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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
36/57

ポレフの武器 Ⅴ

 

 ■




 ルクセン・パロエの傑作十指が一つ〝名剣ビグザス〟。

 長年、ジョージ・カユラハの手元にあったその剣を入手していたのは、なんとサキュリアス社長、クレハ・ラナトスであった。


 ポレフがルクセン・パロエの最高傑作を得るにはクレハの持つ〝名剣ビグザス〟を入手する必要があるという。


 ジョージから〝名剣ビグザス〟の在り処を聞かされた一同は思わず頭を抱えた。

 なんと、クレハはこともあろうに〝名剣ビグザス〟を自らが運営するカジノの景品にしていたのだった。



 

 ◆




「あぁ……そういえば天使っていい加減なんだったな」


 騒音鳴り響く場内の一角、エレシから手渡されたある物を凝視しながら、俺はそんなことをぼやいていた。

 

 それはカジノに入店した直後のことだった。

 

 嫌々ながらもカジノへと入店を果たした俺達を待ち受けていたのは、巨大魔法スクリーンに映し出されたエレシの姿だった。

 数年前にクレハに執拗に頼み込まれたため、仕方無く引き受けたそのCMがいまだに流れ続けていることに溜息しつつも、エレシは俺達に数枚の紙切れを配り始めた。


 エレシ曰く、軍資金。最愛の弟のお手伝いをして頂くのだから自分が負担して当然と、微笑みながら手渡された〝それ〟を見た直後に俺は硬直した。


 数年前までは〝我輩は猫である〟と仏頂面を下げてこちらに語りかけてきていたその紙切れは、望む望まずを一切無視したモデルチェンジを果たし、今では野口さんちの英世くんが表紙を飾っている。


 つまり───。


「これ千円やん!どう見ても千円やん!」


 俺はこの時、とても面白い顔になっていたと思う。

 そんな俺の反応をどう勘違いしたのか


「すみません定臣様、一万円では心もとなかったですね」


 などとエレシが慌てた様子で更に十人の野口さんを手渡してこようとしたが、とりあえずはそれを断り、いくつかの質問を投げかけてみた。


 まず最初に尋ねたのは


「なぁ、エレシ。ラナクロアの通貨って〝円〟なのか?」


 それに対する答えは〝はい♪〟という小気味良い返答。


 困惑しつつも俺は次の質問を投げかけた。


「んじゃ、この千円に描かれてるおっさん。これって野口さんちの英世くんだよね?」


 俺のその質問に対してエレシは困ったような顔をしつつ、こう答えた。


「えっと……それが誰なのかは存じ上げませんが……

 そこに描かれている人物はミンミン・ゼハルダという人物ですね」


 なん……だと?

 この世界の英世はミンミンなのか!

 可愛いなミンミン!

 というかそれでいいのかラナクロア!

 

 英世のラナクロアネームに妙にテンションが上がった。


 その後、少し自分の中で考えを整理したいと皆と別れ、カジノの一角にてミンミンとの睨めっこを開始して今に至るのだが……


 俺は天界におけるマイ師匠。小さな眼鏡っ娘〝大宮るるか〟の言葉を思い出していた。


『定臣さん、お金ってある意味では世界の〝共通言語〟ですよね♪』


 つまりはこういうことか。

 天使は降りた世界の言葉を理解する。

 通貨を共通言語と言い張るならばそれが理解できるのも当然と……


「いやはや……」


 ご都合主義ここに極まれりだな……


 だったら文字も理解できるようにしてくれと、まだ見ぬ〝神〟とやらに注文をつけたい気持ちもあるにはあったが、とりあえずは通貨の価値がわかるのは何かと便利かと自身の中で落とし所を見つける。


 天使は適当。いやむしろテケトー。

 何事もはっきりさせずに逃げ口を作っておくのは日本人の専売特許だと思っていたのだが……

 

