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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
44/57

北への旅路 Ⅱ

 ■




 ◆




 翌朝のルブルブは実に不機嫌だった。

 なんでも昨晩、木の上で眠る際にエレシの注意を無視して、皆と少し離れたところを寝床に選んだのが原因らしいのだが ……



 その事件は早朝に起こった。 

 巨木の根元、護衛のためにマリダリフと気を張ること数時間。それは夜明け色の空に向かって大きく背伸びをしていた時のことだった。見上げた空、視界の隅に僅かに映った緑色からルブルブが降ってきたのである。


 そりゃ確かに、それを笑った俺にも非はある。でも、だ。『何故だああああ!』と叫びながら降ってきたと思ったら綺麗に着地して、今度は唖然としていた俺とマリダリフに向かって『何故だ?』などと言ってきたルブルブも悪いんじゃなかろうか。シュールな甲冑姿も相まって笑いをこらえるには俺のライフはゼロすぎた。


 

 そんなわけで ──



「ル、ルブルブ?」


「呼ぶな! 話しかけるな!」


「だ~か~ら~! 誰もルブルブが重すぎで枝が折れたとか思ってないってばぁ」


「き、ききき貴様! お、おおお王国制式甲冑は重い! …… のだと …… 知りなさい?」


「あ、自信ないんだ」


「ふん!」


「あ、ちょ、待ってってルブルブ」



 出立してからというもの、ずっとこんな具合で取り付く島が無い状態だった。

 


「おはよ、定臣。 あっ、ルブランさん、おはようございます。 お怪我はありませんでしたか?」 



 ルブルブに反比例してすっきり顔のシアさんは実に上機嫌だ。

 いつも通りの抑揚の無い声色からでも、シアを妹認定した俺には感情の浮き沈みを読み取ることができる。もちろん根拠は無い。


 そんなシアさんに話しかけられるや否や、ルブルブの機嫌は瞬く間に直っていった。

 前々から思っていたがルブルブはシアやロイエ、それにポレフにはどうにも甘い節がある。

 恐らくは子供好き。聞けば全力で否定してくるであろう彼女の姿を思い浮かべ、にんまりと頬を緩ませたまま、俺は旅路を進めることにした。


 


 ◇




「やっぱメヘ車はあった方がいいよなぁ?」



 昼を過ぎた頃、疲れた様子で後ろを歩く面々に振り返り、マリダリフがそんなことを言った。

 うな垂れるように、なんとも微妙な表情で無言の肯定を示すポレフ達に笑顔を向けると、PTの良心にして愛弟子第二号であるエレシは優しい声で言い放つ。



「そろそろ休憩に致しましょうか♪」



 待ってましたとばかりに一堂が沸いた。続いてもはや恒例となったエレシの謎ゲテ料理が順に手渡されていく。馴れとは怖いもので、初見で恐怖を与えてくれたそのグロイ物体も、今となっては涎を染み出させるスイッチの役割を担っていた。


 食事休憩を得た途端、すぐさまに瞳の色を取り戻したチビ連中のはしゃぎ様に笑いをこらえながら、今日も俺はエレシの謎ゲテ料理をうまうまと頂くのだった。


 それにしてもエレシの奴、レイフキッザでどんだけ買い込んでたんだよ。



「ふふふ♪ まだまだありますよ♪ 定臣様」



 地の文を読み取らないで下さいエレシさん。




 ◇




 その村に辿り着いたのは夕暮れ時だった。

 隠れるようにして雑木林の中から現れた依頼人は俺達を村外れの小屋へと案内した。

 小屋を訪れる際、遠巻きに見えた村の様子に俺達は一気に表情を引き締めた。


 破壊された家屋が幾棟も見受けられ、その外では幼い子供達が表情の無い虚ろな瞳で座り込んでいる。その向こう側では男達が言い争っている姿も見えた。


 なんともまぁ ……


 人は心に余裕が無くなればすべての物事が悪循環を開始する。そんな負の連鎖を体現したような村の有様は不思議と見る者の心までも沈ませる。


 小屋の中、依頼内容を確認する前に俺達はなんとも陰鬱な空気に纏わり憑かれていた。



「それで …… 依頼内容を確認したい」



 淡々と口を開いたのはルブルブだった。

 どこか違和感を覚える。すぐに気付く。

 口ぶりはいつもと変わらず素っ気無いものの、声色が明らかにいつもと違っていた。


 そんなささやかな違和感はすぐに消し飛ぶこととなった。

 依頼人の口から語られる〝骸の揺り籠〟への怨念の情。そこから深淵へと続く殺意。


 

