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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
24/57

カルケイオス III



 ■




 カルケイオスの裏通りの一角。夕日に影を照らさしだされ一層、寂れた雰囲気の中に佇む不思議な趣のある建物の前に美女が三人いた。

 

 掲げられた看板には〝中村屋〟の文字。定臣がラナクロアの文字を読めれば大層首を傾げそうなその看板であったが、解読されることはなく今は彼女達の頭上でただ、ただ夕陽と睨めっこしている。

 

 どこの世界でも夕空が夜の闇へと役目を投げるのは早いらしく、僅かな時間で辺りの景色は色を変え始める。

 

 そんな中、手の平に視線を落としたキカ・サミリアスは少し焦った様子で別れを切り出した。


「いけない。もういかないと……

 それじゃサダオミ───ロイエのことお願いね」


 キカ・サミリアスのその言葉に音速を超えて了解を投げかける。背後でロイエが『どうしてサダオミにお願いなのよ』とか言ってるがそんなものは関係ない。


「ぁ───キカ……今日は〝当番〟かぁ」


 久しぶりに聞いた単語に懐かしさを覚えた。そういえば二人はここの学院とやらの生徒なんだったな。


 ふ~ん、となんとなしに聞き流しているとキカがロイエに呆れた様子で大きく息をついた。


「ふぇ?どうしたのキカ」

 

「ううん……なんでもない。

 ───それじゃ私もう行くから」


「おう!なにか知らないが頑張れよ!」


 とりあえず声をかけておく。首を傾げ続けているロイエをスルーしつつ、軽く会釈をするとキカは去っていった。


 次に会う時は、約束を遂げて自分がカルケイオスを去る時になるのかと思うと、僅かながらの寂しさが込みあげてきた。


 それにしても───あの見た目は本当に反則だ……


 そう思いつつもキカの背中を見送る。そこに足元のチンチクリンが噛みついてきた。


「ちょっとサダオミ!なんでキカと仲良くなってるのよ!」


「愛していると言ってもイイ!」


 うっかり心の声が漏れた。 

 

「……ぇ~と?」


「うん、まぁ気にするな。

 ───ちょっと友達になっただけだよ」


 キカとの約束は守らないといけない。ルクエ・マリネとの一件はロイエには伏せておくことにする。


「ぅ~……まぁいいけどさ」


 ここは少し話題を変えようと、耳に残った先程の単語に話題の矛先を向けてみる。


「そういえば〝当番〟ってなにするんだ?」


「あぁ、それはね───」




 ◇




 ───エドラルザ王国国立魔科学専攻学院。


 ロイエル・サーバトミン。キカ・サミリアス。ルクエ・マリネらが所属しているカルケイオス内部に存在する魔術師育成機関である。


 世間一般的には〝エドラルザの城壁〟に使用されている素材はカルケイオス民が造りだしていることになっている。


 しかしその実、城壁素材は学院生の手によって造られていることは以前にロイエル・サーバトミンが語っていた。

 ついでに素材の原材料がマノフの外皮であるという国家機密までも、うっかりあっさり漏らしたことは記憶に新しい。


 では学院生はどのようにしてその城壁素材を造りだしているのか───


 城壁素材造りに携わる者は五人一組。一日交代で予め定められた順に巡っていくその役割をここでは〝当番〟と呼称しているのだとロイエル・サーバトミンは語る。


 城壁素材は〝ミレイナの窯〟と呼ばれる大型魔法具の中で生成され、〝当番〟の者はこの〝ミレイナの窯〟に耐久維持の魔法を行使し続けるのだという。


 曰く、〝造る〟のではなく〝維持する〟のだと。


 


 ◇

 



 どうやら説明は終わったらしい。相変わらずに怒りながら丁寧なところに思わず笑みが零れる。

 

 そしてまた───


 意味ガワカラン単語ガデテキタ。


 これは天使の宿命か。別世界ごとに毎回苦労させられるのには慣れるほかないだろう。


 〝わからない事があれば何でも質問して下さい〟


 一昔前に、そう笑顔で言った教師に本当に何でも質問してみたところ、笑顔で多数決で他に〝わからない人〟を募られた挙句に、『少数派なので切り捨てます』と言われたトラウマも無くはないが───


 幸いここでの〝教師〟は何でも答えてくれそうだ。それならば何事も勉強あるのみである。一つ一つ覚えていくしかない。

 

