テイザールの魔族 Ⅱ
■
〝ほうちゃん〟こと〝ホウガン・シュナイド〟が浜辺で絶叫していた頃、時を同じくして先に〝テイザール〟入りを果たしていた〝星勇者〟オルティスは予め、示し合わせていた場所にて〝クレハ・ラナトス〟その人と合流を果たしていた。
「あ~…… なんだ……」
普段ならばおおよその事柄をアイコンタクトで交わし合う二人だが、この時ばかりは勝手が違っていた。
「言いたいことをわかります」
「いや、言うぜ~! 言っちゃうぜ~若ぁ~!」
「ですよね」
そんな風に軽い会話を交わすと二人は同じ方角に視線を向ける。
「とりあえず〝あれ〟…… 説明してくれちゃう?」
二人の視線の先には、真紅の悪鬼羅刹が高嗤いと共に現在進行形で大暴れしているのだった。
◇
事柄を相手に明確に伝えるには話の起点を統一することから始めなければならない。
それは〝サキュリアス〟の理念であると共に、裏と表で日頃からすれ違いがちな僕たちの互いの感情の── そう、〝温度〟とでもしておこうか。その〝温度〟差を埋めるに当たって大いに役立っている共通の考え方の一つだった。
故に今回の事態への現状把握も〝それ〟に従い、淡々と行っていく。
僅かな独白。
数秒にも満たないその間を置くことで、此度も認識は共通のものへと至った。
「では」
「お~け~!続けてくれぇ~」
◇
出陣前。
王国に習い、洒落こんでみるのも一興とクレハは全員に酒を振舞った。
一見、軽々と振舞われた〝それら〟には勿論、彼の信念に基づいて一切の妥協は無い。
酒が酒ならばその瓶からそれを受ける器まで、そのすべてが〝最高級品〟と称して違わぬ一品であった。
「これは── 〝リーヒンデ〟か」
「ご名答!さすがはミレイナちゃん」
ふん、と鼻を鳴らしつつも彼女は愛でるように器を撫で、それからそこに注がれていく酒の経過を楽しんでいる。
「さぁて!それじゃ出陣前にいっちょいきますか!」
全員に酒を配り終えたクレハが景気良く音頭を執る。
「俺様達の栄光に!」
「では僕はありふれた勝利に」
「ワシは貫く意志に、とでもしておきますかな」
「え、これ僕も言うの?」
「………」
「ちょ!最後二人ちょ!」
「あ、うん、それじゃあ……未来に?」
「ふん、どうして私が王国ごときに習わねばならない?」
「ま、まぁまぁまぁまぁ!ここはそういうのに拘るところじゃないってば~」
「む、ごときとは聞き捨てならんな!ミレイナ・ルイファス!」
「あ~はいはい二人とも」
「ふふ」
「若、笑ってんじゃないってば~」
随分と慣れてしまったありふれた掛け合い。
どこかほんのりと温かいそんなやりとりに笑みを堪えながら瞳を伏せる。
それから──
「ちっ!……愛妹に」
あからさまに嫌そうに彼女が彼女なりの妥協点を提示したのを確認し
「「「「「乾杯!!!」」」」」
僕達は僕達のために小さな出陣式を始めた。
酒を酌み交わし、互いに互いの信を確認する。
それから縦に一閃指を切り、事柄を一度〆る。
そうすることで最初の動作と次の動作が持つ意味合いの矛盾を共存させるのだ。
酒を血に例え、それが抜け落ちた器を自らの身体とする。
そして血が抜け落ちた身体を地に叩きつけ、それを壊すことによって安全を祈願する。
───はずだったのだが。
「これ程の一品、なにも壊すことはあるまい」
瞳を閉じたままに涼し気な表情でそんなことを言った彼女の足元には、今しがた全員が地面へと叩きつけたはずの器が勢揃いしていた。無音で集められたそれらは僅かに宙に浮き、傷一つ無い状態を維持しているように見受けられた。
「おいおいミレイナちゃ~ん」
「クレハ・ラナトス、君はいつからマイスターを軽んじるようになったのかね?」
「……それは聞き捨てならないねぇ」
これは長くなる。
クレハの逆鱗に無遠慮に触れた彼女の発言に即座にそんな覚悟を決めた。
一つの道を極めた者達にとって拘りとは時に死をも越える意味を持つ。
そんな拘りも考え方が近しい者達ならば、ある程度互いに妥協点を探り、争うことなく終着する。
問題は考え方の方向性が全く合致しない者達の拘りが衝突した時だ。
「戦争だ」
あっさりと言い放たれた安直なそんな言葉は、こと彼女にとっては全くもって冗談の一つにもならない。聡明な彼女から放たれた稚拙な言葉。そのギャップが冗談の類ならば可愛げの一つもあるというものなのだが。ええ、勿論睨まれました。
