしたが、聞かなかったことにした。
広場につくなりドナポスさんの大声が飛び込んでくる。
『がっはっはっは!いやいや!あの程度なら我が愛機の装甲には超速修理の魔法が施されておりますのでな!』
我が愛機。つまるところの王国要塞軍艦〝トティエギウス〟である。
ここまでの旅路で出会う度に、なにかといかつい〝あの〟艦をやたら誇らしげに自慢するドナポスさんの良い笑顔を幾度となく拝まされてきた。
「さすがにちらっと聞いただけで艦の話だってわかるよね」
「ですね」
ようやく平常運転に戻ったルブルブが軽く同意してくれる。
「ですが───」
「ん?」
直後に不思議そうに告げられた真実に記憶が蘇った。
「あの艦 バラバラになって沈んでいませんでしたか?」
◇
例えば、並みの賊が数十人侵入したとする。
そして内部から魔術で破壊を試みたとする。
一見、破壊出来たようでも一瞬でそれらは修復される。
例えば、並みの賊が外装に取り付き、時間をかけて切断に成功したとする。
これも上に同じく一瞬で修復される。
どうやら〝要塞軍艦トティエギウス〟にはそんな効果の魔法が付与されていたらしい。
のだが───
ぽくぽくと海上を歩く〝ジョナサン〟とメヘ車の中……いや、もうこれ面倒だな。略して〝ジョナサンの部屋〟の中、いつもの特等席にどっかりと座る主犯の君こと〝ミレイナ・ルイファス〟を見る。
「だって並じゃないもんなぁ」
それから先程、ドナポスさんの自慢話のお相手を務めながらも、話が進むにつれて青褪めていったもう一人の犯人に視線を走らせた。〝ホウガン・シュナイド〟我が家の新しい家族である。
「ほんますまんかった!」
潔く謝り続ける〝ほうちゃん〟の眼前にはムンクの叫びの様な表情で天井を眺め続けるドナポスさんの姿がある。
つまりはお帰りはご一緒にってことで。
〝テイザール〟の人々に別れを告げた後、お互いに〝エドラルザ〟側へと帰路へ着くことになったわけだが──
その段になって、ようやく帰る足が無くなっていたことに気がついた星勇者ご一行様は、魂の抜けたドナポスさんを引きずりながら、こちら側に同乗させてくれと願い出てきたのである。
因みにその頃には姐さんの姿は無く、辿り着いた〝ジョナサンの部屋〟の扉を開くと、そこにはいつもの特等席で優雅に寛ぐ、姐さんがいたりした。
こうして最後は和気藹々?と道中何事も無く?海を越え、〝エドラルザ〟へと帰還を果たした。
それから数日後。
◇
オルティス達と別れた俺達は一度、〝シイラ〟へと戻り、旅の準備を整えるとポレフ、エレシの故郷〝レイフキッザ〟を目的地とし、旅立つ。
数多の魔獣を蹴散らしながら〝メイヨー平原〟を南へ駆け抜け、ようやく辿り着いた装飾の街〝ミッサメイヤ〟で数日間の休暇をとることにした。
「にしても」
「にしても?」
「いや 今回もやっぱり姐さんは謝らないんだなーって」
「僕もそう思ったのだけれど」
「だけれど?」
「キカによるとあの後 学長命令が出て急造させられたらしいわよ? 戦艦」
「え? それも〝カルケイオス〟がやんの? っていうかまたキカと内緒で話した?」
「あ」
「つーん」
「ルブランの真似しないの」
「まぁキカとはこの後 話させてくれるとして」
「それ前提なんだ」
「姐さんにしては──」
「普通だなとか思ったでしょ?」
「あ うん 在ったものを新品にして返してお詫びって」
ふふん、とロイエが〝ドヤ顔〟になる。
姉自慢を始める前に決まってなるこの顔は次の言葉が衝撃的なものである予兆だった。
「あの戦艦 飛ぶようになったらしいわよ 空」