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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
38/57

勇者を目指して II

 ■



 

 ── 翌朝。


 

 鞄の町、シイラの外れに悠然と聳え立つ巨木の下、鮮やかに剣を振るう女性が一人。

 一目に万人を魅了するその美しい剣技も、人通り皆無な早朝においては誰からも賞賛を得ることは無い。


 

 凛とした静けさの中、女性の振るう剣の音だけが空気を裂いて木霊する。

 その眼差しはどこまでも高く。そしてどこまでも未来さきを見据えていた。



 どれくらい剣を振っていただろうか。不意に女性が剣を振るうその手を止め、そしてにやりと笑った。


 

「ん、一歩前進」

 


 自覚すると共に川篠定臣は小さくそう呟いた。



 こと鍛錬において彼女 …… 彼はある種の枷を自分に課している。

 そして自らの信念にも通づるその枷を、自身の満足がいく形で振り払えた時、彼はどうしようもなく上機嫌になった。



 彼が鍛錬に求める唯一は進化。

 求める歩幅は百分の一ミリにも満たなくて構わない。ただ維持ではなく常に進化することを。


 彼はただそれだけを追い求め、日々を邁進する。


 進化は時が進むにつれ、振り幅を小さくしていく。それは彼の剣技が完成形へと昇華されていく証明でもあった。

 

 

 しかし ──



 それを彼は赦さなかった。

 

 

 こと鍛錬において、彼はどこまでも前向きであり、そしてどこまでも貪欲だった。


 完成は終焉であり、進化の打ち止めを意味する。それは彼にとって実に残念なことであり、なによりも彼が愛する〝面白いこと〟に反して、面白くないことだった。



 故に彼は口ずさむ。

 昨日よりも僅かに進化した今日の自分に自ら太鼓判を押す。



「まだまだ面白いね」



 ── と。


 

 ふとその時、一陣の風が吹き抜けた。


 さらりと流された前髪を手で掻き分けながら、定臣は空に向って刀を一閃する。

 一瞬の反射を受けてきらりと光った刃は、次の瞬間には背中の鞘に納められていた。



「ん、そろそろ起こそうかなぁ」



 そう口にして巨木に振り返った定臣の背後に、はらりと木の葉が舞う。

 次の瞬間、木の葉は縦二つに割れ、そして横に無数に分断され散り散りになった。




 ◆




 朝の鍛錬を終え、雛鳥達の下へと歩み寄る。

 そこにはシイラの町並みを見下ろすかのようにして一本の巨木が聳え立っていた。


 置いてけぼりな俺達 …… つまるところの俺、ロイエ、シアの三人組は話し合いの結果、昨晩の寝床にこの場所を選んだ。



 それにしてもこの樹が在ってくれて良かった。 


 

 一晩、背中を与ってくれた場所にそっと手を添え、優しく撫でながら大きく頷く。

 昨日は満天の星空を遮り、煩わしく思った青く茂ったその手も今はどこか愛おしく感じた。



 お陰で雨を心配しなくて済んだ。

 そしてなによりも〝お前〟のお陰で二人を護衛しやすかったよ。



 どこか感傷的にそんな風に仕草で語りかけてみる。



「 ── で、樹と友情を深めてるところ申し訳ないけど」



 不意に頭上から声が降り注いできた。


 なんというか恥ずかしいです。子猫に優しく話しかけているところを目撃されたような恥ずかしさです。




「お、起きてたのかいぃ!? シア」

 


 見上げた先には無機質な瞳が体育座りをしていた。

 というか目が合うなり、なにやら人差し指を立てて『チッチッチッ』とか口ずさみながら左右に振り始めた。


 

