表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
37/57

勇者を目指して Ⅰ

 ■

 

 


『いけーーー!! ビグザス!!!』



 宿屋の裏手、深夜に傍迷惑な叫び声が木霊する。

 声と共にへろへろと中空を漂ったひし形は、名剣ビグザスだった。




 ◇




 時は僅かに遡る。

 それは宿に落ち着き、就寝を迎えようとした時のことだった。



 ── コンコン。



「ん、開いてるよ」


「定臣! やった起きてた!」


「ポレフか、珍しいな。というかエレシからよく脱出できたな」


「なんとか …… それより定臣! いいもの見せてやるからちょっと来いよ!」



 嫌な予感がした。

 そもそもこの台詞を吐いた奴が本当に〝いいもの〟を見せてくれた例がない。



「あ~ ……パス。今日はもう寝ようぜ」


「……」


「ポレフ~?」


「お、俺は手に入れちまったんだよ …… 姉ちゃんにはまだ言ってないんだけど、これは大きな力だ …… それもとんでもない力なんだ」



 わなわなと手を見つめながら、そんなことをのたまった。




 ◇




 そして時は今に至る。



「どうだ! 定臣!!」



 どうだもクソもない。連れ出された先で待っていたのは、とびきりの厄介事だった。

 酒場にてお目当ての剣を手に入れたポレフは、何故かビグザスも譲り受け、二刀流となって帰って来た。


 それはいい。


 扱い慣れるまでには相当な努力が必要だろうが、歳相応の実力しか兼ね備えていないポレフにとって、良質の武具は大きな味方になってくれるだろう。


 でも、だ。



「これがあれば俺、魔王に勝てるだろ!」



 無理である。

 

 恰幅の良い商人が、戦闘とは畑違いの努力を重ねて名剣を手にいれようとも、楽になるのはせいぜいスライム戦くらいなものだ。そうだろう? ポルネコよ。


 よく、過ぎたる力は身を滅ぼすなんて言葉を聞くが、正にそれを目の当たりにした瞬間だった。



「どうしてそう思った!?」



 思わず叫んだ。

 

 

「だってこの剣、飛ぶんだぜ!?」



 確かに飛んでるな。へろへろと。


 

 にしてもポレフのこの自信はどこから湧いてくるのだろうか。

 調子に乗りやすいのは子供にはよくあることだ。しかしそれとは別になにかが引っかかる。


 もしかして不死にしたのがバレた?


 だとしたらあまり良くはない。ゾンビアタックに慣れられれば、後には本当のゾンビ化が待ち受けている。



 それに ──



「なぁポレフ、本気でそう思ってるなら俺と一度、手合わせしてみるか?」


 

 根拠の無い自信は嫌いだ。

 一度、身の丈を思い知らせてやるのがポレフのためになるだろう。 



「え…… 定臣って戦えるの? 背中の剣とか意味あったのか!?」



 ものすごい意外な顔をされました。



 やれやれ。



「実は結構、強いんだぜ?」



 ゆるりと抜刀する。ポレフが呆けた顔でそれを見る。

 それからすっと構えた大太刀の先端をポレフに突き出し、宣言した。



「さて ── どこからでも?」


 

 

 ◇




 僅かに痺れの残る手をじっと見据える。


 あれからポレフは必死になってかかって来た。


 初撃は腹に、蹲ったところを頭に一撃。

 もちろん手加減はした。

 それでも心を穿つだけの威力は籠めたつもりだった。



「女にやられっぱなしで終われるかよ!!」



 二十回程、地べたに這い蹲った時には泣きながらそんなことを叫んでいた。

 うん、男の子だねぇ。まぁ俺も男なわけだが。


 それにしてもポレフのこの硬さは何なのか。手ごたえ的にはマノフの外皮よりも遥かにといったところだろうか。ともあれ、その硬さがあの自信過剰の温床となっていたのだろう。



 と、いうことで ──

 


 徹底的に、完膚なきまでに、それが無意味であることを体に叩き込んでやったわけなのだが ……



「フハハハハ!!! 見ろ!! 俺がゴミのようだ!!」



 ジーザス。なにやら後ろ向きな大佐が出来上がってしまった。



 にしても、諦めの悪いこと悪いこと。

 

