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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
23/57

カルケイオス II


 ■

 


 

 ◆




 ───迫られる。


 牢獄と大方代わらないこの暗寒い取調べ室の中で、俺は今も尚追い詰められていた。

 

 目の前に佇む女性……ルクエ・マリネはゼエゼエと肩で息を切らしながらも、機関銃のごとくその口から謎の説得用語を放ち続けていた。


『女は慎ましく、お淑やかに!美しい者はそれ相応の言葉遣いを!』


 ご苦労様です。


 当然のごとく、俺の口から告げた真実はいつもの様に信じてもらえるはずもなく、それどころか今回に関してはスルーすらされず、なにやらものすごく怒られた。


 果たして俺の言い方が悪かったのだろうか。


 少し首を傾げてはみたものの───やはり俺が男であるという真実には嘘偽りの欠片も無かった。


 それにしても慎ましくてお淑やかな女性がいきなり殺そうとしてくるなと……それになんか『ほぅはっああ!』とか奇声発して襲ってきてたし…… 

 

 あれはあれでルクエ的にありなのだろうか、などと思案している俺の前でルクエの講義内容は『正しい女性の在り方』から『サブタイトル~その実演編~』へと姿を変貌させ始めていた。


「き・い・て・ま・す・の!?」


「ん、あぁ聞いてるよ。飽きてきたけど」


「んなああああ!!!」


 んなあああて。


「あなた!あなたあなた!」


「定臣でいいって」


「サダオミ!サダオミサダオミ!」


「うわっ、丁寧に言い直すか普通」


「ですから私はあなたのために!」


 うん、悪い子じゃない。


 確かに悪い子じゃないんだが……くどい。


 かまってあげたい気もしないではないが、今は少し巡り合わせが悪い。


 ───俺には約束がある。


 それは想像を絶する巨大生物『マノフ』と対峙した際に、一時期ではあるが命運を共にした男との約束。


 マリダリフ・ゼノビアにシイラの酒場で待つように告げたのは俺だ。ならば少しでも早く駆けつけるのが筋というものだ。


 お陰様でついうっかりと深入りしてしまいそうなこの子との会話を終わらせる理由が見つかった。


「ルクエ、悪いんだけど───」


 

 ───コンコン 


 

 ルクエに別れを切り出そうとしたその時、背後の鉄扉が軽快な音を鳴らした。

 

 重厚なその造りからは到底鳴りえない程の木筒を叩いたような軽いその音は、次に扉を潜って現れる人物が『魔法』の使い手だという事を物語っていた。


「誰ですの!?取調べは終わってませんことよっ!?」


『ルクエ。その人、申請通ってるから……それを伝えに来たの』


 扉から顔を半分覗かせると同時に来訪者はルクエにそう答えた。


 その姿に思わず目を奪われる。


 胸の奥にはかすかな痛みがあった。

 気にしなければ気がつかない程のかすかな痛み。


 扉から顔を半分覗かせるその姿が、再会を望む小夜子の姿に被って見えたのだと気がついた。


 あぁそうか───世界は悪戯好きなんだったな。


 いつかの日に、自身に降りかかった不幸を受け入れる時に覚えた魔法の言葉を思い出した。


 夜の闇を模ったかのような黒髪はとても綺麗で、思わず見開いた目はもうその一点に奪われたままで。


 凝視しているにも関わらず、ほんの一瞬目を離せばこの奇跡を見失いそうで。


 だから、ただじっとその少女が扉から入ってくるまで瞬きを我慢していた。


「あら、キカさん……申請は通っていても今は私の管轄ですわ!」


「でも……」


「べ、別に危害を加えようというわけではありませんのよ?」


「でも……その人、泣いてる」


 そう───泣いていた。


 どこか虚ろなその瞳も。どこか人見知りを感じさせるその仕草も。聞けばそれだけで暖かくなれるその声色すらも。


 なにもかもが小夜子と似ていた。


 こんな奇跡的な偶然はありえない。


 あるとすればそれは


 ───世界の悪戯だ。


「ど、どうしましたの!?サダオミ」


「……ぁ、あぁ、なんでもない」


 他人の空似なんてレベルじゃないが、この子が小夜子のはずがない。何を泣く必要があるんだ……って───あぁ、ちくしょう。その上目遣いも小夜子そっくりかよ……

   

