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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
35/57

ポレフの武器 Ⅳ

 ■




 ポレフ達が目的の店〝ルイオアゲイル〟に到着した時、店の前には夜空を見上げる一人の女性が佇んでいた。

 

 その女性を見たポレフは皆との会話を止め、一人その女性へと向って駆けて行く。

 いつもならばポレフの単独行動を即座に制止するエレシであったが、その時ばかりは不思議と穏やかな笑みを浮かべたままポレフの背中を見送っていた。




 ◆




 珍しいこともあるもんだなぁ……


 視線の先に佇む女性のいでたちを再確認しながら定臣はそんなことを心の中で呟いていた。


 闇に浮かぶように羽織られた白いマントに紺色の旅人服を着込んだその女性は、綺麗に切りそろえられた前髪から狐のような細い目を覗かせ、不機嫌そうにポレフに向って何かを訴えかけている。


 いつもならば、ポレフの無鉄砲ぶりなど慣れたと言わんばかりに、エレシがおろおろする姿を脇に傍観を決め込む定臣であったが、この時ばかりはその女性が視覚的に醸し出す、妙なアンバランスさに違和感を覚えたため警戒を解くことは無かった。 


 女性の腰には六本の剣。遠目ながらもはっきりと確認できるその得物は明らかに一人が所有するには多すぎる数だった。


「エレシ、いいのか?」


「ご心配には及びません。ありがとうございます♪定臣様♪」


「そっか」


 いつもとは違う反応を見せるエレシに内心で戸惑いながらも、定臣はポレフとその女性をじっと視界に捕らえ続けていた。


 その時───


『このっとおおおおり!お願い!!』


 不意にポレフの大声が耳に届く。前方のポレフは声と同時に両手の平を合わせ、女性に向って大きく頭を下げていた。 


 恐らくはあれがポレフの精一杯の誠意の示し方なんだろうがあれは……


 ポレフのその姿を凝視していた定臣が脱力する。

 異様に直立に伸ばされた背筋に爪先。お辞儀開始当初はどこからともなく『ナマステ~』と聞こえてきそうなカワユイ角度で重ねて挙げられていた両手は、いつの間にやら天高く掲げられ競泳選手の飛び込み姿さながらに奇妙な体勢へと変化していた。


 後にポレフは語る。あれは〝超お願い〟の構えなのだと。もっとも、その席に同席していたシアによって冷たく『そのまま死ね』と言い放たれることになるのだが、それはまた別のお話である。


 ともあれこの場においてポレフのこの必死のアピールは功を奏すこととなり


 そして───


『ぷっ……あはははは!なんだいその格好は!いいねぇ、いいよ君』


 マイスター〝ルクセン・パロエ〟に大いに気に入られることとなった。  




 ◇




 なにやら無茶苦茶笑われたんだけどまぁいいや。とりあえずウケたってことは俺的解釈でOKってことだな。


「ってことでそれ俺にくれるんだな!お姉さん!」


『あははは……とと、ちょいとお待ちよ少年。

 そりゃ、今のポーズには笑わせてもらった。

 それにアタイのことをお姉さんと呼んだのも評価はできるさ

 でもね、それとこれとは別さね。

 だいたいなにさ、アタイと少年とはこれが初対面だよ。

 それをいきなりその剣をくれとは何さね。

 それにいくら小さいと言ってもラナクロアの傭兵にとって得物がどういうものかくらいは知っているだろう?』


「なっが~」


 思わず思ったことが口を出た。


『はんっ!人の話を聞かない子は嫌いだよ!』


「ごめん!悪かったよ!」


『……よし、素直な子は好きさね。次は無し

 質問の答えを聞かせてもらおうか』


 そういうとその人の雰囲気ががらりと変わった。でも俺は別段驚くことは無かった。なんせ俺はその人が身に纏う独特の空気に覚えがあったんだ。


 ここはおふざけが許されるところじゃない。この人の誇りを穢すような真似をする程、俺は馬鹿じゃない。


 俺は背筋に芯を入れると慎重に言葉を選びながら答えた。


「ラナクロアの傭兵にとっての得物。それは人生を共にする相棒のようなもの。だからこそ得物選びは慎重に行われ、そして一度選んだ得物は余程のことがない限り変えることは無い」