 その姿に思い出す。


 確か小夜子と初めて手合わせした時もこんな感じだったっけ ……



「おりゃあああ!!」



 そうそう、気絶するまでかかって来たんだよなぁ小夜子のやつ。



「くっそおおおお!!」



 うん、うん。男の子だねぇ。まぁ小夜子はとびきり可愛い女の子だったわけだが。



 その姿ににんまりと笑う。そして ──



「今日はここまでかな」



 ザンッと胴払いを打ち込みポレフの意識を刈り取った。




 ◇




 ─── 翌朝。



「で、こうなったわけか」



 目覚めの第一声はそれだった。



「よろしくおたの申します! よろしくおたの申します!!」



 眼下に見えるはポレフの後頭部。その背筋はぴっと伸ばされていた。つまりは土下座状態である。



「定臣様、私の方からもお願い致します」


 

 その隣には神妙な面持ちで同じく床に正座するエレシの姿があった。


 まぁなんというか ……



「弟子って言われてもなぁ …… 実は俺、心に決めた弟子がいるんだよね」



 心に決めた弟子ってなんだ。呟いた自分に思わずつっこんだ。

 

 にしてもポレフを弟子にねぇ …… というか小夜子に会いてぇ! すこぶる会いてぇ!



「定臣様?」


「はっ …… ごめんごめん。まぁそういうわけなんで」


「頼むよ定臣ぃ!」


「ぇー …… というか定臣の〝み〟の後ろに小さい〝ぃ〟を付けるな! それは小夜子の専売特許だ!」


「?」


「えっと、まぁその …… ポレフのビグザスってさ、どちらかと言えば剣術というより魔法じゃない?」 


 

 へろへろと飛来するビグザスを思い出す。

 ポレフの指示のままに中空を彷徨うそれは、剣というよりは担い手をサポートするサブ機的な印象を強く受けた。


 当たり前の話ではあるが、剣が空を飛ぶなんてことは有り得ない。そしてこのラナクロアにおいて、不可能を可能とする事象は〝魔法〟と相場は決まっている。


 ならば ──



「剣じゃなくて魔法ならさ、エレシに習うべきじゃない?」



 その言葉がエレシに影を落とした。



「定臣様 ……」



 そう前置きするとエレシは力強く言い放つ。ポレフには過去に何度も、それこそ何度も魔法を学ばせようとしてきたのだと。そしてそのすべてが徒労に終わったのだと。


 魔法の使えない勇者とはこれ如何に。


 自分の中の勇者の代名詞を思い浮かべてみる


── 器用貧乏。

 


それからポレフを見つめてみる



── 不器用貧乏。


 あまりに不憫だった。



「えっと …… ん~、弟子かぁ」



 PTの戦闘力ヒエラルキー最下層のポレフ。

 勇者になって魔王を倒したいと言ったポレフ。

 人々に安寧の日々を約束したいと誓ったポレフ。



 確かに今のままじゃ、きついかぁ ……

 仕方ないか、ここは俺がひと肌脱ぐか。

 

 

「わかりました定臣様」


「う?」


「確かに下界の民に天界の技術を授けて欲しいなどと、無理なお願いでしたね」


 

 あれ? 今、俺結構ノリ気になってたよ!?



「そこで一つ提案がございます」


「?」


「私達、マイスターは定期的に技術交流を行い、より高みを目指して日々、研鑽を繰り返して参りました」



 ですから、と



「私と技術交流を行って頂けませんか? 私に天界の剣術を授けて頂く代わりに、私は定臣様に魔術、魔法の知識を提供させて頂きます」



 いや、そもそも天界の剣術じゃないし。

 とはいえ、それは願ってもない申し出だった。


 任務とは別に定められた天使としての役割を思い出す。



 ─── スキルの習得。



 降りた世界において新たにスキルを身につけ、そのスキルにおいて世界最強を目指す。恐らくはこの解釈で合っている。


 そしてこのラナクロアにおいての新しいスキルとは、魔法ないし魔術のことで間違いないだろう。


 というか ──



 魔法使いてぇ!!! かっけー!!!