さて、話が続かないので戻します。
とにかくあの時、二人の主張には完全なズレが生じていました。
「俺様がマイスターを軽んじているって? なんだってそんな見当違いな解釈をしちまったのかは全く理解出来ないが── ミレイナちゃん、マイスターってのは自分の作品に想いを籠める。そして俺様はその想いってのは必ず所有者に伝わるものだって信じてる」
「ふん」
「言われなくても重々承知ってのはこっちだって承知してるってば。でもさ、ミレイナちゃん、マイスターってのは想いを籠めると同時にその作品の使用用途、果てはその作品の最期、つまり作品の一生にまで想いを巡らせて腕を揮ってるものなんだぜ?」
「では君にとってのマイスターとはたかだが王国のゲン担ぎの真似事程度をこの〝想い〟の最期に選ぶ者のことを指す程度の言葉なのかね?」
「そこが見当違いな解釈だって言ってんだってば~、随分とらしく無いなぁ、いつもは気持ち悪いくらいに察しがいいくせによ~」
「気持ちが悪い?」
「人にだけ言葉を選べってのは納得する気は無いぜ?勿論、戦争をする気も無い。……まぁ、いいや、言わなくてもわかる人間がなんでか知らねぇけど聞きたがってるんだ。要するにミレイナちゃんはその器のことを随分と気に入ってくれた。勿論、そこに籠められている想いを汲み取った上でだ。そこは称賛に値するし、俺様自身が素直に嬉しい。でもそれだけじゃあその器の最期を決める権利は得ていない。何故なら、マイスターの作品の最期を決める権利はあくまで所有者が有しているからだ。そしてその器の所有者はあくまで俺様であり、その俺様はその器の最高の最期として今回の出陣式を定めた」
ここまで話せば十分に伝わる。
そんな判断を下すとクレハは一つ溜息をつき、ミレイナさんの返答を待った。
クレハが伝えたかったこと。
それはこの場に措いてのこの器の持つ意味合いに直結している。
マイスター側からの一般的な器の理想的な最期を述べるのならば、経年劣化による損傷を伴い、機能的に本来の使用用途を満たせなくなるその瞬間まで大切に定まった使用方法を繰り返されること、となるだろう。勿論、使用者側の想いがそこに加われば本懐を遂げた後も展示されたり、崇め奉らせたり、そんなこともあるかもしれないが──
ともあれクレハは、ミレイナさんの主張する器の一般的な本懐の遂げ方に理解を示した上で、自分が定めた器の最期は〝それ〟を軽く凌駕していると主張したのである。
対して彼女は──
「ふむ── この器は今しがた廃棄された物をこの私が拾得したものだ。そもそも所有権とやらは私にあるように見受けられるが?」
「違うねぇ 所有者の目的を遂げる前にそれを取り上げるのは〝拾った〟とは言わないぜ?それはもう泥棒ってやつだミレイナちゃん」
「ふむ── 先程、自ら宣言した式に乗っ取り〝仲間の信〟とやらを確かめあった相手に向かって〝泥棒〟とは随分と冷たいことを言う。 普段から鬱陶しい程に仲間仲間と言っておきながら、たかが式の真似事を遮られた程度で人はかくも非情になれるものなのだな」
「ちょ!おまっ」
「要するにこの式の真似事に措いて君が求める器の持つ意味が成されなかったことが気に入らないと──」
「それとこの俺様がマイスターを軽んじてる呼ばわりしたこともな!」
「ならば君の気が済むようにしてやろう」
「そうそう、なにも一言謝ってくれさえすりゃ俺様だってさぁ」
どこか安堵したクレハの声色の横でミレイナさんが軽く器に手を翳す。
次の瞬間には先程、飲み干したはずの酒がなみなみと器の淵を満たしていた。
「美味だな」
軽く器に唇を這わし、涼し気に言う。
唖然とそれを眺めるクレハをよそに彼女は続けた。
「血が抜け落ちた身体を器に例え、それを砕くことで自身がそうならないように祈願する。私に言わせれば嫌ならそうならないようにすれば良いだけの話なのだが── まぁ良い。ならば器から血が、酒が無くならなければ器の意味は健全な身体を示すものになるというわけだな。ふふん」
「な!?まぁ……そうなる……のか?いや、でも式ってそういうもんじゃ……いやでもただのゲン担ぎだしそれでも……いいの…か?いやでも……っていうか謝れよ!一言謝れよ!」
「さて、君も認めたところで── ならばもう器を破壊する必要は無くなったというわけだ」
「ぇ、ぃゃ、謝っ……まぁいっか…… はぁ……若ぁ、俺様もういくぜ?」
「ふふ、お疲れ様です」
