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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
30/57

エドラルザ III

 ■




 ◇




「さて、エドラルザ王よ。新しい妹に免じて〝戦争〟はやめにしてやろうと思う。

 ───そうなると私はあなたに形式上の免罪を求めねばならないわけだが」


 先程の珍事から数分後、ようやく再び改まった空気を取り戻した謁見の間にて、ミレイナ・ルイファスがそう宣告した。


 現在の立ち位置はミレイナが下座。そして定臣による『話が進まないから』との半泣きの懇願を経て、玉座を取り戻したエドラルザ王が、ようやくとしてそこに座り込んでいる形である。

 定臣はというと、そんな二人のやりとりを背後から眺める形でポレフ陣営に待機していたりする。


『ふぅ……申してみよ』


 なにやら疲れた口調でエドラルザ王がそう告げる。それを鼻を鳴らして一蹴すると、ミレイナは用件を口にした。


「まず我が愛しの末妹、ロイエル・サーバトミンの罪を帳消しにする」


 それは懇願ではなく決定だった。その発言ににわかにざわめく場内を即座にエドラルザ王が手で制す。一呼吸の間を置いて王はミレイナにその発言の意味を問いただした。


『罪状は窯の破壊か。それを帳消しにするとは如何に』


「要するに窯を一つしか用意していないからそんな下らん〝法〟を創ったのだろう?

 ならばこの場に窯を提供しようではないか」


『あれは一つしか創れんと申したではないか』そうエドラルザ王が恨みがましくぼやく中、ミレイナは徐にローブのポケットに手を突っ込むとビー玉大の球体を十数個取り出す。それを無造作に空中に投げ出すと指を一つ鳴らした。


 ───ぱちんっ


 乾いた音が謁見の間に鳴り響く。その直後───


 ───ドオォォン


 出現した〝ミレイナの窯〟は玉の個数分。それは一瞬にして謁見の間を埋め尽くした。ミレイナはそれをしたり顔で一通り眺めると、軽く一つ頷きエドラルザ王に視線を戻す。


「ふむ。これで妹の罪は帳消しになったわけだが」


『待て!もう少し場所を考えんか!』


 エドラルザ王が思わずそうつっこむのも無理はない。見れば突如、出現した〝ミレイナの窯〟から逃げ遅れた親衛隊の者が数名、その下敷きとなっていた。


 それを詫びるどころか親衛隊の訓練が疎かではないかと指摘しつつ、ミレイナは次の用件を口にしようとする。それをエドラルザ王が救出が先だと制止し、難を逃れた親衛隊の者達によって救助が行われた。


 その後に謁見の間を埋め尽くした〝ミレイナの窯〟に対して、王直々に〝圧縮保存〟の魔法行使の許可が発令され、再び球体化された後、ようやく謁見の間は元の様相を取り戻した。

 

 余談ではあるがその際、下敷きにされた親衛隊の者が恨みがましく『〝圧縮保存〟の魔法が食料品以外に使用されている』とミレイナの〝法律違反〟を指摘するという一幕があった。


 今更、法律違反もくそもないものであるが、彼とて親衛隊にまで上り詰めたエリートとしての自負がある。よせばいいのにという周囲の空気を肌で感じつつも彼の糾弾は続いた。


 そんな彼を虫ケラでも見るがごとく、不機嫌そうに見定めるミレイナ・ルイファス。直後に面倒くさそうに申し開きをしたミレイナの姿に、謁見の間の者達は彼女の彼女たる所以を心底味わう破目となった。


 ───この窯は食料であるわけだが……ふむ。勇敢な君はそれを忘却の彼方へと追いやってしまった様だ。ならばここは君が自ら確かめてみるがいい。


 ───ほぅら、どうした。早く食さんか……ふふ、ふふふ、は~っはっはっは


 〝だから言ったのに〟もちろん誰もそれを口にしていないわけであるが、一同の心の声は確かにそう告げていた。


『して、先程の続きを聞こう』

 