「そう、ちょっとさ……その……ちょっと妹に似てて」


「?」


「あぁ、なんでもない、なんでもない。

 俺の名前はサダオミ・カワシノっていうんだ。

 君は?」


「……キカ・サミリアス」


「キカか……よろしくな!」


 なるべく警戒されないように明るく振舞う。すっと差し出した手は案の定すぐにはとってくれなかった。


「……よろしk」

「お~よよよ!お~よよよよよっ!」


 何事かっ


 俺とさよ……じゃなくてキカがせっかく握手を交わそうとしていたその時に、後ろで控えていたルクエが邪魔するように抱きついてきやがった。(←小夜子至上主義な人)


「……どうしたの?ルクエ」


「お~よよよ!サダオミ!サダオミサダオミ!妹さんは亡くなっていますのね!?可哀想なサダオミ!キカでよろしければ束の間の代わりをして下さいますわ!お~よよよ!」


 何その早とちり……っていうか小夜子死なすな!およよ言うなっ!


「……そうなの?」

 

 もちろん、ぶんぶんと大きく首を左右に即否定。それを確認したキカは『またいつもの病気ね』などと困ったように呟くと俺の手を軽く握ってくれた。


 その際に、自身の早とちりに気がついたルクエが背後から真っ赤になって足元に滑り落ちていったりもしたが、今はこの素晴らしい時をじっくりと堪能させて頂きたい!


「ん……ルクエ、服汚れるよ?」


「うぅぅぅうう!放っておいて下さいましっ!」


 ほら、キカの呼びかけにもこの通り。


「……あっ」


 しばらく困り顔でルクエの後頭部を見降ろしていたキカだったが、不意になにを思い出したように声を上げた。


「ルクエ」


「なんですのよぉぉ!放っておいて下さいましっ!」


「……でも、申請が」


「死刑執行の権限は剥奪されますけれど、申請前に捕縛されたファステル無しの処遇は捕縛者に一任されていますわよ!それがわからないあなたではないでしょう!?」


 なにやら理不尽にルクエの口調が荒くなっている気がするが、対するキカが余裕の笑顔なので傍観に徹してみる。


「ん……でも、申請通した子が」


「放っておきなさい!この私に口答えできる者などこの学……」

「ロイエなんだけど」


「ピッ!」


 なんか『ピッ』って言った。


「うん、ロイエ」


「ピッ!……キュ~……」


 う~む……俺の背中から真っ赤になって落下したルクエさん。うつ伏せの状態から真っ赤なまま、しばらくアザラシよろしくな体勢でキカと言い合っていたと思ったら。


 今度は顔面蒼白になって、何故か半身ひねりを加えて仰向けに倒れた挙句、口から泡を……


「い、忙しい子だな……」


「ん、いつもの事」

 

 優しい眼差しでルクエを見降ろしているキカのその姿に、やはり小夜子とはどこか雰囲気が違うなぁなどと心の中で感想を述べてみた。


 というか……


 ロイエよ……お前、ルクエにいったい何をしたんだ?


 


