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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
27/57

カルケイオス VI

 


  

 ■




 ◆




 鉄扉の向こう側から轟音が響いた。


 それを目覚まし時計かなにと勘違いしたのか、大人しく膝上で眠っていた〝セキオスの間の化け物〟ことルブラン・メルクロワその人が目を覚ました。

   

「ぅ……ぐ」


「おっと、まだ寝てた方がいいんじゃない?」


 仮にも轟流奥義を全身に浴びたのだ。鎧に包まれていたとはいえ、通常ならば即死していてもおかしくはない。そう気遣って声をかけたものの、どうやらそれが彼女の逆鱗に触れたらしい。


「ぐぅ……き、貴様!」


 膝枕のお代は強烈な突き飛ばしと罵声だった。規格外の力で突き飛ばされ思わず、正座姿のまま壁まで吹っ飛んだ。


「いたた……やれやれ……まだそんなに動けないだろうに」


 ガラガラと内壁を持ち上げつつそう呟く。

 ふと顔を上げると僅か数cm先まで鉄拳が迫っていた。


「こわっ!」 

 

 反射的にそれを右手で受け、時計回りに反転しつつ受け流す。そのまま手首を極めつつ、出来る限り勢いを殺し、強襲者を地面にふわりと投げつけた。


「……二度目だ!どうして殺さなかった!」


 地面に伏したままルブランが激怒している。

 なるほど彼女は〝敗者には死を〟な考え方の人のようだ。


 少し面倒ではあるが、こういう輩を丸め込むにはとっておきの呪文がある。詠唱の際にはできる限り見下した様な目を作り、悟った様な声色を出すのが効果的だ。


 準備はOK。さぁ詠唱開始だ。


「敗者をどう扱うかは勝者の自由。生かすも殺すも勝者の特権だ。

 俺は自分のエゴであんたを生かした。敗者はそれに従うべきじゃないのか?

 もっとも……納得いかないならあんたの気が済むまでやりあってもいいが……

 結果は変わらないよ?」


「ぐっ……き……さま……」


 こうかはばつぐんだ!


 思わずそんなテロップが見えた気がした。


 まぁそれくらい凹んでくれたってことで……

 女性を凹ますのは趣味じゃないわけで……

 俺が凹んできたわけで……


「…………」


「…………」


 なんとも言えない沈黙が続く。しばらくしてその静寂を破ったのはルブランの方だった。


「……賊がニー様と同じセリフを言うな」


「ん?ニー様?兄ちゃん?」


「ちがっ!」 


 まぁ今を思えばそれが〝きっかけ〟だった。その人物の話を振るとルブランは突然饒舌になり、もじもじと顔を赤らめ語りだしたのだ。

 

 話の内容は、要約すれば彼女が言うところの〝ニー様〟やら〝あの方〟とやらという人物がその昔、山賊をしていたルブランを討伐し、先程の俺と同じセリフを吐いたらしい。 

 

 ルブランは言う。〝私もあの方の様になりたくて腕を磨いた〟のだと。


 それは恐らくはどこの世界でも通用する簡単な理屈なのだ。

 自身の信念を貫き通すには物理的な強さが必要になる。

 もっとも、この物理的な強さというものも世界によって形を変えるのだが…… 

 それは時に金であり、時に戦闘力であり、時に謀略であったりする。


 ともかく、ルブランが貫き通したい信念には単純な力が必要だった。だからこそ彼女は鉄の意志を貫き通し、弛まぬ努力の果てに今の実力を手にいれた。

 そして遂に自身の命を狙われ続けた中でも、相手の命を奪ることなくセキオスに君臨し続けた。

 

