骸の揺り籠 Ⅰ
■
◇
「そう呼ばれることは多い」
俺の質問にそんな風に答えたシアは、どこか寂しそうな瞳をしていた。
俺はそんなシアになにも言ってやることが出来なかった。
シアを包む光があまりに神々しすぎて見惚れてしまっていたというのも確かにある。
でもそれよりももっと ……
正直に白状すると ──
俺はこの時、シアのことを心のどこかで恐れてしまっていたんだと思う。
そんな俺に優しく微笑むシアに気が付いて、俺は唐突に自己嫌悪に陥った。
俺は馬鹿だ!
別の〝なにか〟なんかじゃない!
シアはシアだ!!
◇
正体を明かせばそんな瞳が襲ってくるのはわかっていた。
奇異の目で見られるのには慣れている。
それでも少しだけ
ほんの少しだけポレフにそんな風に見られるのは辛かった。
「いい。 いつものことだから」
本音とは違う言葉を口にして割り切る。
それから意識を〝本〟へと集中させた。
◇
光の中にドス黒い染みが視える。
ぱらりぱらりと聞き慣れた音は耳元で加速していく。
次第に視界が開けていく。
空から見下ろすように視えた先には ──
エレシ姉様に心臓を貫かれたルブランさんの姿が在った。
「この〝ルート〟はキャンセル」
ぱらりと音が鳴る。
別の視点で〝未来〟のページを先読みする。
この先に希望が無いのはわかっている。
それでもエレシ姉様を相手にこれだけの選択肢を残しているルブランさんはすごいのだと思う。
「だめ …… か」
〝本〟が嫌な輝き方をする。
そろそろどれかを選ばなければならない。
これは〝妥協〟だ。
それでも自分にできることをしよう。
例えそれがその場凌ぎであったとしても、私は定臣に賭けると決めたのだから。
「ほんと、ルブランさんの死にたがり」
ぼそりと呟く。
それから私はルブランさんが一番死なない〝選択肢〟を手繰り寄せた。
◇
黄金の瞳が驚愕に染まる。
〝普通〟の人間が直撃を受ければ姿形すら残らなかっただろう。
先の魔術はそれ程の破壊力を孕んでいた。
「もう一度言う。 エレシ・レイヴァルヴァン!
魔術師では私には勝てないと知りなさい!」
私が〝カルケイオス〟で生存できたのには理由があった。
「おかしいです …… おかしいですよ
確かに殺しました …… 私は ……」
驚愕から虚ろへと色を変えた瞳は、次の瞬間には狂気に染まる。
「殺した殺した殺した殺した殺した殺した!!!!
何故 …… まだ生きていらっしゃるのですか!?」
視界が光る。
私はその一瞬で思考する。
もしかしたら魔術が通用しないことがわかれば、この無駄な戦闘を停戦させることが出来るかもしれない。
ならば私は ──
「まだわからないのですか!」
両の手を広げ、無抵抗に向かってくる魔術の直撃を受ける。
次の瞬間、魔力をのせた光はけたたましい爆裂音と共に私以外の周囲を消滅させた。
「そう …… ですか」
虚ろな瞳が再び姿を見せる。
移ろう瞳の色は、いつもはひた隠しにしている彼女の本質をわかりやすく伝えてくれる。
「やめましょう。 この戦いは無益が過ぎる」
そもそも必要がないのだ。
秘密裏に話し合えればそれで良かったはずだった。
そっと構えた斧を下ろす。
出来るだけ諭すような声色を心がける。
不安定な彼女には細心の注意を払う必要があった。
── ヒュ
「私はただ話を!?」
瞬きをする間を縫って飛び込んできた一撃を寸でのところで回避する。
彼女のこれは充分に注意すべきだ。
どこからともなく連続で投擲される短剣を手刀で撃墜していく。
その一つに ──
「なに!?」
彼女が姿を変えていようとは思いにもよらなかった。
「お腹 ──
頂きますね」
── バキッ
鈍い音が鳴る。
一気に熱くなった腹部に目をやれば、風穴からは血が滴っていた。
「くっ …… 貴様ぁああ!!」
我武者羅に振り下ろした拳には確かな手応えがあった。
私はそれを地面へと叩きつける。
めきめきと音をたてる足元に視線を落としてみれば、その先には私の拳を両手で受け止めた彼女の姿が在った。
「あは♪ まだ随分とお元気なのですね」
拳の力が弱まるのを待って地面へと受け流される。
「ぐあっ」
直後に自然と前のめりになった腹部を強烈な膝蹴りが襲った。
「綺麗な色♪」
そこから三発。
同じ箇所に膝をくらい続けた私が最後に聞いたのは、彼女のそんな声だった。
◇
随分と面倒な〝敵〟でした。
足元に転がる〝なにか〟を見下ろしながら私は朧気にそんなことを思っていた。
これはなんでしたっけ?
