第1話 玉座と自販機と社畜王
俺の名前は佐藤修平。三十二歳、平凡なサラリーマン。
自慢できることは特にない。営業職でそこそこ数字を取るが、上には上がいて、出世争いには縁がない。
毎日、定時の二倍は働いて、休日は寝るかネットで安いスーパーを探すか。そんな生活だった。
その日も、終電を逃し、会社から徒歩で帰宅していた。雨はしとしと、靴はぐしょぐしょ。
疲労で視界がぼやける中、路地裏の自動販売機に小銭を入れようとした、その瞬間だった。
――ガタンッ!
「……え?」
次の瞬間、俺の視界は青白い蛍光灯から、金色のシャンデリアへと変わっていた。
気づけば俺は、やたら豪華な椅子……いや、玉座に座っていた。
正面には、十人ほどの豪華な衣装を着た人々が並び、俺を凝視している。
その中央に、やつれた老人――王冠を被った国王らしき人物が、震える手で王冠を外していた。
「……救世の勇者よ。どうか、この国を……救ってくれ……」
「え? いやいやいや、俺ただのサラリーマンですけど!?」
混乱する俺の前で、国王は倒れ込むように退場。その背中を慌てて侍女たちが支える。
場内は妙な静けさに包まれた。
次に口を開いたのは、銀髪の美人文官だった。
涼しい目で俺を見下ろし、淡々と言う。
「これより、新国王・シューペイ陛下の戴冠式を執り行います」
「誰だよシューペイって!? あ、俺か!?」
戴冠式は強制的に進行された。頭に王冠を乗せられ、訳の分からぬ言葉で宣誓をさせられる。
拍手も祝福もほぼゼロ。代わりに、侍女たちが心底面倒そうな顔で俺を見ているのが印象的だった。
式が終わると、文官の銀髪美女――名をリネアと言うらしい――が近寄ってきた。
「新国王陛下。まずは現状をご説明いたします」
「お、おう……」
リネアが開いた帳簿を覗き込んで、俺は固まった。
――国庫残高:銀貨12枚。
「……これって、国じゃなくて個人の貯金レベルじゃない?」
「はい。このままでは来月の兵士給与が払えず、軍は全員辞職するでしょう」
「え、軍って今何してんの?」
「昨日からストライキ中です」
リネアは淡々と説明を続ける。
・税収はほぼゼロ。商人は国外逃亡。
・国境では魔物が暴れているが、兵士はサボっている。
・役人は派閥争いで書類仕事を放置。
・城は雨漏り、食料庫にはネズミが巣作り中。
「……これ、完全に倒産寸前のブラック企業じゃん」
「はい。前国王はそれで心身を壊し、陛下に譲位されました」
「いや俺、その陛下になった覚えないんだけど!?」
しかし、状況を聞けば聞くほど、俺の脳は妙に冷静になっていった。
営業で毎月赤字寸前の部署を立て直した経験がある。クレーム対応で地獄のような会議を仕切ったこともある。
これは……もしかして、今までの地味スキルが役立つやつでは?
「……リネア。まず、無駄な出費を洗い出そう。城の装飾品とか、売れそうなものを全部リスト化だ」
「装飾品を……売る?」
「そう。資産の現金化だ。あと、雨漏りの修理は後回し。バケツ置いとけ」
「……は?」
「軍の給与は半額前払いにして、出勤したやつだけ残りを払う方式に変える。魔物退治で成果出したら歩合給だ」
リネアは眉をひそめたが、帳簿に何やら書き込み始めた。
「では、役人の派閥争いは?」
「部署ごとに成果競争させる。成果ゼロの部署は即解体、優秀部署の人材に吸収だ」
俺は気づけば完全に“会議モード”に入っていた。
サラリーマン時代の血と涙の経験が、異世界の玉座で蘇る。
「……面白いですね、陛下」
リネアが薄く笑った。
「私、この国が再建されるのを生で見られるかもしれません」
「いや、俺は再建したらすぐ退職するけど」
「残念ですが、それは許可できません」
こうして、俺の社畜スキルで国を立て直す日々が、否応なく始まった。
――目指すは、早期黒字化と定時退庁だ。
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