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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
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骸の揺り籠 Ⅱ

 ■




 ◆




 右手が〝回復した斧〟で左手が〝置いていた斧〟か。


 ジミーの両手に残る魔法の気配いろからそんな風に中りをつける。

 愛弟子、ポレフの成長ぶりをじっくりと堪能しながらも、魔法の気配いろを目で追う鍛錬は辞めなかった。



 にしても ── 

 あれ、やりたいなぁ ……


 

 魔法発動の起点。指ぱっちん。それをすることなく発動したジミーの魔法を多いに羨む。


 

 ── チッ



 今日もこの指は乾いた音を響かせるだけだった。



「発動すりゃいい線いってんだけどな」


「うっせ」


「っつ~かいいのか~? ポレフ見てやってなくてよ」


「ん、ちゃんと見てるよ。 こっからのマリダリフ寄りの戦闘に期待」


「ど~だかな」


「ポレフはマリダリフのスタイルが一番合ってると思うんだよな~」


「あれであいつは器用な方だからな、努力した三流のスタイルが合ってんだよ」


「謙遜とか珍しいな」


「ど~だかな」



 そう言ったマリダリフは妙に嬉しそうだった。



 さてと ──


 

 〝ラナクロアの戦闘〟ってやつを堪能させてもらいましょうかね。




 ◇




 二本か。


 ジミーの両手の斧を視る。斬り結んだ感覚を頼るなら仕込みはこれで最期だろう。

 その予測には絶対的な自信があった。



『実力の無い間の自信に根拠なんざねぇ~んだよ』



 兄貴の言葉を思い出す。

 


『こと戦闘において、用心が過ぎるということは無いと知りなさい』



 それをルブランの言葉が後押しする。

 

 踏まえよう。二人の言葉を踏まえた上で定臣の心構えをなぞる。

 それこそが今の時点の自分が持てる唯一の〝絶対〟だ。


 一で終わらぬなら二を、二で終わらぬなら三を。動作はすべて一連に繋げ、節目は置かず、それでいて無いはずの節目のすべてには残心を置く。



 よし ── !



 右手はビグザスで封殺する。

 左手は ──



 ── キィン!



 二手に大戦斧を携えたジミーに先程までの流暢さは微塵も無い。

 一足飛びで距離を詰めると嵐のような旋撃が襲い来る。


 方針のままにビグザスは右斧と鬩ぎ合い、互いの力を相殺する。続け様に反対側から襲い来る左斧は、下方から放たれたにも関わらず上方からも同時に降り注ぐ。その在り様は差し詰め獰猛な獣の牙のようだった。



「一本目っ」



 鳴り響く剣戟から僅かに遅れ、そう言い放つ。空間から〝取り出した〟短剣は砕けながらも、ぎりぎりでジミーの斧を弾くことに成功した。



「二本目っ」



 右の肩口から短剣を〝取り出す〟



 ── キィン!



 続け様に鳴り響いた剣戟は、一瞬前に弾いたはずの斧が舞い戻り、打ち鳴らしたものだった。



 速い!?


 ── それでもっ!!



「三っ! 四っ! 五っ! 六っ!!」



 頭上から、左の肩口から、腹部から、右の脇腹から〝仕込んだ〟短剣を〝取り出し〟てはジミーの暴風を相殺する。その間も先行したビグザスは右斧を封殺し続けていた。


 自覚しつつ、再確認する。

 ビグザスこそがこの戦闘における生命線だ。ジミーに両斧を使われては一瞬の内に勝敗は決してしまう。だからこそ入念に、そして繊細にビグザスを繰り出し続けることは辞めない。しくじらなければこの均衡は保てる。



 だがそれも ──



「七っ! 八っ! 九っ!!」



 既に仕込んだ短剣の数は心許ない。腰の重みについすがりたくなる。

 ルクセンから譲り受けた業物はまだ一度も抜刀したことが無かった。

 


 ── キィン!



 九本目の短剣が宙を舞う。返し刀で襲い来る大戦斧を認めながら、刹那の判断を余儀なくされた。



 そもそも選択肢なんか無い。

 いくしかない!

 賭けてみるしかないっ!!



 マリダリフ・ゼノビアその人の所作を鮮明に思い出す。

 イメージの移し方は既に事細かく習っている。


 空間に作り出した収納スペースに置いてある短剣の位置を再確認する。それに触れずに空間だけを滑らせる。ここで集中を切らせば短剣は零れ落ち、無様に地面へと落下する。幾度となく繰り返してきた鍛錬の最中、そんな失敗をずっと繰り返してきた。


 ここで失敗するわけにはいかない。

 失敗。それはすなわち ──



 ── 死。



 そこに思考が結びついた時、辺りから音が消えた。

 味わったことの無い、不思議な感覚が身体を躍動させていく。


 イケる。

 絶対にイケる。


 妙な自信がみなぎってくる。

 今から遂行するのは〝あの〟マリダリフ・ゼノビアの奥技であり、その奥技は〝あの〟サダオミ・カワシノに届いた実績がある。


 なめているわけじゃない。


 なめているわけじゃないんだけど ──



「悪いけどウチの師匠連中とは格が違う!!!」



 言葉を吐き出しながら左斧を掻い潜る。そのまま地面を転がりジミーの足元へと滑り込む。



「ぐあっ」



 十、十一。


 起き上がり際に深々とジミーの両大腿部を穿った短剣は、戦いの決着を痛々しくも静かに告げた。




 ◇




『よぉ ──…… せめて最期くらい ──』



 決着から少し間を置いて、大の字のままにジミーが口を開く。その表情は実に晴れやかなものだった。



『〝それ〟 ── 使ったらどうだ〝ポレフ・レイヴァルヴァン〟』



 目配せされたポレフの腰には名工〝ルクセン・パロエ〟至極の一品が携えられている。

 


