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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
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骸の揺り籠 Ⅳ

 ■




 ◆




 一見、難しく思えることが、なんら難しくないことなんてのは実は稀によくある。

 今回の一件もそういう類のものだったらしく、犯人の目星がついてからというもの、なにかが噛み合ったかのように実にスムーズに事が運んでいった。 もちろん、そこに人の心が絡んでくる以上、その物事に深く関わっている個人にとってはそれは容易なことではなかったはずだ。だからこれは、あくまで俺個人の感想に過ぎない。


 〝骸の揺り籠〟と村人達とのすれ違いはルブルブが正体を明かしたことで、一瞬で解消された。

 そもそも村人達が伝え聞かされていた〝骸の揺り籠〟の凶行のすべてはでっちあげられたものであり、少し考えればそれが虚構であることは容易に窺えるものばかりだった。それでも村人達がそれを信じて疑わなかったのは、生活の貧窮に心の余裕を奪われたこともあるが、なによりも〝骸の揺り籠〟に対する負い目からくるものだったのだろう。

 

 犯人は〝骸の揺り籠〟の反逆の理由として、ルブルブの死を挙げていた。


 突きつけられた事実はさぞや村人達の心を重く、そして深く、えぐったことだろう。

 当初はルブルブの実弟であるジミー君の怒りを甘んじて受けいれていたのだろう。

 それでも続く貧窮は徐々に心を濁らせていく。

 なによりも信じていた者達の裏切りは、そんな心に追い討ちをかける。

 一度、不信感を抱いてしまえば後は転がり落ちる一方だ。

 可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったもので、ここで起こっていた現象も正にそんな言葉の通りのものだった。




 そんなわけで ───




『すまなかった! 許してくれとは口が裂けても言えない!

 俺がお前達の …… 英雄〝骸の揺り籠〟の討伐を依頼したんだ …… !』



 そう言って土下座したのは依頼主の村人だった。涙に濡れた瞳には確かな光が灯っていて、その光からは初見で受けた印象とは正反対の力強さを感じた。

 そんな村人をジミー君は笑った許した。

 彼の気高さが、彼の信念がどうしようもなく格好よく見えたのは俺だけではなかったはずだ。そしてそんな彼の人となりを真剣勝負の最中に見抜いた、愛弟子のことが密かに誇らしかった。


 どこか遠巻きに成り行きを見守っている自分がいた。

 恐らく俺は距離感を間違えたのだろう。

 足りなかったのは真剣さだったのだろうか。

 

 だからあの時 ──


 俺の初動は遅れたのだろうか。


 だからあの時 ──


 俺はルブルブを止めることが出来なかったのだろうか。





 ◇





 件の犯人は村の村長だった。村長は〝骸の揺り籠〟と村人との和解が成立したタイミングで間の悪いことに帰還を果たした。当初はメヘ車から強引に引きずり降ろされ、目を白黒とさせていた村長だったが、村人達の中にジミーの姿を認めると自身の置かれた状況を理解し、俯き、膝を折った。



『俺達は一番辛いのはあんただと思ってきたんだ!

 だから …… だから我慢してこれたのに ……!』



 村長は怒りの渦中で沈黙を守り続けた。そんな中、一人の村人が痺れを切らせ村長の横顔を殴りつける。その拳は村長に届くことなく、寸でのところでルブランによって受け止められていた。



『ル、ルブラン …… !?

 お前 …… 生きて ……』



 ここにきてようやくルブランの存在に気がついた村長は、その表情を驚愕に染める。それと同時に内心では密かにほくそ笑んでいた。この男にとってのルブラン・メルクロワとは実に扱い易い手駒であり、最強の手札でもあった。一度、失ったはずの最強の手札が自らの窮地に舞い戻って来た。その事実は即座に揺らぎ始めた自信を確固たるものへと立て直す。



『そうか …… そうか ……

 生きていた … か…… 良かった』



 安堵したようにそんな言葉を吐き出しながら、村長は脳内で滑稽で安直なストーリーを練っていく。確か聞いた話ではルブランは王国騎士就任後、カルケイオスへと左遷の憂き目に遭っている。その事実を利用させてもらうとしよう。