「うぅ ……」
足元の〝なにか〟が呻き声をあげる。
私はそれを冷ややかに観察した。
えぇと〝これ〟は ──
そう、〝敵〟でした。
何故、私はこれを〝敵〟と判断したのでしょう。
〝これ〟は大切ななにかだったような気がするのですが ……
『姉ちゃん』
頭の中で最愛の弟の声が聞こえる。
「くぁ …… あっあああああ」
直後に左眼に激痛が走る。抑えた掌から紅の雫が零れ落ちる。
気が狂いそうになるこの痛みの原因は足元に転がる〝これ〟が原因だ。
自分の中の冷酷な自分がそんな風に教えてくれた。
「だったら ……」
揺らぐ視線にどうしようもない不安を感じる。
カタカタと震える唇を必死に噛み締める。
「だったら! だったらだったらだったらだったら!!」
消すしかないでしょう。こんなもの。
結論がそこに辿り着くと、不思議と瞳の痛みは消えていった。
「ええ、消しましょう」
渾身の力を左腕に籠める。魔法で命一杯に強化した左腕は歪な形へと姿を変える。
「無様なものですね」
恐らく ──
今の私の両眼は〝金色〟なのでしょうね。
── ドスッ
鈍い音と共に世界が暗転する。
「…… ぇ?」
一瞬で真っ暗になった世界に星の姿を認めて、私は呆けた声を上げた。
『ったく、なぁ~にやってんだよ。 エレシ』
「定 …… 臣 …… 様?」
見上げた声の方には陽だまりのような笑顔が咲いていた。
◇
今を思うと ──
あの夜の私はどうかしていました。
大切な仲間であるルブラン様を手にかけようとしただけでなく ──
天使様であり、師匠でもあらせられる定臣様までも ──
◇
「定 …… 臣 …… 様?」
定臣様の笑顔を見て、霧がかった意識が鮮明になりました。
笑顔でこちらに話かける声は、体を襲う疲労感に掻き消されてよく聞き取れていませんでした。
〝あぁ、またやってしまったのですね〟
薄れゆく意識の中でそんな風に思ったのを覚えています。
以前にもこういうことはありました。
こんな風に意識を手放した後、目が覚めると ……
── ドクン
真っ赤な世界がフラッシュバックする。
「…… ぁ」
「エレシ?」
── ドクン
その世界では決まって幼いポレフが泣きじゃくっている。
「ぁ …… 駄目です ……
ポレフ駄目です ……」
── ドクン
私はポレフに向かって手を差し伸べる。
── ドクン
ポレフはゆっくりとこちらを見上げる。
── ドクン
── ドクン
真っ赤な世界で怪しく光るポレフの瞳は金色で ──
いつもはよく笑う口元は凶悪に嗤っていて ──
── ドクン
── ドクン
── ドクン
「駄目です! ポレフ! 言わないでください!!」
しゃがみこんだ私にポレフが顔を近づける。
にぃと釣り上がった口元に私は息を飲む。刹那、五月蝿いくらいに世界を支配していた鼓動が消える。
「── !?」
ポレフの口元が声を発することなくゆっくりと言葉を紡ぐ。
〝殺そうよ、姉ちゃん〟
「ぁ …… あぁぁあああああ」
ポレフの口元を読み取った時、私は再び激痛に襲れた。
恐らく、あまりの痛みに地面を転がったのでしょう。
ちらりと見えた星空には、心配そうにこちらを覗き込む女性の姿が見えました。
〝あの方はどなたでしょう〟
── ザザッ
脳内には聞き慣れたノイズが響いていました。
〝確か大切な …… 大切ななにかだった気がするのですが〟
── ザザッ
その音が聞こえる度に記憶の断片が色褪せていきます。
〝あの方は …… あれは ……〟
そんな最中、その女性が背から純白の翼を出現させたことを思い出しました。
〝あれは …… いいえ、あの方は天使 ……様〟
「おいエレシ! しっかりしろ!」
その記憶にどこか安心させられる声色が入り混じって、私はなんとか自分を保つことができました。
〝あぁこの方は …… そう、天使様。 ポレフに幸運を齎して頂ける存在〟
〝名前はそう、サダオミ・カワシノ様〟
「定 …… 臣さ ……ま」
「エレシ!」
がしりと掴まれた両肩が痛みます。
〝心配をかけてしまったのですね〟
申し訳無さと共に左眼を押さえる手に力を入れる。その痛みで幾分か眼の痛みを誤魔化すことに成功すると、ようやくまともに会話することができました。
「大 …… 丈夫です。 ご心配おかけしました」
「あほかっ! どう見ても大丈夫じゃないだろ!
