表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
50/57

勇者始動 Ⅰ

 ■





 ◆





 困ったことに、あの一件以来、俺は更に人目を惹くようになった。

 ただでさえエンジェルフォームなんて代物のせいで、世の男共を大いに喜ばせる見てくれなんだ。それに加え、なにやら高貴な光を眩いばかりに発し続ける純白の翼が、ここにいますよ、とばかりに重量感と共に背中にどっかりと居座り続けている。そりゃあ見るだろう。なんたってパッと見でわかる。俺にだってわかる。こいつぁ天使だ。ったく、いつになったら引っ込められるんだよこれ。



 そんなわけで ──



『天使様! ありがとうございます!』



 王城に戻る途中、道すがらに呼び止められては、ははぁ~と頭を下げられ、手を合わせて拝み倒されること、はや数十回。天使なんぞいるかいないか当てにもならない存在をあっさりと受け入れてしまうラナクロアの人々に驚きつつも、隣を歩くこれまた実は天使だったシアさんにどう話題を切り出せばいいのかを思案しつつ、俺はなんとな~しによそよそしくなったPTの面々に視線を送った。



「じ、実は天使だったとか、先に言いなさいよねっ」



 あの夜、ぽへ~っと酔い潰れて眠っていたロイエは、寝起き早々に俺の翼を見て、開口一番にそんなことを言った。そういえばラナクロアに降りてすぐにエレシに口止めされ、なんとな~しにそのまま自分が天使であることを伏せていたのだが、今、思えば別段、伏せる理由も無かったように思う。



「いや~、悪かった

 なかなか言うタイミングがさ」



 とりあえず笑って誤魔化そうと試みた俺に



「それなら仕方ないわね」



 あっさりと誤魔化されてくれるロイエ。

 毎度、毎度、この子のこういう簡単なところには助けられる。まぁそれからも、やれ『ちょっと羽根を一枚くれ』だの、やれ『ちょっとぶら下らせなさいよ』などと色々とちょっかいを出されはしたが、ロイエに関しては、概ねいつもど~~りの愛すべき馬鹿でいてくれた。



 問題は ──



「………」



 ちらりと遠目に盗み見たマリダリフは、あの朝以来、ず~~~~~っとこんな調子で何かを考え込んだまま、だんまりを決め込んでいる。



 それに加え ──



「そ、そそそそそそその! さ、定臣様!」



 ルブルブのこれだ。

 

 ジミーくんと別れるまではまだ良かった。

 父のこと、村人達のこと、そして〝骸の揺り籠〟のこと、そのすべてをジミーくんに託し、自分は自分のやるべきことをやると言い放ったルブルブは凛としていて、いつもの男前ならぬ女前なルブルブだった。


 ジミーくん達が見えなくなるのを見計らって、ルブルブはPTの面々に向かって深く頭を下げた。

 ルブルブの言い方を借りるなら、手前勝手な協力を願い出た上に皆を裏切って死のうとするなど、言語道断。それを快く許してもらったからといって、のうのうと仲間顔をしたまま皆の隣を歩くことなど自分には出来ない。最低限のケジメはつけさえてくれ、とのことだったのだが ── なにも土下座することはあるまい、と、皆して頑なに膝を折ろうとしていたルブルブを支え、立ち上がらせるのにはなかなかに骨が折れた。相変わらずに妙に真面目過ぎるところがある、この純情乙女に軽く頭痛を覚えていたのも束の間 ──



「そ、その ──

 さ、定臣様 …… そろそろ離していただけませんでしょうか ……

 照れてしまいます ……」



 気がつけば、ぼっと音が出そうな程に赤面していたルブルブが、ぼそりとそんなことを呟いた。

 それからは大変だった。ロイエがルブルブを心配し、額に手を当てて火傷してみたり、無駄にちゃかしたポレフがシアにグーパンされてみたり、なにやら興奮気味のエレシが『いいと思います!』と拳を握り締めたり、マリダリフがぶつぶつと何かを呟きながら遠ざかっていったりと ── ってマリダリフ、あの時からこんな状態だったのか ……



 う~む。


 人成らざる者〝天使〟

 人外なる者〝魔族〟それが使役する〝魔獣〟

 

 カテゴリー分けするなら、天使って人間より魔族寄りな気がしないでもない。

 傭兵稼業で生計を立てていたマリダリフにとって人外はすべて〝敵〟だった。

 

 つまりあれか?ずっと仲間だと思ってた俺が、実は〝天使〟なんぞ得体の知れない代物だったことがわかって、どう接していいか態度を決め兼ねてる ── そんなところなのだろうか。


 ふむ、エレシが俺の正体を伏せたがっていたのは、つまりこういうことだったのだろうか。


 仲間に奇異の目で見られるのは堪えるぞ、マリダリフよ。



 そんなわけで ──



「なぁ、マリダリフ」


「…………」


「なぁって」


「……… ん、あぁ」


「俺が人間じゃないと信用できない?」


「…………」


「なんだよー、傷ついたよー」


「い、いや …… なんつ~かその」


「なんだよ、はっきり言えよ」


「その …… な?」

 

「?」



 別に口をききたくないわけではないらしい。

 そう判断した俺は、顎に手を当て小首を傾げつつ、マリダリフの次の言葉を待った。



「あ、あのよ! 定臣!」


「おぅ」


「人間と天使って ……

 結婚できるのか?」



 傾げた首がそのままコキンと折れ曲がったのが自分でもわかった。





 ◇





 王城に到着するや否や、オルティスの使いを名乗る男に案内され、俺達は何故か忍ぶようにして、なにやら魔法によって隠されていた通路から城内へと通された。後で聞いた話によると、その時、使った通路は王族が緊急時に使う脱出路なのだとか。なんだってそんなところから城内へ誘導されたのかって?その答えは玉座の間に到着するや否や、目の前の光景がわかりやすく教えてくれた。



「え~と ……」



 ポレフ達と離され、上座へと案内された俺の眼下にはひざまずき、頭を垂れる王様の姿。つまりこの世界で一番偉い人。その両脇、数歩下がった位置にはオルティスとドナポスさんも同じようにして跪いている。更にその背後には親衛隊の面々が綺麗に隊列を組んで、これまた同じように。

 


「ポ、ポレフ~~!