「相変わらず朝から不思議ちゃんだなぁ」



 この謎子ちゃんの唐突な不思議動作はいつまで続くのか。呟きながら僅かに興味が湧いた俺は、しばらくその様子を観察してみることにした。



「チッチッチッ 」


「……」


「チッチッチッチッ」


「………」


「チッチッチッチッチッ」


「…………」


「チッチッチッチッがっ!?」


「噛んだ!?」


「うぅ ……」


「むしろどうやって噛んだ!? 噛むほどのなにかがあったのか!?」


「……ちっ!」


「舌打ち!? 今舌打ちした!?」


「してない」


「えぇ!?」


「…… そういえば先日、ポレフに 『お前、シスコンだろ』 と言ってみました」


「ぇ、いや、話題急にそれ」


「するとポレフは悪びれもせず、こう言ったのです」


「まぁなんというかストレートに言いすぎだろう …… で? なんて言ったんだ?」


「そんなことよりも定臣、おはよう」


「ん、おはよ …… って、えぇ!? 今ので話終わり!?」


「ところで定臣」


「会話が成立しないだと!?」


「…………」


「む? どうしたシア」


「……………」


 謎の沈黙きたこれ。


 いや、待て。この沈黙の意味はなんだ? もしかして今のつっこみがまずかったのか?


 小首を傾げながらシアを見る。相変わらずに無表情ではあるが、口元が僅かに緩んで見えるあたり、どこか上機嫌なようにも見える。


 ならばこの沈黙はなんだ。ますますわからん。

 いや、むしろわからないからこそのシアか? ってなにが言いたいんだ俺。



「刀」



 小首から大首を傾げそうな勢いだった俺の反転運動を止めたのは、シアのその一言だった。

 次の瞬間、シアに意識を引き戻された俺は驚くことになる。



「綺麗だった」

 

 シアは微笑んでいた。



 わかるか? あのシアが笑ったんだぞ? それも余所行きのスマイルじゃなく〝素〟でだ。そりゃもう俺は驚いたね。

 

 どれくらい驚いたかって? そりゃ次の俺を見てくれればわかる。



「見てたのがっ!?」


「うん …… 噛んだ」


「そこ! 自分もさっきやったんだから笑わない!」


「あははは」



 にしても〝剣〟じゃなく〝刀〟ねぇ ……


 

 やはりシアはこのラナクロアの住人ではないらしい。この時、そう確信した俺であったが



「ん、それじゃそろそろロイエも起こそうか」



 珍しく愛らしい笑顔を見せているシアにそれを告げるのもどこか野暮な気がして、なんとなしにそんなことを口にした。



 ── のだが。



「…… あぁ、あの不思議生物」



 直後にぼそりと耳に飛び込んできたシアのその発言に、先程、反転途中で制止された大首になりかけた小首を大いに捻らされることになった。


 

 にしてもシアに不思議と言わしめるロイエって一体 ……


 

 捻った首のままにシアを見つめてみる。どこか虚ろな瞳でニヒルな笑顔を浮かべたシアは、次の瞬間、ゆっくりとある一点を指差した。



「ふぉっ!?」


 シアの指差した方向を見た俺の第一声である。


 

 そこに佇んで …… いや、ぷらんぷらんとぶら下がっていたのは、一見して巨大な芋虫のようで、やはりどう見ても芋虫だったわけで、いや、よく見るとあれは ……



「おい、そこの謎寝袋に包まったまま、何故か木から落下した挙句、安全ロープで危険な状態に陥ったまま半円運動を繰り返している少女よ」



 そんな感じの状態に陥っているロイエだった。



「うぅ ……み、見つけたなら早く助けなさいよおおお!!」


「むしろどうして今の今まで助けを呼ばなかった」


「そんなつっこみ今はどうでもいいのよおおお!!」

 

「むしろどうして今の今まで助けを呼ばなかった」


「待って! ほんと助けて! 同じテンポで繰り返さなくていいから! そんな芸いらないから助けて!」


 

 やれやれ、どうやら本気でやばい状態らしい。


 

