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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
48/57

骸の揺り籠 Ⅲ

 ■




 ◆




 森の暗がりを燈色の炎が揺らめかせる。ぱちぱちと爆ぜる薪木の音に混じって、なんとも嬉しそうな男達の笑い声が聞こえてきていた。その中心にいるルブルブは相変わらずに腕を組んで仁王立ちしてはいるものの、どこか嬉しそうな、どこか安堵したような、そんな表情でかつての子分達を見守っていた。



「良かったね、ルブルブ」



 一人そんな風に呟いた。どちらかの死をもって決するはずだったポレフとジミーの闘い。その結末に救われたのはどうやら俺だけではないらしい。



「すまんっ!」



 気がつくと眼下でポレフがそんなことを言っていた。ぽんぽんと頭を軽く叩く。



「あんまりエレシを心配させるなよ? ポレフ」



 軽く労いながらそんなことを言う。約束通りにポレフを見守ったエレシは、決着早々にポレフに抱き付き、泣き崩れた。そしてその直後にポレフをさらって森の中へと消えていったのである。



「姉ちゃん、ようやく落ち着いてくれたから」


「そっか」


「それより悪かった!」


「む? なにを謝る馬鹿弟子よ」


「馬鹿って言うな」


「ん、まぁさっきの戦いは ──」 



 決着の瞬間を思い返し、思わずにやけた。それを隠すように、もう一度ポレフの頭をぽんぽんと軽く叩く。



「よくやったよ、ポレフ」


「ほ、褒められるの慣れてないんだけど」


「くかかか」


「変な笑い方すんなよ」


「うっせ」


「それより謝りにきたんだけど俺」


「だからなにをだよ」


「だって俺さ …… 結局、ジミーのこと殺せなかったじゃん」



 そう ── 結局、ポレフはジミーを殺さなかった。


 最期の一太刀で斬り落としたのはジミーの首ではなく、ジミーが首から提げていた、なんともいかつい首飾りだったのだ。



「ん ── 殺したくなかったの間違いじゃない?」


「…… うん」


「言いたそうだから一応、聞こうか?」



 くすりと意地悪く笑う。それからポレフの鼻を指先で押さえながら続きを口にした。



「──…… なんで殺さなかった?」


「む~ …… 言わなくてもわかってるんじゃん」


「うははは、スネるなスネるな」


「そんな前フリされて言えるかよぉ」


「うははは、スネるなよ可愛いなぁ」


「そういうこと軽々と言うからルブランに〝たらし〟とか言われるんだよ」



 真摯に剣を交えれば不思議と伝わってくるものがある。常日頃から言い聞かせてきたそれが、ここにきてようやくわかった。そんなところだろう ──


 爽やかな笑顔をポレフに送る。

 眼下では大きなタンコブを作ったポレフが泣き崩れていた。



「〝剣気〟を拳にのせるとか …… ! 超絶痛いんですけど! この馬鹿師匠!!」


「だ~れが〝たらし〟だ、だ~れが

  ── って指差すなあああ!!!」


「いったあああああああああ」





 ◇





 愛弟子の最後の決断を誇りたい。〝家族〟との再会の喜びがようやく落ち着いた頃、少し離れたところで定臣とじゃれ合うポレフの姿が見えて、唐突にそんなことを思い出した。



「まったく ──」



 立派になったものだ。そう後に続く言葉はまだ口にはしない。それはこの私を凌駕した時に伝えることにする。今日の戦いを見て、近い将来にそんな嬉しい瞬間が訪れることを確信した。



 それにしてもポレフの奴 ──



 見れば定臣になにやらお灸を据えられて悶絶していた。激痛のあまり叫び続ける〝ないわああああ〟のフレーズに苦笑いが漏れる。そんなところまで似なくてよろしい、と常日頃から言い聞かせているというのに ── ポレフの定臣化は日に日に酷くなる一方だ。



「それだけ奴のことを尊敬しているということか ──」



 確かにいつ如何なる時もブレることを知らない、奴のマイペースぶりは呆れ果てるを通り越して、更に一周回って、もはや尊敬するべきなのかもしれない。

 ── 私も見習う部分はあるのだろう …… ある …… のか? いや、あるはずだ!



