テイザールの魔族 Ⅰ
□
上機嫌やった。
珍しく客が多い日やったし、サダオミ── なんや、こいつとは初対面やのに妙にウマがおうて、もしかしたら親友になるんかもしれん、とかそんなことをぼんやりと思っとった。
〝きっかけ〟は獲物自慢や。
悪癖やとは自覚しとるけど、いっぺん自慢始めたらなかなかやめられん。
ほんまやめとけば良かったわ。
気のええこいつは面倒な俺にどこまで付き合おうてくれるやろ。
そんな興味の果てに辿り着いた本日の獲物最終自慢。
この島の最強生物〝ウッホ〟の冠持ちを三体も倒したんやって──
多分〝ウッホ〟のこと知らんやろうけど、知らんなら知らんで、あのくっそうまいウッホ肉を使った手料理食わせながら説明したろう──
そんなこと考えとった瞬間の出来事や。
いきなり、けたたましい轟音と一緒に俺の右耳が吹き飛んでいった。
殺気に目ん玉ひんむいてみたら、べっぴんの嬢ちゃんが泣きながらこっちを睨みつけとる。
なんやと慌てた直後に──
ゾクリ──
これはサダオミか?
いや、別人やろ。
というかいつの間に剣なんぞ構えよってん──
と、いうか──
俺の両腕はいつの間に無くなってん──
眼。
あの眼が怖い。恐ろしい。
表情が欠落しとる。
あの眼を見た瞬間、わいの両腕……両脚も付け根からいかれとる。
息が出来へん。
身体が全く動かへん。
視界までぼやけ始めよった。
あかん。
あかんあかん。
死ぬ──
このままやと確実に殺される。
最期の覚悟はなんでか一瞬で決まった。
そういえば前にもこんなことが──
あれはいつの事やったやろうか──
不思議と時間の流れが遅ぉに感じた時。
「ハァ、ハァハァハァ……なんやねん……」
金縛りが解けおった。
すぐに確認する。
あるやん、両腕、両脚。
殺気に中てられて視た幻覚ってか。
この俺が?
なんやねんこいつら。
っていうか耳は──
あらへん。
こっちはホンマかいな。
なんやねん。
なんやねんこいつら。
意味わからん。めっちゃ怖い。意味わからん。
「ストップだ!!!定臣!ロイエ!!」
さっきまで、どついたろう。
そんなこと思っとったおっさんの声に正気を戻される。
助かった……んか?
ぼやけた視界が目の前に定まった時。
そこには朗らかに笑いながら両手を合わせて謝る、化け物──
サダオミの姿が在った。
◇
「ほら、ちび姫も落ち着けって。 言い方は悪いがお前の魔術が当たる程度の奴にあの小覇王がどうこうされるわけがないだろ?」
「!?」
「あっ、気がついた?」
「それをもっと早く言って欲しいわ!」
「いや、最短で止めたと思うぞ? ブチきれたロイエが我に戻されるくらいブチきれてた定臣をぎりぎり止めたんだぞ?俺」
「そ、そうね」
恐らく何かの勘違い。
少し考えればすぐに解りそうなものなのに──
それをさせて貰えない──
そんな不気味で不思議な力を彼から感じてしまっていたらしい。
それも完全に無意識下で──
ちらりとマリダリフの向こうの彼に視線を這わせる。
彼、〝ホウガン・シュナイド〟は両手を合わせて謝る定臣をガクガクと震えながら見上げているのだった。
◆
と── まぁそんな事がありました。
先程の一件の直後、何事か、とメヘ車より降りてきたポレフ、ルブラン、シアの三人にざっくりと説明を済ませる。珍しく姿を見せなかったエレシは〝例の曜日〟らしく、本人は隠してはいるものの、うつらうつらと随分と辛そうだったため、そっと置き去りにされたらしい。あぁこれ、明日はポレフが折檻されるなぁ……
ともあれ、〝ほうちゃん〟こと〝ホウガン・シュナイド〟はどうやら敵ではないらしい。
そんな風に勝手に結論付けた俺達に引き続き怯えながらも、様々なツッコミを披露してくれる〝ほうちゃん〟を一旦、会話の片隅に押しのける。