『ふむ……歳の割りに理解してる方じゃないのさ

 じゃぁ少年。それを知っていてどうして人様の得物を欲しがるんだい?』


「それはお姉さんが傭兵じゃないからだ」


『どうしてそう思う?』


「わかるから……俺は一流のマイスターだけが持つ空気を知ってる!それは本物だけしか持っていないものなんだ!そしてマイスターは自分が認めたマーケッター以外には決して自分の作品を託さないのも知ってる!」


 俺のその言葉を聞いたその人は目を見開いた。細目の人が目を開くと普通の人よりも驚いてるように見えるから不思議だなぁ


『驚いたねぇ……少年、君の名を聞かせてもらおうかい』


「ポレフ・レイヴァルヴァン!それが俺の名前だ」


『ポレフねぇ……じゃあさポレフ』


 俺の名前を呼ぶとその人はにたりと笑った。

 今までの人生の中で〝レイヴァルヴァン〟の姓を名乗って驚かれなかったのはこの時が初めてだったように思う。……あっ、定臣はノーカウントだ。あいつは人間じゃないしな。まぁそれは置いておくとして、それからその人は自分の鼻を指先でとんとんと叩きながらこう言ってきたんだ。


『どうしてこの剣が欲しいんだい?』


 その質問を投げかけられた俺はまた無い頭をフル回転させることになった。なんたって笑ってはいるものの、さっきよりもその人の瞳は真剣そのものになってたからだ。

 

 ごくり───


 思わず生唾を飲み込む。ここからの選択に間違いは許されない。その人の纏う空気が否応無しに俺にそう伝えてきていた。


 だから俺は決意した。一切偽らずに思ったことをこの人に伝えようと───。


「一番なんだ」


『んんぅ?』


「俺が今まで見た武器の中でお姉さんの持ってるその剣が一番なんだ」


 そう告げると俺はその人が腰に差している剣の一本を指差して見せた。というか俺は始めからずっとその剣のことしか見ていなかった。


『ふ~む……ポレフ、君はとても良い目をしてるねぇ

 アタイが選ばせなくてもこの子を選んでみせたわけさね

 その目を培った土壌はなんだろうねぇ

 身につけようとして身につくものじゃぁない。

 こればかりは育った環境の賜物さね』 

 

「それは」

『いや、それはいい。アタイが興味あるのは君のことさね。

 見たところポレフはこれから〝ルイオアゲイル〟に行くつもりだった。

 その目的を聞かせてもらおうか』


 なにやら言葉を遮られた。どうやらこの人はせっかちな人みたいだ。下手なことを言ってへそを曲げられても困るしなぁ……ここは聞かれたことだけは答えた方がいいだろうなぁ


「〝ルイオアゲイル〟には〝ルクセン・パロエ〟の剣を譲ってもらいに行くつもりだったんだ。

 でも、もう行く必要が無くなっちゃった」


『それは?』


「魔法カタログで初めて〝ルイオアゲイル〟に展示されてるルクセン作品を見た時に一目惚れしたんだけど……会いに行く直前に運命の人に出会っちゃった!……そんな感じ!」


『ふ~む……〝ルイオアゲイル〟にはジョジさ……〝ジョージ・カユラハ〟がいるさね

 あの店で取り扱っている武器はどれも超一流さ♪ネフィルにロキネル、それに最近パイネソンも腕を磨いてきてる。〝ルクセン・パロエ〟作品に拘る必要なんてないんじゃないのかい?』