 まぁそんなわけで、無事にロイエの救出を終え、その後、実は木から降りられないことを実に堂々と告白したシアさんを抱え降ろしたところで朝の一幕は終わりを迎えた。



 え? ロイエがじっと黙って我慢していた理由? 聞くなって、そりゃ野暮ってもんですぜ。



『は、恥ずかしかったのよおおおおおおおお!!!!』



 だそうです。




 ◆




 それは朝の一幕を終え、今日の稼ぎはどうしようかと、置き去り三人衆が井戸端会議を始めたその時になってやって来た。



「よ、ようやく見つけましたですー!」



 息を切らしながら俺達の前に一人の少女が駆け寄り、そんなことを口にした。

 

 はてさて、この少女はどこのどちらさんなのか。三者三様に首を傾げる。

 そんな俺達に、一言断りをいれると少女は口早に事の経緯を話し始めた。



「じ、実はこちらの手違いがありまして」



 聞くところによるとこの少女、この街のとある宿屋の従業員らしく、昨晩から今朝にかけて必死に俺達を探し続けていたそうな。


 

「つまり、街に残す俺達を気遣ってエレシの奴が宿を予約しといてくれたってこと?」


「は、はいぃ! そうなんです! 昨日、エレシ様よりそう託を承っていたのですが ……」


「つまり、天下のエレシ・レイヴァルヴァンに実際に会ったことで舞い上がり、肝心の託を伝え忘れたと」


 ぼそりと背後でシアがそんなことを言った。

 

「す、すみませんでした! その通りです」


 可哀想に。至って淡々と告げられたシアの声のトーンに少女はすっかりと萎縮してしまっている。

 

 まぁ、こんな時は俺がフォローするまでもなく、愛すべきアンポンタンが口を出してくれるはずだ。


「その気持ち、すっごくわかるわ! 僕もかなり舞い上がったもの!」


 ほらね。


 さて、この話題はこれで終わりでいいだろう。 生憎と思いっきり反省しきっている少女を責め続ける趣味は持ち合わせていない。


「本当にすみませんでした!」


「まぁ、もういいじゃん。俺達も別段、不自由したわけじゃないし」


 そんなわけで、尚も謝り続ける少女に軽く助け船を出してみた。


「そうよ! あれはあれで結構楽しかったし! ねっ、シア」


 そこに愛すべき反応速度でロイエが合いの手を打ってくれる。


「万死に値する」


 それを尽くシアさんが粉砕なされる。


「そうよっ! 万死よっ! …… って!? ええええええええ!!」



 やれやれ、今日も騒がしい一日になりそうです。




 ◇




 昼を回って一息。

 遅れてきたエレシの気遣いにより宿を得た俺達は、早々にそちらに拠点を移していた。



「ふぃ~、食った食ったぁ」



 満足気にそんなことを口ずさみながら腹を擦りつつ、新拠点を見回してみる。


 にしてもなぁ ……


 満腹感からくる緩やかな気だるさの中、俺は数分前の出来事に思いを馳せた。


 到着前、街の景観から案内される宿は民宿風だろうと決めていた俺の勝手な想像は、到着早々に裏切られることとなった。


 そこにあったのは超一流ホテルそのものだった。


 建物の入り口には赤絨毯。ずらりと並ぶスタッフが当たり障りのない笑顔で丁寧にお辞儀をして客である俺達を迎え入れる。


 呆ける一般庶民な俺。実に慣れた様子で迎え入れられるロイエ。何故かスタッフに紛れてお辞儀しているシア。


 そういえばロイエはリトルプリンセスだったとか、なんでシアはそっち側の人間になろうとしているのかとか、様々な思考が浮かんでは消えていく中、あれよあれよと手を引かれホテルの中へと招き入れられる。


 そして〝御詫び〟と称されて出された無駄に豪華な朝食。優雅な音楽鑑賞を経て、振舞われたのはこれまた豪華な昼食。


 なんなんだこれは ……


 超一流マイスター〝エレシ・レイヴァルヴァン〟御用達。

 このフレーズが伊達ではないことをまざまざと見せつけられることとなった。


「サダオミ! それはさすがにはしたないわ」 


 ロイエのその声に意識を引き戻される。その隣ではシアが俺を真似て腹を擦っていた。


「ふぃ~、くたくた」


 若干違う。


「シアはなにを疲れてるのよ」


「にしてもロイエは元気だなー、飯食うなりよくそんなにつっこめるよ」


「別に元気とかあんまり関係ないわ」


「にしてもロイエはチビだなー、やっぱりチビだなー」


「シア、あなた僕と背、変わらないじゃない ……」


 確かに改めて言われてみると、ロイエとシアの身長差は大して違うようには見受けられない。

 

