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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
32/57

ポレフの武器 I

 ■



 

 ───翌日。


 〝ラナクロア初の勇者誕生する〟


 この一報は瞬く間にラナクロア中を駆け巡った。

 

 その知らせに民達は様々な反応を見せる。なんとか取り入って同行者に加えてもらおうとする者。〝勇者〟に乗じて早くも商売を始める者。一目見ようと〝勇者〟の今後の動向を探る者。

 それぞれがそれぞれの思惑を抱きつつも、ラナクロアの民達は一様に〝勇者〟の誕生を喜んでいた。


 そもそも今ではすっかりと民の関心事となった〝勇者〟という存在ではあったものの、公募開始当初は〝勇者〟などという単語はあまり浸透しておらず、仮に資格を得ようとも民達にとっては〝少しばかり腕が立つ傭兵〟程度の認識であった。


 そんな中、あれ程までに応募が殺到したのは実のところ、またしてもというかなんというか裏で糸を引く存在があったからに他ならないのである。


 まず恐るべきは〝勇者支援〟と称してサキュリアス提供にて贈与される仕度金の額だった。

 ドリームジャンボ真っ青なその大金を手にできるのは先着一名。それはラナクロア初の勇者へと贈与される。

 サキュリアス各支社に点在する〝魔示板〟でそう発表されたことによって一気に民の間に〝勇者〟という単語は浸透し、そしてその選抜試験への関心は高まっていった。


 ───期は熟した。


 民の関心が大いに高まりを見せたその時を見計らい、エドラルザ王国より次の発表が成される。

 その〝それ〟こそがエドラルザが〝勇者〟に寄せる期待を民へと知らしめる決定打となった。


 まず民を驚かせたのは〝勇者PTにおける魔法制限の解除〟である。それはすなわち、もろもろの大人の事情により、なにかと制限の多い便利魔法を自由自在に行使することを許すというもの。

 

 死刑に縛られた法律によって、それらを厳重に制限されている民にとって〝それ〟はとてつもない優遇措置であり、それと共になかなかに魅力的なものであった。


 それに加え、とどめとばかりに発表された王国からの支援内容に、またしても民は驚愕することとなるのだが、それはまた別のお話である。


 〝勇者になれば富と名声を得ることができる〟

 

 そうして煽りに煽られた関心は否応にも注目を集めた。そんな中、サキュリアス各支店で最初の課題が中継されることによって、その活躍をまざまざと民に見せ付け、いよいよ歴史の表舞台へと躍り出てきたのがオルティス・クライシスその人である。


 ただでさえ注目の的であった彼が無事に〝勇者〟となり、その脇を固めるメンバーは誰もが〝伝説〟を持つ者ばかり。計らずとも、なんともわかり易い形でオルティスは勇者の勇者たる型を民に見せ付けることに成功したのである。─── 尤も、計らずとも謀ったわけではあるが。


 公式に〝勇者〟となったオルティスとその一行は早速、国王の計らいにより祝典とお披露目の意味も兼ねて城下町をパレードを引き連れ闊歩する。


 元々、派手好きが集うオルティス一行である。サキュリアスが演出を全面的に後押ししたことも重なり、パレードは王国史上稀にみる賑わいを博し好評の内に幕を閉じることとなった。


 勇者、オルティスの険の無い爽やかなその笑顔はたちまちに黄色い声援の的となり、その勇者然とした立ち振る舞いにラナクロアの民達は誰しもが未来に希望を抱いた───


 一方その頃。


 候補者でありながらいまだに合格する目処すら立たず、王城を追い出される形で外に出されたポレフPTの面々は各々に会話を交わしながら隣町である服の町『ルッセブルフ』を目指していた。


 ちなみにこの目的地であるが、旅の仕度を整えるにも城下町はパレードで混むことが予想されるとエレシが言い、それに加えてすぐにでもシイラに向いたいと定臣が訴え、それならばとりあえずはエドラルザとシイラの間にあるルッセブルフに向おうとポレフが決断したことによって定められた経緯である。

 

