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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
51/57

ラナクロアの海物語

 ■




 〝私達〟にとって〝世界〟は一冊の〝本〟だった。


 〝私達〟はその〝本〟のページを誤魔化していく。


 成せることと成し得ないこと ──


 漂白を目指しても必ずとりこぼす〝黒〟


 過ぎ去ったページを見やれば、そこは灰色の世界だ。


 いつからそうしているのだろうか ──


 いつからこんな無意味なことを繰り返しているのだろうか ──


 生物が呼吸を繰り返すように ──

 植物が光合成を繰り返すように ──


 〝私達〟も無意識にそんなことを繰り返していた。


 いや、そもそも無意識というのなら〝そのこと〟について考えた時点でそれは無意識では無くなるのではないだろうか。



 ── よそう。


 

 そんなことを考えるのも馬鹿らしく思えるくらいには〝私達〟は〝それ〟を繰り返してきた。


 

 新鮮さを失った反復行為は当人からすれば〝それ〟が如何に高尚な意味を持ったものであっても単なる作業にしか思えない。



 作業。

 作業作業。

 作業作業作業。

 作業作業作業作業。



 〝私達〟は無意識に光を失った。


 いや ──


 失っていたはずだった。



「ここが〝私達〟が降りたページ」


 

 ゆっくりと指先を這わせる。



「あは♪ こっちが現在いまのページだね♪ 姉様」



 弾んだ声色で嬉しそうにもう一人の私の指が重なり、そして現在いまのページまで移動する。



「真っ白 …… ううん、輝いてる」



 互いの指と指で挟まれたこの世界の経過を視て、私ともう一人の私はほんの少しだけ微笑んだ。


 正直に白状すれば、視えない未来ルートが突如として出現する定臣がいるこの世界はとても怖い。


 だけど ──


 この胸の高揚感はなんなのだろう。

 定臣と辿るこの道はとても色鮮やかで、ドキドキがとまらない。


 その答えはすぐにもう一人の私が示してくれた。



「あは♪ 楽しそうだよね♪ 姉様」



 その言葉はすとんと胸に落ちて、私は妙に納得していた。


 初めて覚えた新鮮さを大切に、大切に、私はそっと胸を押さえた。 

 


 その答えにようやく辿りついたのがほんの数日前。


 

 そして現在、私は突如として出現した選択肢を前に呆然と立ち尽くしていた。



 


 ◇




「へへへっ、さぁシア! 最初の一杯はお前がやってくれ!」



 目の前には鬱陶しいくらい満面の笑みを浮かべたポレフの姿。

 その手にはなみなみと〝海水〟が注がれたコップがある。


 なにこれ鬱陶しい。



「いいなぁ! 僕も飲みたいなぁ!」


「ばっ! これは俺がシアのためにだな!」


「あはは、わかってるわよ」



 こんな時ばかり、妙に聞き分けが良い赤髪の友は相変わらずに相変わらずだ。

 

 ロイエ気づく、あれは私なりの冗談。


 そんな念をじと目に乗せて無言で訴えかけてみる。



「♪」



 なにやら親指を立てて笑顔で返された。


 

「定臣、聞いて欲しい」


「う? どったのシア」


「ポレフが私に海水を飲めと言う 

 それもいっぱい飲めと言う

 これはいじめに他ならない」


「えぇ!? シア!? えぇ!?」



 眼前のポレフは某、国民的婿養子殿を彷彿とさせる素っ頓狂な声を上げて目を見開いていた。

 

 そもそもがおかしい。

 厳重に厳重を重ねた城壁審査をようやく終えた矢先、城壁を越えた私達の眼前には真っ白な砂浜が一面に広がっていた。所謂、素敵な砂浜というやつが広がっていたのだ。 世界の理は違えど、どの世界でもやはり美しい海辺の光景に私は目を奪われた。そう、既にその光景を見知っていた私ですら目を奪われたのだ。当然、この光景を初めて見るポレフは、隣のロイエよろしく口を開いて感動の声の一つでも上げるものだと思い込んでいた。それだというのに、メヘ車の扉を誰よりも先に開け放ったポレフは、こともあろうにこの絶景を完全に無視し、一目散に海へと全力疾走を決め、きびすをかえし、事態を現在のこの状況へと至らせた。