「んじゃぁ、その〝ミレイナの窯〟ってのが無けりゃ城壁素材ができないってこと?」


「そうなるわね」


「ミレイナ……ミレイナ……どこかで」

 

 その名が気になり記憶を探る。顎に手を当てかけた俺をチンチクリンが指差し、ぐわっと口を開いた。


「ミレイナ・ルイファス!!!僕のお姉さまだよ!昨日、教えたでしょ!!」


 そういえばそんな事を聞いた記憶がある。


「怒るなよ~」


『怒ってないわよ!』と、ぴょこんと跳ねた仕草が可愛くて思わず頭を撫でる。サラサラの赤毛が妙に手に馴染んでやめられないとまらない。


 それにしても〝ルイファス〟……ロイエの苗字は〝サーバトミン〟だったよな?


 ───確か実の姉と言っていたはず。

 苗字が違うということは……まぁ人の家庭の問題ってやつには踏み込むべきじゃないよな……


 そっともう一度、ロイエの頭を撫でる。


「なによ?」


「相談に乗れることがあったら何でも言ってくれよな」

 

 とりあえず俺にできることはこれくらいか。 


「……なに?なんで慈しむような顔になってるの?……なに?」


「まぁ強く生きるのじゃ。ロイエル・サーバトミンよ」


「なんで急に老人口調!?なんでフルネーム!?」

  

『意味わからないよ!?』などと照れ隠しをしているカワユイ奴め。(注※定臣はこの世界の苗字の理を知りません)


 しばらく首を傾げていたロイエだったが、自分のその行動に先程のキカの去り際の態度を思い出したのか、自問するように呟きを漏らした。


「それにしてもさっきのキカ……なんでため息なんてついてたんだろ?」


「そりゃ無関係な俺の前で恐らく国家機密であろう〝当番〟のこと口にしたからじゃないのか?」


 笑顔でそう答え、素早く耳に手を当てる。心の中ではこのチンチクリンには隠し事は教えないでおこうと誓っていた。


「……きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 カルケイオスに絶叫が木霊した。




 ◇




 さて───


 裏通り。夕暮れから夜を迎える時間帯。少女の絶叫───後はわかるな?


 〝それ〟は素早かった。


 ロイエル・サーバトミンがまたしても自身の不覚を嘆く絶叫を発してから僅か十数秒。魔術の街には到底そぐわない筋肉隆々な大男達が数人群がってきた。


 まぁなんだ。警備のおじさま方だったわけだが。


 さすがにこの時ばかりは嘆くばかりだった自身の見た目に感謝した。

 もし〝男〟の姿だったのならば、間違いなくあらぬ疑いをかけられていただろう。


 この見た目も幸いして適当な言い訳はあっさりと受け入れられ、すぐに開放された。

 去り際に『またロイエル様か』などと警備の愚痴が聞こえた気がしなくもないが……まぁ……


「このおおおおお!!」

「きゃあああ」

 

 わしゃわしゃと。

 とりあえずはこれで許してやろう。


『禿げる!禿げる!』と半泣きなロイエを無視してさらにしばらく髪の毛を弄んでいると


「もうやめてって!

 ……あ───もう夜だね」


 不意にロイエが空を見上げてそう呟いた。


 同じく空を仰いでみる。夜の空は今日も快晴だ。

 ぽつぽつと顔をだし始める星々。


 ───願わくばこの〝先〟の世界にも同じ様に星々が輝いていますように───


 一瞥に想いを投げ、視線を元に戻す。


 気がつくと辺りには人工であろう光が点々と灯り始めていた。恐らくは便利魔法。魔法なのに人工とはこれ如何に。


 裏通りである寂れたこの一角にも照明魔法の類は完備されているらしく、夕暮れ時の夕陽よりも明らかに視界は見通しが良くなっていた。


 へぇ~と感嘆の声を上げつつ、しばらくカルケイオスの街を見回す。そこにロイエが言葉を投げかけてきた。


「それじゃ、宿にいくわよ」


「へ?」


「だから宿よ宿!まさか僕の家に泊まるつもりなの?」


「ぃゃ、そもそも一泊するつもりがなかったわけだが……」

 