 ど~なってんのこれ~!」



 空気に耐えられなくなった俺は、最後方でまぬけ面を披露していた馬鹿弟子に助けを求める。玉座の間の厳かな空気を一切合切、無視して木霊する自分の声は、我ながら情けない音色を奏でていた。そんな俺を助けるべく、すくりと立ち上がった愛すべき馬鹿ポレフ。堂々たるその姿はなかなかに頼もしかった。



「定臣~~!

 俺にもわっかんね~!」


 ですよねー


 それにしても困った。どうすりゃいいんだこの状況。



 そんな風におろおろとしていると、助け船はやって来た。それも正面から堂々と。

 てくてくと歩み寄る無機質な瞳は、真っ直ぐに俺だけを見据え、他のものには一切、興味が無いといった様子で一直線にこっちへと向かってくる。その道中にはエドラルザ王が跪いている。もう一度言おう。その道中にはエドラルザ王が跪いて頭を垂れている。



「ぐおっ!?」

「いやああああああああああ」



 ものの見事に頭を踏んずけられたエドラルザ王の驚いた声と、俺の悲鳴が木霊したのは同時だった。





 ◇





 いや~、あれから色々ありましたよ。

 なんて言うんですか。

 ほら、王様って国で一番偉い人じゃないですか。

 それをね、足蹴にしちゃいけないですよね。

 そりゃね、周りの親衛隊はすぐ様に立ち上がりましたよ。

 いつもはにっこり穏やかなドナポスさんだって、この時ばかりは鬼の形相でした。

 はい、怖かったです。

 それよりもほら、KYって言うんですかね、うちのシアさん。

 ばりばりの厳戒態勢が敷かれた周囲なんてお構いなしなんですよ、あの娘。

 だってほら、王様を乗り越えて俺のところへ辿り着くなりなんて言ったと思いますか。



「定臣、アホ毛が出てる」



 唖然とする俺と周囲をほったらかしにして、手櫛で俺の髪を整え始めたんですよ。

 暫くは静まり返った玉座の間に髪を撫でる音だけがしてましたね。

 それも束の間、正に我に返るってやつですね。

 大声と共に親衛隊の面々が駆けつけ、俺達を取り囲んだんですよ。

 あ~もうこれ終わったな。また死刑とか言われるんだろうな。

 そんな風に軽く覚悟を決めた直後のことでした。

 


「チッ、あ~もう面倒くさい」



 舌打ちと共に毒づいたシアさんはとても面倒臭そうでした。

 それから眩い光と共に両翼を展開すると無表情などや顔で、ぷるぷると怒りに奮える王様に向かって言い放ったんです。




「天使ですが、なにか?」



 いや、天使だけども。


 視線でそんなつっこみをいれた俺をよそに、事態は進展していく。



「控えよ!」



 鶴の一声とはこのことか。王様のその声に騒然としていた玉座の間が静まり返る。

 皆、一様に跪き頭を垂れる。そんな中、事態を悪化させ、勝手に収拾したシアが言い放つ。



「定臣、なにしてる」



 うっかり控えてたことを見咎められ、若干恥ずかしかった。 



 そうこうしている内に今度はセナキが王座の影からひょっこり顔を出し『姉様、バラしちゃったんだ? あは♪ だったらぼ~くも♪』等とかる~いノリで自らが天使であったことを明かし、混乱した状況に輪をかけたかと思えば、今度はどこからともなく現れた姐さんがどっかりと玉座に腰を下ろし、肘をついて膝を組む。なにこの状況、もうやだ。



「天使様」



 見兼ねたのかうんざりしたのか、そんな状況の中、遂に王様が俺を呼んだ。多分、俺だろう、こっち見てるし。というかなんだその目は、なにやら期待に満ちたその目はなんなんだ。


 こんな時の嫌な予感程、当たるものを俺は他に知らない。

 王様の言葉は概ね予感した通りのもので、エレシはこれを危惧していたんだな、と、今更ながらに思い知ることになった。



「この国を ──

 この世界のことを──

 どうかよろしくお願いします」



 THE無茶振り。王様丸投げた。


 混乱しかけた脳を必死に抑制し、事態を把握する。

 つまり王様が逃げ出したくなる程、世界がやばいってことなのだろう。

 逃げんな。王様。頼んな。天使。

 どこかのコンテストに応募できそうな標語が出来た。

 王様よりも先に現実逃避しそうになりながらも、とりあえずは何か言わないとこの場が収まらないのは理解できた。



 そんなわけで ──



「エート、ワタシハ …… こほんっ

 私はポレフ・レイヴァルヴァンの行く末を見守るため、

 天界より光臨致しました

 ポレフの願い ── それは勇者となり、この世界を笑顔で満たすこと

 即ちそれはエドラルザ王、あなたの望みではございませんか?」



 果たして今更、取り繕う意味はあるのだろうか。

 そんなことを内心で思いながらも、とりあえず体裁というものも大事なはずだ、と、必死に自分に言い聞かせながら、そう言った俺の心を背後でくすりと嗤った姐さんが容赦無くへし折ってくる。


