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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
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勇者を目指して Ⅳ

 ■




 ポレフの宣言同日早朝。エドラルザ城の一室では勇者〝オルティス・クライシス〟が一人、頭を悩ませていた。その表情にはいつもの余裕はなく、トレードマークである爽やかな笑顔も鳴りを潜めている。



「はぁ …… (僕はどうすれば)」



 一人、物思いに耽る美男子。街中にあればたちまち黄色い声の的になるであろう彼の思考は、数日前に突如として現れた一人の女性によって完膚無きまでに支配されていた。

 


「(サダオミ・カワシノさん …… あなたは一体)」



 自らの未来の弊害となる得る存在。一目に見て取れた彼女の真の実力。出会ってからの数日、情報収集後にオルティスがサダオミに下した判断は、冷酷無比であると共に自身がこれまで揺ぎ無い意思の元に敢行してきたものだった。



 ── 暗殺。

 


 謀略を尽くす。暗部を使役する。場合によっては自ら手を下す。


 クレハには予め釘を刺されていた。通常ならばオルティスはクレハの意志を極力、尊重する。だが今回ばかりはそれを無視した。


 

 ── サダオミ・カワシノは危険だ。



 本能が警鐘を鳴らす。故に判断を下す。


 勇者となった自分が手を汚すわけにはいかない。差し向けた刺客の名は〝不滅の調停者〟。遣われることを忌み嫌うあの手駒を扱うには少々コツが要る。気付かれないように。綿密に誘導していく。本人が。自らの意思で ──その選択に辿りついたと錯覚するように ……



 クレハには気付かれていた。しかし彼の思惑とオルティスの思惑は交差しながらも、目的へ向って一つの道筋を辿った。


 クレハは言った。


「まぁ~た、くだんねぇ小細工かよぉ! 若っ」


 嘲笑うかのように。少し嬉しそうに。 

  

「まぁ好きにやるがいいさっ」


 クレハは言う。オルティス・クライシスは小細工が好きで、人の感情の機微に敏感な癖に〝そこ〟だけは疎いと。


 オルティスは笑顔を崩さない。クレハがこの笑みを浮かべる時、自分の謀略は決まって思惑の外側へと零れ落ちる。ならばその外側すらも掬い取るよう策を巡らせれば良い。


 思うや否や。


「まぁ~たダークな笑顔だなぁ若よぉ!」


 なんとも意地の悪い笑みを浮かべたクレハの言葉に思考を遮られた。


 

 結局 ──



 オルティスの策は尽く思惑を外れた。


 〝不滅の調停者〟マリダリフ・ゼノビアは敗北。

 良くて相打ち。最悪でもターゲットの剣士としての生命を閉ざしてくれるであろうというオルティスの思惑は、優秀な手駒を失うという辛酸を舐めさせられる結果へと到った。


 〝不滅の調停者〟は敗北する。それどころか手元を離れ、サダオミ・カワシノと今後は行動を共にするだろう。


 正にクレハの予言通りである。しかしながらオルティスとてその先の策を講じなかったわけではない。


 〝頂の調停者〟ジョルジュ・マッカーサーの派遣である。


 〝炎帝〟として名を馳せた彼の気性は至って直情的なものである。縄張り意識の強い彼ならば願わずとも、サダオミ・カワシノを亡き者へと誘うだろう。


 しかしここでもオルティスの思惑は空回りする。


 結果として〝炎帝〟は何もせずに去った。


 オルティスはここでも頭を悩ませられる。〝不滅〟と〝頂〟の間に一体どんな取引が成されたのかと。

 オルティスは知らない。互いに認め合った男達が孤高の先で交わした無言の会話を。


 故に頭を悩ませる。思考を支配する霧は濃度を上げてゆく。


 サダオミは〝炎帝〟になにをしたのか。

 もしもあの手駒まで失うことになれば ──


 そもそもこの自分をもってしても得体が知れない彼女とは一体何者なのだ。


 サダオミは。サダオミは。サダオミは。

 


