第三十六話:並ばなかった日
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詰所の前は、いつもと変わらない時間だった。
交代の兵が出てくる。
装備の音が重なる。
短い言葉が流れて、散る。
白い鎧が、そこに来る。
少し遅れて、ライアスも来る。
――ここまでは、いつも通りだった。
距離は、二歩分。
詰めない。
離れない。
視線が合えば、
軽く、首を動かす。
それだけのはずだった。
だが。
その日は、
視線が、合わなかった。
白は前を見ていた。
ライアスも、前を見ていた。
どちらも、避けたわけではない。
ただ、向かなかった。
会釈は、なかった。
言葉も、なかった。
それで、終わるはずだった。
だが、
ライアスは一歩、遅れた。
歩き出すタイミングが、
いつもより、半拍だけずれた。
理由は、分からない。
確認する必要も、ない。
白が前に出る。
それは、正しい。
人格者として、
何も言わないのが、正しい。
それでも。
「なかった」ことだけが、
頭の隅に残る。
白い鎧は、
何事もなかったように進む。
前に立つ。
いつも通り。
だが、ほんの一瞬だけ。
踏み出す前に、
呼吸が、ひとつ遅れた。
誰にも見えない程度の、遅れ。
理由は、考えない。
考えれば、
余計なものが増える。
前に出れば、終わる。
それでいい。
二人は、
そのまま別々の方向へ歩いた。
同じ列には、並ばなかった。
その日。
何も起きていない。
だが、
起きなかったことが、
確かに、残った。




