ポレフの武器 II
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一時の休憩を終えたポレフ一行は再び歩みを西へと進め服の町『ルッセブルフ』を目指す。道中は相変わらずに魔獣の襲撃も無く、長閑な陽気とPTメンバーの緩い雰囲気も相まって和気藹々と旅する姿は傍目に見ればどこか牧歌的な雰囲気を醸し出していた。
そんな雰囲気を苦手とするルブラン・メルクロワは口を真一文字に結び、心ばかりの抵抗を見せていたのだが、ルブランのそんな姿ににんまりと笑った定臣が例のごとく悪癖を発動させ、現在では一番騒々しく奇声を上げていたりする。
そんな二人の背後、姉であるエレシに頭を撫でられながらも慣れた様子でその隣を歩いていたポレフ・レイヴァルヴァンは王城を出立して以来、どこか落ち着かない様子でちらちらと右へ左へと視線を這わせていた。
ポレフの視線の先、右手にはシア・ナイの姿。左手にはエレシを挟みロイエル・サーバトミンの姿がある。
◇
ぶっちゃけどっちも可愛い!
実のところ絶世の美女であるエレシ・レイヴァルヴァンを姉に持つポレフであったが、幼い頃から姉の靴作りの手伝いをしていたため、歳の近い女性と接する機会は皆無であった。
ただでさえ免疫がないというのに、突然訪れた機会にして同行することになった二人の少女は〝美少女〟と称して間違いない容姿を兼ね備えていたのである。年頃の男の子であるポレフが浮き足立つのも仕方のないことだった。
『うわー。引くわー。ちらちらきもいわー』
ぼそりと耳にそんな声が飛び込んでくる。呟きにして心が折れそうな破壊力を孕んだその声の発信源はもちろんシアだった。
「な、なんだよ」
「……」
───ゴスッ
無言で脛を蹴られるのは何度目だろうか。正直、毎回痛いフリをするのがそろそろしんどくなってきた。
とりあえず痛がりながらもシアに視線を向ける。
「あっち向けヴォケ」
怖かったのですぐに反対を向きました。
「ん?どうしたの?」
必然的に視界に飛び込んできたロイエが話しかけてきた。そういえばロイエの姉ちゃんはあの〝ミレイナ・ルイファス〟なんだっけな。
「ロイエの姉ちゃんってさぁ~、どんな人なの?」
それは何気ない質問だった。そもそも出会って間もない人間相手に話題を振る時など、大抵は天気やら景気やら互いの共通点やらの話題を選ぶと相場は決まっている。
そしてロイエと俺の共通点はお互いに姉ちゃんが有名ってことだったんだが……
ロイエの表情が明らかに強張っている。よく見れば僅かにカタカタと震えているようにも見えた。
「どんな人……どんな人……」
しばらく黙り込んだかと思うとぶつぶつとそんなことを呟き始める。そのあまりに真剣な表情はまるで人生最後の決断を迫られているかのような様相を呈していた。
「ぃ、ぃゃ、無理に答えなくていいよ?ロイエ」
「待って!今、大事なところなんだから!……ぶつぶつ……ぶつぶつ」
なにやら怒られた。しかしこの真剣な様子……姉ちゃんが怖いのはロイエも同じみたいだな。
「ぁ~……うん、ロイエわかったからもういいよ」
「ええい!黙らんかっ!今、私が考えておるのだ!」
「ええぇぇぇえ!?なにその声色!?なにその声色!?」
「……ぇ?……ぁ~ごめんごめん。ちょっと姉さまになってた」
「そ、そうなんだ」
この子もちょっと変わってる……のか?
「それでさっきの答えなんだけど」
「うん」
「お姉さまはお姉さまなのよ。どんな人って言われてもミレイナ・ルイファスがお姉さまであって、お姉さまがミレイナ・ルイファス。
僕にとってそれがすべてだわ」
嬉しそうにそう言い放ったロイエの表情はとてもにこやかで……その……
「可愛い」
「へ?」
「ぁ……あぁああ!なんでもない!なんでもない!
