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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
火の国
10/57

約束



 

 ■




 そう言えば俺は自分がどの辺りに数年、住んでいたのか知らなかった。それを嫌という程、思い知らされる旅になった。


 四国時代───領土が一番大きかったのは当然ながら、漢遼迩を飲み込んだ尊迩栄だった。劉生の自宅はよりにもよって、その尊迩栄の最果てに位置していたのだ。


 天下統一が成され、情勢が落ち着いてから火の国の城は当時の白蓮と黒曜の国境付近に移されてはいたものの、途方もない距離を旅するはめになった。


 轟劉生の剣術の真骨頂はその機動力にある。その機動力を支えるために編み出されたのがこの舞う様な足運びだ。それを駆使して三人はただひたすら走っていた。


 そういえば、この世界に来てから乗り物の類は見た事が無かった。刀剣が主流の戦闘方法であった事もあり、定臣は先入観で〝当然、長距離移動には馬か何かを用いて移動するのだろう〟と思っていたのだが……


「何だそれは」


 と一言で捻じ伏せた劉生に


「動物に乗るの!?」


 と小夜子が続き、そういう概念が無い世界なのだと理解した。


 そうですかRUNですか……



 そもそも負けん気の強い三人である。『最初に休憩をしようと言い出したら負け』という謎の暗黙のルールが出来上がってしまっていたらしく、互いに意地を張り合い、気がつけば出発から丸二日間、走り続けていた。


 正直辛いです。三つ目の村を無言で通過した辺りから休憩したかったです。


 意地を張るのが馬鹿らしくなってきた所で、ようやく定臣は自ら折れる事にした。


「二人とも!俺ちょっと疲れました!」


『しょうがないなぁ』とか『未熟者め』とか言われた気がするけど気にしない!お前ら自分の顔が嬉しそうになってるの気がついてないだろ!


 そう心の中でつっこみながらも、適当に愛想笑いで受け流しつつ、この先も自分が折れようと心に誓う定臣だった。




 ◇




 あぁだこうだと言いながらも、次に辿り着いた村で三人は休憩していた。思えばずっと三人一緒にいたものの、旅の様な事はしたことが無かった。


 恐らくは最初で最後になるであろうこの二人との旅を、定臣は決して忘れないようにと記憶に刻み込んでいった。


 ───更に二十日程走り、ようやく城に辿りつく。


『あの轟劉生が登城した』とあって門兵達が一時騒然としたりもしたが、すぐに羅刹の許可が下り謁見が叶う事となった。


 通された部屋の先に大きな扉が見える。あの先が謁見の間になっているのだろう。心なしか先程から劉生が落ち着かない様子で、うろうろとしている気がするがあえてつっこまない。


 おそらく雪乃はまだ劉生の事を想っている。しかしながら過ぎ去った年月は嫌でもその心を不安にさせているのだろう。人の想いとは風化するものなのだから。


「大丈夫ですよ、きっと」

 

 珍しく小さく見えた劉生の背中に、定臣がそっと声をかける。それに無言で頷くと、いよいよと劉生が扉に向かって歩いていった。


 定臣は『少し、時間を開けてから入室しようか?』と小夜子とアイコンタクト交わし、二人で劉生の背中を見送った。

 



 ───ドゴンッ


 


 不意に大音響が響き渡り、扉と共に劉生が吹っ飛んできた。


 定臣と小夜子は唖然とそれを見て


『ぇ~……』


 と声を揃える。


 呆然としている二人をよそに、その劉生を吹っ飛ばしたと思われる女性が、ものすごい勢いでそのまま劉生に飛びかかり殴り続けている。


 えーと……世界最強の男?ですよねあのボコボコにされてる人……というか顔が嬉しそうだよ怖いよ!


 しばらく殴られ続けていた劉生だったが、女性がフーッフーッと肩で息をし始めたのを見るとむくりと起き上がり、声をかけた。


「久しいな、雪乃」


 それを聞くや否や女性が劉生に抱きつく。


「……そいのじゃ……遅いのじゃ!もう来てくれぬのかと思うた!」


 あ~……空気読む!さすがに空気読む!


 小夜子の手をとり、そそくさと定臣は謁見の間へと消えていく。その背後には、互いの空白の時間を埋めあう様に抱き合い続ける二人の姿あった。




 ◇




 謁見の間に入室した二人を本日二度目の衝撃が襲う。


「やぁやぁいらっしゃい!お待ちしておりましたよ、二人共」


 ───軽い調子の声。


 神王羅刹としてそこにいた人物は、あの時あの村に駆けつけてきた隊長だった。

 