「えっと ……」


「駄目 …… でしょうか?」


 渾身の上目遣いを見舞われた。

 

「い、いや、いいよ! OKだよ! OK!」


「本当ですか!?」


「わ、わかったから! 近い! エレシ近い!」



 にしても ──



「なぁエレシ、俺がエレシに剣術を教えて、それをエレシがポレフに教えるのか?」


「はい♪」  


 どこかで聞いた話に思わず笑みが零れた。 


「定臣様?」


「いや~、なんにもない、なんにもない」


「定臣! なに笑ってんだよ!」


「ん~、内緒だよ、ナ・イ・ショ」



 あ~ …… 小夜子に会いたいなぁ



 そんなことを思いながら天井を眺める。


 そこで気が付いた。



「あ! ………… マリダリフ」




 ◇




「おっはよ♪」



 ポレフが定臣に弟子入りを果たしたその頃、隣部屋のロイエル・サーバトミンは手元の水晶玉に朝の挨拶を交わしていた。その顔には嬉しさが溢れ出している。



『め、珍しいね …… ロイエがこんなに朝早く起きてるなんて』



 水晶玉が驚いた声を出す。その中に映し出されていたのはキカ・サミリアスの姿だった。



「だって昨日はまともにお話出来なかったし」



 その言葉に二人は昨日のやりとりを思い出す。何故か命を救われたロイエルはわけのわからないままに、とりあえずは、と僅かな気まずさを感じながらもキカに連絡をとった。



『もう …… 馬鹿』


「でもありがとね♪まさかキカがあんなに泣いてくれるなんて♪」


『…… ロイエ、約束して』


「う?」


『もう絶対に …… 自分の命を軽んじないで』


「ぼ、僕は別に ……」


『いい?』


 キカの声色が僅かに変わる。静かなその声には僅かな憤りと深い思いやりが含まれていた。

 それをロイエルは静かに目を瞑り汲み取る。


 思慮が浅く見えがちなロイエルではあるが、キカのために自らの命を投げ打った〝あの時〟の決断は決して容易いものではなかった。その点においては反論したい気持ちはあったものの、ロイエルはその感情をそっと押し殺す。


 彼女のためを思ってとった自分の行動が、彼女をどれだけ苦しめたのか。

 

 それは昨日、連絡をとった際の彼女の枯れた声に、疲れ果てた顔を見れば容易に想像できるし、その後の涙にあの嬉しそうな顔を見せられれば、もう何も言えない。



 〝ありがとうキカ あなたがいてくれてよかった〟



 ロイエルは心の中でそう呟くと笑顔を弾けさせた。



「うん! 約束するわ!」


『うん、約束だよ?』


「うん! …… キカ?」


『ん?』


「大好きだよ!」


『…… それ、誰にでも言っちゃ駄目だよ? 例えば今、後ろで驚いている子にとか』


「え? 後ろ?」



 言われて慌てて振り返る。ロイエルを迎えたのは、まぬけ面で口をぱくぱくさせているポレフの姿だった。



「ポ、ポレフ!? いつからそこにいたの!?」


「い、いやぁ …… 俺、定臣の弟子になったからそれを誰かに伝えたくてロイエの部屋が近くて来てみたらロイエがなにやら可愛い女の子といちゃいちゃしてて俺まさかロイエがそっちの子だと思ってなかったからどうしたらいいかというかなんか ……」


「なんでそんなカタコトなの!?」


「俺、フラレターーーーー!!!」


 ロイエのつっこみと共にそんなことを叫びながらポレフは走り去っていった。



「な、なに?」


『ふふ、少し安心した』


「よ、よくわからないんだけど」


『私はロイエが楽しそうならそれでいいから …… ぁ』


 キカが何かに気付いたような声を上げる。


『(キカさん? あら、魔法水晶なんて眺めてどうなさいましたの?)』


 その直後、水晶玉の中から遠巻きに声が聞こえてきた。


「その声 …… ルクエ・マリネ?」


『ロ、ロイエル・サーバトミン!? 無事でしたのね!?』


「う、うん、お陰様で …… お姉様に聞いたわ。 あなたが知らせてくれなければ僕は今頃、死刑にされてたって」


 だからと、前置きするとロイエルは押し黙る。水晶玉の向こうではルクエも同じく沈黙していた。


 ルクエは自分に負い目を感じている。それを認識しつつも、あえて気付いていないフリを続けてきた。そうすることでいつか自然に自分と接してくれるようになるものと思っていた。