「ふぅ ……」


 オルティスにとってここまで思考を支配されるのは初めてのことだった。


 想定外の事態が発生することは間々ある。しかしそれを滞りなく軌道修正していく。常に成功を収めてきた自分にとってそれは得意分野であったはずだ。


 それだというのに ──



「なんなのですか、あなたは!」


 頭を掻き毟る。それでも脳裏にチラつき続けるサダオミの姿が消えることはなかった。




 その頃、扉の外では ──


「ねぇねぇクレハ」


「お~セナキっちぃ! 今日は寝ぼスケじゃねぇ~んだなぁ!」


「昨日 …… とても酷い目にあって眠れなかっただけ」


「そぉいや昨日、どっかに出かけてたなぁ? で、それと今のグシャグシャの髪とは関係があるのか?」


「ちょ、ちょっと性質の悪い酔っ払いに絡まれてね ……

 ところでさっきからオルティスの呻き声がずっと聞こえてきてるんだけど?」


「くっくっく、まぁ若にも春が来たってことだろうよっ」


「春?」


「春だよ、春! にしても若がまさかなぁ~」


「ほぉ、実に興味深い」


「うおっ!? 急に現れるなよぉミレイナちゃん」


「ふんっ! 私がどこへ現れようと君には関係の無いことだろう」


「い、いや、普通にびっくりするからよぉ」


「い、いま壁から出てこなかった? ミレイナ様」


「瑣末なこと。 それより詳細を聞かせてもらおうか」


「くっくっく、実は若がよぉ ──」


 それはこれから数日後、定臣を襲うこととなるキテレツな出来事への序曲だった。

 もちろん本人はそのことを知る由もなく、ただ目を白黒とさせる破目になるのだが、それはまた別のお話である。


 ただこの時クレハから話を聞いたミレイナは ──


「実に愉快だ。 クックック …… フフッ、フフフフ …… あ~っはっはっは!」


 なんとも不気味に嗤っていたとかなんとか。




 ◆



 

 小学生の頃、夏休みの宿題で日記を書けというものがあった。

 はじめの内は懇切丁寧に平凡な日常を書き綴っていたものの、一週間を過ぎたあたりで似た内容ばかりに染まっていることに気付く。そして十日も過ぎれば内容は〝特になし〟と実に手抜きなものへと変化していった。


 休み明け、怒鳴る先生を相手に口から出た言い訳は『ありのままの日常を忠実に描いた。毎日がもっと刺激的だったら、もう少し楽しい内容になっていたに違いない』という実に生意気なものだったと記憶している。



 〝日常〟か ……


 ふと昔を思い出していると浮かんだキーワードに思考を巡らせる。

 思い返してみれば小学生の頃からそこに満足しつつも不満を覚えていたらしい。


 きっと自分は平々凡々と歳をとって、やがて死ぬのだろう。周りの子供が嬉々として将来の夢を語る中、それに笑顔で口裏を合わせながら当時は漠然とそんなことを考えていた。


 そして夢をもたない小学生は思い描いた未来予想図のままに成長し、どこにでもいる社会人へと成り果てた。


 それが俺にとっての〝日常〟だった。

 そんな俺がまさか天使になって別世界を旅しているとは世の中、本当になにが起こるかわかったものじゃない。思わず苦笑いが零れた。


 それにしても透哩と出会ってからというものすっかりと異常が日常へと変化してしまった。

 翼は生えるわ不老不死になるわ女になるわで …… あと小夜子。それと小夜子。うん、まぁ小夜子。おっとっと …… 暴走しかけた思考に歯止めをかける。


 異常な日常。仮にいま日記をつけてみれば面白おかしいものになるだろうか。

 例えば昨日は朝からポレフが哀れだった。鍛錬するポレフに触発されたシアが〝私も己の武器を研ぎ澄ます必要がある〟などとのたまったかと思うと、次の瞬間にはその実験体にポレフが抜擢されていた。


 ふむ。書き記すなら〝昨日はポレフが朝からまさむねだった〟となるだろうか。実に不憫である。


 まぁあれはあれで当の本人が少し嬉しそうだったからいいとして。

 

 さて、ならば一昨日はどうだっただろうか。

 確か一昨日はマリダリフの傷の手当てをした。まさかマリダリフにあれ程の手傷を負わせるヤツがいるとはと驚いていると、ルブルブがやってきて小さくガッツポーズした。犯人は彼女だったらしい。後で聞けば、次にどちらが俺に挑むかを決めるための対決だったとか。迷惑な話だ。


 〝ルブラン vs マリダリフ 強いのはどっち!?〟


 俺は脳内日記にそう書き記した。


 では三日前はどうだっただろう。

 そう、その日は確かシアとペアだった。今日の金策はどうしようかと聞いた俺にシアは無表情にこう答えた。


「…… お金を拾おうと思う」


 うん、わかんない。


 そんなことを思いながらシアの後ろをテクテクとついていく。そして最初の角を曲がった時、シアが突然しゃがみこんだ。


「はい」


 起き上がったその手には蛇柄っぽい財布。状況を説明するように〝拾得物の1割は拾い主のもの〟とシアが言う。苦笑いで迎撃していると続け様にシアは戦慄の一言を放つ。


「俺のものは俺のもの。 お前のものも『アッー!』という格言があ『ないわあああああ!!』


 慌てて言葉を遮った。


 その後、今日のノルマは達成したと言い張るシアを説得し、財布を交番的なところへ届けた後、例のお食事処でお世話になった。金策に傭兵を選ぶと前回同様に参戦すると言い張るため、女装とシアの安全を天秤にかけた末の苦肉の策である。断じて言い訳ではない。