 ◇




 さて現在、俺はキカ・サミリアスの後ろについて取り調べ室を出て、地上への階段を上がっている。つまり、牢屋やら取調べ室やらがあるフロアは地下にあったわけだ。


 両脇を肩すれすれまでレンガの様な壁で覆われた狭い階段は、異常な程に急斜な造りで一段、一段を上がるのになかなか苦労させられる。


 そういえば日本の城の階段が急斜な造りなのは、上階に逃げながら迎え撃つ際に振り返り様に敵の喉を狙える設計になっているとかどこかで聞いた記憶がある。


 恐らくは牢屋から近いこの階段にもそういった意味合いがあるのだろうと、勝手にあたりをつけつつも、ひたすら上がっていく。


 牢屋の暗さと寒さの演出は、どうやらこの段階で始まっているらしい。

 夜と間違う様な暗闇の中、視界の遥か右斜め上に見える開けた空間からは木漏れ日のように光が差しているのが見えた。


 一歩一歩がいつもよりも重い。

 やれやれと気合いを入れて、重心を少し低くする。


 そんな俺の背中からは、不自然に巻き髪がぶら下がっていた。

 まぁ、正確には気絶したルクエを背負っているわけなんだが……


 よいしょともう一度、ルクエを背負い直す。

 見上げた出口はまだ遠く、階段を抜けるにはしばらく時間がかかりそうだった。


 もう少しキカと対話を試みたいものの、先程から前方を歩き続ける彼女は、部屋を出てからというもの見事に無言を決め込んでいる。


 さすがに初対面の人間に早々打ち解けれられる程にフレンドリーでもないらしい。

 それならば少し自分の置かれている状況を整理してみるのも悪くないと思考を巡らせてみる。




 ◇




 正直なところ、俺はいまだ状況を把握できていない。


 とはいえ、ロイエから予め聞いていた説明に先程までの流れを足してみれば大方の予想はつくわけだが……


 つまるところ〝ファステル無し〟には『人権』が与えられていないわけだ。

 まぁこのラナクロアにおいて『人権』という概念が存在するかどうかは知らないが。


 ───城壁の内と外。


 内には平和が約束され、外には富が約束される。


 ではその外の富はどこからもたらされるのか……


 それは他ならぬ城壁の内側からなのだろう。

 ならば内に住まう人々は金銭面でかなりの負担を強いられているはず。


 元々、内側の人間は富裕層が多くを占めると聞いた。


 ───だからどうした。


 他者より財産が多いからといって、自分達だけ多くの負担を強いられることに納得できる人間なんているはずもない。当然、不満は生まれる。


 人間というものは実にわかりやすいもので、他者との違いには異常なまでに敏感なものだ。

 それも残念な事に、そういった違いを探る感情は負の方へと傾きやすい。


 そして負の感情は渦をなし、争いへと発展する。

 ───それを様々な手段で制し、導いていくのが国家だ。


 そしてその先導者はいつの時代も敗者を生み出してきた。


 生かさず、殺さず……煙に巻いて誤魔化して───


 それではこのラナクロアにおいて、敗者とはいったい誰なのだろうか。


 それは壁の中の楽観者達だろうか。それとも壁の外の蔑まれた者達だろうか。

 そもそも敗者が何故存在する……?


 ───いや


 中の人も外の人も敗者である自覚なんてないわな。余所者の俺が勝手に決めつけるのは失礼極まりないか……


 まぁとりあえず自分達よりも『下』の人間を定められ、それに満足して何故か見下している節がある城壁の内側の連中の考え方は滑稽ではある。というか俺が気にいらない。

 ってまてまて。そういうのには極力関わらないんじゃなかったのか俺。


 そこに考えが到達した時、ふと背中のルクエに視線をやる。


 ───やれやれだ。


 どうやら俺は既に関わっちまったらしい。


 根っからの悪人なんて存在しない。


 育った環境の違い。それにより形成された思考回路の違い。


 違い。違い。違い。


 それが悪だと教えられて育った人間がその悪を憎むのは悪い事なのだろうか。

 むしろ悪と定められたものを憎める人間こそが、その環境において最良の正義なのではないか。


 あぁもう!なんだって難しく考える!


 要するに俺はルクエや小夜子にそっくりなキカがそういう考え方なのが嫌なだけなんじゃないか!


 いや、まて。そもそもキカまでルクエと似たような考え方だなんて誰が言った?

 いくらルクエみたいな考え方が集団心理の賜物だからといって、キカまでがそうだと決めつけるのは早計じゃないだろうか。


 というよりも、中はこう。外はこう。という決めつけ自体が極論なんだ。

 黒と白にはっきりと別れてくれる程、世界は単純で優しくは無い。


 そもそもそういう決めつけこそが、俺が一番嫌いだった事なんじゃないのか?


 だったらどうして俺は決めつけたがったんだ?


