第三十五話:同じ列
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詰所の外は、当番交代の時間帯だった。
装備を外す者。
受け取る者。
引き継ぎの短い言葉と、どうでもいい軽口が混じる。
仕事は続いているが、戦場ではない。
気が抜けるほどでもなく、張り詰めるほどでもない。
その中に、白い鎧が立っていた。
前に出るでもなく、離れるでもなく。
ただ、そこにいる。
「なあ、今日の前線」
若い兵の声だった。
「白、出たらしいな」
「そりゃ早いわけだ」
笑い声が混じる。
悪意はない。
評価ですらない。
「便利だよな」
「最悪、白がいる」
その言葉は、確認のように流された。
ライアスは少し離れた位置で、その様子を見ていた。
止める理由はない。
咎めるほどの発言でもない。
だから、何もしない。
それが正しい。
人格者として、正しい対応だと判断する。
視線をずらすと、白が目に入った。
白は、聞いていないように見えた。
だが、完全に無関心でもない。
ライアスは、一拍置いてから歩み寄る。
距離は詰めすぎない。
声が届く程度。
「……騒がしいな」
それだけ言った。
白い兜が、わずかに向く。
沈黙。
無視ではない。
拒絶でもない。
サダオミは、短く息を吐いた。
「まあ」
それだけだった。
白としての声ではない。
戦場の結果を背負う声でもない。
ただの、相槌。
ライアスは、その反応を意外に思う。
もっと距離を取られると思っていた。
もっと壁を感じると思っていた。
「……慣れたか」
問いというより、独り言に近い。
サダオミは首を振らない。
肯定もしない。
「慣れるほど、考えなくて済む」
淡々とした言葉だった。
嘘ではない。
だが、全部でもない。
その言い方に、ライアスは一瞬だけ引っかかる。
考えない。
それを選べるのは、強さだ。
だが同時に、
逃げにも聞こえる。
口には出さない。
人格者として、
踏み込むべきではない領域だと判断する。
しばらく、二人は並んで立つ。
視線は前。
向いている方向も同じ。
だが、見ているものは違う。
周囲では、交代が終わり、兵が散っていく。
白を見て、何も言わない者。
見ないようにする者。
どれも、珍しくない反応だった。
サダオミは、その空気を知っている。
かつて、別の場所で、
同じように見られていた。
踊っていた時も。
動けずに立っていた時も。
空気の密度だけが、違っていた。
視線は集まる。
だが、距離は詰まらない。
近づく理由も、
遠ざかる理由も、
そこにはなかった。
ただ、
そこに在った。
今も、
同じだ。
見られている。
だが、関わられない。
白い鎧の内側で、
サダオミは息を整える。
深くは吸わない。
浅く、数度。
それで十分だった。
前に出る理由は、
考えない。
考えれば、
余計なものが増える。
前に立てば、
終わる。
それだけで、
成立している。
白は、
再び歩き出す。
同じ位置に。
同じ距離で。
並んだまま。