 正直に言えば、俺は彼女のその実績が気に入っていた。

 奥義を撃ち込んだ際、最後の瀬戸際で手加減したのはそのせいもある。

 そして改めて彼女の信念を聞かされ、それは間違いじゃなかったと確信した。

 だからこそ俺は声に出して言う。

 想いは声にしないと届かないこともあるのだから……


「いいね、その考え方。好きだよ俺」


「ぅ……き、貴様は!!」


 何故かルブランが更に顔を赤らめた。そして次の瞬間、俺は硬直することになる。


「貴様は!たらしだ!!!」


「なん……だと?」


 〝その美貌で、色んな男性にそう言って回っているのだろう〟との言いがかり。挙句の果てには〝わ、私はこれでも女だぞ!のらんからなっ!〟のおまけつき。


 なんというか……


「泣きたくなってきた!」


「な、泣いても駄目だからなっ!わ、私には好きな人がいるのだ!」


「ぁーぅん、そだねー、ニー様好きだもんねー」


 棒読みでそう呟く。案の定くわっと噛み付いてきた。


「だ、だれがそんなことを!!!!」 

 

「ぁーもうわかりやすすぎるから。もういいから。」


「き、きききききさまーーー!!!」




 ◇




 恐らくは牢屋に入れられた時に負った傷なのだろう。キカは歩くのに不自由な程度に負傷していた。

 もっとも、あの状態のキカをこの程度の傷で、牢屋に拘束したのはすごいことだと思う。


 扉の向こうにはその〝すごい〟ことをやってのけたルブランを相手に、今もサダオミが戦っているはず……

 

 もしかしたら最悪の場合は……


 大きく首を左右に振る。肩を貸しているキカが〝どうしたの?〟とこちらを覗き込んできた。


「大丈夫、サダオミだもん。あいつ強いんだから……」


 自分にそう言い聞かせながら鉄扉にそっと手を添えた。


 ───ギィィイイ。


 ゆっくりと鉄扉が開いていく。

 鼓動が早くなっていく。

 最悪の事態を考え、ぎゅっと瞑っていた目をそっと開く。


 そこには───


「ぇ~……」


 仲良さ気に会話を繰り広げているサダオミとルブラン、二人の姿があった。


「ぉ?ロイエにキカってことは〝用事〟は終わったのか?」


 こちらに気がついたサダオミが、なんとも陽気にそう話しかけてくる。その声に安堵すると共に思い出した。


 ───〝用事〟はまだ終わっていない。


「ロイエ?」


 さすがにキカには僕の緊張が伝わってしまったらしい。不思議そうな面持ちでこちらを覗き込む彼女をそっと抱き締め、僕はお別れを口にした。


「キカ、僕は君のこと……大好きだよ!」


 ポケットからビー玉大の玉を取り出すと指をぱちんと鳴らす。それはお姉さま特製の〝絶対安全テント〟の発動の合図だった。

 空間断絶効果を牢屋の役割として使用する。一定時間、絶対の安全を約束してくれる〝それ〟は言い換えれば一定時間、外に出られないということだった。


 キカが突然、姿を消したことに唖然としているサダオミに向かって、もう一つテントを放つ。さすがに上体移動で回避されたものの、範囲外に逃げられなければ問題は無かった。


「サダオミ、ありがとね!」


 ───ぱちんっ


「ロイエなにしt」


 言い終わる前にテントが発動する。そして〝セキオスの間〟には僕とルブランの二人だけが残された。


「ロイエル・サーバトミン!何をした!」


「ん、ちょっと二人を拘束したの」


 首を傾げるルブランの前に両手を揃えて差し出す。そして僕は僕が犯した罪を告白した。


「〝ミレイナの窯〟破壊しちゃった♪」 

 

「なっ!?…………貴様、逃れられんぞ」


「いいよ、逃げる気ないし。

 窯が壊れればキカの罪状が確定して、エドラルザ送りだったんでしょ?」

 

「その予定だった」


「壊れる前に壊した奴がいれば罪は全部そっちにいくよね?」


 恐らくそうはいかない。でもルブランなら……


「それは……」


「お願い!ルブラン!僕だけがやったことだから……」


「……すぐに出るぞ。また邪魔をされてはかなわんからな」


 うん、やっぱりいい人♪


「ありがとね♪ルブラン」


「……ふんっ」


 一連の出来事に影で糸を引く者がいる事など知る由も無く。こうしてロイエル・サーバトミンはカルケイオスを去っていった。

 静寂に包まれた〝セキオスの間〟には空間断絶の向こう側から必死に視えない壁を叩き続けるサダオミとキカ、二人の姿が在った。


 そして物語はエドラルザに集束して行く……

 