 最初から驚かせるつもりだった人に、わざわざ驚いて見せるのも何か負けた気がすると、瞬時にシンクロした定臣と小夜子が平静を装って返答する。


「やぁ隊長、久しぶり。羅刹って名前だったんだ?」


「よぉ」


『よぉ』て小夜子……何も言うまい……


 シュタっと手を挙げて挨拶をする小夜子を、何とも言えない顔で定臣が見つめる。そこに残念がったフリをしながら羅刹が話しかけてきた。


「おやおや、残念ですねぇ~。もう少し驚いてもらえると思ったのですがぁ」


 やれやれと肩をすくめながら扉の方を一瞥すると、定臣は羅刹に質問した。


「それで羅刹さん、あなたの奥さんが、そっちでうちの師匠と抱き合ってるんだけど。いいのかな?」


 大丈夫だと確信してはいたものの形式上、尋ねておかなければいけない。


 手違いで打ち首とかになるとたまったもんじゃないしな。


「いえいえ、むしろやっと肩の荷が降りましたよぉ」

 

 だってほら、と付け加えた後、羅刹はこう続けた。


「轟さん迎えにこないって事は、私と雪乃さんがラブラブだと思ってたって事でしょう?他の人と結婚とかしちゃうと、ぶった斬られちゃうじゃないですかぁ」


 軽い調子でさらりと述べる。


 良かった───これでもし雪乃の想いがとっくに冷めてて、羅刹と仲睦ましくしてたら師匠に立つ瀬無かったしなぁ


 内心でほっと一息ついていた定臣に、羅刹が尚も軽い調子で突然の爆弾発言を投下した。


「実は私、好きな人ができたんですよ~。だからいい加減、轟さんに迎えにきてもらえないかと悩んでたとこだったんです~」


『へぇ~』とどうでもいいやといった感じで、それを聞き流していた定臣の手をしっかり握ると、じっと目を見つめながら羅刹はこう続けた。


「あなたです~」


 ───……は?


 定臣は無表情で握られている反対側の手でがっしりと羅刹の手を握り、自分の手を解放した。そして背を向けて足早に去ろうとする。


 その定臣の服の裾を何故か小夜子が引いた。


「……小夜子?」


「定臣、ちゃんと返事する」


 ……なんか怒ってる?


 仕方なく足を止めた定臣の前に、羅刹が姿勢を正して立つとその想いを告げ始めた。


「あなたの行いに感嘆しました───あなたの信念に共感しました。あなたをずっと見ていたいと思ってしまった」


 先程までの軽い様子はその言葉からは感じられなかった。恐らくは本心からの言葉なのだろう。


 ───しっかり誤解解いて諦めてもらうしかないか。


『結婚してください』と言った羅刹にしっかりと向かい会うと、定臣は顔の前に両手を綺麗に合わせて


「すいません!こう見えて俺、男なんです!」


 と頭を下げた。


 今まで何度もその言葉を言ってきた。もちろん信じてもらえた事は無かった。


 ───だが


「はい、結構です。問題ありません」


 ───なん、だと……?


 こいつはなんか違う!今の絶対信じた上で言ってたぞ!?


『むしろ好都合です』とにこやかに手を差し伸べてくる羅刹からズザーっと後ずさる


 ……そういうことなのか!?こいつが一夫多妻を嫌がってたのはそういうことなのか!?


「ま、待ってくれ!ほら!よく見ろ!俺の見た目!どう見ても女だぜ?」


「なら周囲の目を気にしなくてもよくなりますね」   

 

 こい……つは……


「で、でも俺は男だからさ!」


「はい、結構ですよ~」


 なんて爽やかな笑顔をしやがるんだこいつは!


「ちょっと待て!俺の気持ちを尊重しようぜ!」


「はい、私を愛してくれるように努力しますので」


『まずは結婚しましょうそれから』


 ……いかん、これは夢に出るわ

 

 それから小一時間程、押し問答を繰り広げた二人を小夜子はぼーっと眺めていた。




 ◇




 ───神王羅刹。


 戦乱の世を平定した英雄にして、その統治は国民から愛され〝羅刹の前に羅刹無く、羅刹の後に羅刹無し〟とまで言わしめる程の人気を誇っている。またその武勇は世界最強の男『轟劉生』に勝るも劣らないとまで称されている。


 それが……

 

 ───これである。


 定臣は思考を巡らせた後、ため息を吐きながら背後霊の様に付きまとっている羅刹を一瞥した。するとその視線に気がついた羅刹が両手を組み、顔の前を左右にぶんぶんと揺らしながら、更に距離を詰めてきた。


「今の視線は結婚いよいよOKってことですね~」


 断じて違う。


「嫌よ嫌よも好きの内と言いますし~、そろそろ首を縦に振っていただけませんか~?」


 寄るな!息を耳に吹きかけるな!