 あぁ───そうだ。わかってる。

 常に最悪を見越した考え方をしておいた方がショックが少ないんだ。


 勝手に期待して裏切られて傷つくのは嫌だから───


 あぁ───もうやれやれだぜ。


 嫌なものを嫌と言わずに、笑顔で煙に巻いてやり過ごすのが大人なやり方だ。

 そう定めて生きてきた俺がその実、一番やり過ごせてないんだからお笑い草だな。


 あぁ───もうわかってる。どうせ関わった以上、放ってなんておけない。


 だから結局───


 なる様にしかならない。できる事をできるだけやる。たまに出来ない事もやってみようとする。


 馬鹿っぽいけどこのスタンスを貫くしかないわけだ。




 ◇




「──ダオミ~、サダオミ~」


「ん……あぁ、すまん小夜子」


 景色が暗いせいか思いのほか考えふけっていたようだ。

 声に我に返ってみると小夜子が俺の事をつんつんとつついてきていた。


「……小夜子って?」


 じゃなくって。

 

「……ぁ、わりぃ。キカ

 ……だったよな?」


「そう、キカ・サミリアス」 


「どうも妹と似ててね」


「そ。───だからさっき泣いたの?」


「ぅ……それは忘れて頂けるとありがたい……」


「そう」


 にしてもこの見た目は反則だろ!俺が見間違えるとかどんだけだよ!


 そんな風に心の中でごちっていると、ようやく視界が開けてきた。


「げっ!」


「どうかした?」


 開けた景色に擬音付の一声を放った俺にキカが首を傾げる。


 そりゃ変な声も出したくなる。

 昼過ぎに目覚めたはずの俺の時間は牢屋の中で随分と過ぎ去っていたらしく、再び見た外の景色は既に夕暮れかかっていたのだ。


「まずったなぁ……俺、約束あってさぁ」


「約束?」


「そうそう、人と待ち合わせてるんだよ……シイラまでってここから結構かかる?」


「シイラ?……二日くらいかな」


「まじか」


 そう言いつつも考えてみる。


 確かカルケイオスに到着した際にロイエは『あの距離を一晩でとかありえない』とか言っていた。

 ということは俺が本気で走ればかなり移動できてるってことだよなぁ


 それならば夜明けまでにはシイラに到着できるか。などと顎に手を当て思案する。

 

「んなああああ!!」


 するとそこに奇声が聞こえてきた。


 発信源は主に俺の背中。

 その人となりを知ってしまった今では、優雅な見た目すらも悲哀の色に縁取られるあのお方『ルクエ・マリネ』様が起床なされたのだ。


「よっ!おはよ」

「起きたの」


 とりあえず声をかけてみる。前方のキカもそんな感じの声色だった。


「あ、あああああの!あの!サダオミ!!

 わた、わたわたわたわた、私のですね?」


 起きるなり忙しい人だった。


「いや、まぁとりあえず落ち着こうかルクエ」


「あ、あああの……その……」


 何かを訴えたかった様子のルクエだったが、俺に背負われたまますぐに萎んでしまう。

 要領を得ないと首を傾げていた俺に、キカが話しかけてきた。


「サダオミ」


「ん?」


「たぶんルクエはあなたに対してひどい事を言ったと思う。

 それ、できればロイエには伏せてあげてもらえないかな?」


「───ふむ」


 黙っていろって事は言うとまずいんだよなぁ


 そんな事を思いつつ、振り返ってルクエの様子を伺ってみる。

 背中の巻き髪さんはなんともバツの悪そうな表情を浮かべ俯いていた。


「ん、まぁ黙っているのは別に構わないんだが……

 事情くらいは聞かせてくれるのかな?」

 

 俺のその言葉にルクエの指先が強張ったのがわかった。




 ◇




 ───学校とは社会の縮図です。


 昔、したり顔でそう語った教師の言葉が脳裏に蘇る。


 キカに助けられながら、ぽつりぽつりと語ったルクエの話の内容は自白じみたものだった。

 語る内容に比例して、その表情からは自信に彩られたいつもの精彩が抜け落ちていく。


 ───人が集まれば派閥が生まれる。


 朱に染まれない人間は孤立する。それは当たり前の自然の摂理だ。


 そしてそれはどこにでもありふれた話だった。


 なんのことはない。自分色に染まってくれないロイエを、過去のルクエは異物として排除しようとしたことがあるのだと。


 要するに〝いじめ〟を先導して行っていたらしい。 

 

 ───ふむ。


 懺悔は続く。

 自分の罪をすべて聞いてくれとルクエは言葉を吐き出し続ける。


 その瞳から雫が溢れ、嗚咽から声を紡げなくなるまでそれは終わらなかった。


 ───さて

 

 足元で泣きじゃくるルクエを見下ろす。心配そうにルクエの様子を伺っているキカが横目に見えた。


 性質が悪いのはその罪がすでに許されていることだった。

 キカを仲介してすでにロイエに対する〝いじめ〟は解決されている。

 