 〝シアよ。どこまで謎を深める?〟


 こんな感じか。


 〝異常な日常〟か。我ながらうまく言ったものである。

 楽しくもあり、楽しみでもあるラナクロアの日常。しかしこれに満足するわけにはいかない。


 天使の責務である主人公の想いの成就。ラナクロアにおいては魔王の討伐ひいては人々の安寧のため日々を邁進していかなくてはいけない。


 〝維持ではなく上方変化を〟


 俺は決意を新たにし、背筋に芯を入れ直した。


「っと定臣! ちょっと定臣! 聞いてるの!?」


「う?」


 どうやら思考の彼方へと旅立っている間にロイエに話かけられていたらしい。眼下のちびっ子は見るからにご立腹だった。


「う? じゃないわよっ! 今日は僕と定臣がペアでしょ!」


 ぴょこたんと跳ねたその姿に今日の予定を思い出す。


 目下の目標をポレフの育成と定めた俺達は慣れはじめていた〝シイラ〟をそのまましばらくの拠点とした。そしてそれが決定した際に俺を含む〝おいてけぼり三人衆〟より一つの提案があった。その内容は生活費を自力で捻出するというもの。当然といえば当然すぎるその提案にあれやこれやと意見が飛ぶ。結果、マリダリフに多方面での知識を学べる上にポレフの修行にもってこいであるとして傭兵家業をベースに各自、二人一組で金策に臨むことが決定した。


 そんなわけでポレフの担当を外れた今日はロイエとのペアになった。

 

 基本的にポレフの育成を目的としているため、ポレフ以外とのペアの時は自由な金策が許される。

そのためロイエは以前にお世話になった食事処でのアルバイトを好んだ。なんでも制服が気に入っているとのこと。俺は異世界でも通用するメイド服の威力に敬意を払いつつも


「あぁ悪い。 ちょっとぼんやりしてた」


 軽く謝罪しつつロイエの頭に手を乗せる。ロイエは少し恥かしそうに『もうっ』などと言いつつ、俺の手を上へと払いのける。そしてまさかの ──


「いくわよっ! あだっ!? …… 痛いじゃない! なんでぶつのよっ!?」


「何故飛んだし」


「す、すぐに手を引っ込めときなさいよっ!」


「自分で払い上げた俺の手へと何故飛んだし」


「う、うるさいわねっ! いいからいくのっ! 早くいくの!」


「…… ぇ~」


「ぇ~ じゃない! おばさん待ってるよ!」


 意気揚々と小さくなっていく後ろ姿に溜息をつく。


 やれやれ、また女装ですか。


 少しずつ慣れ始めている人間の神秘に感嘆しつつも、俺はロイエの後に続いた。




 ◆




 接客業をしていると、稀にこちらの想像を遙かに絶するような客と相見えることがある。


 高校三年生の夏。当時、早々と指名求人を獲得した俺は来たるべく卒業旅行へ向けて軍資金の調達へと勤しんでいた。 バイト先は確かCMでお馴染みのスマイル0円なチェーン店だった。そのドライブスルーを延々とループしながら頑なにスマイルを注文する女性客に遭遇した時、俺は脳内の人生帳簿にそんなことを書き綴ったと記憶している。


 人生帳簿には様々なバリエーションの人間を書き込んでおく。そのすべてに柔和な応対をとれるようになれば人生は幾ばくか穏やかなものになるはずだ。 人知れずそんなモットーを掲げていた俺であったが、その日は勝手が違っていた。




 ◇




 昼の混雑を終えて一呼吸。数分早く休憩に入った俺は後から来るロイエに合わせるため、差し出された〝まかない料理〟を前に忠犬よろしく〝待て〟の状態で待機していた ── その時のことである。



「ちょっと! 大変だよっ! ロイエちゃんが大変なんだよっ!」



 慌てた様子でロイエの身に起こった危険を知らせてくれたのは店の女将さんだった。

 聞くところによるとロイエは赤髪の女性客に外へと連れ出されていったらしい。



 ……赤髪?