 気付かされる。



 俺はどこかでこの依頼をなめていたのかもしれない。

 


 もちろん、依頼内容が〝討伐〟である以上、ある程度の覚悟はしているつもりだった。

 それは〝斬る〟覚悟であり〝殺す〟覚悟でもある。


 しかしながら己のそんな覚悟は、常に相手方の想いに依存している部分があった。


 敵が話し合うつもりならば、こちらも話し合いで解決する。

 敵が勝負をするつもりならば、こちらも勝負に徹する。

 敵が死合うつもりであるならば、こちらも殺すつもりで剣を抜く。


 そんな覚悟は戯言だと。己の美学の甘さを痛感する。


 

 依頼人が求めているのは復讐であり、圧倒的な殺戮だった。



 そこに相手の意思は無く。ただ機械的に剣を振るう。

 圧倒的に。完膚なきまでに。ただ単純に殺戮を繰り返し、そして蹂躙する。



 それこそがこの依頼の真相だった。



 その時 ──。



 俺はどんな顔をしていただろうか。

 少なくとも動揺を隠せていたようには思えない。



 暫く前にマリダリフに聞かされた言葉が脳裏をよぎる。



『傭兵の仕事ってのは理由をいちいち求めるもんじゃねぇ』



 横目で伺ったマリダリフの表情に続きを思い出す。



『何故と問うあいだはひよっこよ! 仕事だからやる。 これに尽きらぁな』



 目を瞑って大きく息を吐く。それから背筋に芯を入れた。



 まったく ──



 やれやれだ。



 

 ◇




 それでも ──



 それでも定臣は理由を求めるだろうよ。


 

 こちらの様子を伺ってきた不安な瞳を覗き返す。

 この女は最高に美人で、圧倒的なまでに強いくせに ……

 すぐに不安定になる。放っておけないのは惚れた弱みってやつだろう。

 こいつは殺意の籠もった暴力をいちいち嫌う節がある。

 そんなんじゃぁ傭兵の仕事なんざ到底無理だっていうのにだ。



 それでも ──



 それでも定臣は信念を捨てねぇんだろうなぁ ……


 まっ、そこがイイところでもあるんだが


 手渡した免罪符に縋れば剣はどこまでも軽くなるっていうのによ。


 

 難しい顔で顎に手を当て思案する姿に思わず頬が緩む。

 


 あ~ぁ …… なんだってこんなに惚れちまったかねぇ ……



「定臣」


「う?」


「後で話しておきたいことがある」



 確証を得ていない情報を人にもたらすのは好きじゃない。それでもこの女にだけは自分の憶測を伝えておこうと、そう思ったのはやっぱり惚れた弱みなんだろうよ。




 ◇




 外からメヘ車が遠ざかる音が聞こえてくると、依頼人はどこかほっとした様子で一つ会釈をし、その場を後にした。村人の去り際、ポレフは外での情報収集の可否を尋ねた。


 わざわざ村から隔離されたこの場所に、忍ぶように案内されたのだ。答えは聞くまでもあるまいと誰もがそう予想した。しかしながら村人は意外にもポレフのその申し出を許可したのである。ならば情報は一つでも多く欲しいところである。一堂は二人一組で手分けし、すぐさまに情報収集に乗り出したのだった。




 ◇




「〝ジミー・クルセイダス〟つまり、その人物が〝骸の揺り籠〟の頭領なのですか」



  