 にも関わらず、何故かロイエがチビに見えてしまうのは最早それが彼女のアイデンティティであるとしか説明できないだろう。


 そんなことを思いつつ成り行きを見守ってみる。


 ロイエの素早い切り返しに応じるようにしてシアが指を横に寝かせる。そしてそれを徐にロイエの頭のてっぺんへと這わせた。


「う?」


 惚けた声を上げたロイエを置き去りに、今度はその指を自分の顎下へと寝かせる。


身長差ぼそ


「ちょ! 今、明らかに頭1つ分下がったわよ!? そもそも僕と君とじゃ指一本分くらいしか違わないじゃない!」


 なにやら愉快なやりとりだった。


 そんな二人のやりとりをしばらく、ぼんやりと眺めてはいたものの、二人にとってその話題はなかなかに譲れないものがあるらしく、まだまだ死闘は繰り広げられそうな様相を呈していた。


 やれやれだな。


 あたふたとシアに立ち向うロイエの頭を軽く撫でる。それからゆっくりと席を立ち、『この指は一本ではあるけれど、その差は天と地よりもある』などと台詞だけ聞けば名言に聞こえなくもないシアの発言をBGMに散歩へと出かけることにした。


 あぁ、駄目だな。どうにもシアの謎行動や謎発言を語ると長くなっていけない。

 確かマリダリフが合流するまでの経緯を話していたはずだった。


 そう、マリダリフとはこの後に始めるアルバイトで再会を果たすことになったんだ。


 まぁなんだ。軽い腹ごなしのつもりで出かけた散歩先でファンだの、愛してるだのと見知らぬ男共に言い寄られた俺は、昨日のアルバイト(メイド服姿)を大いに後悔することになった。


 そして戻るなり、次の金策は接客以外がいいです。と頑なに提案したわけだ。


 

 ─── で 



『けっ! てめぇがサキュリアスのS判定じゃなけりゃ門前払いしてたとこなんだがよっ!』

 

 〝旧傭兵雇用所〟の受付のおっさんは相変わらずに不機嫌だった。まぁ俺が原因なわけだが、その時の俺はそんなことに気付いていない。


「なんだよー。そんなこと言うなよー」


『とっとと行きやがれってんだっ!』


 そんなわけで、受付のおっさんに嫌々感たっぷりに仕事を斡旋してもらった俺達は詰め所に待機しているルブルブに一言断りを入れて初の傭兵任務ってやつに挑んでみることにしたんだ。




 ◇




 ── サキュリアスSランク傭兵。


 社長〝クレハ・ラナトス〟の独断と偏見により突如指名されるその特別な階級は副社長〝ライアット・サリス〟の徹底的な精査を経て、ある日、突然、もちろん本人の意思など関係なく各街のサキュリアス魔示板にて公表される。


 そういった理由から定臣は初回Aランクから突然、Sランクへと昇格させられていた。

 

 その事実をここにきて初めて聞かされた定臣ではあったが、既にクレハ・ラナトスの人となりに慣れ始めている彼の反応は『またあいつかぁ』と実に淡白なものだった。


 サキュリアス傭兵ランクがそのまま野良傭兵のステータスとなることは以前、記述した通りである。

 その理に基づいて、嫌々ながらも〝旧傭兵雇用所〟の受付担当者は定臣達にいくつかの任務を提示した。


 計十五種。こういった選択にはいつも苦労させられる定臣はうんうんと頭を悩ませる。そこをすかさず『そのカードは私の物だ』と言わんばかりにシア・ナイが百人一首大会ばりの速度で任務内容が掲示されているカードを弾き飛ばす。


