エドラルザ IV
■
◇
部屋に戻ったミレイナは、王から半ば強引に借り受けた別の部屋にオルティスを呼び出した。
客室のあるフロアから一層、上の階にあるその部屋は城の中でも身分の高い者が使用することが多く、その性質から特別に強い防音魔法が常にかけられている。
呼び出されたオルティスが扉を通った先には既にミレイナが待機しており、その脚は如何にも彼女らしく組まれ、机の上に投げ出されていた。彼女はオルティスを一瞥すると軽く目を閉じ宣言する。
「さて───採点を始めよう」
「はい……」
短くそう返答したオルティスの身体は見るからに強張っており小刻みに震ている。だがその顔には相変わらず爽やかな笑みを湛えていた。
そんなオルティスの様子などお構いなしに彼女は話を続ける。
「まずは評価できる点だが───」
そう言うと彼女は予めオルティスが裏で描いていた計略をすべて指摘した上で、それらがカルケイオスにもたらした利益を挙げていく。
それはキカ・サミリアス以来の特異体質であるオーネ・ネルビルのカルケイオスへの参入から始まり、オーネを〝研究〟することによって彼女自身が得た新たな知識であり、オーネの〝能力〟がロイエルに向けられ生じた結果であると言い放つ。
オーネの悪意の矛先については、この後に指摘されるであろうマイナス要素として覚悟していたオルティスは、それを評価できる点として挙げられたことに些か疑問を覚えたが、彼女の話を途中で切る様な無謀なことをする気にもなれず、今はただ聞き手に回った。
曰く、オーネの行動によって、保身のために個々の役割を全うに果たせないカルケイオス民を洗い出せたのだと。更にはその際にロイエルに味方した者とロイエルとの間に真の友情が芽生えたのだ、と彼女は柄にもなく一人の姉としての姿を覗かせた。
「しかし───」
声のトーンを落として彼女がそう続ける。僅かに緩んだ彼女の雰囲気に一瞬、安堵したオルティスであったが次の瞬間には再び背筋の凍る思いをすることとなった。
彼女は言う。愛しの妹を標的としたオルティスの策略は誠に遺憾であり、それは如何なる利益をもってしても償える罪ではないと。座る彼女と直立不動でその言葉を聞き続けるオルティスの二人の姿は、差し詰め裁判官と被告の様相を呈していた。
緊迫した雰囲気は時の流れを遅く体感させ、静寂を湛える様に自身の心音がBGMとして聞こえ始めていた。オルティスはそれを聞きながら、そっと拳を握り落ち着きを取り戻す。
そして彼女の審判はいよいよ下される。
「よって君のことは死刑にしようと思うわけだが───」
「それは困ります。僕はこれから勇者として、このラナクロアの未来を救わなければならないのですから」
彼女の判決に対してオルティスは即座にそう宣言する。その言葉からは判決に対する不満の念は一切感じられず、そのことは『目的が果たされたその暁には好きなようにしてもらって構わない』と付け加えられたその言葉が証明していた。
オルティスは彼女をすっと見据えたまま綺麗に一礼する。願わくば今この時は見逃して欲しいと。それをミレイナは『君の台詞はいちいち綺麗すぎて信用ならない』と一度は一刀両断したものの、その言葉と自らが放つ圧倒的な殺気に中てられる中でも、変わらぬオルティスの懸命な姿に興が乗り、僅かに態度を軟化させた。
「ふむ───では一つ質問しよう」
「何でしょう?」
その言葉にようやく頭を上げたオルティスは、笑顔を取り払い真剣な面持ちでそう答える。そんなオルティスを不機嫌そうに眺めながら彼女は一つ鼻を鳴らすと、すくと立ち上がる。
そしておもむろに腕を組み、自身に先刻の謁見の間での凶行を決意させる発端となった〝その〟事件の真相を問いただした。
「東の〝あれ〟は君の仕業で間違いないかね」
「ぇ……東の……?」
オルティスからすれば彼女のその質問は想定の範囲外のことだった。確かに彼女が東へ赴くためにカルケイオスを留守にしたのは把握している。それを期に仕掛けたのだからそれを知っているのは当然のことであったわけだが。
