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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
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勇者を目指して III

 ■



 

 一対一への拘り。


 そんなものはこの片腕と共にとっくに失っている。


 マリダリフ・ゼノビアの名は残念なことに一時代の敗者として世に名を馳せた。


 そしてその決戦の果てに俺が得た教訓とは ……



『お前ら! 陣形をしっかり保て! 敵の動きにいちいち翻弄されてやるな! 崩してくる反対の方角が本当に攻め込みたい方だ!』


 野営地内部に檄が飛ぶ。背水の陣で迎え撃ったはずの侵入者の姿を捉えられないことに、マリダリフは内心で焦りを感じていた。


『ちっ! 魔法の類じゃね~! すばしっこいだけだ! しっかりと包囲していけ!』


 声の傍から人垣が崩れていく。薙ぎ倒される人垣だけが侵入者の移動経路を知らせてくる。


『ふざけたスピードだ』


 そう呟くとマリダリフは熱くなり始めていた自分をゆっくりと宥めた。


 敗戦の苦汁は一度でいい。剣士としての自分では未来永劫〝奴〟には届かない。だからこそ自分はこの〝道〟を突き進むと心に極めた。


 頭の中で想いを反芻する。そして大きく息を吸うとマリダリフは倒れ行く人垣の先に殺気を迸らせた。


『その足が邪魔だろうがよ!!』


 ── 刹那。


 叩きつけられた大剣は爆音と共に爆風を生み、砂煙を上げると侵入者の視界を奪った。


『まぁ、これだけじゃ止まらね~わなっ!』


 続けざまに砂煙へと短剣を投げる。豪腕から繰り出された〝それ〟は唸り声を上げながら砂煙の中へと吸い込まれていった。


 !?


 ── ギィン


『っざけんなよ!』 


 直後に鳴り響くはずの剣戟は、驚愕に怒声を混えたマリダリフの声と共に彼の背後から鳴り響いた。


 瞬時に繰り出されたマリダリフの連撃を回避し、その背後から一撃を繰り出した視えざる侵入者、川篠定臣。それに対し直感だけで反応し、後手のまま大剣で防いで見せたマリダリフ・ゼノビア。


 それが両雄のこの戦闘におけるファーストコンタクトだった。

 

 ギリギリと剣同士が悲鳴を上げる中、マリダリフは視線を背後へと振る。同時に定臣はマリダリフの横顔を確認した。


「ってマリダリフ!?」

『嫁!?』


 大慌てで二人が距離をとる。それと同時に定臣によって無力化された男達がどさり、どさりと倒れこんだ。


「賊ってマリダリフ …… なのか?」


「おいおい、マジかよ。 アイーガの奴まで瞬殺 …… いや、殺しちゃいねぇか」


「マリダリフ?」


「なぁサダオミ、今は仕事の最中だ。 妻としてはうちで旦那の帰りを待っていて欲しいんだが」


「それは思いっきり! 完膚無きまでに断っただろ!」 


「へへっ、照れるなよ」


「っつうかなんでマリダリフが賊なんだよ、シイラで戻ってくるの待ってたんだぞ?」


「…… やれやれだ。 なんでサダオミが傭兵やってんのかは知らねぇが、どうやら何も知らずにここまで来ちまったらしい」


「む?」


「どれ、傭兵の流儀だ」


 マリダリフが殺気を纏う。浮かべる表情からは見て取れない〝それ〟を瞬時に感じとると定臣はさらに距離をとった。


「ちょ! 待て、待った待った! なんで俺とマリダリフg ── !?」


 言い終える前に大剣が咆哮を上げる。それを即座に受け流しながら定臣は話を続けた。


「うわっとと …… 待てって! だからなんで ……」


「なんでもクソもねぇよ! お前はこの拠点を奪還しに来た! 俺はここの防衛を依頼された! 傭兵が戦うには充分過ぎる理由だろうがっ!」


 痛烈な横薙ぎが飛ぶ。それを屈伸運動で回避しながら定臣は更にマリダリフに疑問をぶつける。


「いやいや、だからなんで傭兵同士が戦うんだよ? 同じ会社に雇われてるんだろ?」


「違うねぇ …… なんだってそんな無知でここまで来ちまったんだよ、ったく」


 縦一閃。苛立った様子で振り抜かれたマリダリフの一撃には明らかな殺意が籠められていた。それを定臣は後方ひとっ飛びに回避する。


「なぁサダオミ」

 

