天界 I ・ 前編 ☆
■
暗闇の中で音が聞こえた。それはどこかで聞いた懐かしい音だった。
その音が聞えた時、不思議と心に暖かい火が灯った。
それから幾多の水泡が頭上に向けて駆け抜けていった。
暗闇の中だというのにそれが水泡だと理解できた。
どれくらいの時間が過ぎ去ったのだろうか。
よくわからない。
暗闇は不安だ。感覚にそう訴えられ、思考が蘇った。
暗いな、目を開けよう。
眩い光が差し込む。俺は眩しさに目を細めながら記憶を探った。
確か今日は定時で仕事をあがって家路に着いた。それから……
そうだ。
早く家に帰りたかった俺はコーヒーを買うのを止めて、近道して帰ろうとして……
そこで美女に出会った。
で、殴られた。ってのは夢だったんだっけ……
えっと、目が覚めたら家で、そこには夢で俺を殴ってきた女がいて、その女は意味不明なことばかり言っていて……
〝わかった〟
そうだ。そんなことを言われた。
その直後に俺はその女に殺されたんだ。
え?
俺、殺されたんだよな?
「─── !?」
そこに思い当たった時、ぼやけていた景色が色を帯び始めた。
俺は明るい世界にいた。
眩しすぎて視界がはっきりしない中、俺は自分が死んだことを理解した。
「……死んだってことは、ここは天国か? にしても、我ながらいきなり死んだもんだな」
そう呟いた後、俺は目を閉じて自分が殺された理由を考えてみた。
─── 女……
小波透哩は俺の願いは矛盾していると言った。その示すところに気付いた俺に向って今度は〝わかった〟と言った。その直後に俺はざっくりと殺された。
なにが〝わかった〟だ。俺はまったくもってなにもわからん。
そもそもあいつの目的は口ぶりから察するに、俺の夢や願いを叶えることじゃなかったのか? で、夢が無いなら願いを叶えるとか言ったくせに俺を殺しやがった。
脳内で再現VTRを再生する。
『私、小波透哩~♪ 天使な私があなたの夢や願いを叶えにきたよ♪』
「え、意味不」
『あ、夢が無いんだ? そっか、それじゃ願いを叶えちゃうね♪』
「だから意味不」
『わかった~♪ あなたの願いは……』
「話きけy『これだー!』ズブー!
だいたいこんな感じである。
待て。脳内VTRの通りだとするなら、あいつは俺の願いが死ぬことだと勘違いしたってことにならないか? いや待て! ちょっと待て! 勘違いで殺されてたまるか! 頼むから勘違いで殺されたとか無しの方向で! 待て待て落ち着け俺!! まずは冷静に考えろ! 言いたいことは山程あるが、まず言うべきことがある!!!
「透哩、意味がわからない」
俺は目を開くと同時に、軽い抗議の意味も兼ねてそう言い放った。
なんと目の前には透哩がいた!
『意味がわからないとは失礼な奴だな。定臣は』
血しぶき(俺の)を浴びて血みどろになっていたはずの透哩は、何事も無かったかの様にそこに佇んでいて、偉そうに腕を組んで俺を見ていた。
「!?」
息を飲む。透哩に驚かされるのは何度目だろうか。
驚く俺をニヤニヤと眺めながら、透哩は満足そうに言い放った。
『転生おめでとう。定臣、お前の願いを叶えてやったぞ』
相変わらず意味がわからない。眉間にしわを寄せ、首を傾げそうになったその時、俺は透哩の変化に気付き、驚愕させられた。
それも無理の無い話である。
なんと透哩の背中には白い翼が生えていたのだ。
─── ちょっと待ってくれ! 冗談にもなってない!! あれ完全に翼じゃん! しかも天使っぽい翼じゃん! まて冷静になれ俺!
