初めての彼女
志穂さんと会えなくなって七年が過ぎ、俺は大学二年生になっていた。
小学生時代は小さかった体も中学に入ってから急激に背が伸び図体だけはデカくなった。
だが精神は特に成長することもなくずっとあの頃のまま止まっている気がした。
大学には実家から通っており相変わらずの父と二人暮らしである。
我が家の経済状況ならば俺が一人暮らしできるくらいの余裕はあるのだが
実家から通っても二十分ほどで着ける大学にワザワザ別居するのも効率が悪いと思い一人暮らしはしていない。
父との関係はあまり良好とは言えないが取り立てて悪くも無い。
父は相変わらず口数が少ないので家に居てもあまり話す事が無い
というより志穂さんの一件があって以来俺は父の事をどこか避けており特に用事がない場合は話さない様になっていた。
つまりあの一件で俺はこの世で信頼できるたった二人の人間を同時に失った事になったのだ。
中学に入ると私立の名門校に入学しそれまでの友達とも疎遠になると
俺は極力人とのかかわりを避け自分だけの世界に閉じこもるようになった。
明るくて友人も多かった小学生時代とは雲泥の差である。
だが人とかかわりを持つことに警戒心を持ち億劫になってきた俺にとって孤独という世界はどこか安心感を与えてくれた。
俺はその閉鎖された狭い世界で安堵し知らないうちに外界への扉を閉めてしまっていたのだ。
中学、高校とそんな生活を送っていると周りからは【孤高の一匹狼】みたいな扱いを受けた。
今時の世間一般的な見方ならば【孤独なボッチ】という評価が正しいと思うのだが、その理由はおそらく俺の容姿にあるのだろうと思う。
中学に入って背が伸びてきたことに付随して容姿も段々大人っぽくなってくると顔つきや目や鼻といった部分が美人だった母に似て来たのだ。
容姿や頭脳といったモノは遺伝に大きく左右されると聞いた、今風に言えばこれは【親ガチャ】というやつなのだろうか?
つまり俺の見た目と賢さは母と父から受け継いだ遺産のようなものなのだろう。
鏡を見るたびに母の面影が濃くなってくる自分の姿を見て俺は思わずため息をつく。
俺はどこまでいっても俺は母の呪縛から逃れられないらしい。
こういった要素が交じり合い俺はどこか中性的な見た目と親譲りの頭脳
そして無口で孤独な性格から〈クールで孤高な男〉と認識されたらしい。
内容的には〈コミュ障でボッチの男〉と何ら変わらないと思うのだがこれ単にも見た目の差なのだろう
つくづく世間の評価というのは理不尽で不当なモノだと思った。
恩恵を受けている側の俺がこんな事を言うのは嫌味に聞こえるかもしれないが
俺のような人間にとってそれはメリットではなく完全なデメリットになっているからだ。
中学に入ると体の成長と共に女子からの接触が増えた、いわゆる【異性からの告白】である。
クラスの女子だけでなく別のクラスの女子、下級生や上級生にも告白された事があった。
ほほを赤らめ恥ずかしそうに告白してくる異性に対して俺は嫌悪感を抱いた。
どうしてコイツらは俺の事を好きだと言ってくるのだろうか?
