第四十二話:任せる理由
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執務室は、静かだった。
広くもなく、狭くもない。
装飾は最小限で、
必要なものだけが、定位置にある。
ハルガン・レイノルトは、
机の向こうに立っていた。
座ってはいない。
だが、迎え入れる姿勢でもない。
ライアスが入室する。
敬礼は、短い。
形式通り。
ハルガンはそれを受け、
間を置かずに口を開いた。
「グインデルだ」
国名だけが落ちる。
説明はない。
ライアスは表情を変えない。
すでに聞いている。
聞いていなくても、同じ反応だっただろう。
「状況は把握しているな」
問いというより、
前提を置くための確認だった。
「はい」
即答。
ハルガンは、わずかに頷く。
抑止。
その言葉が、空気として置かれる。
全面ではない。
だが、遊びでもない。
測る段階だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
ライアスは一歩も動かない。
視線も逸らさない。
ハルガンは、机に視線を落としたまま続ける。
「金と銀がいる」
固有名は出さない。
出す必要がない。
正面から当たれ。
その配置以外は、考えていない。
補足はない。
条件もない。
注意も、忠告もない。
失敗という概念を、
最初から想定していない命令だった。
ライアスは、一拍だけ置く。
それから答える。
「承知しました」
短い。
だが、迷いはない。
ハルガンは、その返答を当然のものとして受け取った。
「お前で足りる」
評価ではない。
鼓舞でもない。
配置を告げただけの声だった。
それ以上、言葉は交わされない。
ライアスは踵を返す。
退出する背中に、
ハルガンは何も言わなかった。
信頼は、
言葉を重ねるものではない。
配置で示すものだ。
扉が閉まる。
室内には、
元の静けさだけが戻った。
まだ、
戦争ではない。
だが――
引き返せる選択肢は、
この時点で、
もう置かれていなかった。