……無理無理!! 冷静無理!!! とりあえず口を開けてみようそうしよう。
「ないわあああああああああああああああああ!!」
パニックに陥っている俺を見て、透哩は意地悪く笑った。
『定臣、お前はおもしろいな。在るものは在るんだ。
─── そうだな。ついてこい』
少し考える仕草を見せた後、そう言って透哩は俺とすれ違い、歩き始めた。
「待ってくれ! マジで待ってくれ! 全然ついていけてない!」
俺は必死にそう訴えながら透哩を追いかける。そんな俺などお構いなしに、透哩はひたすらに歩みを進めていった。
しばらく言われるがまま、透哩の背中を追いかけた。
その背中にはやはり白い翼が生えていて、その翼はじっくりと観察したものの、とても造り物には見えなかった。
自称・天使は自称じゃないってことなのだろうか。だとするならば、何だってこいつは俺を殺したのだろうか。
透哩との会話が難しいことは既に学習している。こいつが俺の質問に全部答えてくれるはずがない。
俺は自分の中に浮かんだ様々な疑問に優先順位をつけ、やはり一番聞きたかったそのことについて尋ねることにした。
「聞きたい事がありすぎるんだが、とりあえずなんで殺『転生だ』
〝殺した〟と言いかけた俺の声を上書きして透哩がそう答える。その間も、もちろん歩みを止めてはくれない。どうやらこいつは俺が選抜した、唯一の質問にも答えてくれる気は無いらしい。HAHAHA! 上等じゃないか! こちとら諦めの悪さには定評があるんだ。答えるまで聞いてやるさ! と、いうことでリトライ! いってみようか俺!
「いやいやいや! 明らかにあれ殺『転生』
再び声を上書きされた。
おかしい。もしかしたら俺の勘違いなのだろうか。
……ってないわー! それはないわー! 普通、心臓貫かれれば死にますよね! この人、俺の心臓貫きましたよね!? それ殺人ですね!? つまりやっぱり俺は殺されてますよね!? 待て待て! 理不尽だとは思ってたが、ここまでか!? ここまで理不尽なのか!?
いや待て。冷静になれ俺。もしかしたらこれは透哩なりのドッキリなのかもしれない。
「わかった。転生、把握」
これは『転生です』って言っておいて、後からやっぱり『殺してました』って明かすのかも…って
「……把握できるか! やっぱり殺『転生だ。』
またまた上書きされた。今度はこっちに振り返ってじっと見つめてきた。
目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。なるほど、理解した。これ以上言うとまた殺される破目になる。
「── ふぅ……」
そう深くため息をつくと結局、俺は観念して透哩についていくことにした。
◇
サンタクロースが好きだった。
クリスマスイヴからクリスマスにかけた夜、人知れず枕元に訪れ、欲しがっていたおもちゃをプレゼントしてくれる白髪白髭の赤い服を着たお爺さん。彼は不思議な空飛ぶ鹿にソリを引かせ、全世界の子供の元に訪れていく。
そんな夢物語をものの見事に崩壊させたのは、どこぞの老人に自分の手柄を横取りされることに腹を立てた父親の突然の暴露だった。
『そもそもうちは仏教じゃ! クリスマスの時だけ宗教変えんなっ!』
ごもっともすぎるお言葉だった。でもお父様よ。サンタクロースを信じるように育てたのは、そもそもあなたではなかったのか。
心の中でそんな苦情を訴えつつも、幼い自分はクリスマスの意味を知る前に、サンタクロースの正体を知った。
幼い俺の身に起こったその珍事は、我が国、日本ではありがちな笑い話の一つだと思う。俺は外国の人に日本とはどういう国かと尋ねられれば、自信を持ってこう答えるだろう。
『日本とは楽しけりゃOKな国です』
と。
まぁ実際に初めて外国の人に話しかけられた時には『This is a pen.』としか言えなかったわけではあるが。それはおいておくとして。
日本人は超がつくほど祭り好きな種族なのである。もちろん嫌いな人もいるが大抵の人が、行事に籠められた真の意味などそっちのけ、お祭り騒ぎだわっしょいわっしょい! 大人も子供もわっしょいわっしょい! そんな感じである。
そんなわけで、我が国〝日本〟では宗派に関係無くクリスマスを祝い、元旦には神社に出かけるといった、宗派よりも行事を優先する人が大多数を占めている。
そのせいか〝天使〟と言われれば大抵の人がどういったものか想像できると言っても過言ではない。
もちろん俺、川篠定臣もその大多数を占める人間の一人である。だから〝天使〟と聞けば曖昧には想像できるのだが……
にしても天使って。
目の前を歩く、自称・天使さんをもう一度、観察する。やっぱり翼があった。
俺は別に信心深いわけじゃない。それでも天使が神の使いである、とされているくらいの知識はある。でもそれは、あくまで人間が勝手に想像して創り上げただけのものだと思っていた。
それが……
いるよ!? ここにいるよ!?