 ん~、この人〝ルクセン・パロエ〟のこと嫌いなのかな?でも俺は好きだしなぁ……同意したくないなぁ


「ん~……駄目かな。ネフィル作品にロキネル作品。それにパイネソン作品も確かに素晴らしいとは思うし、どのマイスターも一流だとは思う。でも切れ味だけに拘りすぎてしなやかさが無い。というかなんだろう……ん~~ルクセン作品ってなんか違うんだ」


『なにか……ねぇ……曖昧だねぇ』


「ん~……俺、馬鹿だから言葉でうまく言えないや!ごめん!」


『あははは!大丈夫さね♪君が本物だってことだけは充分に伝わった。

 それじゃぁ最期にもう一つだけ質問さね』


 そう言うとその人は俺が指差した剣を鞘に納めた状態のまま取り外した。それから俺に魅せつけるようにして差し出すと嬉しそうに口ずさんだ。


『その他とは何か違うルクセン作品を差し置いて……この子を選んだのはどうしてだい?』


「だから一番なんだって!……ん?そう言えばその剣って〝ルイオアゲイル〟に展示されてる剣になんか雰囲気が似てるような……」


 ───チャキ。


 俺のその言葉を聞き終えるとその人は剣を僅かに鞘から抜き出した。俺は鞘から僅かに覗いた刀身に描かれている刻印を見て思わずはっとした。


 万物の象徴である太陽にすべてを斬り裂く意を籠めた一筋の雷。更にその亀裂から覗くは孤高を示す三日月。それは三大国家資格に携わる者ならば誰しもが知る、マイスター〝ルクセン・パロエ〟の作品を示す刻印だった。


 驚く俺に意地の悪い笑みを見せるとルクセンは嬉しそうに言い放った。俺は唖然としたままそんなルクセンのことを眺めていた。言っとくけどまぬけに口なんて開いてないからなっ!


『ご名答♪まさかそこまで見抜くとはね~♪

 認めてあげるよポレフ、君の目は超一流さね♪』


「じゃ、じゃあその剣!俺に譲ってくれるのか?」


『ふふん♪考えてあげようじゃないか♪

 そうさね───』


 そう言うとルクセンは俺に二つの課題を提示してきた。もちろん俺はその課題を二つ返事で受けることにしたんだ。でも……その直後に俺は激しく学ばされることとなったんだ……


 そのために払った代償は無茶苦茶痛かったけど……それはとても大事なことだった。


『まさむねっ!』


 ───ズビシッ


「あ”っ……シ、シアナニヲスル」 


「一人で先に行って、一人でなに勝手に決めてる(ぼそ)」


 そう、今の俺は一人じゃない。シアはきっと俺にそれを言いたかったんだと思う。


「死ね(ぼそ)」


 そう……思わせてくれえええええええ!


 ───ぱたり




 ◇




 シア・ナイの繰り出した一撃により勇者候補、ポレフ・レイヴァルヴァンは無惨にも葬り去られた。

 唖然とする定臣とルブランの二人。内心でシアの恐ろしさを再確認しつつも二人は恐る恐るエレシの動向を確認する。


 鬼の形相でそこに佇んでいると思われたエレシはしかし、いつもと変わらぬ優しい笑みを携えて小首を傾げていたのだった。

 

 シアの一撃は何故かエレシの目を掻い潜っていたらしく、その凶行は又してもエレシに記憶されることを逃れていた。

 

 その後、ポレフの変化に気がついたエレシが慌てふためく中、ポレフを気絶させた張本人であるシアは『どうしたのっ!?ポレフ君!大丈夫!?』などとのたまい、エレシの中での自分の株をしっかりと上げると、優しくポレフを抱き上げそのまま店内へと姿を消した。

 その二人の後をエレシが追い、それに定臣とルブランが肩をすくめながら続く形でポレフPTの面々はいよいよ目的の武器屋〝ルイオアゲイル〟へと入店を果たした。

 

 ちなみにロイエルはというと───


「ちょ!?……あれ?皆どこ?あれ?もう店の中?