 ロイエとは出会ってそれ程、時間も経っていないが、あれは細かいことは気にしないタイプの人間だろうということくらいはわかる。


 恐らく、謝罪したルクエを快く許したのだろう。


 そしてそれこそがプライドの高いルクエ・マリネに一番の後悔をたらしめた。


 優雅さにこだわる彼女が嫌いそうな〝いじめ〟という醜い行為に手を染めた理由はわからない。あえて理由を定めるのならば〝魔が差した〟のだろう。


 時間が事柄を掘り下げ、明確化されていくごとに後悔は大きくなる。


 この少女は独りで何度謝罪を繰り返してきたのだろうか。

 ルクエ・マリネを許していないのはもはやルクエ・マリネだけだというのに……


「まぁでも、それとさっきまで俺に言ってた内容をロイエに黙ってて欲しいっていうのは繋がらないんじゃない?」

 

 自覚している自分の嫌な部分が再び顔を出した。恐らく先程の一連の出来事はそれなのだろう。

  

 自己嫌悪する度に思い出される過去の出来事。

 結局、自分で自分を許せない限りその苦しみは続く。


 ───だからこそあえて追求する。

 

「ロイエにいい格好したいから黙ってて欲しい?」


 ───たぶんルクエには今それが必要だから


「そ、それは……」


 ───飾らない言葉で投げかける。


「上辺だけ取り繕っても苦しいだけだと思うよ」


 ───俺はこの子の味方でいよう。


「……」


 だからこそ俺は───


「ルクエ・マリネはプライドが高くて優雅で、そしてたまにそのプライドが邪魔して暴走する」


 かりそめの免罪符を提示した。


「───え?」


「それでいいじゃん、格好つけてもしんどいだけだって」


「ぁ……」


 ルクエ・マリネの味方として告げたその一言は、思いのほか彼女の心に響いたようだった。

 再び泣き崩れた彼女に諭すように続きを告げる。


「それにさ───

 城壁の外の人間って細かいこと気にしない、なんていうか気持ちいい連中なんだよ」


 俺のその言葉にキカがふっと笑みを浮かべた。和らいだその空気に安心して続きを口ずさむ。


「俺のこと嫌いじゃないなら一度、外の連中と会ってみるのもいいんじゃない?

 そうすりゃ変な偏見とかなくなると思うし」


「あなたのこと嫌いだなんてそんな!」


「ん、それじゃ考えといてよ」


「は、はぃ……」


 ルクエが赤くなり俯いた。どうやら話は終わったらしい。


 その後、終始〝熱を帯びた視線〟をルクエが俺に送ってきていたのが気になったが、とりあえずは学院の用事があるということで彼女は渋々去っていった。


「サダオミ、さっきはありがとう」


 二人になった途端にキカがそう言ってきた。


「いや、別に」


 短くそう返答した後、目を瞑り先程までの出来事に思いを馳せる。




 ◇




 ───告白すれば俺は人間が好きだ。


 同じ過ちを繰り返す。そしてその度に後悔する。

 見栄もある。好きな人には自分のことも好きでいて欲しい。

 自分の汚点は隠しておきたい。自分の良いところだけを見ていたい。


 なんともいじらしくて───愛らしい。


 想いと想いの掛け合い。出会いと別れの繰り返し。紡ぎ続ける奇跡の連鎖。


 だからこそ俺は天使である前に人間でありたい───

 



 ◇

 

 


