第四十四話:正面の役割
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戦争は、始まっていた。
宣戦布告はない。
号令もない。
ただ、
軍が動き、
線が引かれ、
位置が確定した。
それだけだ。
ベイオスディアの前線は、
広く取られている。
押し込むためではない。
崩させないためだ。
十神槍が、
その中央に立つ。
全員が揃っているわけではない。
だが、
欠けてもいない。
それぞれが、
それぞれの位置にいる。
前に出る者。
線を保つ者。
詰める気配を見せる者。
全てが、
計算の内側だった。
ライアスは、
正面に立っている。
目立たない位置ではない。
だが、
突出もしない。
ここが、
自分の役割だと、
疑っていない。
前方。
敵陣の奥に、
動きがある。
金の装飾が見える。
銀の気配が、遅れて走る。
サルディアとモルフェイス。
まだ、出てこない。
出る必要がないからだ。
正面が、
成立している。
十神槍がいる。
それだけで、
戦線は崩れない。
敵は、
仕掛けどころを失う。
出れば潰される。
引けば押される。
戦争として、
最も嫌な状態。
それを作るのが、
今日の役割だった。
ライアスは、
槍を担いだまま、
一歩も動かない。
踏み込まない。
煽らない。
だが、
退く準備もしていない。
正面に立つとは、
そういうことだ。
時間が、流れる。
衝突はない。
だが、
戦は進んでいる。
周囲の部隊が、
小さく削られ、
補給線が細る。
十神槍の正面は、
ただ在るだけで、
圧になる。
敵が動く。
銀の影が、
一瞬だけ走る。
だが、
踏み込まない。
サルディアも、
前に出ない。
分かっている。
ここは、
白のいない戦場だ。
裏は、
まだ空いている。
ハルガンは、
後方から全体を見る。
指示は出さない。
修正もしない。
正面は、
完璧だった。
だからこそ――
この戦場は、
まだ終わらない。
終わらせる役割が、
ここにはいない。
視線は前のまま。
戦場から、もう半歩引いた位置で。
敵陣を見たまま、
「金と銀か」
一息。
「ありゃ、確かに手強いな」
それだけ言って、
それ以上は続けない。
ライアスは、何も返さなかった。
だが、
その言葉は、
評価でも慰めでもなく、
ただの事実として、そこに残った。
十神槍は、
前に立つ。
勝つためではない。
崩させないために。
その間に、
別の場所で、
別の前提が、
静かに動き始めていることを。
この正面は、
まだ知らない。




