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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
19/57

胎動



 ■




 定臣に護られる中、ようやく夢見るロイエルは帰還を果たした。思った以上に寝過ごした事を知ったロイエルは、大慌てで定臣の手を引き再び北へと移動を始める。


 一方その頃、ポレフPTはようやく城壁を越え、エドラルザ王国首都『エドラルザ』へと到着していた。その時になり、ようやくエレシは目を覚ます。


 明日の勇者公募開始を城下町で待つ事にしたポレフとエレシの二人は、クレハ達にここまでの旅路の礼を述べ、再会を握手で約束するとしばしの別れを惜しむのだった。




 ◇




「うちの支社で一泊すればいいのに~」


「いえ♪ここまでして頂いて甘えるわけには」


「エレシちゃ~ん!俺様達の仲じゃないのぉ~!俺様に甘えるのに気を遣う必要なんてないんだぞ~」


「ありがとうございます♪では1つだけ……」


「なになになによぉ~?」


「定臣様が城壁を通過できるように手続きをお願いしたいのですが……」




 ◇




 当然ながらエドラルザの城壁を通過するのは容易な事ではない。通過するためには様々な手続きが必要となってくるのだが、最も重要なものの1つにエドラルザ王国民として身分証明証を兼ねている『ファステル』と呼ばれる王国魔術刻印があった。


『ファステル』を持たない者は城壁の内側に存在できない。


 その『ファステル』には様々な個人情報が魔法により細分化され記載されており、城壁を通過する際に担当官の特殊魔法により内容を確認され、問題が無ければ通行を許可される運びとなる。


 当然ながら『ファステル』を持たない定臣は特例として認められない限り、通行許可が下りる事はない。


 ではその『特例』とは何なのか。


 実はエレシがサキュリアスを利用した理由の1つにはその『特例』を獲得しやすくするという心積もりがあった。 


 エドラルザ王国にとって社会的貢献度が高いと認められた者には名誉国民の証である『エドゥナ』と呼ばれる地位が設けられている。この『エドゥナ』の民に与えられている特権として、身元保証人となる事で『ファステル無し』の民を城壁の内側へ招き入れられるというものがあった。


 その社会的貢献度が高いと認められる基準というものもなかなかに曖昧なもので、実際のところ『エドゥナ』を与えられる民の大半は高貴な血筋の者達で占められていた。 

 貴族しか承る事の出来ない地位として民の常識となっていたこの『エドゥナ』を異例が大好きなあの男、サキュリアス社長にして真っ赤な服のもみあげのその人『クレハ・ラナトス』は獲得しているのだ。




 ◇




 エレシのその言葉を聞くとクレハはにやりと笑いながらウィンクしつつ、絶大な信頼を置く部下のその名を口にした。


「ラ~イアット~」


「はい。既に手配済みです。」


「だそぉ~だ」


「ありがとうございます♪」


「なぁ~に!頼まれなくてもサダオミちゃんには世話になりっぱなしだ~!こっちから願いでるつもりだったとこよぉ~」


 クレハがそう言い終わったのを確認するとライアットはクレハに歩みより、耳打ちする様に


「クレハ様。若がお待ちです。」


 そう告げた。


「おっと~!……それじゃそろそろ俺様はいくよ~」


「はい♪お世話になりました」


「ありがとな!クレハ!」


「弟もしっかりやれよぉ~!」


 そう言うとクレハはポレフの頭をわしゃわしゃと撫で、軽く手を上げるとサキュリアス支社の方角へとその姿を消していった。傍に寄り添うライアットと決して後ろを振り返らないクレハの二人の後ろ姿を見送ると、ポレフはエレシに向かって嬉しそうに口を開いた。