「あ~ …… これか ……」



 男と男が命を賭して決闘したのである。

 その決着の介錯に持てる最強の武器で臨むのは最低限の礼儀であり、ましてそれを相手が望むのであれば断る理由などなに一つはない。だというのにこの少年はこの期に及んでそれを出し渋るというのか。ジミーは俄かに気分を害した。



「やれやれ …… まぁいいぜ」



 嫌われ役には慣れている。

 忌み嫌われる〝山賊〟を公に演じ続けてきた自分には、その剣を振るうには値しないということなのだろう。


 ゆっくりと目を瞑る。それから大きく息を吸った。



『お前ら! 後はいいな?』



 呼びかける。子分である〝家族〟達に持てる限りの大声で呼びかける。



「ったく」



 期待したはずの威勢のいい返事はどこにもなく、変わりに聞こえてきたのは、なんとも情けなくすすり泣く声ばかりだった。



「成長しねぇ~な、お前らは」



 姉ちゃんの時もこうだった。恐らくこの先も〝国賊〟を演じ続ける限り〝骸の揺り籠〟は同じことを繰り返すだろう。



 だがそれも ──



 ゆっくりとアジトを見回す。深い緑に囲まれたそこには姉の代から受け継いだ〝色々〟なものが在る。魔法に頼らずにうまく隠されたそれらを、後世へと受け継ぐための準備も整っている。

 

 後はこの自分ができる限り派手に〝骸の揺り籠〟の終焉を演じればそれですべて上手くいく。

 できることなら自分を降した相手の手で逝きたかったのだが ──

 


 こちらを見下ろす少年が抜刀する様子は一向に無い。

 仕方があるまい。受け入れよう。賞金首の末路など公開処刑と相場は決まっている。


 姉が受け入れた屈辱だ。同じ道を行けというのならば、喜んで受け入れようではないか。



「よぉ ──」


「む?」


「〝む?〟じゃねーよ、ったく …… 殺すのか連行すんのか、いい加減決めやがれ」


「ぁ~ …… うん、それじゃ ──」



 なんとも気の抜けた声だった。

 そんな声色とは裏腹に少年はゆっくりと指定した剣に手をかける。



「定臣、抜いていいかな?」


「ぇ、そこでなんで俺?」



 場にそぐわないやりとりだった。

 気の抜けた少年よりも更に気の抜けた声で、話しかけられた美女が答える。



「ちょ!? なんでって定臣が抜刀禁止したんだろ!?」


「…… あ。」


「〝あ〟って言った!? 今〝あ〟って言った!?」


「な、なんで馬鹿弟子はメインウェポンを抜刀しないんだろう、とかそんなこと思ってたわけがない!」


「嘘っぽい! さすがに嘘っぽい!」


「ん ──」



 緩やかに弛んだ糸が急に張り詰めるように。

 温い水に冷水を放り込んだかのように。



「いいよ、抜刀を許可する」



 その言葉を発した直後、女が纏う空気ががらりと変わった。



 まるでなにかを試すかのような ──



 その女のすべてを見透かすような瞳は、不思議とそんなことを思わせた。



「は、はいぃ!」



 そんな空気を同じように感じ取ったのか、少年は裏返った声で返事すると ──


 

 ── チャキ



 緩やかに抜刀した。



「なんっだそりゃ ……」



 思わずそう呟いていた。

 


 ── 〝死〟。



 ただそこに在るだけでそれを連想させる。

 剣というにはあまりに禍々しく、それでいて一切の穢れを許さないような、

 そんな矛盾した存在がそこには在った。


 漆黒の刃は角度によって純白にも見え、その刀身は凝視しているだけで、こちらの体温をしたたかに奪いさる。



 ── 嗤っているのか?



 いや、そんな禍々しいものじゃない。

 


 これは ── 歓喜している?



 この俺を殺すことに?



 いや、それも違う。

 そんな些細なことなど気に留めもしないような、

 そんな気高さを不思議と感じさせる存在だった。



「いいねぇ、最高の最期だ」



 その気高さにそんな風に賞賛を贈る。

 それから両脚の短剣を抜き、よろよろと立ち上がった。



「ポレフ、ありがとよ」


「あぁ …… それじゃ〝殺す〟な」


 

 姉ちゃん ……

 俺はちゃんと役割をまっとう出来ただろうか ……

 受け継いでからは全力疾走だった。

 俺が全力で走り続けた分、村の皆は少しでも楽に暮らせたよな。

 姉ちゃんは村の英雄だった。

 姉ちゃんは俺達の英雄だった。

 俺もそんな風になりたくて ……

 姉ちゃんの背中ばかり追いかけた人生だったよ。

 

 にしてもさ ──


 姉ちゃんは騎士団長相手で結局、俺は騎士の従者相手にこの様だよ。

 そこだけは情けね~よな ……

 まぁ俺らしくていいよな、そっちに逝ったら笑い飛ばしてくれよ。



「こんな人生でもさ、俺は自分を誇れるよ」



 ── ザッ



 鈍い音が鳴る。

 血塗られた地面にごろりと転がった〝それ〟はこの戦いの本当の意味での決着を静に告げていた。







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