ルブルブもなんか大怪我してるしっ! お前らやたら強いんだからさ、じゃれ合うにしてももっと加減をさぁ」
定臣様の視線の先には横たわったルブラン様の姿がありました。
その姿を確認すると、私はどうしようもない罪悪感に駆られました。
「ぁ …… ぁぁ …… 私はルブラン様を殺し ……」
言い終わる前に定臣様に人差し指で口元を塞がれました。
そのまま視線で再度、ルブラン様を見るように促され従ったその先には
「う~ん …… ニー様ぁ♪」
にゃむにゃむと幸せそうにそんなことを呟くルブラン様の姿がありました。
「思ったより大丈夫そうだったああああ」
定臣様のそんな驚きの声と同時に一気に脱力したのを覚えています。
「…… すみません」
「ったく ── エレシ、とりあえず戻るぞ」
そう言うと定臣様は軽々とルブラン様を抱え上げ、それから私の手を引きました。
その時、再び左眼がずきりと痛んで、身体を強張らせた私は自然と定臣様の手を振り払ってしまいました。
「?」
それが一つのきっかけでした。
私は定臣様と出会って以来、ずっと心に秘めてきた懸念を投げかけることにしました。
「定臣様は ──」
ほんと、よせばよかったのにと振り返ってみてもそう思います。
「いずれはポレフの元から離れていってしまわれるのでしょうか?」
つまりそれはポレフの元から〝幸運〟が去るということ。
「ど~した急に~」
定臣様は少し驚いたような顔をされると、すぐに元通りの笑顔になりました。
私は再び差し出して頂いた手をお借りして起き上がります。それを確認すると定臣様は優しく私の頭を撫でてくれました。
「ん、いずれ俺は ──
いなくなるよ。 残念だけどね」
恐らくは何度も同じ別れを繰り返されてきたのでしょう。なにかを思い出すようにそう仰られた定臣様はとても辛そうでした。
予めそんな答えを予想していたとはいえ、私はその言葉にうろたえました。
だからとは言いません。ポレフのことを最優先に考え始めた自分の思考が、あらぬ方向へと暴走するのには自覚がありました。
ぐるぐると回る思考は次第に理性を失っていきました。
定臣様はいなくなる。
それならば私はどうすればよいのでしょう?
ポレフのためになにをしてやれるでしょう?
できることならば定臣様には生涯、ポレフの傍にいて欲しい。
そのために私にはなにができるでしょう?
そもそもどうして去ってしまわれるのでしょう?
ぽたりと左眼の出血が顎を滴り、掌へと落ちる。
私はうっかりとそれを見てしまいました。
── ザッ ── ザザッ
しまった ── と、そう思った時には既にいつものノイズが聞こえていました。
それから私は、少し離れた場所から自分の思考の行き先を他人事のように眺めていました。
そもそもどうして去ってしまわれるのでしょう?