 ええと、つまりこれは ──



 絶景よりもなによりも自分の他愛もない一言を大事にした。

 いや、してくれたということなのだろう。



 頭の中を随分と前に定臣が出現させた未来ルートぎる。



 正直に言えば、私はそっち方面にはまるで興味が無かったし、今後も興味を持つことはないと思っていた。なので定臣が〝そんな〟未来ルートを出現させたこと自体、理解できなかったし、理解しようとも思っていなかった。ええと、だから不愉快に思っていたはずだった。


 本当に不愉快だった?

 

 ええと、ちょっと待って。私はなにに言い訳をしているのだろうか。そもそも〝私達〟が一つの世界に留まり続けること自体がありえない。それに使命的な役割をこれからも未来永劫、全うしていかなければならない。ええと、だから私はなにに言い訳をしているのだろうか。



「定臣が変な答えを用意したのが悪いと思う」



 本当の本音が思わず口をつく。



 「へ?」などと相変わらずにとぼけ声の定臣を置き去りに、目の前のコップを握り締める。



 自分のことを明確に、恋愛的な感情を込めて〝好き〟だと把握している相手から好意を寄せられて悪い気がしないのは、その相手のことを〝好き〟だということになるのではないだろうか。もちろん恋愛的な意味で。もちろんそれは〝人間〟同士での話として。ええと、つまり私は〝天使〟でポレフは〝人間〟だからこの場合、この例えは適応されないというわけで。ええと、なんだろうこれ。なんだろうこれ。



 顔があつい。



「飲めばいいのよね、飲めば」



 ぐるぐる回る頭の中とは別に、口から零れた言葉はいつも通りの抑揚の無い温度を取り払ったものだった。なんとか取り繕えたことに少し安心し、それから私は ──



 ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ



「…………」


「ど、どうだ?シア

 うまいか?」 

 

「…………」


「?」


 ── ばたんっ



「シア!?おいシア!!

