第三十二話:人格者
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詰所の外は、夜に向かって静まり返っていた。
当番を終えた兵と、次の当番が入れ替わる。
武器の受け渡し。
配置の確認。
それだけの、短い時間。
その合間に、
どうでもいい言葉が落ちる。
「今日の前線さ」
誰かが、気楽に言った。
「白、使った?」
「使ったな」
「そりゃ使うだろ」
短い笑い。
「白が来ると、終わるしな」
断定だった。
評価でも称賛でもない。
事実確認。
共有事項。
「来なかったら?」
「長くなるだけだろ」
即答だった。
迷いはない。
「便利だよな」
「最悪、白がいるって分かってると楽だ」
悪意はない。
軽口だ。
引き継ぎの間に消える音だ。
少し離れた場所で、
ライアスはそれを聞いていた。
聞くつもりはなかった。
止める理由もなかった。
「兵器みたいなもんだ」
誰かがそう言う。
悪口ではない。
効率の話だ。
ライアスは視線を落としたまま動かない。
割って入ることはできた。
言葉を正すこともできた。
人格者として。
十神槍として。
だが、しなかった。
正しい振る舞いだと判断した。
今ここで止めれば、
場は重くなる。
引き継ぎは滞る。
無駄だ。
必要がない。
彼らは間違ったことを言っていない。
白は強い。
前に置かれる。
結果が出る。
合理だ。
だから、
何も言わなかった。
◇
胸の奥に、わずかな違和感が走る。
だが、それは処理すべきものではない。
これは個人的な感情だ。
職務ではない。
人格者として持ち込むべきではない。
そう判断する。
引き継ぎが終わる。
兵たちは散り、
詰所の前は元の静けさに戻る。
ライアスは歩き出した。
振り返らない。
胸の奥に残るものに、
名前はつけない。
つける必要がない。
正しい振る舞いをした。
そう結論づける。
だから、
今日はこれでいい。
まだ、問題ではない。
少なくとも――
人格者としては。




