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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
43/57

北への旅路 Ⅰ

 ■




 ◆




 ルブルブに詳細を話したのは翌朝のことだった。

 

 魔法のさじ加減を失敗したせいで僅かに残った頭痛をこらえながら、二日酔いを嫌う彼女に悟られまいと必死に装う。


 そんな俺の僅かな抵抗を当然のように看破すると、彼女は不機嫌そうに俺の寝癖を指摘し、手ぐしで整え始める。


 そんな他愛も無い、いつものやりとりを交わしながら本題を伝えていく。


 

 ── 山賊。



 俺の口から出たそのフレーズにルブルブの手が止まる。

 続けた〝骸の揺り籠〟の名に放心する。


 明らかな動揺。それを必死に隠そうとする上擦った声。勿論、あたふたと手はパタつかせている。


 心配するよりもなによりも先に、そんな彼女に萌えたのはここだけの秘密にしておく。

 とはいえ、心配だ。うん、心配だ。




 ◇




「そんなわけで、どう思う? ロイエ」


「なにが!?」


 シイラを出立して数時間が過ぎていた。

 この日が来ることを想定して、日頃から行動に気を配っていた定臣達の足取りは軽く、朝方に皆に討伐任務のことを伝え、昼過ぎにはもう北へと向かい歩みを進めていた。


 いつものように和気藹々。


 困難を極めるであろう任務に従事する者の在り方からは程遠く、冗談を交えながらも一行はぽくぽくと進んでいく。


 そんな中、突如として件の質問をロイエルへと投げかける定臣。

 いつものように素っ頓狂な声を上げつつも、そんな定臣に慣れ始めているロイエルはすぐさまに冷静さを取り戻すと、定臣の視線の先へと意識を飛ばす。


 そこには王国騎士団御用達のフルフェイスタイプの甲冑で頭を覆う、ルブランの姿があった。



「あぁ、ルブランのことね」


「そそ、な~んか様子がおかしいな~と」


「別にいつものルブランだったわよ?」


「いあいあ、既に甲冑がおかしいじゃん?」


「んー …… 別にいつものルブランよ?」


「…… ちゃんと見ような? ロイエ」


「ちょ!? なんなのその可哀想な子を優しく見つめるような笑顔は!?」


「HAHAHA」


「なにかすごく馬鹿にされた気がするわ! なんなのよその笑い方!」



 ムキー!と怒るロイエル・サーバトミン。そんな彼女のすぐ後ろには相変わらずに無表情なシア・ナイの姿がある。


 シイラを出立してからというもの、シアは人知れずずっと祈祷を繰り返していた。

 大好きな仲間の無事を祈るシア。そんな彼女がいつもよりも少し元気がないように思えて、恋する少年、我らのポレフ・レイヴァルヴァンはちゃっかりとその横に陣取っている。



「なぁシア、なんか元気ない?」


「……」


「ねぇシアってば」


「……」


「シ~ア~」


「…… ごめん。 いま余裕ない」


「シア? …… だー! っもう! なんか知らないけど元気出せよ!」


「…… ごめん」


「うぐ ……」



 気になる女の子の力になれない。そのもどかしさに思わず口ごもる。そんなポレフの頭に背後から大きな手が覆い被さった。



「ポレフ、今はいけねぇ。 嬢ちゃんには嬢ちゃんの事情がある

 わかるよな?」


「で、でもさ、アニキ」


 

 すぐさまに反論しそうになるポレフの頭をにぎにぎする。それからマリダリフはにこやかに笑い


 そして ──



「空気読め」



 ぼそりと、そう耳打ちをした。


 

 

 ◇




 俺はただ仲間の心配をしているだけだった。

 そしたらアニキがやって来てなにやら注意された気がする。

 もしかしたら俺の聞き間違いなのかもしれない。



「アニキ、今なんて?」



 もう一度聞いてみる。するとアニキはさっきよりも少し大きな声でゆっくりと耳元で復唱する。



『く・う・き・よ・め』



 空気嫁?