 定臣!シアが倒れたシアがああああああ」



 遠退く意識の中、ポレフのそんな声を聞いた。




 ◆




 海に白い砂浜、それに美女達とくれば次は当然、水着だろう。

 そんな淡い期待を〝人間〟であり、健康的な成人男性だった頃の自分ならば、当然のごとく抱いていたに違いない。

 しかしながら残念なことに今回の旅の目的に海水浴などというものは存在しない。

 旅路の途中にたまたま海があった。

 これに尽きるのである。

 つまり〝水着回〟などというものは存在しないのである。

 いや、これ誰に向かって言っているのだろう。

 もしも ──

 もしも仮になにかの間違いでみんなのテンションがあらぬ方向に走り出し、海水浴だ、わ~い、などということになったとして ──

 果たして〝こんな身体〟になって数年の歳月が過ぎ去ってしまった〝今の俺〟はどんな事態に陥るのだろうか。

 そんなもしもをうっかりと想像し始めたところで ──

「さぁ定臣! 海といえば水着に着替えて海水浴だぜ!」

 もしも世界から、うっかりと現実世界に飛び出したとしか思えない、マリダリフの嬉しそうな声が聞こえてきた。

 元が成人男性たる俺にははっきりとわかってしまう。 

 いや、もちろん今も俺は〝男〟であることには変わりない。

 なのでわかる。

 明らかに下心満載の声色だ。

「本能に従順なのは素晴らしいことだとは思うが、従順過ぎるのはどうかと思うよマリダリフ君。」

 じっと瞳を覗きこむようにして、そんなことを言う。

 そうすると背丈の差が自然と働き、上目遣いになるのは織り込み済みだ。

「//////」

 そして、そんな計算され尽くした視線に、この男が滅法弱いことも織り込み済みだった。

 しまった ── またか。

 うっかりと〝女〟の部分を利用したことに後悔する。

 いかんいかん。

 いくら楽だからとはいえ、これはいかん。

 なにかと面倒なこの〝身体〟ではあるが、なにも悪いことばかりではない。

 そんなことを自覚してからというもの、随分と〝女〟を利用することに抵抗が無くなってしまったように思う。

「俺は〝男〟だっつ~の」

 言い聞かせるように吐き捨てる。

「だから無理あるっての」

 即座に返ってきた、いつも通りの〝つっこみ〟をスルーして、この話は終わりにするつもりだった。

「で ── 定臣はまだ着替えにいかないのか?」

 みんなはもう着替えに行った、とマリダリフ。

 なん …… だ …… と?

 後ろを振り返ってみれば、確かにそこにみんなの姿は無い。

 なにこれ置いてけぼりですか。

「い、いつから?」

「そりゃお前、ちゃっかりと服の下に水着装着済みのエレシが「みなさんの水着も用意してありますよ♪」とか言い出してすぐだろうよ」

 聞いてなかった。

 というかそのエレシの声真似やめろ。

 びっくりするくらい似てないからやめろ。

「お、俺は着ないからな!」

 断固拒否する!

「協調性ってのは大事だぞ~」

 わざとらしく言いやがる。

「みんなでさぞ楽しいだろうな~」

 この野郎。

「まぁなんだ ──」

 結局、この後に続いたマリダリフの言葉がとどめの一撃となった。

 〝みんなで楽しめば自然と雰囲気が柔らかくなるだろ?〟

 〝これから、見知らぬ島の見知らぬ奴らと打ち解けようってんだ〟

 〝柔らかい雰囲気ってのは大事なんじゃね~の?〟

 ── うまく乗せられた気がする。

「楽しみに待ってるぜ!!」

 うるせーよ。




 ◇




「さ、定臣様!」

 仕方がないので、とりあえず、みんなと合流しようと下車したところでルブルブと鉢合わせた。

「ありゃ。 どったの、ルブルブ。 みんなと先に着替えに行ったんじゃ」

 そう言ってすぐに気付く。   

「あ、あああああああの! その!」

 桃色の髪と同じくらい桃色の頬。

 もう随分と続いているルブルブの〝デレ期〟は今日もご健在なようだった。

「もしかして待っててくれた?」

 さすがにもう以前のようにはいかないらしい。

 早々に諦めた俺は、気が付いた頃にはすっかりと〝今のルブルブ〟を受け入れていた。

「は、はい!」

 のだが ──

 この不意打ちの笑顔にだけは、今でも随分とまいらされている。

 ちくしょう。

 可愛いなちくしょう。

「?」

 こんな時、決まって思うことがある。

 これは恐らく〝普通〟なら〝もっていかれて〟いるのだろうな、と。

 つまり、このルブルブの可愛さに中てられて、いわゆる〝恋愛〟的な感情が一切揺さぶられない現状は、やはりどこか〝異常〟なのだろうな、と。

 きゅん、とくるのは、いつも決まって愛玩的な可愛さを感じた時、限定。

 あと小夜子限定。

 別に、恋に恋焦がれる歳でもないのだが。

 一般的な観点から、これだけの美女が勢揃いしておきながら、そういった感情が昂ぶらないのは些かどうなのだろう、と、そんなことを又しても考え、詮無いこと、と繰り返し諦める。