「考え込むと結構、人の話聞いてないね?」 


 気がつくとキカがじと目でこっちを見ていた。いちいち小夜子っぽいよこの子。


「すいません聞いてませんでした」


 素直に謝った俺に『大事なことだからちゃんと』と前置きしてキカが語り始める。その内容に俺は思わず目を見開いた。


 〝カルケイオスに再び不穏な魔力が流れている〟


 うん、正直なんのこっちゃわからん。


「だからちゃんと聞いて」


 表情に出ていたらしい。また怒られた。


 それから語られた内容は信じがたいものだった。


 キカによると以前にも一度、カルケイオスで不穏な魔力を感知したことがあるらしい。 

 時期的には丁度、ロイエルのいじめが始まったあたりになるそうな。


 カルケイオスには魔力に長けた者が多く集まっていると聞いている。

 それならばそういった侵入者の類はすぐに捕まるんじゃないのかと尋ねた俺に


「私は特別、魔力の感知に長けてるから」


 そうキカが答えた。


 要するにカルケイオスで〝何か〟が起こっているのに気がついたのはキカだけだったわけだ。


 ではその〝不穏な魔力〟はどんな悪影響を及ぼすのか。

 それが信じられないことに先程のルクエの行動に関係しているようだった。


 キカ曰く、人の負の感情を増幅する効果を孕んでいるとか。


 魔力こえ~!人の感情に介入とかまじこえ~!


 そこで気がついた。


「俺、なんともないんだけど?」


 俺の疑問にキカは飛び切りの笑顔でこう答えた。


「あなたは鈍感だもの」


 何気にショックなんだが。


 おもしろい顔になっている俺をスルーしてキカは続ける。


 前回同様に今回も〝敵〟の目的がわからないのだと。


 前回は魔力の気配を消して探知し続け、尻尾を掴む寸前にロイエルに対する〝いじめ〟に見かねて声をかけて目立ってしまったらしく、それと同時にこちらを警戒したのか不穏な魔力は消えてしまったらしい。

 

「ん、それなら前回の目的ってロイエをいじめさせることだったとか」


 なんとなくそう呟いた俺にキカは


「ありえない。カルケイオスに侵入するリスクまで犯して、そんなしょうもない理由だなんて」


 ぼそりとそう返した。 


「今回は逃がさない。少なくとも前回はそのせいで友達が二人も傷ついた」


 冷たくそう言い放ったキカのその言葉には、しかし言葉の温度とは裏腹に怒りと決意の熱が込められているのがわかった。


「まぁ俺にできる範囲なら手伝うよ」


 乗りかかった船ってやつだな。マリダリフはまぁ……もうちょっと待ってもらおう。


「ん、ありがと。

 それなら───」


 キカにもこの後、学院の用事があるらしい。

 前置きした後、キカは俺にその用事が終わるまでの間ロイエルについていてくれと告げた。

 俺はそれを承諾し、二人でロイエルに合流しにいったわけだが……


 


 ◇




「なぁ、ここ……」


「うん、カルケイオスの駄菓子屋」


 連れてこられた先は明らかに周りの景色から浮いている不思議な建物だった。

 何が不思議かと言えば、このラナクロアに〝昭和〟を感じさせる趣で縁取られた自身の記憶の片隅にある駄菓子屋と同じような造りの建物が存在していたことだ。


「で───あのチンチクリンは人のこと待たせてなんで駄菓子屋?」


 確か手続きがどうのとかで待たされていたはずなんだが……


「たぶん少しは探したんだと思う」


「俺を?」


「うん。ルクエに連れ去られてたから」


「それでなんで駄菓子屋?」


「たぶん───飽きた」


 ちょ!


 思わず面白い顔になった俺と、笑うのを堪えている様子のキカを『カラン、カラン』と駄菓子屋の扉が音を鳴らして迎え入れた。すると同時に───


「キカあああああああ!!」


 涙目のロイエがキカに抱きついてきました。


「どうしたの?ロイエ」


「僕にお金かしてええええええ!財布落としてたの忘れてたぁ」 

 

 見ればその口元にはチョコレートの様なものが付着している。

 大方、食べるだけ食べて支払いの段になって財布を落としたことを思い出して青ざめていたというところか。


 まぁ、なんというか……くそったれめ。


 こうして再びロイエル・サーバトミンと再会した俺は、キカが戻るまでの約束つきで、またこの僕っ娘を護衛することとなった。


 余談ではあるが、このチンチクリンがキカの背後に控えていた俺の存在に気がついたのは、キカが駄菓子の代金を立て替えて支払いを済ませた後のことだった。


 もうなんというか帰っていいですかね!?




