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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
火の国
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邂逅・後編

 ◇




 目が覚めると知らない天井だった。


「私は……」


 空気を手で掴みながら記憶を紡いでいく。


 轟劉生は礼節を重んじていると聞いて一生懸命に話し方を学んだ。

 必死に探して、ようやく轟劉生の家に辿りついた。

 皆が口を揃えて言うように、やっぱり弟子入りを断られた。


 その後……


 その後───


「……あ~あ、またやっちゃったよ」


 過去の出来事は時間の経過と共に際立っていく。

 良い思い出はより良いものに、その逆もしかり。


 ───父の敵討ち。


 幼い頃からずっとそれだけを生き甲斐として育てられた。

 でも私は、仇の名前しか知らなかった。

 顔も知らない相手に怒りを抱き続けるには糧が必要だった。 

 だから私は両親の最後の姿を思い出し続けた。

 

 お父様は苦しそうな顔をして死んだ。

 お母様は最期までお父様の仇を討てと呟いていた。


 仇のことを考えると両親の最期の姿が浮かぶようになっていた。

 その重責が辛かった。

 でもそれを口にすることは絶対にしちゃいけないことだと思った。

 それは歳を重ねるごとに、どんどん、どんどんどんどん、私の中で重みを増していった。

 いつの頃からか、私は仇のことを考えるだけで錯乱するようになっていた。


「せっかく言われた通りに話せてたのに……」

 

 がっくりと肩を落とす。

 それからもう一度、奮起して轟劉生を探すことにした。

 

 するとそこに話し声が聞こえてきた。

  



 ◆




〝弟子に迎え入れたい〟


 劉生さんは俺にそう言った。

 突然のことに、あっけにとられていた俺はようやく言葉の意味を飲み込んだ。


「弟子って……」


 脳裏に先程の舞うような剣技が蘇る。

 心底、綺麗だと思った。

 できる事ならこの人に教えを乞いたいと思った。

 うっかりと即答で承諾しかけた。

 返事をする寸前、俺は自分がここにいる理由を思い出した。


 危ない危ない。うっかり忘れてたけど俺、任務の途中じゃん。


 そこで思いだしたのは鞘野小夜子。

 

 ───その時、背後からものすごい視線を感じた。

 

 慌てて振り返った俺は、なにやらカワユイ生物を目撃することになった。

 そこには戸から顔半分だけを出して、じーっとこちらを見据える視線が1つ。

 鞘野小夜子だった。


「えーっと」


 視線が合う。


「目が覚めたのか」


 劉生が言う。


「じーっ」


 なんだったっけなー。あれ。

 あの可愛い妖怪なんだったっけ。え~と


「座敷童子みたいだな…… あ!」


「じーっ」


 見てくる。超見てくる。


「あ、あの」


「じーっ」


 家の造りに風呂の形式、武器の種類までが日本と似通ったこの世界である。

 もしかしたら妖怪の伝承なども、似たようなものがあったのかもしれない。

 だとしたら初対面で妖怪似などと言われて気分が良いはずがない。

 俺は慌てて鞘野小夜子に向って謝罪した。


「ご、ごめん!」 


「朝と全然違う」


 ぼそっと呟く。


「え?」


「綺麗な人」


 その言葉にフリーズする。

 鞘野小夜子の指先は間違い無く俺を指しており、〝綺麗〟などという言葉は女性を形容する言葉であり、俺は男なわけであり、鞘野小夜子の指先は俺であるからして……


 つまりは……


「ぁ~…… はは……」


 哀しすぎるので俺はとりあえずの愛想笑いを繰り出した。

 そこに一言。


「いいなぁ」

 

「え?」


「弟子いいなぁ」


 俺と鞘野小夜子のやりとりをじっと見ている劉生さんは、なにやら難しい顔で鞘野小夜子の方を見ている。そして鞘野小夜子はそれに気付きもせずに、ひたすら俺のことを凝視していた。


「じーっ」


「え、えっと…… 劉生さん?」


「ふむ」


「弟子いいなぁ」


 尚もじーっと俺を見続ける鞘野小夜子。

 それを完全に放置して劉生さんがKYすぎる発言をした。


「それで定臣よ、返事はどうした?」


「これ放置!?ねぇ放置するの!?」


 即座につっこむ。


「じーっ」


 見てくる。見てくる。超見てくる。

 もう俺、穴が開きそうです。


「轟殿、私も弟子入りしたいです」


 口調が変わる。

 ものすごい違和感だった。


「弟子はとらん」


「説得力ないって!」


 俺に指摘された劉生さんが腕を組む。


「じーっ」


 えーっと…… これどうすればいいんだ。

 なんかこの子、可哀想になってきたんだが……


 鞘野小夜子はこの世界の主人公で……

 そんな鞘野小夜子は劉生さんの弟子になりたがってて……

 鞘野小夜子の手助けをするために、この世界に来た俺は劉生さんに弟子に誘われてて……

 

 これはややこしいことになったな。

 いっそ自分の正体を明かして鞘野小夜子を弟子にしてくれるように頼んでみるか?