 嫌過ぎる予感がした。



「サ、サダオミちゃん! ロイエちゃんを助けてやっておくれよ! 

 なんかあの人…… 見るからにやばい感じだったんだよ! お前さん強いんだろ?」


 慌てる女将さんを手で制する。赤髪の女性。見るからにやばい。そしてロイエを軽々と連れ出すあたり。 思い当たる人は一人しかいなかった。


 やれやれだ。


「それじゃ、ちょっといってきます ……」




 ◇




 ロイエを連れ出したはずのその人は、何故か店内にいた。


 藍色のローブを羽織り、優雅にお茶を楽しむ赤髪はただそこに在るだけで人目を惹く。綺麗だけに収まらない独特の空気感は否応なしに彼女の存在が特別であることを周囲に知らしめていた。


 初めて出会った時に感じた雰囲気をそのままに、切れ長の目を薄く開くと姐さんことミレイナ・ルイファスはゆっくりとこちらに振り向いた。



「ようやく御出座しか、チャッピー」



 穏やかな口調。穏やかな笑み。万人の警戒心を払拭するであろうそれらは、テーブルの上にどっかりと投げ出された足のせいで台無しになっている。


 この人を相手に言葉の選択を失敗するとろくなことにならない。むしろ言葉に選択の余地があるのかすらも定かではない。 つい先日、我が身を襲った悲劇と共にそんなことを思い出す。それと同時に返事がないことに苛立ち始めている姐さんに気がついた。



「あああああ! お久しぶりです姐さん!」


「ふんっ! 遅いぞチャッピー

 思わず突然、反抗期を迎えた妹をどう仕とめ …… ではなく躾けようか思案したではないか」


「仕とめないで下さいお願いします」


「ふふっ、お前は可愛いなチャッピー

 …… さて、本題にはいろうか」


 本題? 


 そう言うからには姐さんの目的は俺に会うことだったのだろうか。というかロイエはどこへいった。むしろどこへやった。


「姐さん、その前に1つ確認したいことが」


「む? なんだね」


「えっと …… ロイエはどこに?」


 その瞬間、姐さんの目が怪しく光る。そしてゆっくりと口元を吊り上げると ……


「ふふっ」


「怖いよ!? その笑みが怖いよ!? ロイエはどこにいったの!?」


 思わず心の底からつっこんだ。すると姐さんはゆっくりと左手をこちらへと差し出す。そして次の瞬間、戦慄の一言を言い放った。


「なぁに ── 君もすぐに同じ場所へ逝くことになる」


 にやりと。


 その笑みに凍りつく。悪役の台詞が似合いすぎるこの人に思わず涙が込み上げてきた。

 

 そしてそれが ──


 その日のバイト先での最後の記憶だった。




 ◇




「ないわああああああああああ!!!」


 なにやら薄暗い謎の空間に俺の絶叫が木霊する。

 

 目を開けたはずなのに真っ暗だった。その上、何者かに力強く牽引されていることに気付いた俺は、すっかりとパニくっていた。

 


「え、なにこれ怖いんですけどおおおお!」


「ええい! やかましいわ!」


 なにやら怒られた。


「ふぇ?」


 呆けた声と共に声色の正体に思いつく。それと同時に前方がぼんやりと照らし出された。


「まったく …… ようやく目覚めたと思ったら叫びおって ──

 チャッピー、君には少々落ち着きが足りない」


 不機嫌そうな赤髪がそこに佇んでいた。


「姐さん?」


「なんだね」


「ふぇ? …… あれ? …… 俺、えーと」


「ふむ、また騒ぎ出されても面倒だな」


「…… ぇ? ええ!? ええええええええええ!!??」


 突如、姐さんの手が光る。暗闇を一瞬で雪景色へと変えた閃光は、耳を劈くような爆発音と共に〝再び〟俺の意識を刈りとった。 気絶する間際〝そういえばさっきもこんなことがあったな〟とか〝ちょっと顔を貸せ〟とか言われたのを思い出したのだから、あえて〝再び〟と表現したのは間違っちゃいないだろう。




 ◇




 定臣とロイエルが連れ去られ、騒然としている店内を遠目に眺める無機質な瞳が在った。その瞳にゆっくりと陽気な瞳が近付いていく。



「ラナクロア …… か

 ── この世界に愛されている人は何人いるんだろうね? 姉様」



 すれ違う人々の視線を集めながら、しかしそれを気に留める様子も無くセナキは片割れの隣へと陣取った。



「外れて見える人達は決まって世界に愛されている ……

 そもそも老師の言うそれ自体が正しいって誰が?」


 いつもより素っ気無くシアが言い放つ。その声色から不機嫌を悟ったセナキは僅かに肩をすくめて見せつつ、言葉のやりとりを続ける。


「あはは、随分ご機嫌斜めだね姉様?