 まったくもって上には上がいるものである。


 にしても風情が無い。ラナクロアなどというRPGっぽい世界に紙幣はないだろう。

 俺的にはもっとこう、金貨や銀貨を袋に詰めて引っさげたりというのを期待していたのだが……

 というか英世がミンミンなら一葉や諭吉はどんなラナクロアネームなんだろうか……

 知りたいような知りたくないような……

 う~む……そもそも俺が理解できるように俺にだけ日本円に見えているだけなのかもしれん。

 待て、だとすると本当のミンミンはいったいどんな姿形をしているのか……


 気になってきたじゃないか。


 俺の仮定が正しいとして、ミンミンの真の姿を知るにはどうすればいいのか。

 まずは自動的に自身に働きかけている神力とやらを解除しなければならないだろう……

 いや、まぁそんなこと出来もしないし出来るのかもわからないんだがな。

 にしてもミンミン……いや、うん、まぁいいんだけどな……ミンミンか……


 まぁ結局───


『貴様、先程から何をミンミン、ミンミンと連呼している?説明しなさい』


 俺の思考はルブルブのこの一言で遮られたわけだが。


「あぁルブルブ、もう負けたのか?」


「いや、そういうわけではないのだが……

 王国騎士としてギャンブルの類に興じて良いものかとな」


「あ~……もしかして禁止されてたり?」


「いや……別段、禁止されているというわけではない」


「ふむ……自主的にってやつかぁ」


 ルブルブって元山賊のくせに妙に生真面目だよなぁ

 まぁそれはさておき。


「んじゃちょっと俺に付き合ってよ」


「なっ!?だから私はこれでも女だと!」


「いやいやいやいや!そうじゃなくてさ……

 あ~、俺ってラナクロアのゲームよく知らないから

 暇してるならご教授願いたいなぁ~とだな」


 俺のその一言にルブルブの甲冑から覗く顔が真っ赤に茹で上がった。


「は、ははははじめからそう言いなさい!」


「あ~、ごめんごめん」


 やれやれです。


 とはいえこのやりとりが功を奏したのか。


「なにをしている!いくぞ!〝カワシノ〟!」


 この時、俺は初めてルブランに名前で呼ばれたのだった。




 ◇



 

 カツカツと前を歩くルブランの背中を追いかけながら、きょろきょろと周囲を見渡す不審者が一名。

 つまり俺なわけだが。

 

 俺の願いを何故か怒りながらも聞き入れてくれたルブルブは、予想通りにというか予想に反してというか実直な性格そのままに、事細かく遊戯についての説明を施してくれた。


 世界が違えど人が興じる遊びは似るものらしく、カードゲームを主体にスロットゲームやルーレットゲームなど、細かい絵柄は違えどその内容やルールなどはどれも俺が知るものに近いものだった。


 カジノ内を大方回り終えた頃、ルブランの背後にうな垂れるロイエの姿を視界に捉えながらも、ふむふむと頷きながら説明を買って出てくれたルブランに対して礼を述べる。

 そんな俺の言葉に何故か顔を赤らめながらそっぽを向けたルブランは、背けた視線の先に何かを発見したらしく───


「なんだとっ!?〝ニー様〟お気に入りのスロットだと!?

 ええいっ!何をしているかカワシノ!早くあそこに行くぞ!ついてきなさい!」


 などと驚いているのか怒っているのかよくわからない声を上げると、カツカツと歩いていってしまった。


「あ~……ルブルブいないとまずいなぁ……」


 まぁ……こうなることがわかってて反応が遅れた俺が悪かった。そこは百歩譲って認めようじゃないか。


 しかしだ───


『なぁ姉ちゃん、あんたサダオミ・カワシノじゃないのかい?』


 俺を勝手に有名人に仕立て上げた真っ赤な服のもみあげの奴に、非があることは否めない事実だろう。

 

 そりゃ今までも街中を歩けば声をかけられることは一度や二度のことじゃなかったし、俺だって自分と同じような見た目の女が歩いてりゃ声の一つもかける。


 でもだ───


 声をかけてきた男とその背後にずらりと並ぶ行列に視線を送る。


 思わず溜息が漏れた。


 白状しようじゃないか。

 はじめから気がついていたさ。

 そりゃ皆と別れて以来、ずっと自分の後をついてくる行列があれば気がつかない方がおかしいだろう。というか女に声をかけるのにわざわざ行列を作る必要があるのか……いや、そもそも俺は男なわけだが。


 なにはともあれ〝あの馬鹿〟のせいで見ず知らずの人達に顔に名前まで知れ渡っている始末である。とはいえ人の注目を集めることに関しては既に火の国を経て、大いに経験している。


 こういった連中の目的は大抵は二つに分けられる。

 一つはただ話しがしたい連中。そしてもう一つはあわよくば、ごにょごにょな連中だ。

 王国騎士であるルブランが近くにいるだけで話しかけることすらままならなかった連中である。前者である可能性が高いと見てまず間違いないだろう。

 