「とぼけるなっ!〝あれ〟をやったのは君だろうと言っている!」
声を荒げるミレイナ・ルイファス。オルティスはそれを両手の平を見せて落ち着くように促すと、彼女のその認識が間違いであることを告げた。
「それは買いかぶり過ぎですよ。ミレイナさん
僕は東へあなたが向ったことを知り、それに便乗して策を発動したにすぎません」
「……なに?……ならば───ぃゃ、まだ早計であるか」
珍しく何かを迷う仕草を見せるミレイナ・ルイファス。そんな彼女の姿に僅かに驚いたものの、オルティスは変わらぬ態度で次の彼女の言葉を待った。
そして次の瞬間、そんなオルティスを一瞬の安堵と絶望が襲うこととなる。
「ふむ───死刑はやめにしようと思う。しかし君の犯した罪はなかなかに許しがたい」
だから罪を償ってもらうと彼女は宣言する。オルティスはそれを甘んじて受けると言い、そして───
「ならば腕の十本でも頂くとするか」
「……ぇ?」
───ドンッ
直後に室内に破砕音が鳴り響く。
「ぅ……ぁ……」
激痛に視線を這わせたオルティスは思わず呻き声を上げた。視線を這わせた先、激痛の起点であるその箇所を見れば、そこに在ったはずの利き腕は既に破壊され肘から先が無くなっている。
「さて───あと九本だな」
悪びれもせず高らかにそう言い放った彼女の無機質な表情に、オルティスはまるで自分が実験動物にでもなったかの様な錯覚を覚える。しかしこの〝これ〟は彼女を自陣に引き入れるために必要な儀式なのだと自身に言い聞かせ、僅かに芽生えた不快感と苦痛と屈辱を噛み殺し、額に脂汗を浮かべながらもにこやかに言い放った。
「ぁ、あと一本しかないわけですが……」
そんなオルティスに見定める様な視線を投げかけた彼女はやはり、僅かに口元を緩め『くく』と嗤うのだった。
◇
オルティスが出ていった後のその部屋にはクレハ・ラナトスとセナキ・タダノの二人の姿があった。オルティスが呼び出されてからというものの、赤い服のその人は落ち着かない様子で部屋の中をうろうろと歩き回っている。そんなクレハを興味津々といった様子でセナキは鼻歌を歌いながら眺めている。
「ねぇねぇクレハ~、何をそんなに怖れているの~?」
「そぉ~見えるかい?セナキっちぃ」
「うん♪そうとしか見えない~」
「はっはっは~!ならそうなんだろうよぉ~」
出会って間もないこの二人の関係はいまだ微妙なものだった。互いに互いのことを信用しきっておらず、しかしながら互いに互いのことを悪く思ってはいない。この二人が仲間としての絆を深めていくにはまだ幾ばくかの時間を必要としそうであった。
◆
ミレイナと別れた定臣は長い階段を経て、ようやく元居た部屋の前へと帰還を果たしていた。
「う~む……さっきの質問はなんだったんだろう……」
そう呟きながら思い返していたのは先程のミレイナとのやりとりについてだった。
『少年は ──
いや、この場合は少女でもよいわけだが ──』
そこから続いたミレイナの質問は定臣にとってやはり要領を得ないものだった。相変わらずに話しにくいミレイナに対して、やはり透哩に近いものを感じつつも定臣は自身が感じるままにその質問に答えた。
『そうか …… 君がそう思うのなら〝それ〟に乗ってみるのも悪くはないな ……』
定臣の〝答え〟を聞いたミレイナは瞳を閉じ僅かに独白する。そしてそう言うと、そのまま一方的に別れを告げ、その場に定臣を置き去りにしたまま去っていくのだった。
唖然としたままにミレイナの背中を見送る定臣。その内心で『なにこの、ずっと姐さんのターン』などと愚痴をこぼしたのは言うまでもない。
「ふぅ……ただいまぁ」
「おかえりなさい♪」
「ぁ、生きてた」
「戻られましたか!定臣殿!」
扉を開くとそこには数分前と変わらぬ姿。迎えてくれたその声は上からエレシ、シア、ドナポスの順である。
定臣は入り口から見晴らしの良くなった部屋を一望する。虚ろな瞳で壁の風穴から外を眺めるその姿に、さすがに心配になったエレシは何があったのかと問いかけた。そんなエレシに定臣は言う。断固としてはっきりと。
