第二十四話:一言だけ
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戦線は、さらに奥へ移っている。
短縮された線の、その先。
判断が一つ遅れれば、全体に影響が出る地点だ。
白が、前に置かれる。
理由は書かれない。
必要がない。
白がいれば、終わる。
いなくても、耐えられる。
それでも、
前に置かれる。
配置は、正しい。
誰も疑わない。
黒い鎧の男は、
前線から一歩引いた位置に立っている。
前に出る必要はない。
指示を出す必要もない。
視界は、十分だ。
配置表を一度だけ確認する。
線は短い。
想定は成立している。
数字に、歪みはない。
問題は、ない。
だから、
彼は動かない。
――ここまでは、いつも通りだ。
◇
白が、視界を横切る。
歩調は一定。
速すぎず、遅すぎず。
誰の合図も受けていない。
黒い鎧の男は、
もう一度だけ、戦場を見る。
白がいない場合の線。
成立。
止める理由は、ない。
配置を変える理由も、ない。
それでも。
彼は、白から視線を外さなかった。
必要のない確認。
意味のない時間。
ほんの一拍。
その間に、
誰にも求められていない判断が、
一つだけ残る。
声をかける根拠は、ない。
制度は、すでに答えを出している。
それでも、
声が届く距離まで歩いた。
距離を詰めるでもなく、
背後に回るでもない。
止める位置でも、
守る位置でもない。
ただ、
声が届く場所。
「……行く前に」
白は、止まらない。
「一言だけだ」
白い鎧が、
わずかに速度を落とす。
止まらない。
だが、行き過ぎもしない。
黒い鎧の男は、
名を名乗らない。
名を呼びもしない。
制度に、割り込まないためだ。
「人として、言う」
その言葉だけが、
戦場から浮いた。
「帰ってこい」
命令ではない。
願いでもない。
確認に近い。
白は、答えない。
答える必要が、ない。
◇
配置は変わらない。
線も、変わらない。
白は、前に出る。
背中が、遠ざかる。
黒い鎧の男は、
それを見送らない。
見る必要が、ない。
言うべきことは、
すでに言った。
世界は、
何事もなかったように進む。
ただ、
その場にいた者の何人かが、
理由を説明できない違和感を、
一瞬だけ覚えた。
配置は、正しい。
それでも。
人の声が、
一度だけ、そこにあった。