「村長 …… 説明を」



 鋭い視線が突き刺さる。言葉を間違えれば即座に命を絶たれる。そんな緊迫感を今のルブランは有していた。そんなルブランに村長は柔和な笑顔を向ける。それからゆっくりと言い訳を開始した。



『ワシは …… 誰も傷つけたくなかった』



 そんな口上から始まった村長の話は暫く続く。

 

 ルブランが村のために騎士となり、王国に尽くしていたのは知っていた。しかしそれも束の間、カルケイオスに左遷された際に殉職したとも聞かされていた。

 ルブランが殉職したことにより、納税の義務は即座に再開されることになった。しかしその事実を皆にそのまま伝えることが自分には出来なかった。ルブランが生きていたという喜び。そしてまたルブランを失ったという悲しみ。絶望は憎悪と化し、矛先を探し始める。その矛先が王国へと向けられるのは火を見るより明らかだったからだ。

 王国は反乱を許さない。重税に苦しみ、反旗を翻した近隣の村がどうなったのかは皆が知るところ …… 自分には村長として村を守る義務があった。そのために二度目の苦渋の選択を強いられることとなった。



『娘だけでなく …… 息子までも …… 

 すまん …… ジミー …… すまん』


「だから〝税〟じゃなく〝上納金〟って形で〝骸の揺り籠〟が村から金をせしめてたことにしたってか ……」


『すまん ……』


「ったく、だったら俺達にくらいそれを教えてろっての」


『お前にもう一度、姉を失う絶望を与えるなど …… ワシには ……』


「だからそれを隠したまま、うまいこと言えよ! 下手くそか!」



 そんなジミーを手で制すとルブランは、じっと村長を見据えた。



「村長 …… いえ、お父上

 変わらず村の皆を愛してくださり、ありがとうございます

 あなたは私の誇りだ」


  

 相変わらずに扱い易いものだ。瞳を潤ませる愛娘に柔和な笑顔を向けたまま、村長は内心で口元を歪ませる。そんなドス黒さに気付くこともなく、ルブランは村人達へ向かって声を張った。



「皆! 事情は聞いての通りだ!

 今や騎士となった私が言うのも滑稽ではあるが、

 王国は信用できない! だから私を信じてくれ!」



 こうしてルブランは村人達にアジトへと迎え入れる準備があることを知らせた。

 

 山賊〝骸の揺り籠〟によって村は焼き払われ、人々は全員、虐殺された。

 駆けつけた勇者候補一行は事態を把握し、即座に〝骸の揺り籠〟を討伐。

 

 お前達さえ口を噤んでくれれば、村も王国に仇なす山賊も綺麗にこの世から消し去ることが出来る。


 村人をアジトへと誘導する最中、定臣達を呼び止めるとルブランは自分達の長年に渡る計画を明かし、そして頭を下げた。


 〝そんなの協力するに決まってるじゃん〟


 なんともあっけらかんと笑顔でそう言った定臣に続き、他のメンバーもすぐ様に快諾の意を示す。ルブランからしてみれば仲間に犯罪の片棒を担がせることになるため、計画を告げるタイミングを何度も逃し、ようやく意を決して告白に至ったのだ。そんなルブランの内心を知ってか知らずか、相変わらずに能天気極まりない定臣の人柄は、自然な形で彼女の心を救っていた。



「定臣 …… みんな ……

 恩にきる ……!」



 込み上げるものを堪えるようにして吐き出された彼女の言葉には、短いながらも純粋な想いが籠められていた。そしてそんな彼女の言葉が、影で仲間を支えることに徹してきたこの男の琴線に大いに触れることとなった。