── あぁそうか。 翼が在るから飛び立つんだ。
だったら私はその翼を剥ぎ取ってしまえばいい。
── それでも定臣様は足がお速いので逃げられてしまうかもしれない。
だったら私はその両足を轢き千切ってしまえばいい。
なんといいましょうか。
我ながらあまりにぶっ飛んだ思考回路でした。
このままどこか遠くへと逃亡したい気持ちに苛まれはしましたが、こうなってしまった私は自分の身体を制御することが出来なくなります。
私は成り行きを強制的に見守る破目に陥りました。
「いか …… ないでください」
私の声色でおかしくなった〝私〟が呟きました。
「エレシ?」
「どうしてポレフの元から離れていってしまわれるのですか!?」
「ぉぃぉぃ …… 今すぐってわけじゃないぞ?」
「それでも!」
「ちょ、ちょっと落ち着けってエレシ」
突然、大きな声を出した〝私〟を困り顔で定臣様が宥めます。
そんなことお構いなしとばかりに〝私〟は定臣様に詰め寄り続けました。あぁもう死にたい。
「だったら」
「う?」
「離れられなくするまでです」
「ちょ! エレシ待てって!」
制するように〝私〟の両肩を抑えた定臣様の瞳の中に自分が映りこむ。
やはり〝私〟の瞳は怪しく金色に輝いていました。それを確認すると保っていた意識が次第に薄れていきました。
「翼が …… 翼が在るから飛び立つというのなら、私はその翼を剥ぎ取ります
足が在るから逃げ去るというのなら、私はその両足を切り取ります
それでもその手で抗うというのなら、私はその両手を消し去ります」
「ぅわ~ …… エレシ、ぅわ~」
「あぁそうですか。 定臣様は〝天使様〟
つまり〝神様〟のご加護を受けていらっしゃいますね」
「なんか一人で語りだしたー」
「つまり、つまり定臣様に危害を加えるということは天罰を覚悟しなければならないということ」
「ぉ~ぃ、エレシ帰ってこ~い」
「ポレフのために神様を敵に回す ……
フ、フフフ♪ なんて …… なんて素敵なのでしょう♪」
「だ~もぅ」
「フフフ、アハハハハ♪
いいです、いいでしょう! 望むところです!
神が私を認めないというのなら、私は神をもあいたっ!?」
綺麗なチョップが〝私〟の額に降り注いでいました。
「どこの拳王になりたいんだよお前は! なにかと危ないな!」
それはもうものすごい〝じと目〟でした。とはいえ、チョップの痛みで私は少しだけ正気を取り戻すことに成功しました。
「すみません定臣様 …… 私、どうかしていました ……」
「おっ、帰ってきた」
しかしながらそれもすぐに揺らぎます。
「はっ、もしや先程の攻撃は〝神の先制攻撃〟!?
…… 神を屠る戦いは既に始まったということですか!?
ならば私はいたぃ!?」
「チョーップ! エレシ、チョーップ!」
「定臣様ぁ ……
いいえ! この程度で挫けるわけにはいきません!
何故ならこれはポレフのため! 私は私はあいたぅ!」
「ほぅあったぁあああ! ほぅあた! ほぅあた!」
「ぁぅ!? ぁっ!? いだっ! いだいでず! さだ!? おみ! さまぅ!?」
それから数分後、私は意識を手放すと同時に正気を完全に取り戻すことに成功しました。
横たわる私の額からは、ぷすぷすと煙が立ち昇っていました。
それは私にとって人生最大の汚点となった夜の出来事でした。
あぁもう、このまま消え去ってしまいたい。
◇
定臣がものの見事なチョップをエレシにお見舞いしていたその頃、拠点としている小屋の中ではこれまたものの見事な変顔を披露しているポレフの姿があった。その正面には片手を高らかに天へと掲げているシアの姿がある。いつもは虚ろな瞳はその時ばかりは爛々と輝いていた。
◇
それはこんな状況になる数秒前のこと、俺はさっきよりも輝きを増したシアを包む光と、さっきよりもページを刻むスピードを上げた本と、さっきよりも神秘的に映ったシアさん天使バージョンをぼんやりと眺めていた。
〝こんなシアもたまにはいいな〟
にんまりとそんなことを考えた直後の出来事だったと思う。
「いよっしゃあああ!! きたああああああああああああ!!!」
「なにがああああああああああ!?」