 しかし自分のその判断は逆にルクエを苦しめ続けていたのかもしれない。ここで普通にお礼を言えばまた彼女のプライドを傷つけてしまうかもしれない。


 だったら僕は ──


 ルクエが求めるままにライバルでいることにしよう ──

 

 

「だから …… そうね、これで今までのことはチャラにしてあげるわ!」


『なっ!? ななななななんですって!! あなた!あなた!!あなた!!!あなた!!!!』


「許してあげるって言ったの♪」


『わ、私は別にあなたなんてどうなっても構いませんでしたのよ!? それをなんですの!? 少し甘いところを見せればすぐにつけあがって! 私は …… そうですわね …… 私は ……』


「僕に勝ち逃げされるのが嫌だったんでしょ?」


『か、勝ち!? 私は負けてなどいませんわ!!』


「『ほげっ!』 とか言って気絶してたじゃない」


『そんな美しくない声なんて出しませんわ!!』


「ほげっ!」


『もおおおおおおおおおおう!!!!! なんですのなんですなんですの! あなた!!』


「あはは、ルクエはそれくらい勢いがあった方がいいんじゃない?」


『!? …… くうううううう!!!』


 ルクエの絶叫が遠ざかる。話し相手はキカに交代したようだ。


『ロイエ、それは良い方法だと思うけれど、あまりルクエはからかわないであげてね』


「うん、それは大丈夫♪ 私もキカと同じくらいルクエのことが好きだから」


『なああああああああ!? あなた少しサダオミに汚染されたんじゃありませんの!?』


「今、キカのこと押しのけたでしょ」


『(ほげっ!) …… 押された。 だから今、押し返しておいたわ』


「あ、あはは (ルクエ大丈夫かなぁ)」


『ロイエ』


「う?」


『これからもできるだけ連絡してね』


「うん!」


 

 それからしばらくの間、キカの姿が消えた水晶玉をロイエルはにこにこと見つめていた。



 ■


 


 一路、西へ。


 サキュリアス社長、クレハ・ラナトスが故郷〝服と変な巨像の街〟『ルッセブルフ』にて一夜を過ごした勇者候補ポレフと愉快な仲間達一行は、当初の予定通り〝鞄の街〟『シイラ』を目指していた。


 ようやくここにきて希望が叶った定臣であったが、その表情は豪雨寸前の雨雲よりもどんよりと暗い。そんな定臣の傍らには、この世の終わりのような顔をしているポレフの姿があった。




 ◆




「ぅ~ ……」


「ぁ~ ……」


 どうにもテンションが上がらない。

 というかポレフまでテンションが低いのは納得がいかない。

 俺がこいつならば間違いなく有頂天になっている。というかなりたかった。



『ええいっ! 貴様らっ! 朝からなんなのだ!!』



 なにやらルブルブに怒られた。それがどうかしたか。今の俺はその程度では動じない。



「定臣、いい加減に機嫌直しなさいよ」


 

 テンションだだ下がりの元凶がなにかを仰っています。ロイエル・サーバトミン。通称〝豆〟



「なにか今すごい馬鹿にされた気がするわ!」



 地の文につっこむのはロイエの才覚なのだろうか。時折なにかを超越してくる彼女をじと目で見ながら ───



「はぁ ……」



 いつもより深い溜息をついた。



「もぅ! 今度はちゃんと呼ぶから!」



 そう、こともあろうに豆っ子ロイエは、俺のキカに連絡をとったのに俺を呼んでくれなかったという大罪を犯したのだ。俺のテンションが深海一万メートルの海よりも深く沈みこんだのも、致し方ないことだろう。


 ということで ───



「はぁ ……」



 本日の俺製二酸化炭素はいつもより哀しみ成分含有率アップである。


 まぁ、なんだ ……


 こんな感じのことを繰り返していると、PTのジャスティスが天高く舞い上がりかねないのでここいらで ───



『まさむねっ!』



 ほらね。


 

 ひょいと回避して隣に目をやる。案の定、餌食になったのはポレフだった。

 それにしても相変わらずにエレシの目を掻い潜っているのは、もはや神業としか思えない。



 そんな感じで、お約束になりつつある、謎子ちゃんが謎子ちゃんたる所以を垣間見た俺達は、いつもの呑気な雰囲気を取り戻しつつ旅路を進めていった。


 謎子ちゃん、つまるところのシア・ナイはこう見えてなかなかにPTの〝輪〟を重んじている節がある。彼女のジャスティスソードが放たれる時、それはPTの雰囲気が乱れつつある時なのだ。



