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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
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第二十六話:十神槍の長




 十神槍の詰所は、静かだった。


 静かというより、

 余計な音がない。


 武器を手入れする金属音。

 紙を送る乾いた音。

 それだけが、一定の間隔で続いている。


 誰も、急いでいない。


 それでいて、

 緩んでもいない。



 サリドは椅子に逆向きに腰掛け、

 背もたれに両腕を預けていた。


 天井を見たまま、気軽に言う。


「なあ、長」


 黒い鎧は、書類から視線を上げない。


 返事をしないのは、

 聞いていないからではなかった。


「そろそろ引退しない?」


 間。


 ペンを置いてから、

 ハルガンは顔を上げる。


「却下だ」


 即答だった。


「早いな」

「早くていい」


 サリドは肩をすくめる。


「じゃあ質問変える」

「変えなくていい」

「変える」


 そう言い切って、続ける。


「引退したら、何やるつもり?」


 ハルガンは一拍置き、短く答える。


「何も」


 そのやり取りを、

 少し離れた場所でロギアが聞いていた。


 フルフェイスの奥から、低い声が落ちる。


「……似合わない」


 ハルガンは否定しない。


「そうだな」


 サリドが、楽しそうに口角を上げた。


「ほら。本人も認めた」

「認めてはいない」


 淡々と否定してから、ハルガンは続ける。


「だが」


 視線は書類に戻ったまま。


「前に立てる者が現れたなら、

 長の席は譲る」


 空気が、ほんのわずかに緩んだ。


 サリドが笑う。


「……それ、冗談にしていい話か?」

「冗談だ」


 即答だった。


 だが、

 否定しきってはいない。


 ロギアが、少しだけ首を傾ける。


「……本気には、聞こえない」


「だろ」


 サリドが即座に返す。


「でも、嘘でもない」


 ハルガンは、何も言わない。


 否定もしない。


 その沈黙を、

 二人は自然に受け取った。


 ロギアが、もう一度だけ口を開く。


「……長」


「何だ」


「もし、

 本当に前に立てる者が来たら」


 一拍。


「……譲るのか」


 ハルガンは、すぐには答えなかった。


 考える様子もない。

 ただ、間を置く。


「来たら、な」


 それだけ言って、

 再び書類に視線を落とす。


 サリドは背もたれに体重を預けた。


「来ると思う?」


「分からない」


「分からないから、

 前に立ってるわけだ」


 ロギアは、それ以上言わなかった。


 否定も、同意もない。


 だが、

 その沈黙に不安はなかった。


 誰も、長の席を狙っていない。

 誰も、長を疑っていない。


 前に立つ者が、

 前に立ち続けている限り。


 十神槍の日常は、

 今日も、何事もなく回っていた。



 しばらくしてから、

 サリドが椅子の背もたれに顎を乗せたまま、

 思い出したように言った。


「そういやさ」


 今度は軽い。


 軽いが、

 間が違った。


「白」


 ハルガンの手が、止まる。


 ロギアは、何も言わない。


「噂、広がってるだろ」

「……ああ」


 短い返事だった。


 肯定でも、否定でもない。


「まあ、そりゃそうか」


 サリドは、笑わない。


 笑えない話題だと、

 最初から分かっている口調だった。


「俺、見たんだよ」


 それだけ言って、

 間を置く。


 誰も、続きを急かさない。


「前に出て」

「腕、振って」


 サリドは指を一本、軽く振る。


「終わった」


 それだけ。


 ロギアが、低く言う。


「……何人だ」


「数えなかった」


 即答だった。


「数える前に、終わった」


 ハルガンは、視線を上げない。


 だが、

 聞いていないわけではない。


「音もなかった」


 サリドは続ける。


「踏み込みも、溜めも」

「気配も、殺意も」


 少し考えてから、付け足す。


「多分、本人は

 “戦った”つもりもない」


 ロギアが、短く言う。


「……道具みたいだな」


「そう」


 サリドは頷いた。


「だから厄介」


 ハルガンが、静かに言う。


「噂は」


「盛られてる」


 サリドは即答する。


「でもな」


 そこで一度、言葉を切る。


「盛られてるのは、

 “意味”の方だ」


「白がいると、終わる」

「白が来ると、安心する」


 サリドは肩をすくめる。


「そんな感じで、

 使われ始めてる」


 ロギアが、ぽつりと落とす。


「……人扱い、されてない」


「されてないな」


 サリドは否定しない。


「だから余計に、

 前に出しやすい」


 ハルガンは、そこで初めて口を開いた。


「それを、

 お前はどう見た」


 サリドは、すぐには答えなかった。


 少しだけ視線を逸らし、

 それから言う。


「近づきたくない」


 正直な声だった。


「理解できないし」

「理解しようとも思わない」


 そして、

 小さく息を吐く。


「でも」


「前に立ってるのは、

 事実だ」



 室内に、音が戻る。


 紙をめくる音。

 金属が擦れる音。


 誰も、

 それ以上は言わなかった。


 噂は、

 もう外にある。


 十神槍の詰所は、

 それを追いかけない。


 ただ、

 前に立つ者たちが、

 それぞれの距離で受け止めていた。

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