 ……待って!待ってよ!僕を置いていくなんて酷いわ!」


 思いっきり置き去りにされていることに気付くと、半泣きになりながら店内へと駆けていったのだった。




 ◇




「やれやれ~……賑やかな連中だねぇ……」


 ポレフ達が立ち去った後、その場に残されたルクセン・パロエは閉められたばかりの〝ルイオアゲイル〟の扉を愛しそうに見つめていた。


「ジョジさん、アタイはね……奇跡なんてものは信じないさね。

 だからさ……このタイミングであんな子が現れたのは必然なのさね」


 そう呟くとルクセンはとんとんと鼻を叩いた。それは彼女が上機嫌な時に見せる一種の癖のようなものだった。


「そうさね……ジョジさん、この必然はあなたが呼び寄せたのさ……

 そう、一人の職人として……マーケッターとして気高く生きたあなたの生き様に世界が応えたのさね……」




 ◇



 

『いらっしゃい。今日は珍しい時間のお客さんが多いねぇ』


 入店から程なくして店内に穏やかな声が響く。扉から真正面に見えるカウンターにはこの店〝ルイオアゲイル〟の店主〝ジョージ・カユラハ〟が腰を据えていた。

 数十年にも渡り、そこで客を迎え続けてきた彼からは一目に見て感じ取れる程の貫禄が滲み出ており、名だたる傭兵達は入店するや否や緊張から背筋を伸ばさずにはいられなかった。


 そんな傭兵達をジョージは品定めする。傭兵達はお眼鏡に少しでも叶おうと必死にジョージの観察眼に抗おうとする。客が入店すると同時に繰り広げられるマーケッターと傭兵との競い合い。それが〝ルイオアゲイル〟におけるジョージと客との在り方であり、長年繰り返されてきたそのやりとりは、もはやここに来店する者の間で暗黙のセオリーと化していた。


 ところが───


 そんなセオリーも今日この時ばかりは勝手が違っていた。


 ジョージの視線の先にはだらりと頭を垂らした少年の姿。その隣には同じくらいの背丈の少女が肩を貸す形で寄り添っている。


 これは可愛いお客さんだ。内心でそう思いつつも、ジョージは客に対する礼を尽くそうとカウンターの席を立った。


「お嬢さん、そちらの坊ちゃんはどこか調子でも悪いのかい?」 


 そう言うとジョージは心配そうな表情を浮かべ少女、シア・ナイのもとへとゆっくりと歩みを進める。そんなジョージを一瞥するとシアは無表情に隣の少年、ポレフに視線を送り


 そして───


「いい加減、起きんかい(ぼそ)」


 そう呟くとポレフを床へと叩き捨てた。


「ぶっ!お嬢さん!あんたなんてことするんだ!?」


 シアの突然の行動に思わず鼻水を吹き出したジョージは慌ててシアに問いただす。そんなジョージを無表情に見上げるとシアは


「ポ、ポレフ!?大丈夫!?今起こしてあげるからねっ」


 などとのたまう。


「えぇ!?」

「お邪魔します♪」


 ジョージがあまりの展開にそう声を上げたのと、エレシが入店を果たしたのはほぼ同時のことであった。


 


 ◇



 

 衝撃の入店から数分、店内には真剣な面持ちで睨み合う、ポレフとジョージの姿があった。

 事の始まりはポレフのこの一言だった。


「ルクセンに自分の最高傑作が欲しいならジョージさんに認められろって言われた」

 

 それを聞いたジョージはしばし物思いに耽り、そしてにやりと嗤った。

 風貌は変わらない。しかしながら明らかに身に纏う空気が変化している。


 この時、この場においてジョージの変化に気付いていた者は、ポレフとエレシの二人のみであった。

 ジョージの放つ独特の空気。それは一流の職人が、自らの仕事をする際に滲み出るようにして発せられるものである。一朝一夕に在らず。ジョージのこの変化を捉えるには、長年培われた職人としての資質と気質が必要であり、そのそれこそがジョージがルクセンの剣を担う者に求める最低限の条件だった。