 ルッセブルフはあのクレハ・ラナトスの故郷であり、サキュリアス本社があるのもそこであるなどと豆知識を与えられながら定臣はポレフ達と共に西へと歩みを進める。

 ルッセブルフは既に城壁に囲まれており、エドラルザからは城壁の内側を移動する旅になるため魔獣の襲撃は一切無く、その旅路は一行にとって改めて城壁の偉大さを知る良い機会となった。


 時刻が昼に差し掛かる頃、エレシの提案で一行は小休止をとることとなった。

 丁度良い木陰を見つけ、各々が適当に座っていく。PTのそんな様子をにこにこと眺めながらエレシは一人一人にビー玉大の球体を手渡していった。


 レイフキッザにてエレシが大量に買い込んでいた料理はとても好評で、昨晩にも振舞われたこともあり、その中身を知る皆は嬉々としてそれを受け取っていくのだった。


 和気藹々と食事をとるポレフ一行。エレシに振舞われた〝謎の食事〟に舌鼓を打ちつつも、定臣はシイラで待たせているマリダリフに思いを馳せ、謝罪を込めたその第一声を思案していた。




 ◆




 いやぁ……正直、待たせ過ぎた。


 マリダリフと別れてから既に六日が過ぎ去っている。流れ者の傭兵である彼が一箇所に留まり続け、今も自分を待ってくれているという保障は無いにしろ、とりあえずは待ち合わせ場所に顔を見せるのが筋というものである。


 怒ってるだろうなぁ……

 

 とりあえず『ごめん!待った?』あたりでいいか……


 いや、これだと恋人だろ!


 マリダリフには何気に結婚を申し込まれていたりする。言動には気を配るべきだろう。なんたって〝ら〟とか〝せ〟とか〝つ〟とか名前に付く奴が前例にいるわけだしな……


 にしても───


 もぐもぐもぐ


 うんまいなぁ!これ!


 今、俺が手にしているのはエレシさん提供の謎料理第二弾。気になるその見た目は、なにやら青い鳥肉っぽいのに赤い星模様の斑点が散りばめられた、なんともアレな感じな料理である。


 しかし相変わらずにその見た目を裏切ってうまいうまい。にしてもエレシの選ぶ料理はなんだってこう見た目が……


 カルケイオスやエドラルザで振舞われた料理を思い出してみる。名前のわからない食材がいくつか入ってはいたものの、その見た目はどれも嫌悪感を抱く程ではなく、地球のものと比べてもさして違和感を覚える程のものではなかった。


 まぁ……いいか!うまいし!


『とってもおいしいわ!ありがとう!エレシ!』


 ふと、ロイエの声が耳に飛び込んできた。


 声に視線を送ると、そこにはピョコタンと跳ねながらエレシに喜びを伝えているロイエの姿。その背後には木に背を預け、腕を組んで遠巻きにそんな二人の様子を伺っているルブルブの姿も見える。


 やれやれロイエよ。昨日の落ち込みぶりはどこへいった?


 その姿に思わずそう問いかけたくなったのも無理のない話である。

 なんせ昨日のロイエはひどかった。姐さんの宣告により、真っ白に燃え尽きたと言わんばかりに魂を手放した豆暴走特急様は話しかけても反応はないわ、手を引いて移動させようとすればそのまま軟体動物のごとく、だらりと崩れ落ちるわ、挙句の果てに辿りついた部屋では隅っこでシクシクとその有り余ってないサイズをさらに縮めて収納スペースに貢献し続けるわと、見るも無残な姿で落ち込み続けていたのである。


『お茶、いかがですか?』


 それを一発で立ち直らせたのがエレシのこの一言だった。いや、むしろエレシだった。


 紅茶っぽいその飲み物のいい匂いに絆されたのか、僅かばかりに帰還したロイエは虚ろな瞳をエレシに送った。そして直後にぴょこたんと跳ね上がったのである。


『エレシ・レイヴァルヴァン!?』


 謁見の間からずっと一緒だったろうにと、ささやかに頭の中でつっこみつつも俺はそれを傍観した。


 はしゃぐロイエが口走った内容を整理してみると、マイスターとして名を馳せているエレシはその風貌も相まって、このラナクロアにおいてアイドル的な位置にいるらしく、若い女性の憧れの的なのだという。