 そこでふと思い当たる。


 そういえば〝当番〟は一日交代だと。

 そうなるとキカは明日までは戻ってこないということか。


 これは全くもって安請け合いをしたとロイエに視線を戻す。


「なに〝しまったああああ〟って顔してるのよ?」


「しまったあああ!」


「口に出さない!」 

 

「ふぅ……」


「なによ?」


 確かに別れ際、マリダリフに明確な待ち合わせ時間は告げてはいなかった。しかしながらすでに一日が経過している。


「いや~……人待たせてんのに悪いなぁってな」


「ぅ……それにはほんのちょびっと僅かながら微塵程に責任を感じるわ」


「それ感じてないってことですよね!?」


「わ、わかったわよ!宿代くらいだすわよ!」


「ロイエ、財布ね~じゃん」


「………………ぁ」


「ん~……まぁ俺は野宿でもいいよ」




 ◇




 とは言ったものの───


 結局、ロイエの屋敷に招かれることになった。


 そう、屋敷である。エドラルザ王国の中の小さな王国カルケイオス。そこの王である〝ミレイナ・ルイファス〟の妹は所謂〝お姫様〟であった。


 表通りの最奥、エドラルザ王国国立魔科学専攻学院の真正面と抜群な立地条件と思われる位置に〝それ〟は建っていた。


 むしろ俺が寝そべっていた芝生はロイエの家の庭だったらしい。校舎の一角だと思っていたんだが。


 間違えるのも無理はない。この世界の住人ならば、細かい造りの違いなどで判別できるのであろうが、異世界人である俺から見たそのチンチクリンハウスは、校舎と全く同じ造りにしか見えなかった。


 茶褐色な煉瓦とタイルを織り成したような造りの外壁は、照明魔法の類でぼんやり照らし出され、人工にも関わらずどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 高層ビルから夜景を見下ろしている時の感動に近いものがある。


 そう心の中で感想を述べつつ、しばらく立ち止まって観賞していたものの、すぐにロイエに急かされて中へと招き入れられた。


「───あの」


「なにも言わないで」


 使用人の〝おかえりなさいませお嬢様〟の挨拶の一つも期待していた俺を信じられない光景が迎え入れた。


 ───赤い絨毯。


 ───シャンデリアのような照明。


 ───見るからに高価そうなアンティーク家具の数々。


 ───そして趣ある内装。








 の瓦礫がれき


 リアルに初めて見たお嬢様の代名詞の数々の〝それ〟は黒煤にまみれ、無残に玄関ホールに積み上げられていた。

 趣すぎた結果がこれなのか。しかし───


「気のせいかロイエよ。俺はこの黒煤に見覚えがあるんだが……」


「言うなあああああ!!」 


 あぁ……容易に想像できるさ……


 ───ちょっと古くなったわね修繕しようかしら


 ぼんっ


 ───ちょっと!なんで爆発するのよ!? 


 ぼんっ


 ───ああああ!これお姉さまが大事にしてた……


 ぼんっ


 ───きゃあああああ!



 泣きたくなりました。


 一頻り想像を終えた定臣は、かつて贅沢品であったそれらの墓標に軽く敬礼しつつ。


 ───ロイエって絶対、〝当番〟外されてるんだろうなぁ


 などと心の中で感想を述べるのだった。



 

 ◇




 〝セキオスの間には化け物がいるのよ〟


 話題は遡る。ロイエル・サーバトミンの口からその単語が紡がれるまでに語られていた内容は、やはり〝当番〟についてのものだった。




 ◇




 〝ミレイナの窯〟それが安置されている場所が、学院内において最も重要な拠点であることは容易に想像できる。

 学院最深部に位置する、直径五十メートル四方はあろうかというその空間の名は


 ───セキオスの間。


 そこにはカルケイオスにおいて唯一無二の〝異質〟な世界が広がっている。


 〝異質〟とその空間が称されるには巨大魔法具の存在やそれを〝維持〟するために集束された膨大な魔力から醸し出される異様な雰囲気もさることながら、ここで特筆すべき点は他にある。