 お家以外で老師の存在を口にするなんて初めてじゃない?」


 直後、セナキをじと目が襲う。


「あ、あはは …… ご、ごめんってば!」


「兄様は悪くない」


 シアのその言葉の指し示す先をセナキはすぐに理解する。そして二人にしかわかりえないその会話は、すぐさまに自然な流れで交わされていく。


「う、うん …… 注意はしてたんだけどね」


「今までにも私達の真似をできる〝外れた人〟は存在した」


「うん ── けど」


「あれは違う。 本質まで見抜いたのはあの人が初めて」


「…… だよね~

 とにかく無茶苦茶だよ、ミレイナ様は」


「ミレイナ …… 様?」


「うん、ミレイナ様。 そう呼ばないと大変なんだぁ …… 色々と」


「色々と?」


「うん、色々と」


「そう」


「そ♪ …… でも違うよね? 姉様がご機嫌斜めな本当の理由」


 セナキのその言葉にシアがぴくりと反応する。そして先程よりも粘質なじと目をつくると、じっとセナキの瞳を覗き込んだ。


「わかってて聞いてる」


「あはは♪ 怒らないでよもぉ」


 セナキはそう言うと、からかうようにシアのほっぺを軽くつねる。それからとびきりの笑顔を弾けさせ口ずさむ。


「理由の1つはサダオミさん♪ もう1つは遙か未来のポレフくん?」


「痛い」


「正解?」


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


「あはは♪ 正解なんだ?」 


「……」


「あはは♪ …… 姉様?」


『まさむねっ!!』


「あぶなっ!! ちょ、ちょっと!? 僕にそれは無しだよ!」


『まさむね2!!!』


「なにその空気を切り裂く感じ!? というか声にエコーかかってるよ!?」


『まさむね5!!!』


「あぶなっ! って3,4はどうしたの!」


『ま~~~さ~~~む~~~』


「きゃ~♪ 怖いよ~♪」


 それから暫くの間、シイラの街を軽やかに笑顔で走り抜けるセナキと、それを指鉄砲を下へ向けたままの体勢で無表情に追い続けるシアの姿が目撃された。




 ◇




「はぁはぁはぁ …… 姉様って運動弱いのにこういう時、しつこいよね?」


「はぁはぁはぁ …… 呪う」


「こわっ!!」


 大袈裟に驚いてみせて飛び退く。シアから少し距離を置くとセナキは急に真顔になった。

 

「…… ん~僕、結構大事なこと話しにきたんだけどなぁ」


 それに応えるようにしてシアが小さく溜息をつく。


「知ってる」


「ならさ~」


「知ってるけど話しても仕方ない」


「やっぱり姉様もそう思うんだ?」


「…… うん」


「波紋はどう広がるんだろうね」


 そう言うとセナキは地面にしゃがみ小石を手にとる。そしてそれをじっと見つめながら続きを口にする。


「もう視えない。 ミレイナ様は僕達の手から零れ落ちた。  

 そのミレイナ様がサダオミさんを連れて行った先は ……」


 セナキは小石を掌で転がす。それから人差し指の上で器用に回転させた。


「ん~、やっぱりサダオミさんは自覚ないのかなぁ …… ないんだろうなぁ」


「定臣はあのままでいいと思う」


「そっか。 姉様がそう言うならきっとそうだね♪

 …… どっちにしても ──」


 そう言うとセナキは人差し指の小石をぴんと跳ね上げる。そして視線をシアへと向けると笑顔で言い放った。


「未来で波紋がどう広がるかなんて ──

 結局、誰にもわからないしね♪」


 そんなセナキの視線とは別にシアの視線は空へと向けられていた。


「あ……」


 シアの視線が放物線を描きながら落下していく小石を追う。視線が到着した先では筋骨隆々の大男が頭を抑えてセナキの方に振り返っていた。


 青褪めるセナキ。口元をひくつかせる大男。そして案の定 ──


『こ、このガキャあああ!!!』


「ご、ごご、ごめんなさあああああい!!!」


『今日の兄様はよく走る』そんな感想を心の中で述べつつ、二人の背中を視線で見送るとシアは満足気にぼそりと呟く。


 風に運ばれすぐさまに消えうせたその声は、偶然すれ違った通行人の耳にしっかりと届いており、その内容に不幸な通行人はすぐさまに戦慄を覚えた。


『我が呪いは ── ここに成就せり』




 ◇



 