 冷酷な瞳が定臣を捉える。


「可愛い後輩に先輩から一つだけ忠告してやる。 傭兵は依頼人の意思を汲む。 依頼人次第で悪魔にもなるものなんだぜ?」


 自分に向けられたことの無いマリダリフの冷酷な瞳に定臣は思わず沈黙する。


「お前は確かにいい女だ。 だがそれとこれとは別問題だ」


 傭兵が敵同士として戦場で出会うこと。それがどういうことかをマリダリフは殺気で定臣に知らせる。それを肌で感じとった定臣の反応はやはり困惑したままの様子だった。


「マリダリフ ……」


 訴えるような瞳でマリダリフを見つめる。普段ならばすぐに赤くなり、俯くであろう彼の反応は至って無反応に近いものであり、その冷酷な殺気を増幅させたようにも感じられた。


『プロはプロの仕事をしないとねぇ~ 』


 不意に定臣はクレハのそんな言葉を思い出していた。


「なるほど」


 小さく呟く。


 応じるべきなのだろう。なによりも武人としてあの男と剣を交えたくもある。


 自身の中に混在している修羅がそう語りかけてくる。同時にいつもそれを凌駕している自制心が働きかけてくる。そして葛藤の末に定臣はゆっくりと剣を下ろした。


 そもそもがマリダリフと再会するまでの時間潰しの意味合いで、軽い気持ちで請け負っただけの傭兵家業である。その目的が果たされた上で〝賊〟の正体が雇われただけの傭兵とわかった今、自分とマリダリフが戦う理由など皆無である。


 しかしながら定臣の至って冷静なその判断は ──


「戦いにいちいち理由を求めるんだな! はっ! ど素人が!」


 次のマリダリフの言葉で180度覆されることとなった。


「俺は依頼された任務を遂行するって言ってんだよ! 守れと言われれば守る! 殺せと言われれば殺す! だから殺す! わかってんのか? お前を殺した後は遅れて近付いて来る二人も殺すって言ってんだぜ!」


 言い放った直後、マリダリフは逃げ出したくなる程の悪寒を感じることとなる。対峙している定臣の顔からは表情が抜け落ちており、どこか能面にも似たその無表情はただひたすらに自分を捉えていた。




 こいつは今、なんと言った?



 ── 血が



 遅れて近付いて来る二人を殺す? それってロイエとシアのことだよな?



 ── 血が褪めていく。



「そうか、マリダリフはなにかと死亡フラグを立てる奴だったな」



 ── 遠くから自分を見ているような感覚。



「そうだ。 俺も一つだけ忠告しておくよ。 俺は ──」



 大丈夫だ。俺はすべてを記憶することを選んだ。もう自分の中の〝時〟を止めたりはしない。でもな小夜子、今この時だけはお前のためじゃなくあの二人のために剣を振るうことを許してくれ。



「山賊は嫌いなんだよ」

 



 ◇




「山賊は嫌いなんだよ」


 対峙する剣豪がとてつもない殺気を放ってきやがる。


 惚れた女を怒らせて喜ぶ程、幼稚なわけじゃない。だが俺はサダオミにあえて怒らせるようなことを言った。


 一対一への拘り。


 捨てたはずの信念が疼きやがる。望まずして遭遇した今の状況に血が滾る。


 こいつの〝本気〟を見てみたい。そしてそれを凌駕してみたい。


 くくっ、心底そう思うぜ。お前は本当に最高の女だ。そしてそれ以上に好敵手だ。


「ほら、来いよ!!」


 大剣を肩に抱える。失ったはずの左腕がじくじくと疼き始める。それを庇うようにゆっくりと懐に忍ばせる。それで俺の臨戦態勢は整った。




 ◇




「ほら、来いよ!!」

「言われなくてもいく」


 それは一瞬の出来事だった。


 マリダリフは前方から聞こえた定臣のその声を同時に後方からも聞く。慌てて振り返ろうとした次の瞬間には視線は地面へと這わされていた。


「む …… 無茶苦茶なスピードだ」


 常人ならば昏倒しているであろう定臣の一撃を唇を噛み切り、意識を繋いで凌ぐ。


「く …… くくっ、まぁ代償は痛かったが …… とりあえずそのスピードを潰させてもらった」


 ゆらりと立ち上がり言う。苦痛に片目を閉じながらそう言い放ったマリダリフの視線の先には、右脚からじわりと血を滲ませる定臣の姿があった。


 それは正に捨て身の攻撃だった。直感による反応で辛うじて定臣の動きを感知したマリダリフは一瞬の判断を余儀なくされる。一歩間違えれば終焉を迎えていたその賭けに彼は傭兵としての自分のすべてを託した。その結果、見事に定臣に一矢を報いたのである。