 日頃から定臣のことを嫁、嫁と呼び続けるアニキのことである。もしかしたら前を歩く定臣とは別に妄想定臣像が見え始めたのかもしれない、と俄かに頭を悩ませる。


 その時、ふと苛立ち気味のアニキに気がついた。これはまずい。

 マノフのスタンプを彷彿をさせるアニキの超ゴンケツを恐れた俺はすぐ様に言い放つ。



「エアー嫁とはさすがアニキだ!」


 

 怒ったアニキは褒めて機嫌をとるに限る。我ながらナイスな褒め言葉だった。 

 


 ── ゴンッ



「あだっ!?」


 

 言った直後にとんでもないゴンケツが降り注ぐ。痛い。

 不満たらたらの目でアニキを見上げてみれば、そこには姉ちゃんを彷彿とさせる怖い笑顔が在った。これはまずいと視線で姉ちゃんに助けを求める。


 そう言えば今日に限って姉ちゃんの援護が遅い気がする。こんな時、いつもならやんわりとアニキを宥めてくれるのだが ……



「…… あっ。 ポレフ? どうしたのですか?」



 どうやら考えごとをしていたらしい。俺の視線に気がついた姉ちゃんは少し照れ臭そうに笑うと、そんな風に言いながら優しく頭を撫でてくる。


 おかしい。その仕草にいつもの覇気が感じられない。

 どうにもシイラを出立してから姉ちゃんの元気がない。

 脊髄反射で怒れるアニキを忘れ去り、姉ちゃんに全神経を集中する。



「ちっ、相変わらずエレシさんが絡むととんでもねぇなお前は」



 アニキの声に我に返る。無意識にアニキの拳を片手で受け止めていたことに気づく。



「ご、ごめん! アニキ」


 

 慌てて手を離す。



「おーいてぇ …… その馬鹿力をいつも発揮しやがれっての」



 そう言うとアニキは興が削がれたとばかりに前を歩き始めた。俺はすぐに追いかけ、アニキに肩を並べる。




 ◇




「アニキ、ちょっと相談していい?」


「ん~?」


「姉ちゃんとシアがなんか変なんだ」


「はぁ ……」


「な、なんだよ~」


「ポレフ、空気読むのがおせぇよ」


「えー!?」


「二人とも今朝からずっと変だったっての」


「ま、まじかあああ」


「あぁ、まじだよ」


「お、俺ちょっとルブランにも聞いてくる!」


「あっ、おま、それはやめ …… ったく、行っちまいやがった」


 

 後方へ走り去るポレフの背中を見送るとマリダリフは舌打ちする。それから額に手を当て



「ポレフ、空気読め」



 ぼそりとそう呟くのだった。




 ◇




 背負った業は尽き果てることはないのか。


 乱れそうな心をゆっくりと落ち着かせようとする。そんな時、私は決まって甲冑で顔を覆い隠す。

 強張った顔をあの方に見られたくはない。あの方は私のことなど意識して下さってはいないというのに …… 


 甲冑の中で自嘲地味な笑顔を浮かべる。そんな笑顔すらも今朝方、カワシノから聞かされた言葉がすぐに掻き消してしまう。



 ── 〝骸の揺り籠〟



 命を賭して責務は果たした。

 だというのに。運命からはなかなかに逃れ難いものらしい。



 ならば私は ───



「なぁルブラン」



 少年のとぼけた声に意識を戻される。見下ろした先には声に主の姿があった。珍しく真顔な少年は呼ぶ声と共に私の腰布を握っていた。



「呼ぶ時にそこをいちいち握るのはやめなさい」


「えー、いいじゃん別にー」



 鎧に不釣合いなその腰布は、特注の甲冑と似たような意味合いで装着している。

 それに触れられること自体は不慣れではあるものの、悪い気はしない。それでも私は少年のその行動を嫌った。忘れなければならない記憶が自然と呼び起こされるからだ。



「それで ── なにか用があるなら言いなさい」


「どうも姉ちゃんとシアの様子が変なんだよー」


「ふむ」


「俺に何か出来ないかな?」


「そ、それを私に聞かれても困る」


「えー、だってルブランだけが頼りなんだよ! アニキは冷たいし、定臣はロイエと和んでるしさ」


「わ、私だけが頼り …… こほん。 マリダリフは不器用なだけでポレフの面倒を良く見ている。 カワシノは …… 良い判断だと思いなさい。 ロイエルをからかい始めた奴には何を言っても無駄だ」

