第1話「目覚め」
目に眩しい光が入り込んできた。目を細めながら開けてみると、そこは白色の天井に豆電球ではない光る細長い発光体があった。雨宮は戦時中の日本ではありえないほどの綺麗な部屋に置かれているベッドに横になっているようだ。
(どこだここは……?)
アメリカに捕虜として連れてこられたのかと一瞬考えたが、捕虜にこんな綺麗な医療室を使うなんて聞いたことがない。それに加え、わき腹が吹き飛ばされていたはずだったが、けがをした形跡すらない。だが、右腕は失ったままで、右腕の付け根があるはずの部分に玉ねぎを輪切りした時のような形がした銀色の機械がついていた。
(なんだ? もはや若返ったような……)
混乱していると扉が開き、看護師らしき服装の女性が入ってきたと思ったらこちらを見て驚いき、部屋の外に急いでいった。
少し早歩きで還暦を過ぎていると思われる男性医師が来た。先ほどの看護師が呼んだのだろう。
「気分は大丈夫ですか?」
ベッドの横に立ち、優しく声をかけてきた。
「は、はい……」
(英語……イギリス英語っぽいな)
「では、保護者さんを呼びますね」
少し質問をされた後にそう言い残し、立ち去って行った。
(……?俺に保護者はいないぞ?)
そう思ったところでハッとした。腕も足も、体全体が細いのだ。明らかに雨宮与四治の体ではない。それにこの部屋の雰囲気から見ても一九四五年ではない。声もいつもより高い。それらの要素からこのような結論に至った。
(まさか……生まれ変わったとでもいうのか?!)
そんなことを考え、ますます混乱してきてしまった。すると、棚の上に置いてあった腕型の金属が目についた。それは今、雨宮の肩の付け根についている金属と同じような感じだった。手に取ってみると金属の下に小さい紙が置いてあった。雨宮宛の様で紙にはこう書いてあった。
『一命を取り留めたようで何よりです。よかったらこの義手を使ってください』
(それで、義手を右肩の金属につければいいのか?)
義手と金属を近づけると磁石のように引っ付いた。義手と金属が繋がった瞬間、体全体に電撃の様な小さい痛みが走った。その痛みが走り終わると、失ったはずの右腕には感覚があり、動かそうとすると義手が思った通りに違和感なく動かすことが出来た。
(ど、どういう仕組みなんだ!?)
義手でいろいろ試していると扉が乱雑に開き、少し髭を蓄えた七十代前半ぐらいのと思われる風貌の男性が駆け込んできた。ここまで走ってきたようだが息は乱れていない。
「与四治。大丈夫なのか!?」
涙目になりながらも雨宮の姿を見ると安心した表情になり、駆け寄ってきた。恐らく医師が言っていたこの雨宮の保護者なのだろう。
「き、記憶が無くなってるみたい……」
「そっか、そっか。私は雨宮義彦。与四治の祖父だよ」
(祖父……やっぱり俺自身じゃないのか)
「なに、記憶がなくたって困りはしない年齢だよ」
与四治がおどおどしていたからか、安心させようと落ち着いた声で語りかけた。それから義彦と話した後、健康診断をするため診察室へと案内された。
「失礼します」
雨宮は驚いていた。この部屋も、ここまでの道中も知らない機械ばかりだからだ。雨宮が知っている機械はどれもおんぼろで、故障ばかりする物しかなかった。しかし、ここではドローンにアンドロイドなど教えてもらわないと何もわからないものばかりだった。
「はい、そこ座ってね」
そう促され、パイプ椅子に雨宮は腰を掛けた。医者は変な形の小型注射器を引き出しから取り出し、雨宮に指を出すように指示をした。
言われたとおりに指を出すと注射器で少し刺され、注射器のカプセルには血液が溜まっていた。そのカプセルを注射器から外し、机に置かれたパソコンの横にあった四角いボックスに挿しこんだ。医者はそれから少し、パソコンに映し出された文字を読み、キーボードを打ち始めた。
「えーっと。退院してはいいんですが、異常なほど健康です。今まで入院してたのがおかしいほどにですよ」
「はぁ……」
「生命力も安定値なんですよ」
「?……いい事ですよね?」
「いいに越したことはないんです……まぁ、違和感があったらまた来てください」
そのあと病室に戻るともう数日入院すると伝えられた。雨宮はベッドに寝そべり、考える。あの時に自分は確実に死んだ。だけど、今こうして息をしている。それに、今は十歳ぐらいの体つきをしている。過去に戻ったとなると技術力が違いすぎる。
(仏教に輪廻転生とかあったような……)
雨宮は死んだ生き物が他の生物に生まれ変わる現象があるというのが輪廻転生だと聞いたことがある。
(でも、記憶は残るのだろうか?)