 エドラルザ城の一室、そこを束の間の拠点として借り受けたオルティスPTの面々は各自銘々に式典からの数日を過ごしていた。これにはすぐにでも出立しようとしたオルティスを王が嗜め、暫くの滞在期間を設け、下々の民と触れ合うことを提案し、オルティスがそれを快諾した経緯がある。


 だがそれはあくまで表向きの話である。


 実のところそれらの企みは、事前にオルティス側から王へと願いでたものだった。

 オルティスとしてはここで勇者としての基盤を築き、自分の理想とする姿と民の認識を一致させたい思惑があり、それを実行するに当って実に頭を悩ませられる人物が存在していた。



『オルティス君、私は実に暇だ』


 とは赤髪の小覇王ことミレイナ・ルイファスの一言だった。


 

〝命令〟ではなくあくまで〝提案〟

 

 ミレイナとしてもエドラルザ王を世界王として僅かながら認めているところがあり、つい先日、強引なやり口で愛妹の罪を帳消しにさせた貸しがある。それに加えて下手に出られれば、さすがの彼女も不機嫌さを隠すことなくオルティスの嗜めを受けざるを得なかった。



『ふんっ、民との交流は君達が好きにやればいい

 私はそれが終わるまで自由に行動するとしよう』


 そう言って立ち去る背中をオルティスは爽やかな笑顔で見送った。



 ミレイナが一時的に離脱することを知らされたオルティスPTの面々は只々、苦笑するばかりだった。比較的、彼女との付き合いが長いクレハ、ドナポス両名はその人となりを充分に理解しており、出会って数日のセナキにしても既に名前の後ろに〝様〟を付けて呼んでいる始末だった。


 そういった流れからオルティスは連日、城下町へと赴き、式典からの数日を有意義に過ごしていた。


 城下町へと向うオルティスには常にメンバーの中から一人が付き添う形をとり、残ったメンバーには自由行動が許されていた。そんな中、護衛と称し常にオルティスの傍らから離れようとしないドナポスの姿に、オルティスは勇者としての自覚と決意を新たにさせられた。出会いこそはかりごとではあれど時を経て、この二人の間には確かな信頼感が育まれつつあった。その裏側ではクレハとセナキの二人が、共に自由時間を力の限り脱力しつつ謳歌し、交流を深めていた。


 ポレフPTが絆を深めていく中、ラナクロアの注目を一身に集めるこちらの勇者PTでも確かな絆が生まれつつあった。


 これはそんな勇者オルティスが遠く離れたポレフPTのメンバー〝サダオミ・カワシノ〟と何故か突然、遭遇させられる破目になった時の話である。




 ◇




「ふぅ …… さすがにこう毎日では骨が折れますね」


 部屋に戻るなりソファーに身を沈ませると思わずそんなことを口走っていた。

 

 笑顔は得意なはずだった。しかし勇者として求められる笑顔は今までのものとは種類が違っていた。



 常に大勢の民衆に見守られる中での笑顔。


 

 それは騙す相手が増えるということ。

 それは偽る罪の重みが増すということ。

 それは僅かな隙も許されないということ。


 相手が少なければ、瞬発力だけの笑顔で篭絡する自信がある。それに頼り過ぎて、いつしか笑顔の持続力を失っていたことを心労に痛感させられた。



 やれやれ …… 僕もまだまだ未熟ですね。



 そう心の中で呟いた時、背後から豪快な笑い声が聞こえた。



「がははは! さすがのオルティス殿も参っておられるな?」



 コキコキと首を鳴らしながらドナポスさんが入室していた。

 彼の存在を認識していながらも弱音を吐く程に心を許していた自分に驚かされる。



「ふふ、聞かれちゃいましたか」



 表情に出さず驚きを受け流す。

 豪胆な彼は、堀りの深い顔に僕とは質の異なる本物の笑顔を浮かべ腕を組んでいた。



 その笑顔に思わず安堵させられる。



 英雄〝ドナポス・ニーゼルフ〟 

 

 その呼称が半端なものではないと、この数日で思い知らされた。

 噂に違わぬとは彼のためにある言葉なのではないだろうか。その豪快さに触れれば自分が今までに駆使してきた計略の数々など馬鹿らしく思えてくる。本来の自分ならばそれに間違いなく危機感のようなものを抱いていた。ところが彼に関してはそういった感情に苛まれることが一切、無いのだから不思議なものだ。