「出陣は今からのはずなんだがなぁ……やれやれだ。──まぁ橋渡しは任せな」
「では後程」
「あいよー」
◇
「いや、知ってるよ!そこまでは知ってるよ!」
「ええ、それをあえてもう一度話したんです」
「ぁ~…… つまり〝アレ〟には俺様も関係していると」
「御明察です」
中空へと向かって自然の摂理に反して打ち上げられる轟雷に冷や汗する。
翳された左手の反対側には既に焼野原が広がっていた。
「ちょっとアレ……答え合わせしてる時間無さそうだなぁ」
「同意です」
「涼し気に笑ってる場合じゃないってば~」
「では」
「っとと」
鋭く尖った氷の刃を寸でで回避しつつ、クレハはオルティスに視線で答えを急かす。
「あの時のミレイナさん違和感がありませんでしたか?」
「あったねぇ……随分とミレイナちゃんらしく無かった」
「いつも同時進行で裏でなにかを試している彼女が」
「無かったねぇ……一方的に難癖をつけてるようにしか感じなかったぜぇ」
「僕達はあの時に気が付くべきだったのです」
「うわ!っとと」
「器のマイスターを即座に言い当てた彼女が」
「ぉぃぉぃ、まさか」
「味を絶賛したのにも関わらず、何故その酒のマイスターの名を口にしなかったのかを」
「ミレイナちゃん酒初めてかあああああああ!!!」
「そのようです」
「ったく冗談きついぜぇ~……とんだ酒乱もあったもんだなぁおい」
「あ、クレハ今、もみあげが」
「わかってるって言うなよおおおお!悲しみが込み上げてくるだろうがよおおおお!!」
「ふふ」
「笑ってんじゃねえええええええええ!!!!」
■
部屋の中には紅茶の良い香りが漂っている。
すっかりと日常の一部と化したその空間には珍客が一人。
彼、ホウガン・シュナイドは緊張した面持ちのまま、きょろきょろと部屋中を眼球運動で散策していた。
「ん、おいしいよ?ほうちゃんもほら」
「い、いや、俺は……」
「あ……」
「……え?」
定臣の視線をホウガンも追う。その先には案の定、微笑みの中の絶対零度の瞳が鎮座しているのだった。
「いぃぃぃあ、あの!い、いたたたただきますです!はい!あの!ご馳走様でした!」
エレシとの邂逅以来、心を折られまくる彼、ホウガン・シュナイドの姿をメヘ車の中へと誘うまでに何度見たことだろうか。定臣はそんなことを思いつつ、苦笑いする。
「エ~レ~シ~」
「はい?」
「いや、はい?じゃなくて」
「はい?」
「あ、うん」
やれやれだ。
なにかとすっとぼけ始めたエレシは緩やかに放置するに限る。
そんな風に会話の続きを諦めた定臣は視線をホウガンへと戻した。
虚ろな瞳の珍客は今にも泣きだしそうな面持ちでカタカタと震えている。
もしやこれは所謂いわゆる一つの拉致というやつなのではなかろうか。
入口をしっかりとルブランが固めているあたり、監禁罪もしっかりと付与されているような気がする、と、定臣は顎に手を当て思案した。
◆
それにしてもまいった。
こちらとしてはもう少しまともに話し合い、お互いをもう少しだけ理解し合いたいところなのだが……
エレシが登場してからというもの、そんな試みは膠着状態が続いていた。
そんな膠着状態が暫く続き、困り果てていたところを知ってか知らずか、明るい調子で打破したのはポレフの一言だった。
「姉ちゃん!ずっと辛そうだし、少し奥で休むといいよ!」
「……あら♪」
消失する微笑みの中の絶対零度の瞳。
一瞬にして超微笑みの人と化したエレシはにこやかに皆にお辞儀をすると奥の寝室へと消えていくのだった。
「さ、さささ酸素や!酸素って大事やな!」
息が詰まる程とはよく聞くが、実際に息を止める人を初めてみた。
どんだけビビってんだよほうちゃん……
「それにしても──」
ちらりと窓を見る。
外では今も災害レベルの雨やら雷やらが降り続けている。
遠目に見えるあれは竜巻ではなかろうか。
とにかく突然、襲いかかってきた大自然の驚異に便乗する形で、なんとかこの場にほうちゃんを誘うことに成功したのだった。
ほうちゃん曰く、過去にこんなに天候が荒れたことは一度も無かったとか。
大自然の驚異に引き続き、人工的な脅威に断続的に襲われ続けたほうちゃん。
先程、死にかけたことも合わせれば、今日はとんでもない厄日に違いない──と、視線を彼に戻す。
「それにしても自分らめっちゃ可愛いなぁ」
「へぅ」
「死ね」
うん、俺の心配を返そうか?