「わかんないです!」
と。
◇
───ボキリッ
室内に怪我の状態に見合わない軽快な音が鳴り響いた。
どうやら今度、行われる処罰は〝骨折による腕の破壊〟のようだ。
苦痛に顔を歪ませながらも、オルティスはありえない方角へと曲がっていく自身の左腕を凝視する。
パキリ。ポキリ。指と指が丁寧に結ばれていく。オルティスにとって恨めしいのはミレイナ・ルイファスの正確無比な回復魔法だった。
回復魔法は怪我の程度に合わせた魔力を注ぐことによって発動される。そしてその〝程度〟を如何にうまく読むかが優秀な魔術師としての基準となる。
無論、魔力量が怪我の程度に満たなければ回復は満足に果たされず、逆に魔力過多であれば無駄な浪費となる上に対象に〝痒み〟〝発疹〟〝発熱〟などの副作用を及ぼすこととなる。その際の産物として一種の感覚麻痺が起こるため、優秀な魔術師は怪我の状態があまりに重度な場合は故意に魔力過多な回復を行い対象の痛みを緩和したりもするのだが、処罰として繰り返されているミレイナのこの回復行為にそんな優しい計らいは一切存在しない。
そして世界最強の魔術師である彼女に魔力の読み違いがあるはずもなく、施される完璧な回復魔法により完治したその箇所からは常に〝新鮮〟な痛みを提供される。
苦悶に顔を歪める中、オルティスは彼女の回復魔法の唯一の利点を発見し安堵していた。
大怪我をした場合、時を経て完治したように見えても必ずどこかに後遺症が残るものだ。それと同様に回復魔法で回復された怪我も重度なものはやはり後遺症の類が残るのだが、彼女の回復魔法からはその憂いを一切感じることはなかった。
オルティスは思う。この未来の道を歩む上で後遺症などとつまらない足枷をされることがなくて良かったと。それは激痛のあまり現在を現実逃避させた結果に過ぎない。しかしその寄る辺は今のオルティスにとって唯一の救いとなった。
宣言通りの腕十本。それも毎度、違う形で同じ腕を失い続ける苦痛は並大抵のものではなかった。
純然たる痛みは『この人格破綻者を自分は本当に欲しているのか』と本能に訴えかけてきたりもしたが、親愛なるオーネに負担を強いた事実がそれらを捻じ伏せ、オルティスは最後の瞬間まで意識を失うこともなく、その苦行をやり遂げるのだった。
「こ、これで……くっ……僕の仲間になってもらえますね?」
「くくっ……いいだろう」
ミレイナのその言葉に安堵したオルティスはその場に崩れ落ち、意識を手放した。
◇
「あれま、随分と老けちまってまぁ」
部屋に入るなりクレハ・ラナトスがそう呟く。視線の先には意識を失い横たわるオルティスの姿。その顔は血の気が失せ青褪めており、どこかやつれて見えるその姿からはいつもの覇気は一切感じられず、その身を襲った責め苦の激しさが窺い知れた。
「ふんっ」
そんなクレハを一瞥するとミレイナは如何にも不機嫌そうに鼻を一つ鳴らす。その姿にクレハはライアット・サリスを自社に迎え入れる際に我が身を襲った惨劇を思い出していた。
───回想───
「ってことでさぁ~、ミレイナちゃん!お願い!あの子うちにくれよ~」
それは六年前のことだった。サキュリアス設立から一年が経過し、神が羨む程の商才を遺憾なく発揮した俺様はサキュリアスを軌道に乗せまくることに成功していた。
そんな折、増え続ける業務に人材が追いつかなくなりちょ~っとだけ頭を悩ませていたのよぉ。
特に足りないのは〝魔術師〟だった。俺様が考案する〝陣形〟を敷くには〝魔術師〟の存在は必須だった。しかし当時のラナクロアで〝魔術師〟を個人雇用するのは難しく、その最たる才能の持ち主達は九割がカルケイオスに握られており、残りの一割は王国に採られてしまっていた。
ポーターに傭兵として雇われる魔術師達にサキュリアス出身者はおらず、独自に腕を磨いてきた者達ばかりだった。まぁ中には王国引退後に〝外〟に流れてきて水が合ったのかそのまま傭兵魔術師になっちまった変わり種の元カルケイオス民の爺さんもいたにはいたんだが……