確かにそうだよな!俺にとっても姉ちゃんは姉ちゃんだ!」
「うん!そうね!僕はお姉さまのことが大好きだわ!もちろん尊敬しているし!」
「俺も俺も!」
『気が合いそうね♪よろしくね♪』そんな言葉を期待するのはいけないことでしたか……
いや、恐らくは何もなければそんな言葉をロイエは言ってくれてたはずなんだ。
そう───
〝何もなければ〟
現在、俺の目線の高さは普段の三割り増し。眼下にはロイエとシアの姿。二人ともなんとも言えない微妙な顔つきで俺を見上げてきている。
そして───
『ポレフ!私もあなたのことが大好きですよ♪♪』
間近には姉ちゃんの顔。先程の発言から一秒未満の速度でものの見事に抱き上げられた俺は、例のごとく熱い抱擁を見舞われていた。
「は、離して姉ちゃん……」
「あらあら♪別に照れなくても良いのですよ♪」
「ちが……」
慌てて眼下の二人に視線を送る。するとロイエは相変わらず困ったような顔つきで、シアは既にいつもの無表情に戻っていた。しかし無表情にも関わらずシアの視線が妙に痛い。恐らくは呪い的ななにかを視線に込めているに違いない。
目が合ったシアの口元がぱくぱくと動いている。何かを俺に伝えたいらしいと察した俺はその口の動きから音声を読み取っていく。
〝し〟 〝ね〟
「ちょ!」
相変わらずに厳しかった。
「ポ、ポレフの好きってそっちの好きだったんだぁ……」
追い討ちのようにロイエがそう呟いたのを俺は見逃さなかった。そしてそれを『もちろんそうです♪』などとにこやかに肯定した姉ちゃんを更に俺は見逃さなかった。
「もう……やだああああああああ!!!」
こうして俺は、僅かに仲良くなれたと思っていたシアとロイエの二人からものの見事に嫌われましたとさ。
「って嫌わないでよ!?」
「な、なにが?べ、別に嫌ってないよ?……ちょっと。若干。僅かに。とても引いたくらいだわ」
「結局、引いてるんですよね!?」
「あ、あはは、大丈夫だわ」
「私は引いた。もうドン引き。(ぼそっ)」
「うわあああああん!」
「あらあら♪ポレフ、随分と打ち解けることが出来たようですね♪
二人共、うちの弟と仲良くしてあげて下さいね♪」
先程の二人の呟きは姉ちゃんの耳には何故か届いていなかったらしく、相変わらずに朗らかな笑顔で姉ちゃんは二人にそう言った。
それにロイエは
「うん、エレシ!わかったわ!」
と満面の笑みで答え。
シアは
「はい♪お姉様♪とても嬉しいです♪」
などとのたまいやがった。
お前、誰だよ!などというつっこみはこの際、置いておく。
「仲良くなれて嬉しいわ♪ポ・レ・フ♪」
「いやお前誰だよ!!」
心の底からつっこんだ。
◇
そんな感じで他愛もないやりとりを交わしつつも、俺達はひたすら西へと進んでいった。そしてその日の夕方頃、先頭を歩いていた定臣が突然、驚いたような声を上げた。
「ないわーーー!アレはないわーーー!」
「う~む……噂には聞いていたのだが……」
それにルブランが困ったように続く。
「どうしたの?二人とも……げっ!」
不思議に思ったロイエが定臣の隣まで歩いていき、二人の視線の先を確認するとそんな声を上げた。さすがに気になったので俺も二人の視線の先を確認する。するとそこには───
「あはは!あはははは!!」
思わず爆笑してしまった。
もはやラナクロアの常識の一つにして、ルッセブルフの観光名所として名高いその建造物は各々の心を様々な形で鷲掴みにし、良い意味でも悪い意味でも記憶の片隅に鮮明に居座るという。
その建造物の名は〝クレハ・ザ・ビューティー〟
そう、クレハ・ラナトスの巨大な像である。
派手好きな彼が故郷に錦を飾る意味合いも込めて、ド派手に建造したその像には当然のことながら様々な逸話が存在するのだが、中でも夕暮れと共に発動する魔法効果によるライトアップは見る者を圧巻させるとして、なかなかに悪評高いものだった。
その瞬間をものの見事に目の当たりにした定臣とルブランの反応が先程のものである。
しかしながら〝不気味〟として悪評高いそのライトアップも、夜の闇を照らし出す灯台的な役割を立派に果たしているため、建造当初から評判は決してよくはないものの撤去には至らず、現在ではルッセブルフの顔の一つとして世界に名を馳せている始末だった。