 呟くように村人から聞かされた名前を復唱したのはエレシだった。その隣にはもちろんポレフの姿がある。



『こ、これくらいで勘弁してくれよ! 下手なこと喋ったってバレたら殺されちまう!』



 怯えながらそう言い放つと村人はすぐにポレフ達の元を離れていった。



「みんな怖がってるな。 姉ちゃん」 


「ですね。 困りましたね」



 いつものようにポレフの頭に優しく手を添える。

 いつものようにポレフに優しく笑顔を向ける。



 不意にエレシの顔から笑顔が消えた。



「姉ちゃん?」


「…… ポレフ」


「どうかした?」


「皆さんが〝ジミー・クルセイダス〟という男を恐れています」


「うん」


「それほどまでに恐ろしく …… とても強い人なのだと思います」


「うん」


「ポレフは怖くないのですか?」


「すっげぇ怖いぜ! 姉ちゃん!」


「だったら …… だったら何故」


「だってみんな困ってんじゃん」


「別にあなたでなくてもよいはずです。 それこそここは城壁の中。 騎士団のみなさんにお任せしてもよいはずです」


「騎士団の手が届かないから依頼が〝外〟にまできてたんだろ? 俺にだってそれくらいわかるよ姉ちゃん」


「しかし!」



 最愛の弟、ポレフ。その成長ぶりを誰よりも喜んでいたのはエレシのはずだった。しかしながらその時のエレシは、得も知れぬ焦燥感に駆られていた。



「姉ちゃん」



 その焦燥感は次の瞬間、エレシに暗い影を落とすこととなった。




 ◇




「手の届く範囲で困ってる人を見過ごして勇者が務まるわけがない」



 凛とした顔立ちでそう言い放った弟はまるで別人のようだった。


 私はそんな弟に ……


 そんな弟を ……



「それではポレフ …… あなたは ……」



 ずきりと左眼が痛む。それをぐっと我慢して質問の続きを言葉にした。

 

 

「その〝ジミー・クルセイダス〟を …… 殺すのですか?」



 

 ◇




「その〝ジミー・クルセイダス〟を …… 殺すのですか?」



 その時の姉ちゃんはすごく怖かった。

 昔から姉ちゃんはたまに …… いや、今はそれよりも質問の答えが先だ。



「殺さない。 と、殺したくない。 は別物だって定臣は言ってた。

 俺は定臣のそんな教えにすごく共感してる」



 その名前を口にした時、ふわりと姉ちゃんの空気が緩和したのがわかった。



「〝瀬戸際の手加減〟…… ですか」


「あ、やっぱり姉ちゃんも教わったんだ?」


「当然です♪ 私は定臣様の直弟子ですよ? ポレフより格上なんです♪」


「ちょ! 弟子に格上も格下もないって!」


「ふふふ」


「ね~ちゃ~ん」


「ポレフは可愛いですね♪」




 ◇




「ポレフは可愛いですね♪」


 

 そう言いながらポレフの頭を撫でる。脳裏では定臣様の言葉を思い出していた。



『強くなる理由? そもそも強くなりたいから剣を振るってるわけじゃないんだけどなぁ』



 前置きは確かこうでした。続いたご高説に心底惚れこんだのはつい最近のことでした。



『好きで振るってる剣が強さに繋がっていた。 その結果、瀬戸際の選択権を獲得できるようになった。 これはいいことだと思う』


『瀬戸際の選択権ってなんだって? そりゃいきなりそんなこと言われれば聞きたくもなるか ……

 あんまり自分の考えを人に話すの好きじゃないんだけどなぁ』


『つまり生殺与奪の権利のことだよ。 生かすも殺すも俺次第~ってことね。

 相手を完全に無効化できれば瀬戸際の選択権ってこっちのものじゃん?』


『俺はその権利を行使して常に手加減していたい。 できれば誰ももう殺したくない。 もちろん殺されたくもない、痛いから。 死ぬのは嫌だあああ! あの痛みはないわあああ!』



 思わず笑みが零れる。私達は本当に良い師匠に巡り合うことができました。



 ── それでも。



 ── それでもポレフが危険な目に合うのは我慢できそうにありません。




 ◇




「ふざけるなっ!!!」


「ちょ、ちょっとルブラン!」



 胸倉を掴まれ壁に押し付けられた村人が咳込む。ロイエルの静止を経て、ようやく開放された村人はそそくさとその場から逃げ去っていった。



「どうしたのよ、一般人に暴力を振るうなんてあなたらしくないわ」


「…… そんなわけがないのだ …… そんなわけが」


「ルブラン?」


「…… あぁ、す、すまない」


「ふぅ …… さっきの人が言ってたクルセイダスってさ」


「言うな!」


「ん」


「…… すまない」


「辛かったら言ってよね? 僕はルブランのこと、友達だと思ってるんだから」


「…… あぁ …… ありがとう。 ロイエ」


「!?」


「む?」


「今、僕の名前言ったよね!?」


「し、知らん」


「言った! 絶対言った! ねね、ルブランもう一回! ね?」


「知らん!!」


「もう一回いいい!」


「知らんというに!!」




 ◆




「あーすまん。 お前に難しい話は無理だった。 俺が悪かった」


「うっせぇよ。 もっとわかりやすくワンモアプリーズ?」


「えーとだな、つまりだ」


 