まあ、例外もあるかと考えを終わらせ、少し廊下に出てみるとちょうど雨宮の前を整備士のような恰好をした人が通った。荷物から一枚の紙が落ちた。雨宮は紙を拾い上げ、覗き込む。その紙には小型ロボットの設計図が描いてあった。
「小型ロボット……」
図面をくまなく見て、完成形を想像すると急に右手の義手が動き出した。その動き方は固形物がする動きではなかった。まさに流動体のようにうねうねと動き、設計図のロボットを形作っている。
「な、なんだ?!」
完成すると最初は限りなく真円に近い球になり、起動中の文字が浮かび上がっていた。そしてすぐに二本の半透明な羽が生えてきて、羽を高速に動かして飛び上がった。
「キドウカンリョウ……セッテイヲシテクダサイ」
ロボットから音声が鳴り、空中に半透明のウィンドウが表示された。どうやら空中にこのロボットが映し出しているようだ。雨宮は空中に浮かぶウィンドウを見て目を見開いていた。それよりも義手が流動体のように動いたことのほうが驚いている。
「ははは、パソコン程度で驚いていたのにここまでとは……」
そう苦笑いをしながら設定を始めた。項目がずらっと並んでいる。
設定の途中で雨宮は整備士に落とした紙を渡しにっていないことを思い出し、ロボットを部屋に置き、急いで整備士を追いかけていった。
置いていったロボットはまだウィンドウが開いており、設定項目には『ナノ・マシン製造ON』と書かれていた。
「すみません。この紙、落としましたよ」
焦った顔をしている整備士の男が雨宮に向かって振り向いた。
「あ! すいません。ありがとうございます」
「いや、たまたま気づいただけなので」
男が紙を受け取り、雨宮の右手に気づいた。少し、不思議な顔をしたが、すぐに何かを思い出したような表情になった。
「それ! よくそんな高価なもの持ってるね」
「これですか?」
右腕を挙げて見せた。確かにこの義手について何も知らないな、と思った。
「ナノ・マシン製の義手!設計さえ知っていれば|ほぼ〈・・〉なんでも複製できるんだよ!」
この男曰く、ナノ・マシンとは極小の機械が何億と連なって形を作っているものだそうで、モノにもよるが様々な機能があるそうだ。
「へぇ、そうなんですね……」
(あのロボットも機能の一種か?)
「でも、こんなものはあまり見たことがないな。大体のナノ・マシンていうのは大体が銅で作られているんだが……」
男はチラッと雨宮の義手を見て、不思議そうな顔をした。雨宮はその視線に気づく。
「……?」
「——実は君のナノ・マシンは金とチタンの合金みたいなんだ。それらの合金自体は珍しいものではないのだけれど、ナノ・マシンに使われる例は聞いたことがないな」
「そうなんですね」
男が更に口を開こうとすると、男の上司らしきの人が戻ってきて、叫んだ。
「おいッ! お前ッ何さぼってんだ!」
「やっべ! 君、紙を届けてくれてありがとね!」
男は急いでものを持ち、上司のところへ走っていった。「こちらこそありがとうございました!」といい、与四治も部屋へと向かった。
部屋の前に着き、部屋に入るためにドアノブをつかもうとすると違和感を覚えた。焦って周りを見渡してもほかの部屋へ入るための扉にはドアノブはなくスライド式のドアなのである。しかし、雨宮の部屋だけは押戸になっている。
(おかしい。ここを出たときはスライド式だったはず、どうなっているんだ?!)