 ジョージの課した課題を得るための課題。それを瞬時に感じ取ったポレフは真剣な眼差しでジョージを睨みつけた。こうして伝説のマーケッター〝ジョージ・カユラハ〟と勇者候補〝ポレフ・レイヴァルヴァン〟の一騎打ちは幕を開いた。

 

 最初の課題は各マイスターの刻印の判別。次に提示されたのは五本の剣に優劣をつけ順に並べよというもの。そして次はその優劣の基準を事細かく述べよというもの。


 そして今、ポレフは『この店で優れている武器を三つ持ってきてワシに提示しなさい』という課題を与えられ、二本の剣をジョージの前に提示している。

 固唾を飲んで一同が二人の勝負を見守る中、ポレフは自信満々にジョージを睨みつける。そんなポレフを笑顔のままに睨みつけるとジョージは少し不満気に口を開いた。


「ワシは三つと言ったはずだが」


「これでいいんだ。後の一つはそこにあったはずなんだ」


 そう言うとポレフはジョージの頭上を指差した。そこには例の鞘が額に入れられた状態で展示されていた。


 ジョージは鞘を一瞥するとポレフにゆっくりと視線を戻し、軽く目を瞑ると首を横に振った。


「確かに……あそこにあった剣はこの店で最も優れていた」


「うん!」


「じゃが……あの子はもうこの店には無い」


 売れた物を店の在庫として数には入れられない。どれだけ素晴らしい物を手に入れようとそのすべては商品であり、いずれは担い手が現れ手元を離れていく。


 その事を理解していない者など取るに足らず。ここまでのやりとりですっかりとポレフのことを気に入っていたジョージではあったが、マーケッターとしての彼がポレフに下した判定はやはり過去にルクセンの剣を求め、そして敗れ去っていった傭兵達と同様のものだった。


 残念だが……そうジョージが口にしようとしたその時、不意に彼の脳裏に一つの疑問が浮び上がった。


 彼の知る〝ルクセン・パロエ〟というマイスターは決して妥協を許さない。その彼女がこの少年に自分に認められてくるようにと指示を出し、差向けてきたのである。果たして自分が今、下そうとしていた判断は本当に正しいのか。


 そこに思考が到達した時、ジョージの脳裏に懐かしい記憶が蘇る。

 それは彼とマイスター〝ルクセン・パロエ〟が出会った遠い日の記憶だった。




 ◇




「あんたかい?ジョージ・カユラハってのは?」


 それは突然の来訪だった。

 念願の店を構え、その店がようやく軌道に乗り、いつしか自分の名は世間で噂されるようになっていた。そんな噂を聞きつけて来たのだと彼女は言った。


 彼女は一振りの剣を手にしていた。

 そしてそれを鞘に納めたままの姿でゆっくりと差し出すとこう言った。


「あんたの目にはアタイの剣はどう映るさね?」


 その剣は今までに携わってきたどの剣よりも素晴しいものに見えた。

 それは間違いでは無かった。しかしその剣よりも一際、目を惹く剣を彼女は腰に帯剣していた。


「どれも素晴らしい……君の剣は世界一だ……

 その剣も確かに素晴らしい。ワシの店に並ぶどの武器よりも素晴らしい出来だ。

 しかし……その中では三番手といったところかね?」


 その言葉を聞いた彼女は自分の鼻をとんとんと叩くとにこりと笑い、そして握手を求めてきた。


「いいねぇ、いいねぇ……伊達じゃない。久方ぶりに〝本物〟に出会えたよ♪

 〝あんた〟よばわりして悪かったよ。あなたは素晴らしいマーケッターだ♪」


「マイスターが出会ったばかりの人間に手を差し出してくれるのかね……

 こんなに光栄なことはそうは無い。それが君の様な素晴らしいマイスターならば尚更だ」


 そしてワシと彼女はゆっくりと握手を交わした。

 それがすべてだった。たったそれだけのことで互いに互いのことを深く理解した。

 だからこそ、その直後の彼女の言葉にも頷けた。


『しばらくあなたを見極めたい』


 そう言うと彼女はそのまま居候する形で店に転がり込んできた。

 こうしてワシと彼女の奇妙な共同生活は始まった。

  