 とはいえ、俺の気遣いは無駄ではなかったらしく、王様はこれ幸いにと神妙な面持ちを作り、何事も無かったかのようにのっかってきた。



「はっ、仰せの通りでございます

 ── 勇者候補、ポレフ・レイヴァルヴァンをここに」



 それからポレフは拙いながらも丁寧に、事前にルブランと練り上げた作り話を披露した。

 自分の一言一句には村人や〝骸の揺り籠〟の命運が託されている。

 その重責に臆することなく、実に堂々としたポレフの態度は、真実を知る俺でもうっかり騙されそうになる程、なかなかに堂に入ったものだった。



「ふむ ──

 村は死に賊も死んだか」


  

 どこか感情の抜け落ちた声で王様は呟く。

 手に持つ杖はポレフが証拠として差し出した物を転がした。

 じゃらりと転がったそれはあの時、ポレフが切り裂いたジミーくんの首飾りだった。



「生け捕りが叶わぬ場合は首印を持ち帰るのが決まり、 

 それは存じておるな?」



 そんな決まりは初めて聞いた。

 あんぐりと口を開く俺をよそにポレフはじっと王様を見据えていた。



「戦いの最中、俺は彼と通じ合いました

極悪非道の者ではありましたが、確かに彼には戦士としての誇りがあった

 ここに彼の首印が無いのは、戦士としてのせめてもの情けです」



 お前、ほんとにポレフかよ!

 思わずそうつっこみそうになる。

 

 王様の背後では親衛隊の人達が嬉しそうな表情を隠すのに必死だ。

 ドナポスさんを筆頭に騎士道とか好きそうだもんな。あの人ら。


 とはいえ、お役所仕事にそんな精神論が通用しないのは世の常である。

 決まりは決まり。王様はポレフの主張等、お構いなしに課題のやり直しを要求した。

 そんな王様に向かって満面の笑みを見せると、ポレフはその場にいる全員のド肝を抜く発言をする。



「あ、じゃあいいです

 よく考えたら別に勇者じゃなくても、

 魔王さえ倒せばそれでいいんだし」



 確かになーーーーー!!



「むむぅ …… ま、待て!」



 ば!っとこっちを見る王様。

 俺にフォローを期待されても困る。



「あ、俺はポレフについていくだけなんで」



 えーって顔になった。



「た、確か ──

 ル、ルブラン・メルクロワ!」


「はっ! ここに」


「貴様、なんとかしろ!」


「王よ、一身上の都合により、

 この度、私は王国騎士団を除隊致します

 勿論、守秘義務は遵守致しますのでご安心を」



 あ、さらにえーって顔になった。



「む、待てエドラルザ王」



 今度は姐さん出てきた。



「理解しているとは思うが、

 ロイエの同行者は王国騎士であるルブラン・メルクロワしか認めんぞ?」


「むぅ ……

 ルブラン・メルクロワよ、考えは改められんか」


「残念ながら ……

 自らの忠義に自信が無くなりました」



 事情が事情だしね。そりゃそうなるわな。



「話が長くなりそうだな

 王よ、私に一つ提案がある」



 姐さんが助け船を出すことなんてあるんだなー、と。

 そんな風に完全に傍観者に徹していた俺を、姐さんの提案とやらはものの見事に巻き込んでいた。



「ミレイナ・ルイファス、発言を許可する

 お願いします(小声)」



 今、小声でなんか聞こえてきたーーー!



「くく、いいだろう

 まず ───」





 ◇




 

 天使を味方に引き入れたいのならば、いらぬ決まり事などぶち壊してしまえ。

 姐さんのそんな一言で、なんともあっさりとポレフは勇者として認められてしまった。

 ポレフとしても元々はそうなることを目指していたわけで、認めてやると言うものを拒否するわけもなく ──



「ここに勇者B、ポレフ・レイヴァルヴァンの誕生を宣言する」



 勇者の後ろについたアルファベットが妙に気にはなったが、オルティスと区別するためには …… 仕方ないのか?


 勇者になってもどこか残念なのはポレフのアイデンティティなのだろう。

 これはもう諦めるしかない。


 とはいえ、当初の目的は無事に達成された。

 後は意気揚々と魔王退治へと向かうだけだ。



 と、思いきや ──

 

 

 姐さんのいちゃもんはここから続いた。

 

 そもそもオルティスPTのメンバーである王国騎士、ドナポス・ニーゼルフが騎士団長なのに対して、愛する妹達のPTメンバーのルブラン・メルクロワがただの騎士だというのがそもそも気に入らない。


 今更ですかと思わずつっこみたくなるような、話の内容に対して、それならば副騎士団長を、と、言いかけた王様の口を『だからルブラン以外認めないんだシギャアアア!』と姐さんが噤む。あ、嘘です。こっち睨まないで。


 ならばルブランの地位を騎士団長クラスまで引き上げる。

 そんないきなり過ぎる出世話を提案したエドラルザ王に、ようやくそこに気付いたかと言わんばかりに姐さんが鼻を鳴らす。


 とはいえ当のルブルブは辞める辞めるの一点張りだ。


 後で振り返ってから気付く。

 話の終着点は姐さんにより最初から定められていて、皆していいようにそこへと誘導されていたんだな~と。



 ルブランが王国騎士を辞める理由。

 はっきりとは言わないが自らの忠義に自信が無くなったからだと言う。

 ならば忠義を尽くす相手を選ばせれば良い。そんな姐さんの突拍子もない提案に、ルブランが指名してきたのは他ならぬ俺だった。


 ── 天使に忠誠を誓う騎士。


 この肩書きはエドラルザ王国としてもなかなかに魅力的なものだったらしく、あくまで国属であることが条件ではあるものの、それ以外のすべての制限を撤廃し、騎士団長と同等の権限まで与えられる異例過ぎる役職が設けられることがその場で決定された。



「お話、ありがたく思います

 せっかくですが ──」



 まっ、ルブルブなら断るだろうね。

 でもね、相手の顔を立てることも少しずつ覚えていかないといけない。

 それにさ ──



「ルブルブ」


「は、はい!」


「難しく考え過ぎ、

 俺達と一緒に旅するのに必要な肩書きなら、

 貰っちゃえばいいじゃ~ん」


「そ、それは ──

 しかし!」


「ん、っていうか

ルブルブとまだまだ一緒にいたいよ? 俺」



 忠義を尽くす相手に選んでくれたんだ。これくらいの我侭は聞いてくれるだろう。

 そんな軽いつもりで言った言葉だったんだけど ──



「はいいいい! この命、尽きるその日まで!!」


 

 思いのほか効果絶大だったようで。



 そんなわけで ──



 晴れて新設された役職へと就任することが決まったルブルブだったが、すぐに肝心の役職名がまだ無いことに気付く。



「王よ、一つお願いがあるのですがよろしいか?」


「申せ」


「この度、新設された私の役職名、

 是非とも忠誠を誓う主より与えて頂きたい」



 また無茶振りきたーーーー!!!