 いや…… でもいきなり天使とか言われて信じるだろうか……

 俺なら絶対信じない。というか信じる前に心臓グッサリやられてた。

 

 う~む。 

 言うべきか否か。どちらにせよこのままでは埒が明かない。

 俺は覚悟を決めて自分の正体を明かすことした。


「ん~困ったなぁ、劉生さん少し聞いてもらいたい話があるんですが」


 俺は劉生さんにそう言うと、鞘野小夜子の方へと向き直り続けた。


「鞘野小夜子さん、初めまして川篠定臣っていいます。

 君にも関係ある話だから一緒に聞いてもらえるかな?」


「じーっ」


 じっと見つめたまま頷く。


「……とりあえず出てこない?」


 俺の言葉に無言で頷くと小夜子が外に出てきた。

 にしても超見られた。まじで顔に穴が開いてそうだ。

 まぁそれは置いておいて。まずは何から話そう……

 透哩みたいな説明じゃ絶対理解できないだろうしなぁ、理解できてない前例がここにいるしなぁ。はい俺ですー、それが俺ですー。っと……

 

 どうしたものかな……

 

 しばらく考えてはみたものの良さそうな案は浮かばなかった。

 こうなれば当たって砕けろである。いや、実際砕けると困るわけではあるが。

 誠心誠意、目を見て話せばわかってもらえるは……ず?


 俺は結局、偽ることなくありのままを話すことにした。


「えっと、信じてもらえないと思いますが…… 実は俺、天使なんです」


 はい無理ー! 自分が聞いても何言ってんのこいつ? って感じだわ。


「はぁ~……」


 案の定、ぼーっとこっちを見ている鞘野小夜子。


「ふむ……」


 無表情の劉生さん。


 痛い! 沈黙が痛いよ!


「えーっと…… それで任務でこっちの世界に来てまして」


 その言葉に劉生さんがぴくっと反応する。


「任務…… 羅刹の差し金か? すると〝天使〟というのは火の国の新たな組織ないし構成員の名称か」


 羅刹に火の国。なにそれ知らない。


「ん~…… 羅刹も火の国も初めて聞く単語です。信じてもらえないでしょうが俺は昨日、この世界に来たばかりなので」


「ふむ……それでは定臣よ。天使とは何なのだ?」


 へ? 天使って何なの? そんなの俺も知らないよ?


 な~んて言える雰囲気じゃないな。

 これは真面目に考える必要がありそうか。

 正直、急展開すぎて自分でも考えたことは無かった。

 幾つもある世界の主人公をサポートすることを任務としている存在。それは理解した。

 

 ───でも何のために?

 

 そもそも俺が任務なんて得体の知れないものをやろうと決意したのは、学園と呼ばれる施設に辿りつくためだった。

 入学すればモデルチェンジが使えるようになり、任務時以外はこの憎たらしいエンジェルフォームとおさらばできる。

 るるかの話によると学園とは大天使養成施設のような所だった。

 

 じゃあ大天使って何だ?

 そもそも任務なんてものをなんで遂行しないといけない?

 達成した先に何かあるのか?

 

 疑問を挙げればきりが無い。

 その時、透哩の言葉が脳裏の蘇った。


 ───在るものは在る。


 あいつは俺がこの疑問にぶつかると知っていたのか?

 だからあの時、それの解答としてあんなことを言ったのか?


 あいつなら何でもありな気がしてきた。

 

 まぁ要訳すると……

 深く考えるだけ無駄ってこと…… だよな? これって。


「えーと…… 天使っていうのは……」


 言葉を選ぶ。出来るだけわかりやすく伝えないと意味がない。


「神に選ばれた者を助ける役割を担って世界に光臨する者です」


「貴様、いきなり俺に助けられておいてよくもぬけぬけと」


 劉生さんにツッコまれた。この人、ツッコんだりするんだな。


「ですよねー ……でも」


 俺は真っ直ぐに劉生さんの目を見据えた。


「俺、天使になったばっかりで全然未熟だけど嘘だけは言ってないんで」


 しばらく俺の目をじっと覗き込んでいた劉生さんが大きく頷いた。


「いいだろう…… 信じよう。……で? それをどうして話した」


「その神に選ばれた者がそこの鞘野小夜子だからです」


 俺は鞘野小夜子の方を向いてそう告げた。


「……ぇー」


 鞘野小夜子は全く信じた様子がない。


「なるほど」


 対して劉生さんは何やら納得してくれている。


「ようやく理解した。俺を知らないのに鞘野を知っていた。鞘野は読心術だと言ったが、貴様からは術を扱う者の持つ気配が感じとれなかった。───先程の言の通りならば納得のいくことだ」


 思ったよりも頭がやらかいなぁこの人。


「それで…… 助けるとは具体的に何をするのだ?」 

 

「天使の任務は選ばれた者の夢や願いを叶える事です」


「ふむ…… 夢や願いとはまた曖昧なのだな」


「そーなんすよー。天使ってかなりいい加減みたいで俺もびっくりしてます」


「自分で言う奴があるか愚か者め」


 笑みを浮かべながらに劉生さんがそう言った。

 