 それでは他に何があるのか───


 このラナクロアにおいて唯一、治外法権が認められているカルケイオス。その内部にたった一点だけエドラルザ王国の〝法〟の侵入を許している空間が存在していた。


 小さな王国の中の僅かな綻び。それこそがこの〝セキオスの間〟なのである。



 ◇




「で───なんでそこだけエドラルザ王国の〝法〟が適応されんの?」


 現在、俺とロイエは瓦礫の山を通過し、部屋としてギリギリ機能している〝空間〟で過去に机だった物を挟み、かろうじて椅子であるものに腰をかけて話し込んでいた。


「刺々しいなにかを感じたんだけど?」


「キノセイ。続けて続けて」

  

 まったくもぅ、などと口ずさみながらロイエは続きを話し始める。


「んっと、お姉さまが言うには───」




 ◇




 〝人は知らざるものには恐怖を感じる〟


 なるほど確かにその通りだ。


 そしてこのカルケイオスは〝力〟を持ちすぎている。


 ───ラナクロアの魔術の心臓部。

 ───エドラルザ城壁の素材造りの独占。

 ───そして何故か認められている治外法権。


 少し話を聞いただけでも異常性は感じる。そして大きすぎる力は疑心を生む。

 それが配下にいるのならばそれは尚更だろう。


 わかりやすく忠誠を示すには貢物が必要なのだ。


 そしてカルケイオスがエドラルザ王国に提示した貢物こそが城壁の名であり、法の一部介入とそれに伴う内部監視なのだろう。


 ロイエルの噛み砕ききれていない説明から、あたりをつけた定臣は自分なりの解釈を踏まえてそう理解した。


 それにしても……僅かそれだけの貢物でよく〝あの〟エドラルザ王国がよく納得しているものだ。


 ───エドラルザ王国の〝法〟。


 それはなにかと死刑の目立つ非常に物騒なものだった。


 人を手っ取り早く縛るには残念ながら、いつの時代も暴力が有用だ。

 

 その暴力の極みである〝死刑〟を振りかざせばさぞ人々を屈服させやすかったのだろう。

 それが現王の意思からか、この国が長い歴史の中で創り上げたもなのかは知らないが、このラナクロアに降り立って僅か五日で何度も耳にしたその単語に、定臣は内心でうんざりとしていた。


 しかしながら暴力だけでは人は支配できない。


 暴力から得られた支配は瞬発的な効果は生むものの、持続力に欠ける。

 それは歴史の教科書が証明している。


 どれだけ強力な暴君が出現しようとも、飴と鞭をうまく使い分けた者こそがより長く、歴史に君臨し続けてきた事実は捻じ曲がらない。


 そういった意味ではこのラナクロアは最悪なケースといえる。


 死刑が蔓延る法律。絶対的な鞭と思われる〝それ〟よりも更に強力な鞭が存在する。


 ───魔族。そしてそれらが使役する魔獣。


 その鞭に対してエドラルザが提示している飴は命そのものとも言える〝城壁〟の存在である。

 

 鞭が〝命〟なら飴も〝命〟。


 矛盾しているようで、しかし絶妙にバランスがとれている。


 故に───この支配は終わらない。


 だからこそ〝ミレイナ・ルイファス〟はうまくやったと思う。


 変わらないものを変わらないと受け入れ、自らが持ちうる手駒を最大限に駆使し、最大の利益を得た。その結果こそが現在のカルケイオスの在り方なのであろう。


 そこに思考が到達した時、定臣はまだ見ぬその人にそう思いを馳せた。




 ◇

 



「ロイエの姉ちゃんはすごいな」


「うん!すごいよ」


 恐らくは自分などが想像も出来ない程、数々の苦渋の選択を強いられてきたのだろう。カルケイオス民の命と自分の思考を天秤にかけられ、泣かされたのは一度や二度ではないはずだ。

 そしてその果てに守り抜いてきたものが〝この〟笑顔なのだろうと定臣はロイエルの頭に手を添える。


 なるほど───この笑顔のためなら頭を下げるのも容易いな。

 

 とはいえ、セキオスの間に滞在しているのは王国の一般的な騎士。カルケイオスの王である〝ミレイナ・ルイファス〟がそれに頭を下げてるとは思えないが───いや、わざわざ派遣されてくるくらいなのだから特別な地位でも与えてられてるのか?……


 そうなるとセキオスの間において〝ミレイナ・ルイファス〟と王国騎士はどちらが上の立場になるのだろう。


「やっぱ姉ちゃんもそのセキオスの間では王国騎士達に頭下げてるのか?」


 ふと思った疑問を口にするとロイエの顔が驚愕の色に染まった。


「───びっくりしたぁ」


「なにに」


「あのねぇ……お姉さまが人に頭を下げるわけないじゃん」


 ロイエルのその言葉に自身が思い描いたミレイナ・ルイファスの〝くえないけど世渡りの上手な人〟という人物像に、些か思い違いがあるようだと定臣は首を傾げる。

 そんな定臣などお構い無しにロイエル・サーバトンは誇らし気に続けた。


「そもそもセキオスの間に近づきもしないよ?