「ったく、無反応かよ」


 常人ならば痛みに悶絶するであろう大腿部への一刺し。それに反応を示さない定臣に嫌な予感を覚えるとマリダリフは続け様に連撃を繰り出す。


「出し惜しみは無しだ!!!」


 咆哮を上げる大剣。一撃は地面を爆ぜると無数の小石を流星と化す。そしてその流星群に向って失った左手を翳すとマリダリフは高らかに宣言した。


「次はその良すぎる〝目〟だ! なに、心配するな! 今後のお前の人生、俺が面倒みてやるからよっ!」


 射出される。無数に飛ばされた短剣は繊細に流星を弾き跳弾させる。そしてその一つ一つが後方へ回避する定臣を追走する。通常ならばそれすらも回避する定臣であったが潰された足ではそれは叶わなかった。


 故に定臣は回避を諦める。そして一際、身に纏う剣気を増幅させた。


 刹那 ──。


 迫り来る流星群。それを正眼の構えで迎撃する。

 僅か数ミリ単位の隙間を一瞬にして広げていく。

 一秒にも満たない時間でそれをやり遂げ潜り抜ける。


 その先で柳の構えをとっていた定臣に続け様にマリダリフの一撃が襲い来る。


「爆ぜろよ!!」


 頭上からの縦一閃。全体重を乗せたその一撃はあらゆる受け流しを無効にする。それを見上げると定臣を大きく体を沈ませた。


「……」


 痛がるのは後でいい。

 剣を交わせば想いは自然と伝わってくる。

 想いには想いで応えなければならない。



 だから ──



 !?



 一陣の風が空へと駆け抜ける。

 風とすれ違ったマリダリフはゆっくりと口元に笑みを浮かべた。


 

「ちっ、案の定、俺の負けかよ。 ったく将来は尻に敷かれそうだぜ」



 地面を穿った直後、爆音と共に空を見上げるとマリダリフはそう呟いた。


「がっ!?」


 天空を舞う定臣が剣を背に納めるのと、マリダリフの全身から鮮血を噴出したのは同時の出来事だった。


「……」


 音も無く着地すると定臣は太股に刺さった短剣を抜く。


「っつぅ! …… ったく、マリダリフの奴。 マジで手加減無しなんだもんなぁ」


 背後に横たわるマリダリフを恨めしそうに見下ろしながら定臣はそうごちった。


「あ、そうだ。 一つ、つっこみ忘れてたわ」


 そう言うと定臣はマリダリフの元へと歩み寄る。そして除にしゃがみ込むと、俯いている後頭部をぺしぺしと叩き始めた。


「お・れ・は! お・と・こ・だ!」


 やれやれだね。


「ちょ、ちょっと~! 定臣ぃ! 置いていかないでよ~!」

「速過ぎる定臣は死ねばいいと思う」


 そこにようやくロイエルとシアの二人が到着した。


「ちょ! シアさん何気に酷いこと言いましたよね!?」


「言ってない」


「ぇ~」


「って! 定臣! その脚大丈夫なの!?」


「う?」


 ロイエの促すままにゆっくりと視線を下ろす。 


「!? ソウイエバ」


「あ、面白い顔になった」


「い、痛そうね」


「いったああああああああああああい!!!!!!」



 こうして俺とマリダリフの一戦は決着を迎えた。後になってわかったことだが、マリダリフの任務は俺が取り巻きを処理している間に契約時間を満了し、完遂されていたそうな。


 つまりだ。俺と戦う必要は全くもって無かったわけだ。ったく、こちとら熱いのは嫌なんだっての、これはあれか?言うべきなのか?


 ふぅ …… 男の子だねぇ ……


 ってあいつはどっちかって言うとおっさんか。


 ともあれ俺達はこの後、意識を取り戻したマリダリフ+傭兵達と一緒に和気藹々とシイラまで帰還を果たしましたとさ。


 こんな感じで置いてけぼり三人の珍道中は終わりを迎えた。


 シイラに戻った先ではまぁ …… また厄介事が待ち受けていたわけだが、それはまた別のお話ってやつだな。




 ■



 