あまりの勢いに釣られてそんな風に叫ぶと共に現在の状態へと到る。
それにしても ──
そんな俺などお構いなしに、胸の前で小さく拳を前後させながら『よしっ! よしっ!』と笑顔全開で喜び続けるシアは可愛かった。その後、天使化を解除したかと思うとこちらに走りより、俺の手をとって『やったよ! やったあああ!』などと言いながら俺の周りをくるくると回り始めたものだから、俺のハートがズギューンと音をたてて砕け散ったのも仕方のないことだった。
ダメだ。やばいくらい惚れた。
── というか
「あはははっ、それにしてもチョップはないよね ── ぷっ、あはははっ」
なにやら俺の知らないところでなにかが起こったらしいのだが、とりあえず上機嫌に笑い続けるシアはもうなんというか辛抱たまらんかったとです。そしてその直後にうっかりと我に返ったシアさんに『なに手とか握ってるか。 キモイ』とか棒読みで言われた挙句、脛にトーキックをくらってこの一件は幕引きを迎えることとなった。
そんなわけで翌日 ──
ここは山賊〝骸の揺り籠〟が拠点とする山の中。進んだ先には依頼主の村よりも活気に満ち溢れた村?なのか?まぁ山賊達が生活している空間があったわけだが ──
「あっちゃ~ …… 野郎共! どうやらこの日が来たみたいだ!」
俺達を出迎えたのは屈強な男達だった。しかしその男達に剣呑な雰囲気は感じられず、醸し出すどこか牧歌的な雰囲気は戦闘する気などさらさら無いと暗に告げているようにすら感じられた。
拍子抜け状態の俺達の前に頭領らしき男が歩み出る。俺達をぐるりと目で一巡すると男は先程の言葉を言い放ったのである。
「結構頑張ったんだけどなぁ …… で、そこの王国兵さん」
にこやかに指差されたのはもちろんルブランだった。フルフェイスタイプの甲冑を早朝の内にしっかりと新調したルブランは、昨日までと変わらぬ〝いつもと違ったルブラン〟に戻っていた。
「…… 用件を言いなさい」
「!?」
「どうした?」
「い、いや、なんでもねぇ …… そんなわけあってたまるかっ
王国兵さん! あんたの階級を教えてくれ!」
「……」
「おっと、失礼失礼。 姉ちゃんが今の聞いてたらぶん殴られてたなぁ
人にものを尋ねるのならうんたらかんたらってなっ、へへっ、んじゃこっちからいくぜ
俺は〝ジミー・クルセイダス〟。 〝骸の揺り籠〟当代頭領やらせてもらってる」
「…… 私はエドラルザ王国の騎士だ。 敵に教える名など無いと知りなさい」
「騎士だぁ? そりゃお前、位としちゃ最下級だろうが!
おいおい、いくらなんでもそりゃないぜ、あんたらが普通じゃないのくらい見りゃわかるっての」
「……」
「まじかよ、ったく …… で? やんのか? 話し合いで引いてくれそうには見えねぇけどよ」
ジミーのその言葉を聞いて、ルブランが俺に目配せをしてきた。
ジミーはそれを見るとやれやれと肩をすくめて見せた。
「こりゃ勝ち抜き戦か? なんだって戦力の出し惜しみをするんだよ」
「この少年に勝てれば、我々は引くと心得なさい」
「…… そりゃ願ってもねぇ話だが」
ジミーはもう一度、俺達を目で一巡する。それからわしゃわしゃと頭を掻き乱した。
「だぁ~! もう! 納得できねぇ! ど~みても周りの連中のが強そうだろうがよ!」
ジミーがそう言うのも納得できる。
事実、このPTの中で俺は今も尚、最弱だった。しかしながらこの北への旅路の目的は俺がこの手で指名手配犯を討ち取り、勇者として王に認めてもらうことだ。
ぐっと拳に力を入れる。その直後に左手の方からドス黒い気配を感じて慌ててそっちを見た。
「お望みならば私がお相手致しましょうか」
姉ちゃんだった。
「だめえぇええ! ここはポレフが頑張るところなのっ!」
そんな姉ちゃんの前で両手をぱたぱたとさせて大慌てなのはロイエルだ。
「ちっときついが、まぁ俺らの弟子なんだからうまくやれや」
目を瞑ったままどこか嬉しそうにアニキはそう言った。その言葉だけで不思議と力が湧いてくるからやっぱりアニキはすごいんだと思う。
「まっ、それなりに応援する」
背後から聞こえたその声に一瞬で顔が蒸気したのがわかった。
ありがとうシア、その声援だけで百人力だぜ!