「きょ、許可を頂きました!

 さ、定臣様! 是非、私に相応しい役職名を!!」



 先に言い訳させてくれ。

 いや、だってほら、こういうのダメなんだって。

 センス無いんだよ。全くもって全然無いんだって。

 それをほら、皆して期待の眼差しで見てくるんだもん。

 


「是非!!!」



 急かさないでルブルブ。

 


「じゅ ……」


「じゅ?」



 ええい!ままよ!!



「純情乙女…… 騎士 …… ってのはどう? でしょう?」


「純情乙女騎士 ……」



 あ、やばい。噛み締めるように呟きながら胸に拳を当てたりしてる。



「ま、待って! ごめん! 純情無し! 乙女で!」


「乙女騎士 …… 確かに授かりました

 王よ! 私は今日より〝乙女騎士〟ルブラン・メルクロワです!

 よろしいか!!」


「…… いいんじゃな?」



 くっそ!エドラルザ王くっそ!

 哀れむように聞くなよくっそ!



「はい!!」



 またルブルブ良い返事過ぎるだろ ……

 どーすんのこれ。


 まぁ、なんだ。



 今日ここに ──


 〝勇者B〟ポレフ・レイヴァルヴァン

 〝乙女騎士〟ルブラン・メルクロワ


 が誕生した。


 

 いいのか!?これで!?




 ◇




 ◆





 愛称とは人々が新たに認識したものに慣れ親しむ段階で、自然な形で定着するものである。

 はじめは多岐に渡り、数多くの愛称が誕生していく。しかし、それらは淘汰され、より多くの支持を得たものへと集束し、多くの場合、最終的に一つへと絞られていく。


 そんなわけで ──


 割と曖昧な感じで、なんら法則性の無い、摩訶不思議な愛称がやたらめったら支持を得て、定着しちゃうなんてことも間々あることなのである。



『なにをぼーっとしている?

 〝チャッピー〟』



 このように。



 さて、今しがた俺が思考の行き先に選ぼうとしていたのは、気がつけばいつの間にやら出現し、目の前のやたら豪華な椅子にやたら尊大な態度でどっかりと膝なんかくんじゃったりして、先程からずぅ~っとこちらを見下し続けている姐さん …… ことミレイナ・ルイファスのことではないのではあるが。



「おい、チャッピー

 無視をするな、もぐぞ」



 なにをかはわからないがもがれるのは些か遠慮したい。ここは無難に対応しておくにこしたことはないだろう。



「あ、姐さんごめん、ちょっとロイエの可愛さについて考えこんでた」



 ふふん、と姐さんの鼻が鳴る。

 言葉を違えればたちまち悪鬼羅刹へと変化を遂げるこの人ではあるが、ロイエル・サーバトミン、つまり愛妹の話題となると安定の喰い付きの良さを発揮する。問題はその後に続く彼女なりにピリリとアレンジを加えた妹自慢がひたすらに続くところにあるのだが ── もがれるよりはマシである。

 得意の愛想笑いを浮かべつつ、聞きの体勢へとはいることにした。


 ようやく先程の思考の続きを楽しむ余裕を得たのは、それから数時間後のことだった。

 なにを考えていたのかを忘れ、それをようやく思い出した頃には、話を終えた姐さんの姿は忽然と消え去っていた。なぁに、気にすることはない。毎度毎度いつものことである。

 ともあれ、皆が戻るまでまだ少しの時間があるようだ。


 さて ──


 ポレフ、つまりは〝勇者B〟が誕生したことによって〝勇者〟から〝勇者A〟と肩書きが若干、ダサい感じへと書き換えられてしまったオルティスくん。がっかり美男子な気質を遺憾なく発揮した彼のことはさておき、AB両陣営の呼ばれ方について思いを馳せる。

