天界 I ・ 後編
■
─── パンパンッ
室内にるるかさんの拍手が響く。絶叫から数分、俺は真っ白に燃え尽きて放心していた。
「驚き、意気消沈なところ申し訳ないのですが…… 説明…… 聞けますでしょうか?」
─── シーーーン……
「ですよねー」
───シーーーーン……
「き、聞けます……」
「ぉ~よく立ち直りました!それでは続けます」
るるかさんの説明によると、どうやら俺が天使になったというのは正解だったようだ。その天使になったというのが曲者で、この女体化に大いに関係してきているらしかった。
「───エンジェルフォーム。天使が別世界での任務遂行時に着替えるユニフォームの様なものだと思って頂ければ結構です。ただしエンジェルフォームは物理的に干渉していますので、任務遂行時に元の姿に戻ることは絶対に無いのですが」
るるかさんの説明を受けた俺は思考を巡らせた。
なるほど、確かに天使が男とか物語の中でもそう無かった気がする。それは理解できた。
「と、いうことは任務がなにかはわかりませんが、それ以外の時は元の姿に戻れるってことです?」
「はい、ただしモデルチェンジは学園入学が叶った後からしか使用できません」
「その学園というのは……? さっき透哩も言ってましたが」
「すべての世界から神が適合者を選出して天界任務を与え、その任務の中で様々なスキルを身につけ、大天使への資格有りと認められた者だけが入学を許可される特別な施設ですね」
「つまりハードル高めと?」
「えっと、ちょっと失礼します。定臣さんの世界とリンクしますので」
そう言うと、るるかさんは俺の額に手を当てて目を閉じる。俺は手が顔に伸びてきたことで一瞬、目を瞑る。そして次に目を開いた時には〝それ〟は終わっていた。
「把握しました。定臣さんのいた世界で例えるなら、オリンピックの金メダルを六つ獲得するくらいの難易度ですね」
この時ばかりはるるかさんのエンジェルスマイルが意地悪く見えた。そりゃそうだろ。オリンピックだぞ? つまり世界一だ。要するに俺は……
…… はい、消えたーー! 俺終わった! …… オワターー!!
ってことだよな? …… ん?
「─── あ」
そこで気が付いた。俺はるるかさんの先程の言葉を脳内で復唱する。
神が適合者を選出……
〝神〟が。
「俺って神様が選出したわけじゃない……ですよね?」
そう言うとるるかさんは一瞬、悲しそうな顔をした。そして言い難そうに
「─── です……なので……ちょっと困ったことに……」
そう告げた。それから、るるかさんは俺がここに存在する理由が必要だと言った。それにいくつかの説明もしてくれた。
神以外が天使を創った事が前代未聞であること。
天使を創るだけの神力を一介の天使が持つことがありえないこと。
小波透哩の異常性。(ここは小声で)
天使は任務遂行世界の主人公の夢や願いを叶える。その存在理由から無資格者である俺が生き残れる可能性がある事。
─── ん? 今なんか変なこと言わなかったか? …… 生き残れる可能性?
「ちょ、ちょっと待って! るるかさん! 今の! 生き残れる可能性って?」
「はい…… 通常、ここに存在しないはずの定臣さんがいるっていうことはその…… つまり」
「…… もしかして俺、死亡?」
「高確率で消滅DEATH!」
「…… 待って! 最後のデスのスペルおかしいよね!? 発音変だったよ!?」
「あはは、まぁたぶん大丈夫ですよ。小波さんが回答を置いていってくれてますので」
意外だった。あの透哩が俺の身を案じている。俺は驚きを隠しながら、次のるるかさんの言葉に耳を傾けた。
るるかさんは優しく微笑むと、軽く両手を合わせ小首を傾げた。ずり落ちかけた帽子を手で直すと咳払いをする。そして丁寧に透哩の回答とやらを説明してくれた。
「えっと、透哩さんにデレデレになっちゃった定臣さんは、透哩さんと永遠を共にしたいと願った。天使の透哩さんと永遠を共にするには自らも天使化するしかなかった。もしも定臣さんの天使化が認められなかった場合。それは神が選出した主人公の願いが叶わないということになる。だからこそ私は人事長として定臣さんの天使化の認可を正式に申請する。
こんな感じですが、よろしいでしょうか?」
あの馬鹿が最後に言ってたあれか!! にしてもツンデレ透哩にデレデレて。これは言うべきなのだろうか。いや、言うべきだろう。つっこみどころが多すぎるがとりあえず一つだけは言っておいてやる!