「── して、どう落とし前をつける?」



 シイラ ──


サキュリアス支社の奥の一室。僅かに怒気を帯びた老人の声が響く。

 鷹のように鋭いその瞳は向かいに座る人物へと向けられていた。


「まずはご足労頂き、ありがとうございます。 そのことに対する謝礼がこちら。 そして先の不手際に対する謝罪がこちらでございます」


 机を挟んだ向かい側、緑色の前髪が僅かに揺れる。ライアット・サリスは今日も実に機械的だった。


「…… ふむ。 ライアット、お前さん、どんどんクレハの若造に似てきおるのぉ」


「やめてください」


「ほっほっ、若い若い。 

 …… 良しとしよう。 傭兵が金を積まれて首を縦に振らんわけにはいかぬからのぉ」


「ありがとうございます。 それではこの件はこれで ──」


「よろしい。 サキュリアスの謝罪と保証はこれでしまいじゃ

  ── じゃが」


「はい ── 

 そろそろ〝不滅の調停者〟が到着する頃合でしょう」




 ◇




 コツコツと廊下を木彫りの靴が叩く。隻腕のその男はどこか晴れやかな顔で奥の一室へと歩みを進めていた。


「さて ──

 ジョルジュの爺様はどうでることやら」


 とはいえ ── 


 仮に〝炎帝ジョルジュ〟がどうでようとも自分の道は既に定まっている。マリダリフは先刻、定臣から受けた斬撃痕をさすりながら、そしてにやりと笑った。




 ── 〝不滅の調停者〟


 それがサキュリアスによって自分に与えられたコードネームだった。


 経緯は実に簡単だ。


 突如としてラナクロアに出現した超新星はフリーランスの傭兵には眩しすぎた。相容れぬ存在は互いに反発するしかない。時代の暗がりにそういった兄弟達が追いやられるまでにそう時間はかからなかった。


 そんな折にクレハ直々に持ちかけられた話がこうだった。


 古き良きを愛し続けたい。そのためには調和と共存が必要だ。と


 当初は難色を示した俺だったが、先駆者であり一目置く存在である〝炎帝ジョルジュ〟の説得を経て、俺は兄弟達のために自らの誇りを投げ打った。

 

 ── 不滅の調停者


 ── 隻腕の豪剣


 二つのふたつ名は俺の所属の違いを表している。

 隻腕の豪剣に課せられた義務はフリーランスの傭兵として名を馳せ続けること。


 そして不滅の調停者に課せられた義務は ──



「入るぜ」


「……どうぞ」 


 一呼吸置き、鉄面皮の上司が迎え入れる。鉄扉の向こう側には厄介事が偉そうに鎮座していた。


「よぉ、爺様。 前回以来だなぁ」


「ふぉっふぉ、相変わらず小生意気な面をしておるわい」


「そっちもまだまだ引退しそうにはねぇ~なぁ?」


 とりあえずの返礼を交わす。この爺様とはこれくらいが丁度いい。

 

「では本題に入ります」


 お仕事モードの鉄面皮は相変わらずに淡々と事を進行する。正直、助かる。〝炎帝〟との仲介役はこの女以外には荷が重いだろう。


「先の件。 こちらの不手際から特務に該当する任務が無関係の傭兵へと ──」


 剣を一閃するように ──


「まずはそこじゃな」


 鋭くライアットの口上を遮る。どこか鋼の冷たさを感じさせる〝炎帝〟の声色は危険信号だ。零か百かしか無い爺様の怒りゲージの極端さに呆れさせられたのも今となっては遠い日の記憶だった。


「サダオミ・カワシノといったかの」


 続いて耳にした名前に思わず眉根をひそめる。怒れる〝炎帝〟に嫁の名前。良くない未来しか想像できない組み合わせだった。


「どうにも胡散臭いわい。 その小童、何者なのじゃ?」


 胡散臭いに何者ときたか ── 人の嫁に向って随分な口をきいてくれやがる。


 だがその言も確かに一理ある。

 サダオミ・カワシノとは何者なのか。今まで考えなかったわけじゃない。


 マノフによる絶対死を潜り抜けた確固たる実力。それを確かめるべく挑んだ先刻の戦いでまざまざと魅せつけられた流麗な剣技。


 あれ程の実力だ。それが段階を踏まず突如として出現する程、この世界は平和じゃない。


 ちらりと微妙な笑顔を浮かべたサダオミの姿が脳裏に浮かぶ。それだけで他のことはどうでもよくなった。


「炎帝よぉ」


 どうにもあの美貌に中てられすぎた。そういうことにしておくか。


「小僧。 誰に殺気を向けている?」


「誰の嫁にケチつけてんだ?」


 五指に炎を携えて炎帝が立ち上がる。それを肩に大剣を抱えて睨みつける。


「殺すぞ」


 炎帝の殺気が際立っていく。それに呼応して血がざわめき始める。


「毎回、殺そうとしてんだろうがよ」


 宣戦布告と受諾。合意の上で開戦されようとした戦争は ──


「そこまでです」

 