その爺さんの魔術を見た時に俺様は『これだ』と思ったね。カルケイオス民の魔術は文字通り、一つ次元が違った。早速その爺さんにサキュリアスで魔術を指導してくれと持ち掛けてみたんだが……
まぁなんせこれが頑固な爺さんでねぇ……
遂に諦めた俺様は、それならば大元まで出向いてもっとすごい奴を見つけてやるってことで躍起になった。
まず手を焼いたのがサキュリアスへ〝入国〟することだった。あえて〝入国〟と言わせてもらうぜぇ、なんせエドラルザ王よりも遥かに偉そうなのが君臨してる独自国家だからなぁあそこは。
色々な〝根回し〟の末にようやく交渉の席を設けてもらえるところまで漕ぎ着けた頃には、この一年での収益は大方吹っ飛んでったわけだが……まぁ先行投資ってぇことでそこは素直に諦めた。
『ふんっ、いいだろう。クレハ君、君はなかなかに見るところがある。』
その言葉と共にようやく取り付けた約束の内容は『カルケイオスより一名、個人雇用することを許可する』といったもの。早速、魔術の精度を見てから誰を貰い受けるか決めたいと言った俺様をミレイナちゃんは訓練場へと案内してくれた。
そう ── 案内してくれたのはミレイナちゃんだったわけだが ……
『ライアット!何故、君が今ここにいる!』
訓練場にはライアットの姿があった。ミレイナちゃんからすれば自分のとっておきであるライアットがここにいるとは思ってなかったらしく、本来なら俺様にその存在を知らせることなく、適当な子をあてがって追い払うつもりだったみたいだが ……
─── その魔術に一目惚れした。
その子の魔術はすべてにおいて桁が違った。
そしてそれを見た俺様は ───
「決定!あの子に決定!あの子くれよぉミレイナちゃん~」
「駄目だ」
「え~!頼むよぉ!」
「ライアットは駄目だ!あの子は私の後継ぎにするのだ」
世紀の大天才、ミレイナ・ルイファスの後継ぎだぞ?そんなの聞かされて諦められるかってぇ話よぉ
「ほぉ …… ほぉ、ほぉ、天下のミレイナ・ルイファスがまさか自分の言った言葉を違えるなんてぇなぁ!
そんなことぁ言わないよなぁ~?」
「ぐっ …… 貴様ぁ!」
「ってことでさぁ~、ミレイナちゃん!お願い!あの子うちにくれよ~」
わなわなと震える彼女のその姿に俺様は内心で『勝った』と思ったね。後でライアットに指摘されたんだがその時の俺様は有り得ない程のどや顔になっていたらしい。そしてそんな俺様をこの人が見逃すはずもなく ───
─── ブチッ
「アッー!なんてことすんのよぉおおお!」
「ええい!やかましいわ!なんなのだその顔は!」
怒声と共に彼女の右手に握られていたのは俺様の美しい〝元もみあげ〟。俺様はこの時、三日は寝込む覚悟を決めたね。
泣きそうな俺様を置き去りにして彼女はライアットと会話を交わしていった。
「ライアット・サリス。今日をもってカルケイオスを追放とする」
「ぇ ……? 意味がよくわからないのですが」
「そこの片もみあげに付き従い、カルケイオスの威光を世に知らしめてくるのだ」
片もみあげとか随分なことを言われた気もするが、自分の発言に責任を持つ彼女に俺様は好感を覚えた。まぁいきなり〝追放〟とか言われてるライアットには同情したけどなぁ
そして ───
「あなたは …… 誰なのですか?」
それがライアットが俺様に初めて話しかけてきた言葉だった。あの時の怪訝な顔を思い出すと今でもにんまりと含み笑いしちまう。なんせあの鉄面皮がものの見事に崩れてたんだからなぁ
そして ───
─── ブチッ
「ぇ? ………… えぇぇぇぇええええ!? なにすんのよおおおお!」
「ふんっ、バランスというものはなかなかに大切だろう」
「ちぎらないでよ! もおおおお!!」
「やかましいわ! そのもみあげを見ているとイライラするのだ!さっさと出て行け!」
その後、サキュリアスは俺のもみあげが生えそろうまで休業することとなる。そのことが世間には『カルケイオス民を一般雇用するという偉業を裏で支えた努力』として勘違いされたまま過大評価されていったわけだが、目立つことが大好きな俺様はそれを甘んじて受け入れた。