 はじめはAチーム、Bチームなどとそのまま過ぎる呼ばれ方をされていた。それがどこの誰が言ったやら、気が付いた頃にはそれは次第に姿を変えていた。


 〝生きる伝説達が集うスタア軍団〟『勇者Aチーム』

 〝誰もが恋すると謳われる美女軍団を率いる〟『勇者Bチーム』


 星が集うオルティスに華が集うポレフ。


 〝星組〟に〝華組〟。


 そのまま過ぎるがどこか愛嬌のあるその呼ばれ方は、すぐさまに人々の間で多用され、浸透していった。


 にしても、なんだ ──


 〝華組〟ねぇ ……


 くるりと指先で髪を弄ぶ。

 この体にも随分と慣れ親しんだものである。

 ともあれ、声を大にして言いたい。


 誰がなんと言おうと俺は〝男〟なのである。

 それを忘れると元が人間であったことまで忘れてしまいそうな ──

 そんな恐怖感が ……


 いや、よそう。


 思考がマイナス方面へと逃避行を始めた時は打ち切るに限る。

 こんな時、俺は決まって最愛の〝妹〟の顔を思い浮かべて気持ちを切り替えるのだ。



『定臣聞いてくれよおおおおお!!』



 そしてここ最近は、そんな俺の束の間の楽しみはいつも馬鹿弟子の大声にて強制終了をくらう。



「どしたー、ポレフー」



 やれやれ、どうやらまた厄介事を持ち帰ってきたようだ。




 ◇




『で? 今度はなにをけしかけた』



 王城の一室。実に気だるく、そんな風に呟いたのは他ならぬ俺だった。

 そんな俺の向かいには鬱陶しい程に爽やかな笑顔が、のほほんと座っている。


 もう何度こいつの遠回しなポレフを使った呼び出しに応じたことだろうか。

 そんな風に軽く頭の中で数を数えて ──


 面倒臭くなってやめた。



「今回は随分と早くお越し下さいました♪」



 やれやれと肩をすくめる。

 それから小夜子直伝の〝じと目〟を作ると不機嫌を隠すことなく、毎度毎度のやりとりを開始した。 



「で? 今度はなにをけしかけたんだ? 〝星勇者〟様」



 俺はあえてそいつを名前で呼ぶことを避け、近頃、巷で呼ばれているあだ名で呼ぶ。

 なんのことはない。ただの意地悪である。



「その呼び名はあまり好きではないのですが ……」



 そう言うとしゅんとする。

 ええい、捨てられた子犬のような瞳でこっち見るな!全面的に俺が悪いみたいだろうが!


 ここ数ヶ月でうんざりする程に繰り返してきたやりとりにも関わらず、毎度毎度こっちが罪悪感に苛まれるのだから性質が悪い。 だがそんな薄っぺらい罪悪感も次の瞬間には解消され、すぐさまに苛立ちへと姿を変えるのだ。



「でも ……」



 ほらきた。



「でも定臣がそう呼びたいのなら僕は受け入れちゃいますよ♪ ですから」

「結婚はしない」



 いつものように全力でお断りする。

 それから大袈裟にがっかりする時間を設け ──



「── 今日もフラれちゃいましたか」



 そう呟いてから、ようやく話は本題へと入る。

 なんのことはない。毎度毎度のつまらない定例事項である。


 にしても ──


 近頃の〝こいつ〟はどうにも〝羅刹〟に似てきて性質が悪い。


 自分への鬱陶しいまでの猛烈アタックに軽口。

 どこか掴みどころの無い立ち振るまい。

 何故か人を惹きつけるカリスマ性。



 それに ──



 絶妙な間をとり、がらりと雰囲気を変えた瞳に気付く。 

 瞳に灯る色は普段の朗らかな印象からは程遠く、近寄り難いものがあり、どこか威厳に満ちたものを感じる。


 〝温度が消えた〟


 そう表現すればしっくりくるだろうか。

 それは〝火の国〟の世界を統べる〝王〟が時折見せていたものであり、その人柄とのあまりの違いにはいつも驚かされたと記憶している。



 〝オルティス・クライシス〟



 やっぱり〝ただ者〟じゃないんだろうなぁ ── 



「定臣、聞いていますか?」



 いかんいかんと思考を戻す。

 時折、思考が逃避行するこの悪癖だけは直りそうにない。



 さて ──



「ごめん、もう一回言って?」





 ◇





「── ですから

そうして頂けると我々としても ──」


「だ~~っ! もう! 相変わらず面倒くさいなぁ」



 そう、このオルティス・クライシスという男、実に面倒臭いのである。

 聞きの体勢にはいってはや数十分。要約して成し遂げたい事柄を告げてきたかと思えば、それがもたらせる様々な効果から連鎖的に起こる人々の感情の機微へと話は移り、そこからなんとも遠回しな協力要請が延々と続き、陽気な日差しがご一緒にどうですか、と眠気を誘い始めたのを強引にお断りし、欠伸の後に一際、大きな溜息と共に先程の答えを吐き出し、ようやく現在に至ったのである。


 要するに、オルティスが勇者へと就任してここ数ヶ月。

 王様の要請に従い、王城に腰を据えて人々の信頼を得るために尽力していたわけだが、あまりに人気を勝ち得てしまったために、もう少し、もう少しと滞在を引き伸ばされた挙句、完全に出立する機会を見失ってしまったと。


 なるほど、確かに俺から見ても、いつ来てもこの城にいるって感じの印象しかないように思う。

 しかしなんだ。 それを俺に言われても、正直、しらんがな。と言った感想しか出てこない。


 とはいえ ──


 オルティスが勇者として信頼を得るために行ってきた行動は確実に人々の役に立っていて、様々な方面でこの世界を良い方向に導いているように思えた。 勿論、少なくとも俺には ── という後付けが必要なわけではあるが。


 そんなわけで俺は一つの提案をしてみる。


「もういっそのこと王城在住の勇者ってことでいいんじゃ」

「よくないです」


 ものすごい即答だった。


 ふむり、と一呼吸置く。 

 ポレフに勇者を目指した理由があるように、当然、オルティスにも勇者にこだわる理由がある。

 ならばそれを尋ねてみるのも一興か、と、そんな風に興がのった。



「なぁオルティス」


「はい?」


「オルティスってなんで勇者になったんだ?