「ジミーくん、ジミーくん」
「な、なんだよ美女」
「まぁなんだ、実際に戦う選手よりもその脇を固めるセコンドの方が強そうに見えるのは、稀によくある世界の常識ってやつだよ」
「言ってる意味がよくわからんが、なんかわかった気がするぜ」
ぽへ~っとした様子でいきなり今から戦う敵と話し始めたのはもちろん定臣だ。
相変わらずに相変わらずすぎていらない緊張とかそんなのが一気に吹き飛んだ気がする。
さてと ──
「俺の名前はポレフ・レイヴァルヴァン! 勇者候補だ!」
── いっちょやりますかっ!!
◇
嵐のような日々を思い返す。
それは化け物じみた三人の師匠に鍛えられた日々だった。
何度も破けては硬くなっていった掌。気が付けば一回り太くなっていた腕。
随分と角ばったふくらはぎを姉ちゃんに見られた時は〝可愛くありません〟などと泣かれたりもした。
背だって少し伸びた。
伸びた背丈の分くらいは実力がついた自覚だってある。
この戦い ──
「負けねえええぞごらああああ!!」
◇
「負けねえええぞごらああああ!!」
始まってしまったか ……
大声と同時に左手で手刀を構え、ジミーの方を指し示す。それから右手で拳を作り、背中へと回す。それが幾度となく実戦訓練を経て、辿り着いたポレフの戦闘体勢だった。
それにしても ──
戦闘における先制攻撃の重要さは何度も説いてきた。だというのに今日の本番戦においても、あの子はこのお粗末ぶり ……
「敵にいちいち先制のタイミングを告げる必要はない、
そう知りなさいと何度言えばわかるのですか ──」
呟きと同時に脱力しそうになる自分を戒める。両者の実力を知る身としては、この勝負、一瞬も目を離すことはできない。
── キィン!
「なんっだそれ!?」
先制攻撃を獲ったのはポレフだった。
〝飛剣ビグザス〟による奇襲攻撃 ── 前に突き出した手刀を倒すことによって背中から発射されるその一撃は、初見では多くの者が虚を突かれる。しかしながらジミーは、反射神経だけでそれに反応し、大戦斧を大きく振り上げ、ビグザスを天空へと弾き飛ばしたのである。
〝ジミーめ、腕を上げた〟
── だが
ポレフが手首を折り、手刀を下へと向ける。それに呼応してビグザスは刃先でジミーを捉え、一気に急降下する。その一撃は昨夜、我が身を襲ったエレシの投擲を彷彿とさせていた。
〝まったく末恐ろしい才能です〟
訓練開始当初は幼子が歩く程度の、拙い一撃しか繰り出せなかったポレフのビグザス。その成長ぶりには幾度となく目を見張らされた。
戦闘スタイルに〝軸〟をいうものを定めるのなら、ポレフにとっての〝軸〟は間違いなくこの〝飛剣ビグザス〟でしょう。
しかし ──
「あめぇんだよ!!」
声の勢いとは裏腹に、繰り出された斧は実に柔らかかった。
スウェーバックで回避しながら刃先に添えられた斧は、音も無くビグザスを〝滑らせる〟
一切の減速無しに誘導された矛先は、ものの見事にポレフを捉えていた。
── ヒュン
〝よろしい、合格点だと思いなさい〟
風切り音を耳元で捉えながら、自身の顔面へと舞い戻ってきた凶刃を首一つ動かし回避する。そして通過し終える前に、身体を反転させ、手懐けるようにビグザスの持ち手を、がしりと掴む。一連の動作を、自然な形でやり終えたポレフの成長に、そんな風に太鼓判を押した。
── ヒュン
!?