 〝世の塵あくた共の自己満足のためにゴミ屑を我が家に招き入れてやっているのだ。これ以上、私になにをしろと言う?……フフフ、王国騎士の鎧を見ると思わず八つ裂きにしたくなるよ〟

 とか言ってたし」


 声のトーンを落としてそう真似てみせるロイエルによって定臣が思い描いた〝ミレイナ・ルイファス〟その人物像は紙くずのごとく吹き飛ばされていった。


 思わず透哩の姿を思い浮かべた。

 ───世の中には思いのほか怖い女性が多いようです。


「それに騎士達じゃないよ」


「はてな?」


「カルケイオスに滞在しているのは一人だけよ。それがお姉さまの最大限の譲歩だったもの」


 一人だけ?


 それで勤まるのだろうか。少なくとも〝ファステル無し〟である自分に対していきなり死刑宣告してくるような輩がいるカルケイオスである。


 まぁ全員がルクエみたいなのじゃないとは思うけども。それに〝ファステル無し〟と壁の内側の王国騎士じゃ扱いが違うのも当然かな。


 首を傾げた定臣だったが、貢物としての目的で王国騎士を受け入れているのならば、排除しようとする者も現れるわけがないかと自身の中でそう結論付けた。


「にしても一人でよくやるなぁ」


 なんとなしにそう呟いた定臣にロイエルは困り顔で呟いた。


「そうね……就任当時は毎日が死闘だったもの」


 あんぐりと口を開くとはこのことだろうか。思わずカタカナで〝ナンデタタカウノヨ〟と問いただした定臣に対して、ロイエルは姉が王国に提示した受け入れの条件を示した。


『いいだろう。王よ───あなたにもプライドがある。

 受け入れは許可する。───ふんっ!私、自ら排除してやるのも悪くはないが……』


「まて!ロイエまった!」


 思わず声真似中のロイエを制する。なんというかロイエの姉ちゃんって……


「ええいっ!やかましいわ!今は私が話しているのだ!最後まで聞くがいい!」


「声真似したまま怒るなよ……まぁロイエの姉ちゃんの人となりはなんとなくわかったよ」


 自分の中の〝ミレイナ・ルイファス〟に対して小波透哩ラナクロア版と評価を下す。良く言えば〝孤高〟悪く言えば〝傍若無人〟。当たらずとも遠からずだろう。


 恐らくは周りの人間は振り回されてばかりなのだろうと、ますますロイエルに対して親近感が湧いた。


 ロイエル・サーバトミンの声真似は続く。


 話の内容は〝貢物をやるかわりに内容には条件をつけさせろ〟と要約すればそういうことだった。


 王国からカルケイオスに受け入れる騎士は一名。

 長である〝ミレイナ・ルイファス〟は手を下さないという条件ではあるものの、その一名にはカルケイオス内でいつ〝不慮の事故〟が起こるともわからないというもの。


 要するにカルケイオスに一歩足を踏み入れた地点で、住人全員が命を狙う……と。

 