 なるほど。街中でいきなり憧れのアイドルが目の前に現れればはしゃぐ気もわからんでもない。

 しかしなロイエよ。エレシはずっとお前の隣を歩いていたんだぞ?むしろ俺の反対側、お前の左手を引っ張ってこの部屋まで連れて来てくれたのはエレシだったんだ。それを今更……


 にしてもやかましかった。『あらあら』などと微笑んでいるエレシに対して、そこからはずっとロイエのターンってやつだった。そして俺は騒ぎ続けるロイエに呆れてルブルブとでも交流を深めようかと試みたわけなんだが……


『あ、ああああれは!その!やはりエレシ・レイヴァルヴァンで間違いないか!?』


 振り返った先ではルブルブがこんな具合になっていた。


「そうだけどさ、ルブルブ。謁見の間からずっと一緒にいただろ?」


「ま、間違っていたら恥かしいじゃないか!」


 やだなにこの子、可愛い。 

 

 もちろんその後、おちょくって遊びましたとさ。


 まぁそんな具合でロイエは立ち直り、ルブルブと若干仲良くなったりしつつ夜は更けていったわけだが……


 なんというか女、三つで姦しい(かしましい)とはよく言ったものである。エレシブランドについてキャピキャピと語り合う三人にはまったくもってついていく事が出来なかった。


 いやぁ……やっぱり女の子ってブランド物に弱いんだなぁ




 ◇




 定臣がエレシとロイエルを眺めつつ、ぼんやりと昨晩のことを思い出しているその頃、珍しくエレシから少し離れた場所に陣取ったポレフは一人、首を傾げながら食事をとっていた。


  


 ◇




 朝、起きると定臣がいた。ロイエルがいた。ルブランがいた。


 というか第二の課題が既に終了していた。しかも知らない間に通過してた。


 幼い頃から周囲の時間に自分が置き去りにされているような感覚はあった。

 〝氷の日〟と〝火の日〟の間に〝土の日〟なる曜日が存在しているのを知ったのはいつの頃だっただろうか。


 週に一度。丸一日中、眠り続ける日が存在している。そんな嘘のような本当の話を当たり前のように信じたのは〝風の日〟に眠り続ける姉ちゃんの姿を見てきたからだった。


 どうやら〝うち〟の家系は親父の代からそうらしいのだ。中でも俺は特にひどいらしく、頑張れば〝風の日〟でも起きていられる姉ちゃんに比べ、何があっても起きることがないらしい。


 だから〝火の日〟の朝には姉ちゃんに前日あったことを教えてもらう習慣がいつしかついていた。

逆に〝雷の日〟の朝には俺が姉ちゃんに前日あったことを教える。そうやって二人で今まで暮らしてきたんだけれど。


『なに?元気ない』


 なんとなく一人で考え事をしていた俺にシアが声をかけてきた。どうやら俺は元気がないように見えたらしい。


「いや、別にそんなことないよ?」


「嘘」


「いや……う~ん、なんか知らない間に話が進んじゃったなぁって」


「嘘をついてたポレフ・レイヴァルヴァンは死ねばいい」


「ちょ!シア、いきなり死ねとかひどいよ?」


「また呼び捨て。慣れ慣れしい」


「シアさん?」


「余所余所しい」


「シア様?」


「そんなに偉くない」


「シアちゃん?」


「殺す」


「シアぽん?」


「二回殺す」


「じゃ~なんて呼べばいいんだよ!」


「……やっぱりシアでいい」


 そう呟いたシアの顔は相変わらずに無表情で感情が読み取りにくく、その表情からはどうにも冷たい印象を与えられる。しかしこのシアという子は、こちらが勝手に抱くそういった印象をことごとく打ち砕いてくれるのだ。


「そっか、じゃシアで!」


「呼び捨てにするな馬鹿」


 ほら、このように。


 ……って泣いていいですかね?


