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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
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勇者を目指して Ⅵ




 ■




「どうにも気ノリしねぇなぁ ……」



 シイラの酒場。扉の向こうには、ちらりと夕暮れが見え始める時刻である。

 件の傭兵任務カードを嬉しそうに持参したポレフに向って、時間帯にそぐわない酔いどれっぷりでテーブルに突っ伏していたマリダリフは、顔を上げると気だるそうにそんなことを言った。



「頼むよアニキぃ …… 今度、一杯おごるからさぁ」


「あふぅ …… 一杯はいらんな。 そんなことより定臣に酌を願いてぇ」



 定臣。定臣。定臣。知り合ってからというもの、なにかといえばその名を口にするマリダリフに、ポレフは呆れて見せながらも内心で〝今回のお願いの成功〟を確信しつつあった。

 

 定臣の名を口にする時のマリダリフは極めて上機嫌であり、そこに定臣を連れて来きさえすれば『でかした!』の大声と共に歓迎してくれるのは目に見えている。事実、ポレフはそのパターンでのマリダリフへのお願いを失敗したことはなかった。正に〝しめしめ〟といった感じである。



「ってかアニキの口からお願いすれば定臣、普通に一緒に呑んでくれると思うけど」


「ばっ! それはお前 …… 照れるじゃねぇかよ」



 いい具合に赤みがかった顔を更に朱に染める。

 

 あれだけ猛烈にアタックしておいて、なにを今更と笑いそうになるが、以前にそれをやってマリダリフの機嫌を損ねたことがあるポレフは、慌てて視線を逸らし他のことを考えて耐える。


 そんな時、ポレフは決まってエレシの〝笑顔の奥の絶対零度の瞳〟を思い出し、恐怖から冷静さを取り戻していたのだが、最近ではそのレパートリーにシアの〝まさむね〟が加わりつつあった。

 

  

「ん~? どぉしたポレフ? 急に汗をだらだらしやがって」


「いや、なんでもないよアニキ! それじゃ、ちょっと定臣呼んでくるよ!」


「まじかっ!?」


「任せてくれって! つ~か定臣、普通にお酒好きじゃん? 呼べば来るって」


「照れる」


「何故っ!?」


「あ~ん?」


「なんでもないです! なんでもないです!

 それじゃ俺、呼んでくるよ!」



 おうよ、とポレフの背中を押し、酒場の外へと追いやる。それから真顔になると、マリダリフは酒場のマスターに冷水を注文した。




 ◆




 きゃっきゃウフフと、小夜子との思い出に浸っていると突然、無遠慮に扉が開かれた。

 どうやら厄介事がやって来たらしいと馬鹿弟子を一瞥する。

 するとポレフは満面の笑顔で素晴らしいお誘いがあることを知らせてきた。


 厄介事などと思ってごめんなさい。心の中で詫びつつもポレフに感謝する。

 

 ポレフの用件はマリダリフからのお酒のお誘いだった。

 普段からところ構わず、猛烈にして熱烈なアタックを繰り返すマリダリフではあったが、こと酒の席においては実に気持ちの良い呑みっぷりを披露し、その席においては下心は無粋とし、からからと楽しい酒を飲み交わすことに徹する。


 要するにマリダリフと呑むのは楽しいのだ。


 そんなわけで伝言を受けた俺は、いの一番に酒場へと駆けつけたわけだが ……




 ◇




「よぅ! 嫁」



 迎え酒を掲げたマリダリフのコップには何故か水が注がれており、陽気な笑顔の裏側には明らかなドス黒い気配を携えていた。



「なんだよ、楽しい酒じゃないのかよぅ」


 

 思わずぼやく。それからやれやれと肩を竦め〝聴き〟の体勢にはいった。



「かかっ、相変わらず勘の鋭いことで」


「ば~か、お前はいちいちわかりやすいんだよ」


「そ~かね? お前に習って陽気な笑顔ってやつで取り繕ってみたんだが」


「ぎこちないことこの上なし! 屈託の無い陽気な笑顔ってのは、こうするんだよっ」



 マリダリフの気配が肌に合わず、わざと巫山戯て笑って見せる。



「お …… おおぅ …… 惚れ直したぜ」



 直後に笑顔が凍りついた。



「ぁ~ …… で? 話ってなに?」



 話題を差し替える。面倒なので。



 マリダリフはこくりと水を飲み干すと、目を瞑る。それからゆっくりとコップをテーブルへと置いた。



 ことん ──



 小気味良い音が鳴る。

 それが合図だと言わんばかりに片目を開く。それから徐に右手を突き出すと高らかに宣言した。



「マスター! ビール追加だ!」


「話、始めるんじゃないのかよっ!」

 


 どうして俺の周りには〝ぼけ〟たがる奴らが多いのか。

 コップを交わしながら、そんなとりとめのないことに思考を傾ける。


 気付けばマリダリフが気だるそうにコップを差し出し、乾杯待ちをしていた。

 これはいかんとコップを合わせる。


 