 人はわからないものには恐怖を感じる。

 俺は正体を明かして、この人に距離を置かれることを恐れていた。

 俺はこの人の懐の深さを見誤っていた。


「ごめんなさい! 轟劉生をなめてました!」


 俺はそう言うと深々と頭を下げた。

 劉生さんは少し驚いていたけど、すぐに俺の言いたいことを察してくれたらしく、ゆっくりと頷いた。


「じーっ」


 そんなやりとりを鞘野小夜子は、いまだに無言で見つめていた。


「それで、鞘野さん」


「小夜子でいい。私も定臣って呼ぶ」


「わかった、それじゃ小夜子。君の夢ってなにかな?」


 しばらくの無言。熱視線を俺に浴びせたまま、小夜子が口を開く。


「夢なんて…… 無い」


 ピンポーン!


 不意に俺の脳内にクイズ番組さながらな効果音が流れた。


 ───主人公の夢や願いに虚偽がないか感覚でわかる。 


 ってこれの事かよ! わかりやすすぎだろ! ピンポーンって何だよ!!!


「そ、それじゃ願いは……?」


 若干の引き笑いを浮かべながら尋ねた。


「……願い」


 元々無表情だった小夜子の顔から表情が消える。

 そこにはイメージで見たままの人形のような顔があった。

 小夜子は声のトーンを落としてぽつりと呟く。

 その声色の温度の低さに俺はなんとも言えない気持ちにさせられた。


「……火の国、国王───神王羅刹しんおうらせつを殺すこと」


 ブッブー!


 嘘らしい。


「本当は?」


「なっ!? 嘘じゃない! 私はお父様の仇を討つんだ!!」

   

 嘘だということはわかる。

 でも本人にそのつもりが無いことも充分に理解できる。

 実際に殺される寸前まで自分の本当の願いに気付けなかった奴がここにいるしな。

 はい俺ですー、それが俺ですよーだ。


 にしてもこれは思ったより厄介かもしれない。

 必死に自分に言い聞かせてるんだよなこれ?

 ……なんかこの子ほっとけないわ俺。


「なぁ小夜子、俺はお前の味方だから」


 とりあえず仲良くなるところからかな。

 正直、こっちの世界のこともわかってないのに人助けなんてままならないだろうし。


「えっと…… それで小夜子は、そいつを殺すために劉生さんに弟子入りに?」


「そう。 ……でも断られた」


「だめなの? 劉生さん」


「だめだ」


 うわ、即答かよ。


「えーなんでー」


「仇討ちなどくだらん。それに相手が羅刹なら尚更だめだ。仇を討った奴は新たな仇になる。羅刹を討てば世界の仇になるぞ」


「羅刹どんだけー」


「それに鞘野よ、貴様が討たれればまた誰かが貴様の仇を討つだろう」


 あっ小夜子泣きそう


「……もん……いないもん! 私の仇を討つ人なんか!! もういいよ!!! 轟劉生の馬鹿!!!!」


 そう言うと小夜子はその場を走り去ってしまった。

 でも走り去った先は劉生さんの家の中だった。


 い、意味ねー!


 唖然と小夜子を見送った俺は、劉生さんがおもしろい顔になっているのに気が付いた。


「ば、ばかだと……」


 ショックだったらしい。


「えっと劉生さん。落ち込んでるとこ、申し訳ないんですが」


「落ち込んでなどおらんわ!」


 あ、赤くなった。


「うん、まぁそうですね」


「落ち込んどらん」


「はい、そうですね」


「……それで───なんだ?」


「えっとですね。天使だからわかるんですが、さっきの小夜子の願いなんですが、あれ嘘です」


「ふむ」


 天使だからわかる、のくだりツッコまないんだなこの人。


「でも本人に自覚は無いみたいだから、本当の願いがわかるまではさっき言ってたことを信じてるフリして様子を見たいんです」


「ふむ」


「えっとだから小夜子を弟子にしてもらっ」

「断る!」


 ぁ~……もしかしてスネてる?


「一度、断った手前、承諾しにくいとか……です?」


 スネてるとか言うともっとスネそうだしなこの人。


「……そんなところだ」


「俺なら弟子にしてもらえるんですよね?」


「うむ」


「えっと。それじゃ俺が弟子にしてもらって、俺が小夜子を弟子にします」


「なっ!?」


 さらりと言い切きると、劉生さんはなかなかにおもしろい顔になっていた。


「あの子に仇討ちとか絶対させないって約束しますんで───許可してもらえないでしょうか?」


「……うーむ」


 おっ脈あり。


「あの子に教えるために弟子入りするんじゃなくて俺自身、劉生さんの剣に惚れたんです」


「!?」


 あっ顎に手を当てた、もう一押しかな?


「だめでしょうか……」


「……いいだろう。───約束は必ず守れよ?」


 きたこれ。

 

「はい! それじゃ小夜子に伝えてきますね!」


 こんな感じで劉生さんの弟子になった俺は、弟子になった直後に弟子をとるという何とも奇妙な状況に陥ったのだった。

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