 …… ジャスティスソードってなんだ。




 ◇




 時刻が昼を過ぎた頃、またしてもエレシの謎携帯料理を振舞われた一行は意気揚々と城壁に沿う形で西へと旅路を進める。


 数時間後、一行は漆黒の城壁と城壁の継ぎ目、一目に厳重な警備が施されている区間へと到着する。


 入壁の際には〝ファステル〟などを用いた厳重な入壁検査が必要であった〝エドラルザの城壁〟も、内から外へと出る際にはそれらを必要としない。


 ここでのやりとりは、王国騎士鎧に身を包んだルブランが歩み出、見張りの任に就いていた騎士達に敬礼するだけに終わった。




 ◆




「おでましってやつだな」



 城壁の外へと歩み出せばそこは別世界。黒い城壁は生と死の境界線にして世界国家エドラルザの象徴。


 否が応でも襲い来る魔獣達がそれを思い出させてくれた。



「ポレフ、とりあえず抜刀禁止な。 最前線に突撃して魔獣の攻撃をひたすら回避すること」

  

 俺、スパルタな。


 剣術に関してはエレシづてに、実戦の指示はすべて俺に任せるというのが弟子入りの際に俺がエレシと交わした約束だった。


 自分はポレフに甘すぎるからと、心を鬼にして俺にその提案を持ちかけてきたエレシに軽く感動したのは言うまでもない。その心意気を汲んでやらんでなにが〝漢〟か。


 

 と、いうことで ───



「ぬるい。 あと十歩は前に行こうか。 ぁ~、自分が人より頑丈だから攻撃くらっても大丈夫とか思うなよ? 『見ろ! 俺が踏みちゃんちゃんこのぼろ雑巾のようだ!』って泣き叫んだのを忘れるなー」


 

 おー、おー、必死必死。



『ぼろ雑巾じゃねー! ゴミって言ったんだあああああ!!』


 

 馬鹿弟子の絶叫が木霊する。



「なんだ、まだ余裕か。 んじゃ、さらに十歩前進~」



『鬼か!? 急に鬼なのか!?』


「え? なに? 十歩じゃ物足りない? 勇者候補様はさすがだなー」



『いやああああああああああ!!』





 まぁ ……

 


 ポレフのレベルが5になった!


 

 ってところかな?




 ◇



 

 鬼コーチと化した定臣の指導のもと、ポレフは魔獣の猛攻を回避し続ける。

 その先に待つのは必然。本人の意思とは裏腹に体力は自ずと限界を迎えた。


 襲い来るは魔獣の凶刃。息を乱し、その場に座り込んだポレフは為す術も無く、虚ろな瞳でそれらを待ち受ける。



 その刹那 ───。



 轟いたのは雷鳴。


 大地を走るは疾風。


 嵐のごとく舞うは大戦斧。



 あたふたと慌てるロイエル・サーバトミン。無機質な瞳と書いて、どうでもよさそうな感じと読む。でポレフを見据えていたシア・ナイを置き去りに飛び出したのはエレシ、定臣、ルブランの三強だった。



 僅か数分。ポレフの息が整った頃には三人の掃討作業は終焉を迎えていた。



 …… 的なことが幕間にありましたとさ。 by シア・ナイ 




 ◆



 

 ポレフにエレシか ……



 先程の光景に思いを馳せる。



 予想通りにしょぼかったポレフに、予想を遥かに上回るエレシの圧倒的な実力。

 恐らくはその圧倒的な実力に、あの溺愛っぷりを付与してエレシはポレフを鉄壁の過保護をもって育ててきたのだろう。


 そのことは俺よりもルブルブよりも、早く飛び出した先程のエレシの行動が証明していた。

 

 

 う~む ……


 

 ポレフはあれで結構、根性が座っている。恐らくは多少、雑に鍛えてもついてくるだろう。

 


 問題なのはポレフよりもエレシである。


 

 さっきのでちょっと泣いてたしなぁ …… エレシの奴。



 これはエレシの方も少しずつ鍛えていくしかないか。主に精神的に。


 あの溺愛っぷりがポレフにとって良くないって自覚してるだけに、なかなか厳しくも出来そうにないが ……  




 ◇

 