「がははは! 身内の前くらい寛いでくだされ! 気を張りすぎると持ちませんぞ!」



 豪快な笑い声に思考を遮られる。それと同時に釣られて笑顔になっている自分に驚かされた。


 

 この笑顔は ……


 ── 僕らしくないですね



「そうですね、僕も少し甘える努力をするようにします」



 誤魔化すように言ったその一言になんとも盛大な華が咲く。

 がははと力強く背中を叩いてきた大きな手に咳き込みながらも、僕はらしくない笑顔を続けていた。



 まったく ……


 まさか自分の理想とする姿から、ここまでかけ離れた人間に魅せられようとは、思いもしませんでした ……



「認めます。 あなたはかっこいいですよ、ドナポスさん」


「む?」


「いえ、こちらの話です。 

 ところでドナポスさん、少し今後の予定をお話ししたいのですが ……」


 本来は伏せておくつもりだった。それなのに気がついた時には僕はドナポスさんに城に滞在する理由、そこに辿り着くまでの経緯のすべてを話していた。


 〝身内〟として接してくれるこの人に隠し事はしたくないなどと ……

 

なにを熱くなっているのだろうか。まったくもって僕らしくない。


 とはいえ王の手を煩わせたことまで告白したのです。正直、見損なわれると思っていたのですが ──



「ほ~~~」



 ドナポスさんは目をまん丸にすると、そんな惚けた声を出していた。



「軽蔑してもらって結構です。僕はそういったことを平気でする人間なので

 ただ、あなたには知っていて欲しかった。 それだけのことです」


 

 これでらしくない事態は終わり。ここで距離を置いてくれるならば僕は黒い衝動を力に、理想に向ってただ直向きに走り続けられる。今までもそうだった。そしてこれからもそれは変わらない。自傷気味にそんな風に思考を巡らせていると、その思考を大きな拍手が打ち切った。



 ── パンッ!!



「いやはや! 実に素晴らしい!」


「…… え?」


「すべては物事が円滑に進むよう配慮してのこと。 

 我が主もそれがわかったからこそ手を貸してくださったのでしょうぞ!

 それに民草と自身の認識を一致させたかったというその言葉!

 ワシは大いに気に入りましたぞ!!」 

 


 英雄〝ドナポス・ニーゼルフ〟がそこにいた。



 まったく ……


 ── この人には参りました。



「ドナポスさん」


「む?」


「これからもよろしくお願いします」


「がはは! こちらこそですぞ!」



 固く交わした握手と共に、僕はもうしばらく〝らしくない自分〟が続きそうな予感を胸に抱いた。 




 ◇




 しばらくしてドナポスさんに王からの呼び出しがかかった。部屋に一人残された僕は徐にカップを手に取ると紅茶を注ぎ口をつける。ほのかな香りはすぐに思考を加速させてくれた。


 どうにもクレハが傍にいないと調子が狂う。先程の自分の姿を客観的に分析しつつ、思考の中でそんなことをごちる。


 〝真っ赤な服のもみあげ〟のその人は今日は多忙なようで朝から駆け回っている。そのクレハと最近、妙に仲良しなセナキもいつものように自由時間は行方をくらませている。


 あの子はあの子でなかなかに興味深い。


 サキュリアス〝暗部〟を駆使し、既にセナキの調査は進めさせている。懐の特殊な通信装置を手にとると〝いつも〟の笑顔に口元を緩めた。



 ── ピィン


 

 直後、耳障りな音が思考を遮る。その音は通信装置から発せられており、付与された特殊な魔法により自分にしか聞き取ることが出来ない。つまり ── 



 部下からの連絡 ……ですか。


 

 魔力を通し装置を解放する。すると装置が自分にしか聞き取れない音を紡ぎ始める。 



『セナキ・タダノは再びシイラに出現しました。

 やはり主の予想通り、なんらかの独自魔法を駆使しているようです』


(やはりそうですか。 しかしそれが発覚した程度で連絡は必要ないです)


 声色を消して装置に返答する。しばらくの間を置いて部下が続きを話し始めた。


『指示のままに連絡は極力控えております。 しかし今回の事態は ──』


(結構。 要件だけお願いします)


『はい。 シイラにミレイナ・ルイファスが現れました』


(ミレイナさんが …… なにか問題を?)


『はい。 以前から主が気にかけていらっしゃるポレフPTのメンバー

 ロイエル・サーバトミン、サダオミ・カワシノ両名を連れ去ったようです 』


(…… 事態は把握しました。 事後処理はあなたに一任します。 

 ミレイナ・ルイファスには暮々も関わらないように。 それと ── 

 この件に関してはサキュリアスの名を出して頂いて構いませんので)


『了解しました』 

 


 その声を最後に通信装置から魔力が消える。それを見送ると同時に額に手を当て、大きな溜息をついた。



「まったく …… なにを考えているのですかミレイナさんは」



 そう呟いた直後のことだった。



 ── バァン!