「それにしてもロイエってそんなに可愛いのに案外、言われ慣れてないよね」
「ちょ!定臣!?」
「真っ赤っかである」
「急にからかうのはよくないわ!」
「照れて赤くなっているのを隠すために怒って赤くなってるんだからねっ!って感じを装うロイエであった」
「シア!?」
「ふふ」
「ルブランは笑ってないで助けなさいよ!」
「自信もっていこう!」
「うっわ!笑顔で親指たてて……クレハ?ねぇクレハなの?」
「ポレハにはこれが必要」
「うわああああああああ!シア!もみあげ書いてくるなよ!っつかもう片方書いてるし!」
だいたいこんな感じだよ?
不意に目が合ったほうちゃんにそんな風にアイコンタクトを飛ばしてみる。
「ん~……ブサイクではないわな」
相変わらずにこちらの意図を汲んではくれないらしい。
「すまんかった!マリおじ謝らせてくれ!」
そんなほうちゃんは車内に戻って以来、ルブルブの横でむす~っとこちらの様子を伺っていたマリダリフに謝罪した。
あぁあれってあの時のことを根にもっていたのね……
「ふん!誰がおじさんだってのは置いておくとして──素直な謝罪は大好きだぜ?サダオミは世界一可愛いんだよ!覚えておけ!」
いやいやいや、そんな偉そうに宣言されても当人が困るんですけど?
「今となっては老け込んでるけど現役時代は凄かったんやろうなって思いなおしたわ」
老け込んでるて。現役時代て。
「あ~……あぁ、お前にとってはそうかもな?」
「へへ、照れるぜ」
もうやだこの二人。
兎にも角にも、エレシ以外とは概ね、和解を通り越して意気投合したほうちゃん。
シアとロイエには相変わらずドン引きされていたわけだが本人が一切気にしていないので、まぁ良しとしよう。
とりあえず、その段になってようやく、こちらの目的を話すことに成功した。
「それは……そうか……そうか……遂にこんな日が来たんやな」
過去の諍い事は話には聞いていた。
しかしそれらはあくまで知識の上でしか理解出来ないことだった。
そんな知識には当然、〝温度〟がついてこない。
その時、その場所、その人達にしかわかりえないものがそこにはあったに違いないということは、理解しているつもりだった。
それでも人目も憚はばからず目頭を押さえたほうちゃんを見れば、やはり自分の理解等、到底及ばない〝なにか〟がそこにはあったのだろうと容易に想像させられる。
辛いこともあったんだろうなぁ……
「辛い」
口に出しちゃったよ。
「泣きそう」
うん、割ともう泣いてるよ。
「その〝それ〟」
〝それ〟?
──バタン
疑問符が浮かぶと同時に倒れ込むほうちゃん。
その背後からシアがすくっと立ち上がる。
勿論その両手にはがっちりと重なった田舎チョキが構えられていた。
「お約束のアレですか」
ふぅと吐息をかけられるW田舎チョキ。
ニヒルな〝どや顔〟と共に放たれた言葉はやはり──
「その気になれば私の〝まさむね〟は魔王すらも打ち倒す」
もはや必殺技の域である。
「というかなにしてんのおおお」
「まさむね」
「そうだけどおおおお」
早々に頓挫する話し合い。
哀れほうちゃん。ここは慈しみの目でせめて労ろう。
そんな風に視線を下へと落とす。
「ぅ……ぁ……」
ぷるぷると震わせた手をシアへと伸ばすほうちゃん。
そりゃそうだ。これはさすがに抗議してもいい案件だ。応援するぜほうちゃん。
「ご……ぁ……」
頑張れほうちゃん。負けるなほうちゃん。
「ご……」
フレーフレー!