「なんかサキュリアスってかっけ~な!姉ちゃん!」


「ふふ、そうですね♪」


 ポレフったら……あんなにクレハ様の事が苦手だったというのに


「良いことですよ♪ポレフ」


「ん?」


「いえ♪」


 そう言うとエレシはどこか嬉しそうな面持ちでポレフの手を引き、城下町へと今日の宿を探しにいくのだった。




 ◆




 ……で、何やらひたすら北に向かわされているわけだが


「なぁロイエ」


「なによ?」


「俺、約束しててさぁ。行かないといけないところあるんだけど」


「ちょっとあんた!いたいけな少女が魔力尽きて困ってるっていうのに見捨てるつもり!?」


「いたいけな少女はこんな所に一人で来ないと思うんだが……だいたいあんな所で何やってたんだ?」


「うぐ……」


 怪しい。


「だいたいあんな所で何やってたんだ?」


「お、同じテンポで聞かないでよ!」


「だいたいあんな所で何やってたんだ?」


「う、うるさいわね!国家機密よ!国家機密!」


 なにその単語。言ってみたい。


「というか、あれだけガ~ガ~寝ててまだ魔力、回復してないのか?」


「ちょ、ちょっと無理しすぎたのよ!」


「怒るなよ~」


「いいから一緒に来てくれればいいの!」


 どうやら解放してくれる気はないらしい。護衛するのは別に構わないんだが、マリダリフ待たせてるしなぁ


「ん~……ロイエ、目的地まではどれくらいある?」


「二日も歩けば着くわ」


「ん~……よし!ロイエ、ちょっと抱っこするぞ!」


「え?……えぇ!?ええええええええええ!!!」


 そのロイエルの驚きの声もよそに定臣はロイエルをお姫様抱っこすると、じっと北を見据えながら走り始めた。


「ちょ!?なに!?なんでこんなに速く走れるのよぉおおお!」


「ん~……人待たせてんだよ。とっとと送るからちょっと黙ってろって舌噛むぞ?」


「速いって!怖いから!怖いから~~ガッ!」


「だから舌噛むって言ったじゃん」


「い~だ~い~」




 ◇




 遂にエドラルザに到着したポレフとエレシの二人は、明日の勇者公募に備えて城下町で宿をとり旅の疲れを癒していた。


 その頃、定臣は半泣き状態のロイエルを抱きかかえたまま、ひたすら北に向かって走り続けていた。

 



 ◆




「なぁ~、そろそろ目的地くらい教えてくれって」


 夜も更け、辺りを漆黒の闇が支配し始めたその頃になりようやく定臣とロイエルは一度、その走りを止め休憩をとっていた。


「……待って、本気で気分悪いの」


 そう消えいる様な声で呟いたロイエルは、先程から顔面蒼白で蹲っている。


「吐く前に停まってって言えよな~」


 そんなに揺らしたかなぁ


「言ったわよ!散々言ったわよぉぅ!うぷ……」


「うはは、無理に大声出すからそうなるんだよ」


「あんたが大声出させたんでしょうが!う……」


 さすがにこれ以上からかうのは可哀想に思えてきた定臣は、とりあえずとロイエルの頭を軽く撫で、もう少し休憩しようと促した後、間をとる様に夜空を見上げた。


 そこにあったのは無数の星々。満天の夜空とはこの事を言うのだろう。


 思えば天使になってからというもの、こうやって夜空を見上げる機会が増えた気がする。 

 しばらく吸い込まれそうなその星空を、瞳を輝かせながら見つめていた定臣に不意にロイエルが声を投げかけた。


「エドラルザ王国国立魔科学専攻学院」


「ん?」


「僕はそこに所属しているのよ」


「ふ~ん」


「ふ~んって!少しは驚きなさいよ!『カルケイオス民』でしかも学生の僕が城壁の外にいるのよ!?」

 

 なにやら怒られた。驚けと言われてもそんな学校知らないしなぁ……


「悪いけどさ、まだラナクロアの事そんなに詳しくないから俺」


「……サダオミ、あなた何者なの?」


「何者と言われても返答に困るんだが……」


 手を広げてオーバーにリアクションしてみる。ってクレハのが若干、感染してないか!?俺!