俺は、再びパニックに陥りそうになった心を落ち着かせるため、透哩から視線を逃がし景色を見回した。
まず視線を足元に落とす。そこには、大地の代わりに薄い桃色の雲の様な地面が広がっていた。質感が土と大差が無いせいで、今の今までそれに気が付かなかったとは我ながらまぬけな話である。
続いて視線を上へと向ける。目に差し込む光の眩しさから、青空が広がっていると思われた空はしかし、石ころ一つ転がっていない砂浜のように白一面だった。太陽が無いというのに明るさ三割増しといったところだろうか。その白い空には幾百ものシャボン玉が浮遊していて、その向こうには虹とオーロラが輝いているのが見えた。
あまりの美しさに、しばらくその光景に目を奪われていたが、不意にどこかから懐かしいオルゴールの音色が響きわたり、今度はその音色に耳を奪われた。しばらく聞き入っていると、その音色に合わせて小鳥達がハーモニーを奏で始めた。
道端には見たこともない鮮やかの花が咲き乱れ、針の無い蜂と虹色の羽のチョウチョが楽しげにワルツを躍っている。
なるほど…… やっぱり俺は死んで、ここは天国みたいだ……
天使の翼にこの風景を足して見せつけられた俺は、嫌でもそれを認めるしかなかった。
◇
『あそこだ』
しばらく透哩についていくと白い城が視界に現れた。城門に辿り着き、透哩が軽く手を上げると門は勝手に開き、その中から小さな女の子が慌てた様子で駆けつけてきた。
「小波さん! 大問題ですよぉぉぉ!!!」
突然の咆哮。
その少女は、こちらに駆けつけるや否や大音量の罵声を透哩に浴びせた。対する透哩は変わらず腕組みをし、さも不満気に少女を見下ろしていた。
『五月蝿い。黙れ小娘』
どうやらこの女の傍若無人さが適応されるのは、俺にだけでは無かったらしい。圧倒的な透哩。対して既に半泣きの少女。
哀れ少女。気持ちはすごくわかる。
俺は透哩の背後で目を瞑ると一つ頷き、内心で小波透哩とはこういう生物なのだと理解した。
「小波さ~ん……」
『……』
無言の威圧。
『……』
威圧。威圧。威圧。
「わかりました…… 後はなんとかします…… うぅ……」
決着はあっさりとついたらしい。少女はがっくりと頭を垂らし、小さな身体を更にコンパクトに纏めている。まぁ、なんというか…… 可哀想に……
透哩の威圧感を既に経験している。俺は慈しむような視線を少女に向けた。そんな俺に気付くことなく少女はうな垂れている。そんな少女を再起させたのは透哩のこんな言葉だった。
『そうか。理由くらいは考えてやる』
「はぁ…… どうしましょうか?」
恐る恐るといった様子でそう尋ねた少女に、透哩は俺を指刺さすとニヤリと嗤い、そしてこう続けた。
『そこにいる定臣は〝ツン〟と〝デレ〟を見事に使い分けた私にデレデレだ』
ポカ~ンとする俺。苦笑いの少女。
一瞬、石化した俺は次の瞬間には内心で透哩の発言にツッコミをいれた。
ツンデレ…… だ…… と?
透哩、お前は大きな勘違いをしている。確かにお前の〝ツン〟は世界レベルだ。なんせ俺を殺したくらいだからな! もはや〝ツン〟を越えて〝ヅン〟もしくは〝ズン〟だろうさ! しかしな透哩よ…… 〝デレ〟はどこかなー! あれー! どこかなー! ないなー! どこにもないなー!