 件の親衛隊騎士が同僚に肩を抱かれつつ退出していく後姿を哀れみの視線で見送ると、ようやくとして王がミレイナにそう切り出した。


「ふむ、ではもう一つの用件だが。そこにいるチャッピーの命を救って頂きたい」


 ミレイナのその言葉に、背後で控えていた定臣があんぐりと口を開いて驚愕する。当の本人はまったくもって自分が死刑囚扱いになっているなど思いもよらなかったのである。


『ふむ、その代価に何を払う』


 落ち着きを払った声でエドラルザ王が問う。その内心では脱線しかけていたシナリオにミレイナが回帰したことを秘かに喜んでいた。


「ふぅ……やれやれだな。茶番を再開しようか」


 そんなシナリオなどお見通しである。副声音で暗にそう告げると、ミレイナは如何にも不機嫌そうに腕を組み直す。釘を刺される形になったエドラルザ王は一瞬、泳ぎかけた目でオルティスに視線を送ると、頷く彼の姿を確認し平静を取り戻した。


「確か勇者を公募していたな。その課題にカルケイオス民を同行者に加えろというものがあるのだろう?」


 ミレイナはそう言い放つと意地悪く嗤いながらオルティスに視線を送った。その視線を咳払いと共に引き戻すとエドラルザ王は話の続きを始める。


『如何にも。それを第二の課題とする心算であったわけだが』


 カルケイオス民の徴用には当然ながらミレイナ・ルイファスの許可が必要となる。それは事実上、限りなく不可能に近いことだった。

 

 勇者候補の者達を大いに絶望させていたであろうその課題内容であるが、本来ここにいるはずの候補者五名はオルティスの大暴れにより僅かに二名に。内一名は現在も爆睡中。そして一名はシナリオ担当にして主演を演じているオルティス・クライシスであったために、王のその発表に動じる候補者はいなかった。


「さて、とりあえず及第点ということにしておこうか。チャッピーに感謝するのだな」


 またしても周囲を置き去りにしたミレイナ・ルイファスは僅かに口元を緩め、そう呟く。それを聞いたオルティス・クライシスとクレハ・ラナトス、更にはエドラルザ王までが隠そうともせずに大きく息をついて安堵した。


 そんな様子を背後からなんともいえない顔つきで見つめる瞳が二つ。王とミレイナ、それにオルティスを交えたやりとりに先程から一切ついていけていない定臣からすれば、目の前で投げ交わされている言葉の数々はまるで暗号の類にしか聞こえていなかった。


 振り下ろす先を見失った拳のからぶり感に、夜通し見知らぬ土地を駆け抜けた疲労感が相まって、その暗号は心地よい子守唄の様にも聞こえ始める。ここで定臣までもが眠りこける様なことがあれば、〝眠りのポレフPT〟と後の世に名を残しそうな勢いであったが、幸いにもそれは次の王の言葉によって阻止されることとなった。


『ふむ。ミレイナ・ルイファス及びオルティス・クライシスはこの場に残れ。

 他の者、今日はこれにて解散とする。

 尚、候補者PTは引き続き用意した部屋に待機するように』


 サダオミ・カワシノの処分は保留とする。その言葉を最後に突如として人払いされる謁見の間。呆けた表情のままエレシに手を引かれて謁見の間を去って行く定臣の姿は、なかなかにシュールなものだった。


 その後、罪人扱いである定臣には次の呼び出しまでの間、ドナポスが付き添うこととなり、通常ならば牢獄で過ごすはずのその時間を、ドナポスの計らいによりエレシPTと共に過ごせることとなった。

 そこには確かに英雄、ドナポス・ニーゼルフの気遣いが感じられたものの、定臣はその気遣い以上にドナポスがエレシに対してでれでれしているのを見逃さなかった。




 ◇




 人払いが行われた謁見の間。そこには不機嫌さを隠すことなく佇むミレイナ・ルイファスと、その様子を青褪めた顔で伺うエドラルザ王の姿があった。そんな王の正面、ミレイナを挟んだその背後には爽やかな笑みを携えたオルティス・クライシスの姿がある。


「さて───候補者は二名。君は私が欲しいのだろう?オルティス君」


「はい。この度はご足労頂き、ありがとうございました」


「採点は後だ。覚悟は出来ているのだろうな?」


「僕は三年前から覚悟していますよ」

 