「ぷっなによそれ~」


 なにやら笑われた。


「うん!いいわ。お世話になってるし、いい人なのは間違いないと思うから教えてあげる」


「?」


「エドラルザ王国国立魔科学専攻学院は『カルケイオス』にある魔術師育成機関の名前。城壁に使われている素材が『カルケイオス』産なのはさすがに知ってるわよね?」


「わ、わりぃ」


「……じ、実はその城壁素材はエドラルザ王国国立魔科学専攻学院で作られてるのよ。学生を働かせてると何かと面倒な事になるって理由で世間的には『カルケイオス』の住人が作ってる事にしてるって姉さまが言ってたけど」


「へぇ~」


「つまりエドラルザの城壁で世界で初めて護られた都市が『カルケイオス』ってことね」


「なのにエドラルザの城壁って名前なのか」


「世界最強の城壁だもの。王様が自国の名前を冠したかったのも無理ないわ……その方が国民もわかりやすいだろうって事で姉さまも簡単に承諾しちゃったんだけどね」


 まるでどこかのネズミの王国だななどと、危険すぎる思考を音速で弾き飛ばしながら定臣は続きを促した。


「聞いた感じだとロイエの姉ちゃんはかなりすごい人なのか?」


「僕のお姉さまはミレイナ・ルイファスだよ?」


 軽くそう言ったロイエルの顔は『これを軽く言う僕ってすごいでしょ?』と言わんばかりのどや顔だ。


「わりぃ、知らん」


「……ぇ」


 あ、おもしろい顔になった。


「ないわ!ありえないわ!お姉さまを知らない人がラナクロアに存在してたなんて!」


 これは面倒な事になった。おそらく師匠を知らないと言った時と同等の事をやらかしたのだろうと猛反省したのも束の間、ロイエルの怒涛の姉自慢が開始された。




 ◇

 



 曰く、エドラルザの城壁を完成させた張本人。曰く、世界最強の魔術師にして世紀の大天才。曰く、『カルケイオス』の長にしてエドラルザ王国国立魔科学専攻学院の学長。




 ◇




「わ、わかった。ロイエの姉ちゃんはすごいんだな」


「はぁ……はぁ……そ、そうよ」


 にしても相当、姉ちゃんの事、好きなんだなぁ


 思わず笑みがこぼれる。


「な、なににやけてんのよぉ!」


「わりぃわりぃ……で、ロイエは城壁素材をとりに来てたってわけか?」


「なっ!?」


 う~わ、すげぇびっくりされた。


「いや、さっき自分で説明してくれたじゃん」

 

「言ってないわ!言ってない!マノフの外皮が城壁素材の原材料だという事は国家機密なんだもの!言うわけないわ!」


「……そうなのか」


「……ぁ」


「いや……まぁ秘密にしておくから」


「……いやあああああああああああああ!!」




 ◇




 ロイエルがうっかりあっさり国家機密を喋ったその頃、エドラルザ王国首都『エドラルザ』にあるサキュリアス支社の一室にはクレハと一人の青年の姿があった。


「んで~?若よぉ、なんだっていきなり仕掛けたんだ~?」


「ふふ、ようやくミレイナさんの協力を得られる目処が立ちましたので」


 クレハの正面に机を挟んで椅子に腰を落とし、そう言って不敵な笑みを浮かべた青年のその表情は、見る者が思わず魅入られる不思議な魅力を兼ね備えていた。


「まじかよぉ!?あの頑固者をどうやって落としたんだ~?」


「ふふ、目処が立っただけですよ。」


「目処ねぇ……嫌な予感がするんだけどよぉ」


「ふふ、その予感は的中していますよ」 


「かぁ~!小ざかしいのは嫌いだっていつも言ってるだろうよぉ~!」


 クレハのその言葉を聞くと青年の顔から笑顔が消えた。一呼吸置いて真顔を作ると青年はクレハをじっと見据え諭す様にゆっくりとその口を動かし始めた。


「三年です。」


「……だなぁ~、よくもまぁ通い詰めたもんだ」


「ふふ、『私が欲しいのなら手段を選ばずに来い』と許可を頂きましたので」


「でもよぉ~!仮にも勇者になるんだろうがよ~若ぁ~!」


 クレハのその言葉を聞くと青年は朗らかな笑みを浮かべ、人差し指をぴっと立てると


「ふふ、今はまだ職業『影の支配者』ですので」


 そう冗談めかした口調で述べるのだった。




 ◇




 ロイエル・サーバトミン。カルケイオス『エドラルザ王国国立魔科学専攻学院』所属にしてミレイナ・ルイファスの実妹。  

 