俺は人とのかかわりを極力避けているのでどいつもこいつもロクに話した事も無い奴らばかりだった。
ていうか告白してくる人間の半分は〈誰だ、お前?〉という状態だった。
「私、松原君の事、前から好きでした」
全く知らない人間からのこんな告白を何度聞いた事だろう。
おそらく俺の見た目だけで判断して告白してきたのだろうがコイツらは何をもって
〈見た目のいい男=いい奴〉という定義を成立させているのだろうか?不愉快な事極まりない。
そんな時、俺は必ずある質問をする事にしている。
「それは〈俺の事を愛している〉という事なのか?」
俺がこの質問をすると相手は一瞬驚いた表情を浮かべこちらを見て来る、そして恥ずかしそうに言うのだ。
「はい、愛しています……」
この答えが何より俺を苛立たせるのだ。血を分けた実の母親ですら俺の事を愛することができず、それを苦にして死んだのだ。
ロクに口をきいた事も無い俺の事を何も知らないお前らが俺を愛しているだと⁉馬鹿も休み休み言え‼
俺は怒りの感情を必死に抑え、吐き捨てるように言う。
「アンタとは合わない、もう俺に付きまとうのは止めてくれ」
相手は驚いた顔でこちらを見るがそんなモノにかまってやる義理は無い。
俺は泣き出す女子を無視してさっさとその場を立ち去る事にしている。
これでもう二度と俺に付きまとうような事はしないだろう。
そして心の中で呟くのだ〈泣きたいのはこっちだ〉と。
そんな生活を続けていると当然俺の悪評が立つ。女子からだけでなく何故か男子からも目の敵にされるが
他人と関わり合いになりたくない俺にとってそれは好都合であった。
こうして俺の中、高生活は殆ど誰とも関わり合いになることなく過ぎた。
大学に入ると俺は近所の居酒屋でバイトをすることにした。
とはいえ別に金が欲しい訳ではない、俺は特に趣味もなく暇なときは本を読むぐらいなので親父からの小遣いで十分足りるのだが
このまま人とのコミュニケーションを断ったままでいると社会に出た時に
さすがに困るのではないか?という思いからバイトを始めたのだ。
つまり俺にとってバイトは金稼ぎではなくリハビリというか社会というコミュニティに溶け込む為の訓練の場なのである。
何よりバイトならば学校などと違って嫌な事や面倒な事になればすぐに辞めれば済む話なので後腐れが無くて気楽だというのもその理由だ。
バイト先に居酒屋を選んだのも接客とバイト仲間との接触によって外面を取り繕う事と
話を合わせるだけの会話の訓練になると思ったからである。だが一つ誤算があった。
こういった居酒屋のバイトでは同世代の男女が多く、しかも友達や恋人探しを目的に来ている者達も多いのだ。
マズいな、さすがにバイト先までは俺の悪評は届いてない……
案の定、一週間もすれば俺に色目を使ってくる女も出て来た。止めてくれ、俺にそのつもりは無いのだから……
こうして一か月も過ぎた時、俺は三人の女子に告白され、いつものごとくこっぴどくフッった、その内二人は翌日バイトを辞めた。
そんな生活が三か月続いた頃、俺の生活に一つ変化が起きた。
バイト先の女と付き合うことになったのだ。その女の名前は前島萌香。同い年で駒澤大学に通っている女性である。
交際のきっかけはいつものように相手から告白されたからだが、この女はいつもの奴らとは少し違っていた。
「松原君って何かカッコいいし。ちょっと私と付き合ってみない?」
彼女からこの告白を聞いた時は少し驚いたが、俺はいつもの質問をぶつけてみた。
「それは俺の事を愛しているって事?」
俺にとっては恒例の質問をぶつけてみると前島萌香はハハハハと笑いだした。
「何それ?意味わかんない。まだお互いそんなに知らないのに愛しているとか、無いわ~」
何が面白いのか全く理解できなかったが俺はその答えが何故か気に入った。
「じゃあいいよ、でも俺はかなり変わった人間だと思うから普通の彼氏とか恋愛とかは期待しないでくれ。
俺も訓練のつもりで付き合うけれどいいか?」
前島萌香は最初、俺が何を言っているのかわからないと言った感じだったが、すぐにニコリと微笑んで大きくうなずいた。
「いいよ。ていうか、松原君って面白いね⁉」
彼女は楽しそうに笑った。俺の言葉のどこがおもしろかったのか甚だ不思議だが、まあ深く考えても仕方が無いのだろう。
こうして俺は始めての彼女ができたという事になった。
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