 すこんと鳴る小気味良い音色。


 弾き飛ばされた任務カードはものの見事にロイエル・サーバトミンの額に命中していた。



「シアはたまに酷いと思うわ!」



 依頼人との待ち合わせ場所へ向う道中、ロイエルは不服そうにそんなことをぼやいた。


「今のロイエは私より背が高いかもしれない。 もしかしたら」


「それたんこぶの分だよね!? しかもそれでも〝もしかしたら〟なの!?」


 いつもと変わらない二人の様子をどこか嬉しそうに眺めつつも天使、川篠定臣は先程請け負った任務の内容を再確認していた。


 ちなみに先程、ラナクロアの文字が読めない定臣のために呆れながらもロイエルが丁寧に任務内容を音読するという一幕を経ている。もちろん額を擦りながら。




 ◆




 〝カテゴリー:討伐〟


 シイラから東へ半日程、進んだ先にて建設中の野営地を賊に占拠された。

 貴社にはただちにこれの排除を依頼したい。 


 尚、我が社のBランク傭兵が一度、討伐に失敗している。

 賊の生死は問わないものとする。

 以上を踏まえた上で適任者の派遣を希望する。


 サキュリアス副社長 ライアット・サリス



 カードには端的にそんな内容が記載されているらしい。

 

 その依頼主には驚かされたものの、即座に得意の脳内変換を済ませて理解に努める。


 要はサキュリアスは親会社。旧傭兵雇用所は子会社なのだ。

 そう置き換えれば、自社の尻拭いを即座にライバル会社である旧傭兵雇用所に依頼するのにも納得がいく。


 図体がでかくなれば小回りが利きにくくなるのはどこの世界でも同じことだ。

 ならば小回りが利くところに任せてしまえばいい。

 

 サキュリアスのそんな姿勢は実に効率的であり、如何にもクレハらしいと苦笑する。ともあれ、そのお陰で仕事にありつけた。

 

 そんなわけで、賊に傷つけられたサキュリアスの面子を取り戻すのが俺達の役目らしい。



 ◇




「これは驚きました」


 言葉とは裏腹の無表情で出迎えられる。


 ライアット・サリスは一度、定臣達に確認をとると一呼吸置き、実に事務的に話を進め始めた。

 そんなライアットの姿に定臣は背筋を伸ばす。


 交わされたのは〝契約〟であり、これから自分達が従事するのは〝仕事〟であると。

 そしてその〝仕事〟には〝死〟が付きものであるのだと。


 一通りの指示を終えるとライアットは付き人に呼ばれ、去っていった。

 凛々しいままに小さくなっていく背を見送りながら定臣は改めて気合いを入れる。そして両脇に控えていた二人の頭をわしゃわしゃと撫でながら東の方角へと歩み始めた。


「さて、いっちょやりますか!」




 ◇



 

 移動開始から僅か一時間。定臣達は現地に到着し、遠巻きに目的地である野営地を眺めていた。


「ん~、あれ相当、腕が立つなぁ」


 野営地を占拠している賊を見て、定臣がそんな感想を漏らす。そんな定臣の背にはロイエルがおぶられたままの状態でガタガタと小刻みに震えていた。


「ま、また …… 舌噛んだわ」


「ロイエは〝きゃああ〟だの〝ああああ〟だのと叫びすぎ。 そうなって当然だと思う」

 

 それを呆れ顔で見下ろしながらシアがそんなことを言う。


「というかサダオミは色々とおかしいと思う」


「俺!?」


「肩車におんぶ。それであのスピード? 意味がわからない」


「ちょ!? 走るのめんどいって言ったのシアじゃん」


「他に移動手段があったと思う」


「そうは言うがメヘ車借りるの高かったしなぁ」


 当然ながら依頼を受けた傭兵は現地まで自己負担の元、赴くこととなる。その際、最も一般的な方法としてメヘ車を利用する者が多い中、定臣が選んだ移動手段はロイエをおぶり、シアを肩車した上でただひたすら走るという実にキテレツなものだった。