「ったくよ …… 守る奴が多すぎて困るぜ」



 言葉とは裏腹な笑みを口元に携えて、隻腕はマントを翻す。歩んだ先には息を潜める様にして皆に追従していた村長の姿があった。




 ◇




 滲み出るドス黒い匂いにヘドが出る。

 その匂いは一度堕ちた輩からは絶対に消えることは無い。

 そんな奴を俺は幾度となく見てきた。



 残念ながら ──



 この男はとっくに腐りきっている。



「臭ぇなぁ …… ったく、ヘドが出るぜ」


「?」


「よぉ ── 

 あんた、あれでうまく煙に巻いたつもりかよ?」



 ルブランの父親 …… か。

 ったく、あの人も人が悪いぜ。



 ここまで完璧な情報を知らせてくれていた緑髪の元上司様は、何故かそのことだけは伏せていた。



 まぁいい。俺がここでやるべきことは一つだけだ。

 こういった輩は勘だけは妙に冴えてやがる。だったらそれを利用して釘を刺してやれば事足りる。



「あんたの家の地下が妙に眩しくてな」


「!?」


「馬鹿の手口にまんまと乗せられたもんだなぁ」


「何故それを ……」


「あっさり認めんなよ小悪党めが

 ── で、ここからが本題なんだが」


「?」



 じっと見据える。声を荒げるよりも暴力を振るうよりも、己の汚らわしい部分を真っ直ぐに見られる方が堪えることなんてのは結構よくあることだ。


 明らかに狼狽したのを確認し、それからゆっくりとこちらの用件を述べた。



「あんたのボスはとっくに始末した

 言ってる意味わかるか?」


「!? …… そ、そんな馬鹿な」


「あんたが信じる信じないはどうでもいい

 俺は事実を伝えているに過ぎない、

 わかるだろ? それを知らせる以上こっちにも目的がある」


「な、なにが目的だ? 

 そんなことがもしも可能ならば私を殺すなど容易いことだろう!?」


「あぁ容易いねぇ …… 

 だが残念ながら俺にとってあんたの命にそこまでの価値は無い

 大事なのは仲間にあんたの汚さを見せないことなんだよ」


「それは …… どういう ……」


「だ~か~ら~

 いい子にしてろって言ってんだよ

 見逃してやるからこの先、一生誰にもバレないように息を潜めて生きろ」


「!?」


「四の五の言わず言うこと聞いてりゃいいんだよ」


「し、しかし」


「ほんとは気付いてんだろ?

 あんたに疑問を抱いてる奴が村人の中にもいる」


「確かに ……」



 下衆なりに最後の崖っぷちで踏みとどまったか。


 表情から秘密を守り抜く覚悟が出来たことを読み取る。そもそも下衆の表情程、当てにならないものもないのだが …… やれやれ。俺も随分と定臣に毒されたらしい。



 ── チャキ



「ひ、ひぃ ……

 な、なにを …… ?」



 下衆の喉元に大剣をあてがう。

 定臣に緩められた口元とは裏腹に、本能が宿る瞳は冷酷に最終警告を告げた。



「忘れんなよ

 この剣はいつでもあんたの喉元に突きつけられてる」





 ◆





 長年の苦労が報われた〝骸の揺り籠〟。

 長年の憂いが消え去った村人達。


 元々は一つだった両者が共に歩く道のりは、喜びと希望に満ち溢れていて、なんというか、きらきらふわふわしていたのだが ───


 そんな場にそぐわない殺気を一瞬ではあったものの、後方から感じた。

 見れば満面の笑みでマリダリフの奴がこっちに向かって手を振っている。 アホだ。

 俺を呼ぶための殺気なのか? それにしては割とマジだったような ……

 はっ!? もしやマリダリフの奴! 俺のことを暗殺しようとしてる!?

 ちょっと待て、いくら想いが成就しないからってそりゃないだろおっさん。

 あの野郎、ふざけやがって。 そっちがその気ならこっちにだって考えがある。


 そっと左手で両目を覆う。 それから三秒程、小夜子の顔を思い出す。

 出来上がった渾身の〝じと目〟でマリダリフをじっと見据えると ──



「ば~かば~か

 マリダリフば~か」



 俺の攻撃魔法を受けたマリダリフは見事にすっ転んだ。

 それを指差して笑っていると隣から服を引っ張られ呼ばれる。振り向いた先にはシアがいて、そんなシアは俺を指差していて



「ここにも馬鹿」



 ぼそりと破壊力満点の攻撃魔法を呟いたのだった。




 ◇




 その夜、〝骸の揺り籠〟のアジトは大いに沸いた。

 ジミー・クルセイダスの名の元に大盤振る舞いされた山菜の数々は、たちまちの内に飢えた村人達の腹を満たし、蒸留水は胃を洗った。 小休止を挟み、程なく披露された男達の無骨ながらも愉快な踊りは、凝り固まっていた村人の表情に笑顔の華を咲かせる。


 うん、こういう雰囲気は大好きだよ俺は。

 なによりも酒がうんまいっ!