『おぃぃ!』と〝ほうちゃん〟のツッコミに悲しみ成分が良い具合に配合されたタイミングで今度はロイエが『わ、悪かったと思ってるわ!』と照れながら謝罪する。
こんな時、間の大切さを無意識下でしっかりと理解し、そして体現出来るロイエの存在は実にありがたい。
のだが──
すぐさまに先程、吹き飛ばした〝ほうちゃん〟の耳を治療しようとするロイエを見て、あんぐりと口が開く。俺が動くより先にそれを全力で阻止したのはルブルブだった。
ありがとうルブルブ。
さすがだぜルブルブ。
しかしながら、新たなトラウマがしっかりと刻み込まれようとしていたのを助けてもらったというのに当の〝ほうちゃん〟はなにやら不満顔だった。
う~む。
最初からロイエにやたら甘かったり、先程からシアのことをチラチラ見てるあたり──
これはこやつ、アレでアレな人だな。
「ほうちゃんって幼女大好き?」
「おま!なにを唐突に誤解を招く発言してんねん好きやわ!」
即答だった。
ずざざーっとシアの背後に隠れるロイエ。そんなロイエの頭を軽く撫でるとシアがこれまた唐突に、とんでもないことを言い出した。
「出たな魔族」
え?
「シアさんぇ?」
「魔族」
ぴっと差された指先は勿論、ほうちゃんのことをしっかりと捉えている。
シアのことだから恐らく確信があるのだろう。
相変わらずに謎過ぎるこの同業者?にもそろそろ色々と突っ込んでいきたくはあるのだが……
今は何よりも手順をすっ飛ばしていきなり現れた〝魔族〟に注視したい。
「ほうちゃんマジ?」
「なんやねん、ようわかったな?」
あっさり認められました。
待て待て。
魔族て……
一瞬、真っ白になりかけた頭の中を慌てて整理する。
魔族───
つまりは魔王の家来なわけで──
確か魔族は数年前の大侵攻以来、〝何故か〟〝レイフキッザ〟がある山……〝ライマ山〟だったかな?うん、まぁそれより北に現れることは無くなったとか聞かされていた。
いや、まぁ普通にここにいるけど。
それは置いておくとして──
う~ん……
なるほど。
オルティスの言葉を思い出す。
〝人は知らないものに恐怖を抱くものです〟
確かにいきなり襲いかかられたり、反撃したり。
勘違いで本気になりかけたり。
良くないね。
そもそも〝テイザール〟を目指した理由──
それを感情的になって到着早々に忘却の彼方へと吹き飛ばしたのが良くない。
マリダリフがいてくれなければどうなっていた?
脳裏を切り刻まれた山賊達の姿が過ぎる。
戒めが足りていない。
そこは素直に猛省する。
次に目的をもう一度しっかりと確認する。
〝競争〟の体で持ち掛けられた内容は〝如何に多くの〝テイザール〟民とどちらが早く打ち解けることが出来るか〟
つまりは一度、争った相手との仲直り、そして協和である。
そしてオルティスは今回の目的は最終目的への〝予行演習〟だと認めた。
それはつまり──
「ほうちゃん、魔族と人間って友達になれると思う?」
「なんやねん、いきなり」
しっかりと目を見る。
こちらの意図を汲んでくれたのか、ほうちゃんは大鎌の刃を折りたたむと、しっかりとした眼差しで答えてくれた。
「無理やな」
「そこをなんとか」
「共存は出来とる。〝当代〟は根っからの人間贔屓やからなぁ」
「おっと、人間側が絶対知らなかったっぽい情報出ましたよ?」
「なんでやねん!」
「いやいや、割とマジです」
ね?って感じで振り返る。一様に大きく頷く皆を確認すると、ほうちゃんは驚くのを隠すことなく、こちら側(人間側)が承知していなかった事情を確認するように口にしていった。
──〝当代〟
つまり、現〝魔王〟は平和主義者で人間との共存を望んでいるらしい。