 ◇




 言い訳するならば、俺はロイエのあの笑顔にものの見事に騙されていた。

 女の笑顔はまったくもって反則的だ。その笑顔に男が手玉にとられるのは、もはや世の理なのだろう。

 

 〝キカを救う方法があるから〟


 満面の笑顔の裏に隠されたロイエの決意など知る由も無く、俺はロイエのその言葉を鵜呑みにした。そして言われるがままに手助けし……迎えた結末がこれである。


「ったく……あの馬鹿」


 断絶された壁の向こう側、かなり窮屈なこの場所でそうごちったのはもう何度目だろう。

 その間にも時間はただ虚しく過ぎ去って行く。ロイエの死期が刻一刻と迫って行く。


 もどかしい。もどかしいもどかしい。


 殺風景な〝セキオスの間〟が余計に時間の経過をわかりずらくし、苛立ちを募らせるのに貢献してくれやがる。

 

 恐らくは視覚感知は出来ないものの、すぐ傍にいるはずのキカも同じような思いをしているはずだ。


 勝手に引っ張りまわした挙句、最後の最後で〝あなたにこれ以上、迷惑はかけられません〟それで納得できるかよ……あのちびっ子め。


 ぐるぐる回る思考の中、何度も別れ際のお礼の言葉と笑顔が思い出される。

 

 ───あの笑顔を失うわけにはいかない。


 そう心の中で強く宣言する。


 ロイエルが死に、あの笑顔をもう見ることが出来ない。その可能性が出ただけでも、これだけの後悔が押し寄せてきているのだ。


 もしも───


 もう一度、別れ際の笑顔が脳裏に過ぎる。そのお陰で最悪の〝もしも〟を考えずに済んだ。


「にしても……最初から死ぬつもりであの笑顔はないわなぁ……」


 ───ファン


 そう呟いた時、ようやくロイエの置き土産がその役割を終え、聞きなれない音と共に俺達二人を解放した。

 

 それにさ、ロイエ───


 眼前に現れたキカの泣き疲れた姿に、思わず天を仰ぐ。視線を出迎えた単調な造りの天井に向かって、心の中で続きを語りかけた。


 お前が身代わりになって───

 本当にキカが救われると思ってるのか?


 恐らくは、キカの命を救うことだけを考えての行動。もちろん後のことなんて考えてもいない。

 しかし厄介なことに、キカのために自分の命を投げ打つ覚悟だけは出来ているってところ……か。


「ふぅ……やれやれだね」


 あ~なんていうんだろ……


 なんというか……


 まぁ……


 まったくもってあいつは……


〝愛すべき馬鹿〟ってやつだな。


 ったく……あんな愛くるしい馬鹿たれのこと放っておけるかよ。


 そっとキカの頭に触れる。不安そうな瞳でこちらを見上げてきたキカに、出来るだけ優しく笑顔を作ると俺は一つの約束をした。


『ロイエは死なせないから』



 

 ◇




 私は馬鹿だ。


 こうなることはわかっていたのに……


 ロイエは死刑になる。それは何があっても覆らない。

 

 このラナクロアに生を受けた者にとって、エドラルザの法がどれだけの重みを有するものか。死を司るその理不尽な法を無抵抗に受け入れる程に、民達は飼いならされていた。

 ましてやキカ・サミリアスの両親は軍属であった。法の侵食度は一般人のそれより遥かに重度なものである。


 故に確信する───


 ロイエは絶対に助からない……  


 事が起こってからではどうあっても覆らない。それがこのラナクロアの理なのだ。

 閉鎖された空間の中、キカ・サミリアスはただ、ただ後悔に苛まれるばかりであった。


 絶望に支配され、自分の無力さを嘆き、涙が枯れ果てるには充分な時間が過ぎ去った頃、ようやく彼女は解放されることとなる。


 茫然自失で座り込んでいた彼女の頭にそっと手が添えられた。

 曖昧な思考の中、彼女は手の主のことを考えた。

 