 くぴくぴと景気づけとばかりに一気に酒を煽れば、ほんのりと火照った顔を夜風が撫で、心地良くなる。



 さて ──



 この愉快な輩に返礼の一つでもしましょうかね。


 気分がノリにノッた俺は踊る男達の前へと歩み出る。それから鞘に納めたまま大太刀〝轟劉生〟を手にとった。



「勇者候補ポレフ・レイヴァルヴァンPTが一人、

 サダオミ・カワシノ! 華麗に舞いま~す」



 宣言と同時に緩やかに瞳を閉じる。

 沸き上がった歓声を最初の一太刀が両断する。

 それを確認すると片目を開き合図を送る。それから流れるように空気をなぞり、轟流の型を披露した。


 節目は置かず、無いはずの節目のすべてには残心を置く。

 誰の目にも留まるように丁寧に。誰の目にも追えぬように素早く。

 緩やかに鋭く。


 そんな師匠の無茶な要求に応えられるようになったのはいつの日のことだったろうか。


 少なくとも今は ───



 ── チャキ



 大太刀〝轟劉生〟のためだけに編み出した独特の納刀の形。

 抜刀と同じように両手を天高く掲げるその姿勢は演舞の終焉をわかりやすく皆に告げた。



『『『『わあああああああああああああ!!』』』』



 いや、思いの他、大好評で少し照れた。

 にひひ、と笑って誤魔化す。それからそそくさと観客席に顔を引っ込めた。





 ◇





 油断 ──

 そう、あの時の俺は正に油断していたんだと思う。

 だってそうだろ? 皆で和気藹々と酒を飲み交わし、挙句の果てには剣舞まで披露する程に上機嫌だったんだ。 そんな時にいきなり ──

 いや、言い訳がましいな。 そういうのは駄目だ。 そういうのは良くないな。

 ともあれその事件は唐突に、そして無慈悲に起きた。



 宴もたけなわ ──

 酒が入りながらも上機嫌に皆して後片付けをし、ゴミの分別とかちゃんとしてるんだな、などと感心しつつも、なかなかにヘベレケになっているマリダリフを脇に運ぶ。 横目にシアさんがポレフにドロップキックを入れてるところを捉えつつ、にゃーにゃーと喚き散らすロイエを抱きかかえ、これまたマリダリフの隣へと安置する。 ふむ、悪ノリが過ぎて呑ませ過ぎたようだ。 ぽへ~とマリダリフにもたれかかり、すぐさまに眠りに堕ちた赤髪のお姫様を観察しながらちと反省。 遠目に見える愛弟子のエレシさんは相変わらずに男達の人だかりの中心地。 困り顔の笑顔がなんとも微笑ましかった。 はて、微笑ましいと言えば我が家の純情乙女はいずこへと ──



「定臣」 



 首を傾げたところで背後から声をかけられた。



「やほ、ルブルブ

 久しぶりの故郷、楽しめたかな?」


「あぁ」


「およ、珍しく素直じゃん」


「わ、悪いか!」


「ん~にゃ、いいじゃん、こゆ時くらい」


「定臣 ……」


「ん~?」


「貴様、酒臭いぞ」


「かもに~」


「ふぅ ……

 やはり貴様とは合わんな」


「ひどっ!」


「貴様といるとどうにも力が抜ける」


「ぇ~」


「そうだな、脱力ついでに一つ柄にもない話をしよう」



 柄にもない。 そんな風に前置きしたくせに、ルブルブの話は彼女の人柄をそのまま表したような内容だった。 愛弟子ポレフについて。 今日の戦闘のどこが良かった。 どこが悪かった。 ここをこうすればポレフはもっと伸びる。 こっちの方面は自分より俺の方が長けているから重点的に頼む。 等。 

 こんな時にまで話すのはポレフのことばかり。 実直な性格をそのままに、ポレフを弟子に迎えてからの彼女はいつもこんな調子だった。


 ルブルブはポレフにジミーくんを重ねていたんだな、と。

 今日の嬉しそうなルブルブを見れば鈍ちんの俺でもさすがにわかる。



「定臣! 聞いているのか!」



 にんまりとそんなルブルブを眺めている俺の顔がお気に召さないらしく、今日もまたルブルブに怒鳴られる。 慣れっ子過ぎて動じない俺がさらにお気に召さないらしくもう一喝。 それから不意に彼女の表情が和らいだ。