『ごちそうさまでしたあああああああああああ!!!』
「ないわああああああああああああああああ!!!」
車内に二人の絶叫が木霊した。
■
突然襲った悪天候は勢いを増すばかりだった。
そんなことはお構いなしと定臣達は島の住人にして魔族であるホウガン・シュナイドとの親交を深めてゆく。幾何かの会話を経て、ホウガンは自然な流れで定臣達を集落へと案内すると申し出た。
その時、窓から雷光が差し込む。
それに気をとられ目をやった定臣は不意にあることを思い出した。
◆
「ジョナサンは大丈夫か!!!」
我ながらなんて酷い奴なんだ。
ついつい弾んだ会話を楽しむあまり、外にいるしかないジョナサンのことを忘れるなんて……
「そろそろそんなことを叫ぶ頃合いだと思ったよ」
「ジョナサンは大丈夫か!!!!」
やれやれといった感じのマリダリフ。
視線でジョナサンの方を見るようにと促してくる。
すぐ様に特等席から身を乗り出してジョナサンの安否を確認した。
「えーと……」
「な?」
「いや、な?って言われてもこれ」
海を歩いて渡った時の魔法被膜。
それをメヘ車全体を包むようにして展開していた我が家のジョナサンさん。
よく見ればぬかるむ足場を嫌って僅かに宙に浮いている。
やだ、なにこれかっこいい。
「うちの子、魔法が使えたのね!」
「メヘメヘなのにな!」
「メヘメヘなのにね!」
聞けば先刻、海を歩いて渡った際の便利魔法も実はジョナサンがふつ~~~に使っていたらしく、マリダリフの野郎はそれを知った俺が驚くのを楽しみに、しれっと今の今まで隠していたらしい。
おのれマリダリフ。
びっくったわ。
ものすごいびっくったわ。
とにかく優秀過ぎるうちの子に一先ず安堵した。
そんなわけで───
◇
「はいっ!はいっ!はいはいはい!」
「いや、だから定臣お前……」
自己満足による罪滅ぼし。
それをせずにはいられなかった。
「ジョナサンの~!ちょっといいとこ見てみったい!はいっ!はいっ!はいはいはい!」
「あっそれ!」
「いいねポレフ!さぁロイエも一緒に!」
「あ、あっそれ?」
「よいしょ!ジョナサンの~!」
「坂道の度にうっさいわ自分!」
「頑張ってくれてるんだから応援しよ?」
「せぇへんわいちいち!よいしょ!」
「さぁ、さぁ、さぁさぁさぁさぁ!」
そんな感じで無駄に皆を巻き込んでみたりもした。
普段からノリの良い連中である。
とりあえずリズムに合わせて手拍子の一つもすれば割と盛り上がるのだった。
にしても、ほうちゃん──
ちゃっかりと混ざっているあたり、本人はまだまだ認めそうにないが、もうしっかりとPT入りしていると言っても過言では無いのではなかろうか。
思わず口元が緩む。
それからルブルブの方を見て噴出した。
だってほら、ルブルブ。
「が、頑張るんだ!そ、そうだぞ!敵は己の中にいる!」
彼女にリズムは存在していなかった。
「ルブルブの~!ちょっといいとこ見てみったい!」
「え、あ、わ、私!?」
巻き込んでおいて笑ってしまったのでお詫びに益々巻き込んでみた。
「見たいです!」
それに陰に徹していたシアさんが神速で飛びつく。
相変わらずにルブルブとエレシに対してだけは、やたらに礼儀正しく可愛い謎子ちゃんに増々、口元が緩んだ。
そんなこんなで──
俺達はジョナサンのお陰で道中の悪天候をものともせず、無事に進むことが出来た。
途中、突然回復した天候に首を傾げつつも、夕暮れ時にはほうちゃんの集落へと到着したのだった。
◇
「今日も一番剣は俺やで!」
「まじかよ!」
とりあえず拾っておいた俺に、ほうちゃんは〝どうせ知らんくせに、ようもそんな勢いよく食いつけるなぁ〟等と謎の誹謗中傷をしてきた。うん、知りません。教えて下さいお願いします。
聞いた話によると、この集落ではその日、一番の収獲を齎もたらした戦士を〝一番剣〟と称え、夕食は〝一番剣〟から順に食べられるとのことだった。
食事はみんなと一緒が楽しいだろうに──
と、そんな風に自分の中の常識が浮かんだりもしたが、恐らく〝ここ〟では〝それ〟は大きな意味を持つ、栄誉あることなのだろうと中りをつけて飲み込んだ。
ところ変わればだねぇ──
そもそもここは〝エドラルザ王国〟ですらないのだ。
当然、ここにはここのルールが存在する。
不用心に踏み込んで、冗談では済まされない失礼だけは、やらかさないように気を付けないとなぁ──
そこで気がついた。
自らをこの島の〝門番〟と名乗ったほうちゃん。
そのほうちゃんが〝今日も〟一番剣は自分だと言った。