泣きそうになった。
哀しみのツッコミを内心で披露していると少女と目が合った。その時の俺の顔は相当、面白いことになっていたらしく、少女はなんともいえない顔つきになると小声で俺にぽつりと呟いた。
「……ぁ……はは(胸中お察しします)」
もちろん少女の小声は、俺と少女の間に立っている透哩には丸聞こえだ。その直後、周囲の温度が一気に下がった気がした。
そんなに怒るようなことでもないだろうに……哀れ、少女。
『私は寛大だ。大宮なにか言ったか?』
「いいえなにも! 言ってません! 言ってません!」
必死に弁解する少女を満足そうに見ると、透哩はニヤリと嗤った。どうやら断罪されずに済んだようだ。
にしても透哩…… お前ちょっと短気すぎやしないか? カルシウムが足りてないに違いないなこれは。
『そうか〝わかった〟』
反射的に体が強張った。どうやら透哩の〝わかった〟は、俺のトラウマになった様だ。
「……」
『定臣』
「!?」
びっくりした!! 心臓が口から飛び出しかけた!
「な、なに?」
なんとか声を出した俺に透哩は淡々と告げた。
『ふむ、後はこの大宮が説明してくれるだろう』
「了解」
ニヤリと透哩が嗤う。
『聞きわけがいい犬だな定臣は』
恐らくこれが褒め言葉なのだろう。〝デレ〟たつもりか透哩よ。よしわかった、把握……したことにしよう。
ここでいらないことを言えばまた一悶着あるだろう。俺は得意の愛想笑いを駆使し、透哩をやり過ごした。そんな俺に透哩は目を細めると、又しても謎発言を言い放ってきた。
『学園で待っている』
また電波なことを…… まぁいいや、ここは受け流すところなのだろう。
俺は頭の中で『理解しろ理解しろ』と呪文のように繰り返し、そして──
「わかった」
そう答えた。
俺の返答に満足したのか透哩は背を向けると、振り返ることも無く去っていった。
あっけにとられながらも、その背中に『交通事故みたいな女だったな』という感想を投げかける。
透哩の背中が視界から消えると先程、『大宮』と呼ばれていた少女が話しかけてきた。
「えっとぉ…… あなたは誰さん?」
慌てて視線を下に向ける。そして自己紹介を始めた。
「あ、俺、川篠定臣っていいます。定臣って呼んでください。……正直、自分の置かれている状況がわかってないです」
「はい、でしょうね…… 私は大宮るるか(おおみやるるか)と申します。
〝るるか〟と呼んでもらえれば嬉しいです。よろしくお願いしますね」
るるかさんは、にこりと笑うと手を差し出してきた。
ビバ、コミュニケーション! 素晴らしい! 普通って素敵!!
「……? どうかしましたか?」
口を真一文字に縛って涙を流す。不思議そうにるるかさんが見上げていた。
「いえ! よろしくです!」
必要以上にがっしりと堅い握手を交わし、改めてるるかさんを見る。
身長は俺の肩くらいかな。にしても小さいなぁこの子。
最初に目に飛び込んできたのは彼女の頭だった。身長差から自然と見下ろす形となっているため、彼女の頭はつむじまでがはっきりと見えている。
髪は濃い水色…… 普通に日本を歩いていればかなり目立つだろうなぁこれ
基本的に、人の目を見て話すことを信条としている。るるかさんと視線を合わせるため、その場に屈みこんだ。
目線の高さを合わせたことで彼女の顔がはっきりと見えた。
顔は綺麗と言うより可愛い感じで、レンズの大きいメガネが特徴的だ。
天使にも近視とかあるのだろうか。
そんなつまらないことを考えながら、次に気になった服装をチェックする。
ぱっと見で思った通り、やっぱりるるかさんが着ているのはブレザータイプの学生服だった。さっき透哩が学園とか言ってたし、天国にも学園とかあるのだろうか。
にしてもブレザータイプか…… もしかして私立? だとしたら公立もあるのか? まぁなんにせよ、透哩にしてもるるかさんにしても異常なほどに美形だな…… 天使ってそういうものなんだろうか?