 ふむ、一度真似てみるのも悪くないだろう。



「ぇちゃん!」



 む?



「姉ぇちゃん! 聞いてる!?」



 気付けばジミーが呼びかけていた。



 これは ……


 ふむ、早速、実践するチャンスが到来したようだ。



「お」


「お?」



 首を傾げるジミーを真顔で見据える。それからジミーの両肩をがっしりと掴み、堂々と言い放った。



「俺は男だあああああああああああ!!!」


「ええええええええええええええええ!!!」



 私はこの時、本当に驚いた人間がどういう顔をするのかを知った。





 ◆





 そんな無粋なことはするまいと ──。


 再会を、生存をお互いに喜び合う姉と弟の邪魔をするような、そんな無粋なことはするまいと ──


 それが皆が即座に共有した判断だった。



 そんなわけで俺達は様々諸々の問題をそっちのけにし、決着早々に正体を明かしたルブルブと、ようやくそれに気がついたジミー君、それと愉快な野郎共が巻き起こす歓喜のスパイラルを、にんまりと見守っていたわけだが ──



「なぁシア!? 俺って傍から見るとあんな風に見えてるんですかね!?」


「うん、あのまんま」



 ルブルブの逃避行ならぬ逃思考の果てに導き出された奇行には、さすがに慣れてきたはずだった。そんな俺のささやかな自信は一瞬にして消し飛ばされた。今の俺真似にはそれ程の破壊力があった。なんというか泣きたいです。



「そっかぁ …… 俺ってあんな風なのかぁ …… そっかぁ ……」


「なにを落ち込むミス違和感」


「変な愛称これ以上つけないで」


「なにを落ち込む自称男美女」


「追い撃つな追い撃つな」


「俺は男だー、俺は男だー」


「うぐ」


「あ、凹んだ」


「だ、だったら俺が〝私〟とか言うの想像できるか!?」


「あ、開き直った。 おもしろそう、言ってみて」


「わ、わわわ …… わた、わた、わた …… すまん! 無理だ!」


「ここにこんなものがあります」


「う?」



 シアが懐から取り出したのは手の平サイズの魔示板だった。魔法独特の光を発するそれには映像が浮かび上がっていて、その中には一人の女性が困り顔で映りこんでいる。その人はなにやら見覚えがあるひらひらした服を身につけていて、手に持たれたトレイには、これまた見覚えがある店のメニュー品が所狭しと載せられていた。



 ── というか俺だ。魔示板の中にいるのは間違いなく俺だ。



「シアこr」

「これはエドラルザで大流行中の魔示板ブロマイド。その中でも入手難易度が高いとされている勇者候補PT〝美の双璧〟の一角、サダオミ・カワシノのブロマイド魔示板。 とてもレア」



 そんなどや顔で急に見せ付けられた挙句、語られても非常に困るのだが ……

 すぐさまに襲い来るであろう〝じと目〟が怖くて、それを口にすることはなかった。



「だから遠慮せず〝私〟と言えばいい」


「だからの意味がまったくもってわからぬっ! わからぬぞおおおっ!」


「私」


「俺!」


「私」


「俺!」


「俺」


「私!」


「そういえば定臣。 そろそろルブランさんがわかりやすく、重要話題を切り出す頃合」


「おっと ── それじゃ私達も話を聞きにいこっか」


「そうだね」


「む …… 俺、いま〝私〟って …… ああぁああああああああああああああ」


「やれやれ。 君はもう少しお淑やかさを学びたまえ」


「な、なんかシアが偉そうだ」





 ◇





 公平な判断を下そうと──。


 下手な感情はその判断の妨げになるだろうと、他人を装い、観察を続けた。


 村で聞いた話にはただただ耳を疑うばかりだった。

 〝骸の揺り籠〟の当代頭領の名を聞いた時は目の前が真っ暗になった。

 その絶望はすぐ様に信頼に影を落とした。



 ── 〝騎士として貴君が我がエドラルザに尽くす限り、エドラルザは貴君の守る者達を無償で護ることを誓おう〟



 王国騎士団長〝ドナポス・ニーゼルフ〟

 彼と交わした約束を思い出す。


 