 この二日間……実質的には三日間になるんだが俺はどうもこのシアという人間が掴みきれていなかった。何故か俺についてくると言い、かといって好意的というわけでもなく、しかしながら避けられているというわけでもない。


 そして何よりも───


「聞いてるか?話を聞いてないポレフ・レイヴァルヴァンは死ねばいいと思う」


 俺に対してだけなんでこんなに毒舌なんだあああああああ!!


 姉ちゃんに対しては猫撫で声で『お姉様♪』と朗らかな笑顔で言い、じゃあ他のメンバーにはどうなんだと言えば、ロイエには歳も近いこともあってか既に仲良しの友達のように接し、ルブランに対しては丁寧な敬語を使い、定臣に対してなんかまるで仲の良い姉妹のようにしか見えない程に心を許している。


「納得いかね~!」


「なにが?」


「シアって俺のこと嫌いなの?」


「そんなことない」


「俺にだけなんか毒舌だし」


「被害妄想うざっ」


「ちょ!それだよ!そ・れ!」


「唾飛ばすなキモイ」


「泣いていいですかね!?」


「……ん、元気でたみたいだし。そろそろ行く」


「え?」


 シアはどうやら俺を気にかけてくれていたらしい。そう言われるまでそれに気がつかなかった俺は、少し恥かしくなり慌ててシアにお礼を言った。


「ありがとな!シア!」


 シアはそんな俺に振り返り、飛び切りの笑顔を披露し、そして───


「キモイ、死ね」


 ぼそりとそう呟いた。


「……にゃろう」


 なんというか笑顔が可愛かっただけに落差で余計にダメージが……


 あまりのショックに思わず地面に両手をついてしばらくうな垂れてみる。すると今度はルブランが俺の所へやって来た。


「少年、どうかしたか?」


「俺は子供じゃね~って……」


 力無くそう返答するとゆっくりと立ち上がる。相変わらず無礼にそう返答してはみたものの、鎧の映えるルブランの騎士然としたその立ち振る舞いに自然と緊張感を与えられ、思わず背筋を伸ばす。


 そんなポレフに名乗りを交わして以来、ずっと見定めるような視線を送り続けていたルブランは、相変わらずに甲冑の下の瞳を鋭く煌かせていた。


「少年。一つ質問をする。速やかに答えなさい」


「お、おう!」


 基本口調が命令形なルブランに対し、些か苦手意識を覚えつつもポレフは懸命に取り繕う。そんなポレフなどお構い無しにルブランは出会って以来、自身が抱いていた疑問を投げかけた。


『どうして〝君〟がこのPTのリーダーなのだ?』


 それは至極当然の疑問だった。

 

 しかしルブランのその問いが余程に意外なことだったのか質問をぶつけられた当人、つまるところの勇者候補、ポレフ・レイヴァルヴァンはその表情を驚愕の色に染め彼女を見上げながら茫然と立ち尽くしていた。


 


 ◇


 


 一体どうしたというのだ……

 

 私の目にはこのポレフ・レイヴァルヴァンという少年は〝どこにでもいる普通の少年〟にしか見えない。

 聞くところによると最初の課題では〝勇者オルティス〟に圧倒され、打ち倒されたものの〝たまたま〟起き上がれたというだけで通過したのだという。次の課題に至ってはミレイナ・ルイファスの力添え無しには合格など有り得なかったし、肝心の張本人は課題が提示されて通過するまでずっと眠り続けていたというではないか。


 それだけでも納得がいかないというのに……


 勇者候補、ポレフ・レイヴァルヴァンの脇を固めるメンバ-に順に視線を送る。最初に目に飛び込んできたのはエレシの姿だった。


 ───エレシ・レイヴァルヴァン。


 このPTでまず筆頭に挙げるべきはポレフの姉である彼女だろう。

 マイスターとしても高名な彼女は当然、魔術の腕も優れている。そしてその知名度はマイスターとしてのものだけに留まらず幅広い分野での支持を集め、既にラナクロア中の人に知れ渡っており、皆から愛されていると言っても過言ではない。