 ならばここはこの場に適した対処を心がけようではないか。


「と、いうことで───」




 ◇




『おういえぇ!リーチってやつだぁ!』


 サキュリアス社長、クレハ・ラナトスの声が聞こえる。

 俺は軽く舌打ちしつつも頭痛に悩まされ始めていた。


 現在、俺が興じているのはスロットマシーンである。

 そしてそのスロットマシーンこそが先程からの頭痛の種でもある。


 便利魔法を大いに駆使された〝それ〟は俺が知る箱にリールが三つな〝あれ〟とは少々、形状が異なり、備え付けられた椅子の前の空間に半透明なリールが五つ浮かび上がっているだけという、なんともコストパフォーマンスに富んでそうな造りをしている。


 そんなラナクロアのスロットマシーンは、右手に浮かび上がるレバー的役割を演じている、これまた半透明なタッチパネルを押すことによって稼動する。


 問題はそこからだった。


 リールに描かれたラナクロアの数字や絵柄のそのすべてにはキラリと光る白い歯。もちろん描かれている人物が着込んでいる服は真っ赤であり、その金髪リーゼントの両脇には本人同様に自己主張の強いもみあげが存在感を誇示している。


 それだけでもうんざりだというのに……


「パラパラ漫画かよっ!」


 思わず俺がそうつっこんだのも無理の無い話である。

 稼動と同時に望まずとも目に飛び込んでくるのはクレハの不思議ダンス×5。

 ゆらゆらとリールの回転に合わせて踊り始めるそれらは、もちろんリールを停止させるまで罰ゲームのごとく、うっかりとレベルダウンしそうな変な踊りをやめてはくれない。


 挙句の果てに……


『おういえぇ!リーチってやつだぁ!』 


 これである。


 リーチがかかる度に耳に飛び込んでくるこの音声は、もちろんクレハのご機嫌な声。

 

 ちなみにこの声……


『おういえぇ!リーチってやつだぁ!……おっと違ったぁ!』


 たまにリーチじゃないのに出しゃばってきやがるのだ。


 そんなわけでなかなかにイライラさせられた俺は、不思議ダンスを少しでも早く止めたい気持ちも相まって連打に連打を重ねた挙句、エレシから貰い受けた軍資金を瞬く間に消費してしまった。


 で、そんな俺がどうしていまだに遊戯を続けられているかというと───


『サダオミさん!次、俺のメダル使っておくれよ!』


 その声の主は、ようやく自分の出番が来たとばかりに上機嫌な様子で俺にメダル……つまるところのカジノ内通貨を差し出してくれた。

 そんな彼の背後には今か今かと自分の出番……つまり俺にメダルを差し出す順番を待ち構えている男達が列を成している。


 誤解の無いように言わせて頂こう。これは俺が望んだことでは断じて無い!

 

 そう、俺がしたことと言えば、俺の後ろに金魚のフンの様にして付き纏っていた彼らと軽く会話を交わした程度のことだった。


 それで満足して立ち去ってくれるだろうと、淡い期待を抱いたりした時代が俺にもありました。

 

 すぐに立ち去ってくれるだろうと高をくくっていた彼らはしかし、いつまで経っても俺の傍を離れる様子も無く、挙句の果てに俺はその軽い会話のどこかで〝カジノは初めてだ〟的なことを喋ってしまったらしく、それならば俺達が手解きしてやる的な流れになり、現在の奇妙な状況に陥っていたりする。 


 人の好意を無碍むげにするのも憚れる。


 そう思って愛想笑いで受け取り続けていたのだが……


 さすがにこれ以上は悪い気がする。なんといっても傍目に見れば、明らかに俺がこの人達に貢がせているようにしか見えないだろう、これは。 


「あ~……もうやめるよ。皆、ありがとね!」


 適当に切り上げようと大声でお礼を口にし、席を立つ。


 しかし───


『えぇえええええええええええええ!!』


 ものすごいブーイングに阻まれました。

 

 そんなわけでその日、俺はまたしてもマリダリフの元に向えていないことを気にしつつも

 カジノ〝クレハの夢〟の売り上げの大いに貢献することとなってしまった。


 にしても……


 世界が変われど俺のギャンブル運の無さは変わらずか……


 とほほ……




 ◇

 



 定臣がスロットマシーンでイライラしたり、ロイエルが光の速さで軍資金を摩り下ろしリンゴしていたその頃、想い人のお気に入りフレーズに釣られて、ふらふらと歩いてきたルブランは、なんとも難しい顔でスロットマシーンと睨めっこしていた。