 ── いや、この言い方じゃ伝わりにくいか

 そうだな、勇者になってなにを成し遂げたいんだ?」


「── !?」


「ん?」


「い、いえ、定臣の方から僕に興味を持ってくれたのは初めてだったもので」


「こらこら、なんか俺がとてつもなく冷たい奴みたいに聞こえるじゃないかそれ」


「ふふ、失礼しました」


「だからいちいち爽やかに笑うなって」


「すみません、これが素なものでして」


「どうだか」


「これは手厳しい ──」



 そう言って笑顔で小首を傾げる。

 それから〝例〟の瞳の色を灯すとオルティスは姿勢を正し、じっとこちらを見据えた。



「質問にお答えします

 僕は ── いえ、私は〝勇者〟として人々に笑顔をお届けしたい」


「え~と …… パクリ?」


「ちょ!?」


「ポレフのパクリ?」


「ちがっ!」


「いや、でもパクリ?」


「いま僕、結構、真剣にお答えしたんですよ!?」


「ぇ~」


「本当にそんなつもりは ……」


「ぁ~ …… わかったよ、悪かったよ」


「うぅ ……」


「はいはいわかったよ、俺が悪かった」


「ではその ──」


「協力すりゃいいんだろ? はいはい協力しますよ」



 そう言った途端にぱぁっと表情が明るくなる。 まったく、わかり易いんだがわかりにくいんだかよくわからん奴である。


 にしても ──



 〝勇者の出陣は華やかに目立たなくてはならない〟



 か。



 まったく頭が下がる企業努力もあったものである。

 とはいえ、そんな〝モットー〟とやらに毎度毎度巻き込まれるこっちの身にもなって頂きたい。



 相変わらずに爽やかな笑顔を浮かべるオルティスを見る。



「けけけけっ、してやったりでゲス 

 今回も思い通りな展開に持ち込んでやったでゲスよ」


「な、なんですか急に!?」


「ふんっ」



 どうにも思い通りに誘導された気がして悔しかったので、そんな風におちょくってみる。

 ふむ、相変わらずに子犬ちっくな瞳で悲しそうにしていやがる。



「んじゃ、連絡は追ってポレフに頼むわ」



 そう言って返事を待たず部屋を後にする。

 扉が閉まる音を後に ──



 やはり、どうにも胡散臭い ──

 清廉潔白を演じることを隠さないあいつが胡散臭くないはずがないというのに。

 それを理解していて尚もそう感じずにはいられなかった。


 俺はオルティスに対して ──

 少なくともこの世界のために尽くそうとしている〝勇者〟に対して ──


 そんな風な感想を抱き、そしてそんな自分に軽く自己嫌悪したのだった。




 ■




 ぽくぽくと走るメヘ車の中、定臣達が寛くつろぐその空間は外観からは想像もつかない広さを備えた大部屋となっている。 便利魔法を惜しみなく駆使された王国特製のそれを牽引するメヘメヘは超一流ブリーダーによって育成された選りすぐりの良血で、その能力たるや他のメヘメヘでは足元にも及ばない。しかしながらそんな類い稀なる能力よりもなによりも、定臣の目を惹いたのはそのメヘメヘのつぶらな瞳だった。



 〝今日からお前はジョナサンだ〟



 嬉々とそう言い放った定臣の謎過ぎる唐突な命名に、他の皆はなんとも微妙な笑顔を浮かべた。


 さて、このジョナサン率いるメヘ車セット。

 実に稀有な代物であることから、額にすれば天文学的な数値で価値を定められること間違い無しの一品である。 そんな代物を何故か平然と扱っているのはポレフ率いる〝華勇者〟ご一行であった。 しかし周囲の者はそれを不思議に思わない。


 そう、これらの所有者は華勇者〝ポレフ・レイヴァルヴァン〟なのである。 


 では何故、ポレフがジョナサン率いる不思議メヘ車を手にいれたのか。

 その経緯を知るには、まずは星勇者〝オルティス・クライシス〟ご一行のことから語らねばなるまい。


 ───〝勇者支援〟


 勇者公募開始前に〝サキュリアス〟の〝魔示板〟を通じて民へと報じられた〝勇者〟に与えられる特権を示す言葉である。


 一つに〝サキュリアス〟提供による膨大な報奨金。

 一つに王国公認のもとに制限解除を約束された便利魔法。


 そして最後に、とどめとばかりに発表された内容こそが今回の騒動を巻き起こす〝きっかけ〟となったものである。


 ── 王国要塞軍艦〝トティエギウス〟


 通称〝動くエドラルザ城〟の名で知られるそれは、世界統一国家〝エドラルザ王国〟の権力の象徴であると共に、エドラルザが民へと誓わせた〝制約〟を否が応でも思い起こさせる。


 便利すぎる〝魔法〟を取り締まるために敷かれた様々な〝死のルール〟

 その中でもエドラルザが最も重きを置いているのが〝海〟に関するものであった。


 エドラルザの民は〝海〟に入ることはおろか、その景観を眺めることすら許されない。


 そのため民にとって〝海〟とは誰もが憧れる夢の場所であり、知識としてでしか与えられないその場所は無限に想像を膨らませるばかりであった。 そしてそんな場所を独占し、悠然と進む王国要塞軍艦〝トティエギウス〟の雄姿は、想像の中で眩いばかりの威光を放ち続け、潜在意識下で民への支配を強めていく。


 それは正しく、エドラルザの支配そのものであった。


 そして今、現在その王国要塞軍艦〝トティエギウス〟の所有権は本来の主である〝エドラルザ王〟の元を離れ、一人の勇者の元にある。 それこそが〝勇者支援〟最後の一角にして、最も民を驚かせた最後の内容であった。




 ◆




「で、軍艦の代わりに俺達が王様から貰ったのが〝ジョナサン〟セットだったと」


「王国からの支援としてはルブラン様も♪」


「そうだったそうだった」



 ふむりと一呼吸置く。



 〝星勇者〟と〝華勇者〟に対して王国から授与されたそれぞれの内容を軽く脳内で比較してみる。


 生きる伝説にして鉄壁のその人、王国騎士団長〝ドナポス・ニーゼルフ〟とてもいかつい。


 対するは ──


 じゅ …… コホン 乙女騎士〝ルブラン・メルクロワ〟とても可愛い。


 そして ──


 なにやら民へと負の感情を抱かせ気味な軍艦? トテ …… なんとか。


 対するは ──


 歩くロイヤルスィートルーム搭載のつぶらな瞳が有頂天! 我らの〝ジョナサン〟



「……」


「定臣様?」


「勝ったな」


「え?」


「勝った」


「??」


「完全にポレフの勝ち」


「まぁ♪」


「ちょっと待ちなさいよ! 二人で話を完結しないでほしいわ!」


「だから勝ったんだってばロイエ」


「そうよね、勝ったわよね …… って言うとでも思ったの!?」


 相変わらずに喧しく愛くるしいチンチクリンのおでこを軽くつつく。


「へぅ!?」


 なにやら奇妙な音で鳴いた気がするのをにんまりとスルーしながら、俺は今回の旅の目的を再確認するために思考を飛ばし始めた。




 ◇



 