『は~っはっはは! これはいい暇潰しが出来た!

 私はそんなことを考えているのだよ? オルティス君』



 力強く蹴り開かれた扉の向こうには僅かに宙に浮くミレイナさんの姿。珍しく上機嫌なその姿は様々なつっこみどころが満載でした。

 


 まずは ──



「ミレイナさん、あなたに質問があります」


「なにかね?」


「恐らくあなたにとっては、エドラルザとシイラとの距離など無に等しいものなのでしょう」


「わかっていることを何故わざわざ口にする?」


「では、わからないことを」


「ええい! もったいつけるな! じれったいヤツめ」


「その左手にぶら下げられている女性は一体……」


「見てわからんのか? これは我が愛妹が一人、サダオミ・カワシノという

 またの名はチャッピーだ。 ふふんっ、かわゆいだろう?」


「それは見ればわかるのですが …… というかチャッピーって ……

 ともかくポレフPTは現在、シイラを拠点に活動しているはずです。

 そのメンバーの彼女を何故、ここに連行してきたのかと ……

 答えて頂けますか?」


「それはな ── 私が」


「私が?」


「暇だったからだ」


「ちょ!? …… コホンッ

 ミレイナさん、あえて進言させて頂きます」


「聞かん!」


「あなたは既に ……え?」


「聞かんと言うにっ!」


「そ、そこをなんとかお願いします」


「ふんっ」



 不機嫌に鼻が鳴ったのでそれを勝手に承諾とみなす。多少の強引さがなければ彼女との会話は成立しないのは学習済みだった。



「ミレイナさん、あなたのことは勇者PTの一員として既に民衆に触れ回っているのですから …… もう少し行動には謹みをもって頂かないと困ります …… ね?」



 まずい。これはまずい。


 ぷるぷると震える彼女の仕草は逆鱗に触れた時のわかりやすいサインだった。



「ふ、ふはは …… ははっ …… は~っはっはっは!」


「あ、あはは」



  とりあえず笑いを合わせて様子を見る。するとミレイナさんはなんとも意地の悪い笑みを浮かべると左手を頭上へと掲げた。


 

「言うではないかオルティス君。 

 良かろう! 君のその意見、少しは聞き入れようではないか」



 そう言い放ったかと思うと、今度はその手にがっしりと掴んでいたサダオミさんをこちらへ向って放り投げてきた。



「え!? ちょ!?」



 慌てて受けとめる。苦情を訴えかけようとした背中は次の瞬間には勢い良く閉じられた扉に遮られ、視界から消え去っていた。



「ぇ~ ……」



 過ぎ去った嵐に唖然とする。それから抱きとめた彼女の柔らかな感触に我を取り戻した。



「えっと …… 気絶してますね …… 

 外傷は …… 良し、無しですね」



 そもそも愛妹と称している彼女のことをミレイナさんが、無闇に傷つけるとは思えないので形式的に確認しただけなのですが ……


 なんとも美しい。


 思わず顔を凝視する。トクントクンと鳴る胸の高鳴りに、初めてエレシ・フィオラルネを魔示板で見かけた時のことを思い出した。

 


「なるほど」



 そう呟きながら彼女をソファーに寝かす。それから再び紅茶を注ぎ、口にして落ち着きを取り戻そうと試みる。普段から愛でるそれは期待を裏切ることなく効果を発揮し、僕は次第に落ち着きを取り戻していった。


 もしかしたら自分はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

 

 しばらくの思考の後、そんな結論に到達した。


 要するに ……


 要するに僕は ……


 

 サダオミ・カワシノは危険だ。

 本能がそう訴えかけてくる。

 だから暗殺を試みた。

 そのすべてが失敗した。


 なのにどこかで安堵していた。

 失敗して安堵?

 この僕が?

 ありえない。それはありえない。


 何故か。それは何故なのか。


 現在、目の前には彼女がいる。しかも意識を失っているせいで隙だらけの状態でだ。

 これは正に千載一遇のチャンスなのではないか?

 それなのに何故、僕は手を下さない?

 それどころか胸が高鳴る。

 その胸の高鳴りにエレシ・フィオラルネを思い出す。


 つまり ……


 つまり僕は ……


 

 一目惚れを危険だと勘違いしていたということですかっ!? 










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