一番剣はその日、一番の収獲を齎せた戦士の呼称だという。
ならばこの〝門番〟さんは毎日、本来の役割を放り投げて狩りに勤しんでいるということになるのではなかろうか。
過去の回想で〝ヒャッハー!〟とか言っちゃったりしてたし、役割を放り投げて本能のままに駆け出す彼の姿は容易に想像が出来た。
「ほうちゃんってアホなの?」
「いきなりなんやねんな!」
すごい怒られました。
◇
「ガーン」
わかりやすく、そう口にしたのはほうちゃんだった。
意気揚々と長のところに本日の収獲物を納めに向かった先での出来事である。
長と呼ばれた老人は、俺達を歓迎してくれた。
最悪、臨戦態勢をとられることを内心で覚悟していた俺達は、まさかの歓迎ムードに随分と安堵した。
そうこうしているうちに、長はほうちゃんの獲物を確認し、褒め称えると共にそれが如何にすごい物であるかを俺達にわかりやすく説明してくれた。
なんでも先刻、俺とロイエがオルティス達のものと勘違いした毛髪の持ち主〝ウッホ〟はこの島を二分する勢力の一つで分類するなら〝獣人〟に該当する生物なのだとか。
そしてその〝幹部〟はわかりやすく冠を装着していることから〝冠持ち〟と呼ばれているらしい。
で、その〝冠持ち〟を三体も仕留めた、ほうちゃんの本日の記録は過去最高の結果であり、〝本来〟ならば一番剣間違い無しの成果であるはずなのだが──
「お前、二番剣」
「だからガーン」
「今日は日が悪い」
「冠持ち三体やぞ!?」
食い下がるほうちゃん。
その辺でやめておくんだほうちゃん。
これ多分、虚しいことになるぞほうちゃん。
しっかりと称えられた上での二番。
その意味が示す答えなど一つしかないのは明白だった。
「まぁまぁほうちゃん、生きてればそんな日もあるってば」
長に言わせる前になんとか納得させようと助け船を出す。
「明日また一番になればいいんじゃないかな?」
「ぬ、ぬうううううう」
相当に悔しいらしかった。
「そ、そやな……今日はしゃあないな……」
「うんうん」
「でも負けへんぞ!どいつの仕業か知らんけど明日は〝冠持ち〟十体は仕留めたる!」
男の子だねぇ
そんな風に宣言すると意気揚々と長の家を出ていく、ほうちゃん。
置いていかれても困る。
俺達は慌ててその背中を追いかけようとした。
その時、長がほうちゃんを呼び止めた。
「ホウ」
「なんですか?」
不機嫌そうに顔だけ振り返るほうちゃん。
態度悪いなおい。
「ウッホな」
全く気にしない様子で長は会話を続けた。
「明日は十体って言うたけど二十いったりますわ!」
「倍になったな、ワシはお前のそういうとこ大好きやけどな」
せやけどな──
そう前置きされた次の言葉になにやら胸がざわつく。
「ウッホもうおらんのや」
「は?」
「やから、もうおらんのや」
「な、なに言うてますの?」
驚愕するほうちゃん。
そんなほうちゃんに長は続けざまに真実を伝えた。
「赤髪の悪魔が来てな」
ほんで──
「絶滅したんや」
犯人は姐さんだった。
■
その日は〝テイザール〟にとって特別な日になった。
長年、脅かされ続けてきた獣人による脅威。
それを僅か半日足らずで解決してしまった英雄の到来を大いに喜び、住人達は盛大な宴を開いた。
そんな宴の中心にはこの快挙を成し遂げた人物がものの見事に祭り上げられていた。
爆ぜる焚き木の火の粉よりも鮮烈に赤い髪を時折、吹く風に靡なびかせながら、実に不愉快な面持ちで英雄は事の経過を見守っているのだった。
◇
「意味がわからーーん!!!」
こんな時、チャッピーならばこんな感じで叫べば解決するのだろう。
こちらのこと等、お構いなしに島の人間と交流を深めている愛妹達を殺気で射抜きながらそんなことを考えた。
ふむ。
直後に身震いしたチャッピーに一頻りの満足を得た。
さて。
現実逃避はこれくらいにしなければならない。
意識を取り戻した直後の吐き気に頭痛。
すぐ様に魔法で回復したものの、状況から察するに……
失態──か。
額を押さえていた手を放し、掌をじっと見る。
わなわなと震えているあたり、自覚している以上に自尊心を傷つけてしまったようだ。
「ふぅ」
こんな時、軽口を叩いてきそうないつもの面子は気遣いからか、はたまた自衛の類かあからさまに距離をとっている。
僅かに残る疲労感から無意識の間にどの程度の魔術を行使したのかを割り出す。
島はまだあるし、見たところ死人も出していないように見受けられる。
オルティス、クレハ両名は随分と草臥びれている。
あの感じは──
あの二人に助けられた──のか?
「ふふふ」
この私が?