「おい店員」


「はい、なんでございましょう」


「こ、こ、これは本当に〝ニー様〟のお気に入りなんだろうな!?」


「はぁ……〝ニー様〟……ですか?」


「ド、ドドド、ドナポス・ニーゼルフ様だ!!」


「ひっ……は、はい、確かにそうでございます」


「……よし!やるぞ!」


「ありがとうございます」


 ───バキッ


「……おい!店員!!なんだ今の音は!!」


「あ、あの……お客様、もう少し力を抜いてお願い致します(魔法パネルって剥がれるんだぁ……)」


「むっ、私は力を抜いている!ほら、このようにだな」


 ───バキッ


「お、お客様!」


「なんだこのスロットマシーンは!……はっ!?これは〝ニー様〟のお気に入り……つまり〝ニー様〟はか弱いものがス、ス、スキということなのか!?つまりつまり……女性の好みもそうなのか!?……おい!店員!」


「は、はいぃぃ!」


「そうなのか!!」


「わ、わかりませんんん!!」


 店員泣かせなルブランだった。


 


 一方その頃、定臣達と別れた直後にカジノスタッフによりVIPルームへと連行されたエレシは、困った顔つきで先程から小言を訴えてくる緑髪の女性に眼差しを向けていた。


「エレシ様、お越し頂く際には予めご連絡して頂かないとこちらとしても困ります」


「はぁ……申し訳ありませんでした」


「そもそも、あなたはご自分の知名度の高さを認識されていないように思います」


「すみませんライアット様……ですがどうしてもここに立ち寄らなければならなくて……」


 エレシのその言葉を聞いたライアットは、すぐになにかに思い当たると頭を抱えた。


「はぁ……〝ビグザス〟ですか」


「はい♪」


「まったく……あの方にも困ったものです。〝あれ〟に大金を積む著名人は後を絶ちません」


 そう言うとライアットはエレシに耳打ちする。


「エレシ様、ご内密にお願い致します。クレハ様に〝あれ〟を手放すつもりはございません」


 関係者が語る!カジノの裏事情!などとスクープされそうなライアットの言ではあったものの、それを聞かされたエレシに戸惑いの色は見えない。


 そもそも、お目当ての品、つまりはルクセン・パロエが第一指〝名剣ビグザス〟を獲得するために必要なメダルの枚数からして無理難題な設定なのである。それに加えて日付を跨いでのメダルの持ち越し等は、一切行われていない始末。素人目に見ても到底、ビグザスには辿りつけそうにはなかった。


 そしてなによりもマイスターを知り、誇りを重んじるあのクレハが、易々と託された誇りを手放すとは到底思えない。エレシの思考は既にその答えを導き出しており、今更その事実を聞かされようと驚くはずもなかった。

 

「はい♪そうだと思っておりました」


「やはりお気付きでしたか……」

 

「はい♪……ですが」


 そう前置きするとエレシは笑顔を弾けさせる。そして何かを確信したように一つ頷くと


「すみませんライアット様……〝あれ〟は私の弟が頂きます♪」


 そう宣言したのだった。



 

 ◇




 店内のBGMが突如として変わる。その直後に大音量でベルが鳴らされる。反復される単純動作に、虚ろになっていた客達の瞳に驚愕の色が灯る。その視線を一身に集めたのは一人の少年だった。


 そんな少年こと、ポレフ・レイヴァルヴァンの背後には大勢のカジノスタッフが控えている。

 常連客でも滅多に耳にしないそのBGMは、カジノの〝目玉品〟が脅かされた際に流れるカジノ側の悲鳴であり、それと共に一夜の英雄誕生を告げる凱歌でもあった。


「もうちょっとだ!……それにしても思ったより時間かかったなぁ……クレハの奴、設定渋すぎなんだよな……ったく」


 負けがこんでいる客が耳にすれば、殺意の一つでも芽生えそうな言葉を呟きながらも、ポレフは手を休めない。定臣達と別れて以来、雪だるま式に増やしていったメダルは今や雪崩を起こしそうな程に積み上がっていた。


 イカサマを疑い、ポレフの後ろを付いて回ったカジノスタッフではあったものの、今となっては彼らの瞳にもポレフを応援する光が灯っている。

 