 

 そんな彼女が勇者候補として名乗りを挙げるのならばまだ納得がいくのだが……


 そのエレシが頑としてポレフ少年を勇者として推している。当初は姉の七光りのせいで皆が渋々、この少年をリーダーとして認めているのかとも思ったのだがどうやらそれも違うようだ。


 次にルブランが視線を送ったのはサダオミ・カワシノその人だった。


 ルブランが視界に捉えた定臣は丁度、ロイエルとシアの頭をとびきりの笑顔でわしゃわしゃと撫で回しているところだった。


 やれやれ……なんなのだあいつは……


 ───サダオミ・カワシノ。


 あの緩い雰囲気はどうにも慣れない。あいつは自分とは対極にいる人間なのだと理解するほかにないようだ……しかし───


 ルブランは自身が定臣に敗れ去った時のことを思い出していた。


 その流れるような剣技は緩やかで、それでいて力強くもあり、まるで舞っているかのような印象を受けたことは記憶に新しい。なによりも自分が敗れ去ったその瞬間に理解が追いつかなかったのは奴が初めてである。もっとも、自分を敗った人間など定臣のほかには〝ニー様〟以外、存在しないわけではあるが。


 それ程までに強い奴の口からも、この少年がこのPTのリーダーであると聞かされたのだ。自分のその疑問が膨らむのも当然のことである。


 そして次にルブランは定臣の脇に控える二人の少女へと視線を送る。

 

 ───シア・ナイ。


 どこか不思議な雰囲気を纏っているその少女は、自分とロイエが同行することが決まるより僅かに早くこのPTに合流したのだという。


 ルブランがシアに抱いた第一印象はやはり〝普通の少女〟というものだった。しかしその印象はここまでの旅路で思い直させられることとなった。

 

 ルブランは王国を出立してからここに辿りつくまでの間、エレシの溺愛を掻い潜り、ポレフの脛を力強く蹴り続けていたシアの姿を思い出していた。


 あのエレシ・レイヴァルヴァンに感付かれることなく、ポレフ少年に危害を加えるなど至難の業である。───あの少女、侮りがたし。


 それがルブランがシアに抱いている現在の印象である。もっとも、自分に対しては実に礼儀正しく、朗らかな笑顔で話しかけてくるため、実のところシアに対しては好感をもっているわけではあるが。


 そのシアはポレフ少年が最初の課題を通過した際に、その姿に〝確信めいた閃き〟を覚え、同行を決意したのだという。


 この少年に一体なにがあるというのか。戦闘時になれば豹変するとでもいうのだろうか。


 そう思考を巡らせながらポレフの全体像を再び軽く見渡してはみたものの、自分が見たところではやはりどこにでもいる〝普通の少年〟にしか見えないのである。


 ならば自分と同じ立場に置かれ、同じ疑問を浮かべているであろうロイエはこのポレフ少年のことをどう思っているのか。それを問いただすにはその小さな友人はあまりに楽観的で、そして浅はかだった。


「貴様はあの少年をどう思う?思うままに答えなさい」


 私がロイエにそう尋ねたのは数分前のことだった。それに対する彼女の答えは実に彼女らしく、ありのままの彼女でいてそして彼女だった。


『え?このPTのリーダーなんでしょ?いいんじゃない?サダオミがそう言ってたし。それよりも僕の方が背高いよね?ポレフより。……ぇ?……有り得ないわ!僕の方が高いわ!』