 エドラルザ王国国立魔科学専攻学院はエドラルザの城壁材の製造に携わっており、選抜された学生がその原材料であるマノフの外皮の採取に国務として出陣している。

 

 尚、上記の事項は国家機密とされ、カルケイオスの民以外に知られる事はあってはならない。もう一度、記そう。上記の事項は国家機密とされ、カルケイオスの民以外に知られる事があってはならない。




 ◆




「そうよおおお!!あってはならないのよおおおお!!」


「ぃゃ……なんというか……ごめん」


 今のは俺が悪いんだろうか。いや、まぁとりあえず謝っておかないとうるさいしなぁロイエ。


 困り顔の定臣を他所にロイエルは頭を抱えたまま蹲り続けている。しばらくそれをじっと見ていた定臣だったが不意になにやら重要な事を忘れているような気がしてきたと、いつもの様に顎に手を当てて首を傾げ始めた。


 なんだっけ……マリダリフとシイラで待ち合わせてる……うん、それは覚えてるんだが……なにか他に大事な……


 ようやく大事ななにかを思い出しかけた定臣だったが、次の瞬間にロイエルの思いがけない台詞によって思考を遮られる事となった。


「あ~っもう!いい事ないわね!マノフは何故か横断してるし!緊急事態とかで姉さまは東に呼ばれちゃうし!そのせいで僕がマノフを追いかけたらサダオミだし!」


「サダオミだして!」


 思わずつっこみが声にでた。見れば眼下で更にそのサイズを縮めていたチンチクリンが、勢い良く立ち上がりこちらを指差してきている。


 やだなにこの子、可愛い。


「ロイエ可愛いなあああああああああ!!」


「ちょ!?なによ!頭なでるなあああああああああああ!!」




 ◇




「クレハ、それで確認なのですが」


「お~けぃお~けぃ!」


「ニーゼルフさんは問題無し。エミドウェイさんは音沙汰なしですか」


「そぉ~なんだよねぇ~。ラブコール送りまくってるんだけどよぉ~」


 クレハはそう言うといつものオーバーリアクションで手を広げて見せる。若と呼ばれた青年はそれを手馴れた様子で穏やかな笑顔で見守っていた。


 一呼吸置き互いに視線を交わした二人は、会話の続きを自然と口にし始めた。


「フィオラルネさんは……」


「ありゃ無理だわ。絶対無理」 


 そう言ったクレハは相変わらずおどけた様子の雰囲気は纏ってはいるものの、その表情には珍しく諦めの色が浮かんでいた。


「……ですか。それは残念です。それなら代わりに」


「ラ~イアットは駄目だぞ~?」


「ぇ~……」


「だ~めっ!俺様の代役なんて、あいつにしか頼めね~んだよ!社長が離れるのに副社長まで離れられるかよぉ~」


「ふむ……それもそうですね。」


 青年はしばらく考えた様子を見せた後、自分の中で納得のいく結論に辿りついたらしく、その朗らかな笑顔を更に緩めた。


「ご機嫌だねぇ~」


「はい。ご機嫌ですよ?」


「エミドウェイもフィオラルネも駄目だったのにか~?」


「ふふ、いいんですよ。既に僕には三つの生きる伝説が味方についてますので」


「1つは目処が立ったってだけだろぉ~?」


「ええ、そうです。ですが僕は……クレハ、あなたが僕の味方でいてくれる限り出来ない事は何も無いと思っています」


 青年のその言葉にもみあげの白い歯が煌いた。


「はっはっはっは~!それはそうともさぁ!若よぉ、俺様はいつでもお前の味方だ・ぜ!」


「はい」