〝クレハが見えたらルッセブルフが近い〟
それはラナクロアを旅するものの常識の一つであり、実際に目の当たりにした者は生涯それを忘れることがないと口々にそう言う。
いつもは事前に必要な事柄を定臣に伝えるエレシが、悪戯心から定臣の反応見たさにそのことを黙っていたことは背後でクスクスと笑う、エレシの姿を見れば疑いようがないことだった。
「なに?なんでエレシ笑ってんの?」
ルッセブルフに到着する寸前、定臣がまぬけにそんなことを呟いたとか呟いてないとか。
◇
不気味なクレハの巨像がにこやかに出迎えてくれればそこは服の町『ルッセブルフ』。
かつては落ち着きを払ったお洒落な景観を売りにしていたその町は昼の顔はそのままに、夜になると実に色鮮やかな魔法によるライトアップが施され、もう一つの顔を覗かせるようになっていた。
ルッセブルフの夜の顔を見事に仕立てあげたのは、もちろんあの人〝クレハ・ラナトス〟である。
古き良きものは良きままに、そしてそれに固執せずに良いものは何でも取り入れていく彼の姿勢は保守派の多かったルッセブルフの住人達をすぐに感化し、この町の発展に大いに貢献していった。
『なにも服の町だからってぇ~服以外が駄目ってわけじゃないだろうよ~?』
彼のその言葉をスローガンに、そして彼のサキュリアスを軸に新たに展開されたその事業は、サキュリアスが大量に抱え込む傭兵やそれを目指す若者達のニーズに見事にマッチし、すぐに軌道に乗り成功を収めていた。
「なんかここ、旅行パンフで見たベガスみたいだなぁ」
町に入るなり、そう呟いたのは定臣だった。
そう───クレハ・ラナトスが故郷の繁栄のために新たに立ち上げた事業とは若者をターゲットにしたカジノである。そしてクレハ・ザ・ビューティーの点灯を合図に毎夜、開店されるそのカジノを軸に展開された様々なサービス店はものの見事に顧客のニーズに対応しており、若者のハートを今も尚、鷲掴みにして離さない。
「カジノとかリアルに初めて見たよ」
そう呟くと定臣は景観を楽しむべく、ルッセブルフの町並みに視線を這わせていく。
ピンクを基調にした魔法効果によるイルミネーションは蛍光灯と大差がないように感じられ、人工ながらに見る者にささやかな感動を与えてくれる。そしてその景観を後押しするかのようにどこからともなくトランペットのような音色が響きBGMの役割を買って出ていた。
「なんかここ、首都より栄えてない?」
思わずそう言い放った定臣の視線の先には酒樽を囲み、軽快なダンスを踊る若者達の姿があった。その奥に見える大通りには、色鮮やかな装飾が施されたメヘ車がゆっくりと光の粒子を撒きながら進んでいるのが見える。そしてそれをうっとりとした表情で手を取り合って眺めているカップルの姿が複数、見受けられた。
「ふふ、この町をこうしたのはクレハ様ですよ♪」
相変わらずに朗らかに定臣が理解しやすいように、そっと説明を付け加えたのはやはりエレシだった。
「あぁ~……ぽいね……見るからにぽい」
エレシの説明に〝この派手さは奴の仕業で間違いない〟と定臣は妙に得心がいった様子で大きく頷く、その隣では何故かポレフも腕を組みそれを真似て頷いていた。
「ポレフはここ、来たことあんの?」
「ないぜ!俺はレイフキッザから出たことなかったからなっ!」
「僕もないわ!」
「私もここは初めて来たと思いなさい」
「……私も」
ポレフに質問した定臣にエレシ以外の女性陣が三者三様に答える。ここまでの旅路で定臣はリーダーであるポレフ以上にPTメンバーと打ち解けることに成功していた。
無自覚に人と打ち解けていく定臣のそんな姿を間近で見てきたポレフは素直に尊敬し、少しでも自分もそうなれるようにと定臣の一挙一動をじっと観察する。定臣の仕草を真似てみせたのはそんなポレフが無自覚に出した一つの結論だった。
そしてそんなポレフの姿をエレシはただ優しく見つめている。それがここまでの旅路で自然と形成されたこのPTの在り方だった。
◇
『うっそ!エレシじゃんあれ!』