「かと言って男に惚れたりしないんだからな! それだけはありえないんだからな!」

「定臣様!?」

 仰天のルブルブ。

 またしても思考が口を衝いて飛び出してしまったらしい。

 悪癖、悪癖っと。

「ごめ」

「ふふ、さすがに慣れました」

「慣れられました」

 そんな感じで軽い会話を済ませ、ルブルブに案内されるようにして、砂浜の片隅に、割りと自然な感じで設置されたテントへと辿りついた。

 これもどうせロイエあたりがポンっと出現させた〝姐さん特製〟の便利グッズの一つなのだろう。

「さぁ、定臣様。 中へ」

 そんなことを思いつつ、テントを眺めながらルブルブの案内に従う。

「って「中へ」 じゃないって!」

 寸でのところで辛うじて立ち止まることに成功した。

 冗談じゃない。

 危うく、見てくれに乗じて覗き魔になるところだった。

「?」

 そこ!不思議そうに首を傾げない!

「ルブルブ。 前から口を酸っぱくして言っていると思うけど」

「〝俺は男だ〟 ── ですか」

「です」

「ふっ」

 笑った。

 いや、嗤った。

「ふっ、ふはは、ふはははは」

 嗤いながら、むんずと二の腕を掴まれる。

 今、メキリと鳴ったのは俺の骨なんじゃないのか。

「ふははははは」

「怖い!ルブルブ怖いから!!」

 嗤いながら万力でテントに引きずり込むのやめて!