 ───サダオミ・カワシノ。


 脳裏にその名が浮かんだ時、彼女の思考に一筋の光明が差し込んだ。

 

 〝彼女の背には翼が在る〟


 人外なる者───

 通常、恐怖するであろう未知なるその者に対して、彼女が抱いた感情は希望であった。


 彼女には理解できる。この者が希望を司る存在であるということを……

 

 自身の特異体質に今以上に感謝したことは無い。

 私にはわかる。私が願えばサダオミはきっと願いを叶えてくれる。

 だからこそ伝えなければならない。


 ───ロイエを救って欲しい。

 ───私の親友を救って欲しい。

 ───本当はすべて仕組まれていたことなの。

 ───影で糸を引く人物の名も私は知っているの。

 

 声に出して伝えないと……


『ロイエは死なせないから』


 それでもう駄目だった。


 サダオミのその言葉を聞いて……

 伝えたかったことのすべてが吹き飛んでしまった。

 それでも───


 嗚咽を必死に我慢して声を押し出す。これだけは伝えないといけない。


「サ……ダオミ……ロイエを……お、おねが……ぃ」

 

 

 

 ◆ 

  



「サ……ダオミ……ロイエを……お、おねが……ぃ」


 ったく……


「なにキカ泣かしてんだよエドラルザああああああああああ!!!」 


 自分でもびっくりするくらいの大声が出た。

 まぁそれも無理はない。エドラルザはやっちゃならんことをやりやがった。

 

 俺の妹を連れ去った挙句、もう一人の妹を泣かせやがった。

 小夜子の言葉を借りるならば『馬鹿なの?死ぬの?』と言ったところだろうか。 

 なんにせよこの瞬間に俺の怒りゲージはMAX振り切った。


 そして───


 怒りのままにカルケイオスから西に駆け出し、我に返った時には見知らぬ景色が周囲に展開していた。




 ◇




「ぇ~……」


 セキオスの間に一人残されたキカ・サミリアスは、音速で過ぎ去っていったサダオミの背中に一言そう告げることしか出来なかった。




 ◇




 定臣がカルケイオスを駆け出したその頃、エドラルザ城一室にて控えていたオルティス・クライシスの元には、極秘裏に一つの連絡が寄せられていた。


「なんですって!?オーネが負傷?

 ───すいません、取り乱しました……

 詳細を伺いましょうか」


 カルケイオスにはサキュリアスの特殊要員、所謂ところのスパイが数人潜入している。とはいえ、そのスパイの主な任務はオーネ・ネルビルの近況報告である。


 そう、監視ではなく、あくまで近況報告なのである。そしてそのスパイはミレイナ・ルイファスの許可のもと、配置されている。


 彼女の許可無くして、カルケイオス内で外部の者が生き残る術は存在しない。それはカルケイオスの情報欲しさに潜入を試みた、様々な勢力が凄惨な結果を残したことで証明していた。


 そのミレイナの許可を得てまでしての、明らかな私的な用件による人員配置。オルティスがどれけオーネのことを特別視しているのかは容易に伺えた。


「そう……ですか。それでは作戦は滞りなく……

 はい、それよりオーネの容態はどうなのですか?」


 そして一連の報告を受け終えると、オルティスの前に出現していた魔法球が消滅する。それを見送るや否や


 ───ドゴッ


 オルティスは壁を殴りつけていた。


「オーネ……すまない。僕のミスです」


 ───ガチャ


『おいお~い若ぁ、いくら防音魔法使っててもここは王城だぞぉ

 カルケイオス出身者なら気がつくぞぉ今のぉ』


 扉の音と共に入室し、オルティスを諭したのはクレハ・ラナトスだった。


「すみません、クレハ……」


「ふぅ……やれやれだねぇ、若よぉ

 珍しく自分の選択を悔いてるみたいじゃね~かよぉ」


「僕は……」


「おっとぉ、その先は言いっこ無しだぜ~」


「すみません……そうですね」


 珍しく小さく映るオルティスのその背中を見つめながら、クレハ・ラナトスは思いを馳せる。


 若よぉ……それは選ばされた選択肢なんだぜ

 



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