 観客の声援に応えるようにしてポレフは次々とドル箱を積み上げていく。

 そして観客の興奮が最高潮を迎えたその時───


 店内に〝目玉品〟の獲得を告げる祝音が流れた。




 ◆




 そういえばポレフの豪運設定を忘れていた。ドル箱をせっせと運ぶカジノスタッフの横で、所謂どや顔で踏ん反り返っている、うちの勇者候補様を見ながら俺はそんなことを思っていた。


 別れ際にエレシがポレフに手渡していた軍資金は英世……ならぬミンミン一人だけだった。それを見た俺はてっきりお子様設定な金額なのかと思っていたのだが……


 エレシの奴、どんだけポレフの豪運を信じてるんだよ。


 そもそも明らかに未成年であるポレフやロイエ、それにシアの入場を許すどころか遊戯すらも許容しているラナクロアのカジノってなんなのだろうか。


『夢を見るのに大人も子供もないだろうがよぉ~』


 どこかからもみあげアンポンタンの声が聞こえてきた気がした。


 それにしても……


「ロイエ、元気出せって!なっ、俺も負けたしさ」


 足元のチンチクリンに声をかけてみる。


「定臣はいいわよぅ……色んな人から次々とお金貰ってさ、僕なんて全然遊んでないのよ!」


 なにそれ、人聞き悪い。


「あれはまぁ……不可抗力?……みたいな?」


「うぅ~」


 さらにチンチクリンになられた。


 話し相手が豆サイズになってしまったので、仕方なく周囲を見渡してみる。俺はエレシが消え去った方角へと視線を送った。

 先程、どこからかホールに現れたエレシは、早々にファンの波に飲まれて今ではどこにいるのかも確認できない。その際に、俺の取り巻き共も一緒に掻っ攫っていってくれたので、秘かに喜んだのは秘密だ。

 続いて背後へと視線を送る。俺の背後で壁に背を預けているルブルブは再会して以来、ずっとなにかをぶつぶつと呟いている。なにやらご機嫌ななめな様子なので、これは話しかけない方が得策だと判断する。


 そこで気が付いた。


 あれ?そういえばシアがいない。


「なぁロイエ、シア見なかった?」


「うぅ~……見てないわよぉ~……」


「う~む、相変わらずの謎子ちゃんか」


「なによそれ」


「不思議ちゃんでもいいよ?」


「あんたも充分に不思議でしょ!」


「まぁ……それはさておき」


「さておかないでよっ!」


「にしてもシアって謎だよな~」


「話聞きなさいよっ!」


「にしてもロイエってチビだよな~」


「うっさいわねっ!僕の身長がなんで急にでてくるのよっ!」


 そうこうしてる内にアナウンスが流れた。


『さぁ!今宵はカジノ〝クレハの夢〟にとって歴史的な夜となりました!今まさに彼の名匠、ルクセン・パロエが一指、名剣〝ビグザス〟を手にしようとしているのは一人の少年です!』


 カウンターには踏ん反り返ったポレフの姿。大勢の観客が見守る中、カジノスタッフのマイクパフォーマンスが光る。そして盛大な拍手に迎えられながら、ポレフに目当ての品が手渡されようとしたその時───


 事件は起きた。


『おめでとう!今宵、あなたはキングとなった!さぁ、声援に応えてあg「ちょっと待った」


 マイクパフォーマンスを遮ったその声に思わずロイエと顔を見合わせる。二人同時に振り返った先にはやはりシアの姿があり、そんなシアとその背後に控えるものを直視したポレフは、なんともまぬけな顔で金魚よろしく、口をパクパクとさせている。


『え、えっとぉ……?』


 そんな呟きを漏らしたパフォーマーに、シアの背後に控えていた別のスタッフが駆け寄り、耳打ちする。パフォーマーは一瞬、驚いた顔を見せるがすぐに取り繕い、営業スマイルに戻る。そしてゆっくりとマイクのようなものをシアへと手渡した。


『ぁー…ぁー……まさむね青いなあいうえお』


「あいつなにやってんの!?あいつなにやってんの!?」

「わかんない!あの子がわかんない!」

 

 あまりなマイクテストに思わず二人で叫んだ。

 

 そんな俺達をよそにシアは淡々と告げる。


『とりあえずそれ四本』 


 静まり返る場内。


 シアが指しているのはポレフが受け取ろうとしていた名剣〝ビグザス〟であり、そんなシアの背後にはポレフを遥かに凌駕するドル箱が積み上げられていた。


 観客の視線がゆっくりとシアの指す先に移動する。それから今度はシアの背後へと移動する。

 