 直後に両者の前髪をかすめた雷鳴によって停戦された。




 ◇




 熱しやすく冷めやすい傭兵気質が落ち着きを取り戻した頃合を見計らって、ライアット・サリスが再び役目に徹する。


 今回、サダオミは何も知らずに実に厄介な案件に手を出した。


 フリーランス ── 一般的に〝野良〟と呼ばれる傭兵にも自由気ままのようでいて実は派閥は存在する。


 名を馳せた傭兵単位に分かれていた派閥は、クレハの興したサキュリアスに随分と掻き乱されることとなった。


 突如、ラナクロアに台頭してきた同業者。すべてにおいて圧倒的だったサキュリアスは寄りにも寄って、共存を謳った。長いものには巻かれろとは言うが、当然ながらそれを良しとしない者は存在する。


 協調できないのならば滅べばいい。力無い者が淘汰されるなど当然のこと。

 当然であることが自然である。それをそう割り切らないのがあの男の魅力なのだとは思う。


 そしてその魅力に中てられたフリーランス達は所属こそ違えど、サキュリアスとの共存を選んだ。


 賛成派と反対派。こうしてフリーランスは大きく二つの派閥に分かたれた。そして両派閥の確執は時間の経過と共に純度の高いものとなってゆく。


 傭兵として名を馳せればサキュリアスからの引き抜きが待っている。そうしたうまい話は与し易い方へと自然の流れで向いてゆく。


 事実、サキュリアスに囲われたフリーランスの大半は賛成派に属する者達だった。

 そういった流れからフリーランスの地位は地に堕ち、いつしか大衆から〝サキュリアスの二軍〟とまで言われるようになっていた。


 だがしかし ──


 それはクレハの望む形での共存とは違っていた。

 気に入らないことは力ずくででも変えてゆく。あの男の敏腕の見せ所だった。


 フリーランスの地位を。誇りを。その存在すべてを守りたい。しかしながら一方的に養護するつもりなど毛先程も無い。あの男は本当に力無い者を必要とはしない。欲しいのは力の矛先を間違っているだけの実力者なのだ。


 結局は利益。社を経営する上ではどれ程に綺麗事をのたまおうと〝それ〟を追求せずにはいられない。


 そうして創られたシステムの一端が俺だ。



 ── 不滅の調停者



 調停者はフリーランスの力を世に知らしめるための礎となる。


 不定期的にそして秘密裏に暗部によって出される指示に従い、調停者は目標を拘束する。

 表向きはサキュリアス反対派による妨害工作。巷によくある類のフリーランス同士のいざこざで片付けられる範囲の出来事。その実、サキュリアス内部では事件は賊の犯行と喧伝されている。


 賊からの人質救出ならびに自陣の奪回。任務に正当性を帯びた時点でサキュリアスはBランク以上の所属傭兵の派遣を決定する。そして派遣された所属傭兵が任務に失敗した際に適応されるのが〝特例処置〟である。


 汚名は構わない。肝心なのは汚名が広がる前に処置することだ。


 クレハのこの指示の元、サキュリアスは即座に特務として〝旧傭兵雇用所〟へと任務を依頼する。依頼を受けた〝旧傭兵雇用所〟はただちに最寄のA判定以上の傭兵を募り、依頼を果たす。表向きにはサキュリアスの尻拭い。それはサキュリアスより使えるフリーランスが存在することを世に知らしめる。だがその実、A判定以上の傭兵には調停者が複数、紛れ込んでいる。そして特務絡みの任務は調停者が近場にいる時のみ発令される。


 壮大なる自作自演。それがこのシステムの正体だ。


 サキュリアスは自社の恥を晒し、所属傭兵を引き締める。それと共に定期的に所属傭兵の品質をチェックする。対して裏事情を一切知らされていないフリーランス達は自尊心を満たされると共に、仕事を得る。


 絶対にサキュリアスに囲われないフリーランス。それが実力者であればある程、名を馳せれば馳せる程、彼らは安堵する。


 調停者は絶対的にフリーランスの味方であり、そこには担当の違いこそあれど派閥は存在しない。


 反対派を担当する俺に賛成派を担当する炎帝。幾度となく戦場で相見えた俺達が所属を同じくする者であるなどと誰が思うだろうか。


 毎度、制限時間一杯に繰り広げられる本気の殺し合い。調停者同士の享楽が過ぎた荒事から零れ落ちた同志は数知れず、今この時もどこかで同志が死んでいるかもしれない。


 だがそれでいい。


 城壁の外に生きる者として生きることを楽しみ、すべてを賭した上で逝くことは本望だ。 


 愛すべき兄弟達。今日まで俺は全力でお前らの味方で在り続けてきた。そして立ち位置が変われどそれはこれからも変わらない。




 ◇




「本気か?」


 そう呟いた炎帝はなんとも悲しそうな顔をしていた。思えばこの実力者と幾度の殺し合いを経て、よく生き残ったものだ。我ながら自らの偉業を称えずにはいられない。


 俺の退職願はあっさりと実に事務的に受理された。そもそもサキュリアスは調停者に無理強いをするつもりなど毛頭ない。利害の一致。信念の一致のみで歩みを共にしているだけの存在にすぎない。