いや、ほんと …… 今でも夢に見るのよ …… あの時のこと ……
───回想終了───
「で? うちの若はお眼鏡に適ったのかい? ミレイナちゃん」
「…… 保留だな」
ミレイナのその言葉を聞いたクレハは瞳を閉じ、穏やかな笑みを浮かべる。
「そぉかい ─── なら、これから先は〝仲間〟として行動を共にしてくれるんだなぁ?」
クレハのその言葉にミレイナは相変わらずに不機嫌な様子を隠さず答えた。
「行動は共にしよう。しかし ───」
「な~か~ま~!」
「…… ふんっ、王の戯れに付き合ってこの私に道化を演じろと言うのか」
「チッチッチッ! 違うだろぉ~? ミレイナちゃん」
「君はそういう考え方だったな」
「そぉ! 俺達は輝かしい未来のために民を救う勇者ご一行になるのさぁ!」
自信満々でそう宣言するクレハ。その姿を軽く一瞥するとミレイナは瞳を閉じ、僅かに口元を緩めた。
「まぁ ─── それもまた一興 …… か」
「あれま、今日はやけに素直じゃね~の?」
「なに、ここにきて面白い芽が出てきた。
〝あれ〟はどうやら君寄りみたいなのだよ」
「くっくっくっ、いいねぇ!いいよぉ!」
ミレイナの副声音が示す人物はサダオミ・カワシノその人である。それを即座に理解したクレハはミレイナの伝えたい事柄を把握し、陽気な様子でそれを受諾するのだった。
この時、この場でのミレイナ・ルイファスの決断こそが後のラナクロアの運命を大きく変えることになるのだが、会話を交わした本人達すらも知り得ないその事を知る者は、僅かに二名しか存在していなかった。
「で? 本当に東の〝あれ〟にサキュリアスは関与していないのかね」
副声音での会話を終えたミレイナはもう一つの懸念をクレハに投げかけた。それを聞いたクレハは得心がいった様子で一つ大きく頷くと、右手の親指をぴっと立て、白い歯を煌かせながら言い放つ。
「もちろん何のことだかわからないぜぇ!」
その言葉を聞いたミレイナが『やはり早計であったか』とぽつりと呟くのをクレハは見逃さなかった。
◇
時刻は日が沈み、夕闇が世界を侵食し始める頃。連絡事項があるとして再び謁見の間に呼び出された候補者一行を出迎える形で、国王の前には片膝を地に跪き、なかなかに面白い顔つきで首を傾げ続ける先客が約二名存在していた。
「げっ! サダオミきてるし! え? お姉さま? え? え?」
国王を無視するのはこの姉妹の血の成せる技なのか。隣で青褪めるルブランなどお構い無しに思いっきり定臣達の方を振り返り、そんなことを口にしているのはもちろんこの人。ロイエル・サーバトミンである。
◆
さて ─── 相変わらずなロイエのことはまず、置いておくとしよう。
恐らくは姐さんの仕業なのだろうが、うちの勇者候補様はどうやら寝ているだけで第二の課題を通過しちまったらしい。
第二の課題。つまりはカルケイオス民を同行者に加えろというものらしいのだが ……
「ロイエル・サーバトミン! 今日をもってカルケイオスを追放とする!」
高らかに相変わらずに国王を置き去りにして、腕組をした姐さんがそう宣言する。口をあんぐりと開いたままそれを茫然と見送るロイエなどお構い無しに、姐さんことミレイナ・ルイファスはその続きを口にした。
「そこにいるチャ …… サダオミ・カワシノと行動を共にし、そちらのPTに助力することを命ずる」
チャ …… もはや何も言うまい。いつの間にやら俺やロイエが無罪放免になっていることには大いにつっこんだりしたかったわけだが、それもどうせ姐さんの仕業だろう。
まぁそんなわけで、寝ているだけであっさりとカルケイオス民の同行者を獲得したうちのボサヘッド様は第二の課題を無事に通過なさったわけだ。
その後、自然な流れで第三の課題が発表されることとなったわけだが ……
いやぁ、なんというかものすごいヤラせでした。
『では第三の課題を発表する。これを最後の課題とし、合格者は〝勇者〟の資格を得るものとする』
ざわめく場内。もちろんついていけない俺。更には放心状態なロイエ。