「ポレフは直に私を越える

 その先は ── 定臣、お前にしか面倒を見ることが出来ない」


「どったの、急に」


「定臣」


「はい」


「ポレフを頼む」



 真摯な瞳に内心で頷く。 そんな内心を他所に悪戯心がひょっこりと顔を出した。



「ぇー、ヤダよ俺一人だけとかー、メンドー」


「き」


「き?」


「きききき貴様ーーー!!!!」


「きゃ~! ルブルブが怒った~」



 相変わらずに容赦無く巻き起こる大戦斧の嵐を回避しつつ、駆けた先にジミーくんを認め、よっ、と手を上げる。 こちらに気付いたジミーくんはなにやらシリアス顔でそんな俺をスルーした。



「ジミー! そいつを捕まえろ!」



 そんなジミーくんの雰囲気などお構いなしに姉の方は指令を飛ばす。 もちろんこれもスルー。



「ば~かば~か

 ジミーば~か」



 背後から飛んできたルブルブの攻撃魔法は強烈で痛烈だった。

 見事にジミーくんの前にスライディングする形ですっ転んだ俺は、そのままジミーくんを見上げる。

 どこか虚ろなその表情は、先程まで朗らかな笑顔を浮かべていた彼のものとは思えなかった。



「どったの?」


「………」


「ジミー?」



 追いついたルブルブもジミーくんの様子に気付き、不思議そうに名前を呼ぶ。

 二人して首を傾げていると不意にジミーくんが口を開いた。



「なにかの間違い …… だったら良かったんだけどな

 しょうがねぇ …… しょうがねぇよな、

 聞いちまったもんはしょうがねぇ ……」


「ジミーくん?」



 名前を呼んだ俺をルブルブが手で制する。



「ジミー、話せ」


「親父はさ、あんなでも俺達の誇りだった」


「あぁ、それはいまでも」


「いまは違う!!

 いまは違うんだよ!!」


「…… 話せ」


「隻腕のあんちゃんが親父と話してるのを聞いた」


「マリダリフが?」


「家の地下が眩しいんだって

 あんたのボスは始末したって」


「話が見えんな」


「やばい雰囲気だったんだ

 でもどう聞いても親父がなにか悪いことしてて、

 それを隻腕のあんちゃんが隠蔽してやるって風に聞こえて」


「それで、どうした?」


「だから俺、手下に確認しにいかせたんだ

 そしたら地下に ──」


「なにがあった」


「金銀財宝がたんまりと貯め込まれてた

 ははっ …… おかしいよな ……

 村はこんなにも貧困に喘いでいたってのによ ……」


「…… そうか」


「親父じゃなく俺の話を信じるのか?」


「当たり前だ」


「どうして」


「お前は私の弟だ」


「でも親父は …… !」


「あの人は …… 私達の父親だ」


「ど、どうするんだよ姉ちゃん!?」


「ジミー …… 少し疲れている

 暫くでいい …… 暫くの間だけ ── 眠っていろ」



 ── ドスッ



「ぐっ! …… ねぇ …… ちゃん?」



 横たわるジミーくんをそっとこっちへとよこす。



「定臣、少し頼めるか」


「…… さすがにふざけられる雰囲気じゃないね」


「助かる」


「で、どうするのかな?」


「あの人は私達の父親だ

 ケジメは …… つけねばな」



 只ならぬ覚悟 …… か。

 かける言葉を思案する。 

 少しの間をおいてようやく口にした俺の言葉は、ごくごくありふれた当たり前の言葉だった。



「ん、いってらっしゃい」



 それは簡易な約束の言葉。

 それは帰還を約束する言葉。


 少なくとも俺はそう思っていた。





 それから暫く姿を消したルブルブを次に見かけたのは、先の宴会で使われた広場でだった。

 客席には村人が集められており、その脇には〝骸の揺り籠〟の連中も鎮座している。

 そんな中、舞台へと現れたルブルブの背には大きな袋が背負われていて、髭でもつければ幸せを運ぶお爺さんにでもなれそうな勢いだな、などとつまらない感想を心の中で述べる程には、この時の俺にはまだ余裕があった。


 またなにかの余興でも始まるのか。

 俄かに会場が賑わいかけた矢先、ルブルブはその大袋の中身をぶち撒けた。


 当たり一面に散らばる金銀財宝の数々。驚き静まりかえる皆をよそにルブルブは声を張る。



「見覚えがあるな? お父上」


「!?」



 刺すような視線に射られ、会場の片隅に隠れるように立っていた村長が硬直する。

 その顔を見て俺は確信する。あれは間違いなく悪いことした顔だ。



「あの …… 定臣様?