「やだ!やめて!怖いいいいい!!」

 ずりずりと迫る入口が獰猛なモンスターの大口に見える。

「ひゃああああ!!!」

 なんとも情け無い声が快晴の空を舞う。

「ええい!黙らんか定臣様!!往生際が悪いのは、あなたらしく無いと心得えなさい!」

「む、無理!無理だってばルブルブ!!」

「私は定臣様の着替えをお手伝いするのだ!」

 断言だった。

「そして ── そしてええええ!!」

 鼻息が荒い。そしてどうなる俺。

 ともあれ ──

「みんなごめんなさあああああいいいい」

 バッと開かれたテントの入り口。

 ギュッと瞑られた俺の瞳。

 瞼越しに魔法灯の光が飛び込む。

「ちょ!?あまり開かないでよルブラン!」

 まず、すぐさまに聞こえてきたのは、慌てたロイエの声だった。

「む、すまない」

「まぁ、もうみんな着替え終わったからいいのだけれど」

 なんとか最悪の事態は免れたらしい。

 ほっと一息ついて目を開く。

「ルブランさんなにをしているんですかあああ!!」

 上半身すっぽんぽん。

 慌てて視線を落として背けた先には、躊躇無く脱ぎ捨てられた鎧が転がっている。 

「ご安心を。騎士の着替えは早いのです。直ぐに定臣様のお着替えをお手伝いしますので」

 いや、そこ淡々と言われても。

 というか着痩せするタイプなのかルブルブ。

 考えるな。考えるな。

「桃色」

「?」

「わー!わー!今の無し!!!今の無し!!!!」

 慌てながらも安堵する。こういうハプニングは自分が〝男〟であると再確認できる、数少ないチャンスだった。

「定臣がなにか頭の中で〝言い訳〟をしながら、ルブランさんの綺麗なおっぱいを舐めまわすように凝視している」

「ってシアさん何言ってんですかあああああああ」

 魂の叫びだった。

 ポレフの天然攻撃による痛烈なダメージから、ようやくと復帰してからというもの、どうにもシアの俺に対する当たりが、とてつもなく強い気がする。

 何故だ。

 何故なのだ。

「さぁ、定臣様」

 呼ばれて振り返った先では、ルブルブが着替えを終えていた。

 白と水色のストライプで飾られたビキニ。

 強調された胸元は、やはり彼女の着痩せ体質を物語っている。

「すごく似合ってるね」

 そんな風に素直な感想を口にし ──

「ってそこ!脱がさない!!」

 すぐさまに、上着に手を伸ばしてきたルブルブにつっこむ。

「着替えをお手伝いすると ──」

 まずい。

 咄嗟に外へと逃げようとする。

 がしり、と。

 うん、無理だった。

「あ、あは、あはは」

「ふ、ふふふ」




 ◇




 外からは仲間の嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。

 繰り返し聞こえてくる波の音に瞳を閉じて耳を澄ます。

 そうすると、時折、うみねこのような声が混じっていることに気が付いた。

「ほんと、世界は変われどってやつだねぇ」

 一人でそんなことを呟く。

 それから先程の顛末へと思考を巻き戻し ──

「はぁ ………」

 一際大きな溜息をついた。

 人生初の土下座。

 まさか、こんな日常の、こんな場面で披露することになるとは思わなかった。

 この際、主の尊厳を傷つけてしまった、と、して土下座する俺に見えるように、さらに低空飛行で地面へと額をこすりつけて、土下座返しを披露した、ルブルブの心のケアの方は後回しにしよう。

 甲斐あって、なんとか一人っきりで着替えられる状況は手にいれた。

 問題は ──

 手にとったこの布きれの処遇についてだ。

 常日頃から男、男、と自分の性別を主張し続けている自分が〝女もの〟の水着を手にとり、更衣室代わりのテントの中で、一人で黄昏るこの状況 ──

 泣きたくなってきた。

 落ち着け俺。こんな問答は今までにもあった。

 ロイエに誘われたバイト先の制服。所謂、〝メイド服〟的なあれを身につけるのに慣れるのも、随分と苦労させられた。

 ひらひらと舞うスカート。

 スースーする足元。

 一見、意味の無いリボン。

 邪魔過ぎるフリル。

 そしてなにより、しんどかったのは、より一層、自分へと集まる同性の視線。視線。視線。

 それを乗り越えるために、いや、割り切るために、俺は一つの〝言い訳〟をした。

 所詮、こんなものは〝上辺〟だけなのだ、と。

 男子たるもの、見てくれがどうであろうと、堂々としていれば格好良いものなのだ。

 と、いうことで〝下着〟が〝男もの〟ならばセーフ。などという、他人が聞けば、なんじゃそりゃ?なマイルールを定めたのである。

 つまり ──

 これはマイルール的にありなのだろうか?

 よく女性は「水着は水着であって下着ではない」などと言い切るが、男性視点で見てみれば、その違いなど無に等しい。そう俺は思うのである。   

 つまりアウトだ。

 これは無い。

 仮に ──

仮に百歩、いや、一万歩譲ったとして、下半身を覆うパンツ的な役割のこいつはまだ有りなのかもしれない。

 出来た愛弟子〝エレシ・レイヴァルヴァン〟は本当によく気が利く。彼女の心配りはこんな時にもよく行き届いているらしく、パンティにしか見えない水着(下)の横にはしっかりとパレオ的なものが添え付けられていた。

 これはスカートであります。

 そんな風に言い切るならば、セーフになるかもしれない。

 いや、ならんだろう。

 結局、水着を下着と一緒と定めた時点で、その上をどう覆おうがアウトなのである。

 ならば、下着は今のままで〝男もの〟の水着に習ってみるというのは、どうだろうか。

 トランクスタイプのパンツに、上半身はすっぽんぽん。

 以前に、そのスタイルで行水をしようとしてロイエに、こっぴどく怒られたことがある。

 女性としての自覚が云々 ──

 同じ〝カルケイオス民〟の〝ルクエ・マリネ〟にも同様のことを言われた経験があるあたり、もしかすると案外、姐さんの教育方針の主軸には、女性は慎ましやかに、的なことが定められているのかもしれない。

 肝心の当の本人とは、まったくの正反対ではあるが。

 あ、嘘です。そんなこと思ってません。

「どうしたもんかな」

 強引に。

 それこそ強引に〝これ〟をブリーフタイプのパンツだ、ということにするのはどうだろうか。

 有りかな!