 〝僕達は互いに協力しなければならない〟とかなんとか常日頃からポレフに言い聞かせているオルティスのあんぽんたんは、言ってることとは裏腹になにかにつけてポレフを(あお)り、いちいち〝競争〟を持ちかけやがる。 


 一度、なんだってそんなことをする必要があるのかと問いただしたところ〝だってそうすればPTの決定権を掌握している定臣に直で会える機会が増えるじゃないですか〟 などと爽やかな笑顔を携え即答された。 トラウマである。


 そもそもが俺の知らないところで王様をたらし込み、あれよあれよという間に〝PTの決定権〟などというものを押し付けやがった〝したたか君〟のことである。 どうせ影で良からぬことを企んでいるに違いないとは思うのだが ── まぁそこは邪推じゃすいということにしておこう。


 ともあれ、オルティス提案によるこういった競争は、振り返ればどれもポレフにとって良い方向に作用しているものばかりで、そして関わった善行には必ず〝サキュリアス〟によるド派手な喧伝が漏れなくついてまわり、とてつもない成果を得るのである。


 それだけならまだ良いのだが ──


 巷の噂は何故かいつも必ず〝ちょっとだけ〟ポレフがオルティスより劣っている風に伝わっていくのである。それもけなしているわけではなく、あくまでポレフの功績を称えつつ、それでもほんのりとオルティスの方が上回っているといった感じの絶妙加減で。


 さて、そろそろそんな狡猾犯が今回、持ちかけてきた〝競争〟の内容を確認するとしよう。


 〝今回は内輪のお話になります〟


 そんな風に切り出された話の内容は、やはり面倒なことこの上ないものだった。





 ◇




 前回の協力要請から数日後 ──


 〝詳細はやはり、僕達で詰めたい〟などという尤もらしい理由で、俺はまたしても王城へ呼び出されていた。



「これまで王国には随分と融通を利かせて頂きました」


「確かに星勇者様の意見は随分とすんなり通り過ぎてるように見えるな」


「はい」


 そこで、と一呼吸置く。 


「一度、恩返しをしようと思います」


「どうぞどうぞ」


「……」


「……」


「……」


「……?」


「協力して下さるって言ったじゃないですか!?」


「ぇ、俺も!?」


 こいつの〝お願い〟とやらにいちいち異議を唱えればどれだけ時間があっても恐らく足りない。

 さすがにここまで毎度毎度、こいつのやること成すことに巻き込まれれば嫌でもその意味に気がつく。


 要するに〝天使〟である俺が〝勇者〟であるこいつに協力しているという事実が求められているのである。 



「王様ならびに貴族方々のご機嫌とり …… か」


 うっかりと思考の続きが口を零れる。 


「ふふ」


 それをしっかりと聞き取ったオルティスは相変わらずに爽やかに笑い ──


「〝色々〟あるんです」


 やはりいちいち曖昧な感じにそう言い放つ。

 ここで魂からの本音に従い、面倒事には一切合財関与したくないです。割とマジで。などと口にすれば、なにこのエンドレスループ。な展開が待ち受けていることはさすがに理解している。