 登城から一週間。城に一部屋提供された定臣達はそこに滞在していた。その間、羅刹の猛アプローチは延々と続いていた。


 いい加減あきらめてくれないかと、うんざりし始めた定臣だったが、本来の目的を達成していないのでここを去るわけにはいかなかった。


 困る弟子を助けるためにと、師匠の一喝を期待したりした時代が俺にもありました。


 そう心の中で呟きながら、どこか遠い目で先程から部屋の隅の椅子に、雪乃の膝枕つきで横たわっている劉生に視線を送る。───更に深いため息がでた。


 デレを知らない人間が一度デレると歯止めがかからないらしい。


 雪乃の想いを知ってからというもの、劉生は文字通りに骨抜きにされ軟体動物さながらに、日中からふにゃふにゃと雪乃につきっきりになっている。


 そして小夜子はというと───さっきから俺の左手にぶら下がっている。その無表情な顔には『これは私のだ』と大きく書かれてあった。


 小夜子の願い───〝仇をあきらめること〟。


 城に来てからの小夜子を見ている限り、仇の事を考えた時に出現していた危うい影は、そのなりを潜めていた。


 というか仇討ち自体はとっくにやめてるんだよなぁ……小夜子。やっぱり後は羅刹の人となりを見極めるって事なのかなぁ……


 ───その人となりが……


 こ・れ・か!!


 我慢の限界に達した定臣は、振り返るや否や羅刹の額を右手の指先でゴスゴスと連打した。


 ああああもうこいつはああああ!!!『あははは~痛いですよ~』じゃねーよ!って小夜子さんなんであなたおでこを俺に差し出してるんですか!?


「……私も」


「なんで!?なんで小夜子も!?」


「最近、羅刹にかまってばっか。」


「かまってないよ?憑かれてるんですよ?除霊して?」


 そう言いつつ小夜子の頭を撫でる。


 ───これでいつもは機嫌がよくなってくれるのだが……


「おやおや~鞘野さんやきもちですか~?」


 貴様なぜ煽る。


 な・ぜ・あ・お・る。


「定臣、私こいつ嫌い」


 こりゃ前途多難だなぁとぽりぽりと頭を掻く定臣をよそに、仏頂面に磨きをかけつつ羅刹を睨む小夜子と、それをにこにこと笑顔で眺める羅刹だった。




 ◇




 そんな感じの生活を繰り返して一ヶ月が過ぎ去っていった。その間、羅刹は増々と除霊が困難になっていき、小夜子は常時、頬を膨らませ、劉生は寝転んでいるか抱きついているかしている姿しか見ていない。


 問おう───国は大丈夫なのか羅刹と。


 問おう───いい加減ほっぺ疲れないか小夜子と。


 問おう───あんた誰ですか師匠と。


 


 ◇



 

 それからしばらくたったある日の事───既に日課となっていた、羅刹による朝の目覚めのhugをいつもは殴り倒して回避していた定臣だったが、その日は寸での所までかわす事ができなかった。


『ようやく心の距離が縮まった様です~』とさらに抱きついてこようとしていた羅刹を小夜子が蹴飛ばす。いつも無表情に近い小夜子だが、その時の表情からは明らかに怒りが見てとれた。


 あ~小夜子、怒ってるなぁ……どうしたんだろ?いつもの事なのに今日に限って……


 ──……って……あれ?


 床から起きあがろうとした定臣だったが、その場に尻もちをついてしまった。


 ───なにやら頭がぼ~っとしている。


「大嫌いな羅刹に抱きつかれるの、かわせなかった地点で体調不良。それに気がつかなかった羅刹の気持ちも疑わしい」


 小夜子はそう言い放つと、定臣に手を差し伸べながらに羅刹をギロリと睨んだ。


 目が怖かったです。


 朦朧とする意識の中で定臣はただ、ただそう思った。


 そのまま軽々と小夜子にお姫様抱っこされつつ、布団に戻された定臣は眠りへと堕ちていった。


 ───天使のくせに風邪ひくなよな~俺。




 ◇

 


 

 目が覚めた定臣は目の前の光景に我が眼を疑った。なんと小夜子と羅刹がにこやかに会話していたのだ。


 この一ヶ月間でそんな光景を見た事は、俺が知る限り一度も無い。主ににこやかな羅刹に小夜子がプンプンとからんでいただけなわけだが───


 二人の中でうまく折り合いがついたのだろうと、胸をほっと一撫でしつつ声をかける。


「おはよ、看病ありがとね」


「あ……定臣!おはよ!」


「おはようございます~それと結婚してください~」


 もはやそれは挨拶の一部なのか羅刹。


「随分と楽しそうに話してたけど、少しは仲良くなったの?」


 と小夜子に目配せ。すると小夜子の顔が突如───で、でた~仏頂面!


「そんなわけないじゃん。羅刹は大嫌い」


「い、いあでも今さ、仲良さそうに話してたから」


 思わず気圧され、後ずさりながら定臣が小夜子に聞く。


「あ、それはですね~」


 答えようとした羅刹を、小夜子が一瞥して眼で殺した。


 世界の王を眼で殺すな小夜子。


「定臣には教えない」


「え?」


 小夜子にしてはそっけないなぁと少しばかり、違和感を感じた定臣だったが、そんなこともあるかといつもの愛想笑いで受け流すのだった。




 ◇

 

 


 小夜子から違和感を感じてから数日後のこと、その日、定臣は珍しく一人で城の窓際に立ち、空を眺めながらぼ~っと思考を巡らせていた。


 最初は小さな違和感だった。───それが日を重ねる度に強くなっていく。


 小夜子は相変わらず定臣になついている。羅刹の鬱陶しさも変わらずなのだが、二人の間に妙な空気が流れている気がする。


 小夜子は相変わらず羅刹の事を嫌いだと言う。しかしながら二人で笑い合いながら話している所を何度か目撃している。その度に小夜子はとり繕った様に慌てて仏頂面になっていた。