 

「うんうん、それでさルブラン、なにかいい案ないかな?」


「ふむ」



 見上げてくる純粋な瞳にズキリと胸が痛む。どうにか手助けしてやりたくなるのは自分の気質からか、少年の人となりによるものか。



「ポ~レ~フ~?」



 どちらにせよ結論が出る前に、私のそんな考えは薄ら寒くなるその声が聞こえると同時に霧散していった。



「ね、姉ちゃん!?」


「どうして私ではなくルブラン様のことを頼るのですか?」


「あ、あはは」


「うふふ♪ ポレフ~? 少しあちらでお話しましょうか ── あ、ルブラン様、失礼致します」


「あ、あぁ」


「ル、ルブランたたたた助け …… や、やだああああああああ」



 あれはあれで苦労しているようだ。去り行く背中に私はそんな感想を述べた。




 ◇




 夕暮れ時。順調に歩みを進めた一行は、エドラルザの城壁を越え、内側へと進む。

 通常ならば丸一日費やす入壁審査もクレハの手引きにより、大した時間も必要とはしなかった。


 そんなPTの面々を困らせたのはシアの奇妙な行動だった。

 特別枠での入壁審査を控えた列の半ばを過ぎたあたりで、彼女は頑なに審査を拒み始めたのである。


 いつもであればエレシが軽く嗜めれば素直に言うことを聞くシアであったが、その時ばかりは断固として拒否をし続けた。そして城壁の内側を待ち合わせ場所に指定すると、てくてくとどこかへと歩み去ってしまったのだった。


 困惑するPTの面々。そんな彼らがすぐさまに落ち着きを取り戻せたのは定臣の言葉のお陰だった。



「まぁシアだし。 とりあえず内側に行ってみようよ。 案外、しれっとした顔で『遅い』とか言いながら待ってるんじゃないかな?」



 それから数分後、案の定、定臣が言うようにして皆を待ち構えていたシアは何事もなかったかのように合流を果たしたのだった。



 

 ◇




 無事に入壁を果たし、魔獣による襲撃が無くなると、一行はいつもの牧歌的な雰囲気を全開にする。


 ここまでの道のりの間、ポレフは鍛錬の一環と称し、すべての魔獣の襲撃を一人で防ぎきっていた。その成長ぶりを師匠連中は満足気に上機嫌な様子で見守った。


 日が傾き始める頃になり、遠く右手に巨大クレハ像を捉えながら、一向はひたすら北へと歩みを進める。件の任務の依頼主が住まう村はまだ遠く、ルッセブルフで一夜を過ごすことを諦めた一行は、どこかで野宿する必要を強いられていた。


 今日の宿はどこへやら。定臣の気質に毒され、無軌道な旅路を進めてきた一行はここにきて困り果てることになる。そんな一行の無計画ぶりを嗜めると、旅に慣れているマリダリフは心当たりを提示する。満場一致でマリダリフの案に乗ることに決めた一行は、そのまま指示の元に目的地を目指した。

 

 そんなやりとりの後、数刻進み前方に見えた雑木林の緑を潜り、視界を開いてみれば、そこには大きな湖畔が佇んでいた。



「〝憩いの水場〟 ちっと安直すぎるが、傭兵達の間ではそう呼ばれてる場所だ」


「へぇ~ …… 随分と綺麗な水だな」


「そうだな。 飲み水としても使えるし、水浴びにも最適だ。

 どうだ定臣、ちょっと俺の前で水浴びでもしてみるか?」



 にやりと笑うマリダリフ。もちろん直後に自身の軽口を後悔することになろうとは思いもしていなかった。



「水浴びか …… いいな! ちょっといってくる」



 そう言うと上着に手をかける。唖然とするマリダリフをよそに定臣は上着を脱ぎかける。雪のように白い肌が露になりかけたその時



「だめええええええええええ!!」



 背後からロイエルが定臣の両肩にぶら下がり、阻止したのだった。



 