雨宮はドアノブをがっちり掴み恐る恐るドアを開ける。
「な、なんだこれは!」
部屋の中にあったものを見て雨宮は驚愕した。銀色の機械が不規則に部屋中に広がっている。おそらく先ほど聞いたナノ・マシンなのだろう。
「なんだこれは……」
雨宮が困惑していると、部屋に広がっているすべてのナノ・マシンが右手の義手に集まり、吸い込まれた。
振り返るとドアは押戸からスライド式に戻っていた。雨宮は、この現象もナノ・マシンによるものと考える。
ナノ・マシンが急速に動き、グリップの部分から徐々に形を作り始めた。
最後に銃口を形成し終え、新品のような二式拳銃が雨宮の手に握られていた。生前に雨宮が一番、愛用していた拳銃だ。
(使い慣れているはずなのに……)
雨宮の拳銃を握っている手が、拳銃をまともに握ることができないほど震えている。床に座り込み、顔や手の平には大量の冷や汗が垂れていた。
「あ、あぁ……」
雨宮が拳銃を見た瞬間、頭の中に映像が流れる。
『雨…さん!』
『うわぁぁぁぁ!』
自分の目の前で仲間が殺されていく景色、自分をかばって撃たれた兵士。雨宮が死んで忘れかけていた記憶の映像が。
拳銃が手の平から零れ落ちる。拳銃が地面に落ちた音が病室に鳴り響いた瞬間、拳銃を構成しているナノ・マシンが分解され右手の義手に戻っていった。
雨宮は目を閉じて深呼吸をして、額に手を当てる。深呼吸をしても過呼吸が収まることはない。瞳孔も開ききっている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ゆっくり目を開けて病室の天井を見つめて、再び深く息をした。
退院してから数日がたった。与四治は義彦に退院後に住む家に連れられた。荷物を自分の部屋に入れて少し整理した後に、義彦に呼ばれてリビングに降りた。
リビングのテーブルに座ると義彦が、カレーライスがよそわれたお皿を二つ持ってきた。一つは与四治の前に置かれ、もう一つは義彦が座るであろう席の前に置かれた。
義彦が椅子を引き、座り込む。両手を合わせた後、二人は食事を初めた。
退院する少し前に与四治は、この街について義彦から聞かされていた。
この都市は、西洋社会主義国の西洋中央学園都市というそうだ。現代でいう、ロンドンに位置する。そして、都市の中心には都市名にもあるように学園がある。
西洋中央学園都市は学園を中心にオーネスト市街が広がっている。学園と直接つながっている学生街や、住宅が連なる住宅街。世界中の様々なものがとりそろっている商店街などがある。
もう一つ、与四治が衝撃を受けたのは、この世界には“魔法”というものがあるということだ。魔法とは頭にイメージを浮かべ、“杖”に|生命力〈エネルギー〉を流し込むと発動する。
|生命力〈エネルギー〉は、4018年にアメリカの学会にて発見された。未知のエネルギーで人間の意志に強く反応し、意志の形により様々な効果を発揮する。イメージがはっきりしていればするほど魔法の威力は上がるという話だ。
そして、|生命力〈エネルギー〉は生き物の命の力だ。使ってしまえば減ってしまうし、減った分は回復しないのだ。五〇〇回使おうが消費量は微々たるものなのだが、過去の一例で|生命力〈エネルギー〉が底をついてしまうと体が崩壊を起こし、死んでしまう。
杖は、|生命力〈エネルギー〉を加工した特殊な木材に流し込むことで完成する。しかし、そのままではただの棒で、杖未登録のものがその棒を持つことでやっと杖として機能する。持ち主により杖の見た目は変化し、身分証代わりになるほど一人ひとり、杖に個性が出る。
しかし、どうやら、ナノ・マシンが雨宮の思考とリンクしているのは、魔法の類ではないそうで、義手をつける前から腕の付け根についていた機械がナノ・マシンと神経をつなげる役割があるそうだ。神経をつなげるからか、接続させた瞬間だけは痛みが走るそうだ。
少し雑談をした後に、義彦が口を開いた。
「ある程度落ち着いてきたし、学校に行ってみない?」
「学校……」
「まあ、無理強いはしないから」
「うん。考えてみる」顎に指をあてて、ブツブツと呟いている。
「そっか。でも、本当に無理はしないでね」
二人は再びスプーンを動かし始めた。
与四治は空になった皿を片して、階段を上がった。
部屋の扉の横に靴を置き、スリッパに履き替えた。扉を開けて部屋に入ると視界が一瞬だけぼやけて、体がふらついた。
(早く寝よう……)
ベッドへと歩みを進めるといきなり照明の電気が消えたように目の前が真っ暗になり、激しい吐き気に襲われた。口元を右手で覆う。
雨宮は義手を装着してから、あまり日数が立っていなかったころは、体の拒否反応により、ちょっとした吐き気や、めまいなどがすることはあった。しかし、ここまでひどい症状は一度とて、出たことはない。要するに、雨宮にはこの激しい吐き気に、心当たりが全くないのであった。
思わず棚に左手をついてしまい、花瓶が手に当たってしまい、床に衝突して大きい音とともに粉々に割れてしまった。
「うッ!オエッッッ!」
唐突な吐き気に戸惑いながら、急だったがために床に向かって黄土色の吐瀉物を吐き出してしまった。
吐き気に耐えられず、バランスを崩して倒れてしまった。転倒先にはふわっとした感触があり、ベッドに倒れたことが分かった。
そして、だんだんと意識が奪われていく。