 これは一体 ……」



 気付けばエレシが隣に立っていた。



「ん~、一悶着ありそうだねこれ」



 そんなことを言いつつ視線を戻す。

 いつの間に抜刀したのやら、再び視界に捉えたルブルブは大戦斧を村長へと突きつけていた。



「あなたはすべては村のためだと言った

 ならばこれは何だというのだ?」


「ル、ルブラン、こ、これはだな」


「村を救う貯えか?」


「そ、そそ、そうだ、そうなのだ」


「では何故、村がここまで荒廃する前にその貯えを使わなかった?」


「それは、し、しかし」


「あなたは ……

 あなたの大義名分は崩れ去った」


「う …… うぅ ……」


「残念 …… です」



 村長は観念したように頭を垂れると、かたかたと小刻みに震えていた。


 それも束の間 ──


 おろおろと泳いでいた村長の眼が突如として座る。曲がっていた背中には筋が入り、額には血管が浮き上がり、口元は怪しく釣り上がった。



「だったらどうすると言うのじゃ! 

 くだらん! くだらんくだらんくだらんぞ!!

 私の指示一つ無ければなにもできんこやつらを今日まで導いてきたのは誰じゃ!

 私じゃろう!!! 失敗すれば責任はすべて私!! 成功して当たり前!!

 なんだと言うのじゃ!!! 私があの方に加担しなければこんな村などとっくの昔に滅ぼされていたのじゃ!! それを救った私に対してこの扱いはなんじゃ!!! 身を切る思いを何度もしてほんの少しの見返りを受け取っただけでこの始末か!! え!! なんじゃその目は!!

 そんな目で私を見るな! 見るな!! ふざけるなふざけるなふざけるなああああああ!!」



 ものすごい逆ギレだった。

 ものすごいがなり声だった。

 すべての不満を、すべての絶望を吐き出すように。

 彼はただ叫び続けた。


 そんな魂の叫びは ──



 ── ヒュン



 ルブルブの一振りによって一瞬で途絶えた。

 大戦斧の刃の付け根。そこの空間に村長の首を下げて地面へと叩きつける。

 完璧に喉を潰された村長は血走った眼をぎょろつかせ、それからひゅーひゅーと呼吸をし、泡を吹いて意識を手放した。



 殺してはいない ── か。

 さすがの腕前だった。



「この人が声を紡ぐことは二度と無い」



 静まりかえった皆にルブルブは告げる。



「私は ──

 私は今もあなた達の英雄だろうか」



 その呼びかけに最初に答えたのは〝骸の揺り籠〟の連中だった。

 一人、また一人と立ち上がっては拍手を始める。すぐに釣られるように村人達もそれに合流した。

 それを確認するとルブルブは優しく笑う。それからゆっくりと瞳を閉じ ──



「ありがとう ──」



 悟ったようなその声色に嫌な予感がほとばしる。

 背筋を伝う汗の温度が一気に冷めていくのを感じたその時 ──



「ならば ……!

 ならばこの命、父の愚行を償うために捧げよう!!」



 ざくりと大戦斧が脇腹に刺さる。



「ぐっ …… 

 なるべく苦しむようにしよう!

 なるべく長く償う時間を持とう!」



 血を吐きながらルブルブが叫ぶ。



「父の声と皆が英雄と称してくれたこの命!