透哩! お前はツンしかねーんだよ!!!
魂の叫びを内心で終わらせた俺は半ば諦めながら、とりあえずの確認をるるかさんに求めた。
「その通りですって…… それ認めないとDEATH?」
「DEATHです。(キッパリ)」
やっぱりなー! 提案したのが透哩って時点でそうだと思ったんだよ!
はぁ……ったく。俺がなにしたって言うんだよ。
「…………… OK、認めます」
なげやり気味だった俺にるるかさんは優しく微笑むと
「それでは…… 承認します」
改めてそう宣言した。そして、身の丈程もある輝く印鑑の様なものをどこからともなく取り出すと、大きく掲げ地面に押し付けた。
るるかさんがそれを地面から離す。するとそこから光が溢れ出し、見た事もない文字が空中に浮かび上がった。るるかさんはそれを認めた後、穏やかな笑顔を浮かべ、そっと目を閉じた。そしてゆっくりと祈る様に言葉を紡ぎ始めた。
「この者が悠久なる時を越える事をお許しください。大いなる神の代行者となる事をお許しください。─── いざ!!」
そう言うとるるかさんは先程の穏やかな表情から一転、目を開き真顔になった。そして空中の文字に手を這わせると、そのまま俺の胸に押し付けた。
─── リィィィィィン!!!
辺りに鈴の音が鳴り響く。
俺は突然の出来事に、呆然としていた。
るるかさんの視線は俺の頭上に向けられていた。それに気が付いた俺は自分の頭上に視線を送る。そこには光輝く輪が現れていて、それはそのまま降りてきて俺の中へと消えていった。それと同時に俺は、自分の中に暖かい力が流れ込んでくるのを感じていた。
心地よさに意識が朧になっていく……
─── パンパンッ
そこにるるかさんの拍手が響いた。
「定臣さん、良かったです! 無事に承認されましたよ!」
嬉しそうにるるかさんがそんなことを言っていた。
「…… え? 承認? …… え?」
「はい! 失敗したらどうしよ~って思いながらだったので緊張しましたよぉ」
「あれ? 承認ってるるかさんがOKだせば終わりじゃなかったんですか?」
「あ、私は人事長なので承認申請までは出せるのですが。許可は神様しか出せないですよ?」
あの印鑑みたいなのが申請なのかな?
─── ん?
それならばあの文字は神が出現させたってことなのか?
「えーと、さっきの変な文字みたいなのを俺の胸に当てたやつ……?」
「はい、あれが神様の審議でした」
るるかさんの安堵したような笑顔に俺は嫌な予感を覚えた。恐る恐る尋ねてみる。
「───…… 失敗してたら?」
「DEATH」
悪魔の笑顔に嫌な予感を肯定された。
って待て待て待て! 自然の流れで命賭けられてたぞ?! やっぱるるかさんも相当こえーよ! 天使こえーよ!! みんなこえーよ!!