 まったく、それで本当にいいと思っているのだから性質が悪い。背のことはともかく、あの何事も気にしない性格には毎度、毎度悩まされる。


 しかしながら、ロイエはなしにしても他の全員がこの少年のことをリーダーと認めているのは間違いない。


 やはりこの少年にはなにかあるというのか。


 自分が山賊時代、リーダーとは最も強い者が務めるものだった。そして私は望まずして常にリーダーとして君臨していた。……もっとも呼称は〝親分〟ではあったのだが。


 それを打ち砕き、力だけがすべてではないと私を諭してくれたのが他ならぬ〝ニー様〟だった。

 その時のあの方の姿に私は自分に足りない〝何か〟を確かに感じた。だからこそ憎んでいた王国に自ら身を投じたのだ。


 自分の上に立つ者ならばその証を示さねばならない。だからこそ私はこの少年に───


 さて、そろそろ答えを聞けるだろうか。眼下のポレフ少年は、先程の私の質問からぽかんと口を開けたままこちらを見上げてきているわけだが……


「……俺、リーダーだったの!?」


「…………………………………………………ぇ?」


 それはルブランにとって予期せぬ返答だった。


 仮にも〝勇者〟として名乗りを挙げる程の者なのだ。年端のいかぬ子供とはいえその辺りの自覚はあるに違いない。それが彼女が大前提としてリーダーたる者へ求める最低限の〝資質〟だった。


 しかしその大前提はものの見事に覆されたのである。それもこれでもかと言わんばかりのアホ顔をもってして……故にルブランは困惑した。


 国王の命令で同行するとはいえ、肝心の勇者候補には勇者候補然としていてもらわねば格好がつかないというものである。


 それだというのにこの少年は今、なんと言った?


 ルブランはポレフのあまりの自覚の無さに軽い頭痛を覚えながらも、懸命に思考を巡らせる。そしてしばらく額に手を当てると一つの答えに辿りついた。


「も、もう一度言ってくれないか」


 そう、ルブランがこの時、導きだした答えとは『聞き間違いだったらいいのにな!』という見るからに有り得ない希望的観測の元、限りなく現実逃避を試みるというものだった。


 しかしその淡い期待は次の瞬間に、灼熱の海に放り込まれた一粒の氷のごとく消え去ることとなった。


「……俺、リーダーだったの!?」


 このポレフの同じテンポによる同じ台詞によって。


「……………」


 真っ白になって固まるルブラン。対するはアホ顔でそれを見上げるポレフ。なんとも言い難い空気が場を支配していた。そんな中、ルブランは脳細胞をフルに活性化させ、ここに至るまでのことを思い出していた。(※ここから長いルブランのターンです)


 ぇ~……自覚がないって……


 ぃゃ、まずは落ち着こう私。相手は見るからに少年じゃないか少年じゃないか。あれ?なんで今、私は二回同じことを考えた?あぁそうだ。今考えていることが所謂〝大事なこと〟だからなのか。そうか、そうなのか。そもそも〝大事なこと〟などというものは人によって異なるものではないか。では私にとって〝大事なこと〟とは一体なんなのか。


 〝それはニー様よルブラン〟


 なんだ今の声は!?……はっ!?明らかに私の声色だったじゃないか!駄目だ。落ち着け私。自演乙とか誰かが言った気がするが恐らくは気のせいだろう。そう、そもそも私は声に出してなどいない。思考の中で自分の声が聞こえてくるのはどうなのかと小一時間程、脳内の自分に問いただしたい気分ではあるが今はそれよりも〝大事なこと〟があるのではないか。え~となんだっけ、私はなにを考えていたのだ……そう少年だ。ポレフ少年のことだった。そうだな、まずは冷静にポレフ少年のことを自己分析しようではないか。そうだそうしよう。


 1、なんかアホっぽい。


 2、よく寝る。


 3、ボサボサな頭。


 4、チビ。でもロイエの方がチビ。


 5、見るからに弱そう。でも姉は強そう。


 6、やっぱりアホみたい。


 ってろくな奴じゃないではないか!なんなのだこの少年は!大丈夫か?大丈夫であるはずがない!……あぁ陛下、どうして私にこのような任務をお与えになられたのか……待て、悲観している場合ではない。ようやくカルケイオスでの任を終え、〝ニー様〟のお顔を拝見出来るようになったのではないか。ならばこの任務は喜ぶべきではないか。そうだ〝ニー様〟も謁見の間を出てからお声をかけて下さったではないか。そう、確か───


『無事に戻ったか!ルブラン!がははは!いや~突然、カルケイオスへの左遷が決まった時は内心でハラハラしたのだぞ!うむ!お前ならばやり遂げてくれると信じておった!』


 気にかけて下さっていたのだな、あの方は……


 ん?…………〝左遷〟……………?