 自分が近づくと、途端に空気を変えらるのはなかなかに居心地が悪い。かといって避けられているわけでもない。


 羅刹と仲良くしている所を隠す理由。───そんなものは一つしか思い当たらない。


 思考がそこに辿りつくと定臣は大きく息を一つ吐いた。


 小夜子が羅刹を許すと俺が天界に帰るから……か。


 あのなぁ小夜子、俺だって自分の意思でこの世界に留まれるならお前から離れたりしないさ……


 そもそも天界に帰るトリガーとなる『主人公の夢や願いを叶える』が達成されたかどうかの判断は誰がするのだろう。

 少なくとも俺の目には、小夜子はもう羅刹を許しているようにしか見えない。小夜子自身も許してしまっている自覚があるのだろう。でなければ俺から隠す必要がない。


 口上で嘘を言い続ければそれで回避できるのだろうか?俺自身、天界に帰った事が一度もないのでなんとも言えないなぁ


「───いちいちいい加減なんだよなぁ天使って」


 思わず口に出して言ってみる。


 しばらく腕を組んで眉間にシワを寄せながら───ああでもない───こうでもないと、ぶつぶつ言っていた定臣だったが、考えても仕方ないかと開きなおり小夜子達の元へ戻ろうかと振り返ったその時───声と共に小夜子が抱き着いてきた。


「さ~だっおみぃ~!」


 小夜子のボディアタックは俺が気がついているのを前提とした勢いだ。そして俺は不覚にも全く気配を感じていなかった。


 勢いを殺しきれなかった定臣が窓の外へと飛んでいく。


「ちょ!小夜子おまっ!」

「えぇえええ!?」


 慌てて小夜子を窓の内側に戻した定臣は、そのまま小夜子の視界から姿を消した。

 

 ───ちなみにここは五階である。


「ああああぁあああああああ」


 ───断末魔である。




 ◇




 ───先程から目の前でずっと小夜子が泣いている。どうしたものか。


 数十回目の『もういいから』でなんとか土下座状態からは立ち上がってくれたものの、小夜子はいまだに泣きじゃくりながら謝り続けていた。

 

 しばらく悩みながら小夜子の頭を撫で続けていた定臣だったが、交換条件でもつければ満足してくれるかな?と思いたち一つ提案をしてみることにした。


「よし、小夜子それじゃ一つお願い聞いてくれれば許してあげる」


 ヒックヒック言いながら、目で先を促してくる小夜子に笑顔で定臣がこう言った。

  

「羅刹と仲良いの隠すのやめてくれる?」


 小夜子はそれを聞くや否や目を見開き息を飲んだ。なんてわかりやすい反応なんだ小夜子。


「わ、私は羅刹嫌いだよ?」


「あのなぁ小夜子、仲良いの俺が知ってるのに口上でごまかしても意味ないから。しかも知ってるのに帰ってないだろ?俺」


 認めても帰らないのかと聞いてきた小夜子に、定臣は自分の意思では絶対に帰らないと約束した。するとそこに笑顔で羅刹が入ってきた。


 ───なに盗み聴きしてやがるんだこの野郎。


「よかったです~お姉さんからお許しがでましたよ~小夜子さん」


 鞘野じゃなく小夜子。───いつの間にか仲良くなったものだ。


「っていうか俺はお兄さんだ!」


 いつもの様につっこみを入れた後、視線を小夜子に戻した定臣だったがなにやら赤くなり、俯いてもじもじしているその姿に首を傾げた。その小夜子をにこやかな笑顔で羅刹が見ている。


 ───なにこの空気。


 しばらくの間を置いて小夜子がぽつりと口を開いた。


「あ、あのね定臣」


「うん」


「わ、私、羅刹と結婚する!」


「……は?」 


 待て待て待て待ていやいやいやいやいや……ないわああああああ!!!!


 あ……視界が……暗く……


 

 観客動員数歴代第一位!


 ───ダダダンッ


 全国興行成績歴代一位!


 ───ダダダンッ


 全俺が泣いた!