「……ははは」
「フフフフ」
それからるるかさんは青褪めていた俺に、神力の行使の仕方などの様々な知識を与えてくれた。
天使は死なないこと。
任務遂行世界の主人公は天使の力によって、夢や願いが叶うまで不老不死になること。
天界での過ごし方。
天界は正確には死後の世界などではなく、あくまで世界の集結点であり、それの呼称にすぎないということ。
色んなことがありすぎた。ここは自分なりに整理すべきだろう。
まずは現状からだ。透哩が本物の天使だと知った今ならわかるが、あの時、透哩は神力やらなにやらという謎力を使って俺の夢を探った。
─── 在るものは在る。
透哩がそう言ったように確かに在るものは在る。ならば無いものは無い。そういうことも言えるだろう。
俺には夢が無かった。
天使の任務は対象者の夢を叶えることだ。そして夢が無い場合は願いを叶える。俺の思考を読んだ透哩はらしくも無く悩んだ(2秒くらい)。何故なら俺の願いは変化と不変だったからだ。
矛盾していた。
そのどちらも叶えるために透哩はとんでもない答えを出した。
それが天使化である。
悠久なる時を越えて決して綻ぶことの無い歯車。
壊された日常。これから続くであろう永遠なる日常。
なるほど、確かにどちらも叶えられている。でもまず確認とってくれ! そして説明してからにしてくれ!! お前は突拍子もないんだよ馬鹿透哩!!!
などと苦情を訴えたところであいつはもういない。まぁいたとしても無視されるだけだろうが。
─── 学園で待っている。
そう言い残してあいつはあっさりと去っていった。─── 簡単に言ってくれる…… 別に会いたいわけじゃないが俺には学園に入らないといかん理由ができた。
この見た目だ。
天使ですよーなローブに大人しい金色の髪。その長さは透哩と同じく膝下まで伸びていて、背丈は平均的な一般女子の身長より少し高めといったところだろうか。きめ細かな肌は雪のように白く水々しい。そして瞳はブルーダイヤのような綺麗な水色に輝いている。はっきり言って無茶苦茶に美人だ。
あ り え な い
こんな容姿の女性が近くを歩いているなら、是非ともお近づきになりたいものだが、何が哀しいかなこれは自分だ!
るるかさんはモデルチェンジは学園生限定だと言った。その学園に入学するには異常な難易度の任務をこなす必要があるという。異常だよ異常!オリンピックで金メダル6つだぞ?無理すぎるだろ。
正直、絶望的に思えたが、天使になった俺は無限の時間を手にいれた。
時間さえあればいけるんじゃね? と、半ばなげやりな感じでそう弾け始めた。
強引に前向きに思考を傾けたそこで俺はあることに気が付いた。
学園生とやらは任務遂行時以外はエンジェルフォーム(美女)を解除できる。そして俺が見た透哩は任務遂行時だった。
つまり ……
あいつ実は男だったんじゃなかろうか? そんな疑問が浮かんだ。もし男だったとするならば一発ぶん殴ってやらないと気がすまない!
…… どうやら学園に辿りつく理由がもう1つできたようだ。
◇
「とりあえず自分の中で整理できました。なんでこんな目にあってるのか納得できない所が多々、多々! ありますが…… 学園目指して任務を遂行していくことにします」
結局、俺が三十分程、唸って出した答えはこれだった。
「そうですか、思ったより理解が早くて助かります」
待たされていたというのに、るるかさんは嫌な顔一つせず、そう言いながら微笑んでくれた。俺はそんな彼女にお礼を言うと、当面の質問を投げかけた。
「それで、具体的に俺はなにをすればいいんでしょうか?」
それに答えるには部屋を移す必要がある。るるかさんはそう言うと俺を手招きし、部屋を出て行った。講義を受けていた部屋の右手、廊下のつき当たりの大きな扉をくぐった先にその部屋はあった。
「ここが世界の集結点、研修レベルのカテゴリーに属している部屋です」
その言葉を聞きながら部屋の中に招き入れられる。思わず部屋の暗さに驚かされた。
真っ暗なその世界には上も下も関係なく、星々が幻想的に浮かび上がっていた。
その光景に子供の頃に見たプラネタリウムを連想する。
その中をソフトボール大の水晶玉が、所狭しと上下に移動しながら浮かんでいる。よくよく見るとその中には1つ1つに違う風景が見てとれた。
『ありゃりゃ、ここでるるかさん以外と会ったの初めてだわ』
幻想的なその光景に呆けていると背後から急に声が聞こえた。
「あ、小早川さん、おかえりなさいです」
俺はるるかさんの声と同時に振り返り、その声の主を見た。
…… ものすごい美女がいました。
同じ目線で最初に目立ったのは、やはり一目見て天使とわかる大きな白い翼だった。それから茶髪の頭髪に目が移った。髪型はポニーテールだろうか。しかし後ろで一点に縛られているポニテの象徴であるそれよりも、長く左右均等に分けられて顎下まで垂らしてる前髪の方が特徴的だった。
そんな特徴的な前髪に挟まれているのは誰もが振り返りそうな美顔であり、その下地である茶褐色の肌からは快活な印象を受けた。
なるほど、美女はデフォ。それは理解できた。ここにいるってことは、この人も自分と似たような境遇に置かれているのだろうか?