 その日、エドラルザ王国首都『エドラルザ』に建つサキュリアス支社で交わされた会話と堅い握手は後のラナクロアの在り方に大きな影響を及ぼす事となる。


 しかしながらまだこの時にそれを予測できた者は、そう多くは存在しなかった。


 ラナクロアの物語はまだ序章。ようやく入り口に立ったポレフ・レイヴァルヴァンは何を見るのか。

 そして、このラナクロアに派遣された天使『川篠定臣』はこの世界に何をもたらすのか。動きだした歯車はその回転速度を徐々に上げ始める……


「っと!ちょっと待ったぁ~!」


「突然どうしたんですか?クレハ」


「いやぁ~、今なんか〆られてる気がしたんでな?」


「?」


「いやぁ~……こっちの話だぁ。ところで若よ」


「はい?」 


「フィオラルネの事なんだが本人の前で絶対にフィオラルネの名で呼ぶなよ~?」


「……あぁ!これは失礼。そういえば改名されたんでしたよね」


「そぉ~そぉ~!弟と同じ苗字で呼ばないと機嫌悪くなっちまうからなぁ~!」


 そう言うとクレハは軽く口元に笑みを作り、続きを口ずさんだ。


「エ・レ・シ・ちゃん」




 ◇

 



 エドラルザ王国首都『エドラルザ』サキュリアス支社の一室でクレハと若と呼ばれた青年は堅い握手を交わした。 

 互いの信頼関係を確かめあった二人は明日の勇者公募にむけていくつかの事柄を確認する。その会話の中で挙げられた名はいずれもラナクロアの著名人達だった。




 ◇




「にしても理解し難いですね……せっかくの『エドゥナ』を蹴ってまで何故、改名されたんでしょうか」


「まぁ普通に考えればありえねぇ~んだけどよぉ~!弟と一緒ってのはエレシちゃんにとってそれ程に大事なことってことよぉ~」


「エレシ・レイヴァルヴァンですか……響きに無理がありませんか?」


 青年のその言葉を聞くとクレハはニヤリと笑い、得意気に人差し指を立てた。


「オルティス・クライシ~ス!」


「な、なんですか突然、僕の名前なんて叫んで」


 対するオルティスはたじたじになっている。


「よぅするにそういう事だぁ~!」


「い、意味が……」


「名前なんてのは呼ぶ側と呼ばれる側がわかってりゃ何でもいいってことよっ!若は若いのに頭が堅くていけないねぇ~、シキタリとかそういうのに拘りすぎなんだよぉ」


「は、はぁ」


「それに律儀にも代償支払ってまで公認で改名してるんだ。今はエレシ・レイヴァルヴァンよっ!」


「ですね」


 穏やかな笑顔でそう答えたオルティスにクレハは『素直はいい事だぁ~』などと口ずさみながらその頭をわしゃわしゃと撫でまわした。対するオルティスは困り顔ながらも手馴れた様子で為すがままになっている。


 しばらくクレハの暑苦しいスキンシップを受け続けていたオルティスだったが、不意にクレハが意地の悪い笑みを浮かべたのに気が付き、嫌な予感に身構えた。

 

「まぁあれだ」


「は、はい?」


「い~くらエレシ・フィオラルネの大ファンで、時間さえあれば魔示板にかじりついてたからっていっても今はレイヴァルヴァンなんだからなっ!」


 嫌な予感の正体はこれだった。


「なっ!?ななななななんでクレハがその事を知ってるんですかああああ!」


「あぁん?寝言でよく言ってるんだよぉ若が」


「え?」


 不思議そうに首を傾げたオルティスを確認するとクレハは更に意地の悪い笑みに磨きをかけて、ゆっくりと口を開いた。


「フィオラルネちゅわ~ん♪」


「……うそだあああああああ!」




 ◆



 