「あぁ、本気だ。 俺は今日で不滅の二つ名を返上させてもらう」


「解せんな。 お前ほどフリーランスを愛す者はそうはおらん」


「おいおい、らしくねぇな爺様。 随分と潮らしいじゃねぇか」


「ふん! 去る者に理由を問うなど野暮なこととは思うが …… 

ワシとお前の仲じゃ、理由くらい言うていかんか」


 珍しく柔和な笑顔を携えた炎帝をじっくりと見据える。それから炎帝に向って親指をびっと立てた。


「惚れた女がそこにいる! だからそれを追いかける! 男のロマンがそこにあるんだよ!」


 そう言い残し、背中で別れを告げて部屋を出た。

 俺達の別れはこれくらいが丁度いい。願わくは次も元気な姿で再会したいもんだな。


 ── 頂の調停者。


 ── 〝炎帝〟ジョルジュ・マッカーサー




 ◇




「── はい。 仰られた通り〝不滅〟は去りました」


 マリダリフとジョルジュが去った後の部屋。ライアットは魔法水晶に向って事後報告を済ませていた。


「えぇ、後継はアイーガ・クランベルに。 既に話は通してあります」


『それはいいんだけどよぉ~、ちぃ~~~~っとばかし役不足じゃねぇか?』


「クレハ様、人材は育成するものです」


『そりゃそうだろうよ、俺様が心配してんのは育成する前に殺されねぇかって、こ・と』


「そうならないように配慮するのが私の仕事と心得ておりますが」


『かぁ~~~! 出来る部下を持って俺様、し・あ・わ・せ♪』


「ですが …… いえ、なんでもありません」


『らしくねぇ~なぁ、はっきり言えよ』


「いえ、あれだけフリーランスの地位向上に執着していた〝不滅〟が何故、こうも簡単に辞めてしまったのかと」


『ったく、ライアットは可愛いなぁ』


「は?」


『くっくっく、ライアット、一つ覚えとけ? 女は恋に生きる生き物とは言うが ──

 男の方も案外、恋に生きるもんなんだよ』


「はぁ …… それとサダオミ様が今回の特務に携わるよう根回ししたこととは関連性が?」


『くっくっく、まぁ俺様の気遣いってやつよ。 

〝不滅〟には ── いや、もうただのマリダリフだな。 

 あいつには色々と世話になったからなぁ』

  

「こちらとしては想定外の戦力を失ったわけですが」


『だ~から、マノフ戦の後に言っただろ? マリダリフは近々うちを離れるってぇ』


「確かに。 それでは仕事がありますので報告はこれで」


『あいよ~! あんがとさん♪ 身体には気をつけろよ~い』


「そちらも」



 こうしてフリーランスをこよなく愛した一人の男は、その想いをそのままに本来の居場所を去った。

 その背中には一切の後悔は無く、その歩みは実に晴れやかなものだったという。


 この後、元フリーランスの傭兵〝マリダリフ・ゼノビア〟の勇名は更に天下に轟くこととなり、傭兵の地位向上に更なる一役を買うこととなるが、それにはまだ僅かばかりの時間を要する。




 ◇




 ぱらり、ぱらりと


 物語は進んでゆく。

 介して視える世界はやはりどこか現実感が無い。


 ぱらり、ぱらり。


 今日の一日が終わってしまった。


 どれだけページをめくる手を緩めようとも。

 時間は常に均等で命一杯広げた手の平から零れ落ちてゆく。


 それがとても哀しくて。

 今のこの〝時〟がとても楽しくて。


 私はできる限りゆっくりと丁寧に役目を手繰り寄せてゆく。


 今度の世界には〝特別〟が在った。

 いつもと違うのはどこか不安だったはずなのに。


 今はそれが嬉しくて。

 だから未来が哀しくて。

 