これだけでもなかなかに衝撃の事実なわけだが、話はここから更に続いた。
〝当代〟というからには当然、先代や先々代やらがいるわけであり──
つまりあちら側、わかりやすく〝魔界〟としておくとして、その〝魔界〟側にとって〝魔王〟とはあくまで称号のようなものであり、代々、試練を乗り越えた者が受け継いでいくのだとか。
そして〝魔王〟の称号を得た者は老化や病に対して耐性を得るのだとか。
つまり殺されなければ死ぬことは無くなる。
なにやら妙に親近感が湧いてきたわけであるが──
要するに〝魔王〟が交代するのは下剋上が成功した場合のみで、下剋上するにも〝試練〟とやらを乗り越えなければならない制度らしい。
「常識やろ!って感じで衝撃的な情報をありがとう、ほうちゃん」
「ほんまに知らんかったんかいな」
「旅の意味を考えたくなるくらい知らなかったよ?」
「旅かぁ……そういやなんでこんな辺鄙な島まで来たんや?」
「んー、その前に聞いていい?」
「ん?ほな先に答えるわ」
「ほうちゃんやっぱいい人だよね」
「……えぇからはよ聞けや」
「褒められると嬉しいらしい」
「おい思てることが口からだだ漏れやぞ」
「あぁごめんごめん、それじゃ遠慮なく」
質問の内容は何よりも気がかりだった姐さん達の安否である。
勿論、大丈夫だという確信もある。信頼もしている。
それでもほんの少しだけ不安だった。
知らない。わからない。ということ。
それだけで人の心というものはあっさりと揺らぐ。
そんな簡単なことを再確認する。
ほうちゃんの答えは安堵と恐怖を齎せてくれた。
当然のごとく、星組は無事なようだった。
正確には星組の人は無事なようだった。
その意味を問いだたした俺に、ほうちゃんはオルティス達と遭遇した時のことを振り返り、詳細を教えてくれた。
ほうちゃんが珍しい来訪者、つまりオルティス達の存在に気付いたのは海の方から突如響いた、魔術の炸裂音が原因だった。
島の用心棒(初耳だったわけだが)である、ほうちゃんはすぐさまに現場に駆けつける。
現場では黒塗りの戦艦が大炎上し、沈没を始めていた。
その中から慌てて飛び出す三つの影。
巨躯でありながら俊敏なモヒカン。つまりドナポスさんの脇には銀髪の笑顔の少年。つまりセナキが抱えられており、その後ろから黒髪の青年。つまりオルティスがやれやれと溜息をつきながら続く。
三人を見たほうちゃんは、すぐ様に沈む艇の影に姿を隠した。
曰く、計り知れない強さを感じたため、一時的に戦略的撤退をしたのだとか。
要するにびb「びびってへんわ!!!」
まぁとにかく隠れたらしい。
その後ろから──
高嗤いしながら両手を輝かせる紅い悪魔。つまりは──名前はあえて言いません。言わせないで下さいお願いします。死んでしまいます。
「で、ほうちゃん用心棒なのにどうしてその紅い人をスルーしたのかな?」
「びびったんや!!無理や!!あないなもん!!」
正直だった。
つまりあれだな。
姐さんご乱心。やだなにそれ怖い。
事態は把握出来た。
えっと──
それなら先刻、俺とロイエがものの見事に勘違いした、ほうちゃんの本日の獲物は一体なんだったのか。
それを問いただすと、ほうちゃんは拾い上げた枝で浜辺にお絵かきを始めた。
無駄にうまく描かれたそれを覗き込むと俺とロイエの顔から血の気が引いていく。
そこにはどう見ても地球上では〝ゴリラ〟と呼ばれる生命体をさらに9割増しでモジャモジャにした感じの生き物が描かれていた。
その名も〝ウッホ〟。名前もなんかゴリラっぽい。
つまりラナクロア版ゴリラ……
ええと、つまりつまり……
つまりこれと姐さんをまちg……間違ってない間違ってない!ここにいないしさすがにバレない!バレないで!バレないで下さいお願いします!死んでしまいます!