直後のポレフの動作に戦慄を覚えた。
ビグザスを掴んだままに一回転。さらに勢いを増したビグザスを、再びジミーに向かって射出する。
「ちぃ!」
予想だにしなかったポレフの追撃。ジミーの反応が僅かに遅れ、掠めたビグザスは頬の肉を切り裂いていた。
『舞走』
風にのって聞き慣れない言葉が耳に飛び込む。ポレフの声色で放たれたその言葉は、ジミーの前後から同時に聞こえていた。
「なにぃ!?」
── バキッ
ジミーからしてみれば、正面からの投擲攻撃直後の背面からの挟撃である。それでも咄嗟に斧を盾にし、襲い来るビグザスに対応出来たのは賞賛に値する。しかしながら、この攻防でそれをも上回ったのはポレフのスピードだった。
ぱらぱらと砕け落ちる大戦斧。ポレフはこの一瞬において、間違いなく定臣の速度領域に踏み込んでいた。
驚きのままに当人に目をやってみる。
隣に陣取っていた定臣は、ぱくぱくと驚きを隠すことなくポレフを指差していた。
「さすがに今のは驚いた」
同意を求めるように呟いた言葉だったのだが ──
「あ、あいつ勝手に名前つけやがった ……」
驚いたのはそっちなのか。相変わらずすぎる馬鹿たれに今度こそ脱力させられた。
「どっせいっ!」
「おうらっ!!」
その声に視線を戻す。
「何故だポレフ!?」
再び視界に捉えた二人の姿に思わずそんな風につっこみをいれた。
身体を反転させて右ストレートを放ったジミー。それに対して何故かビグザスを放り投げ、同じく右ストレートを放ったポレフ。絶対的優位を捨てた馬鹿弟子の行動には呆れ果てる他になかった。
── バキッ
「えぇ!? …… ぇー」
「リーチの差だな」
「リーチだな」
「ポレフ、腕短かった」
「あぁ、ポレフ …… 紙一重でしたよ!」
直後に鳴り響いた鈍い音に皆が各々の感想を漏らす。同時に放たれた渾身の一撃は、綺麗に交差し、そして腕のリーチの差のままにポレフの一撃はジミーを捉えることなく、空を切った。
大の字で地面に倒れ込むポレフ。息を切らしながら、驚愕の色をそのままにさせた表情でそれを覗き込むジミー。その表情はジミーが追い詰められていたことを物語っていた。
「お、俺の勝ちか? …… いや、んなわけねーな」
周囲を見回しながらジミーがそんなことを言う。
恐らく、ジミーのその言は〝どちらが勝ってもおかしくなかった〟というような意味合いを込めて言い放たれたのだと思うのだが ……
「ポ・レ・フ! ポ・レ・フ!」
言葉の意味をそのままにとった定臣が、相変わらずに空気を読まず、そんな風に手を鳴らしながら声援を送り始める。
ぽか~んとする他の者達。にんまりとそれを見つめるPTの面々。慣れの差がそのままに反応に反映された。
とはいえ、その声援はポレフにはしっかりと届いていたらしく ──
「よ、余裕! ぜ、全然効いてないからっ」
次の瞬間にはポレフは大の字の格好のままに、おきあがりこぼしよろしく、みよ~んと起き上がったのである。
「なんっだそれ!?」
ジミーが驚愕の声を上げる。その起き上がり方は気持ちが悪いので、よしなさいと何度も言ったのですが ……
「ぜんっぜん効いてないねっ」
何故、二回言ったのだと思いながら足元に視線を落としてみれば、ポレフの足はいつぞやの定臣を思い出させる程にぷるぷると震えていた。
「まったく …… そんなところまで似る必要はないと知りなさいと何度言えば」
思わず口元が緩む。真剣勝負の最中になんなのですか、まったく。
少し前の自分ならば間違いなく激昂していただろうと、そんなことを思いながらジミーに目をやる。
「ど~にも毒気を抜かれていけねぇ」
するとジミーは目を伏せ、首をコキコキと鳴らしながらそんなことを言っていた。
どうやら今のジミーは以前の私を越えているらしい。その口元に薄っすらと浮かべられた笑みを見た時、そんな風に感じた。
「出来ることなら誰も殺さずお帰り願いたかった」
ジミーの気配が色を変える。
「一人でも殺した時点で姉ちゃんには届かなくなるからよ」
にやりと笑いながら両手を広げる。
「まっ、しょうがねぇ ── うっかり殺したらごめんな! 坊主!」
そう言い放ったジミーの両手に光の束が集束する。
「剣を拾いなっ」
光の束が消えた時、ジミーの両手には大戦斧が握られていた。