 頭を抱えて難しい顔で再び説明を始めたマリダリフをじっと見る。できる限りに噛み砕いて再度、説明してくれたマリダリフの話はさすがの俺にも理解できるものになっていた。


 それは〝城壁の内側〟に住まう人々の義務と権利の話だった。


 権利は言うまでもなく安寧なる暮らしを約束してもらえること。

 義務は途方もない額の重税を納めること。


 そもそも城壁の〝内〟と〝外〟の違いは貧富の差に直結していると言っても過言ではない。

 城壁が完成した際、納税のあてのある者は内側へ、ないものは外側へと移住していった。


 城壁を通過する際には通行料が発生する。

 じゃあそれが払えなくて内側から出たくても出られなかった人達はどうなる?



「ここまでは理解した。 で、その人達はどうなったんだ?」


「決め事には必ず抜け道があるもんだ。 小賢しいお前ならそれは承知済みだろうがよ」


「小賢しい余計だからな? で、その抜け道って」


「急かすな急かすな、今からお前にもわかるように丁寧にていね~~いに説明してやっからよ」


「…… マリダリフお前、仮にも俺のこと好きなんだよな?」


「もうだいっっっ好きだね!」


「はっ」


「おいコラ鼻で笑うなっ! 傷つくだろ!」


「はいはい説明説明」


「ちっ、わかったよ! ったく」



 権利である安寧なる暮らし。これに支障をきたす事態が発生した場合は、エドラルザ王国の名のもとに騎士団が出動し、速やかにこれを排除する。尚、事態が修復されるまでの間、近隣住民は納税の義務を免除される。



「公にはそんな事態は発生してねぇ」


「そりゃ面子の問題で公表できないわな」


「すぐにそこに辿りつく頭の回転は認めてるんだがなぁ」


「言い方にトゲがあんだよ」


「まぁそんなわけで、影で騎士団様を困らせる貧民達の英雄が各地で出現しちまったわけだ」


「表向きは?」


「王国にあだなす山賊」


「ぁ~ …… あのさ、すっげー身近に心当たりがいるんだけど」


「ビンゴだ」



 撃退する度に派遣される騎士のランクは上がっていく。そしていつかは力負けして投獄され、死刑になる。始める前からわかりきった負け戦だ。


 それでもけっして退かなかった。

 一分一秒でも民の暮らしを楽にするために。

 民の命を守るために。



「それが〝ルブラン・クルセイダス〟としての彼女の戦いだった」


「クルセイダス? いや、それよりも」


「ん?」


「いや、まじでよかった! マリダリフ! ナイス情報!」


「なにがだよ」


「いやだってほら、ルブランが山賊だったってのがどうしても納得できてなかったんだよ」 


「…… そっかよ」


「なに笑ってんだよ?」


「なぁに、気のせいだ」


「む?」


「気のせい気のせい君のせい~ってな」


「俺かよ」


「さて、話の続きだ」


「おう」


「〝山賊〟と称された輩を撃退するために騎士団長まで引きずり出したのはルブランが最初で最後だった。 公表はされていないものの、そういった情報は裏では足が早い。 当時、〝甲冑割りのルブラン〟の名は瞬く間に広まったもんだ」


「まぁルブルブ、超つえーしなぁ」


「…… つっこみはとっておくか。

 お前も知ってるとおり、今や騎士団長殿はオルティス・クライシス率いる勇者軍団の一員だ」


「オルティス …… うぐ」


「ん~?」


「いや、なんでもない」


「ふむ。 んでこっからが本題なんだが、どうも勇者軍団に率いられる寸前に騎士団長殿に討伐要請が出ていたらしいんだ。 標的の名前は〝ジミー・クルセイダス〟今回の任務で上がった〝骸の揺り籠〟の当代頭領の名だ。 まぁ何故かその出動要請は騎士団長殿の耳に入ることなく取り消されたらしいんだが …… それはこっちの話なんで今は忘れてくれ」