 ◇




 〝私にはその人の背に翼が在るのが視えた〟




 ◇




 ───嫌な予感がした。


 その日、キカ・サミリアスは学院の〝当番〟開始までの空き時間を潰すため、自宅から学院までの間にある商店の立ち並ぶ区画をぶらぶらと歩いていた。


 いつもと変わらない景色。そこにふと違和感を覚える。


「あそこは確か……〝魔示板〟があるところ?」


 視線の先には珍しく人だかりが出来ていた。




 ◇




 ───魔示板。


 古くから、王国専用の広報手段として用いられてきた特別な魔法を施された看板。

 本来、文字だけを表示していたその板は近年ポーター結社『サキュリアス』が〝指名求人〟に登用したことにより開発が進み、現在では立体映像に音声つきと豪華なものへと昇華されている。


 もちろん内容により、表示される人物や音声ガイダンスは変わってくる。

 

 例えば王国公布の場合は騎士団長『ドナポス・ニーゼルフ』がいかついなりで出現し、野太い声で丁寧に。

 指名手配犯の場合は犯人の顔が表示され、これまたドナポス・ニーゼルフの声で犯人の特徴や罪状、更には懸賞金の額までを伝える。


 〝魔示板〟は基本的に一箇所に二つ設置されており、一つは王国専用。もう一つはサキュリアス専用である。

 そしてこのカルケイス内には三つ目が設置されており、それはカルケイオス内の申請状況などの広報に用いられている。

  

 基本的に二つで一対のそれらは、遠目にみれば全くの違いが見受けられない。

 以前から存在するものと同一形状の物を近くに造りたがるのは、サキュリアス社長の悪癖か。

 

 当然、サキュリアス側の〝魔示板〟からは社長である『クレハ・ラナトス』の姿や音声が流れ、内容が指名求人の場合は給与額と〝熱いラブコール〟をのたまわってくれるのだ。

 

 そしてその給与額を定める傭兵ランクをサキュリアスは導入している。提示されたランクがそのまま野良の傭兵達のステータスになっていることは言うまでもない。


 そういった一連の流れから〝魔示板〟はラナクロアにおいて民衆の娯楽の一環になっていた。

 

〝やれ誰が強い〟


〝やれ誰が次はサキュリアスに囲まれるか賭けよう〟


 〝今日のドナポス様は調子が悪い〟


 などなど。

 

 


 ◇




 人だかりが出来ているのはどこの〝魔示板〟だろうか。いつもは気にもせず素通りするものの、その時だけは妙な〝胸騒ぎ〟がして覗き見ることにした。


 人だかりに近寄るにつれて、なにやら学院の男子生徒達が興奮した声を上げているのに気がついた。


 耳に入ってきた内容は〝綺麗〟や〝強い〟など。


 噛み合わない二つの表現に首を傾げながらも人だかりを縫うように〝魔示板〟に近づいていく。

 ようやく視界に捉えた〝魔示板〟の姿にその疑問は氷解した。


 人だかりが出来ていたのは二つの〝魔示板〟。一つはサキュリアスでもう一つはカルケイオスのものだ。


 視界の片隅の僅かに映りこんだ王国魔示板には、鉄壁ドナポス様がしょんぼりとした様子で浮かんでいて思わず笑いそうになる。


 さて───


 まずはサキュリアスの魔示板を覗く。画面に表示されていたのは指名求人だった。


 画面の一番上には初回ランクAの文字。


 なるほど、これは確かに驚きだ。自身の記憶に間違いがなければ、サキュリアスの指名求人で初回ランクAを叩き出した傭兵など、生きる伝説とまで呼ばれている『シーザル・エミドウェイ』をおいて他にいない。


 一体どんな屈強な男が現れたのかと俄然、興味を惹かれ視線を画面の中央に落とす。


 思わずごしごしと目を擦った。


 画面の中央には美しい女性の姿。風で編まれたような美しく大人めのブロンドの髪を膝下まで伸ばし、その背には背丈よりも長い剣のようなものを背負っている。


 なによりも気になったのは美しい見た目とは裏腹に、その女性が浮かべているなんともいえない微妙な表情だった。基本的にいわゆる〝決め顔〟で表示されることが多い魔示板の映像としては極めて異例と言える。


「なんでこんな顔……」


 まるで嫌々撮影されたかのような……


 キカ・サミリアスは知る由もない。その映像の女性が真っ赤な服のもみあげのその人に『綺麗だねぇ~!』の掛け声で撮影されたことを。


 人だかりの原因の一つは理解できた。なるほど確かにしばらくは町の噂の種には事欠かないだろう。

 しかし〝胸騒ぎ〟の原因はもう一つの魔示板にあるようだった。


 一般人にはただの〝胸騒ぎ〟で済まされるそれも〝すべての感覚が鋭い特異体質である〟と、あの『ミレイナ・ルイファス』に認められている自分のそれはただの〝胸騒ぎ〟では済まされない。