「……だおみ!定臣!!」

 

 ガクンガクンと肩を揺すられてやっと我に返る。

 

「……はっ!?思わずブラックアウトしてた!なんか変なテロップ見えた気がする!」


 それからしばらく混乱し続けた定臣だったが、ようやく落ち着いたところで二人から話しを聞いた。


 話しによると小夜子は、あの村の一件ですでに羅刹に一目惚れしていたそうだ。そして羅刹が俺にちょっかいをだすものだから、姉をとられる危機感やら嫉妬やらかまって欲しさやらで、ああいう態度になっていたのだという。


 しばらく腕を組んでうんうん唸っていた定臣だったが『小夜子の気持ちはわかった』と一言置き、般若の形相で羅刹へと視線を振った。


「おやおや~、せっかくの美人が台無しですよ~」


「へらへらしてんなこら!……で?お前は小夜子の事、本気で好きなんだろうな?」


「さ、定臣!そんな怒らなくても!」


「小夜子は黙ってなさい」


 その一言に小夜子は消沈する。それを見た羅刹はやれやれといった様子で肩をすくめながら定臣に向き直り、にこやかに宣言した。


「もちろん好きですよ~」


「───そっかぁ……───なら反対はしないよ小夜子」 


 そう言い放つと定臣はどこか悟ったような顔で羅刹を見る。


「にしてもやられたなぁ……俺の小夜子を口説くために、わざと俺を好きなふりするとかさぁ……羅刹の作戦勝ちだなぁ」


「え?私の一番は定臣さんですよ?」


「……は?」


「ですから私が一番愛しているのは定臣さんです」


 ───待て待てこいつは今なんと言った?……俺を一番愛している?小夜子と結婚するのに?……俺の小夜子と結婚するのに?……───


 ───血が冷めていく。


 ───遠くから自分を見てるような感覚。

  

 ───時がとまっ

「待って定臣!!そのレベルでキレないで!!」


「はっ!?俺はいったい……」


 いいから聞いてと小夜子に両肩をがっしりとホールドされる。ふりほどく事は可能だが、いかんせん小夜子の真顔に毒気を抜かれる。


 仕方がないかとため息を一つ吐いた定臣はその場に座りこみ、あぐらをかいて二人に視線で話しを聞く意思を示した。


「私の一番も定臣だから」


「そもそもそれが馴れ初めだったのです~」


 ああ、羅刹殴りたい。でも今はちゃんと聞こう。


 二人は話す。あの俺が熱で倒れた日、その日が二人が和解した日だったのだと。


 それまでの二人はどこか折り合いがついていなかった。原因はいたって単純。どちらが定臣の事をより愛しているかと無意識に意地になって競いあっていたからだった。


 あの日、定臣の体調不良に気がつかなかった羅刹は初めて小夜子に謝罪し、負けを認めた。


 一度、和解してしまえばそこからはお互いに好きな物が一致する二人。二人で定臣のいい所を延々と挙げ合う内に会話する機会が増えていったそうだ。


 ───なにそのむずがゆい理由。


 しかめっつらでなんとも言えない表情で定臣がフリーズしている。その背中に小夜子がそっと抱きつきながら言葉をかける。


「だからね……羅刹の一番が定臣で私の一番も定臣……二人でずっと定臣を見ていようって決めたの───」


 その小夜子の言葉に、すっかり照れた定臣は俯きながら小声で呟く。


「……返答に困るんだけど」


 そこに爆弾発言が投下された。 


「ずっと近くにいて欲しいの……だから私と一緒に羅刹と結婚しよ?」


「……はああああああああああああああ!?」




 ◇




 ───衝撃の告白から数日が過ぎ去っていた。


 定臣は小夜子の提案を当然ながら全力で、文字通り全力で拒み続けた。


 羅刹には正室に雪乃がいる。しかしながらこの二人は形式上そうなっているだけ、でそこに特別な感情などは一切無かった。


 天下統一以降、民達は王の世継ぎの誕生を待ち望んでいた。一夫多妻を望む民が多い中での側室を迎えるとの発表。───当然の様に国は湧いた。


 本来、簡単な発表だけで済まされるはずであったが、民からの要望も強く、何よりも定臣が『ちゃんと結婚式挙げないと殺す』とドスを効かせて羅刹を締め上げた事によって、側室を迎えるに当たっては異例となる盛大な結婚式が行われる運びとなった。


 定臣が一緒に結婚してくれないと落胆していた小夜子だったが、式の日取りが近づくにつれて、その顔からは喜びが満ち溢れていくのが見て取れた。そんな小夜子の傍らにはいつも定臣の笑顔があった。小夜子と定臣、それが二人の形だった。


 ───ずっとこうしていたい。心の底からそう思った。


 本当は心の底では理解していた。この時間には終わりが近づいていると。生まれてからこの方、この手の予感がはずれたためしが無かった。


 ───ただ……認めたくなかったんだ……




 ◇




 式の日が近づくにつれ、定臣と小夜子は前にも増して共に過ごす時間が増えていた。


 いつもは寄ってくる小夜子の相手をしていただけの定臣だったが、結婚が決まってからは努めて自分から近くにいるように心がけていた。


 ───少しでも同じ時間をと……


 そしてついに結婚式が前日まで迫ってきた。その日は式の打ち合わせがあると、朝から小夜子と羅刹は王の間に缶詰状態だった。


 結婚の発表から式までの半年間、定臣と小夜子と離れたのはこれが初めての事だった。


 その日の夕方に定臣は、劉生を城の一角にある中庭へと呼び出した。


「すいません、わざわざこんな所まで来ていただいて」


 雪乃と再開して以来、何かと角がとれて冴えが無くなっていた劉生だったが、定臣が纏っている雰囲気に、はっとなり背筋に芯を入れると顎に手をあてて少し考える仕草を見せ、口を開いた。