「要するに …… そのジミーってやつはルブルブばりの強さってことか?」


「単純に考えるとそうなるわな」


「ん? クルセイダス?」


「こっからは俺の憶測なんだが、耳に入れときたい。 話半分で聞いてくれ」


「おう」


「ラナクロアの常識の一つに〝名を継ぎ意志を継ぐ〟というものがある。

 通常、同じ苗字が同時に二つは存在しない世の中なのは既に知ってるよな?」


「ぇ、そうなの?」


「また知らねぇのかよ」


「そ、そんな悲しそうな声出すなよぉ」


「まぁなんだ、とりあえずそうなんだよ。 このラナクロアではそれが常識だ」


「あれ? じゃあロイエと姐さんって実の姉妹?」


「周知だろうがよったく」


「じゃ、若干恥ずい」


「話戻すぞ?」


「あ、すまん。 頼む」


「自らの名を改名し、志半ばで死んだ者の意志を継ぐ。 死した者の生き様を崇拝しているからこそそれができる。 これを聞けば名を改めることの重みがちったぁ伝わるか?」


「覚悟の〝顕れ〟か …… そういう奴は強いだろうな」


「俺が相手にしてきた奴の中でも最悪の部類だな」


「はぁ …… 骨が折れそうだなぁ」


「話には続きがあってだな ──」



 そう前置きするとマリダリフはそっと耳打ちしてきた。その内容に俺はすぐさまに目を見開く。



「── ってそれまずいだろ!!」



「戻ったぜ!」

「ただいま~」

「実はいた」


 

 俺が声を荒げたのとポレフ、ロイエ、シアの三人が帰ってきたのはほぼ同時のことだった。




 ◇




 〝ジミー・クルセイダス〟だと?


 ふざけるのも大概にしなさい。

 あの子にクルセイダスの重責を背負えるはずがない。

 

 そもそもがおかしい。おかしいことだらけだ。


 私が〝ニー様〟に降り、あまつさえ憎むべき対象であった騎士団に入団したのは〝あの〟交換条件があったからのはずだ。


 それならば何故、ジミーがクルセイダスを名乗っている?

 約束は執行されなかったのか?

 いや、あの〝ニー様〟が約束を違えるなどあるはずがない。

 では何故 ……

 ジミーがクルセイダスの意味を履き違えた?

 それも無い。あの子は誰よりもその意味を知っている。

 では何故、村人は〝骸の揺り籠〟をこうまで憎む?揺り籠は村人にとって隠れ蓑だったはずだ。

 

 何故は尽きない。

 しかし今はそんな何故よりも ──



「ここは変わらないな」



 村を外れ〝骸の揺り籠〟が拠点としている山へと続く細道で、私は一つの懸念を取り払う。

 できれば対峙したくない。しかしこの願いは恐らくは叶わない。


 ── エレシ・レイヴァルヴァン。


 弟をなによりも大切に想う彼女の気持ちはよくわかる。だからこそこの後、彼女がとる行動が予想できる。


 ポレフに危険を及ぼす存在。

 最愛の弟の命を脅かす存在。


 なまじ実力をつけたせいで恐らくポレフはどれだけ説得しようと応じない。

 恐らくは助力すらも拒むだろう。


 だったらどうする?

 自分ならばどうする?


 答えは考えるまでもない。



 いなくなればいいのだ。



 人知れず。本人の与り知らぬところで事を起こせばいい。

 対峙する間もなく危険を排除すれば気付かれることもない。


 だからこそ彼女はここを通る。

 私ならば ── きっとそうする。



「エレシ・レイヴァルヴァン!」


「…… あら? ルブラン様?」


「こんな夜更けにどこへいく?」


「…… ふふ、少々、雑事をこなしておこうと思いまして」


「〝ジミー・クルセイダス〟…… か?」


 

 私のその言葉に彼女の肩がぴくりと動く。



「夜の闇は便利です。 穢れた行為そのものを隠してくれますから」



 その笑顔に心が凍りつきそうになる。



「…… あなたの笑顔は不思議だ。 母のような温かさと悪魔のような残虐さが入り混じっている」


「…… ふふ、ご明察ですよ♪ ルブラン様、それこそ真理です♪」


「あなたの時折り見せる、不安定さが怖かった」


「あら♪」


「エレシ・レイヴァルヴァン。 〝ジミー〟を消さないでくれないか」


「それは無理な相談です♪ だってポレフが危険でしょう?」


「ならば私は ……」


「?」


「力づくでもあなたを止める!」


「…… あら? ルブラン様はポレフの味方をして頂けるとばかり」



 言うなと ──


 その先の言葉は言うなと ──


 本能がそう訴えかけていた。


 それでも私は恐怖をこらえ



「…… 弟 … なのだ」



 その先の言葉を ──



「〝ジミー・クルセイダス〟は私の弟なのだ!!」



 口にしてしまった。




『そう ── 

 それではルブラン様は私達の〝敵〟なのですね』


 

 その一撃は命を狩る一撃だった。

 一切の躊躇なく投げ放たれた短刀を喉の手前で弾く。



 ── キィン!