 やれやれ ──

 まったくもって厄介な奴に目をつけられたものである。



「次、どうぞ」


 いよいよ観念した俺は、その短い言葉にすべての不満をぎっしりと詰め込みオルティスへと投げ返した。



「わ~い♪ では本題です♪」


「やれやれまったくもって厄介な奴に目をつけられたものである」


「さ、定臣、また思考が口から漏れています! そして少しショックですよ!?」


「やれやれまったくもって厄介な奴に目をつけられたものである」


「ちょ! いい加減、本題に入らせてくださいよ!」




 ◇




 たまに声色を変えて、恐らく文字にすれば語尾に音符なんかついちゃったりしているであろうオルティスの喋りに軽く目眩を覚えつつも、ようやく本題というやつを聞き終える。


 ── 国ぐるみの〝海〟隠し。


 臭いものには蓋をするのはどこの世界でも同じなようである。

 元々、よその世界からやって来た俺からすればそれが異常だということは一目瞭然で、そこを指摘しただけでいちいち大袈裟に、そして意外そうに驚かれても困るのだが ──


 ともあれ隠された海にはやはり秘密があったらしい。



「ふむふむ ──

 で、王国の秘め事っていうのはその〝テイザール〟って呼ばれてる島のことだと」


「正確には〝テイザール〟の住人達ですね」


「その人達の存在を隠したくて海禁止?」


「です」


「…… ん~」


「どうかしましたか?」


「いや、規模が壮大過ぎてどうにもしっくりとね」


「きませんか」


「きませんよ」


「ですがそれが事実です」


「ふ~む …… 

 で? その人らがなにかしたの?」


「いえ、特には」


「だったら隠す必要ないですよ?」


「ふふ」


「帰っていいかな!?」


「い、いま言います! 言いますから待ってください!」



 随分ともったいぶられた挙句に面倒なやりとりを経て、ようやく触れ始めた本題の続きの中からオルティスの取り繕った目的を把握する。



「彼らは何もしていません

 いえ、正確にはなにかをしたつもりはありません」



 そんな前振りの後、オルティスは〝テイザール〟の人々が〝エドラルザ王国〟に対して無自覚になにをしたのかを言った。


 それは正しくただの自衛に過ぎなかった。


 王国が〝テイザール〟と呼ぶ島には王国が把握していなかった先住民が存在し、王国はそこに部隊を派遣、傘下に加わることを要求するも交渉は決裂した。

 無論、世に覇を唱える〝エドラルザ王国〟である。 

 交渉決裂の翌日には大部隊を派遣し、武力により制圧を試みる。


 小さな島の少数民が秘密裏に王国によって抹消された。


 王国にとってそんな都合の良い形で決着を向かえるはずの些末な出来事は、後に国策として隠蔽を指示するまでの事態へと発展する。


 制圧に駆り出された大部隊を指揮していたのは当時の騎士団長〝ヤオ・ハーゼル〟

 圧倒的なまでのその武は〝鬼剣〟とまで称されていた。


 そんなヤオが率いる王国騎士は勿論、選りすぐり精鋭達であり、制圧は赤子の手を捻るよりも容易に思われた。


 ところが ──


 その日、青く澄んでいた海は王国騎士の血で紅く染まった。

 海岸には無残な姿となった王国騎士が次々と打ち上げられ、その遺体は皆、残酷なまでに切り刻まれていたという。中でもヤオの亡骸は原型をとどめておらず、当時のエドラルザに大きな衝撃を与えた。 その後、王国は代を追うごとに秘密裏に部隊を派遣するも思うような結果は得られず、遂に現エドラルザ王の言により〝テイザール〟は〝放置〟されることが決定した。


 とはいえ、散々に辛酸を舐め続けさせられたお高く留まった貴族方々各位の皆様が、王のそんな決定に納得がいっているわけもなく ── また、王としてもただでさえ〝カルケイオス〟などという自治区を自国内に許してしまっているわけで ──


 〝テイザール〟の存在はエドラルザにとって随分と都合が悪い ──


「だから勇者二人で虐殺しようってか?」


「さ、定臣 …… 顔が怖いです」


「もしそうなら ──」


「定臣、怒りますよ」


「いや、わかってる

 ここは素直に謝るわ、俺が悪かった」



 面倒過ぎるこいつにそれでも付き合っている理由 ──


 話しの流れとはいえ、一瞬それを忘れかけた自分を謝罪と共に戒める。

 オルティスの成すことは、すべてにおいて誰の目から見ても素晴らしく映る。

 取り繕うことに長けたこいつがそんなミスを犯すはずがないのだ。


 いや、ここは素直に認めよう。 

 こいつに限ってそんなことを承諾するはずがないのだ。


 どうにも人柄が肌に合わず、ひねくれた評価を下しがちな自分が、やはりひねくれながらも素直に認めているオルティスの理想とする〝勇者像〟を再確認する。


 ついつい協力したくなるんだよな ──


 心の中で洩らしたそんな感想は、今回のオルティスの旅の終着点を聞かされ、一層強みを帯びた。



「人は知らないものに恐怖を抱くものです」



 続いたオルティスの言葉に自分の理想を重ねる。

 それは自覚しながらも捨て去ることが出来ずにいる甘い理想 ──

 そして愛弟子ポレフに自らの意志で到達して欲しかった理想そのものだった。



「ですので知って頂くことにしました」



 お互いにお互いのことを知れば無意味に争う必要も無くなると ──


 素直に思う。

 そりゃあちらさんにしてみれば元々、侵略してきたエドラルザ王国がなに都合の良いこと言ってんだとか、そういったわだかまりとかは当然あるだろう。


 それでもそんなものとか一切合財そっちのけで、この勇者の気概に大いに賛同したい自分がいた。



「うん、いいよ」


「え?」


「お前のことだからどうせ裏でその目的以外の目論見ってやつがあるんだろうけど」


「ふふ、買い被りすぎですよ」


「それを聞くのは無粋だって思えるくらい今回は納得したよ」


「ありがとうございます」


「一つだけいいかな?」


「どうぞ」


「今回の遠征は勇者の最終目的への予行演習だと思っていい?」


「!?」


「いいってことかな」


「さすが僕が惚れた女性ひとです」



 争わないことが目的。

 それが最終目的への予行演習だとするならば ──



「うん、いいね」



 勝手に肯定とみなし、そう告げる。

 それから詳細を詰め、その場を後にした。





 ◇





「にしてもさ! 海、マジで楽しみだよな!」 



 ポレフの元気な声に意識を引き戻される。



「海初心者なロイエに指南する」


「ぇ、僕?」


「ちょ!? シア! 俺は?」


「ロイエ、これだけは覚えておいて欲しい」


「シア? ねぇシアってば」


「海の水はとてもフルーティ」


「えぇ!? お、おいしいの? 普通の水と違うの?」


「別格」


「そ、そうなんだ」


「コップに一気飲み推奨」


「へ、へぇ~! 僕、してみるね!」


「おすすめ」


「シ~ア~~、シ~~~ア~~~さ~~~ん

 俺はここですよおおおお!」


「うるさいポレフは死ねばいいと思う」



 眼下ではシアさんがまたしてもとんでもないことをロイエに吹き込んでいた。

 これで随分と仲がいいのだから不思議なものである。


 それにしても皆、どこか嬉しそうなのを隠せずにいる。


 前方の覗き窓からは絶えず、マリダリフのご機嫌な鼻歌が聞こえっぱなしだし、エレシはいつもの笑顔に磨きがかかっているし、ルブルブに至っては町を出て以来、ずっと妄想の彼方へと旅立ったままだ。


 海 …… かぁ


 告げられた〝競争〟の内容は如何に多くの〝テイザール〟民とどちらが早く打ち解けることが出来るか ──


 随分とのんびりした競争内容である。


 まぁ ──

 たまにはこういうのもいいか。


 のんびりと進むメヘ車の中、俺は今回の旅路が楽しいものになることをこっそりと祈った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