 どうかこの二つで父の愚行を許してはくれまいかっ ── かはっ」



 そこでようやく我に返った。


 なにやってんだ。



「なにやってんだよルブラン!」


「……!?」



 俺の声に反応してエレシも事態を把握する。

 駆け出した直後に追走して来た気配がそれを知らせてくれた。



「ルブラン!!!」



 倒れた彼女の両肩をがしりと掴む。

 煩わしそうに開かれた瞳には明らかに力が無い。


 まずい。本気でまずい。


 パニックに陥りそうになるのを必死に我慢する。

 そんな俺の気も知らないでルブランはこんなことを言ってきた。



「定 …… 臣 ……

 どうし …… た ……

 ルブルブと呼ばないの ……か?」


「馬鹿! 喋るなよ!」


「ふふ ……

 貴様も …… 真面目になることもあるのだな」


「黙ってろ!

 …… エレシ!!!」


「は、はい!!」



 追いついたエレシがすぐ様に応える。その手には既に回復魔法の光が灯っていた。



「!?」


「エレシ早く!!!」


「だ、駄目です! 魔法が ……

 魔法が効きません ……」


「!?」



 嘘だろ ……?

 だってそれじゃルブランが ……

 なんで? エレシは姐御級の魔法使いだぞ?

 魔法が効かないってそんな ──



「む、無駄 ……だ

 言ったはずだ …… 私に魔法は効かな ……ごふっ」


「だから喋るなって!!」



 どうする。

 どうするどうする。

 どうするどうするどうする。


 なんでルブランが。

 いや、そんなことは今はどうでもいい。


 考えろ。

 どうすれば助けられる?


 血が止まらない。 いや、ご丁寧に止まらないように斬り裂いている。

 普通の手当てじゃもう無理だ。 それは一目見ればわかる。

 ふざけるな! 死なせないからな!


 考えろ。

 考えろ考えろ。


 なにかないか。 

 現状を打破できるようななにか。


 くっそ! こんな時にわかりやすいヒントとかあれば!



「定臣、落ち着いて」



 シアがいた。



「定臣、ルブランさんは死なない」


「シア」


「泣きそうな顔しない

 ポレフはスネるだろうけど仕方ない」


「?」


「定臣、大ヒント」



 そう言うとシアは両手を広げた。

 すぐに気付く。シアの両手の延長上に白い光が展開していく。


 ふぁさりと開いた〝それ〟はすぐに俺を包み込む。


 温かい ……


 ってこれ翼!?



「定臣、あなたは何者?

 あなたには人間に出来ないことができるはず」



 その言葉にぴんときた。

 すぐにルブランを抱きかかえる。

 それから意識を集中し、両翼を展開する。



「ルブラン、死なせないからな」



 瞳を閉じる。

 湧き上がる神力を用い、不老不死を行使する。

 ルブランは〝主人公〟じゃない。本来ならば不老不死は行使できないはずだ。

 それでもさ ──


 神様 ──

 本当にいやがるのなら、救われるべき人間の命の一つや二つくらい、救いやがれっての!


 眩い光が立ちこめていくのがわかる。

 次の瞬間、ルブランに生気が灯るのがわかった。



「ったく、マジで焦ったよ ……

 エレシ、シア、ありが …… あれ?」



 そう言いかけた時、視界が暗転するのがわかった。





 ◇





「あの場合、あれは仕方ない」


「でもさ~、二人だけの秘密って」


「しつこいポレフ・レイヴァルヴァンは死ねばいいと思う」


「二人だけの秘密って~」


「泣くなきもい」



 相変わらずのやりとりが聞こえ目を覚ます。

 気が抜けたせいなのか、はたまた神力を使い過ぎたせいなのか、ルブルブの無事を確認した直後、全身の力を失い、そのままうっかりと意識を手放していたらしい。



「ん、おはよ」


「定臣! 大丈夫なのかよ!」


「平気平気」


「目が覚めたのなら定臣はルブランさんのところに行くべき」


「さすがシア、気が利くね

 ルブルブどこかな?」





 ◇





 開けっ晒しの窓から日差しが差し込む。

 瞼を照らした眩しさに私は意識を取り戻した。


 ここは ──


 視界に映った天井には見憶えがあった。アジトの一室だ。 

 どうやら命拾いしたらしい。自分の悪運の強さに呆れ果て、思わず笑みが零れる。

 あれだけ斬り裂いた脇腹はどうしたものか何事もなかったかのように完治していた。


 意識を失う直前 ──

 私は確かに〝天使〟を見た。


 国賊とした生きた自分にまさか〝天使〟のお迎えがこようとは思ってもいなかったのだが ──

 どうやら〝天使〟は私を置き去りにしたらしい。


 