「───ふむ…行くのか…」


「……恐らくは」


 短くそう返答すると、定臣は劉生の前に正座した。


「師匠───あなたに出会えて本当に良かったです!───俺をここまで育てていただいて本当に感謝してます!」


 そう言い終わると定臣は両手を地面に着き、深々と頭を下げた。 


 ───しばしの静寂。


 二人の脳裏には出会ってから、今日のこの日までの出来事が走馬灯の様に駆け巡っていた。  


 恐らく定臣のその言葉は、鈍り始めていた劉生の心を震わせるには充分に事足りたのだろう。───それを証拠に


 ───泣いている。


 ───あの轟劉生が泣いている。


 隠そうともせずに、涙でしわくちゃになった顔を定臣に晒し続けている。


「お、お前は、最高の弟子だっ、だった」 


 涙でかすれたその声を聞くともうだめだった。


 最後は絶対に泣かないと心に決めていた定臣だったが、我慢できずにその場に崩れ落ちて号泣してしまった。




 ◇




「───抜け」

 

 しばらく定臣の様子を見ていた劉生が言葉を投げる。その言葉に顔を上げると、涙を流したその姿のままに劉生は刀を構えていた。


「ありがとうございます!」


 そう言うと定臣は即座に『大太刀・轟劉生』を抜刀する。スムーズに抜刀できる様に右手で柄を引きずり上げ、左腕で逆刃部分をなぞる様に振り上げる。長すぎるその刀はそこで右手の柄を一度離してようやく抜ける。半円を描きながら落下していくその刀を右手で掴むとやっと準備が整った。


「やっと抜ける様になったか……おもしろい」


 泣きながら笑う。───恐らくは俺も同じ顔をしているのだろう。


 どちらからでもなく始められたその舞比べは、劉生の刀が折れるその時まで続いた。


 息をきらしながら地面に腰を降ろした二人の顔は、先程の涙もどこへやら清々しいものだった。


 しばらくしてようやく落ち着いた二人は、最後にと劉生秘蔵の酒を軽く飲み交わす。


 ───明日は定臣にとっての弟子と劉生にとっての孫弟子の晴れ舞台だ。明日に響かない程度にしようと。




 ◇




 劉生と別れた後───定臣は小夜子の部屋へと向かった。


 ようやく辿りつくという所まで来た時、正面から羅刹が歩いてくるのが見えた。


「やぁやぁ定臣さん~、やっぱり明日一緒に結婚しちゃいましょう」


 相変わらずに軽い調子。


「新郎が結婚前夜に他の女口説いてんなよ。俺は男だけどな」


「ふふふ、まぁ小夜子さんについていてあげてくださいよ」


 そう言いながら羅刹は定臣とすれ違い、背を向けて去っていく。その背中に定臣は話しかけた。


「今日は珍しくすぐに引き下がるんだな?」


「今のお二人の時間を邪魔する程、無粋じゃありませんよ」 


 笑顔で軽く振り返ると右手の人差し指を軽く立ててウィンクした後、羅刹は去っていった。


「あいつ……」


 恐らくは勘づいているのだろう。声には出さずに定臣はそう思った。




 ◇



 

 部屋に入るなり定臣を衝撃が襲う。もう何度くらったかわからないこの衝撃。間違えるはずもない。小夜子だ


「おっそいよ!定臣ぃ!!」


『ごめん、ごめん』と笑顔で小夜子の頭を撫でながらそっと離す。


 俺はいつからこの動作を自然とできるようになっていたんだろう。そんな事を思うと自然と笑みがこぼれる。


 微笑ながら小夜子の頭を撫でつつ、慈しむ様にそっとその姿を眺めていると───途端に小夜子の表情が沈んだのがわかった。


「ん?どうした~?小夜子」


「……ゃだ……やだよ!定臣!」


「え?」


「隠しててもわかるよ!私と定臣だよ!?わからないわけないじゃん!」


 今にも泣き出しそうなその表情から小夜子がこの先、何を言おうとしているか理解できた。


「明日で定臣いな」


 そっと右手の人差し指を立てて小夜子の口にあてがう。すると小夜子の目から涙が零れ落ちた。


「なぁ小夜子。生きてるならどこにいても一緒だよな?俺達は少し会えないくらいでどうにかなる程度の繋がりじゃないよな?」


「で、でもぉ……」


 肩を震わせながら必死に泣くのを堪えている。本当にいい子だなぁ。そっと頭を撫でる。


「───小夜子」


 なんとか顔を上げた小夜子に、定臣は右手で自分の胸をとんとんと軽く叩いて見せた。


「ここにいるからさ、いつでも」


 とんとんともう一度。


 小夜子は俯き、目を瞑って顔をふるふると左右に振る。納得はしてくれない様だ。


「……ゃだ」


 それを定臣は優しい笑顔で、困った顔をしながらずっと見ていた。


「俺の意思では絶対に帰らないからさ。まぁ保険みたいなものなんだけど」


 できれば約束して欲しいと定臣は告げる。




 ◆




 ───約束?