ふぅ……
ともあれ、こちらの疑問はこんな感じで晴れやかに晴れた。
「先にありがとね、それでなんでこの島まで来たのかって質問だけど」
「そや、こないな島、来るのは罪人か世捨て人って相場は決まっとる。 せやけど先刻の奴らもお前らも到底そんな風には見えへん」
「うん、そうだね」
「化け物揃いの戦力携えてる割りに殺気もまるで感じられへん」
「うん、だから姐さん達のこともすんなりと通したんだよね用心棒さん」
「せ、せや!」
「うんうん」
「ほんまやぞ!そうなんやぞ!」
「わかったわかった」
「くぅううう!!!だから何しに来たんじゃワレらああああ!!」
「うん、仲良くなりに来たんだよね」
「……は?」
すっ呆けた顔になった、ほうちゃんの手をしっかりと握る。
それから笑顔を忘れることなく、しっかりと宣言した。
「友達になろうよ!」
◇
──友達になろう。
簡単に言えそうでなかなか口にするのは恥ずかしい言葉である。
照れることを隠し、それをあえて言の葉に乗せたのには当然、意味があった。
強がっては見せてはいるものの、僅かに上擦っている声は案の定、語尾が震えているし、そもそも膝はいまだにガクガクと恐怖の色を隠すことをやめない。
〝殺しかけた〟
〝殺されかけた〟
如何に取り繕おうとその事実は変わらない。
要するにやらかしてしまったのだ。
こういった場合、時間の経過と共にお互いに気まずさが増していくのは経験上、理解している。
そしてこういった場合の対処法は勿論、十人十色に様々なものがある。
ちなみに俺の場合──
「よし!友達になろう!」
押しの一手による上書き狙いである。
正に倒れるなら前のめりで!の精神である。
うん、好きだね!
と、まぁこんな具合で押しに押しまくったこちらの姿勢と、ほうちゃんの強がりな人柄が相まった結果、先程の一件はどうにかこうにか有耶無耶にすることに成功した。
そして──
ほうちゃんこと〝ホウガン・シュナイド〟の答えはこうだった。
「個人的には大歓迎。 種族間では〝絶対〟に無理やな」
〝絶対〟に──
頑なにそう言うからには明確な理由があるのだろう。
知り合い、打ち解け合い、互いを友と認識し合う。
そしてそれを多く、広く繰り返していけばそれで良い。
と──
世の中、そんな単純に回ったりしないのが常なのではあるが──
「理由とか教えて貰えたり?」
「ったく、質問多過ぎやで」
「そこをなんとか!」
「それも多過ぎや!」
とかなんとか言いつつも結局は答えてくれる、ほうちゃん。全くもって良い人である。
「……血が……な」
「血?」
「そや、血から〝声〟がしよるんや」
「こんにちは?」
「いや、ただの挨拶とかしてくるかいな」
「ふむ」
「……あんな── 常にや。 それは〝壁〟よりこっちやと薄っすらとしか聞こえへん。でも壁の向こうやと酷いもんでな」
「壁?」
「せや、あるやろ?南に」
「え、北に〝城壁〟ならあるけど」
「あほ、あんなレプリカと一緒にすなや」
ええと、また〝人間側〟が知らなそうな情報出た?
エドラルザの城壁って確か、姐さんが考案したんだったよな?