「ないわ ……」

 自分で否定してしまった。

 仮に〝これ〟をブリーフだとして、上はどうするというのだ俺。

 記憶の片隅に〝男性専用〟のブラジャーなどというものが発売され、瞬く間に消えていったことがあったのを思い出す。

「エレシー!!これって男性専用だったりする~?」

「しません♪」

 一縷の望みは一瞬で断ち切られた。

「と、いうか定臣!まだなの~?」

 ロイエの急かす声がする。

「まさか定臣が上半身露出狂だったとはプークスクス」

 棒読みな上に、人の仮定の話まで深読みした挙句、やたらに当たりが強いのは勿論、シアだ。

「主に土下座を ……私は ……どうすれば!?」

 ルブルブやっぱりまだ引きずるのね

「やはり死んで詫びるしか ……!」

 待て待て待て待て!!

「ちょ!?ルブラン駄目えええええ!!」

「ええい!離せロイエル!!私はもはや死ぬしかないのだああああ!!!」

「待って!ルブルブ!気にしてないから!」

「土下座する程、お嫌だったのです。それを私は強要して── 今もそんなに困っておいでで ── うぅ ……」

「ちょっと!!定臣!ルブランが泣いちゃったじゃないのよ!どうするのよこれ!」

 大きく天を仰ぐ。

 俺的にこれは ──

 無いよな。

 勿論、フェミニストを気取るつもりなんてのは毛頭無いわけだが、目の前の女性が泣いているのだけは、どうにも我慢が出来ない。これを解消するためには、こんな些細な問題など──

 問題など──

「ぐううううう」

 思いだせ俺。人間時代の趣味、ネットゲーム内での一番の親友。ハンドルネーム〝ひな吉〟くんは言ってたじゃないか。

 ゲームを楽しむのに大切なのは成りきること。

 使用するキャラに成りきることなのだと。

 そんな彼は〝女性キャラクター〟を使用していた。

 そして、中の人の性別を他のプレイヤーに聞かれた時、決まって言っていたのだ。

 その言葉を拝借するとしようじゃないか。

 仕方が無い。

 これは仕方が無いのだ。

 ルブルブを泣かせないため。

 立派な大義名分じゃないか。

「すーっ」

 大きく息を吸う。

 それから意を決して、俺は魔法の言葉を唱えた。


「中の人などいない!!!」

 


 ■



 定臣がありとあらゆる葛藤に終止符を打ったその頃、時を同じくして洋上を悠々と邁進するのは〝星勇者〟オルティス・クライシス率いる〝要塞軍艦トティエギウス〟だった。

 その艦内、漆黒の軍艦の手綱を握るのは王国騎士団長〝ドナポス・ニーゼルフ〟である。

 ── 王国の威光にして畏怖。

 その役割を存分に果たすため〝要塞軍艦〟の名を冠する艦の操舵は、代々、王国騎士団長の任務として定められている。

「おほん!中でもこの〝トティエギウス〟はワシの代に新造されたものでしてな!」

「ははは……ドナポスさん、それを聞くのはもう四度目です」

 相槌を打ちつつ、愛想笑いを浮かべるオルティス。その視線は進行方向が映し出されたメインモニターとは別に、定臣達の動向が映し出されているサブモニターへと釘付けだった。

 浜辺で戯れる美女達。しかも水着姿である。

 その中で一際輝く意中の女性ひと

 その仕草の一つ一つを目で追う度に──

 その笑顔に触れる度に──

「僕はフォオオオオオル!イン!ラヴ!!!」

「ど、どした~?若?」

「はっ!クレハ!?」

「ずっと隣にいただろうがよ、ったく…… まぁおおよそ検討はつくがよ~?」

「なんでもないです」

「なんでもないってか」

「ええ、なんでも」

「笑顔で誤魔化そうってのか~?この俺様を相手に」

「無理でしたか」

「ど~せ~!定臣ちゃんのことでも考えてたんだろうがよ~?」

「クレハに隠し事は無理でしたか」

「いやいや、実際、定臣ちゃんのこととなると、随分とわかりやすいぜ?」

「うぐ……」

「そもそも今回の遠征の目的からして解せねぇっての。なんなんだありゃ?な~にが競争の内容は〝如何に多くの〝テイザール〟民とどちらが早く打ち説けることが出来るか〟だよ」