『貴様はなかなかに強情であるからな、王の御前にて約束を交わさねば信じはするまい』



 死を目前に唐突に言い放たれた交換条件を飲み込めず、王と断頭台を目の前に呆気にとられていた私に、彼は豪快に笑いながらそんな言葉を続けた。


 言葉の真意と詳細を問いただした私に彼は間違いなく言ったのだ。

 私がエドラルザに尽くす限り、村の皆は重税から免れると ──


 その約束を鵜呑みにし、今日まで我武者羅に国に尽くしてきた。

 あの時の私の決断は間違いだったというのか ──


 そんな負の感情は、浮かんだ豪快な笑顔がすぐに打ち消してくれた。

 ニー様のあの笑顔に偽りは無い。あの言葉に嘘は無い。

 英雄〝ドナポス・ニーゼルフ〟と接する内に芽生えた信頼は信念となり、確固たる礎として確かに私の中に存在していた。


 だからこそ私は決断した。


 顔を隠し、声を変え、ただひたすらに事の成り行きを見守り続けた。

 真実をこの目で確かめる。例えそこにどんな残酷な現実が待ち受けていようとも、そのすべてを在りのままに受け入れる。



 ── そう、決めたのだ。




『姉ちゃん!』



 ジミーの言葉でまたしても思考を飛ばしていたことに気付かされた。



「あぁ、すまない」


「ったく ── 変わんねぇなぁ」


「…… 変わらない … か」


「姉ちゃん」



 呼ぶと同時に手を引かれ、体勢を崩す。なにかと顔を上げたその先をジミーは手で指し示していた。



「姉ちゃんなら見ればわかるよな? ようやくここまで来たんだぜ」



 山の木々や落ち葉を用い、絶妙に隠されたそれらは見る者が見なければ気付くことは出来無い。



「やはり水の流れる音というものは隠せないな」


「くぅ~! 手厳しいなぁ」



 オーバーに額を叩いて悔しがるジミーを傍目に、ゆっくりとかつてのアジトを見回す。そこには確かに独立した自給自足が存在していた。外敵の発見を恐れ、農園は根菜類を主に、家畜は地下での飼育を徹底し、用水路は要所を落ち葉で隠し、川にしか見えないようにカモフラージュする。