その一声にほのぼのとした一行の雰囲気は突如として乱されることとなった。
大声で驚嘆の声を上げた一人の若者を中心にぞろぞろと、同じような格好をした若者達が集まり始める。そして瞬く間に定臣達を円陣を組むようにして若者達が取り囲んでいった。
『うっそ!モノホンじゃ~ん!』
『まじかよ!う~わ、超美人じゃん』
『お持ち帰りけって~い!』
『へいへいあざごす!』
若干、一名呂律がおかしいのが混ざっていた気もするが、酔っ払いにありがちな安易すぎる展開が一行に襲いかかったのである。そしてそんな展開に最も過敏に、そして過剰に反応してしまうのはやはりこの人───
───チャキ
「殺るか」
「待った!待った!ルブルブ!」
背中に携えた大戦斧の柄を力強く握り締めたルブランを力強く定臣が制止する。
「兄ちゃん達さ~、お酒は綺麗に飲もうよ!」
そんな定臣を尻目に今度はポレフが若者達の前に歩み出た。
しかしながら歳に見合わないその勇敢な姿も、酒の入った血の気の多い輩相手では悪い意味で刺激的なだけである。
『んだよガキ!ガキはお家でおねんねの時間だろうがよっ!』
案の定、勢いづいた一人の若者がポレフの胸ぐらを掴み、そう口走る。
「エレシストップ!!」
若者がポレフの胸ぐらを掴んだのと、定臣がそう叫んだのはほぼ同時のことだった。
定臣の視線の先には小刻みに震えるエレシの姿。そしてエレシが放つは周囲の空気を凍てつかせる冷気。その身体に纏うは灼熱の怒気。そして久しく炸裂したのは〝にっこり絶対零度〟の瞳だった。
ポレフの胸ぐらを掴んだ哀れなその若者は『ぴっ!?』などと擬音を発した直後に硬直し、自身の中の時を停止してしまった。
「定臣様、何故止めるのですか?」
「ぃゃぃゃぃゃ、止めないと相手死んでたから!」
「……それがなにか?」
「いえ!なにもありません!」
怒ったエレシに対して定臣はあまりに無力だった。
しかしながらこのまま放置すると、なにやら大変なことになりそうだと定臣は状況を打破すべく周囲に視線を這わせる。
まず目に飛び込んできたのは無表情に周囲の若者をぼんやりと眺めているシアの姿だった。よく見ればその口元はなにやらぶつぶつと言葉を紡いでいる。
「…………ぃ……ね」
聞き耳をたててみる。
「うざい死ねうざい死ねうざい死ねうざい死ねうざい死ねうざい死ね」
怖かった。
そして次に視界に飛び込んできたのは、おろおろと右へ左へ歩きまわるロイエの姿だった。その姿を見た定臣は何かを思いついたように、ぽんと手の平を打つ。
そして爽やかな笑顔を作ると───
「ロイエその人達、悪酔いしてるみたいだから……〝回復〟してあげて」
軽やかにそう言い放った。
「うん!わかったわ!」
そう言うとロイエルが手をかざす。それを若者達が首を傾げながら見下ろす。
そして次の瞬間───
───チュドーン!
この日の夜、ルッセブルフの町はいつも以上に光輝くこととなった。
言うまでもなく、最も残酷だったのは天使、川篠定臣。その人である。
◆
世間の見方ってのは時にこっちの事情などお構いなしに理不尽だったりする。
例えば車が歩行者を跳ねた時、歩行者側にどれだけ非があろうが大抵は車側が悪いことになる。それは歩行者側が自殺志願者だったとして、車側が明らかにそのために利用されていたとしても決して変わることがない不文律だ。
いつの時代。いつの場所においても強者は悪者にされやすく、そしてその強者を裁くのは更なる強者だ。
まぁ、なんだ……なにがいいたいのかと言うと───
───ダンッ!
『まったく!!街中でいきなり魔術をぶっぱなすったぁどういうことでぃ!』
現在、俺達は交番的な場所に連れ込まれ、これまた町のお巡りさん的なおっさんになかなかに絞られていたりする。要するに酔っ払いにからまれたあの場において強者であり、車的立ち位置だったのが俺達。そして弱者であり歩行者的立ち位置だったのがロイエの魔術によって戦々恐々と逃げ出していったあの酔っ払い達だったってわけだ。
───ダンッ!
ってうっさいなぁ。さっきから何回、机叩いてんだよこのおっさん。唾飛ばすし。
『いいか!俺ぁ別に降りかかる火の粉を払うなって言ってるわけじゃね~んだ!