それをレプリカとか言っちゃったよ、ほうちゃん。
う~ん……
とりあえず続きを聞いていこうかな(姐さんには触れない方向で)
「南の壁を越えると〝声〟が強くなるみたいだけど、具体的にどんな〝声〟なの?」
「〝人間を生かすな〟」
「〝殺せ〟じゃなく、〝生かすな〟なんだ?」
「生まれてからずっと聞こえてる〝声〟や。間違うわけがあらへん」
「えっと、無視すれば?」
「出来んから困っとるんや」
「ふむ」
視線で続きを促す。
それからも〝人間側〟からしてみれば即座にバイブルとして〝魔示板〟あたりを通じて全世界に通達しなければいけないっぽい情報がわんさかとバーゲンセールだった。
人それぞれに個人差があるように、当然、〝魔族〟にもそれは存在する。
そんなわけで〝声〟が〝血〟を通じて種族全体に下す命令にも、完全に従ってしまう者がいたり、ある程度、抗える者がいたりするらしい。
「あ、それじゃほうちゃんは割と影響受けにくい性質なんだ?」
「逆や逆」
「その割に随分と友好的なような」
「あんなぁ〝声〟の影響を受けやすいからって己の意志を無視して、人間嫌いになるっていうんなら、そりゃもう個人じゃなくて〝魔王〟の傀儡やろ?」
「確かに…… ごめんね?失礼なこと聞いたかも」
「かまへんかまへん。 まぁ──」
〝人間を見ると多少、イライラする〟
そんな風に続けたほうちゃんに思わず噴き出した。
要するに本人は〝声〟の影響を受けやすいと思い込んでいるだけで、相当に鈍感なのだ。
そしてその後に少し照れた様子で続けたこんな言葉。
〝イライラはするけどそれ以上に人間に興味があるねん〟
〝尊敬もしてる〟
〝まぁ、要するに好きやねんな。だから煩わしい声もその好きで上書きしてる〟
それを聞いて思わずニヤけてしまった。
なにも変わらない。
〝人間〟も〝魔族〟も。そして〝天使〟となってしまった今の〝自分〟も。
話せば── お互いのことを知りさえすれば、きっと解り合えるのだ。
「よし、ほうちゃん友達になろう」
「いや、だからお前」
「うん、まずは個人的になろう」
「お、おう」
そんな風に多少、強引にほうちゃんを仲間に引き入れ「おい待て誰が仲間やねん!!!」
うん、まぁ仲間に引き入れてから、ふと疑問符が浮かんだ。
ほうちゃんは元々、〝人間〟に興味があった。
それから実際に〝人間〟に出会い、そして尊敬するまでに至った。
その経緯の上で〝好き〟と断言出来るまで友好的になり〝声〟に打ち勝てるようになった。
だったら実際に出会った〝人間〟次第で想いは簡単に黒く染まったり、白く染まったりするのではないだろうか?
それを口に出そうとして──
自分の頭を軽く小突いた。
〝人間〟の中にも〝人間〟のことが嫌いな者がいる。
そんなものは育った環境次第でころころと変わる誰もが持ち合わせている当たり前の感情なのだ。 そんな簡単なことをうっかりと失念して、興味のままに質問しよう等と──
自分自身がまだまだ区別も差別も無く、彼らのことを見られていない証拠ではないか──
はいはい、自己嫌悪タイム終わり!