「ふんっ……で───エドラルザ王よ。確認事項だが───」

 



 ◇




 謁見の間を追い出される形で退室させられたポレフPT。


 ポレフ・レイヴァルヴァン

 エレシ・レイヴァルヴァン

 シア・ナイ

 

 そして


 サダオミ・カワシノ


 その四名の後ろには英雄、騎士団長ドナポス・ニーゼルフの姿がある。

 一行は寄り道することもなく、与えられた部屋へ向っていた。その最中、定臣はエレシに背負われるポレフを一瞥し『よく寝るなぁ』などと感想を漏らしつつも、初対面であるシア・ナイの頭を『可愛いから!』との理由で撫でくりまわしたりしながら交流を図りつつ、マノフ戦で別れてからの互いの経緯をエレシと話し合ったりしつつ、今後の方針を固めていく。


 部屋に到着した頃になり、話の内容は今後の定臣の処遇についてというテーマにまで及んでいた。通常ならば死刑。よくて無期懲役である定臣のその罪状であったが、いざとなれば定臣の正体を明かすつもりであったエレシに焦りは見られない。

 にこにこと穏やかな笑顔を浮かべているエレシ。その笑顔に絆されていよいよ眠気がピークに達した定臣は、自身の置かれて状況も顧みずに大きく欠伸を一つすると、皆に断りを入れてから壁に背をかけ眠りに堕ちていくのだった。


「いやはや、まったくもって剛の者であるな。さすがはエレシ殿のご親戚!がははは」


 睡眠妨害しそうな音量をもってしてそう言い放ったのはドナポスだった。


 


 ◇




「言っておくが私はご機嫌斜めだ」


 謁見の間。既に青を通り越して土気色になりつつある、エドラルザ王のその顔をキッと睨みつけながらミレイナ・ルイファスがそう言い放った。その背後ではオルティス・クライシスがご満悦といった様子で得意の笑顔を披露していたりする。


 そう、オルティス・クライシスの交渉はこの場では一応の成功を収めたのだ。

 

 サダオミ・カワシノの釈放、及び罪状の免除。それと引き換えに行われた交渉内容。

 それはミレイナ・ルイファスの引き入れであり、共に勇者の道を目指すと決めたポレフPTへの支援であった。


 交渉開始当初、ミレイナは定臣との出会いもあり、稀に見る機嫌の良さを披露し、オルティスPTへの加入に乗り気ではないものの前向きではあった。その態度を見誤ったエドラルザ王が秘められた目的であった、ポレフPT支援のために張り巡らせていた権謀術数をここぞとばかりに発動したのだ。


 オルティスからすれば第一課題通過後に、加える形で修正した策である。急造された策は綻びやすく、ことミレイナに関してはそれは命取りになりやすいので事後承諾で。との方針を打ち出してはいたのだが……


 エドラルザ王も人である。やられたままでは我慢出来ない節もあったのだろうと、オルティスは笑顔でそれをスルーした。


 ロイエル・サーバトミンの罪。いくら窯の提供が成されたからといって、それで無罪放免というわけにはいかない。苦渋を舐めさせられてまで得た〝セキオスの間〟での出来事まで揉み消される様であれば、それはもはや国の威信に関わるとエドラルザ王は口にする。