 ◇




「悪かった。 まさか本気にするとは思ってなかった」



 一幕から数分後、湖の縁にて体育座りでどんよりと凹む定臣に向かって、マリダリフはひたすら謝罪の言葉を口にしていた。


 マリダリフにしてみればいつものように軽く受け流す定臣を期待していたわけであり、定臣の素肌を目撃するという予想外に嬉しいアクシデントが発生したものの、他の面子に〝どスケベ〟のレッテルを貼られた今の現状はまったくもって遺憾なものであった。

 


「いや、本当にすまん! このとおりだ定臣」


「…… あぁ、マリダリフ。 いたのか」


「いたのかっておま …… 本当に悪かったって!」


「…… あぁ、そのことならもういいよ」


「よくなさそうだな!?」

 

「…… あ~、悪い。 ちょっと考えごとしたいから一人にしてくれ」


「うぐ …… 後でまた来る」



 どこの世界でも落ち込む女に男は為す術もないものである。それでも構いたがるのはこの世の真理なのだろうか。マリダリフはそう言い残すと、名残惜しそうに何度も振り返りながらその場を後にした。


 そんなマリダリフの男性的心理に思考が行き着くはずもなく、すっかりと乙女扱いを受けている定臣は一人、考えに耽る。その胸中では天使化して以来、ずっと心に秘めていた不安が渦巻いていた。




 ◆



 

 自分の裸を見てテンションが上がらなくなったのはいつからだろう。

 慣れというのはまったくもって恐ろしい。もしかしたら俺はこのまま ……



「あーこわっ! あーこわっ!」



 口走りながら小石を湖に放り投げる。広がる波紋をぼんやり見つめていると、何故か透哩の顔が浮かんだ。



「ったく、厄介な体にしてくれたもんだ」



 ふぅ、と大きく息を吐く。それからすぐさまに思考を切り替える。そうでもしないと、またあの恐ろしい結論に辿りついてしまうからだ。


 考えない。考えない。臭いものには蓋をする日本人気質をここぞとばかりに発揮する。

 それから少しだけ空を見て、らしくない自分に自己嫌悪した。


 やれやれ。馬鹿で居続けるのもなかなかに難しいね。




 ◇




「で? 定臣はちゃんと許してくれたの?」



 湖の畔に立つ一際大きな木の上から、今日の寝床の〝準備〟を終えたロイエル・サーバトミンはよっこらせと大地に降り立つ。それからトボトボと肩を落とし帰還したマリダリフに、じと目でそんなことを尋ねた。



「あぁ、一応はな ……」


「そう、だったらもういいじゃない。 

 ただでさえ皆、様子がおかしいのに〝おじさん〟まで元気がないのは良くないわ」


「〝ちび姫〟さんよぉ、その〝おじさん〟ってのはどうにかならねーのかよ」


「だったらその〝ちび姫〟という呼び名を是非、改名して欲しいわ」 


「気に入ってるんだがなー、この呼び方」



 にやりと笑いながらそんなことを言う。内心でマリダリフはロイエルの細やかな気遣いを高く評価していた。

 