 まぁそんなわけで ……



 小さな決意を胸に秘めつつ、魔獣が出現する度にポレフを突撃させる旅路を続けた俺達は、日が落ちる頃には目的の街『シイラ』へと到着を果たした。



 情報収集するには、酒場だろうということで『とりあえずビールね!』なノリで一路、酒場へ。


 例によって俺とエレシはアレなため、そしてロイエとシアもなにかとアレなため外で待機することに。

 そんなわけでここでは再び、リーダーにして最も知名度の低いポレフと、その保護者的役割としてルブルブが出陣することとなった。そして、もちろんエレシは号泣した。



 しばらくして戻ってきたポレフとルブルブの話によると、待ち人ならぬ待たせ人〝マリダリフ・ゼノビア〟は律儀なことに、まだこの町に滞在していてくれたらしい。 というか、むしろこの酒場がマリダリフの拠点だった。



 やれやれ、ようやく再会か。などと安堵したのも束の間、残念なことにマリダリフは不在とのことだった。

 


 むむむ。と顎に手をやる。そんな俺にルブルブは一つの情報を提供してくれた。

 意外と気が利くんだよなぁルブルブって。



 ルブルブの話によるとマリダリフは現在、就業中とのこと。

 

 情報によるとマリダリフは、毎夜毎晩、日銭を稼いでは傭兵仲間を連れ立っての大宴会を開いているらしく、割りの良い仕事が入った時は時間を問わず、飲み代を稼ぎに出かけているらしいとのことだった。 


 

『宵越しの銭は持たねぇ』ってか …… そういうノリは大好きだ。



 そんなことを思いつつ、若干にやけていた俺に新たな情報がもたらされる。



「それとこんな言葉が口癖らしい」



 その前置きに嫌すぎる予感がする。

 

 一瞬、身構えた俺を気に留める様子も無く、ルブルブは無情にも告げた。



「定臣は俺の嫁」


 ぼそりと。



「…… いやあああああああああああ」



 頭を抱えてごろごろと転がった。



「お前は ……」 



 そんな俺に蔑む様な視線を落としながらルブルブは



「たらしだ」



 そんな理不尽なことをのたまうのだった。


 


 ◇




 さて、マリダリフに会いに行こうじゃないか。


 傭兵の出先といえばここと決まっている。

 遠目に見える二つの建物に果てしない既視感を覚えつつも、そこが目的の場所であることを確信した。



 ─── 〝旧〟傭兵雇用所。



 と、その隣にサキュリアス支社。


 相変わらずに瓜二つである。この分だとクレハの幼稚な対抗心から始まった物真似建造は、鉄壁の拘りをもって全世界に散らばっているのだろう。 …… やれやれだ。


 まぁ、アレは置いておくとして。

 

 サキュリアスに与しない傭兵、つまるところの無所属なマリダリフは恐らく〝旧傭兵雇用所〟を利用しているのだろう。



 …… というか、さっきからぶつぶつと念仏のようになにかが聞こえてくる。



「── がうのに …… 」


 

 むむ?



「── 違うのに ……」


 

 違うのに?



「俺、たらし違うのに(ぼそり)」



 念仏の正体は俺だった。



「ほら、定臣! いつまでぶつぶつ言ってるのよもう!」


 ふむ、ロイエの呆れ顔の度合いから察するに、なかなかにぶつぶつ言っていたらしい。


 恐るべしルブルブ。何気に後を引くショックを与えてくれる。


 ちらりと。 


「なんだたらし。前を向いて歩きなさい」


 たらして。


「…… はぁ」


「人の顔を見て溜息はやめなさい」


「ルブルブってさぁ」


「なんだ」


「秘かに美人だよね」


「~~!?」


 ぼんっと音が出そうなくらい赤くなりましたとさ。


 うむ、相変わらずに期待通りの反応をしてくれる。ルブルブいじりは趣味の一つになりそうだ。むしろ趣味だ。ライフワークだ。 …… まぁ、実際に美人だし。嘘は言ってないからokってやつだ。


 などとにやにやしていると


「クゥ~ワァ~シィ~ノ~」


 怨嗟染みた声でブレンドの効いた感じで名前を呼ばれました。


「い、いやー! やめてー! 今のはほんのスキンシップよー!」


「やかましい!! そこになおれ!!!」


 大戦斧の嵐キターーーーー!!!