「ただいまー! るるかさん。いや~初任務にすげ~時間かかっちゃったよ!」
じっくりと観察する俺をよそに、その人はるるかさんに陽気に話しかけた。
「いえいえ、かなり優秀な遂行速度かと! えっと、こちら小早川一樹さんです。こちらは川篠定臣さんです」
「あ、ども。俺、川篠定臣っていいます。」
「どもども! 俺は小早川一樹っていいます! 海里とるるかさん以外の天使初めて見ました! 良かったら友達になってください!」
これが俺と一樹との出会いだった。
なかなかにいい奴っぽい。俺は差し出された手を握り返しながら笑顔を返す。恐らくこの人もエンジェルフォームとやらの餌食になったに違いない。それにしても美女二人の呼称が〝俺〟って言うのもなかなかにシュールな絵柄だ。
「あ、俺、今こっちに着たばかりで……友達歓迎っす! よろしく!」
「んじゃ堅苦しいのは無しで! よろしくな! 定臣!」
「あぁ、よろしく一樹」
そこにるるかさんが痺れを切らして口を開いた。
「いいなぁ、私も友達になってくださいよぉ」
『るるかさんは友達っていうより先生なので!』
一樹と声がハモる。るるかさんは『ガーン』という効果音でも付きそうな顔で半泣きになると、慌てて口を開いた。
「私もただの一人の学園生ですよ!いずれは同席するんですし、先生とかじゃないです~~」
なにそれ初耳。人事長とかやってて学園生なのか。もしかしたら天界での役割分担って学園での委員会みたいなものなのか?
俺がそんなことを考えていると、なかなかに面白い顔になった一樹が口を開いた。
「なにそれ初耳!」
ですよねー。
どうやらこいつも、俺と同じ程度の知識しか与えられていないらしい。仲良くやっていけそうだ。
それからしばらく会話を交わした後、互いに慣れあった所で一樹がこんなことを切り出した。
「んー、すぐに次の任務いこうと思ってたけど。せっかくだし、ちょっと三人で話しませんか?」
「いいですね! いい茶葉が手にはいったんですよぉ! 私の部屋にいきましょう」
そんな一樹の提案にるるかが直ぐに食いついた。
にしても仲良くお茶会って…… どうやら任務に強制力は無いらしい。天使の自主性にお任せってことなのだろうか。早速、るるかに聞いてみるか。……にしてもさっきまで〝さん〟付けで呼んでた人をいきなり呼び捨てって難しいな。
先程の会話の最中、俺と一樹はるるかさんに異常なまでにため口を要求されていた。それと同時に目を輝かせて『なにかわからないことがあれば私に聞いて下さいねっ!』と、何度も詰め寄られていた。このタイプの人には逆らわない方が良い。俺はここで今までの人生の教訓を活かすことにした。
「任務とかってすぐいかなくていいのか?」
「気がむいた時にやればいいんですよぉ♪ 私達の時間は無限。天使は悠久の時を越えられますから♪」
軽く返答したるるかとそれに頷いている一樹。なんともまぁお気楽なものである。
「天使っていい加減なんだなぁ」
二人の緩い空気に思わず口元を緩めた俺はそんなことを呟いた。
◇
るるかを先頭に部屋を出て少し歩く。しばらくして不意に立ち止まったるるかは、頭上に向って手を伸ばした。
「初めてだろうからちっとビックリすんぜ?」
と一樹。
頭上に『?』マークを点灯させている俺をよそに、るるかは何も無い空間から突然、光る梯子を引きずり降ろした。
「!? …… なんでもありだな」
「だなー」