 基盤を築いた段階で時間切れを迎えたかつての夢は、どうやら弟が受け継ぎ、そして成就させてくれていたらしい。


 この空間には私達にとって特別な意味が籠められている。


 村人を護るための隠れ蓑として旗上げした山賊〝骸の揺り籠〟

 それは最初から終わりの見えていた対抗策だった。

 だから私達は終わりの先を見据えた。


 私が死んだ後のこと ──

 〝骸の揺り籠〟が滅んだ後のこと ──



 ここは ──



 ここに完成しているのは村人達の箱舟だ。



 私達はこれの完成を夢見て戦い続けてきた。



「ジミー」


「ちったぁ褒めてくれや、姉ちゃん」


「〝骸の揺り籠〟は今も変わらず村の守り神なのだな」


「ったりめぇよ!」


「ジミー」


「んだよ」


「私が連行された後、村にはすぐに納税の義務が課せられたか?」


「〝あいつ〟の話じゃ、その日の内から再開だったらしいぜ」



 けったくそ悪いぜ、と、続けるジミーの言葉と同時にめきりと拳が鳴る。全身を熱く駆け巡る温度が、怒りから来るものだと気付くには数秒の時を要した。




 ◆




 突然のことだった。

 それまで柔らかく、温かな色で包まれていた二人の場所は、けたたましく震え、色を失った。

 慌てて視線を振った先には唖然とした様子のジミー君と、瞳に静かな怒りを灯したルブルブの姿が在った。

 洒落の類は通用しない。瞬間にそんな印象を受ける。それでも少しでも緩衝材の役割を担えればと、出来る限り脱力し、やんわりと二人の間に割って入ることにした。



「どったの」


「……」


「ルブルブ?」



 心ここに在らずといった状態のルブルブを諦め、ジミー君に目配せを送る。



「わ、わかんねぇ」


「ふむ」



 どうしたものかと、顎に手を当て思案する。首を捻り過ぎて体勢を崩しかけたところで、ようやくルブルブからの反応があった。



「定臣」


「う?」


「少し混乱している ……

 すまないが、考えをまとめるのを手伝ってくれないか」



 本当ならばあのルブルブに頼られたと歓喜するところなのだが ──

 震える瞳が儚く感じて、それをするのを思い留める。



「俺に任せろおおおおおおおおお

 ひゃっほおおおおおおおおおう」



 人間、思った通りに行動するのは本当に難しい。

 唖然としたルブルブの表情が、やれやれといった具合に苦笑いに変わった時、ふとそんなことを思った。




 ◇




 〝どうやら私はエドラルザに騙されていたらしい〟


 少し間を置き、ゆっくりと瞳を閉じたルブルブは深呼吸の後、そんなことを言った。

 話の続きはこうだった。

 ルブルブが山賊をしていた理由はやはり昨日、マリダリフから聞かされた事情によるものだった。

 村の守護神として当初は快進撃を続けた〝骸の揺り籠〟ではあったが、騎士団長〝ドナポス・ニーゼルフ〟の出陣によって抵抗空しく打ち砕かれることとなる。

 一連の事件の首謀者として王城へと連行されたルブルブは、死刑執行を目前にドナポスさんから交換条件を持ちかけられたのだという。



「で、騎士になって王国に尽くす代わりに村の重税を免除されたと」


「そのはずだったのだ」


「ふ~む …… ジミー君の話が本当ならドナポスさんが嘘をついたことに」

「俺は嘘は言ってねぇ!!」

「そんなはずは!?」



 姉弟の同時食いつきに思わず噴出しそうになる。



「え~と、とりあえずつっこむね?

 今のだとジミー君が嘘を言ってないってことに対して、

 ルブルブがそんなはずないって否定してる感じになったよ?」


「……」


「定臣 …… 貴様もう少し真面目にやれんのか」



 いい具合にルブルブが脱力したのを確認する。

 冷静に話をするには間を外すことも時には大事だったりするのだ。たぶん。



「ごめんね、

 んっと、それじゃあ ──」



 言葉にする前に頭の中で情報を反芻し、ゆっくりと整理していく。



 交わされた騎士の約束。


 力の限り尽くした義務。


 施行されなかった権利。


 村人達の〝骸の揺り籠〟へ怨嗟の声。


〝骸の揺り籠〟の村人達への想い。



 このすれ違いは何だ? 



 なにかがおかしい。



 村人達の怒りは本物だった。対する〝骸の揺り籠〟の想いも間違いなく本物だ。でなければ自分達のアジトに受け入れの準備なんてするはずもない。なによりもジミー君が嘘を言っているようには、どう見ても見えない。



「〝骸の揺り籠〟ってルブルブが旗揚げしたんだよね?」


「そうだ」


「話の流れからすると、村の皆は陰ながらルブルブ達を応援してくれてたのかな」


「姉ちゃんは村の英雄だったぜ」


「〝骸の揺り籠〟は今でも村の英雄だと思う?」


「当然!」


「……」


「納税の再開、それを知らせた人物

 ジミー君に〝骸の揺り籠〟の二代目就任を促した人物

 その人が英雄を悪魔へと貶めた張本人っぽいなぁ」


「悪魔 …… ? ちょっと待て、どういうことだ」


「俺達って王国騎士としてじゃなく、

 傭兵として〝骸の揺り籠〟の討伐依頼を受けたのよ」


「!?」


「で、その依頼主っていうのが」


「ま、まさか」


「定臣!!!

 …… そこまでにしてやってくれないか」


「ん、ごめん」


「い、いや …… 私の方こそ、すまない 」



 真実を告げないことも時には優しさ …… か

 呆然とするジミーくんを横目に自分の悪癖を嫌悪した。




 

 ◇





 定臣達が訪れて暫くした頃、ゆっくりと村を離れいった一台のメヘ車は目的地へと到着していた。

 その車内には草臥れた衣服を身に纏った老人の姿が在った。

 運転手の合図を確認すると老人は衣服を脱ぎ捨て、正装へと着替え始める。村の経済状況からは到底用意できそうもない衣服。それを纏った瞬間、老人の雰囲気ががらりと変わった。草臥れながらも柔和であった表情は、キリリと締まったどこか冷たさを感じさせるものへと、曲がり始めていた背筋には筋が入り、控えめであった口元は怪しく歪み釣り上がっている。