そりゃ……おめぇ、天下のエレシ・レイヴァルヴァンがいりゃ~若ぇのも浮き足立つってもんだろうがよっ!』
そう言うとおっさんはエレシの方ににへらっと情けない笑顔を向けると軽く会釈する。そんなおっさんを俺を含めた他のメンバーはなんとも言えない微妙な顔つきで黙って見守っている。
ちなみにおっさんがこの顔つきになっている時に何か喋ろうものならば、吐き出される唾、三割増で怒鳴られることは先程から部屋の隅っこでいじいじと小さくなっているロイエが証明済みだ。
そんなわけでおっさんの怒りのボルテージが上がりきる寸前にエレシの存在が緩衝材的な役割を果たすために、この説教はなかなかに山場を迎えず、なんとも言えないぐだぐだな拘束状態が延々と続いていた。
『だがいけねぇ……』
きた。これで五回目の『だがいけねぇ……』の件だ。
要するにおっさんが言いたいのは〝あれ〟は正当防衛じゃなく過剰防衛だったと。そして公共物を破損したのはまずかったと。そういう事らしいのだが……
いつも通りの笑顔で弁償する旨を伝えたエレシに対しておっさんが言った言葉は『金払えばいいってもんじゃね~!』的な内容。更にそこから語られたのは『最近の若いもんは』で始まる人情道。恐らく、求められているのは誠意ある反省なのだろうけども。
『うむ……まぁその……天下のエレシ・レイヴァルヴァンが変装も無しってのは……ねぇ?』
威厳溢れる態度で語られた人情道も、おっさんのこのエレシに対するデレっぷりを見ると台無しというものである。そんなわけで真摯な態度でおっさんの苦言を聞き入れようとする者はこの場には存在せず……
『そこの金髪!お前の態度が一番気にいらねぇ!』
「俺!?」
『おめぇだ!おめぇ!綺麗な顔立ちで〝俺〟とか言ってんじゃね~ぞったく!』
「ついでに因縁つけられたよ!?」
『おめ!因縁っておめ!怒られてるって自覚あんのかおめ!』
「エレシにデレながら怒られても困る!」
『おめ!……そりゃおめ……しょ~がねぇだろうよ』
しょうがないらしい。
「う~む」
一体、このおっさんは何がしたいのか。出来る事ならば今すぐに解放して欲しいものなのだが……
そんなことを思いつつ顎に手を当て、他のメンバーに視線を送ってみる。
見れば勇者候補にしてPTのリーダー、ポレフ・レイヴァルヴァンは先程からロイエの肩に手を置いて慰めているし、その姉であるエレシは困り顔でおっさんの話に合わせて頷いている。困りながらも笑顔を絶やさない辺りはさすがといえるだろう。
そして化け物の二つ名で呼ばれていた純情ルブルブはというと〝こちら側に非は無い〟として拘束されて以来、おっさんを無視し続け、壁を背に腕を組んで佇んでいる。言うまでもなくルブルブのこの態度の悪さがおっさんの怒りに拍車をかけていたりする。
そこで気が付いた。
あれ?そういえばシアは……?
───と。
───シア・ナイ。
とりあえず可愛いので色々とあるつっこみ所を放置してきたこの子だが、ここまでの旅路である程度の人柄は把握した。
綺麗な銀髪はエレシよりも若干、青みがかり、雪のような白い肌に宝石を彷彿とさせる大きな翠の瞳。そしてその綺麗な見た目とは裏腹に無機質な表情からは、まるで彼女が人形であるかのような錯覚を覚える。
だが実際は違う。大きく違う。
初めてポレフを蹴っ飛ばすその姿を目撃した時は、我が目を疑うと共に思わず〝見なかったこと〟にしたりもしたのだが、それからもエレシの目を掻い潜りひたすらポレフの脛を蹴り続けるその姿に俺のシアに対する印象は大きく変えられることとなった。
そう、このシア・ナイは人によって態度を〝選ぶ〟強かさを持ち合わせた小悪魔だったのだ。
そしてそのシア・ナイはというと───
俺の正面。つまるところのおっさんの真後ろに控えていた。しかしながらただ控えているだけではない。何故か蹲るように屈んだ彼女のその手には指鉄砲の構え。そしてその口はニヤリと釣りあがり、珍しく感情を訴え出ていた。
そして次の瞬間───
『まさむねっ!!』
何故か日本の名刀の名を綺麗な声色で紡ぐと、ぴょこたんと跳ね上がりおっさんの尻に指鉄砲をざっくりと突き刺した。
───唖然とする周囲。
───青褪めるおっさん。
「……え~と?」
俺がようやくそう声を出せたのは、おっさんが『ぬらばっ!?』などと奇声を発しながら気絶し、地べたに横たわった姿をじっくり観賞し終えて数秒経ってからのことだった。
「ってシア!おっさんにいきなりカンチョ『違う。正宗。』
そうか。正宗か。そうかわかった。
それにしてもエレシのおろおろっぷりが見ていてなかなかにおもしろい。ルブルブは親指をびっと立てて『よくやったと思いなさい』などと喜んでいるし、ポレフに関しては『正宗怖いよ正宗』などとぶつぶつ言いながら指差して震えてるし、ロイエはロイエで落ち込んだまま事態の急変ぶりに気がついていなかったりする。
そんな皆の様子を眺めながら俺は思ったね。シアは只者ではないな───と。