 素晴らしい時間だった。今になって振り返ってみればよくわかる。

 あの時のあの時間こそが礎だったのだ。


 孤高を目指し、研鑽し続ける職人同士のせめぎ合い。

 認め合う者同士にしか理解出来ない領域で二人は魅せ合った。

 名は一流へ。想いは信念へ。

 そして互いの信念は互いに互いを更に研鑽し高め合う。

 だからあの時間こそがマーケッター〝ジョージ・カユラハ〟の礎だったのだ。





「ジョジさん、この子をあなたにお願いしたい」


 数ヶ月後のある日、彼女はワシにそう告げてきた。

 言わずともそれが別れを示す言葉だと理解できた。

 彼女の手に握られていたのは初対面の時に目を惹かれたあの剣だった。

 それを自分に託してくれることに喜びと重責を感じつつも、それを悟られないように取り繕った。

 孤高には孤高で、気高い彼女には気高く接したかったのだ。

 思えばそれは一人のマーケッターとしての他愛もない意地だった。 


「それが君の一番だね。ルン」


「あぁそうさね。この子が〝今の〟アタイの一番さ」


「〝今の〟か……互いに生涯その台詞を言い続けたいものだな」


「ふふん♪良い出会いだったよ♪ジョジさん」


「ああ……良い出会いだった」


 別れは互いに口にしなかった。ただ去り際に彼女はぽつりと呟いた。


「その子の担い手は苦労しそうさね。ジョジさん」


 そんな彼女の背中にワシは一言だけ投げかけた。


「苦労してもらうさ。なんせこの子はとっておきだ」


 彼女の背中が見えなくなるまでの間、ワシはある日の彼女との会話を思い出していた。


 マーケッター〝ジョージ・カユラハ〟が求める理想の担い手とは。


 会話の始まりはそんな質問だった。


 ワシはその質問に即答した。


 一つ、担い手は良い目を持っていなければならない。

 何故ならば価値のわからぬ者に得物の真価を引き出すことなど不可能だからだ。

 マイスターに対する礼を欠くという意味合いをとってもそれは絶対条件だ。


 一つ、担い手は弱くなければならない。

 何故ならば弱者であればある程に得物に頼るところが大きく、マイスターが注ぎ込んだ得物の息吹が輝けるからだ。

 また弱者であればある程に伸びしろは大きく、得物にとってそれは様々な場面に遭遇できるということであり、武器としての本来の役割を全うすることができる。

 もっとも言うまでもなく、ここでの弱者とは常に向上心の翼を羽ばたかせているという前提条件ではあるが。

 

 そして最後に一つ、担い手は多くの師を持たなければならない。

 これには暗に〝すべてを学び獲る意欲〟を持てという意味合いを籠めている。

 その心持でいられるならば周囲の人間はおろか、道に転がる小石の一つまでもが己の師になりうるだろう。



 言い終えたワシを、彼女は満足気に見つめながらこんなことを言ってきた。


「ジョジさん、あなたが求める担い手は傭兵っていうよりマーケッター寄りさね」


「ふむ、言われて見ればそうかもしれん」


「それにどちらかと言えば〝心意気〟に寄るところが多いさね」


「確かにな」


「まぁアタイがなんて言ったって変えるつもりはないんだろう?」


「そうじゃな」

 