 その時点でゆらりとミレイナの雰囲気は変わっていたのだが、一息で言い切ろうと口早にその先を言い切ったエドラルザ王はミレイナのその変化に気づくことはなかった。


 一つ、ロイエル・サーバトミンをカルケイオスから追放すること。

 二つ、罪を償うため、今後は候補者ポレフ・レイヴァルヴァンと行動を共にすること。

 三つ、候補者が絶命ないし、目的を達するその日までロイエル・サーバトミンは執行猶予付きの罪人とする。  


「なんだ?それは」


 パチパチと空気が弾ける音が鳴る。凶悪をすぐ様に通り越して、極悪の域にまで到達したその面持ちがエドラルザ王の曲がり始めた背骨を垂直に迫り上げさせる。


『ひ……』


 〝やはり戦争をしたいのかね?〟


 底冷えする様な声色で宣戦布告が成されようとしたその時、背後に控えるオルティス・クライシスが少し焦りながら間に割って入った。


 ───ぱんぱんぱんっ


 拍手三唱。ミレイナの毒気を少しでも抜こうと、いつも以上の笑顔を咲かせ歯を煌かせる。


「すみません、ミレイナさん。実は……」


『その指示は僕がお願いしたものです』そう告げた後、オルティスはミレイナに種明かしをする。

 実はポレフPTの支援をしたいのだと。

 そのために公にはロイエを特別罪人に仕立て上げ、それの監視という形で王国より騎士を一名、ポレフPTに送り込みたいのだと。

 そしてその騎士こそが───


「ルブラン・メルクロワ。他は認めん」


「はい。もちろんそのつもりでした」


「ふむ───」


 それを聞かされたミレイナはしばし考えを巡らせる。

 

 妹、ロイエル・サーバトミンに世界を巡らせる。確かにそれは見聞を広めさせるためには必要なことである。それにどうやらチャッピーはポレフPTとやらに所属しているようだ。更にはそのPTにはあのエレシ・レイヴァルヴァンまでいるとなると……


 ふむ、ならばチャッピーを支援しつつロイエの成長を計るにはその提案は合理的であるか。ルブラン・メルクロワ。あの女の実力には目を見張るものがある。


 そこに結論が達したミレイナは一応の理解を示した。しかしその直後、それに安堵していたエドラルザ王を狂気の瞳が射抜く。


「しかし理解出来ないことがある。何故───」


 我が妹が罪人扱いでなければならないのか。そこに含まれているエドラルザ王のちんけな意趣返しをミレイナ・ルイファスが見逃すはずもなかった。


「騎士を着けたいのであれば、あなたの指示でそう公言すればいいだけのことだろう!」


 ずびしっと指差され一瞬、呼吸を忘れるエドラルザ王。それをミレイナの背後からにこにこと眺めながら〝だから言ったのに〟と内心でほくそ笑むオルティス。そんな二人を置き去りにして、言い澱むエドラルザ王に早速痺れを切らしたミレイナは脅迫紛いに言い放つ。


「言っておくが私はご機嫌斜めだ」


 こうしてオルティスPTにはミレイナが、ポレフPTにはロイエルとルブランの二人が定臣達の与り知らないところで同行することが決定された。


 尚、ロイエル・サーバトミン。サダオミ・カワシノの両名は完全なる無罪放免となり、当然の様に当初予定されていたロイエルの罪人指定などは〝無かったこと〟にされていたのだが、当事者達がそれを知ることはなかった。




 ◆




 ───無茶苦茶が降ってきた。


 エレシに連れられて案内された先の部屋。蓄積された疲労を少しばかりの睡眠で癒していた定臣が寝起きに抱いた印象はそれだった。


 突然の殺気を感じて咄嗟に起き上がったのが数秒前。茫然としつつも、定臣は軽い現実逃避も兼ねて、とりあえずの大問題を丸投げにして部屋を見回す。


 異常なこの事態をもってしてもポレフの睡眠が妨げられることはなかった様だ。ラナクロアの主人公、ボサボサ髪の少年ことポレフ・レイヴァルヴァンは姉であるエレシの膝を定位置に現在もすやすやと眠っている。そんなポレフに視線を釘付けにしたままに、エレシはドナポスと談笑していたりする。

 唯一、定臣の方を見ていたのはシア・ナイだった。そんな彼女は先程からパクパクと口を開けたり閉じたりしながら放心していた。


 うん、シア。君のその反応が本当は正しいんだよ。


 内心で相変わらずすぎるメンバーに呆れつつも、定臣はシアに対して『グッドラック』と親指を縦てながら、そろそろ目下の大問題を放置するわけにもいかないかと内心で諦めにも似た覚悟を決めた。


 そっと背後に視線を送る。そこは先程まで自分が背中を預けていた場所だった。


 元内壁。しかし明らかにおかしい。窓の無いこの部屋から外の景色が拝めること自体がまずおかしい。

 いや、それよりも───


 壁に出来た風穴。そこから見晴らせる景色に思わず目を細める。


「わぁ、鳥が飛んでる~、あっちの山は緑が綺麗だぁ」

 