 老人の変化を窓越しに感じ取ると運転手は身を強張らせた。その後姿を一瞥すると老人は軽く咳払いをする。



「私はここに何をしに来た?」



 老人の問いに運転手であり、村人でもあるその男は背筋を凍らせる。視線に急かされる様に乾いた喉を懸命に震わせ、ようやく紡ぎ出した声は自分のものとは思えない程、霞んだものだった。



「ぞ、存じ上げておりません」


「私は今から誰と会う?」


「存じ上げておりません ……」


「君はなにも知り得ない。

 村へと持ち帰る情報もなにも無い」


「心得ております ……」



 老人の鋭い眼光が運転手を捉える。怯える瞳が震えながら地へと落ちるのを確認すると、老人は満足したように口元を歪めた。



「よろしい」



 そう言い残すと老人はゆっくりとメヘ車を降りる。そこに漆黒のメヘ車がゆっくりと到着した。

 老人が深く一礼するのを確認すると、漆黒のメヘ車の扉が開けられる。



「失礼致します」



 森の暗がりに静かに響いた老人の声は、次の瞬間には車内の光と共に闇へと吸い込まれて消えた。




 ◇




 その男は知る由しも無い。自分が信じて疑わない絶対悪が人知れず葬り去られたことを。

 その男は知る由しも無い。己が細心の注意を払い、選別し続けたはずの触れてはならぬものへと触れてしまっていることを。


 だからこそ陳腐なセリフを吐ける。

 だからこそ今も尚、後ろ盾が存在すると思い込める。


 だからこそ、

 そんな男を後ろ盾としているこの老人もまた、陳腐なやり取りを繰り返せるのだった。




「それにしても勇者候補ですか ── まったく厄介な連中をよこしてくれたものです」


「不測の事態が発生すること等、我々にとっては日常茶飯事です

 問題はそれに如何に対処するかということです」


「おっしゃる通りでございます

 して、どのようにいたしましょうか」


「〝骸の揺り籠〟…… でしたか

 彼らは充分に役割を果たしてくれたでしょう」


「…… ですが」


「あの方は異論を唱える者を酷く拒まれる」


「は、はい ……

 しかしあのドナポス・ニーゼルフの名のもと、免税を認められた村です

 それを ……」


「ですから山賊に納める〝上納金〟として税以上の搾取を行ってきたわけです」


「おっしゃる通りでございます

 その山賊が滅んだとあれば ……」


「山賊討伐の際に国家に甚大なる負担を強いた

 今後は特例が認められる以前同様、納税の義務を課す

 ── 言い様はどうとでもなるでしょう」


「そ、その …… ドナポス様がそれをお認めになられるでしょうか」


「気付けばまた ── 

 山賊にでも活躍させれば良いだけのことです」


「!?」


「〝税〟〝上納金〟 ── 集まる場所が同じならば、名前などどうでも良いのです

 すべては増税の〝きっかけ〟に過ぎません

 名を変え、姿を変え、その度に少しずつ、少しずつ、搾取する量を増やせば良いのです」


「それが …… それがエドラルザですか」


「それもエドラルザです

 言葉には気を配って頂きたい」


「も、申し訳ありません」


「生かさず殺さず、搾取された量に気が付く頃には、民は程よく寿命を迎え、天に召される

 完成されたシステム。それが国家です」


「おっしゃる通りでございます」


「自らの分を弁えている方をあの方は好まれる

 私も、あなたも期待に応え続けなければならない

 それが適わなければ ──」



 そう言うと男は老人の眼前へと開いた手の甲を掲げる。次の瞬間、男の拳が強く握られた。



「こ、心得ております ……!」


「結構」



 こうして森の暗がりで幾度となく繰り返された陳腐な劇場は、今日もまた幕を閉じた。


 男達は知る由も無い。〝希望〟という名の闇が終焉を迎えることを。

 男達は知る由も無い。〝絶望〟という名の光がすぐ間近まで迫っていることを ──








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