「さて、生きてる間にその子の担い手は現れてくれるんだろうかねぇ」


「ワシは妥協する気はないぞ?」


「あははは!いいねぇ♪その意気さね♪」




 ◇




 結局、生涯あの子の担い手が現れることは無かったか……


 あっという間の人生だった。

 医者に言い渡された余命は半年。

 自分がこの世を去った後、綻びの目立ち始めた店の傍らで、あの子が埃に埋もれていくことを不憫に思い、遂には信念を曲げ、人の手に渡した。


 このまま静かに最期を迎えようとしていた。

 そんな最中、再び彼女に会えたのは僥倖だった。

 彼女に許されたことで少しは気が晴れた。


 そんな矢先に彼女は一人の少年を差向けてきた。


 その意味は───


 彼女の言わんとするところは───


『奇跡なんて信じない。あるのはいつも必然だけさね♪』


 彼女の口癖が脳裏を過ぎる。

 最後の判定を下さねばならない。

 もう一度、少年を見る。


 すると少年は───


「うん!やっぱりまだここにあるよ!この剣がこの店で一番だ!」


 満面の笑顔でそう言い放った。


 少年は言う。その鞘には一人のマーケッターの生き様が詰まっていると。

 少年は言う。その鞘には確かに剣は納められてはいないけれど、それでも自分の目には決して綻ばない剣が納められているように見えると。


「その歳でよくぞそこまで視えている……」


 無意識にそう呟いていた。

 まさか伝説と謳われる程にまで昇りつめた自分が、年端もいかぬ若者にここまで思い知らされることになろうとは想像もしていなかった。


 慢心こそが自分が最も忌み嫌っていたものではなかったのか。

 この歳で少年に学ばされるとはまったくもって人生とは楽しい。


 認めねばなるまい。 


 失ったものなど本当は何も無く、自分はただ失ったフリをして楽になりたかっただけなのだと。


 誇りはここに在る。ならば自分は死して尚、気高く生きようではないか。


 この出会いは必然だった。


「坊ちゃん……名前を聞かせてくれるかね」


 ならばこの少年には大いに期待させてもらおう。


「ポレフ!ポレフ・レイヴァルヴァンだ!」


 なにせこの少年は


「ポレフか。ワシはジョージ……ジョージ・カユラハだ。」


 ワシの人生の大半をかけて、ようやく選び抜いた〝担い手〟なのだから


「ポレフ……認めよう。君はルンの……〝ルクセン・パロエ〟の最高傑作を担う資格がある。

 

 ───合格だ。」

 



 ◇




 ルクセン・パロエの指示の下、勇者候補〝ポレフ・レイヴァルヴァン〟は伝説のマーケッター、ジョージ・カユラハに挑んだ。


 順調にジョージの出題する課題をクリアしていったポレフだったが、最後の課題でジョージの望まぬ答えを言い放つ。

 

 マーケッターとして失格を言い渡さざるを得ないポレフの答え。ジョージがポレフに失格を告げようとしたその時、ポレフは自らの言葉で合格を掴み取ったのだった。




 ◆




 ん~……自分の理解不能な世界での戦いってのは見ているだけで結構疲れるなぁ……


 前方を歩くポレフのつむじを見下ろしながら、定臣は心の中でそんなことをぼやいていた。


 先程の武器屋にて繰り広げられたポレフと店主との戦い。

 それに店に入る前の狐目の女性とポレフとのやりとり。

 前々からことマイスターに関しては妙に真剣な面持ちで語り始めるポレフである。

 恐らくは先程のやりとりの中でも〝その道〟の者にしか理解しえぬ意思疎通が数多く交わされていたのだろう。


 基本的に理解出来ぬことはそれが得意分野である人間に任せることを信条としている定臣は、そう適当に中りをつけると次の疑問へと思考を切り替えた。


 そう───武器屋はまだわかる。勇者を目指す以上、武器くらいはあって当然だと思うし、むしろ今まで素手でよくやってこれたなおい!とつっこんでやりたい気持ちもある。


 で、武器屋でその肝心の武器を買わずになんだってこんな所に来たのかってことだ。


「はぁ……俺、マリダリフ待たせてんだけどなぁ」


 軽く溜息をついてそうごちった定臣の視線の先には、ド派手な建物があった。


『はぁ……』


 建物を再度見た定臣とロイエルの溜息がかぶる。


「あ、あそこに入るのか?」


 そんな二人の背後であからさまに嫌そうに呟いたのはルブランだった。 


 ポレフPTの次なる目的地にして現在、眼前に佇むその建物の名は


 ───カジノ〝クレハの夢〟

 