 殺意に純粋に反応した返し刀はエレシの額を僅かに掠めた。

 エレシは手を額に添え、その場に蹲る。

 その姿を見下ろしながら、胸がズキリと痛んだ。

 少なくとも私に〝味方〟を傷つける意思は無かった。

 それでも手加減する余裕がない程にお互いの実力は拮抗していて

 なによりも先の一撃には純然たる殺意が籠められていた。


 

 〝仕方がなかったのだ〟



 必死に自分にそう言い聞かせる。

 ぽたぽたとエレシの白い手から零れ落ちる真紅の液体が罪悪感を助長する。


 そんな最中 ──



『姉ちゃん! どうだ俺もだいぶ強くなっただろ!』

『姉ちゃん! 俺も姉ちゃんみたいにさ!』

『姉ちゃん! すげーな姉ちゃん!』

『姉ちゃん! 俺、姉ちゃんのことが大好きだ!』



 

 何故、私はジミーのことを思い出していたのだろうか。



「あは …… 見てくださいルブラン様、血が流れています」



 ゆらりと立ち上がったエレシの姿に意識を引き戻される。



「!?」



 闇にぎらりと浮かんだエレシの両眼は怪しく金色に輝いていた。



「あは …… あはははははは!! 血だ! 血ですよ!! あは! あはははははは!!」


 

 そのエレシの姿に ──



 一瞬前に自分が思い出していたものは ──



 走馬灯だったのだと理解した。



 ── グチャ

 


 

 ◇




 ── グチャ


 

 鈍い音をさせながら金属片が宙を舞う。

 縦一閃に振り上げられたルブランの大斧は見事にエレシの魔装具を破壊していた。



「あは♪ 魔術師を無力化するには魔装具から …… ですか」



 虚ろな瞳でそう呟くとエレシは頬を伝う血をちろりと舐めとった。



「!?」

 


 その姿に戦慄する。危うく戦意を喪失しかける。



「エレシ・レイヴァルヴァン! 言うことを聞きなさい! 魔術師あなたでは私には勝てない!」



 ルブランは恐怖を跳ね除けるべく大声を張った。

 今の彼女にとっては戦意こそが生命線だ。エレシの瞳を覗いた時、彼女はそれを瞬時に理解した。先の一撃は彼女の剣士としての経験が反射的に呼び起こしたものであった。


 怯めばたちまちに恐怖に足元を掴まれる。故にルブランは自らを鼓舞する。それ程までの殺気と狂気を変貌したエレシは有していた。

 


「あは♪ あははははは! 不思議ですルブラン様♪

 震えながら強気な発言をされるなんて …… とても」



 ゾクリと背筋が凍る。ルブランはエレシに集束する魔力の流れを視た。



 ── 来る!



「とても滑稽ですね」



 声と共にけたたましい爆音が鳴り響く。同時に放たれた膨大な光は一瞬にしてルブランを飲み込んだ。






 ◇






 ◆





「赤コーナー! 笑顔の中に潜む絶対零度の瞳ぃ! チャンピオン、エレシ・レイ …… ヴァルヴァアアン!! 対しまして青コーナー! 鋼鉄の純情乙女ぇ! 挑戦者、ルブラン・メル …… クロワアアアア!」



 脳内にそんなアナウンスが流れる。

 ポレフ達の帰還と同時に外へと飛び出した俺は、嫌すぎる胸騒ぎに背中を押されるようにして〝骸の揺り籠〟が拠点としている山へと走り出していた。



「大丈夫かなエレシの奴 ……」



 声に出すと同時に先程のマリダリフの耳打ちを思い出す。



『〝ジミー・クルセイダス〟ってのは恐らく、ルブランの弟だ』



 エレシ=弟超好き。

 ルブラン=たぶん弟超好き。

 