「だから純粋な質問だけしまーす」
「な、なんやいきなり」
「ほうちゃんが最初に出会った〝人間〟ってどんな人だったのかな~って」
「……」
「いや、だってその人のお陰でほうちゃんが人間好きになったわけで、そのお陰でこうして友達にもなれたし?」
「ちゃうぞ!ちゃうちゃう!」
「犬?」
「は?」
「あ、いや、続きどうぞ」
「俺が最初に出会った〝人間〟から与えられたのは──」
与えられたのは───
そう前置きしてほうちゃんはガクガクと震え出した。
それから焦点が合っていない眼で虚空を見つめながら
〝恐怖〟と〝絶望〟や。
そう言うのだった。
◇
〝血〟の忠臣にして〝最強最悪〟の謳声高かった〝先代〟は〝勇者〟の条件を満たすと、すぐに穏健派やった〝先々代〟を殺した。
「え、いや、話の腰を折って悪いんだけど〝勇者〟て」
「な、なんやねん」
「いや、あの勇者て。勇者の条件て」
「だぁ~~~っもう!勇者いうたら次期魔王候補のことやろうが!」
そんな常識やろが!的な勢いで言われても困る。
振り返った先の皆は、相も変わらず、うんうんと俺の味方をしてくれていた。
ふむ。
とりあえず、いちいち質問していては拉致があかないのは明白だ。
ほうちゃんが最初に出会った〝人間〟の話のはずがなんだって、魔族側の歴史のお勉強から始まったのか辺りにも大いにつっこみたいわけだが──
「よし、ここは黙って続きを聞こう!」
「お前また考えてることが口から出てもうてるからな?」
「よし、続きをどうぞ!」
「はぁ……まったく面倒な〝友達〟がいきなり出来てもうたもんやなぁ」
穏やかな表情でそんな風にぼやく。
それから少し独白し、ほうちゃんは先程の話を続けてくれた。
◇
新〝魔王〟は好戦的で、すぐに軍を束ねると〝人間〟を滅ぼそうと戦を仕掛けた。
こっち側が〝大侵攻〟とか言うとるあれや。
その最中に大事件が起きた。
〝現魔王〟── つまり、〝当代〟が〝支持者〟四人を連れて、最前線で猛威を振るっとった〝先代魔王〟の首を刎ね飛ばしよったんや。
それが〝先代〟が〝魔王〟に就任して僅か三日後の出来事やった。
そのことから──
「三日天下だ」
どや顔でほうちゃんが言い放つ前にうっかり口にする。
あ、これ言いたかったんだ?
すぐ様に八の字に垂れ下がった眉がそんなことを伝えてきた。
「あ、うん、ごめんね?」
「三日天下って言われててな!」
「マジか!」
「せやねん!そう言われてる出来事やねん!」
押し切る勇気。
そんなことを学ばされた気がする。
さておき。
ほうちゃんが初めて〝人間〟と出会った時の話である。
そんな電撃的な世代交代が行われた最中、その邂逅は果たされていたのだろうと中りをつけつつも、話の続きに耳を傾けることにする。
〝血〟の主導権を掌握した〝当代〟。
即座に下された撤退命令。
有無を言わせぬ迫力にその瞬間においては〝先代〟派の面々も圧倒され、従う。
全軍が撤退に向けて動き出したその時──
「ヒャッハーーー!!! 人間いてもうたるわああああ!!!」
鈍感過ぎたほうちゃんはようやく戦線に躍り出た。
それもたった一人で。
唖然とする人間陣営。
気付くこともなく、ひたすら〝魔界〟に退却していく〝魔族〟達。
「あるぇ?」
ほうちゃんがそんな素っ頓狂は声をあげると同時に〝それ〟は現れたらしい。
『まだ…… 取りこぼしがいましたか』
曰く。
そこに〝それ〟が在ることは噂話程度には認識していた。
しかし、その噂話は穏健派の〝先々代〟が無闇に人間と交わることを避けるために流布した、偽りの物語であるとも言われていた。
北の御山には〝悪魔〟が巣くう。
訪れた者は誰一人として生還こと叶わず。
その〝悪魔〟を一目でも見ようものならば、その者は心を蝕まれるという。
『あは…… あははは…… あーはっはっはっは』
その姿は正にそんな物語の中で描かれていたものだった。
魔族と同じ髪に異なる色の双眸。
吊り上がった口角に瞳を奪われた途端に全身を駆け抜けていく〝恐怖〟。
──〝死〟
一目に認識出来る〝死〟が確かにそこには在った。
「って、待って待って」
「なんやねんな」
「いや、だってそれって」
「さっきから話の腰折りすぎやねん自分」
「いや、だってそれ」
そんなやりとりを交わしつつ、横目でメヘ車を見やる。
案の定、名前を呼びかけたその人は控え目に手で欠伸を隠しながら降車している最中だった。
「なぁ、ほうちゃん」
「だからなんやねんな」
「落ち着いてあちらをご覧下さい?」
「だからなん……だ…と?」
「エレシさんです」
「……………」
「エレシさんです」
「いやおまあれあく」
「エレシさんです」
「あ……ああああ悪魔やあああああああああああ」