 この少女は馬鹿に振舞ってはいるが、全体をよく見れている。

 天才の妹はやはり毛色が違うらしい。


 そんな自分の分析にどうにもロイエルと定臣に似かよった部分を発見して、そんな彼女を〝妹〟と称する定臣の気持ちが少し理解できたと、マリダリフはにんまりを頬を緩める。



「気に入らないわ! 僕はちびじゃないもの!」



 気付けば眼下では〝ちび姫〟様が癇癪を起こしてぴょこたんと跳ね上がっていた。



「はっはっは、ありがとよ〝ちび姫〟さん、お陰でちったぁ気が晴れたぜ」


「僕の気は晴れてない! 全然晴れてないわ!」


「はっはっは」


「笑えない! 笑うところじゃないと思うわ!」




 ◇




 マリダリフの笑い声が聞こえたその頃、巨木の上ではポレフとエレシの二人が魔法を駆使した寝床の最終調整を行っていた。


 ポレフが木に語りかけ、適材を選定する。それをエレシが魔法で優しく包み込み、器用に加工していく。


 数年来、繰り返されてきたその営みを再現する。そうすることでポレフは姉を無意識に元気付けていた。



「さすが姉ちゃんだ。 優しいね」


「ふふ、悪戯に自然を穢すのはいけませんからね」



 皆が少しでも快適に一夜を過ごせるようにと、ポレフは先程、便利魔法〝木上の宿〟の行使をエレシに勧めた。そんなポレフを優しく嗜めると、エレシはロイエルに協力を仰ぎ、便利魔法〝一夜の楽園〟を行使した。


 ちなみに木材そのものを加工し、作品として仕上げてしまう〝木上の宿〟に対して〝一夜の楽園〟は文字通りに、木材そのものに一夜限りの変体を施すというものである。


 自然を自然へと帰化できる〝一夜の楽園〟はその用途もさることながら、超難度な魔法であるため、実際に行使できる者はほんの一握りであった。



「ふふ♪ こうするのは随分と久しぶりです♪」


 

 みるみると元気を取り戻すエレシ。そんなエレシを笑顔で見上げながらポレフは内心で安堵する。

 


「ポレフはよく笑うようになりましたね」



 不意にそんなことを呟いたエレシの言葉にポレフは、はたと自分の旅の目的を思い出した。




 ◇




 ── 笑顔。



 難しいことはよくわからない。でも俺は誰もが笑顔でいられる、そんな世界になればいいなと思った。


 姉ちゃんは俺がよく笑うようになったと言った。そんな姉ちゃんはどこか寂しそうで、それでいて嬉しそうでもあった。俺は姉ちゃんの笑顔が大好きだ。それに皆の笑顔も大好きだ。


 そんな皆は今、笑っているだろうか。ふとそんなことを思う。


 ロイエルと定臣、それにアニキはいつも通り。ルブランはなんか変な甲冑かぶってるけど、話した感じはいつもと変わらなかった。姉ちゃんは今ようやく笑ってくれた。シアは ……


 そこでズキリと胸が痛む。それと同時にそんな状態に陥っている自分に驚いた。

 

 シアの笑顔が見たい。でも自分には為す術もない。ここはやはり誰かに相談するべきだろうか。


 そんな風に困った時、最近の俺はすぐに定臣の顔が浮かぶ。空から降ってきた大師匠様は、天使なくせにどこまでも人間臭くて、それでいてどこか神秘的で魅力的だ。要するに照れ臭くて口にはしないけれど、俺は定臣のことを尊敬している。


 姉ちゃんに断りを入れて木上から降下する。お目当ての定臣は湖の畔で座り込んでいた。その視線は星が輝き始めた空へと注がれている。



「定臣?」


「お、ポレフか」


「星、好きなのか?」


「好きだねぇ、星空を見上げてると妙に安心すんだよ」


「安心? なにか不安なのか?」



 笑顔の伝道師な定臣を期待して近寄ってみれば、定臣は珍しく真顔で星空に語りかけている最中だった。俺はその横に座ると無遠慮に定臣の領域に踏み込むことにした。


 敬愛する大師匠様には話しかけてはいけない時が二つある。


 一つは星空を見上げている時で、もう一つは妙に優しい剣舞で鍛錬を行っている時だ。

 以前に剣舞の邪魔をして『小夜子との語らいの邪魔してんじゃねーよ!』としこたま絞られる羽目にあった俺は、さすがに空気を読んで今まで〝星空との語らい〟の邪魔だけはしてこなかった。