 ルブランの弟=ポレフの敵


 つまりエレシがががが


 そんな連想の背景に〝笑顔の奥の絶対零度の瞳〟が怪しく光る。



「はぁ ……」



 エレシが時折見せる不安定さ。彼女のそんな弱さは理解しているつもりだ。

 恐らくは俺が知り得ない〝なにかが〟原因として潜んでいるのだろう。

 揺らぐ瞳の奥に幾度となく〝昔の小夜子〟に似たものを感じ取ってきた。



「ったく、放っておけないねぇ」


 

 地を蹴る足に力を入れる。そこから三歩。

 俺は背後から吹き抜けた風を追い抜いた。





 ◇





「…… な、なに? なんなの? 定臣? え?」



 開けっ放しにされた扉。その奥の素っ頓狂な声の主はロイエル・サーバトミンだった。



「定臣が小屋を走って出て行った。 わかる?」


「そ、それはわかるわよ! というかシアも少しは驚きなさいよ!」


「そ」


「『そ』ってぇええ」


「相変わらずやかましいなぁ〝ちび姫〟さんはよぉ」



 声と同時にロイエルの頭に大きな手が覆いかぶさる。それを〝じと目〟で見上げるとロイエルは軽くため息をついた。



「だから〝ちび姫〟はやめてってば〝おじさん〟」


「〝おじさん〟は傷つくねぇ …… 

 ── それじゃロイエル」


「な、なによ」


「ちっとツラかしてもらえねぇか」


「よ、呼び出し!? 僕どうなっちゃうの!?」


「くくくっ、別にどうもしやしねぇよ」



 にやりと笑いながら一呼吸。

 それから急に真顔を作るとマリダリフは ──



「割とマジな用件だ。 いいか?」



 そんなことを言った。



「い、いいけど」


「うし、んじゃ出るか」


「ちょ、ちょっと用件くらい言ってよね!?」



 そんなことを言いながらロイエルはマリダリフの後をついていく。

 不服そうな声に釣られるようにしてマリダリフは軽くロイエルに振り返る。



「ドルチェさん絡みの任務は厄介でなぁ …… カルケイオスでもよく使うだろ? 〝隠語〟ってやつ」


「!? …… そういうことだったんだ」


「察しが良くて助かるねぇ ── まっ、うちらに出来ることをやろうや」


「わかったわ」



 軽く頷き承認の意をマリダリフに伝える。それからロイエルは後ろを振り返り軽く目配せをする。その先にはポレフの姿があった。


 小声で一言二言。シアの横にちゃっかりと座り込んでいたポレフには二人の姿はそんな風に見えていた。



「おう! なんか知らねぇけどいってらっしゃい!」



 そんな風に送り出す。すぐに二人の背中が視界から消えていく。

 それから気付いた。



「(あれ? これシアと二人きりなんじゃね?)」



 ごくりと生唾を飲み込む。ゆっくりと視線をシアへと這わす。視線の先のぼんやりとした瞳はまっすぐにポレフを見据えていた。

 


「!?」



 ポレフの顔が一瞬の内に蒸気する。

 そんなポレフなどお構いなしとシアは口を開いた。



「さて 」


「お、おう」


「今から本気だす」




 ◇




「今から本気だす」


 

 唐突にそんなことを言ったシアが唐突に纏った雰囲気に、俺の高揚した気持ちは急速に鎮められていった。



 ぼんやりとした瞳は今は凛々しく輝き、鮮やかな碧色を強調していた。

 

 小声で聞き慣れない言葉を紡ぎ始めた口元はどこか機械的で、その詠唱速度が上がるにつれて少しずつシアが別のものへと変わっていくようで見ていて少し怖かった。

 そんな不安を掻き消してくれたのは胸元で緩やかに結ばれたシアの手だった。

 結ばれた掌から柔らかな光が零れ、そしてシアをゆっくりと包んでいく。



 ──〝神秘的〟



 そう表現するのがたぶん合ってる。

 まるで別人みたいだ。

 


「シア?」



 思わず名前を呼んでみる。



 そんな俺にシアは ───



「ポレフ、見ていて」



 穏やかに微笑みかけていた。

 



 ◇




 人は何故、祈るのだろうか。

 私はずっとそんな疑問を抱いてきた。

 その瞬間を。その時間。その労力を。

 祈りにではなく足掻くことに費やせば届いたはずの〝選択肢〟も在るというのに。

 そんな風によく思っていた。

 そんな風に視ていた。

 