「む、それは本心ですよ?平和なことは良いことです。無血解決万歳じゃないですか」

「俺様相手に建前はよせやい」

「こんな時、僕は定臣に習ってこう言うべきなのでしょうか。〝やれやれ〟です、と」

「で── 実際にその〝やれやれ〟の裏側でなに企んでやがるのよ」

「失礼ですよクレハ。その言い方だと、僕がなにかを成す度に、いちいち裏側で〝別のなにか〟を密かに進行しているように聞こえるじゃないですか。 僕はただ、定臣の人柄に乗じてあわよくば〝シーザル・エミドウェイ〟を仲間に引き入れられないかと思案しているだけです」

「やっぱりあったよ裏側!」

「共犯者がよく言いますね。そもそも僕に〝シーザル・エミドウェイがテイザールに潜伏中〟との情報をもたらせたのは他ならぬ、あなたじゃないですか」

「ラ~~~イアット~~~!だぜ」

「まったく……」

「らああああああああいあっとぅううう!!だぜ」

「わかりましたから」

「らあああああああああああいあっとおおおおおおおお!!」

「わかりましたから!!!」

「ふぅ……やれやれ」

「やれやれはこっちの台詞ですよ!」

「にしても若よぉ──」

 真顔。

 唐突な真顔。

 がらりと会話の温度が変化するのは、この二人の間ではよくあることだった。しかしながら、この時のクレハの雰囲気はオルティスでも慣れないものだった。

 故に身構える。

 次のクレハの発言に注視する。

「随分と〝らしく〟ねぇなぁ……」

「〝らしく〟── ですか」

 クレハの言う〝オルティスらしさ〟

 恐らくそれは自分が〝職業『影の支配者』〟を担っていた時のことを指しているのだろう。オルティスは即座にそう中りをつける。

 ポーター結社〝サキュリアス〟

 その栄光の軌跡は影の暗躍によって人知れず支えられていた。

 知る者だけが知ることを許された〝サキュリアス〟の影。その通称は〝暗部〟

 手段を選ばず〝サキュリアス〟にとって都合の悪いすべての案件を秘密裏に処理する部隊である。その頂点に現星勇者〝オルティス・クライシス〟は君臨し続けていた。

「ふふ── 知られざる島の住人など……いっそ秘密裏に始末してしまった方が僕らしかった── そうおっしゃりたいのですか?」

「若よ?勘違いすんなよ」

「はい」

「人のイメージなんつーのはころころ変わるもんだ。問題なのは変わってる自分を本人が自覚してるかって~とこなんじゃねぇ~のかなぁ」

「ご忠告ありがとうございます。ですが当然、自覚していますよ」

「ならいいんだがよぉ」

「暗がりの支配者と明るみの勇者……その二つのイメージが同じものではまずいじゃないですか」

「いやいや、だからそ~いうことじゃねぇ~んだよ。そ~いう表面上の話じゃねぇ~んだ」

「?」

「なんてぇ~のかな、若、お前、最近、随分といい感じに丸くなったってぇ~のかな」

「??」

「わかんだろぉ?」

「わかりませんよ。まったくもってそれは自覚していませんでした。具体的にどういったところがでしょうか?」

「いや、まぁいいじゃねぇか」

「よくありませんよ。それだと僕が気になるじゃないですか── あ!!」

「どぉした~?」

「見ましたかクレハ!今の定臣……可愛い!!!」

「いや、見てなかったけど……だからそういうところがだなぁ」

「あぁ……僕も混ざりたい!あの時、無駄な競争にこだわらずポレフ達も艦に乗せていればあああ!!」

「若は変わったよ!!!」


 


 

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