第四十六話:賭けが成立しなくなった
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中立都市は、静かだった。
戦場からは遠い。
だが、情報からは近い。
だから、
人が集まる。
剣ではなく、
数字を持った者たちが。
◇
酒場の奥。
丸い卓を囲んで、
商人たちが杯を傾けている。
賭けの紙は、
まだ置かれていた。
だが、
誰も触らない。
「……今回は、張れねぇな」
年嵩の男が、
紙を指で弾いた。
「ベイオスディアが勝つか、じゃない」
「勝ち方が、読めねぇ」
別の男が、
低く頷く。
「正面は、十神槍だろ」
「なら、普通は崩れねぇ」
「だが、グインデルは終わった」
その言葉に、
一瞬だけ、杯が止まる。
「金と銀がいた」
「正面は、成立してた」
「それでも、消えた」
言い切る声。
感情はない。
「負けた、じゃねぇ」
「終わった、だ」
◇
若い商人が、
不満そうに眉を寄せる。
「でもよ」
「ベイオスディアが強いのは、分かってただろ」
すぐに、
否定が返る。
「違う」
「強さじゃねぇ」
「予測が、効かない」
誰かが、
杯を置く音がする。
「戦線は崩れてない」
「英雄も出てねぇ」
「なのに、国が消えた」
沈黙。
その沈黙が、
答えだった。
◇
「賭けにならねぇな」
最初の男が、
紙を畳む。
「勝つか負けるか、じゃない」
「いつ終わるかも、誰が終わらせるかも」
「分からねぇ」
「張ったところで」
「理由を説明できねぇ」
苦笑が混じる。
商人にとって、
それは致命的だった。
◇
別の卓でも、
似たような会話が流れている。
「一騎で終わったって話、聞いたか」
「誇張だろ」
「でも、金と銀が消えてる」
「名前、分かってんのか」
首を振る。
「知らねぇ」
「英雄じゃないらしい」
「兵器か?」
「それも違う」
言葉が、
そこで詰まる。
◇
都市の外では、
次の戦争の準備が進んでいる。
だが、
都市の中では、
すでに一つ、
前提が壊れていた。
勝敗を予測できる戦争。
賭けとして成立する戦争。
それが、
成り立たなくなった。
◇
紙は片づけられ、
卓は空く。
商人たちは、
利益の話をやめ、
別の話題に移る。
だが――
その夜以降。
どの酒場でも、
どの卓でも、
戦争の話になると、
最後に同じ言葉が出るようになる。
「……今回は、張れねぇな」
理由は、
誰も説明しない。
ただ、
世界が、
そうなってしまっただけだった。