 私は命一杯抗った。



 それでも ──

 それでも終焉は変わらない。それはいつものことだった。




「哀しそうな顔」


 酒場の喧騒から逃げだして夜空に不安を投げかけていると、背後からそんな声が聞こえてきた。


「兄様 ……」


「今度は随分と楽しそうだから、そろそろそんな顔をしてるんじゃないかと思ってた」


「…… こんな感情、とっくに捨てたと思ってた」


「はは、姉様は自分で思っている程、成りきれていないよ?」


 兄であり、弟でもある不思議な半分が意地悪を言う。私はいつものように感情を殺しながら呟いた。


「…… それは困る」


「あははは♪ だから姉様、顔に感情が出てるから♪」


 私の完璧な感情ステルスもこの子を相手にすると無意味だった。


「そっちはどうなの?」


 兄様 …… セナキのこの軽いノリにはどうにもついていけない。だから私は少しだけテンポを上げた。


「もぉ~! 僕を相手に手繰るかなぁ」


 とても不満気な顔。さっきのお返しはこれでおしまい。


「せっかく会いにきたのに~ …… まぁいいや」


 一呼吸置いて。


「やっぱりまだよくわかんないんだよね~ …… あの人がそっちに付いてるからには、そっちが主軸だとは思うんだけど」


「珍しい。 判断つかないんだ?」


「うん♪ すごくたゆたってる♪ だから ──」


 とびきりの笑顔を投げかけられた。それだけで〝だから〟の先の言葉がわかってしまう。

 やっぱり私とこの子は一心同体だ。


 だから ──


「楽しいよね」


 だから私はあえてその先の言葉を口にした。 


 

 こんな感情 ──

 とっくに捨てたと思ってたのに ……




「あ!」


 感傷に耽っていると兄様が突然、そんな声を上げた。いつもなら同時に気がつく〝それ〟を見逃したのはきっとこの人のせいだ。


「にゃ!?」


 突然、背後から肩を組まれ思わずそんな声が出た。


「シ~~ア~~、なに逃げ出してんだよ~、お前も飲めよ~、飲めよ~」


 薄っすらと火照った顔に意地悪そうな笑みを携えて登場したのは定臣だった。正直、面倒くさい。性質の悪い酔っ払いを絵に描いたようなその醜態にじと目を送る。


「にゃはははは」


 何故か指を刺して笑われた。なにこの酔っ払い。


「やっ! ちょ!? やめてよぉ~」


 そうこうしていると今度は兄様が定臣の餌食に。


「にゃはははは! シアそっくりでお前も可愛いなぁ!」


 ぐりぐり、わしゃわしゃと頭を撫で繰り回す。


 うちの定臣が本当にすみません、兄様。この埋め合わせはもしかしたら、いずれ、なんらかの形でするかもしれません。うん、しないかな。

 

 ということでこの場を兄様に任せて私はゆっくりとその場を立ち去 ……


「シ~~ア~~~、この子の名前なんだっけ~へっへへへへ」


「ほんと、性質が悪い。 兄様の名前はセナキ。 それじゃ」


 今度こそ立ち去る。


『ちょ!? 姉様ぁ~~!』などと背後から兄様の声が聞こえる気がするけれど、それはきっと気のせい。うん、きっと気のせい。


 まったく ……


 騒がしいのが苦手で逃げた先に一番騒がしいのがやって来るなんて。



 そんな〝ルート〟は定臣が現れる寸前まで存在していなかったというのに ──



 ちらりと背後で兄様の手をぶんぶんしている定臣を見る。思わずくすりと笑みが零れた。


「もしかしたら ── 変わるかもしれない」


 終焉はいつも灰色。黒より幾ばくかましなその世界を視ながら私は僅かな可能性を望んだ。


「可能性があるとすれば ── ううん。 可能性なんて無い」


 どれだけ手繰り寄せようと、決まってしまった世界を覆すことなんて出来ない。


 それは充分に理解しているはずなのに ──


 定臣、どうしてあなたは私達の世界に現れたの?


 そんなの ──


 そんなの期待せずにはいられないじゃない。



 もう一度、振り返る。今度は兄様が高い高いの声と共に星空へと放り投げられていた。


「ぷっ 」


 思わず噴出した。それから知らずに頬を伝っていた涙を手で拭うと、私は酒場へ歩みを進めた。


 それにしても ──


「ほんと、変な〝神様〟」


 ぼそりと口をついて出たその言葉は酒場の喧騒と、背後ではしゃぐ酔っ払いの大声によってすぐ様に掻き消された。




 ◇




 ポレフが戻ったのは翌日のことだった。

 

