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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
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第二十五話:前にたつ者





 戦場の後は、静かだった。


 勝敗が決した場所に、歓声は残らない。

 嘆きも、長くは続かない。


 踏み荒らされた地面と、

 処理しきれなかった気配だけが残る。


 白い影が、戦場の端に立っている。


 前に出て、

 叩き、

 終わらせた。


 それだけのはずだった。


 それでも、

 白い鎧の内側には、

 澱のようなものが沈んでいる。


 理由は、分からない。


 名を呼ばれることは、もうない。


 誰も近づかない。

 誰も声をかけない。


 それでいい。

 その方が、楽だった。



 背後から、足音がした。


 軽くもなく、

 重くもない。


 だが――

 無視できない。


 白い兜が、わずかに傾く。


 そこに立っていたのは、黒だった。


 漆黒の鎧。

 無駄のない装甲。

 誇張のない輪郭。


 立っているだけで、

 周囲の空気を締める存在。


 十神槍の長、

 ハルガン・レイノルト。


 サダオミは、戦う準備をしない。

 構えもしない。


 理由は、ない。

 ただ、そうする必要を感じなかった。


 ハルガンは、白を見る。


 遠目ではない。

 戦場の外からでもない。


 同じ地面に立ち、

 同じ空気を吸い、

 同じ高さで。


「……名は」


 短い問いだった。

 形式でも、確認でもない。


 白は、答えない。


 沈黙が、落ちる。


 ハルガンは、その沈黙を咎めなかった。


 名がないことは、

 もう分かっている。


「お前が、戦場を終わらせた」


 事実を置く声だった。

 評価でも、称賛でもない。


 サダオミは、動かない。


 肯定もしない。

 否定もしない。


「私が出る必要は、なかった」


 淡々とした言葉。

 だが、わずかな重みが乗っている。


 ハルガンは、戦場に視線を流した。


「ここで切るつもりだった」

 そのまま、言葉を継ぐ。

「主力も、切り札も、すでに出ていた」


 つまり――

 自分が来た理由は、確かにあった。


 少しだけ間を置いてから、

 黒は結論を告げた。


「だが、終わった」


 白い兜の奥で、

 サダオミは思う。


 それが、何だ。


 ハルガンは、視線を外さない。


「お前は、勝ちに興味がない」

 続けて、静かに言う。

「名誉にも、地位にも、関心がない」


 一呼吸。


「それでも、前に出る」


 サダオミは、初めて口を開いた。


「……前に出なければ、終わらない」


 それだけだった。


 ハルガンは、わずかに口元を緩めた。


 嘲りではない。

 愉快でもない。


 ただ、確信が深まっただけだ。


「だからだ」


 一歩、近づく。


 圧が、増す。


 威圧ではない。

 距離が、揃っただけだ。


「冗談だが」


 声の調子は変わらない。


「前に立てる者が現れたなら、

 長の席は譲る」


 本気にも聞こえる。

 冗談にも聞こえる。


 だからこそ、

 場の空気が、わずかに緩んだ。


 サダオミは、動かない。


 意味が、理解できない。


「……意味が、分かりません」


 拒絶でも、反発でもない。

 本当に、分からない。


 ハルガンは、頷いた。


「分からなくていい」


 それだけだ。


「お前は、すでに前に立っている」

 言葉を置いてから、続ける。

「名もなく、理由もなく」


 一拍。


「それが、長の資質だ」


 サダオミは、答えない。


 受け取れない。

 今は、まだ。


 ハルガンは、踵を返す。


 引き止める言葉は、ない。

 説得もしない。


 去り際に、

 振り返らずに言った。


「考えろ」


 一拍置いて、続ける。


「前に立つ者が、

 いつまで一人でいられるかを」



 黒い背中が、遠ざかる。


 白は、そこに立ったままだ。


 風が、吹く。


 戦場の匂いが、薄れていく。


 サダオミは、

 白い鎧の中で、静かに息を吐いた。


 答えは、出ない。


 だが――

 問いは、置いていかれた。


 前に立つということ。

 一人で立つということ。

 誰かに託されるということ。


 白い影は、

 再び歩き出す。


 まだ、選ばない。


 だが、

 もう、見なかったことにはできなかった。

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