「はい、準備完了です! この梯子を昇れば私の部屋に通じてます。───ちなみにこの建物は学園寮となっています。入学した際には一人一部屋支給されますので、お二人が入学された際には是非、利用して下さいね♪」
軽く説明をしてくれた後、るるかは梯子を昇っていった。俺達もそれに続いていく。
◇
「もっと女の子女の子した部屋を想像したんだが……」
俺達を出迎えた部屋には、真っ白な机が一つあるだけで他には何も無かった。
「まぁ天使って部屋あっても、任務で出てることが多いからなぁ。実際、使ってる連中も少ないって話だしな」
と一樹。
「ですねぇ、学園に入っちゃえば校舎から離れる事の方が珍しいですし。私が人事長の仕事でこの建物に来たのも、実は一樹さんの時以来なんですよぉ」
「そもそも寮いらないんじゃないのかそれ」
即座につっこんだ。
「いえいえ、中にはお部屋が大好きで出てこない方もいらっしゃいますし。あまりに部屋から出てこなくて、風紀長から任務にいけって催促されてるくらいです」
「あー、それ聞きたかったんですが、いつ任務に就いてもいいって言う割りに催促とかあるんですか?」
「一樹さん、畏まらずに話してくださって結構だと…… えっと前回の達成時から次の開始までが千年開いちゃうと神力が剥奪されちゃうんですよぉ。つまり消滅です。それを予防するために学園では風紀委員を結成して、達成時から五百年経過した天使には催促がいくようになってるんです」
「五百年て!?」
「なるほどなるほど! わかりました! ありがと!!」
驚く俺をよそに一樹は得心がいった様子で頷いた。それから意地の悪い笑みを浮かべると、こんなことを言ってきた。
「最初はびっくりするわな! 定臣、ちなみに俺が初めてここに来たのは三十年前だぜ?」
いちいち桁が違うな。というか実はこう見えておっさんなのか一樹。いや待て、いちいち驚いてるとキリがない。そもそも天使なんてものがいたんだ。これ以上なにを驚くことがあるか。
俺は深く考えることを放棄した。
「ふぅ…… OK、把握した」
そんな俺を見た二人は満足した様子で頷きあっている。
「うははは、慣れてきたな?定臣」
「いいことです」
「さすがにな …… ところで一樹」
「ん~?」
「お前って神様に選ばれたわけだよな?神様見たの?」
「いや、見てないぜ?」
「あ、それは」
俺の質問に一樹が答える前にるるかが説明を始めた。やはりこの子は説明が大好きな様だ。俺は脳内のるるかメモにそう書き記した。
「えっと、神様から選出された方には学園から使者が送られるようになってるんです」
「ほ~」
唸る俺に不思議そうに一樹が聞いてきた。
「ん? お前にはお迎えがこなかったのか?」
一樹の質問に黒い影が脳裏を過ぎる。その影は過ぎ去るどころか俺の思考のど真ん中で停止すると、偉そうに腕組みをしてこちらを睨みつけてきた。言うまでも無い。ミス・ダークネス! 小波透哩、その人である。
断じて言わせてもらう! お前はお迎えなんかじゃない!!
俺は〝あの時〟のことを思い出しながら一樹に向って質問した。
「……なぁ一樹、お前って天使化する時に殺された?」
そんな俺に驚いた顔を見せながら、一樹は自分が天界に来た時のことを話してくれた。
「はぁ?! 殺されるわけねーじゃん! ……俺の時はお迎えが来て、天使について軽く説明された後に同意求められて、それからOKだして、手を繋いでワープして天界まで来たぜ?」
俺の時とは随分と扱いが違う。どうやらこれが普通の天使化というやつなのだろう。駄目だ俺!考えるな!感じろ!よし!透哩はやっぱり異常だ!ちくしょー!ついてねぇな俺!