 無茶苦茶だ。それでは貢物自体に意味がない。むしろ〝力を示したければ条件をクリアしてみせろ〟というミレイナ・ルイファスの副声音すら聞こえてくる気がする。


 いや……もしかすると彼女は───エドラルザ王を手の平の上で転がして遊んでいるだけなのかもしれない。


 ともあれ、王はその条件を飲んだ。そして宣言通りに異物は排除されようとしたのだ。


「ん、それじゃ今まで何人も 〝セキオスの間〟の騎士は殺されたってことか」


「殺されたなんて物騒ね。公には事故と発表されるのよ

 ───でも」


 〝セキオスの間には化け物がいるのよ〟


 そう続きを口ずさんだロイエの表情には恐怖の色が浮かんでいる様に思えた。


 ───〝ルブラン・メルクロワ〟


 カルケイオスに介入するエドラルザの〝法〟の人型の名はそれだという。


 貢物として〝セキオスの間〟が王国に開放されてからというもの、一度も屈することなくその空間に君臨し続けているその騎士は、驚くことに女性なのだという。


 まったくもって女性に化け物とは失礼な話だ。一昔前、人間をやっていた頃の自分ならば間違いなくそう思っていただろう。


 しかし今は違う───小波透哩をはじめ脳裏を過ぎ去っていく歴戦の猛者(女性)達。


 うん、世界には強い女性が多いのです。


「なら王国兵は一人も殺されてないってことか」


 それなら良かったと言いかけて慌てて口をつぐむ。返り討ちにあったカルケイオス民はどうなったのかと疑問が浮かんだからだ。

 しかしその疑問は次のロイエの言葉で望む〝方〟に氷解してくれた。


「そうね。

 それに───」


 〝ルブラン・メルクロワ〟が化け物と呼ばれる所以。それはもちろん、この魔術達者が集うカルケイオスを敵にまわし、いまだに生存し続けていることが理由である。


 そのことだけでも十分に化け物だというのに───とロイエルは続けた。

 それをさらに彩るエピソードとして、法の番人のその人は〝ただの一人も殺さず〟に襲いくる数々の殺意を撃退し続けているのだという。

 

 考えてもみて欲しいとロイエルは語る。


 二十四時間いつでも敵の襲撃があるのだ。

 殺意は常に彼女の傍らに在る。それはほんの一息をついた瞬間であったり、王国から支給される食料品の中であったり、はたまた眠りの最中にまで襲いかかってくるのだ。

 

 殺意をこめられた攻撃。しかしそのすべてに、〝ルブラン・メルクロワ〟は手心を加えて返礼しているのだという。

 

 〝各員、一度はルブランの命を汲みにかかれ〟


 〝ミレイナ・ルイファス〟のその指示に従い、各々の手を尽くしたカルケイオスの民達も一月も経たずに制されてしまった。


 結果として〝ルブラン・メルクロワ〟は〝ミレイナ・ルイファス〟に認められた。


〝一度は〟という彼女の指示に思わず笑みが零れる。〝ミレイナ・ルイファス〟はここでもまた〝試した〟のだろう。

 これは相当な曲者だと定臣は内心で覚悟を決めた。


 その後はロイエ得意の余談が続いた。内容的には〝ルブラン・メルクロワ〟についてまわる噂の否定。


 曰く、本当は腕は二本だけだ。


 曰く、本当は目は二つだった。


 曰く、本当は人間だ。


 いや……わかってるからと思わずつっこみたくなったのはいうまでもない。



 ◇




「あぁ確かにそりゃすげ~な」


 ここはカルケイオス在住、ロイエル・サーバトミンさん宅の一室……の廃墟。日はとうに暮れてはいたものの、まだ眠るには早い時間帯。

 定臣とロイエルの二人は会話を繰り広げていた。


 言葉を吐きながら、自分の周りに現れ続ける〝規格外〟な人間達に思わず肩を竦める。


 〝ミレイナ・ルイファス〟の傍若無人さもすごいが〝ルブラン・メルクロワ〟の怪物っぷりもありえない。

 