 まぁ、とりあえずは酒に失礼がないように命一杯、美味しく、楽しく頂きますか。



 そんな風に思いつつも、最初の一口を煽っていると不意打ちが飛んできた。



「俺は傭兵として長くやってきた」


「んく …… いきなりかよ」


「まぁ聞け」


「わかったよ」




 一歩踏み込んだ話。マリダリフの話を端的に表すならこうなるだろう。


 

 ことの始まりはポレフが持ち帰った傭兵任務にあるらしい。

 討伐任務のそれは依頼主を城壁の内側とし、本来であれば莫大な報酬が約束されているのだという。



 まぁその莫大な報酬とやらが随分とシケているのが、なにかと問題らしいのだが ……



 物事には必ず表と裏がある。

 その理は傭兵の道にも当然のように該当するらしく、ポレフの持ち帰った任務は、ものの見事にその〝裏側〟の事情に触れるものなのだということだった。



 詳細を説明してしまうと面倒なことに巻き込むことになる。


 だったら端から話すんじゃねーと、心の底からつっこみたい気持ちでいっぱいではあったものの、聞いてしまったものは仕方ないかと、苦笑いで話の続きに耳をかしてみれば、飛び込んできたのはなんとも汚い大人の世界のお話だった。


 

 〝傭兵にはクリアしてはいけない任務がある〟



 あぁなるほど、と思った。

 

 みなまで言うなと、ぼやかしながらも続きを説明するマリダリフを制する。

 

 なんてことはない。それはどこにでもある社会のカラクリなのだ。

 誰かが得をすれば誰かが損をする。

 そして得をする誰かは損をする誰かより、なにかしらの力が勝っているものなのだ。


 強者は敵にまわすことなかれ。

 長いものには巻かれろ、とはよく言ったものである。


 要するにポレフの持ち帰ったミッションをクリアすれば、影で利を得ている強者様を敵にまわすことになる ── そうマリダリフは告げているのだ。



 だからどうしたと ── 



 俺にしてみれば、そんな風に無駄に尖ってみる気概のようなものは無く、それを聞かされた感想としては、せいぜい『あー、無理無理』とか『面倒そうなのでパス』といったものだったわけだが、どうにもそんな本音を信念ってやつが、よっこらせと押しのけ始めたようだった。



「まぁなんだ。 こりゃぁ意思確認ってやつよ」


「だよな」


「お前は面倒なのは出来るだけ御免被りたい口だ」


「よくわかっていらっしゃる」


「でも約束は守る」


「だよなぁ」


「いい女だな」


「男だっつの」



 熱いのは嫌いなのにな。そんな風に溜息しながらも思い出す。



 ◇




 それはマリダリフ、ルブランの両名を交えた師匠会議での席のこと。ポレフの育成方針について些か意見の食い違った俺達は、何故かジャンケンで誰の意見をとるのかを決めることになったのである。


 真顔で拳の先に全身全霊の力を籠めた強者が三人。傍から見ればなんともシュールな絵柄だったに違いない。ともあれ勝負は一瞬にして決着した。


 炸裂するマリダリフのグー。


 大気を切り裂くルブルブのパー。


 そしてお決まりの冗談で場の空気を変えようとする俺の田舎チョキ。



 一見、あいこに見えるその結果に俺は即座に物言いをつける。



『田舎チョキはオールマイティーなので最強です』


 と。



 唖然とするマリダリフとルブルブ。

 

 〝しょうもない〟の一言と共に失笑を買えるはずの俺の行動はまさかの展開を迎えた。

 


「まぁサダオミになら金で買われてやるのも悪くねぇな」


「ふむ …… その覚悟、天晴れと知りなさい」



 頭の上にぽわんと浮かぶ疑問符。間抜け顔でぽかんとしていた俺に酒場のマスターが歩み寄る。



「本当によろしいので?」



 この禿げちゃびんは一体なにを確認したのか。なにやら話がおかしな方向へと疾走し始めている。

 周囲を見渡せば驚愕と歓喜の表情が目白押し。その全員が俺の一挙一動に注目している。



「えーと?」


「あぁいいぜ! 今日はこのサダオミ・カワシノが全部持つってよ!」



 俺の声を上書きするようにマリダリフがそんなことを言い放つ。直後に酒場は大歓声に包まれた。



 そして ──



 じわじわと地味に貯まっていた俺の財布の中身は空っぽになった。



 ラナクロアにおいて田舎チョキのジェスチャーが持つ意味。それを後で知って呪いたくなった。

 

 雷系魔術師の攻撃態勢に多く見られるその指の構えは、貫く雷鳴を表しており、確固たる信念の元、如何なる困難をも貫き通す意思表示の意味を持つ。

    