 

 ってな具合で、逃げるようにして …… まぁ、実際逃げたわけだが。それも死に物狂いで。

 なにはともあれ、そんな感じで勢いのままに旧傭兵雇用所の中へと突入したんだ。


 そんな俺の後ろ姿を呆れ顔で眺めながら


「無駄に元気」


 などとシアさんが仰ったとか仰っていないとか。

 


 

 ◆




 RPGあるある~!


 

 イエーイ! ドンドンドンドンパフパフ♪



 再会を約束した人と一度会い損ねると、ひたすらたらい回しにされる~



 あるある!



 苦労の末にやっと再会したと思ったら何故か敵になってる~



 あるある!



 しょうがないから頑張って倒して仲間にしたら、敵の時より明らかに弱くなってる~



 あるある! 




 と、そんなことを脳内で口ずさみながら、先程から地べたに突っ伏したまま、悲しみオーラ全開なマリダリフへと視線を送る。そんなマリダリフの傍には不機嫌そうなルブルブの背中が見えていた。



 いやはや、実に見事なビンタだった。



 先程の出来事を脳内でトレースする。



 勝負! 勝負! 勝負だああ!! 


 ええいっ! やかましいわっ! バシン!!


 終。




 にしても懲りないなぁ …… マリダリフの奴。


 

 マリダリフがPTに加わってからの数日、この光景は幾度となく見てきた気がする。

 というか、再会するなり俺にまで挑んできやがった。

 


 ん~ ……



 そうだなぁ



 あれだけ引っ張りに引っ張られた末の再会だったわけだし、とりあえず軽く振り返っておこうか。

 まぁ、軽くと言いつつ、それなりに長い話にはなるわけだが。




 ◇




 マリダリフに会うために〝旧傭兵雇用所〟に向った俺達を出迎えたのは閑古鳥だった。


 いや、まぁ実際にこのラナクロアにカッコウなんていないわけだが …… いや、いるのか?


 まぁそれはさておき、まずは寂れた〝旧傭兵雇用所〟の寂れたカウンターまで用件を尋ねるべく向かう。そんな俺の背中に 『思っていても口にする奴があるかっ!』 などとルブルブが罵声を浴びせてきたりもしたが …… って口に出してたのか俺!? どうりで受付のおっちゃん、むっすりしてたわけだ。ここにきて謎が解けた。


 で、受付のおっちゃん曰く。



『ふんっ! マリダリフの旦那ならしばらく戻らねーだろうよ。 今回の任務はちっと厄介でなぁ』



 とのこと。



 仕方がないのですぐ様にPT会議を開催。話し合いの結果、満場一致でマリダリフの帰りを待ってもらえることに。


 で、始めの二、三日は各自、自由行動ってことになったわけだが …… ここにきて一つの問題が発生した。というか、今までエレシに甘え過ぎていたツケが回ってきたと言うべきか。




 事の発端はこうである。



「定臣、お金がないわ!」



 言葉の内容とは裏腹に元気な声を響かせたのは、豆 …… ならぬロイエル・サーバトミンだった。

 


「大丈夫だロイエ。 俺もない」


 

 即座に切り返す。



 俺の返答を聞いて 『全然大丈夫じゃないわ!』 などと既に涙目なロイエの頭を軽く撫でつつ、周囲を見渡す。そんな俺の視線と無機質な視線が交差した。



「私もない」



 呟きの主はシア・ナイである。悪夢的な名前のカジノで大勝したはずのシアは、ポレフにお目当ての剣を与えると、何故か残りの勝ち分をすべてをカジノへと返上していた。つまりは現在、銭なしさんだ。


 にしても …… いや、何故とは問うまい。シアの不思議ちゃんは今に始まったことじゃない。



「定臣! お腹が減ったわ!」



 そうこうしているうちに、雛鳥1が騒ぎだした。



「私も」



 雛鳥2も静かに騒ぎだした。



「定臣!」


「定臣~、定臣~」



 こんな時、いつもならエレシが謎玉をぽんっと炸裂させて謎ゲテ料理を振舞ってくれるのだが ……


 肝心のエレシさんは 『私達は自由行動の間、近くの雑木林まで赴いてきます』 などと言い残すと、ポレフを引き連れ、颯爽と去っていった。トップマイスターとしての実力を維持するのもなかなかに大変そうだ。