「あはは」
これはそうか。
「あーはっはっはっは!」
なるほどなるほど。
「これはなかなかに屈辱的だ!」
◆
長への挨拶と報告を済ませた俺達は、ほうちゃんに勧められるままに即席の祭壇が設営されている広場へと足を運んだ。
あ、あれ絶対に目を合わせちゃいけないやつだ。
中心に鎮座している赤髪様を一瞬にして視界から遠ざける。
ばっ!と振り向いた先にはオルティス達の姿が見えた。
あんにゃろう。既に寛いでやがる。
さてさて、とりあえず星組の無事は確認出来たことだし──
テイザール民との親交を図りますか。
◇
「あいあいあ~あはいぃぃ」
「あいあいあ~あはいぃぃ」
随分と陽気な掛け声と共に奇妙な踊りが出迎える。
すぐ様に『あ~あはいぃぃ』と続いたほうちゃんが村人の輪の中へと消えていく。おい待て置いていくな。というか、ほうちゃんよりも先に輪の中に入ってるポレフはなんなの。打ち解けるの早いよ。むしろそういうのシアさんの役割じゃないですかね?
あっ
蹴られた。ポレフがシアさんに蹴られた。
うん、やっぱり役割というものは大事だよね。
と、いうことでここは姐さんの無事を喜んで泣きながら抱き着きにいくところだぞロイエよ。
さぁさぁ、ロイエGO!ロイエGO!
え?俺は無理だ。だってアレあかんやつやん?
「あっ!」
よーし、気がついた。ロイエ気がついた。
大分遅れたけど今になってようやく姐さんに気がついた。
「お姉さ……無理!」
正直過ぎるロイエに思わず噴き出した。それからそっとロイエの頭に手を乗せる。
この時、俺達の視線はどこか遠くの方で見事に交差していた。
「ですよねー」
◇
今回の勝負は無効にして欲しい。
宴もたけなわ、皆が緩やかにまったりモードへと移行した頃合いを見計らって、自然に近づいてきたオルティスがそんな風に耳打ちをしてきた。
〝如何に多くの〝テイザール〟民とどちらが早く打ち解けることが出来るか〟
そういえばこれって一応、ポレフとオルティスの勝負って形式だったか。
それならば既に英雄扱いを受けている姐さん率いるオルティスPTの圧勝ということになるのではないだろうか。
うーん。
正直、勝敗に関してはどうでもいいなこれ。
姐さんの偉業が偶発的にあったとはいえ、〝テイザール民〟達がここまで友好的だとは思っていなかった。城壁の〝外側〟の兄弟たちに通ずる気風の良さを存分に感じられた宴の終盤、俺の心はすっかりとこの島に絆されきっていたのだった。
しかしながら、それを正直にこやつに告げてまた面倒な感じにスネられても鬱陶しい。
ここは適当に合わせるのが無難と判断する。
「りょーかい いいよそれで」
「いや、あの……」
「ん?」
「せめて理由くらい聞いて下さいよ!もっと僕に興味を持ってください」
「どっちにしろ面倒だったよね」
「そんなぁ」
「んー、でも聞いてもどうせ隠し事だらけで全部は教えてくれないだろ?」
「そんなことはありません」
「どうせ同時進行で色々やってるんだろうし」
「それは過大評価が過ぎますよ」
「どうせ同時進行で色々やってるよね?」
「ぇ……」
「ね?」
「はい……まぁ」
「ん、それじゃ無効でいいよ」
「いやいやいや、そこまで聞いて気にならないのですか!?」
「ん~?どうせ言わないんだろ?」
「い、言いますよ!今回は」
「あら、珍しい」
本当に珍しいこともある。
と、いうか初めてのことに内心で驚いた。
良い具合に酒が回ったのかと覗き込んだ瞳には、既に煌々と信念の色が燈っていた。
あ、これマジなやつか。
すっくと背筋に芯を入れる。
それから正面を向いて態勢を整えた。
「では」
「ん」
気が付く範囲で最低三つ以上。
オルティスが表向きに一つのことを果たす時に、こっそりとひっそりと裏で達成される表題以外の重要な目的に、いつもそんな印象を受けていた。そしてそれは今回もご多分に漏れず、案の定というかやっぱりというか……
まったくもってなにかと面倒な男だねぇ……
正直、疲れるだろうに、とは思うが、それがこのオルティス・クライシスという男なのである。とは、とうの昔に理解していた。
とにかく、オルティスは今回の企みを嘘偽りなく明かした。
明かさなければならなかった。
オルティスがオルティスでいるためには必要なことだったのだ。
ここまでの偏屈者にして頑固者の徹底した拘りぶりには、毎度のことながら驚かされると同時に理解がおいつかない事がままある。
それを十分に理解していたつもりだった俺の理解は、やっぱり置いてけぼりをくらうことになった。
「えーと」
「はい」
「器用な器用なオルティス君?」