 オルティスが悲痛な叫び声を上げていたその頃、定臣の眼下のチンチクリンことロイエル・サーバトミンは嘆いていた。


「ぐすっ……財布落としたわぁ……」


 しらね~よ!と激しくつっこみたいがとりあえずここは慰めておくべきだろう。


「ということでドンマイ!ロイエ!」


「ぐすっ……なにがということなのよぅ……」


 やれやれ……すぐには立ち直りそうにないか


 とはいえ抱きかかえられたままの状態で口を開く余裕くらいはでてきたらしい。走り始め当初の混乱状態と比べれば大した進歩だと定臣は思わず笑みをこぼした。


「ぐすっ……な、なによぅ」


 そう言ったロイエは抱きかかえている事もあり、すごい上目遣いだったんだ。


「うんにゃ、なんにも~」

 

 そう、上目遣いだったんだ。


「なによぉ~!」


 ロイエよ……それはまずい……あんまり上目遣いで見るな……


「でないと……」


「?」


「でないと……」

 

「ぅ?でないと?」


「俺の属性があああああああああああああ!!」


「え!?えぇぇぇぇぇええええ!!なに!?なにぃぃぃぃ!?」




 ◇




 そのまま俺は身体の底から湧き上がる不思議な力に任せて、メイヨー平原を北へと駆け抜けた。


 明け方になり、ようやく疲れから我に返った俺が見たものは腕の中で小刻みに震えながら遠くを見つめているロイエの姿だった。


「ロ、ロイエ?」


「……ぁ、ぁ……ぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅ」


「いや~……はっは~!朝日が眩しいぞ!ロイエ!」


「ぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅ」


 あ~……こりゃ速く走りすぎたかぁ~……


 可哀想なのでクールダウンも兼ねて走るペースを落としてみる。腕の中のロイエルはまだしばらくは帰ってきそうになかった。


 それにしても久しぶりにこんなに走ったなぁ……羅刹に会いに行く時、以来かぁ


 空を見上げて大きく深呼吸してみる。


 うん、やっぱり俺は身体を動かすのが好きらしい。


「うっし!もうひとっ走りいくかぁ~」


 そう口にした定臣の顔は爽やかそのものだった。


「だったじゃなああああい!!」


 余程、定臣の走りに恐怖を覚えたのだろう。帰還したロイエルはなにやら色々と超越したつっこみを披露した。


「すごいとこにつっこんだなぁ」


「サダオミ!ストップよ!ストップ!」


「ぉ?停まるのか」


「ぇぇ……あの距離を一晩でとかありえないんだけど」


「ん?」


「到着よ」


 そう言ったロイエルの視線の先には、まだ遠目ではあるものの漆黒の壁の様に見える建造物が在った。


「あれが……『エドラルザの城壁』よ」




 ◇




 遂に勇者公募開始当日を迎えた。ポレフとはぐれたままに定臣はいつもの様に只々、状況に流されていく。


 ロイエルの願いを聞き入れ、目的地に辿り着いたその頃には定臣の脳内にポレフの居場所はすっかりと無くなっていた。

 

 ラナクロア暦635年、水の月三の雷の日 勇者公募開始当日 早朝。




 ◆




「はぁ!?『ファステル』持ってないの??」


 ようやく城壁の前に辿りついた俺達だったが、門前でものの見事に立ち往生していた。


「ロイエさんや、それはなにかね」


「なんで老人口調……」


 ロイエはしばらく頭を抱えていたけど、すぐに立ち直ると仕方ないかと肩を竦めながら色々と説明してくれた。どうでもいいが俺耐性ついてきてないか?ロイエ。


 話によると城壁の内側に入るには『ファステル』とかいう王国魔術刻印ってのがいるらしい。


「なにそれ?印籠みたいなものか?」


 そう尋ねた俺に『印籠ってなによ!』などと悪態をつきつつも、怒り口調のくせにやたら丁寧にロイエは説明を続けてくれた。


 魔術刻印というのは目に見えない刺青のようなものらしく、その刻印には様々な個人情報が記録されているらしい。


 刻印を身体に刻む時に痛みの類は無いらしいが、宗教上の問題で身体に刻み込めない者には自らの所持品に転載する事が許可されている。もちろんその際には、様々な手続きやら手間賃やらをとられるそうだが、はっきり言って俺には関係ないな。


 『ファステル』を所持していない者は『ファステル無し』と呼ばれ、城壁の内側ではあまりいいように思われていないそうだ。意味がわからん。ただのパスポートみたいなもんだろ?