「さて」


 一頻りの苦情を聞き終えそう前置きする。がらりと変わった定臣の雰囲気にロイエとシアは目を見張った。


「んじゃ、ここでちょっと待ってて貰えるかな?」 


「却下」

「なに言ってるの?」


 予想通りの反応を示した二人に思わず困り顔をする。

 こういった荒事は出来ることならば自分だけで引き受けたいものなのだが ……


「ぐあっ」


 顎に手を当て、そう思案していた定臣の首にロイエルのチョークスリーパーが鮮やかに決まる。


「僕達は仲間! ボ・ク・タ・チ・ハ・な・か・ま!! わかった?」


「わ”、わ”がっだ」


「よろしい」


 やれやれだ。


 しかしながらロイエルが充分に戦力になることは既に証明されている。ならばここは本人の意思を尊重しよう。それにロイエの口から自然にでた〝仲間〟というフレーズがなんともこそばゆくもあり、嬉しくもあると定臣は自分を納得させた。



「ん~、でもシアは …… ぐあっ」


 言いかけた定臣の頭上から今度は鮮やかなチョップが降り注ぐ。見上げた先にはなんとも不服そうなシアの顔が浮かんでいた。


「定臣が私をハブにする。 これはイジメにほかならない」


「そうは言うがシア、お前に戦闘は無理だって」


「それは決めつけ」


「いや、でもほら、実戦で〝まさむね〟とかほんと無理だから」


「定臣はわかっていない」


「う?」


 直後、定臣は思い知らされることとなる。

 こいつを説得するのは無理だ。と


 そしてその一言こそがシア・ナイがシア・ナイたる所以であった。


「私は戦闘は苦手だけれど」


「うん」


「その気になれば私の〝まさむね〟は魔王すらも打ち倒す」


「ないわああああああああああああああ」


 どんと言い放たれたシアの爆弾発言にとりあえずのつっこみをいれる。それと共に妙な諦めがついた。


「わかったよシア。 一緒にいくか!」


 こうして置いてけぼり三人衆の放浪記は終局を迎えることとなった。




 ◇




 サキュリアス シイラ東野営建設予定地。そこには現在、縄で括られたサキュリアス社員と〝賊〟である男達の姿があった。男達は皆、厳つい身形をしており、武器を手に瞳に殺気を点しながら息を潜めてなにかを待ち構えている。



『で、アニキ。 本当にジョルジュの爺様が来るんですかい?』


 不意に男の一人が言う。男の視線は奥のテントの方へと向けられており、その暗がりには大剣を携えた男が真剣な面持ちで鎮座していた。


『あぁ、来るさ。 先刻、撃退したのがサキュリアスBランク。 次は特例でうちに頼る番だ。 で、近場に控えてるAランク以上となると ……』


 そう言うと男は立ち上がり、そしてにやりと笑った。


『お~、お~アニキ。 気合い入ってやすね』


『あぁ、あの爺様とやり合うのは久方ぶりだからな。 お前らも真剣にやらねぇと胴と頭が〝さよなら〟すんぞ!』


『うへぇ …… ったく〝賛成派〟だの〝反対派〟だの俺はどっちでもいいってのによぉ』


『そう言うなアイーガ。 こういった仕事は〝わかってる〟傭兵が請け負わないとなにかとうまくいかない。 それに爺様はその点よくわかってるさ …… まぁ、その上で本気だから性質が悪いんだがな』


『とか言いつつ嬉しそうだしな~アニキ』


 にやりと。


『くくっ、嬉しいぜ! 血が滾る! 傭兵冥利に尽きるってやつだ!』


 そう言うと男は大剣を天へと突き上げる。そしてそのまま勢いよく地面へと叩きつけた。


『だぁ~! アニキ! またテント一つ吹っ飛んじまいやしたぜ!』


『やべっ! 後で請求されるじゃねぇか!』 

 

『知らねーですよ! アニキがやったんですよ!』

 