 むしろ数日前から、再び漂い始めた不穏な魔力のこともある。この〝胸騒ぎ〟はもはや確信だとキカはもう一つの魔示板に目をやった。

 

「……え?」


 思わず声が出た。


 もう一度、先程見たサキュリアスの魔示板を見返す。


 〝サダオミ・カワシノ〟間違いない。カルケイオスの魔示板にも同じ人物が表示されている。


 これは一体どういうことかと目を凝らす。〝彼女〟を縁取っている枠組みには覚えがあった。


「……生存権獲得?」


 〝彼女〟を誰かがこのカルケイオスへと迎え入れたということ?


 胸騒ぎの正体はこれのことだったのだろうかと首を傾げる。ふとそこに同じクラスの男子生徒が声を上げた。


『あっ!さっきこの美女見たぞ俺!』


『まじかよっ!俺も一目みてぇ!どこ?どこにいた?』


『いや~それが……ルクエ嬢が連れ去っていった……』


 嫌な胸騒ぎの正体はこれかっ!


 目を見開いて男子生徒に確認する様に視線をやる。すると男子生徒はとどめを刺すかのごとく続きを口にした。


『大丈夫かなぁルクエ嬢……これ、申請通したのって姉御だろ?』


 ドクンと心臓が鳴る。


 姉御→ロイエ


 一瞬で脳内変換を済ませ慌てて踵を返す。


 連れ去ったということは今頃、地下牢屋か。


 ルクエ・マリネはどこまでも純粋だった。悪く言えば単細胞ともいう。

 華麗にこだわるあの君は純度100%で〝不穏な魔力〟の影響を受けやすい。


「傍についていれば大丈夫だと思っていたけれど……」


 〝不穏な魔力〟を感知してから数日。少し、怒りやすくなった以外には気になる程の変化はまだ彼女には現れてはいなかった。


 ───油断した。


 そんな魔力のせいで自分が凶行に及んでいた等、プライドの高いあの子には告げるべきではない。秘密裏に処理しよう───そう思っていた。


 もちろんロイエにも事は告げていない。告げれば大声で『出てきなさい!』コールを発するのは容易に想像できたから……なんて言うとあの子は怒るかな?


「どちらにしてもこれは───私のミスだ」


 移動補助の魔法を足に行使する。一足で数十歩分の移動距離を確保しつつ、人並みを掻き分けていくのは困難を極めた。時折、人とぶつかりながらそれでもスピードを加速していく。


 ───やっと挨拶くらいは交わせるようになったんだ。


 ロイエ本人にプライドが邪魔をして、謝罪できずに悔しそうに俯いているルクエをずっと慰めてきた。


 ───もう少しで本当の友達になれるのに。


 私は二人とも大好きなんだ。


 ───もう邪魔なんてさせない!


 唇をぎゅっと噛み締める。ようやく見えた地下への階段は相変わらずに細く、薄暗く、冷気を纏って行く手を阻んでいた。


 気圧されている場合ではない。十歩も使わずに一気に階下まで駆け下りる。慌てて覗いた牢屋に姿は見受けられない。それならば取り調べ室か。


 そして───


 ───コンコン


 なるべく刺激しないように魔法を施した手で優しく鉄扉をノックした。

 

 ルクエの怒声に迎えられ、思わず身構える。

 扉を開く私を支えてくれたのは、被害者である彼女がもつサキュリアス傭兵ランクAの肩書きだった。


 最悪の事態だけは実力で阻止してくれているだろうと───

 


 〝私にはその人の背に翼が在るのが視えた〟

 


 そう───確かに天使はそこいたのだ。


 そしてその人の言葉に友達は救われた。


 妙に人間くさい天使だった。


 その口から紡がれた言葉は不器用だったけれど───


〝そこ〟には確かな想いが込められていた。


 気がつくと私は、私だけが知りえる〝不穏な魔力〟の存在を『サダオミ・カワシノ』その人に告げていた。 


 それが───私とサダオミの出会いだった。


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