 

 そんなわけでエレシとポレフは不在。そして次にお金を持ってそうなルブルブはというと ──



「私は騎士団の詰め所に挨拶に行く。 そのまま自由行動の間は、この街の防衛に貢献しようと考えている。 …… カワシノ、二人の護衛は任せたぞ」



 などと如何にも彼女らしい言葉を残すと、悠然と歩き去っていった。



 そんなわけで今、この場に残っているのは一文無しの少女が二人と見た目は女、頭脳は男、というか男な俺、川篠定臣の三人だけだった。



 ふむ、にしても今までの路銀のすべてをエレシに負担させていたとは、我ながらお恥かしい話である。



 これはよくないなぁ ……



 おかしかったことに気付けば後は至って単純な解決策だ。俺はそっと二人の頭に手を置くと、にこやかに言い放った。

 


「お金がないなら稼げばいいわ」


「どこの女王かっ」

  


 即座に様々なものを超越したつっこみが〝まさむね〟に乗って飛んでくる。それを軽く回避すると、そのままシアを抱き上げた。



「むぅ …… 不覚」


「いや~、ほんと謎子ちゃんだわ、シア。 もしかして地球人だったりする?」


「知らない」


「はい、嘘~! 今のつっこみは明らかにおかしいよ?」


「さぁ、なんのことやら」


「シアさん?」


「…… きゃ~~~~!! 誰か助けて!! 同性愛者の変態がワキワキと私の脇腹を撫で回してくる~~~!!!」



 恐ろしい冤罪を見舞われた。




 ◇

 



 まぁそれから …… 俺達は様々な金策を試してみることになったんだ。


 え? 泣いてないよ?


 え? うん、大丈夫。ちょっと後日、あのサダオミ・カワシノは同性愛者らしいって噂がラナクロア中を駆け巡ることになっただけだから。


 うん、大丈夫だ。 あは、あははは! あはははは!!



 こほん。



 さて、最初に試した金策はなんだったかな。



 そうそう、まずはとりあえず腹ごしらえをしたいってことで、お食事処チックなお店でウェイター的なことでもすれば、まかない料理の一つにもありつけるだろうってことで適当な店を見繕ってお願いしてみたんだ。


 にしても、我ながら無理のある話だった。普通に考えればいきなり店を訪ねて、一日だけ雇って欲しいなどという要求が通るはずがない。


 

『ちょっと!? あんたサダオミ・カワシノじゃないのかい!? それに後ろの! シア・ナイ!?』



 ほらね。



 …… あれ?

  

 

 まさかの即採用。正直、この時ばかりはクレハの愚行に感謝した。

 無駄に高められた知名度に魔示板を駆使しての面割れ。よくTV番組で芸能人がご夫婦経営のお店に顔を出し、無理な要求を笑顔で承諾して頂いているところを見かけるが、それにかなり近いものを感じた。


 

 そんなわけで、その日はそこの店でバイトしながら昼食、夕食をお世話になった。

 

 にしても終始、営業スマイルなのはどうにも疲れる。それに従業員服が何故かメイド服なのも納得がいかない。加えて酒場から流れてきた酔っ払いのセクハラ …… は、シアさんの〝まさむね〟の餌食となったのでまぁいいや。 



 ともあれ、サキュリアス印で売り込まれ済みな俺達の集客力はなかなかに効果絶大だったらしく、一日限りのアルバイトは大盛況のうちに幕を閉じることとなった。



 閉店後、笑顔で見送ってくれた女将さんにお礼と別れを告げ、一日お世話になった店を後にする。


 三人で談笑しながら消えていく街灯に追われるようにして、どことなく歩みを進めていると、話題は今晩の宿はどうしようかという話になった。


 先程の報酬のお陰で一晩くらいなら宿屋を利用することもできる。しかしここで贅沢をして明日に不安を覚えるつもりは毛頭も無いと、俺達は意見を一致させた。 


 結局、その日の宿には星空を選ぶことにした。


 

 ごめんなさい。野宿です。格好つけました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