彼女としての主張
翌日のバイト先では俺と彼女が付き合う事を皆知っていた。どうやら萌香が皆に触れ回ったらしい。
まあこれで俺にちょっかいをかけて来る女もいなくなるのであればそれはそれで結果オーライだろう。
ちなみに俺にフラれた三人の内、唯一残っていた女がその事実を知った日にバイトを辞めた。
前島萌香は予想に反して意外としっかりした女性であった。
俺に接触してきたときの印象からもっと軽くていい加減な性格だと思っていたので少し意外である。
彼女は群馬出身で同じ高校出身の友達とルームシェアをしているらしい。
年は俺と同じ二十歳だが一浪しているので学年は一つ下だ。三人兄弟の長女で二人弟がいるらしい。
やや茶色がかったウェーブの髪型とくっきりとした目元が特徴の整った顔立ちに均整の取れたスタイル
手足も長く客観的に判断しても容姿は優れている方だと思う。
どうして俺がこのような曖昧な表現をしているのかというと俺は女性を女性としてちゃんと認識できないのだ。
母さんが死に、志穂さんがいなくなってからというもの俺にとって他人、特に女性は全て同じ生き物に見えていた。
わかりやすくいうと萌香のような若くて容姿の優れている女性も八十過ぎのおじいちゃんも同じ〈人間〉としか思えないのである。
つまり見た目の情報を知識によって分析し〈前島萌香は可愛い女である〉という風に識別しているのに過ぎないのだ。
だから萌香を含めた他の女性に対しても恋愛感情どころか可愛いとかセクシーとかそういった事は全く感じないのである。
俺自身これが異常な事であるという認識はある。だから今回軽いノリで接触してきた萌香の交際の申し出を受けたのだ。
ステイタスとしてかっこいい彼氏を連れて歩きたいという萌香に対し、俺はリハビリと訓練の相手として萌香を選んだ。
単純なギブアンドテイクの間柄という感覚なのだ
それからというモノ時間が空くたびに萌香に連れまわされる日々が続いた。
だが萌香は〈お互いの事を語り合おう〉という感じではなく〈私の話を聞いて欲しい〉というタイプだったのでこちらとしては有難かった。
萌香の話に作り笑いを浮かべてウンウンと適当に相槌を打っておけばいいのだから俺にしてみれば好都合だった。
デートは映画館にショッピング、プラネタリウムに公園デートというモノもあった。
少し意外だったのはデートの際に俺が萌香の分も払おうとすると必ず拒否されるのである。
「自分の分は自分で払うわ」
彼女は一貫してそう言い続けた。萌香の実家はそれ程裕福な家庭ではない為、大学も奨学金で通っている
生活費もバイト代で賄っている身として金銭的には厳しいはずなのだが俺が払おうとすると頑として拒絶するのだ。
「俺は実家暮らしだし特に趣味も無い。世間ではよく〈デート代は男が出すべきだ〉とか言うじゃないか。
俺はバイトもしているのだしデート代くらい出してもいいぜ」
「そういうの嫌なのよ、これは私のポリシーだから少しくらい無理させてよ」
彼女はそう言って笑う。俺としてはよく理解できない感覚だが金銭的にも自立しようという表れなのだろう。
少し感心した。だから俺達のデートでは萌香が弁当を作って来てくれることが多い。
「私、料理得意だから」
自信満々に力こぶを作るポーズを見せつける萌香。料理自体は普通の味だったが、その素朴な味付けはどこか志穂さんを思い出させた。
付き合い始めて三か月を過ぎたが俺が萌香に特別な感情を抱く事は無かった。
それでも萌香は俺を色々な所に連れまわす。楽しいという感覚は無かったが決して嫌ではなかった。
ある時、急に萌香がおかしなことを言い出した。
「ねえ徹、今度貴方の家にお邪魔させてよ」
俺は萌香の意図がわからず思わず問いかけた。
「何で?」
俺は本当にわからないから聞いたのだが、俺の質問に萌香はジト目でこちらを見た。
「何で?じゃないわよ。私達付き合ってもう三か月以上過ぎているのよ、互いの家に行ってもいい頃じゃない⁉」
「そういうモノなのか?」
「そういうモノよ」
どこか納得できない理屈であったが特に拒否する理由も無いので押し切られる形で萌香の要求を飲むことにした。
「じゃあ今度の土曜日に貴方の家に行くわ」
「えっ⁉」
俺は思わず驚きの声をあげた。
「土曜日に来るのか?」
「うん、確か土曜日のバイトのシフトは二人とも遅番だよね?」
「いやいや、そういう事じゃなくて。土曜日だと、その……家には父さんがいるから」
「別に私はかまわないわよ」
萌香はあっけらかんと言い切った。しかし俺は小学校以来、恋人どころか友達を家に呼んだことすらなかったのに
いきなり彼女を連れ込んだりしたら父さんはどう思うだろうか?
しかも萌香は俺が本当に好きな人という訳ではなく、リハビリ&訓練の為に付き合っている仮想彼女だ。
そんな相手を親に紹介するとか何か違うような気がするのだが……
俺が色々と考えていると萌香は俺の顔を覗き込むように見た。
「もしかして、徹ってお父さんと仲が悪いの?」
「いや、そんな事は無いが……まあ特に仲がいいという訳でもない。父さんは無口だし」
「それなら徹と一緒じゃん、アンタもあまりしゃべらないし」
そうなのか?俺はバイト先などでは努めて多く喋るようにしているつもりなのだが、萌香に言わせるとそれでも口数が少ないらしい。
「それにさ、やっぱ弁当だとメニューにも限界があるって言うか、やっぱり好きな人には出来立ての一番おいしい状態で食べて欲しいじゃん」
萌香はそう言って笑った。多分この時の彼女は凄くいい笑顔をしているのだろう。
そんな事すら感じる事の出来ない自分に少しだけ憤りを感じた。
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