「世界は違っても星空は綺麗なんだよなぁ ……」



 それは恐らく、定臣にしか理解できない感傷だった。



「ずるいよ」


「ん?」



 それが何だが悔しくて



「ずるい! 急に距離を置くなよな! 俺達は仲間だろ!」



 気がついた時には俺は定臣を怒鳴りつけていた。



「っとと、いきなり大声出すなよ、びっくりするだろぉ」


「ごめん」


「ポレフ?」


「……」



 自分でも子供じみていると思う。それでもやっぱり定臣は別の世界の存在なんだと思うと、なんだか寂しくて …… 悲しかった。


 そっと横を振り向く。正直、怒られる思った。振り上げられていた手に気付き、びくっと反応して目を瞑ると、直後に頭をわしゃわしゃとされた。



「うははは、なーに怒ってんだよぉ

 ほらほら、リーダーだろ? 元気出せって」


「わー! やめろって!」


「うりうり、元気出たか? この馬鹿弟子め」


「出た! 出たから離せ! この馬鹿師匠!」


「うははは」


「うははじゃねーよ!」


「んで? なにか話があったんじゃないのか?」



 言われて用件を思い出した。それからシアのことを相談すると、定臣は爆笑の後に視野が狭いと俺を一喝した。なんでも〝恋は盲目〟とは言うけれど、リーダーとしてはそれでは許されないのだとか。


 定臣は言う。様子がおかしいのは果たしてシアだけなのかと。それからなんとも、ぶっ飛んだ提案を俺に持ちかけてきた。



『準備はいいか~?』



 足元から定臣の声が響く。定臣の提案を半強制的に飲まされた俺は、何故か木の上でスタンバイしていた。背後では姉ちゃんが不思議そうに小首を傾げている。



『いつでも~』



 そう返事をすると、直後に足元から『わきゃ!?』と変な声が鳴った。


 声の主をキャッチアンドリリース。姉ちゃんの横にそっとロイエルを降ろすと同時に今度は足元から怒鳴り声が聞こえる。



『き、ききき貴様! なにをしようというのだ! 

 だから私にそっちの気は …ちょ!? あっ!!』



 次に打ち上げられてきたのはルブランだった。


 キャッチと同時に飛んできた綺麗な右ストレートをすんでで避けながらルブランをロイエルの隣に降ろした。



『よし! ナイスキャッチだポレフ! 仕上げいくぞ~』


『りょ、了解~』



 そう返事をしながら先程の定臣の言葉を思い出す。なんだったかな。確かキーワードは星空と笑顔だったな。




 ◇




 気分は晴れない。

 もっとも、この先に待ち受ける結末を知っている身としては晴れるはずがないのだけれど。


 私の皆のことが好きだった。

 それはどの世界でも変わることはないのだけれど

 それでもこの世界の皆は特別に思えた。

 それはきっと定臣のお陰。

 それはきっと〝神様〟のお陰。


 それでも結末は変わらない。

 黒を灰色に修正する最中さなか、どうしても誤魔化しきれない黒い部分。

 それが訪れる度に絶望を繰り返してきたのはもう何度目だろうか。


 とっくに慣れたと思っていた。

 くだらない感情は捨て去ったと思っていたのに。


 同じような後悔を繰り返す。

 何度も何度も繰り返す。



「お願いだから …… お願いだから私に選択肢を与えてよ」


 

 思わず願いが言の葉にのって漏れる。

 もしも願いが叶うなら、私はすべてを捨て去ってでもそれにすがるというのに。


 そういえば今朝からPTの雰囲気がいつもと違う。

 もしかしたらこの先の出来事の予兆なのかもしれない。


 そんな中、今の自分が近くにいれば、皆はますます沈んだ気分になるだろう。

 そんなことを思い、私は森を散歩していた。


 距離を置くために散歩に出かけたはずなのに、無意識に足は皆の元へと進んでいく。

 気がついた時には私は皆の笑い声が聞こえるところまで戻ってきていた。


 笑い声。


 そう、良かった。私が少し離れている間に皆はいつもの様子を取り戻していたんだ。

 きっと定臣がまたどうにかしたに違いない。そう思うと少しだけ気分が晴れた。


 その直後のことだった。



「にゃ!?」


 