 おかしいと思っていたのだ!なにか扱いがひどいと思っていたのだ!アレは〝左遷〟だったのか!!……………はぁ、はぁ、はぁ……って話が逸れているではないか。今はさせ……ぐっ……うぅ……〝左遷〟など気にしている場合ではない!……うぅ……いいもん。〝ニー様〟は心配してくれたもん……ってちが~~~う!そう!ポレフ少年だ。この少年のことを考えなければ!そうだ、私はこの少年に一体どうして欲しいのだ?どう在って欲しいのだ?ふむ、この際この少年が〝勇者候補〟であることは一旦忘れようではないか。いや、駄目だ。それを忘れてはそもそも私がこの少年と行動をする意味がないではないか。理由はどうあれこの少年は今の私にとって主……になるのか?って誰に聞いてるのだ私は!いや、違う!こんな少年が私の主であるなど断じて認めん!だいたい弱そうではないか!……む?強さ以外の〝何か〟を求めて私は騎士になったのではなかったのか。ならば強さなど関係ないのではないか……いや、それはやはり違う。〝ニー様〟ですらその〝何か〟を私に伝える前提として一度は力をもってしてこの私を打ち倒したのだ。それはサダオミにも同じく言えること。ならばやはり私は私が認めるだけの力を示さぬ者には従いたくないということか。ならば───


「戦争だ!」


「どうしてそうなったの!?ねぇ、どうしてそうなったの!?」


 眼下のポレフ少年が悲痛な叫び声を上げている。どうやら言葉が少し足りなかったらしい。


「だから戦争だ!」


「意味わかんないからね!?ついていけてないからね!?」 


「何故わからん!私は貴様に納得していない!」


「それを最初から言ってくれてれば理解できてたよ?」


「む……ならば最初からそう言いなさい」


 私がそう言うとポレフ少年は一瞬、何かを諦めたような表情を浮かべた。そして軽く溜息をつくとすぐに持ち直し、今度は何かを悟ったような表情になった。


「ルブラン……いや、ルブランさん」


「貴様が〝さん〟付けとは落ち着かない。今まで通り呼び捨てにしなさい」


「ん、んじゃルブラン。……俺に納得していないっていうのは勇者候補としてってことだよね?」


 そう問いただしてきたポレフ少年は先程までのアホ顔もどこへやら、真剣な眼差しで私をじっと見据えていた。私もその眼差しに応えるようにして甲冑を脱ぎ、居住まいを正した。そして───


「すまないがその通りだ」


 短くそう言い放つ。先制の意味合いを兼ねた私のその言葉には明らかな敵意が込もっていたように思う。年端もいかぬ少年が大の大人、それも騎士である私の敵意に中てられれば恐縮しそうなものではあったのだが。


「俺も自分に納得してない……」


 短く、そして悔しそうに返答したポレフ少年のその言葉には、音量は小さかったものの確かな意思が籠められていた。だからこそ私はこの少年の言葉の続きに興味が湧いた。


「ではどうする?」


 先を促す。するとポレフ少年は拳をぎゅっと握り、力強く私に宣言してきた。


『俺!頑張るよ!ルブラン!それで皆にも自分にも認めてもらう!』


 こういう所……なのかもな。


「ふっ……素直で謙虚なところは認めよう。

 せいぜい努力しなさい。私は簡単には認めない」


 今の時点でまだこの少年に評価は下さない。もちろん認めてはいない。しかしながらもう少しこの少年の未来さきの姿を見てみたい。それが現段階で私がこの少年に下した判断だった。


 そんな私の内心を知ってか知らずかポレフ少年は満面の笑みを浮かべると


「にははは!改めてよろしくな!ルブラン!」


 そう言って握手を求めてきた。


「こういうのはあまり慣れていない」


 そう返答しながらも差し出された小さな手をぎゅっと握る。


 それが───


 私がポレフの仲間になった瞬間だった。

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