 まぁそれは置いておくとして、その『ファステル無し』の俺が城壁の内側に入るには『エドゥナ』とかいう名前のおっさんに許可をもらわないといけないらしい……


「で、その『エドゥナ』さんはどこにいらっしゃるんだ?」


 あ、なんかロイエがおもしろい顔になった。


「ぜんっっっっぜん話し聞いてなあああい!!!」


「え?」


「え?じゃありません!『エドゥナ』は人の名前じゃなくて地位よ!ち・い!」


「なんだそうなのかぁ」


「そうよ!……まったくもぅ」


 などと言いながらロイエは城門を潜っていく……って!待て待て待て!俺を見捨てるなよロイエ!


「ぉ~ぃ」


 ショックで声が小さくなったよ!


「ぁ~……どんどん背中が小さくなって……」


「ないわよ!声かけられてから一歩も進んでないわよ!」


 ノリの良い子です。


「ぃゃ、まぁロイエよ。俺は城壁の内側に入れないってさっき説明してくれたじゃん」


「ぇ?ここは入ってもいいのよ?僕が許可するもの」


 なにそれ。さっきまでの『ファステル』うんぬんの説明はいかに


「だって、この先は『カルケイオス』だもの……って言ってもどうせ知らないのよね」


 なにやら一人でぶつくさ言ってあきれてやがります。


『しょうがないなぁサダオミは』などと理不尽な前置きをされた後、またしてもロイエの怒り丁寧解説(命名)が始まった。


 そもそもラナクロア初の『エドラルザの城壁』を創りだしたのがこの『カルケイオス』である。 あぁ確かそんな事、言ってたなぁ


 エドラルザが壁で国を囲み始めたその頃にはカルケイオスは既にその外周を壁で囲み終えていたらしい。そこに後付けで『エドラルザの城壁』が到達し、そして連結した。


 つまり、『カルケイオス』は城壁の内側に在りながらにして独立した城壁を持つ世界に類を見ない都市なのだという。


 そしてその『カルケイオス』に入るのに必要なのは『ファステル』などではなく『カルケイオス民』の許しなのだそうだ。


「で……その許しって」


「許可するわ。ついてきて」

 

 まさかの口頭。


「ぃゃ、まぁそれでいいならいいんだけどな?」


 そんなこんなでロイエの小さな小さな背中を追う形でてくてくと城門を潜っていった。 何故か心の声が聞こえたらしく、『誰がチビよ!』などと突然、振り返ってきたりもしたが適当に愛想笑いで受け流しておいた。


 遠目に見た時は真っ黒な壁にしか見えなかった城壁だったが、城門内壁は何故か青く発光していた。まぁどうせ変な魔法かかってるんだろうけど。


 五分程、歩いてようやく城壁を抜けると図書館の様な外観の建物が並んだ大通りがひょっこりと顔をだした。にしてもこのラナクロア。各街ごとに建物の種類が違いすぎる。


 物珍しくてきょろきょろと田舎者よろしく辺りを見回していた俺の手を引き、ロイエはずんずんと大通りを歩いていった。




 ◇




 そうしてよ~~やくエドラルザ王国国立魔科学専攻学院とやらの前まで来たわけだが……


 俺、なんでここ来たんだっけ? 


 ロイエは手続きがあるとか言って俺にここで待ってるように言って奥にいっちまったしなぁ……というか……なんか……


 眠い。


 そういえば色々あって、野営地を出発してから寝てないもんなぁ……


「ちょっと寝るか……」


 まぁそんな感じで無事にロイエを送り届けた俺は思いっきり眠りこけちまったわけだ……


 起きた時にまた色々と慌しい事になるわけだが、それはまぁ別の話だな。


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