そんなことを考えていると、ロリ系まっしぐらな声色が響いた。
「え~っと定臣さん? 残念ながらあなたは特別すぎますので、いくつか講義を聞いて頂く必要があるのですが……」
願ってもない申し出だった。もちろん飛びつくように返事した。
「あ、超助かります」
食いつき具合が可笑しかったのか、るるかさんはクスクスと笑っていた。その後、るるかさんに奥の部屋へと案内された。
前を歩いていた彼女の背中には、やはり透哩と同じように大きな白い翼が生えていた。
こんな見た目でもやっぱりこの子も天使なのか。
少し緊張しながら、るるかさんと向かい合う形で差し出された椅子に腰かける。
「えっと、そう緊張なさらずに」
そう言うとるるかさんは、朗らかな笑顔を向けてくれる。その笑顔は正に〝天使〟と呼んで相違無いものだった。
天使ってこうだよね!? こうだよね!?
目を瞑って数回頷いた。
るるかさんのエンジェルスマイルのお陰で、緊張は知らない間に解れていた。
「えっと、きっと驚くと思うので1つずつ片付けていきしょうか」
そう言うと、るるかさんはどこからともなく学者のような帽子を取り出し、頭に被せた。それから輪ゴムのようなもので肩まで伸びた髪を後ろで結い、真剣な面持ちで俺を見上げてきた。なんともわかりやすい講義開始の合図である。
るるかさんに応えるように少し気合いを入れて返事をする。
「大丈夫っす! いきなり心臓貫かれてここに連れてこられた時点で開き直ってますんで」
「── そうですか。 ……心中お察しします。それではまず……」
そう前置きすると、るるかさんは俺に自分の背中を触るように言ってきた。俺は指示されたままに背中に手をまわした。
そこには翼があった。
なにこれ……?
なにこれ……?
「ないわああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ぁ…… はは…… ドンマイ♪」
目を見開きパニクる。困り気味の笑顔でるるかさんが慰めてくれる。
考えても見て欲しい。慰められたからといって、この状況をすぐに受け入れられるだろうか。
答えは否である。
「うおおおおおなんじゃこりゃああああああああああああああああああ」
大声で奇声を上げる俺に構うことなく、るるかさんは次の事実を明かした。
「はいはい、次いきますよ。はいこれ」
にこりと微笑みながら手鏡を手渡される。反射的にその中を覗き込む。
目を背ける。
見る。
背ける。
見る。
また背ける。
るるかさんが両手を耳に当てた。そんなるるかさんの足元に手鏡を置く。今度はそれをるるかさんがそっと退避させた。それを確認すると頭を抱えて椅子から後ろ向きに転がり落ちる。
そして ───
「ふぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
叫びに叫んだ。
◇
どれくらい転がっただろうか。叫びながら左右に転がり続ける間、るるかさんは哀れむ様な瞳を向け続けていた。
ゴンッ! ぴたっ
ゴロゴロと左右に転がり続けることで少しずつ移動していた俺は、遂に部屋の壁に頭をぶつけて停止した。
自分のまぬけな姿に我に返る。そこでようやく思考を再起させた。
待て待て待て待て待て! 無理!! なにこれ? なにこれ?
翼があった。
OKそこまではわかった。
死んでここは天国。
なるほど、俺もここにいる以上は天使になっていても不思議じゃない。
わかった。把握。次だ次。
手鑑を渡された。
覗いた。
美女がいた。
離した。
消えた。
また見た。
いた。
俺だった。
無理だった。
転がった。
無理だった。
また転がった。
そういえばこっちに来てから頭一つ分ほど目線が低いなぁとか思ってたんだよ! 声も妙に鼻がかった感じで高かった気がするしさ! 頭も心ばかし重かったんだよ!! 風邪かと思ってたら髪の毛が増えた重さだったのか!?
結論。
俺、美女。
頭の中で木魚の音がぽくぽくと聞こえる。しばらくその音が続いた後、お鈴の心地よい音色が──
チーーン…… 合掌。
「ってないわあああああああああああああああああああ」