一人ぶつぶつと呟いていた俺をよそに、るるかは俺達にどこからともなく取り出した紅茶を差し出しながらこう言った。
「海里さんは真面目な方ですからねぇ~。マニュアル通りの勧誘をして頂いてるみたいで助かりますぅ」
「ありがと! ……あ、海里ってのは俺を案内してくれた天使ね」
紅茶を受け取りながら一樹がそう付け加える。
「どもども。……随分と優しい天使様だったんだな? 俺なんかいきなり説明もなく殺されたんだぜ?」
同じく、紅茶を受け取った俺はそう話を続けた。
「ぶっ! ちょ! マジかよ!?」
一樹が紅茶を吹きながら、信じられないといった表情でるるかに目配せをして確認をとる。るるかはそれに苦笑いで頷いて答えた。
「殺されたって…… あぁ~…… わかったかも…… お前を連れてきた天使って小波透哩?」
「正解。知ってるのか?」
「見たことないけど、天使化されて最初に説明される悪魔な天使だよそいつ」
「……悪魔な……確かに」
「ちょっと! ちょっとちょっと! 駄目ですってば! 危険です!」
俺達の会話をるるかが大慌てでシャットアウトした。透哩の怖さを同じく知る身としてはそれも納得できることだ。
「あぁ、まぁ一樹。透哩の悪口は危険なんでやめておこう…… ダメ! 絶対!」
俺達の表情を見た一樹は、容易に想像がついたと頷くのだった。
それからしばらくして、ようやく会話も一段落ついたところで一樹が改めてまじまじと俺を見てきた。
「ん? どうした?」
「いや、名前から察するに男だと思うんだが…… お前可愛すぎるよな」
そう言うと一樹は頬を染めて俯いた。
……なにこの空気? なにこの空気!?
いや待て! 俺にそっちの気はない! こいつは何言ってんだ???
───お前可愛すぎるよな
…… はぁ?
……………… あ。
そうか見た目があれか! そうか思い出した!! ないわ!! これだけは言わせてくれ! これだけは言わせてくれ!!
俺は一樹に詰め寄るように訴えた。
「俺は男だぜ!! 俺は男だぜ!!! 大事なことなので二回言いました!!!!」
悲しすぎる現実を拒否するように叫んだ俺の声は、自然と大声になっていた。
「まぁまぁ。学園に入れば二人とも戻れますのでぇ~」
そんな俺をるるかはころころと笑いながら見ている。ったく笑い事じゃないっての。
「わりぃわりぃ。そういや、るるかさんってその見た目デフォなの? るるかさんもかなり可愛いよね?」
こいつはこいつで反省の色がまったくないしな。
「私はこの見た目が元ですね~」
「元の見た目のままで天使として通用するってどんだけ美人なんですか! 素晴らしい!」
案外、こいつは軟派な奴なのかもしれん。俺は嬉しそうにるるかに粉をかけ始めた一樹にじと目を送った。
それにしてもこの見た目はなかなかに厄介だ。こいつが男の姿ならただの軟派野郎な印象を受けるのだろうが、美女なだけに一樹がるるかを口説く絵柄は見ていてなかなかに面白い。先程、るるかが俺と一樹のやりとりを見て笑っていたのはこういうことなのかもしれない。まぁ口説かれているとはいえ、肝心のるるかが
「実はエンジェルフォームって元の見た目がある程度、反映されるんですよ~───多少の上方修正は含まれますけどね」
こんな感じで取り付く島も無いわけではあるが。まぁ相手にされていない一樹は一樹で気にしてる様子もないか。
俺の観察をよそに、るるかは一樹を置き去りにして一人でテンションを上げていった。
「なのでお二人がかなり可愛いので、今から学園入学を楽しみにしてウキウキしちゃってますぅ~」
そう言うとるるかは両手を合わせ、ポワンとした表情でどこか遠くを見つめ始めた。
どうやらエンジェルフォーム時に可愛い=ナイスガイ。この構図が彼女の中で出来上がっているらしい。