 ───そう、約束。


 ───どんな?


 ───俺ってさ、小夜子の笑顔が一番好きなんだよね、だから。


 ───だから?


 ───俺が小夜子の目の前からもし……いなくなるなら最後のその瞬間は小夜子の笑顔を見たいな……だめか?


 ───……がんばる。


 ───そっか、ありがとな小夜子




 ◇



 

 でも肝心の俺が泣き崩れそうだなぁ……正直、自信ないわ……


 結局その日は小夜子の頭を撫でながら二人で一緒に就寝した。翌朝、羅刹のhugを顔に傷が残らない程度に蹴り倒してかわし、それから小夜子を送り出した。


 式の誓いは城の王の間で行われる。その前に城下町を、お披露目のために一周り歩いてくる段取りだ。


 主な重鎮や主賓達は予め用意された席に腰掛、新郎新婦が戻るまで王の間で待つ事になっている。当然の様にお披露目の段階から、小夜子の側についてまわる事になっている定臣の席は必然的に最後尾となる。


 ───そして遂に式が始まる。


 町では色々な人の笑顔を見れた。惜し気もなく贈られる拍手喝采。こんなに大勢の人が小夜子の事を祝ってくれてるのかと思うと自然と笑顔になれた。


 そう───例え両腕に小夜子と羅刹が抱きついていたとしても……


 小夜子、新郎の前で俺にくっつくな!そりゃ見た目は女同士だから仲がいい姉妹にしか見えないだろうけど式の最中にそれはまずいだろ!


 羅刹、お前は後で殺す。民衆の前でさすがに王様ぶっ飛ばすわけにはいかねーからな。


 そんなこんなで滞り無くお披露目は終わった。最後の方に定臣の笑顔が若干引きつっていたのは気のせいだろう。

 余談だが、この後 数ヶ月の間、国民達は定臣の事を鞘野小夜子だと勘違いしていたらしい。




 ◇


 


 王の間に入室すると途端にお祭り騒ぎから厳正なものへと雰囲気は変わる。部屋の中央の花道を囲んで左右に客席が用意されている。羅刹と小夜子はその中央の花道を歩いていく。


 祭壇の正面、入り口に入ってすぐの位置に二人が通過した後すぐに定臣の席が用意された。一番最後の入室でも小夜子と互いに見える位置になるようにと羅刹が配慮してくれたのだ。羅刹自身も定臣が見たかっただけな気もしなくもないが、ここはあえてつっこまないでおこう。

 

 ゆっくり、ゆっくりと小夜子は進んでいく。着席した定臣はその背中を優しく見守りながら思いだしていく。


 ───初めて出会った時は二日酔いで俺、死んでたなぁ……目が覚めると隣に何故か小夜子が寝てたんだよな。

 敬語なんて使えないくせに無理して喋ってたよな。見ててほっとけなかったぜ。


 ───……小夜子


 ───小夜子、今……お前は幸せだよな?


 ───もう仇討ちなんてする必要ないもんな?


 ───羅刹はあんなだけど押さえるところは押さえてる奴だから……


 ───小夜子……


 気がつくと定臣は涙を流していた。二人が祭壇につく前になんとかしようと両手でごしごしと必死に取り繕う。


 そこに祭司の祝辞が聞こえてきた。


 〝永遠なる愛を誓うか〟の問いに小夜子と羅刹が口を開く。


 あぁもうすぐ小夜子がこっち向く。───早く涙をなんとかしないと……


 若干、焦り始めた定臣の耳にとんでもない言葉が飛び込んできた。


『はい、永遠なる定臣との愛をここに誓います!』


 小夜子と羅刹だ。


「……なんじゃそりゃああああああああああああああああ!!!」


 会場が騒然とする。涙が止まる。


 別の涙が出た気がするが気にしない!


 思わず大声でつっこみを入れた定臣に、小夜子が最高の笑顔で手を振った。


「定臣ぃ~!」


『定臣ぃ~!』じゃありません!まったくあいつは……


 ───なんだよ……あの笑顔は……

 

 ───本当……


 ───いい顔するようになったよな……


 定臣は軽く手を振り返しながら、やれやれと困り顔で小夜子に笑顔を送った。その時───小夜子の表情が一変した。


 突然、真剣な面持ちで花道を逆走して定臣の方へと向かってくる。


「ぉぃぉぃ小夜子、幾らなんでもそれは羅刹そっちのけにしすぎだろう」


 小声でそう呟いた定臣に小夜子が叫ぶ。


「だめだよ!だめだから定臣!」


『何が?』と一瞬首を捻った定臣だったが、周りの視線が自分の足元に集中しているのに気がついた。


 ───!?