『え? うそ? あれ最初からああだったって』


『ばっ! また悪い癖出たよ! あぁ~もうこの人は!』


 ふとその時、不意に大剣の男の表情が変わる。その意図するところを瞬時に察し、他の男達も表情を引き締める。



『…… 来たな。 今回は随分と早い御出座しだ』


『えぇ、来やしたね』 


『…… うし! いっちょ、やったるかい』


 そう言うと男は羽織っていったローブを翻す。その脇からはちらりと隻腕が顔を覗かせていた。




 ◇




「…… 気付かれたな」


 昏倒する五人の男達を見下ろしながら定臣は小さく呟いた。


 門番二人に警邏に当たっていた男が三人。それらを気配で探りながら一箇所に集まるのを淡々と待ち続けること十数分。好機の訪れと共に音も無く飛び出し、知覚される前に意識を刈り取る。それらの動きを完璧にやり遂げたはずの定臣の第一声が先程のものである。


「やれやれ、手錬ばっかでヤになるね」


「ちょっと! 定臣! 僕も出番が欲しかったわ!」


「しっ! ロイエ、声が大きい …… にしても ──」


 タイミングは完璧だった。にも関わらず先程の自分の動作に反応を示す者がいたことが気にかかる。


 敵の眉を動かす程度の小さな反応に定臣は過敏なまでに警戒心を強める。そしてその警戒心は直後に野営地奥の気配が一瞬のざわめきを見せたことにより、一つの確信に変わった。


 ── 敵は強い!


 だからこそ直後に自然と発せられた定臣のこの言は、自らを鼓舞すると共に自らが選択した〝立ち位置〟を切り替えるスイッチの役割を担っていた。


「ロイエ、シア」


「う?」


「なに?」


「超本気でいくわ。 お前らには指一本触れさせない」


 その宣誓は〝天使〟川篠定臣の現在進行形の立ち位置を〝助っ人〟から〝守護者〟へと変えた。




 ◇




『静かすぎる』


 定臣の宣誓から数分後、野営地奥ではマリダリフ・ゼノビアが訝し気にそう呟いていた。


『確かに。 あの〝炎帝〟の登場にしちゃ~お淑やか過ぎやすねぇ』


『あぁ …… 既に16人か』


『えぇ。 強さは間違いなくジョルジュの爺様級でしょ』


『くくっ、新参者で見所のある奴でも出てきたのか? 楽しいねぇ』


『あ~ぁ、めんどくさ~。 話のわかる奴ならいいんですがねぇ、っつかどうせすぐにサキュリアスに囲われるでしょうよ、いつものこと、いつものこと~』


『その前に爺様に殺されるだろうよ。 フリーにも最低限のマナーはある。 〝反対派〟絡みの任務に新参者がしゃしゃり出るのはなにかとまずいだろうよ』


『あ~、確かに。 ジョルジュの爺様はそのへん五月蝿いですからねぇ』


『まぁ、その前に』


 マリダリフはにやりと嗤う。彼がこの顔を見せる時は決まって戦闘前のことだった。


『腕が無けりゃここで終わりだ』


『あ~ぁ、その顔出ちゃったよ。こりゃお相手可哀想だわ』


 肩を竦めるアイーガを背にマリダリフは大きく息を吸った。


『よし! お前ら! そろそろ出番だ! 出るぞ!』


『『『『『 おっす!! 』』』』』


 その掛け声に呼応するように野営地周辺の殺気が増幅していく。こうして〝天使〟川篠定臣と〝隻腕の剛剣〟マリダリフ・ゼノビアとの大一番は幕を ……


『アイーガ』


『うっす』


『戦闘前にお前に一つ言っておくことがある』


『うっす』


『お、俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』


『そうですかい』


 アイーガはなんとも手馴れた様子でマリダリフの言葉を聞き流す。そして意気揚々と歩み出て行くその背中を虚ろな瞳で見つめながら


『っていうかアニキ、既にフラレてますって』


 ぼそりと呟いた。


 こうして改めて〝天使〟川篠定臣と〝隻腕の剛剣〟マリダリフ・ゼノビアとの大一番は幕を開けた。

 



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