 だから私は ──



 本当は祈るのは嫌いだ。

 それでも私は祈ろうとしている。


 ようやく気付いた。



 人は自分の力でどうしようもない事態に遭遇した時に

 自分の限界を定めた時に

 


「祈るんだ ……」


「シ、シア?」



 でもそれはある種の諦めだ。

 届くはずのものを〝他者〟に委ね歩みを止める。

 自ら限界を定めた者はその自らの行いに気付くことなくこう言うのだ。



『あぁ、神様お助けください』



 と ──



 届くはずがない。

 届くはずのものにわざわざ手心を加えているのだ。

 そんなものが届くはずがない。


 だというのに ──


 〝人〟は健気に祈りを捧げる。

 その健気さに誰が〝あなたはもっと飛べるのに〟などと言えるだろうか。

 

 私は ──


 その健気さが愛おしい。

 その愚かさが愛らしい。


 〝人〟という存在が喜ばしい。



 だからこそ隔てよう。

 この私の〝祈り〟は〝人〟のそれはとは本質が異なる。

 この私の〝祈り〟は〝選択肢〟を放棄した〝祈り〟とは全くの別物である。

 この私の〝責務〟は世界の〝最良化〟であり、それを執行するにあたり弊害を及ぼす、すべての選択肢を回避することにある。



 この私の ──

 この私の ──

 この我の ──

 この我々の ──



 あぁダメだ。

 血が褪めていくのがわかる。


 違う。

 違う。違う。

 違う。違う。違う。

 違う。違う。違う。違う。


 その視点はいらない。

 そんな上からなのは嫌だ。


 私は〝みんな〟と一緒がいい。

 でも私は違う。〝みんな〟とは違う。


 それならそれでいい。

 残された可能性が祈ることしかないのなら、私は〝みんな〟のために祈る。

 

 私は〝手繰り寄せる者〟

 ただそこにある選択肢を〝手繰り寄せる者〟



 もう大丈夫。見失わない。

 


〝祈り〟の先は新たな〝選択肢〟


 

 神が ──

 定臣が創造する新たな〝選択肢〟



 私はそれを掬い取る。

 私はそれを手繰り寄せる。

 最期の最期まで私なりに足掻いてみせる。


 信じるって決めたから。

 定臣を信じるって決めたのだから。



「だからね、ポレフ」


「シア!」


「私を応援して?」 




 ◇




「私を応援して?」



 そう言ったシアの表情はとても穏やかで ──

 下心無しで俺は呆然と見惚れていた。



「!?」



 そんな俺を我に返したのはシアを包んでいた光だった。

 気が付くと光は音も無く集束し、シアの肩の高さで留まっていた。それを確かめるとシアはゆっくりと両手で掬い上げるように光を撫でる。



「え …… 本?」



 そんな俺の間抜けな声と同時にシアが光の中から出てきた本を受け止める。



 次の瞬間 ──



「おっも! ちっ、死ねばいいのに(ぼそ)」



 神秘的とか思っていたシアさんがとんでもないことを呟きました。



「えーとあの、シアさん?」


「なに」


「あー …… なんか良かった! どうなるのかと思ったぜ!」


「なにが」 

  

「い、いや、だってシアほら、なんかおかしな感じだったからさ」


「人をおかしい人呼ばわりするポレフ・レイヴァルヴァンは死ねばいいと思う」


「いや死なないけど …… というかそれ持とうか? なんか重そうだし」


「いい」


「でもさっきから足がプルプルしてるぜ」


「これはいい」


「そ、そうか」


「ちなみに」


「ん?」


「今のこの普通な感じ」


「う?」


「実はどっきり」


「え?」



 一瞬の出来事だった。

 先程よりも強い光に視界を奪われる。同時にぱらぱらと紙が擦れるような音が耳に飛び込んできた。



「っぶし …… さっきの本? シア?」



 ゆっくりと視力が回復する。咄嗟に覆った腕をそっとどけていく。

 その先には宙を舞う〝本〟に手を翳したシアの姿がある。〝本〟はシアの手から発せられる光に呼応するように高速でページを刻み続けていた。



 それよりも ──



「シ、シア …… お前 ……」



 シアに視線が釘付けになる。いや、正確にはシアの背中から目が離せない。



「お前 …… 〝天使〟だったのか?」



 その背中には確かに白い大きな翼が在った。


 


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