 あまりの現実逃避したさに強引に〝無かったこと〟にしようとしてみた。


 ───が


「ふむ、ようやく目を覚ましたか。チャッピー」


 それを許してくれるこの人ではなかった。


「うっかり永遠に眠るところでしたよね!?」


 そう、姐さんことミレイナ・ルイファスその人によって俺は強引に起こされたのだ。それもいきなり即死級の魔術をもってして。


 大きく一つため息をつく。その内心ではカルケイオスでルクエに拉致された時のことを思い返していた。

 

 〝あれ〟のお陰で気を張って寝てたんだもんなぁ……


 もしも気を抜いていたならば今頃は……そんなことを思いつつ、ゾッとしながらも殺害現場になり損ねたその場所を一目見ようと風穴から覗き込む。


 ───とんっ


「姐さん事件です」


 直後の出来事に思わずそう呟いた。


 視線の高さは外に見える山の頂と変わらぬ高さ。背後から背中を思いっきり押されたことにより、現在俺はものの見事に空中に投げ出されたわけだが。


 前にも似たようなことが……とか、むしろ姐さんが事件です。とか思いつつも重力には逆らえるはずもなく───


「あぁぁぁぁあああああああ」


 ま た 落 下 か。


 迫り来る地面にやたら既視感があった。


 それにしてもなんだって俺はこんな目にあっているのだろうか。姐さんとは姐弟の契りを交わしたはず……


 死を直前に控えた際の脳の高速稼動。それを味わうのも何度目だろうかなどとつまらないことを考えるのももちろん忘れず、定臣は妙に遠く感じる地面から視線を手放し、ミレイナの先程の行動に疑念と些かの恨みを覚えつつも、頭上の風穴へと視線を送った。


「は~っはっはっはっは!空の旅へご招待だ!チャッピー!」


 頭上に見える風穴からそんなことを言い放ちながら赤髪のその人が飛び出す。思い切り踏み切られた外壁がバキリと鳴った音が定臣の耳に届いたのと、ミレイナが定臣の目線の高さまで降下してきたのはほぼ同時のことだった。


 腕組をしたまま悠然に。その顔には不敵な笑みを携えたままミレイナは定臣と平行位置をキープしたまま地面に向かう。そんなミレイナの姿を間近でまじまじと見せられた定臣は心底思った。


 この人なにがしたいんだああああああああ!!!


 と。




 ◇




「ぃゃ……もうほんといいっすわぁ……もぅぃゃっすわぁ……」  


 惨劇から数分後、城の外庭に位置する拓けたその場所の片隅にはいじいじと地面を指先でつついている定臣の姿があった。


「いい加減に機嫌を直さんかチャッピー。私は君に爽やかな目覚めをプレゼントしてやっただけではないか」


 そんな定臣の背後ではミレイナ・ルイファスが不服そうにそんなことを訴えていたりする。ちなみに先程の出来事の終点はそんな彼女の魔法により、実に緩やかな着地となった。


 定臣からすれば寝起きをいきなり襲われた末の命綱無しのバンジージャンプである。その際に上げた奇声やら顔やらをその犯人である彼女に笑い飛ばされもすれば、不機嫌になるのも無理はないことである。


 ミレイナ曰く、姉妹のスキンシップ。高笑いと共にそう宣言するミレイナの表情は実に機嫌の良いものとなっていた。そんな彼女をちらりと見上げた定臣は内心で『ロイエ、今までよく生きてこれたなぁ』などと感想を述べるのだった。


「ふむ───上の部屋には他に人がいたのでな」


 定臣がようやく機嫌を直した頃合を見計らってミレイナがそう告げる。

 国王を前にして自分のあだ名を考えだす様な自由っぷりを披露していた彼女である。その彼女がわざわざ自分と二人きりになるために手を煩わせるには何かあると、定臣は真顔を作ると立ち上がりミレイナに向き合った。