 自分でも恥ずかしくなるくらい変な声が出た。

 両脇をロックしたのは見知った腕だった。もっとも、私を意識外から捕らえることの出来る存在など定お …… みゃああああああああああああ



 なにやら天高く放り上げられた。



『ナイスキャッチ~!』


 

 足元からは定臣の声。どうやら木の上に打ち上げられたらしいと、現状を把握。それから赤面しながら私を抱きかかえてるポレフを発見した。



「や、やぁシア」



 やぁ、じゃないっての。こっちはつい今しがた死んだと思ったばかりだ。

 じと目でポレフを見つめる。それからその周りに他の皆が大集合していることに気がついた。



「ポレフ君、ありがと♪ 危ないところだったわ♪」


「お、おぅ」



 しっかりとエレシお姉様がいることは確認済み。言葉使いには気をつける。



「それであの …… そろそろ降ろして頂けないかしら♪」



 さっさと降ろせっての。いつもより少し強く脛を蹴る。



「お、おぅ! ごめん!」


「えっと、ロイエ、なんなの? この状況」



 パクパクと口を開け閉めしながら放心状態の友達を気遣い、そんなことを聞いてみる。返事はもちろんいつもの



「わ、わからないわ!」



 だった。



「説明するぜ!」



 哀れみの視線をロイエに送っているとポレフが出しゃばってきた。

 聞かなくてもわかっている。私が把握できていない時点で間違いなく定臣絡みだ。



「これは定臣の提案なんだけど」



 ほらね。



 ポレフの説明によれば、今夜は元気がない女性陣を元気付けるために星空の特等席を独占させよう!という謎思考ルーチンの果てに行き着いた、定臣による定臣のための催しが開催されたのだということだった。

 

 星空と元気が何故関係あるのか。

 男性であるポレフがここにいて女性な定臣が何故、下にいるのか。


 謎は尽きないけれど、定臣なら仕方ないかと納得することにする。



「わぁ♪ 星が綺麗♪ 私とどっちが綺麗かしら?」



 手を組み、ポレフに向かってそんなことを尋ねてみる。

 どうせ赤面しているだろうと思っていたポレフは、何故か優しい笑顔で私を見ていた。


 どうにも様子がおかしいと周りを見渡す。


 エレシお姉様はいつもの優しい笑顔で私の両肩に手を置いた。

 ロイエは少し照れ笑いを浮かべながら私の手をとった。

 ルブランさんは私を見下ろしながら優しく頷いた。



『シ~~ア~~~』



 定臣に呼ばれて足元を見下ろす。

 定臣の隣にはマリダリフさんがいて、私を見ながら笑顔で親指を立てていた。


 そして定臣は



『笑えばいいと思うよ! お前可愛いんだからさ!』



 満面の笑顔でそんなことを言った。 


 ようやく気がついた。

 気づくことができた。

 世界が違って見えたのはきっと定臣がいるからなんかじゃない。

 皆がちゃんと私のことを見ていてくれたからだ。


 一方通行じゃない想いがこんなにくすぐったくて

 こんなに嬉しいものだったなんて


 

「あり …… がと」



 ようやく吐き出せた言葉は短くてありふれたものだった。

 それでも私はその言葉に今の自分の気持ちを命一杯籠めた。

 それから出来る限りの笑顔で皆にお返しをした。


 ありがとう。

 私はこの世界が大好きです。

 皆のことが大好きです。


 それからやっぱり

 本当の結末が訪れるまで可能性を信じてみようと思った。



 何故なら〝神様〟は ──



『うははは! やっぱり笑顔のが可愛いって! さすが俺の妹だなぁ!』



 今日も笑っているのだから。



「ポレフ」


「シアってやっぱり笑顔が最高だよな!」



 それでもやっぱり照れ臭いから。



「男性陣は今日は下で護衛でしょ?」



 ── どんっ



 照れ隠しに使わせてよね。



「元気になった途端これかあああああああああああ」



 絶叫しながら落下していくポレフを、私は満面の笑顔で見送った。


 

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