 ルッセブルフの夜の象徴であるその建物は、当然のごとくサキュリアス社長〝クレハ・ラナトス〟の趣味が全面に押し出されており、聴覚的にも視覚的にも人々の記憶に鮮明に残るとして、これまた悪名高かった。


「エレシ……いつものように解説頼む」


 げっそりとした様子でそう呟いた定臣に、エレシが微笑みながら困ったような顔をする。


「ここはカジノ〝クレハの夢〟です。ルッセブルフの夜の顔はここを起源として成り立ちました。

 そして私達がここを訪れた目的はポレフの武器を手に入れるためです」


 そう、結局それが目的だった。

 聞くところによるとポレフが欲しいのは武器屋の前で出会った狐目の姉ちゃんの剣で、その狐目の姉ちゃんは自分の剣が欲しいならとポレフに二つの条件を出したと。


 その条件の一つがさっきの武器屋の店主に認められろというもの。そしてもう一つが、かつてその武器屋に展示してあった剣を手に入れて持ってこいってものだそうだ。


 で、それが何だってカジノに来てるんだって話に戻るんだが……


 その剣を手に入れた男の名は〝クレハ・ラナトス〟……

 そう……〝クレハ・ラナトス〟だ……

 泣きたくなってきたけど真っ赤な服のもみあげのあの男のことで間違い無いらしい。


 で、ド派手好きなあの男はやらかしやがった。


『やっぱよぉ~、ルクセン作品を扱えるような奴は強運じゃないといけねぇよなぁ!』


 剣を手に入れたクレハは、いつものどや顔でそんなことをのたまうと全世界に向けてある宣伝を発信した。


『来たれ!強運の持ち主よ!

 ジョージ・カユラハ一押しのあの名工ルクセン・パロエ十指の第一指、名剣〝ビグザス〟があなたの物になるかも!?

 詳細はカジノ〝クレハの夢〟にて!』


 それがこれである。

 

 まぁなんだ……要するにクレハの奴は手に入れたその剣をよりにもよってカジノの景品にしやがったそうだ。


 カジノの客層の九割は傭兵で占められているらしく、決して誰の物にもならないと噂されていたその剣を手に入れるチャンスとあって巷は大いに賑わったそうだ。


 元々、大盛況だったカジノは剣の集客率が重なって過去に類を見ない大繁盛に。

 わかるだろ?〝過去に類を見ない〟……あの男の大好きな言葉だ。


 職人の誇りうんぬんを重視する奴がそんな名剣を簡単に手放すわけがない。

 その剣がカジノの景品にされてから約一月。その間、どれだけの客がカジノに金を落としていったことか。


 皆、気付こうぜ……明らかな客寄せパンダだ。

 いや、皆わかってるか……それでも他に手に入れる方法が無いんだよな……


 現に……俺達もここに来ちゃってるわけだしな……


「〝クレハの夢〟ねぇ……」


 客を出迎えるようにして入り口の天井部を飾るレリーフを見る。


「はぁ……」


 思わず溜息が出た。


 そこにはまたしてもクレハの彫像。どうせまた変な名前なんだろうと頭痛を覚えつつもエレシに尋ねてみる。


「なぁエレシ〝あれ〟ってさ」


「クレハ・ザ・ドリーム……それが〝あれ〟の正式名称ですね」


 気のせいかエレシの笑顔が陰って見えた。

 

「そっかぁ……解説ありがと」


「いえいえ♪」


 そして覚悟を決めると俺達はいよいよ店内へと足を踏み入れた。

 その際、俺の背中に向ってエレシが呟いた一言を俺は聞き逃さなかった。


「悪夢ですよね(ぼそ)」


 聞こえなかったフリをしつつも俺が内心で激しく同意したのは言うまでもないことだった。


 にしてもエレシってたまにシアばりの毒舌吐くよなぁ……




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