そんなすべてを姐さんばりに置き去りにしたエドラルザ国王は続きを口にする。
『第三の課題は指名手配犯の確保、及び連行とする。
尚、第一合格者には恩賞として同行者に騎士団長、ドナポス・ニーゼルフを加えることを許す』
もれなく付いてくる! には少々、大物すぎはしないだろうか。そんなことを思いながらも視線をドナポスさんに振ってみる。すると
「エレシ殿~! 応援しておりますぞ~! 是非! 一緒に旅をしたいですぞ~!」
なにやら両手を天に突き上げながらドナポスさんが応援を始めました。そういえばエレシにゾッコンでしたね ……
しかしながらドナポスさんの淡い期待は、次の瞬間にはものの見事に裏切られることとなった。
「すいません、ドナポスさん。第三の課題、僕達が既に合格しちゃいました」
爽やかな笑顔でそう言い放ったのは先刻、うっかりと足蹴にした『がっかり美男子』さんだった。
そしてその人の拍手を合図に背後の大扉が開かれ、縄で縛られた人相の悪い男が数人の傭兵と思しき男達に連れられ、謁見の間へと入場する。
それを親衛隊の者が『A級犯罪者で間違いないです』などと確認し、がっかりなその人はその場で〝勇者〟へとジョブチェンジを果たした。どうでもいいがそこっ! ドナポスさんあからさまに嫌そうな顔しないっ!
半ば呆れながらも、俺は『がっかり美男子』の背後に控えるその人のしたり顔を見逃さなかった。そこにいたのはクレハ・ラナトス。この一連の流れが所謂、大組織の長であるそいつの仕業だってことは容易に想像出来た。っていうかその顔っ! あ~! むかつくっ!
まぁそんなわけで謁見の間での出来事は一応の終局を迎え、開放された俺達は元いた部屋へと戻ったわけだが ……
「いやぁ、巡り合わせって不思議なもんだね。ルブルブ」
「ルブルブはやめなさい! なんだって私が貴様と …… ぶつぶつ」
奥でテーブルを挟んで優雅に紅茶と嗜むエレシとシア。もちろんエレシの膝にはポレフの姿。それに姐さんが開けた風穴付近には、体育座りでなにやら真っ白になっているロイエの姿があるこの部屋で、現在俺と話しているのは〝セキオスの間の化け物〟ことルブラン・メルクロワその人だったりする。
第三の課題の期限は無期限。国王から借り受けたこの部屋では、今日から明日にかけて一泊することを許されている。そしてそんな部屋に何故かいるルブルブは先程から愚痴を零してばかりなわけだが ……
『ルブラン・メルクロワ。カルケイオスでの任、大儀であった』
その後に言い放たれた国王の言葉は『ポレフPTに同行し、助力しろ』というもの。恐らくは片方のPTにだけ王国騎士を派遣するのはフェアーじゃない的な意味なのだろうかと思いつつも、妙に目を泳がせながらそう言った国王に違和感を覚えたりもしたのだが ……
まぁ、ルブルブ強いし。いてくれれば助かること間違いなし!
そんなわけで、またしても眠れる主人公様の知らぬところでPTメンバーが増えたわけだ。
ポレフ、これ起きたらびっくりするだろうなぁ …… まぁ寝てる方が悪いか。
そして俺は嫌がるルブルブと強引に握手を交わし、部屋の片隅で一層ちんちくりんに磨きをかけているロイエの元へと向った。
「まぁロイエ、命あって良かったじゃん! な?」
カルケイオス民であることを誇りに思っていた彼女にとって、長である姐さんからの追放勧告は思いのほか堪えたらしく、謁見の間で〝それ〟を言い渡されて以来、彼女は遠い彼方へと旅立ったままだったりする。
「カルケイオスでキカでサダオミがお姉さまと追放なのよ!?」
「うん、意味わかんないからね? 落ち着こうね?」
ここで1つ考えてみよう。温室でぬくぬくと育てられた者が突然その温室を取り上げられればどうなるのか。
「死ぬの? 僕死ぬのね? サダオミがキカでお姉さまと追放なのよ!?」
答:こうなる。
ようです ……
『その者あおき衣を纏いて困惑の野原に降り立つ』
その姿に定臣は思わずそんなフレーズが思い浮かべたりもしたが、なにやら危険な気がしてそれを音声として発することはなかった。