 そして───


『わああああああああああああああああああああ!!!!』


 大歓声が沸き起こった。


 唖然とする俺。なんか泣き出したポレフ。そして俺の足元のロイエは───


「シアが謎で不思議でシアなのよ!?」


 なにか混乱していた。




 ◇




 主人公陥落。



 床に寝そべるポレフの頭上にそんなテロップが見えた気がした。

 


 今回、ポレフはよく頑張った。

 忘れかけていた豪運設定を駆使して、不可能を可能にした。

 

 踏ん反り返るポレフの姿には若干、イラッとさせられたりもしたが正直少し安心した。 

 なんせポレフは影が薄い。

 というより他のメンバーが濃い過ぎるせいもあるのだが ──


 ともあれ、ようやく主人公らしく目立ちかけていたんだ。



 それなのに ──



「定臣、四本は無理って言われた」


 

 如何にも不服そうにのたまったのは、我がPTの〝謎子ちゃん〟シア・ナイだった。



「そりゃ、残念」



 肩をすくめて見せる。



「二人ともポレフは放置!? 放置なの!?」


「うん、残念」


「まぁ、一本あれば目的達成だしさ、エレシも喜ぶよ、きっと」


「うん♪」


「僕も放置!? 放置するの!?」



 赤髪ちびっ子は今日も元気だった。




 ◇



 

 大戦斧が不機嫌そうにカツカツと歩いていく。



 大歓声の中、お目当ての〝ブツ〟を手に入れた俺達は、どこかへ連れ去られたエレシを迎えに行くべくカジノ〝悪夢〟を後にした。



「ス、スロットのボタンを押せたからといって、貴様のことを認めたと思うなよ!」



 カジノを出る際、ルブルブはポレフを指差しこんなことを言っていた。

 どうやらそれが不機嫌の原因らしいのだが……



「ボタン押せなかったのか…… ルブルブよ…… いや、怪力よ」


「カワシノ! なにか言ったか!?」



 なにも言っていないことにしよう。


 

 それから暫く歩くと、遠目に見ても『あっ、エレシあそこだ』とわかる人だかりを発見した。



 人だかりを掻き分ける。

 途中、足を踏まれたルブルブが加害者を被害者に変化させたりもしたが、進行速度は概ね良好。

 そしてようやくエレシの姿を視界に捉えたその時 ──



 凍てつく空気を肌に感じると共に、俺達は戦慄した。



「ポレフの活躍を見れませんでした」



 潮らしくも怒気を孕んだ声色が大気を震わせる。

 

 そんなエレシの周囲には男達が土下座する姿。

 そこに向ってポレフが脊髄反射的にスライディング土下座する。何故だ。


 ともあれ、すべての事象に例外無く、解決策が存在するように、このエレシ・レイヴァルヴァンにもなんともわかりやすい解決策が存在していた。



 まぁ、ようするに ──



「ポ、ポレフ~♪♪♪ 寂しかったですよ♪♪♪」



 カンフル剤は今日も快調だった。




 ◇




 一路、足並み揃えて名工のもとへ。


 

 その人は酒場に居た。

 

 いつ来るとも知れないポレフをそこで待ち続けると宣言したあたり、なかなかに豪快な人のようだと判断する。



 服の街〝ルッセブルフ〟の夜は、その肩書きを完全に手放すことに決めたらしく、今夜も謎パレードやらピンクの空気を漂わせたカップルなどが闊歩している。


 それらを傍目に、ぼんやりと佇む。

 カジノの騒音に慣れた耳は、街の喧騒を穏やかに捉えていた。

 


「エレシ、機嫌直せって、ポレフの意思なんだし仕方ないじゃん?」

 


 酒場に入ったのはポレフ一人。なにかと知名度の高いエレシや、何故か知名度を高くされてしまった俺は、気性の荒い男達のたまり場に不向きとあって、他のメンバーと共に酒場の影に隠れるように待機している。



「エレシ~ …… 今生の別れってわけじゃないんだしさ?」



 そんなわけで、ようやくポレフと再開したエレシは早々に離れることになり …… といっても壁一枚挟んでいるだけなのだが …… 



「定臣様 …… 私はなにかいけないことをしたのでしょうか ……

 私は …… 私は ……」



 今生の別れだった。

 

 