「チャッピー、君に一つ質問があるんだ」


「ぅ?」


 定臣はミレイナが他人に質問することに一瞬、驚きもしたが小首を傾げ続きを促すと、背筋を伸ばしミレイナの真剣な様子に応じた。


「少年は───いや、この場合は少女でもいいわけだが……───」




 ◇




 ミレイナが定臣を連れ去った後の部屋、つまりはポレフPTとドナポスが控えるその部屋ではシアが風穴を指差し、ぷるぷると小刻みに震えながらエレシに対して『あ、あの、あれ、あ、あれ』などと呟き続けていたりもしたが、エレシはそれを『大丈夫ですよ♪』などとにこにこと制し、何事も無かったかの様にドナポスと談笑を続けるだけであった。


 対するドナポスも落下していった定臣よりもエレシとの会話の方が優先度が高いらしく、特に気にした様子も無いままに今も『がははは』と笑い声を上げていたりする。

 ドナポスからすればミレイナの意味不明な行動には手馴れたものであり、定臣に対して好意的であったことからも問題は無いと判断したのであったが、そんなドナポスの心積もりを知らないシアからすれば目の前で起こった大事件を見て見ぬフリしている様に見えており、内心でこの騎士団長に不信感を抱き始めていたのだった。


 そんな中、変わらぬBGMは今も鳴り続けている。そう、ラナクロア主人公、ポレフ・レイヴァルヴァンは何事も無かったかの様に今も眠り続けていた。当然のごとくシア・ナイの不信感を一番買っているのはこの寝息の主だったりする。




 ◇




 ミレイナに少し待つ様に言われたオルティスPTの面々は、王から与えられた部屋にての時間を潰していた。


「死刑執行を待つ死刑囚とはこんな気持ちなんですね」


 どこか青褪めた表情で椅子に座りそう言い放ったのはオルティス・クライシスだった。


「いやぁそれにしても焦ったぞぉ~若ぁ」


 その正面に机を挟んで座り、明るい調子でそう答えたのはクレハ・ラナトスだ。セナキ・タダノはそんなクレハの両肩に肘を置いて『ふんふふ~ん♪』などとご機嫌に鼻歌を歌ったりしている。ちなみにその鼻歌はクレハの謎の鼻歌を真似たりしているわけだが、当のクレハがそれに気付くことはなかった。


「あれには本当に焦りました」


「終わったと思ったぞぉ」


 そんなセナキを置き去りにして二人は二人でしかわかりあえない領域で会話を続ける。副声音で話したその内容は謁見の間での出来事についてであった。


 まさかミレイナが戦争を始めるつもりで襲来しようとは……と。


 派手なパフォーマンスとは裏腹にミレイナ・ルイファスの行動にはすべてに意味がある。その脚踏実地を絵に描いた様な彼女の裏を顔を知っている二人は『いくら妹であるロイエルが大事とあってもあの場では矛を納め、ロイエルの免罪を交換条件にこちらに降ってくれるだろう』と、そう高をくくっていたわけであったが、その予想はものの見事に裏切られることとなった。


 その予想を反した彼女の矛が納められたのはサダオミ・カワシノの存在があったからであり、あの場に〝もしも〟その偶然がなければ事態は間違いなく〝戦争〟にまで発展していたと、二人は互いの見解を合わせると共にその僥倖に感謝するのであった。


 とはいえ、ミレイナのオルティスに対する心象は最悪である。あの場では預けてくれたものの、彼女の試練はまだ終わってはいない。『後で採点する。用があるので少し待っていろ』そう言い残し部屋を去っていったミレイナの背中は明らかな怒気を孕んでいた。


 怒れるミレイナ・ルイファス。彼女を待つオルティスがそんな心境に陥るのも無理のない話である。


「まぁ命までは獲られないだろぉ」


「気休め程度に心に留めておきますよ……」


 陽気なクレハにそう返答したオルティスの顔色はやはり土気色になっていた。


ご意見ご感想お待ちしております(`・ω・´)ゞ



脚踏実地=足が地に付いて、着実に進む。危なげがなく、しっかりしているさま。仕事ぶりが堅実で真面目なこと。

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