るるかが逃避行に出かけてしまったために、話し相手がいなくなった一樹はすぐに俺に話題を振ってきた。出会った時からうるさい奴だったが、こいつはかなりの話好きらしい。
「俺も人間の時の見た目には結構、自信あったんだけどなぁ…… こりゃあ定臣の方がモテそうだな」
よりによってくだらない内容の話だった。俺は適当に流そうと話を合わせた。その適当さが俺と一樹との長い戦いの火蓋を切って落とすことになろうとは思いにもよらなかった。
「あー、俺の場合、天使化が特殊だから元から上方修正された姿がこれとも限らないぜ?すげー不男かもしれねぇ」
「そう言われると元の姿も早く見たくなるな! どっちが先に学園に辿りつくか勝負しようぜ!」
ノリ良く挑まれればつい受けてしまう。自分のその悪癖を自覚しつつも
「お、それ面白そうだな! ノッた!」
気がつくとそう答えていた。それを聞いた一樹は
「よし! るるかさんご馳走様! よーいドン!」
などとのたまうと、ものの見事にロケットスタートを決めたのである。完全に釣られた俺は慌てて紅茶を飲み干すと
「ちょ! 待てって! るるかさんご馳走様!」
そう言って一樹の背中を追い、部屋を出たのだった。
◇
到着したのは一樹と出会ったあの部屋だった。
「俺、ここにするわ!」
一樹はそう言うと俺に振り返り、手に取った水晶玉を見せてきた。
そしてにかっと笑うと
「んじゃまたいつか会おうぜ!定臣!」
間髪入れずに水晶玉を胸元に当てがった。
水晶玉から一気に光が溢れ出し、辺り一面を覆いつくす。俺は眩しさに目を閉じた。
「まぶしっ……」
光が納まりようやく視界が晴れた時には一樹の姿は消えていた。
「なるほど…… 任務に出かけたってことか…… ったく…… 競争になっちまったし俺もいくかな」
俺は見よう見真似で任務に出かけることにした。
まずは水晶玉をじっと見る。そこには色んな世界が見えた。そしてその中に1つだけオレンジ色の水晶玉を見つけた。
「なんか色違うし、これにしてみようかな?」
正直もう少し、るるかの説明を受けてからの方が良かった気もするが……
まぁ天使は死なないらしいし、どうにかなるだろ!
水晶玉を胸元に押し当てる。
世界が輝き始める。
眩しさに目を閉じ、次に俺が目を開いた時には世界の景色は変わっていた。
◇
その頃、るるかは
いずれ入学してくる二人のイケメン ……
イイ!
すでに友達な私は皆から羨ましがられ ……
イイ!!
「……はっ!?」
妄想の旅から不意に帰還したるるかは部屋に一人残されていた。
「あ、あれ? 二人共どこに……」
辺りをきょろきょろ見回するるか。
そこに足元から慌てた様子の声が聞こえてきた。
『るるかーーー!! 大変なんだ!! るるかーーー!!』
「この声…… 海里さんでしょうか……?」
るるかは少し急いで部屋から下の階へと降りた。
そこに慌てた様子で先程の声の主が駆けつける。
「るるか! 選別当番の手違いで任務水晶に別のカテゴリーのものが入ってる! 直ぐに外さないと大変だ!」
「え…… そんなことって過去に一度も……」
「呆けている場合か! 研修レベルの天使があのクラスの任務など…… 手遅れになるといけない! 急いで!」
るるかは海里のあまりの勢いに押されて、慌てて奥の部屋へと駆けだした。
◇
「昨日から今日までに任務に就きそうな初級天使はいたか!?」
部屋に入るなり海里はるるかに詰め寄る。
「は、はい…… 一樹さんと今日こちらに透哩さんが連れてきた方が一名……」
それを聞いた海里は目を見開いた。
「なんてことだ……」
呆然と立ち尽くす海里を見て、るるかは理解した。
「手違いでこっちに流れて来た任務のカテゴリーって……?」
「上級 …… オレンジ色の ……」