 それは戦場に出向く兵士においては出撃前の定例事項であり、夫婦になった二人が互いに手をとり同じ方向を指し示せば、永遠の愛を誓う意味を持つ。


 そして交渉の席においては〝すべてを投げ打つ覚悟〟を示しており、一般的には交渉相手に買収を持ちかける際に用いられている隠語のようなものなのだという。


 後になって思う。


 その時、俺が押し通したものはそこまでする必要があったものなのかと。

 三人で知恵を寄せ合えば名案が出ることもあるようだが、三人の短気が寄ればろくなことがなかった。短気は損気とはよく言うが、まさか自分がその憂き目に合う破目になろうとは ……


 ともあれ、全財産を投げ打ってまで得たポレフの教育方針は俺の本心でもある。

 ならば結果的にそれが通るのならば納得しようではないか。


 そんな風に血の涙を流しながらもなんとか自分を納得させる。 



 とにかく何事にも積極的に、思いっきり自由にやらせてあげたい。

 まさに〝腕白でもいい。逞しく育って欲しい〟の精神である。



 一度は親が我が子に願うであろう、そんな単純な俺の方針は、固く握られたマリダリフのグー。つまりは〝物見遊山に踏み込んではいけない領域がある。だからこそ慎重に〟という方針と、鋭く振り下ろされたルブルブのパー。つまりは〝弱き者は臆病なくらいが丁度良い。だからこそ何事もレベルを落として挑戦させるべき〟という方針を金で篭絡するという、なんとも不本意な方法をもってして撃破したのである。


 自分の考えを譲らない二人が俺の決意に敬意を表して、譲歩してくれた。

 願わずして舞い込んだその結果に即座に意味を見つける。


 同時にその重みに溜息が出た。



「まぁなんだ。 お前のことだから大丈夫だと思うがよ?

 なにがあってもポレフのこと、見守ってやれよ?」


「自身の身の丈を知らず、勇敢と無謀を履き違える者。 かつての私がそうだった。

 ポレフにはそうなって欲しくなかったのだが、貴様に言われて思い出した。

 無謀の果てに得たものも確かにある。 ならば私は貴様と同じく見守ることにしよう。

 ありがたく思いな …… って頭を撫でるのをやめなさい! ええい! 何度言えばわかるのですか!」


 それは二人からの最終確認だった。


 真摯な瞳に多少の罪悪感を覚える。それでも今更無かったことに出来るはずもなく ……



「わかった。 任せてよ」



 そんな風に誓いを立てた。




 ◇




「で、せめて裏ボスの情報くらいは知りたいんだけど」



 どうせ教えてはくれないだろうと思いつつも、とりあえずはそんなことを聞いてみる。

 大きく息を吐きながら目を瞑ったマリダリフは、またしても片目だけを開き、こちらの瞳を覗き込んできた。



「まぁなんだ …… そっちの件は俺に任せてもらっていいぜ」



 厄介事は俺が引き受ける。だからお前はポレフについていろ。

 続け様にからからとした笑顔でそんな男前なセリフを吐く。



「さすがにそれは悪いよ」



 言葉には責任が付き纏う。それが誓いであったならば尚更、責任は重くなる。

 自身の信念に従い、すぐ様にそう返答する。


 すると直後に俺の頭にわしゃわしゃと無骨な手が覆い被さった。



「ば~か。 惚れた女の前で男が格好つけてんだよ。 お前は黙って顔を赤らめてりゃいいんだよ」



 こいつはもしかしたらモテる奴なのかもしれない。


 ニヒルな笑顔にそんなことを思う。それと同時に黙って青褪めてみせた。



「ちょ! 定臣、お前それまじで傷つくって!」


「いや、だって俺、男なんだってば」


「そうやって断ってきたんだよなぁ今まで」


「いやいや、断り文句じゃなくて」


「まぁ頑ななところもお前の魅力だな」


「聞けって」



 幾度となく繰り返されたそのやりとりにうんざりする。じと目でマリダリフを見ていると今度は次のお決まりを踏み始めた。



「定臣」


「ん?」


「もし今回の件で俺の身になにかあったら」


 

 出たよ。死亡フラグだよ。内心でそんなことを思いながらも続きを聞き流す。



「墓は海が見えるところに建ててくれ。 俺は海を見たことがねぇんだ。

 そうだな、気が向いたらたまに花なんて供えてくれりゃ嬉しい」



 これがマリダリフなりのげんを担ぎなのだろう。

 

 マリダリフの伝手で傭兵と多く知り合ってわかったことの一つとして、傭兵にはやたらロマンティストな奴が多く、豪快な気性とは裏腹に妙にげんを担ぎたがる奴が多いということがあった。


 そのことからそんな風に中りをつける。

 それからどこか遠くを見ているマリダリフに向って一言返事をした。



「わかったよ。 屋根つきの墓を検討しておく」


「ひゅ~♪ 嬉しいねぇ」

 


 面倒な話はこれにておしまい。笑顔で再度、コップを交わし、そんな風に意思疎通する。それから俺達は日が変わるまで楽しい時間を過ごした。

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