「器用な方だという自覚はあります」
「そうですか」
「はい」
軽口を挟んで理解を追いつかせる時間を稼いだ。
要するにこの男。
すべてが自分の掌の上に納まらないと気が済まないのである。
いや、納まった上で思うように転がせないと気が済まないのである。
今回もやはり下準備を完璧に済ませた上で、案の定、徹底した根回しが行われていた。
具体的に言うならば、予め、〝テイザール〟に〝サキュリアス〟の洒落にならない部署の人達を潜入させた上で、徹底した情報収集に情報収集を重ね、それを更に洗いに洗った上で、しっかりとねっとりと〝テイザール〟に置ける、両勇者陣営の〝安全〟を確保したところから話は始まり、ようやく表題として提示してきた
〝如何に多くの〝テイザール〟民とどちらが早く打ち解けることが出来るか〟
には案の定、その先の目的として〝魔族との和平〟が見据えられていた。
ここまではまだいい。
目的を果たすための〝手段〟やその先の〝最終目的〟として見れば、一つのカテゴリーに分類出来なくもない。
それですべてでいいと思ったから今回は快く協力した。
だというのに──
以前に聞いた話から〝エドラルザ王国〟と〝テイザール〟の確執が深いのは理解していた。
だが、その話には冒頭に〝対外的には〟という一文を添えなければいけないらしい。
それが先の宴中もずっと感じていた〝違和感〟に対する答えだった。
〝確執〟どこよ?と、思わず問いたくなる歓迎ぶりである。
いくら姐さんが無茶苦茶して結果オーライで島のためになったからといって〝敵国〟からの使者を無警戒に歓迎し過ぎな節が多々あり過ぎた。
勿論、そんな無粋なことは思っていても口が裂けても言葉にはしないが。
兎にも角にも、〝テイザール〟側が〝エドラルザ王国〟側を敵視している気配が微塵も感じられなかったのである。
というか〝エドラルザ王国〟側もそもそも〝テイザール〟の存在自体を隠蔽していたのだから、貴族のお偉方やらなんやらの兼ね合いで、オルティスが言い出さなければ、エドラルザ以外に勢力が存在していること自体、俺が知ることは無かった。
それをあえて伝えた上でなんとか強引に丸め込み、巻き込んできたのだから勿論、他にここにくる理由があるとは踏んでいたわけではあるのだが。
まったく──
今回の旅の表題が気に入ったので、それ以外は無粋になるとあえて追及しなかった俺に詳細に伝えるなと。
「自己満足ですよね?」
「はい」
「爽やかな笑顔で言っても自己満足だよ?」
「ですね♪」
絶対聞いて貰うマンになったオルティスの意志は固く、茶化したところでどうにかなるものではなかった。
こういう時は決まって洒落にならない情報が飛び込んでくる。
改めて腹をくくった俺は引き続き、腹黒星勇者様の話に耳を傾けたのだった。
オルティス達が〝テイザール〟を訪れなければなかった理由は、大きく分けて他にも二つあった。
一つは、ある人物の勧誘であり、そしてもう一つはドナポスさんが関係していた。
最初にオルティスはドナポスさんの話を選択する。
この時、珍しく表情に影を落としたオルティスの
〝ついで〟ではないんです。
という言葉が妙に印象に残った。
◇
「よぉ~若~」
「クレハ」
「珍しいじゃねぇ~か~」
「何故でしょうね、ここは絶対に定臣に伝えておかなければならない── そんな焦燥感に駆られました」
「ならそうなんだろうよ」
「そうなのでしょうね」
オルティスはそう言うと先程、定臣を見送った方角に思いを馳せる。
夕焼けに照らされた橙色の岩肌は先程、定臣が口にした衝撃的な事実をすぐ様に思い出させた。
「シーザル・エミドウェイ?」
「はい さすがにご存知ですよね?」
「そりゃあんだけ〝魔示板〟で並べて表示され続けりゃね」
「ふふ、実はこの島に滞在しているという情報が……」
「狙いは〝ゴザル〟だったのか~」
「う?」
「ん~、ごめんなオルティス」
「はい?」
「ゴザ…いや、〝シーザル・エミドウェイ〟な」
「はい」
そこまで思い出すとオルティスはクレハをじっと見据えた。
「どした~若ぁ」
「いえ、僕達の情報網もまだまだだなと」
「んん?そりゃどういうことだ?」
「はぁ……」
「溜息とは珍しいなぁ」
首を傾げるクレハをよそにオルティスは定臣の言葉の続きを思い出す。
「もううちのPTにいるわ」
笑顔で放れたそんな定臣の言葉に動揺を隠すことは出来なかった。
「まぁ──」
もう一度、定臣の笑顔を思い出す。
「いいですよ可愛いから」
夕焼け空に放たれたオルティスの呟きは緩やかな風に紛れてすぐに消えていった。