 妙にやつれ顔の彼は目だけを爛々と輝かし、帰還の報告に訪れた。そんなポレフを定臣は半目を開いた状態で如何にも気だるそうに出迎えた。よくよく見ると、その手は額に添えられている。定臣がそんな状態なのにはもちろん理由がある。昨晩(もちろんポレフは知らないのだが)盛大に催された酒宴の席で定臣は〝何故か〟アテにしていたはずの二日酔い防止の魔法をもらい忘れた。彼が〝神魔法〟と称してやまないソレをもらい忘れるに到ったにはもちろん原因となる理由があるのだが、定臣本人はその原因に心当たりがない。故に定臣は虚ろな半目に呪詛を宿し、幾ばくか重く感じる瞼を後悔の念と共に押し上げつつ、数日ぶりに再会した弟子達を迎えるに到ったのである。



「定臣、なんかしんどそうだなぁ」


「…… だいじょ…うぷっ」


「大丈夫じゃないよな!?」



 ポレフがそう言い放った直後、柔和な笑顔に凍てつく冷気を携えたエレシが背後から出現し〝躾け〟と称した折檻が行使されることとなったのだが、定臣は例のごとくそれをスルーし、その場にぐたりと崩れ落ちたのだった。


 それから数時間後、PTのメンバーが一堂に会するのを待ち、定臣がようやく復帰した頃合を見計らってポレフは皆に話があると切り出した。エレシを介さずポレフの口から告げられた前置きに一同は不慣れな様子で小首を傾げつつ耳を傾ける。



「(あれ? エレシの奴)」



 ポレフが口を開くまでの僅かな時間、定臣はエレシの一つの変化に気付く。出会ってからのエレシは常に薄手のグローブを纏っており、素手を晒すことは一度もなかった。マイスターが命綱である手の管理に配慮していることをポレフから聞かされ、プロのプロ意識の高さに感嘆したのは記憶に新しいと定臣はエレシのその変化に疑問符を浮かべる。しかしその疑問はポレフの次の言葉によって氷解する。



「皆! 俺に時間をくれ!」



 一ヶ月欲しい。続けざまに言い放たれたポレフの言葉はそうだった。自分にはなによりも経験が無く、当然のことながら実力も無い。しかし師がいる。そして仲間がいる。だから身勝手な話ではあるが力を貸して欲しい。支えて欲しい。時間さえあれば弛みない努力で自分に無いものを埋めてみせる。それがポレフの話の内容だった。決意の籠められたその宣言に一同は真剣な面持ちで頷く。こうしてポレフの地獄の訓練の日々は幕を開けることとなった。




 訓練初日。宣言から僅か数分後、定臣によって野外に呼び出されたポレフとエレシの二人は、とりあえずレベル1と称して繰り出された定臣の剣技によってただ翻弄されるだけのぼろ雑巾と化した。そしてその夜、ポレフが寝静まった頃合を見計らい、今度はエレシによる定臣の魔法・魔術の訓練が開始される。エレシが定臣の訓練の際に自らの魔法・魔術を封じたように、定臣もエレシの訓練の際には自らの剣技を封じる。



 その結果 ──



「うにゃあああああああ!?」



 ここでもやはり出来上がったのはぼろ雑巾だった。




 訓練二日目。戦闘の型には各自に合ったものがある。定臣のその提案にポレフとエレシの土下座を経て、ポレフの第二の師を嫌々ながらも承諾したのはルブラン・メルクロワその人だった。



 結果はもちろん ──



「ふぎゃああああああああ!?」

 


 その夜 ──



「ふにゃああああああああ!?」




 訓練三日目。土の日。ポレフ、眠りの日である。この日、ポレフは例のごとく目覚めることはなかった。この時間を利用し、エレシはポレフの第三の師を獲得すべく動く。



「どうでしょうか? マリダリフ様」


「まぁ断る理由はないな。 俺も元傭兵、金を貰えるなら何でもやるぜ? それにこれで定臣と堂々と行動を共にできる。 そしてなにもよりも定臣が入れ込んでるあの坊主 …… おっと、エレシさんの弟さんにも興味があるしな!」



 このやりとりを経て、マリダリフ・ゼノビアは正式にポレフPTの一員となった。こうして三人の師を得たポレフは充実した濃厚な時間を過ごして行く。


 やがて訓練は一つの型を作っていく。ポレフが眠る土の日にはエレシによる訓練の時間が多くとれる。逆にエレシが眠る風の日には定臣による訓練の時間が多くとれる。火の国で轟劉生の訓練の型がそうであったように、定臣は各自のその日を〝一騎打ちの日〟と定め、週に一度の互いの集大成を確かめ合う日と決めた。


 こうして勇者候補〝ポレフ・レイヴァルヴァン〟はようやく勇者への道を歩み始めたのだった。


  


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