 とはいえ───


 まだ見ぬ〝ルブラン・メルクロワ〟その人が化け物染みていたお陰で、貢物の件に関しては誰も命を失わずに済んだのだ。

 世界の価値観が違うとはいえ、それが良かったことであることに変わりはないと信じたい。


 そこで一つ気になった。〝ミレイナ・ルイファス〟の命令は〝各員、一度はルブランの命を汲みにかかれ〟というもの。

 それならばロイエル・サーバトミンも一度は指示通りに襲いかかったのだろうか。


 疑問のままに質問してみる。しばらく〝ぴゃ~ぴゃ~〟と騒いだ後にロイエはその時の結果だけを教えてくれた。


「思いっきりお尻ひっぱたかれたわよ!〝命をとりにかかるのなら本気でやりなさい!〟って怒声つきで!」


「そっか」


 短くそう返答した俺の顔は間違いなくにやけていたはずだ。


 〝ミレイナ・ルイファス〟の絶対命令。それに従うフリをして手抜きをしていたロイエ。恐らくはキカも本気なんてだしていないはずだ。

 ルクエはまぁ……本気でもいいや。


 ルクエの名前をだせば何故かオチがつくが、カルケイオスの学生である娘達のその心意気がなんとも嬉しかった。


 命を摘むことに対して、自分とは違う価値観をもっている城壁の内側の住人達。その世界の住人達に、自分と似通った点を見出せたことが嬉しかったのかもしれない。


 ───悪戯な世界。


 交差する人と人。


 もしも王がミレイナの要求を飲まなければ。

 もしもルブランが弱ければ。

 もしもルブランが殺人狂であったならば。


 〝もしも〟はどこにでも介在する。


 ───わかっている。


 すべてがハッピーエンドで終わるご都合主義な物語なんて、本当はどこにも存在しない。

 だからこそ神は〝主人公〟を定めている。


 〝選ばれた者にとってのご都合主義を創りだせ〟と。


 でも───だからこそ俺は強く望む

 ───願わくば自分の手の届く範囲の人間には幸せでいて欲しいと。


 ───ん?………〝主人公〟?


「……………………………………………ぁ」 


「どうしたの?」 

 

「ロ、ロイエさんや、今日は何日かね」

 

「なんでまた老人口調……

 材料の納品期日が今日だったから、えっとぉ……雷の日だね。

 正確にはラナクロア暦635年、水の月三の雷の日 」


「………………なんてこったい」


 時すでに遅し───


 ようやく思い出した主人公〝ポレフ・レイヴァルヴァン〟の願い。それを果たす通過点と定めた勇者になるための公募。


 その開始期日は……


「───キョウダッタンダ」


 俺は何をやってたんだと思わず自己嫌悪に陥る。確かにマノフの一件でポレフにまで気を配る余裕は無かった。そして、そのまま成り行きでカルケイオスまで来てしまったわけだが……

 それにしても───


 完 全 に 忘 れ て た 。


 いや、まぁポレフにはもう不老不死を行使したし……うん、まぁエレシがついてるから大丈夫だとは思う……思うんだけど───


 脳裏に笑顔のエレシの姿が浮かぶ。もちろん目が笑っていなかった。


 すいませんごめんなさい忘れてました!


 とりあえず心の中で土下座しておいた。これはますます早くカルケイオスを出る必要がでてきたと、自身の中でとりあえずこれからするべき事を整理する。


 1、とりあえず明日まではロイエの護衛。

 2、護衛が終わり次第、ダッシュでシイラまでいってマリダリフと合流。

 3、ポレフ達と合流。


 最短でも明日か……

 これは俺が合流するまでに、勇者の試験が終わってないことを願うしかないな。


「どうしたのよ?」


 ロイエの声に意識を引き戻される。


「ぃゃ~……すっげぇ大事なこと忘れてたんよ」


 とはいえ、天使云々のこちらの事情は伏せておくに越した事はない。エレシの意向がそうだったことからもそれは間違いなさそうだった。

 

 定臣は得意の愛想笑いでその場を誤魔化すと、その後もロイエルとの適当な会話でラナクロアの知識を深めつつ、時間を潰していくのだった。


 夜も更け、窓から見える魔法灯がその日の役割を終えた頃、それと同時にようやく長かった雷の日が終わりを迎える。


 同じ部屋で寝ようと誘ったロイエルをかわし、背中に『なんで女同士なのに?』などと疑問符を投げかけられつつも〝マシ〟な部屋を探索する。


 どこの部屋も廃墟度に違いは無かった。それならばキカのお願いのこともある。護衛ならば近くにいるに越した事は無いと、結局ロイエルの隣の部屋で眠ることにした。


 劉生の修行の一環に〝眠りながら敵の気配を察知できるようになれ〟というものがあった。

 体得するまでには夜中に額に何度、木刀をもらったことか───その果てに体得した浅く、深く眠れる術。


 眠りながら常に気配には気を配っておくことは忘れなかった。にも関わらず先刻は魔法を駆使された挙句、気がつかない間に拉致されるという不覚をとった。


 起きたらロイエに害が及んでました。じゃキカに申し訳がたたない。

 とはいえ、明日は今日以上に強行軍な予定を消化しなければならない。


 ならばより一層、気を配りながら眠るほかにないだろうと定臣は大太刀〝轟劉生〟を抱き締めつつ、壁に背をもたれさせ座ったまま眠るのだった。

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