「ふふっ、天使に嫌われたか」


「ぇ、別に嫌ってないよ? むしろ好きだし」



 窓枠にもたれかかっていた声の主に慌てて視点を合わす。

 私を驚かすために気配を消して潜むとは、相変わらずにふざけた奴だ。



「定臣、貴様はいつもいつも」


「待った ──

 俺さ、今ルブルブにめちゃめちゃ怒ってるんだよね」


「うぐ …… その ……

 先程はすまなかった!」


「ですよねー、まずそこからですよねー」


「くっ ……」


「でも、さ」



 そう前置きした奴の顔はどこか慈愛に満ちていた。



「辛かったよね」



 そんな顔でそんな言葉を投げかけられたものだから ──



「うぅ …… う …… うぁ」



 我慢していたものが堰をきるように流れ出てしまった。

 私はあの時、間違いなく絶望していたのだ。

 なによりも愛したものに疑念を抱き。 

 なによりも信じていたものに裏切られ。


 そして ──


 それでも近くにいてくれた仲間達をも裏切ってしまった。


 信じるものがなにも無くなった、無くしてしまったこの世界に私は絶望していた。

 それでも命は繋がれて、私は未だにこの世界にいて



「どうすれば …… どうすればいいというのだ」


「お~よしよし」


「まったぐ …… ぎざまはごんなどきばで」


「くひひ、レアなルブルブだね」



 これは落ち着くまでなにも喋れない。

 悪戯に笑う青眼はすぐさまに私にそんな決意をさせた。





「私はもうなにも信じられない ……」



 暫くの沈黙の後、間に耐えられず私は口を開く。



「ん~、仲間も?」



 それを待っていたかのように奴は軽い調子で返してきた。



「私の方から裏切ったというのに …… 私にそんな資格は無い」


「ライセンスいるんだ? 相変わらずいちいち律儀だね」


「すまない ……」



 自分勝手なのはわかっている。

 それでも今は定臣の軽口が心地良い。



「ん~、ルブルブって何かを信じていないと生きていけないタイプかな?」


「わからない …… だが、少なくともあの時 ──

 信じるものを失ったあの時、私は世界に絶望した」


「ん~ …… あ~」


「どうした?」


「わかった、んじゃこうしよう」



 ぱんっと一つ手を打つ。



「ルブルブさ、俺を信じなよ」


「なっ!? き、ききき貴様! またふざけ …」



 そう言いかけたところで一陣の風が吹き抜ける。その風によって吹き上げられたカーテンは緩やかにめくれ上がり ── そして奴の隠れていた背中の部分を露にした。



「ぇ?」


「ふざけてないよ

 天使、信じてみない?」


「な!? え? え? えぇ!?

 てん、て、ててて天使!? 定臣おま!? 天使ぃぃぃ!?」


「そ、天使」


「ちょっ、ちょっと待て ……

 天使?」


「うん、天使」


「そんな …… そんなことがあるわけが ……」


「俺はここにいるよ?」


「そう …… だな」


「だからさ、ルブルブは黙って俺を信じていればいい」


「定臣 ……」



 トクンと胸が高鳴る。

 恐らくそれは嬉しさからくるものなのだろう。


 天使の甘言か ──


 絶望したはずの世界が色を取り戻すのがわかった。

 差し出された手にすぐにすがるなど ……

 まったく我ながら現金なものだ。


 しかし ──


 情けないことに、その時の私には定臣と共に歩く未来がどうしようもなく魅力的なものに見えてしまった。


 

「すまない …… 暫く、私に〝あなた〟の肩を貸してもらえないだろうか」


「いいよ、元々そのつもり

 ── っていうか〝あなた〟とか照れるからっ」


「ふふっ …… ありがとう

 ── ありがとうございます

 定臣 …… 様」



 ぼっと音を出そうな程に赤面しているのがわかる。

 きっと私は毒された。

 それもどうしようもない程に。

 胸の鼓動は高鳴るばかり。

 普段ならきっと格好をつけて取り繕っていただろう。

 なのに今のこの時ばかりはそんな気にはなれない。



 何故なら ──



「様あああああああああああああ!?」


 

 神秘的なはずの天使がこんなにも飾らないのだから ──





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