 視線を足元に落とした定臣が驚愕する。なんと足元が透けて見えるのだ。薄く、透明に徐々に上半身に向かって侵食するように透明は広がってきていた。


「ぉぃぉぃ」


 そう言いつつも落ち着いた様子で自身の透明になっている足先に触れてみる。そこには何もないかの様に触れる事が出来なかった。


 すでに消えてるな……足無いのに空中に浮いてる姿って他から見ると不気味だろうな───とか冷静に考えてる場合じゃないか……


 小夜子に視線を戻すと、やれやれと手でジェスチャーして見せる。そこに勢いを殺さずに小夜子が抱きついてきた。


「っとと、足無くても踏ん張れるんだなぁ」


「定臣!だめだから!」


「ん~、そうは言ってもこれ、止まってくれそうにないよ小夜子」


「やだ!」


「まいったな。もう太股まで消えてる」


「やだよ!!」


「小夜子ぉ」


「帰らないって言ったじゃん!」


「あのなぁ」


「やだよ!」


「俺だって帰りたくねーよ!でもしょうがないだろ!」


「定臣ぃ……」


「わりぃ、約束破っちまった……ほら───だからもう1つ約束」


「うぅぅ」


「泣くなって、絶対に帰ってくるから」


「……ほんとに?」


「あぁ……手、まだ残っててよかったよ」


 そう言うと定臣は小夜子の頭をそっと撫でる。そしてその手を離すと自分の胸をぽんぽんと叩いた。


「ここ、だろ?」


「……うん」


「小夜子、絶対に幸せになれよ!」


「───……うん!」

   

 そう言った後、小夜子は最高の笑顔を定臣に向けた。


「さすが俺の妹だ!約束ちゃんと守ってくれたな!」


 ───小夜子の前では絶対に泣かないって決めてたんだ。


「お姉ちゃんは破ったけどね!」

   

 ───でも


「ば~か。俺はおにぃ……」


 ───無理だったな。


 

 最後の言葉を言い終える前に定臣を眩い光が包み込む。


 やがて光が収まると、まるで最初から存在しなかったかの様に定臣の姿は消え去っていた。


「定臣ぃぃぃぃいいいいい!!!」


 


 ◇




 ───その後、私は羅刹に『式をやりきらないと定臣が悲しむから』と檄を飛ばされ、なんとか持ち直してその場を乗り切った。


 最愛の姉がいなくなってしまった───


 覚悟は決めていたつもりだったけど実際は全然だめだった。


 しばらくは無気力にただ、ただ時間を過ごしていった。その間も羅刹はずっと私を気遣ってくれていた。


 半年が過ぎ去った頃、劉生の家に三人で暮らしていた頃に、食料の買出しによくいっていた村から小包が届いた。


 中を開けると定臣が修行の際にずっと愛用していた大太刀が入っていた。それを見た途端に泣き崩れた私に宅配人が戸惑いながらに告げる。


 定臣からの伝言。それは短かかったけれど、私を勇気づけるには充分だった。


 ───〝俺は小夜子に何か残せたかな?〟


 定臣が私に残してくれたもの───そんなものは言葉では言い表せない。あえて言うなら私のすべてだ。


 でも定臣が言いたかったのはそんな事じゃない。大太刀と共にその伝言。定臣の言葉が蘇ってくる。


 ───剣道。


 ───そうすべじゃなくみち


 ───人は殺さないに越した事はないし、それに殺人の術じゃ道で鍛えられた人の精神こころまでは斬れないと思うから


 ───小夜子には剣術ではなく剣道として剣に携わって欲しい


 ……わかったよ……定臣……───




 ◇




 ───それから二ヶ月後。


 私は急造された『道場』の中にいた。大体の造りは定臣から聞いていたので、教えられた通りに依頼して内装を整えた。


「いやはや、やっと立ち直ってくれてよかったです~」


 羅刹だ。


「ごめんね……迷惑かけた上に───こんな我が儘まで聞いてもらっちゃって」


 それを聞いた羅刹が驚いた顔をして小夜子を見た。


「え?」


「い、いえ、あの小夜子さんがお礼を言うなんてと」


「ちょっと!」


「あはは~、冗談です~」


『まったくもう』と小声で言いながら小夜子は筆を執る。書き出した文字は


 ───心・技・体


 それは定臣に習った道を進む上での三大要素。聞いた時にこれだと思った。


 自分でも上手く書けたと うん、うん とその場で目を瞑って頷く。


「そういう所、定臣さんとそっくりですね~」


「それは素直に感謝。」

 

「見てもいいです~?」


 そう言いながら羅刹は小夜子が書き出した文字を見る。


「心・技・体ですかぁ、いい言葉だと思います。定臣さんの直伝ですか?」


「うん!」


 ───しばらくの沈黙。


 どうしたの?と小夜子が羅刹に視線を向ける。すると羅刹は満面の笑みでこう答えた。


「でもこれ、わざえだになってますぅ~」


「……きゃああああああああああああああああああああああああ」


 

 これにて、火の国編は終了です。ここまで読んで頂いて感無量です。

 書き始めは自己満足のために適当に始めたのですがお気に入りを頂いたり、感想を頂いたりとしている内にどんどん楽しくなってしまいました。

 できればこの先もお付き合い頂ければ幸福の到りであります!

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