 ◇




「おやおや? …… 随分と早いじゃないのさ」



 カウンターの一番奥の席、その人はさも自分の家がそこであるかのように、悠然とくつろいでいた。


 

 ── 名工、ルクセン・パロエ。


 

 巷では死亡説なんかも囁かれていたけれど、間違いない。この人は紛れもない本人だ。

 一流の前に〝超〟がつく〝マイスター〟だけが醸し出す独特の雰囲気。物心ついた頃からずっと近くで感じてきたその雰囲気がそう告げていた。



「ん!約束の」



 そう言って差し出す。ルクセンが受け取ろうとしたその手を思わず凝視する。



「おや~? その子と交換じゃなかったのかい?」



 どこか嬉しそうな、そんな声だった。



「やっぱりいい剣だよな! ビグザスも!」



 すくと立ち上がる。



「ふふんっ、ポレフ、君はやっぱり良いねぇ♪」



 がらりと変わった雰囲気に思わず背筋を伸ばした。

 


「ここにその子を連れて来たってことは …… 

そうかい。ジョジさんは君を認めたのさね」

 

 

 対するルクセンは壁に背を預けることを選んだ。



「さて、本題に入ろうじゃないか」



 狐目が怪しく光る。綺麗に揃った毛先がさらりと流れる。

 

 これから始まるのは儀式だ。

 

 マイスターは担い手を選別する。

 その代行者たるマーケッターを介して儀式は行われる。 

 それをマイスター自ら、行おうというのだ。



「うん!」



 自然と大きな声が出ていた。



「ふふん、少年は元気が一番さね」


「俺は子供じゃないぞ」


「子供は皆そう言うのさ」



 そう言うと差し出す。


 鞘に納められているというのに〝それ〟は薄ら寒くなるような殺気を帯びていた。

 それを差し出した彼女は薄い唇を指先でとんと叩く。

 そして哀切とも慈悲ともつかない微笑を浮かべ。 



「この子は …… アタイの〝禁忌〟。そしてアタイの最後の作品だよ」



 そう宣告した。



 マイスターの覚悟。マイスターの誇り。

 それは俺にとって特別なものだった。

 

 それを特別にしたのは〝誰〟だっただろうか。

 傍らでいつも微笑んでくれる姉よりも前に、その人は居た気がする。 


 ルクセンの表情があまりにもその人に似ていて。

 俺は忘れた記憶を少し掘り返した。



「なんだい? なんだ~い? なにかお言いよっ、ポレフ! つれないじゃないさね」


「え …… あ、あぁごめん!」


「ふふんっ、まぁいいさね」



 思わず身構える。

 

 噂で聞いた傭兵の儀式には様々なものがあった。

 それらは単純に得物の製作者、つまるところのマイスター達の趣向により異なってくる。

 

 伝説に謳われるこの人の儀式とは一体どんなものだろうか。

 内心でワクワクしながら待ち受ける。



「ほら。持っていきなよ」


「あれえええええええ!?」



 儀式は無かった。




 ◆




「カンフル剤はまだか!」



 思わず叫んだ。



 ポレフが酒場に入店してから十数分。もはやエレシは天寿をまっとうしそうな勢いで萎びていた。



「あっ、ポレフ」


「どこ!? どこですか!?」


「ごめ、嘘」



 ずざーっとこけられた。



「定臣、お姉様をいじめないで」


「ひどっ!定臣ひどっ!」


「貴様の人をこけにするようなところだけは気に入らん」


 

 ものすごい悪者にされました。



「うぅ、俺は少しでもエレシに元気を出してもらおうとだな」


「嘘」


 

 その瞳の色に嫌な予感を覚える。

 謎子ちゃんの目は笑っていなかった。 


 

「ポレフ …… ポレフはまだですか?」


「あ、今度こそポレh『まさむn「させないよ!?」


 

 天下の名刀を不発に終わらせる。

 エレシに気を取られた瞬間に背後に忍び寄ったシアは、案の定、抜刀の構えをとっていた。



「…… 不発 …… 不覚」


 

 両肩を俺にがっしりと押さえつけられた謎子ちゃんは、なにやらものすごく残念そうだった。 

 でも仕方ない。無実の罪で〝アレ〟の餌食になるなんてまっぴらごめんだ。


 

 視線を酒場の入り口の方へと向ける。

 


「皆! お待たせ!」



 我がPTの勇者候補様のご帰還だった。


 


 

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